デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

7章 経済団体及ビ民間諸会
1節 商業会議所
2款 東京商工会
■綱文

第19巻 p.510-534(DK190063k) ページ画像

明治25年5月10日(1892年)

是日栄一、残務整理委員総代トシテ東京商工会沿革始末ヲ東京府知事富田鉄之助ニ上呈ス。


■資料

渋沢栄一書翰 萩原源太郎宛 (明治二四年)一一月一九日(DK190063k-0001)
第19巻 p.510-511 ページ画像

渋沢栄一書翰  萩原源太郎宛 (明治二四年)一一月一九日  (萩原英一氏所蔵)
商工会沿革始末漸く熟覧済返上仕候、少々不明了と存候廉ヘハ附記いたし又貴兄御附紙ニも了解之分ハ認入置候間更ニ福地氏ヘ相談之上一二之修正を為し、且過日竟宴之事共を附加し早々印刷ニ御取掛可被下
 - 第19巻 p.511 -ページ画像 
候、且此分ハ少々紙面を美ニし体裁能く編成仕度と存候、其辺御注意御心配可被下候 匆々
  十一月十九日              渋沢栄一
    萩原様


庶政要録 明治廿五年(DK190063k-0002)
第19巻 p.511 ページ画像

庶政要録 明治廿五年          (東京府文庫所蔵)
明治廿五年五月十二日     第二課主任属 ○姓名略ス
知事
 内務部長    第二課長     掛首席
              東京商工会残務整理委員総代
                      渋沢栄一
一東京商工会沿革始末呈出ノ件
  但本書ハ主任手元ニ存ス

今般東京商工会沿革始末編纂候ニ付為御参考一本呈上仕候間、御庁ニ於テ御保存被下候ハヾ多幸ニ御座候、此段上陳仕候也
              東京商工会残務整理委員総代
  明治二十五年五月十日
                    渋沢栄一
    東京府知事 富田鉄之助殿


東京商工会沿革始末 同会残務整理委員編 第一―六三頁・附録 明治二五年刊(DK190063k-0003)
第19巻 p.511-534 ページ画像

東京商工会沿革始末 同会残務整理委員編
                    第一―六三頁・附録 明治二五年刊
 (扉裏貼紙)
  今般東京商工会沿革始末編纂候ニ付為御参考一本呈上仕候間、御保存被下候ハヾ多幸ニ御坐候、此段得貴意候也
    明治廿五年五月        東京商工会残務整理委員
      柳谷謙太郎殿《(墨書)》
東京商工会沿革始末
 目録
  緒言
  町会所
  東京営繕会議所
  東京会議所
  東京商法会議所
  東京商工会ノ起因
  東京商工会ノ組織
  東京商工会ノ成蹟
  東京商工会ノ終局
  東京商工会ノ残務結了
  附録
   東京商工会議事調査等執務件目
   東京商工会会員姓名
   東京商工会役員姓名
   東京商工会経費収支ノ決算
 - 第19巻 p.512 -ページ画像 
   東京商工会維持元資金収支ノ決算
   東京商工会残務整理経費収支ノ決算
東京商工会沿革始末
    緒言
東京商工会ハ明治十六年十月二十日ヲ以テ初メテ其組織ヲ告ゲ玆ニ明治二十四年八月二十五日ヲ以テ其終局ヲ告ゲヌ、依テ此八年間ニ於テ商工会ガ挙行シタル事業ト開閉ノ始末トヲ叙スルニ当リ商工会ハ其来由ヲ述ベテ沿革ヲ詳ニセザル可カラズ、何トナレバ東京商工会ハ突然明治十六年ニ於テ新面ニ現出セル者ニハ非ズシテ其系統ヲ東京商法会議所ニ承ケ、其東京商法会議所ハ間接ニ於テ脈絡ヲ東京会議所ニ牽キ自ラ継承セル所ノ実アルヲ以テナリ、故ニ遠ク幕府政治ノ往時ニ遡リ先ヅ町会所七分金ノ来歴ヨリ順序ヲ追ヒテ其沿革ヲ詳叙スベシ
    ○町会所
屈指シテ数フレバ明治維新ヲ距ル七十七年前ノ事ナリキ、幕府ノ老中松平越中守ハ寛政三年四月ヲ以テ令ヲ下シ江戸市中ノ町法ヲ改正セシメ其冗費ヲ省減セシメタルニ一年間江戸市中ヨリ支出スル町費ニ於テ凡三万七千両余ノ余贏ヲ得タリ」越中守思ヘラク、此余贏ヲ細民ニ分与スルモ敢テ其人ヲ益スルニ足ラズ、如カズ之ヲ蓄積シテ救荒ノ用ニ備ヘンニハト、乃チ之ヲ有司ニ謀リ彼余贏金額ヲ十分ニシ先ヅ其二分ヲ各地主町費納税者ノ益金トシ、次ニ其一分ヲ町費ノ予備ニ充テ残リ七分ヲ町会所ニ納ムル事ニ制定シ年々之ヲ実行シテ変スル事無ク数年ニシテ十余万両ニ至レリ」依テ深川・小菅・向柳原・筋違内ノ四所ニ米廩ヲ建テ彼七分ノ余贏ヲ以テ籾ヲ買入レ此ニ蓄蔵セシメタリ故ニ此米廩ヲ一般ニ籾蔵ト呼做シタリ此蓄穀ハ年々新陳詰替及ヒ救助ノ都合ニ由リテ時ニ増減アリシト雖トモ、最多額ノ時ニハ四拾六万七千百七拾八石余ニ至レル事アリキ、而シテ此蓄穀ハ別ニ座人ヲ附シテ之ヲ管守セシメ江戸町奉行ハ其出納ヲ撿査スルニ止マリ其主弁ハ会所ノ自治ニ帰セシメタリ、但シ荒凶ニ会フ毎ニ町奉行ハ会所ヲシテ米廩ヲ開キ此蓄穀ヲ出シテ窮民ヲ救恤セシメタリ」斯クテ蓄穀ハ已ニ米廩ニ充チ余贏金額ハ年々増加シテ数万ニ及ビタレバ幕府ハ更ニ金壱万両ヲ下附シ、原資金ト定メ、市中ノ毫商等ニ其取扱ノ用達ヲ命シ市民ニシテ貸与ヲ請フ者ニハ適当ノ方法ヲ以テ之ヲ許シ原資金ノ増加ト融通トヲ助ケシメタリ俗ニ此金ヲ七分金ト唱ヘ之ヲ借ルヲ籾蔵拝借ト呼做シタリ此原資金モ亦年ヲ逐テ増加シ最多額ノ時ニハ現在金高四拾六万弐千四百両余、貸附金高弐拾八万弐百両余ニ及ビタル事アリキ、以テ当時江戸市中共有財産ノ豊実セルヲ知ルニ足レリ」凡ソ大火・洪水・疫病等ニ罹レル窮民ヲ救助シ鰥寡孤独ノ告グル所ナキ者ヲ憐恤スルニ躊躇スル事無ク、然カモ幕府ノ国庫支出ヲ仰ガズシテ之ヲ挙行スルニ差支ナカリシハ皆此蓄穀ト原資金トノ多額ナルニ由レリ」但シ江戸市中ニテモ所謂場末ノ小町ニ於テハ町費已ニ省減シテ此余贏ヲ出サザル所アリシト雖トモ、救恤ノ恵ヲ受クルニ至リテハ皆同一ニ均霑シタルヲ以テ固ヨリ其間ニ差別ヲ設ケザリキ
斯ノ如ク七分金ノ積立ハ慶応四年ニ至ルマデ実行セラレタルニ係ラズ幕府滅亡ノ際ニハ幾許ノ米金アリシ乎ハ今之ヲ覈査スルニ由ナシ、或ハ曰ク幕府末年兵備ニ此米金ヲ借入テ使用シタル事アリト、果シテ其
 - 第19巻 p.513 -ページ画像 
然ルヤ否ヤヲ知ラズト雖トモ現政府ガ代リテ江戸ニ入リタル時ニ際シテ猶此米金ヲ請取ラレタルハ疑ナキ事実ナリ」将タ此七分金積立法ハ維新ノ政変アルニ関セズ明治元年五月マデ之ヲ実行シ、同年六月一日ニ廃止セシメラレシガ、翌明治二年中其積立ヲ原ニ復セシメ又更ニ其翌三年一月ヨリ之ヲ廃止シ、尋デ明治五年三月ヲ以テ町会所ヲ廃セラレタルニ由リ、寛政三年ヨリ始マリタル東京市民ノ共有貯蓄原資金ハ八十三年間自治主弁ノ寿ヲ保チタル末ニ於テ市民ノ手ヲ離レ一旦東京府庁ノ手ニ帰スル事トハナリニキ
    ○東京営繕会議所
然レトモ此金額ハ原来東京市民ノ共有財産ニシテ政府ノ管理支弁スベキモノニ非ザルヲ以テ当時ノ大蔵大輔井上馨ハ東京府知事大久保一翁ト共ニ市民ニシテ信用アル豪富数名ヲ招集シ、之ニ説諭シテ更ニ東京営繕会議所ヲ設立シ、是ニ交附スルニ彼七分金余贏金額ト旧町会所管理ノ地所トヲ以テシ此地所ハ七分金貸附抵当ノ流込及其他ノ理由ニテ共有ノ性質トナリタルモノナリ専ラ東京市中ノ道路橋梁等ヲ営繕スルニ此金額ヲ支払フベキ旨ヲ命ジタリ」於是乎彼豪商等ハ其説諭ニ従ヒ明治五年五月ヲ以テ今ノ日本橋区坂本町ニ東京営繕会議所ヲ設立シテ会議ヲ開キ委員ヲ選挙シ事務ヲ分担シ、即チ府庁ヨリ下附シタル金六拾七万〇百〇三円拾壱銭九厘ト及ヒ数十ケ所ノ地所トヲ請取リ、之ヲ将テ営繕資本ニ充テ往々其事務ニ着手シタリキ
    ○東京会議所
同年十月露西亜国皇子来朝ノ事アリ、此期ニ先チ東京府知事ハ此国賓ヲ歓迎スルニ際シ府下ニ数万ノ乞丐ヲ徘徊セシムルハ、東京ノ美観ニ非ザルヲ以テ彼共有金ヲ以テ之ガ処理ヲ為サシメント欲シ、又営繕会議所ノ委員全躰ハ此共有金ヲ将テ専ラ道路橋梁ノ一分ニノミ支弁シ、他ノ公益事業ヲ顧ミザルハ市民ノ志ニ非ザルヲ以テ更ニ其歩ヲ進メ府下一般ノ為ニ公議スルノ場トナシ以テ漸次東京府民会ノ階梯タラシメント冀ヒ、即チ同年九月廿七日ヲ以テ会議規則ヲ議定シ之ヲ府庁ニ稟請シタルニ府庁ハ速ニ其稟請ヲ聴納シ、且ツ垂示スルニ議事ノ条目ヲ以テシタリ」是ニ依テ此時ヨリシテ改メテ東京会議所ト更称シ頭取並係員ヲ選挙シ一方ニ於テハ行務ヲ掌トリ一方ニ於テハ議事ヲ為スノ躰裁ヲナセリ」東京府庁ハ同年十月十四日ヲ以テ会議所ヲシテ乞丐ノ処置ヲ議セシム、此乞丐ハ既ニ府庁ガ駆集メタル所ナレバ事頗ル急施ヲ要スルニ付先ツ本郷旧加州邸ノ空窂ニ入レ、尋デ浅草溜溜ハ暮府ノ時牢檻ニ属シタルモノニシテ蓋シ病囚多ク此ニ置レタリト云フニ移シ、翌年二月上野ニ養育院ヲ仮設シテ此ニ移シ、都テ共有金ヲ以テ其費ニ充テタリキ是今ノ東京市養育院ノ濫觴ナリ」是ヨリ先キ明治四年東京府知事由利公正ハ瓦斯灯ヲ府下ニ設置セシメント望ミ、共有金中ヨリ其代価ヲ払ヒ之ヲ購求シタルニ、瓦斯器械ハ翌明治五年七月到著シタレトモ知事ハ已ニ更迭シタルニ付キ府庁ハ之ヲ会議所ニ交附シ、併セテ芝浜松町ノ地所ヲ貸与シ其建設点火ノ事ヲ共有金ヲ以テ行ハシメタリキ是今ノ東京瓦斯会社ノ起原ナリ」同時ニ街灯ノ利害ニ関シ松本某ハ礦油灯ノ利ヲ説キ、西村某ハ現華灯ノ益ヲ唱ヘ各々会議所ニ向テ其街灯ニ採用アラン事ヲ望ミタリ、府庁モ亦其優劣ヲ判スルニ苦シミ『然ラハ此二灯ヲシテ瓦斯ト共ニ三灯鼎立シテ各々五百基ヅヽヲ建設セシメ其利害優劣ヲ実地ニ試験セシムベシ』ト命ジテ其実施ニ及バシメタリ、
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而シテ其費用ハ共有金ヲ以テ支弁シタリキ」次ニ東京府知事ハ明治七年四月ヲ以テ府下共同墓地ヲ定メ渋谷羽根沢神葬地・青山百人町続神葬地・青山同・染井同・雑司ケ谷旭出町・谷中天王寺・小塚原火葬地現今浅草総泉寺ニ替ル深川三十三間堂・亀戸出村羅漢寺九ケ所ノ墓地ヲ開拓シ、都テ其事業ヲ管理セシメタリ、其費用ハ漸次売渡代価ヲ以テ之ヲ回収スト雖トモ一時共有金ヲ以テ之ヲ支弁シタリキ是今ノ東京共同墓地ノ起原ナリ」次ニ東京府知事ハ明治六年十月前米国駐箚弁理公使森有礼ト協議シ商法講習所ヲ新ニ木挽町ニ開設シ、米国ヨリ教師ヲ聘傭スル事ヲ約シタルニ由リ府庁ハ其後明治八年森有礼ガ公務ヲ帯ビテ清国ニ赴クニ当リ商法講習所ノ事務ヲ全ク会議所ノ管理ニ移シ、都テ共有金ヲ以テ其費用ヲ支弁セシメタリキ是今ノ高等商業学校ノ濫觴ナリ
斯ノ如ク東京会議所ハ道路橋梁修繕事務ノ外ニ養育院事務・共同墓地事務・瓦斯灯及街灯事務・商法講習所事務ヲ管理処弁シタルニ付キ、委員ハ皆其事務ノ煩擾ニシテ整理完全セザルヲ憂ヒ且共有金原資ノ漸次減少シテ余分ナキニ至ルヲ憂ヒ府知事ニ推薦スルニ、府下有志者才幹アル者某々等ヲ委員ニ依嘱セラレン事ヲ以テシタルニ、府知事ハ其推薦ヲ納レ明治七年十一月ヲ以テ渋沢栄一等ニ共有金取締ノ事ヲ嘱托シ、其後翌明治八年四月ヲ以テ此諸氏ヲ会議所ノ委員ニ任シタリキ」是ヨリシテ会議所委員等ハ其組織ノ官民ノ間ニ中立シ名実相適ハザルヲ以テ更ニ純乎タル公選民会ニ改良アラン事ヲ冀ヒ、乃チ同年六月九日ヲ以テ其改良組織方案ヲ具シ之ヲ府知事ニ稟請シタリ、然レトモ府知事ハ元来此会議所ノ組織ハ府知事ノ諮問ニ備ハルト共有金ノ出納ヲ掌理スルノ目的ニ在ルヲ以テ其稟請ヲ納レザリキ」尋デ会議所委員ハ同年十二月二日ノ会議ヲ以テ其議事ト行務ノ間ニ判然タル分界ヲ劃シ議事ニハ議事規則ヲ設ケ行務ニハ行務章程ヲ定メ以テ相混スル事勿ラシム可シト議決シ、其規則章程ヲ具シテ府知事ニ稟請シ同月四日其認可ヲ得タリ、依テ更ニ委員数名ヲ選挙シ従来ノ委員ト合併シテ一団躰ヲ為シ向後委員ノ進退ハ会議ニ於テ之ヲ決行シ府知事ニ報申スル事トナセリ」尋デ又翌明治九年一月ニ至リ会議所ノ議事行務ノ分割ヲ実施シ、各其権限ヲ明ニシ更ニ議員即チ従前ノ委員ニシテ議事規則ニ由テ議員ト改称シタル也ノ投票ヲ以テ会頭・副会頭・録事・其行務ノ各科長ヲ選挙シ渋沢栄一ヲ会頭兼行務科頭取ニ選挙シタリ」斯クテ会議所ノ行務ハ漸ク其整理ヲ告ゲタリト雖トモ之ニ供スルノ共有原資金ハ已ニ欠乏ヲ告ゲタルニ由リ、会議所ハ其管理ノ地所ヲ公売シテ之ニ継グノ状況ニ迫リ且ヤ会議所此行務ヲ執行スルヲ以テ府下公共事務ハ自ラ府庁ト会議所ノ二途ニ出ヅルガ如キ実アリテ、到底市民ノ利益ニ非ザルヲ悟リ是ニ於テ会議所ハ同年一月ノ会議ヲ以テ『其行務科ノ事業ヲ挙テ悉皆之ヲ府庁ニ引渡スベシ次ニ会議所管理ノ資金ハ市民共有金タルヲ以テ府庁ヲシテ其管理ヲ為サシメ会議所ハ其収支ノ決議ニノミ与ルベシ』ト議決シ、会頭ヨリ其事ヲ府知事ニ内稟シ三月七日ヲ以テ会議所起立以来ノ計算ヲ明ニシテ府知事ニ行務還納ヲ稟請シ、其聴納スル所トナリテ、乃チ五月廿五日ヲ期シテ行務ト原資金トヲ会議所ヨリ府庁ニ引渡シタリ、其原資金ハ(第一)従前ヨリ蓄積セル金額即チ明治五年東京府庁ヨリ営繕会議所ニ交附シタル金六拾七万〇百〇三円余ト会議所管理地所売払及見積代価四拾九万四千九百〇七円余ヲ合セテ計金百拾六万五千〇拾円七拾九銭六厘(第二)府庁ヨリ下附金額(第
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三)諸収入金額ノ三項ニシテ、明治五年ヨリ同九年五月廿五日迄総計百五拾八万九千百拾三円三拾三銭八厘ナリ、此資金中ヨリ支消セシ金額ハ総計百弐拾四万五千八百九拾九円六拾五銭壱厘ナレバ差引残金三拾四万三千弐百拾三円六拾八銭七厘ノ現在高ニシテ即チ会議所ヨリ府庁ニ引渡シタル所ナリ、但シ養育院・商法講習所・共同墓地・瓦斯局等ノ地所・建物・物件及残余ノ地所等ハ同ジク共有財産ニ属セリトス是ヨリ後ハ会議所ハ共有原資金財産ニ関スルノ出納収支ヲ議決スルヲ専務トシ其他ハ府知事ノ諮問ニ答フルヲ事トシタリ、然ルニ同年十一月府知事ハ太政官公布区町村会規則ニ基キ小区町村総代人選挙法ヲ定メ新ニ其総代人ヲ選定セシメタリ、而シテ小区総代人ハ府知事ノ召集ニ応シ明ニ臨時民会ノ性質資格ヲ有スル者ト定マレルニ付会議所ハ其議決ヲ以テ同年十二月廿日ニ於テ府知事ニ具申シテ会議所ノ議事ト所有物件トヲ将テ此総代人ニ交附セン事ヲ望ミタリ、其故如何トナレハ総代人ハ純乎タル東京市民ノ公選ニ出テ、即チ会議所ガ曩ニ稟請シタル公選民会ノ実ヲ今日ニ挙グルモノナレバ会議所ハ此総代ト並立テ議権ノ撞著アラシムベカラズ宜シク会議ヲ解キ顧問ヲ辞シ総代会議ヲシテ其名実ヲ全クセシム可ケレバナリト、府知事ハ此具申ニ接シ翌明治十年一月ヲ以テ之ヲ認可シ、乃チ同年二月十八日ヲ以テ其家屋物件ヲ府庁ニ納附セシメタレバ東京会議所ハ是ニ於テ其解散ヲ告ゲタリキ
    ○東京商法会議所
東京会議所ハ既ニ解散シ其行務ハ其前ヨリシテ府庁ノ執行セル所トナリ、其原資金ハ東京府会ノ開設ヲ待テ其議決ヲ要スベキモノト成リタレバ全ク其事ヲ了シタリキ此共有原資金ハ東京市部会尋デ東京市会ノ議スル所トナリテ今ハ東京市ノ共有原資金トシテ存在スルモノナリ」然ルニ東京会議所ガ未ダ解散セザルノ日ニ於テハ東京府知事ハ会議所本分ノ共有金交渉事件ノ外ニモ苟モ東京一般ノ商工業ニ利害ノ関係アル事務ニ会ヘバ之ヲ会議所ニ諮問シ、会議所モ亦調査討議ノ労ヲ憚ラズシテ其得失ヲ実際ニ研究シテ答申シ、時アリテハ意見ヲ開陳シ、自ラ府知事ノ為ニハ商工業ニ必要ナル顧問ト為リ、加フルニ其議員ハ概皆府下ニ知ラレタル名士紳商ノ団躰ナリシヲ以テ世上ニ於テモ自ラ重ヲ此会議ニ推シ、当路ニ於テモ亦漸次其諮問ヲ下サント望ミタリシニ一旦其解散ニ会ヒテ朝野其望ヲ失ヒタルガ如クナリキ」而シテ此団躰ヲ為シタル各自ト雖トモ公益ヲ冷視シ去ルハ其本意ニ非ザルヲ以テ、府下商工業ノ利益ノ為ニ憤起スベキノ必要アラバ憤起スベク結合スベキノ時機アラバ結合スベシトハ思惟シタルガ如クナリキ
此時ニ当リ商工業ヲ奨励スルハ積極的政治ノ要務ナレバ商工団躰ノ意見如何ヲ知ルハ欠ク可カラザルノ必要ナルニ、我国ニハ欧米諸国ニ於ケル商業会議所《チヤンバルオフコムマルス》ノ如キ設立モ無ク其萌芽トモ望ム可カリケル東京会議所ハ既ニ解散シタリ、例ヘハ税則改正議ノ如キモ当路ハ誰ニ向テ之ヲ諮問スベキ乎、宜ク先ツ東京府下ノ有志紳商等ヲ喚起シテ会議ノ団躰ヲ今日ニ組織シテ商工ノ公益ヲ謀ラシム可シトハ是レ明治十年ニ於テ当路ニ起リタル考案ニシテ、当時ノ内務卿(伊藤博文)大蔵卿(大隈重信)ハ親シク誘導ノ労ヲ執ラレタリキ」彼ノ旧会議所議員等ハ其事タル固ヨリ各自ガ希望セル所ナレバ誘導ニ応シテ直チニ憤起シ同志ヲ結合シ、渋沢栄一・益田孝・福地源一郎・三野村利助・大倉喜八郎
 - 第19巻 p.516 -ページ画像 
渋沢喜作・竹中邦香・米倉一平ノ八名発起人トナリ、乃チ明治十年十二月廿七日ヲ以テ商法会議所設立之儀ヲ当時ノ東京府知事楠本正隆ニ請願シ併セテ其趣意方法目的規則等ヲ具申シタルニ府知事ハ翌明治十一年三月十三日ヲ以テ許可シ、商業上之景況並其利害得失等時々可届出、内務大蔵両省ヘモ具申候様相心得可申事ト指令シタリ」是ニ於テ発起人等ハ商法会議所ノ会員ヲ誘導シタルニ直チニ応シテ会員ニ列セル者数十名、皆是府下ノ商業上ニ於テ信用アリ実験アルノ人々ナリケレバ相共ニ協議シテ商法会議所ヲ設立シタルニ、先ツ其会場及執務所ニ充ツベキノ家屋ナキヲ以テ其家屋ノ附与ヲ東京府知事ニ請願シタリ府知事ハ此請願ヲ聴納シ『願之家屋新築之上可相渡候条府下共同之名実ニ相適シ議会漸次完全候様可致事』ト三月廿八日ヲ以テ指令シ、尋テ木挽町十丁目ニ商法会議所ヲ新築シテ今ノ特許局所在地之ヲ交附シタリキ」是ヨリ先キ商法会議所発起人等ハ商業調査ノ費用ヲ初ヨリシテ会員醵金ヲ以テ弁シ難キニ付キ録事・翻訳者・筆生等ノ俸給ヲ併セテ其支給ヲ勧商局長河瀬秀治ニ請願シタルニ勧商局長ハ『当分経費金一ケ年金千円ヲ目途トシ商法会議所保護金トシテ下付スル旨』ヲ三月十二日ヲ以テ指令シタリキ」斯ノ如ク当路ニ於テ此会議所ノ設立ヲ保護シタルニ由リ会員ハ時期ヲ徒費スル事無ク順序ヲ践テ商法会議ヲ組織シ、渋沢栄一ヲ選挙シテ会頭トナシ、其調査事務ヲ内国貿易・外国貿易・運輸船舶ノ三部ニ分チ、尋テ工業・農業ノ二部ヲ加ヘ各々委員ヲ選挙シテ之ヲ担当セシメ以テ会議ノ実ヲ挙ゲタリキ
初メ商法会議所ノ発起人等ハ欧米諸国ノ商業会議所《チヤノバルオフコムマルス》ニ傚ヒ凡ソ商業ニ関スル利害得失ノ調査審議答申建議ハ云フニ及バス、商賈間ノ紛議仲裁マデモ担当セント望ミタルガ其望ハ十分ニ行ハルヽ事ヲ得ズ、爾カノミナラズ調査統計等ノ如キモ初ヨリ精確ヲ尽スニ至ラザリケレバ之ヲ外国ノ設立ニ比スル時ハ完全ナラザルノ憾アリシト雖トモ、会員皆憤ツテ事ヲ挙クルニ鋭意ナリシガ故ニ、審議答申ノ如キ意見建議ノ如キ頗ル適切ノ考案アリテ大ニ当路ヲ裨益シ、且ハ商工一般ノ為ニ間接ニ利益ヲ与ヘタルノ功績ハ当時ニ於テ顕然タリ、試ニ東京商法会議所要件録ニ就テ其為シタル所ヲ視レバ彼会員ハ無論此称賛ヲ受クルニ価直アル者ナリト云フベキナリ
斯ノ如ク商法会議所ハ我東京ニ於テ明治十一年ニ設立セラレテヨリ著シク発達シテ将ニ東京全市ノ為ニ最緊ノ機関タラントセルニ際シ、明治十四年五月二十三日太政官第二十九号布告ヲ以テ農商工諮問会規則ヲ頒布セラレ尋テ同年九月十四日ヲ以テ農商務卿ヨリ農商工諮問会設立心得ヲ達セラレ、即右規則第二章ニハ区及聯合区町村農商工業議会ノ制ヲ定メ其選挙資格・任期・組織・議権等ヲ明ニセラレタルガ為ニ此諮問会ヲ東京ニ設立セズシテ、之ニ代フルニ商法会議所ヲ以テセン事ハ素ヨリ事理ノ許ス所ニ非ズ、去リ迚商法会議所ヲ此儘ニ保持シテ他日諮問会設立ノ時ニ於テ撞著ノ状勢アラシメン事ハ好ムベキ所ニ非ズ、是レ必然ノ事躰ナレバ商法会議所ハ恰モ此発令ニ遇フテ一大撃ヲ喫シタルガ如ク、内ニシテハ実効ノ発達ヲ失ヒ外ニシテハ公私ノ信用ヲ失ヒ加之勧商局ヨリ毎年下附ノ保護金モ同年七月以後ハ廃止セラレタルニ付キ維持ニ苦シミタル等ノ事情ヲ現ハシ、明治十一年以来東京
 - 第19巻 p.517 -ページ画像 
商業社会ノ為ニ漸ク推重セラレタル商法会議所ハ此時ニ至リテ頓ニ挫折シ、翌明治十五年ニ及ヒテハ僅ニ会議ノ名ヲ存スルモ更ニ会議ノ実ナク幾ト中止閉鎖ノ状ヲ呈シタリキ
    ○東京商工会ノ起因
此時ニ当リテヤ商法会議所ノ会員中ニモ現状是ノ如クナルヲ観テ『商法会議所已ニ実効ノ発達ヲ失ヒヌ、如何ゾ復東京市中商工一般ノ公利公益ヲ農商工諮問会ニ望ム可ケンヤ、若カズ傍観シテ以テ自然ノ結果ヲ俟タンニハ』ト思惟セル人モアリシ程ナレバ世上ノ所謂紳商名士ノ如キモ恬トシテ会議ノ存亡興廃ニ注意セザルガ如クナリキ」然ルニ商法会議所ノ会頭ヲ初トシテ委員ノ多数ハ頗ル玆ニ苦慮シ第一ニハ商法会議所ガ是迄ニ発達シタル事業ヲ徒労ニ属セシメザル事ヲ冀ヒ、第二ニハ商法会議所ノ組織ヲ聊カ改更シテ農商工諮問会規則第二章ニ適合セシメン事ヲ冀ヒ、百方思考ヲ費シテ討議ヲ重ネタリト雖トモ到底彼ノ区及聯合区町村農商工業議会ノ制ハ或ハ一部ノ地方ニハ適応スルノ場合アルベキモ、我東京ニ於テ之ヲ実施シ得ベキニ非ザル事分明ナリシニ付キ其冀望モ是ニ於テ断絶シタリキ」然リト雖トモ商法会議所ノ会頭委員及有志ノ会員諸人ハ尚之ヲ断念スル事ヲ敢テセズ、更ニ討議ヲ尽シテ云ク『現今我東京商業会議ノ挫折ヲ救ヒ其実効ヲ将ニ滅セントスルニ挽回センニハ、農商工諮問会規則ハ従来商法会議所ノ設立ナキ地方ニノミ実施スベキ旨ノ再布告ヲ請ヒテ我東京商法会議所ヲシテ該諮問会規則ノ外ニ独立セシムル歟、否ザレハ則チ該諮問会規則中ニテ実際ニ不適応ナル条項ノ改正ヲ請ヒ以テ会議ヲ更改組織シ得ベキノ道ヲ求ムルニ在ルノミ』ト、而シテ後説尤モ多数ナリシヲ以テ農商工諮問会規則第二章改正私案ヲ具シテ会頭ヨリ之ヲ当時ノ東京府知事松田道之ニ内稟シタリ、府知事ハ実際ノ事情ニ通暁ナリシガ故ニ此私案ニ対シテ大ニ同感ノ意ヲ表シ熟考ノ上ニテ之ヲ農商務卿ニ具申シタリ農商務卿モ亦此私案ノ趣意ヲ熟考シ其大要ヲ嘉納シ乃チ別ニ改正法案ヲ作リテ之ヲ参事院ノ調査ニ廻附セラレタリ、参事院ノ会議ニ於テハ議官中異議紛出シテ大ニ修正ヲ加ヘ更ニ之ヲ元老院ニ廻附セラレタリ其案ノ元老院ノ議場ニ上レルヤ已ニ最前商法会議所提出ノ改正私案トハ頗ル別色ニ変シタリシニ係ラス元老院ノ議事ニ於テ此改正案ハ全ク廃棄ニ議決セラレタレバ、商法会議所会頭委員諸人ノ苦心モ東京府知事ノ配慮モ農商務卿ノ考案モ一朝ニシテ挙テ画餅トハナリニキ
然レトモ商法会議所会頭委員諸人ハ此廃棄ニ遇フモ更ニ屈撓スル所ナク、如何ニモシテ当初ノ素志ヲ貫徹セント百方計画スル事ヲ怠ラザリシガ、此際其計画ニ最モ必要ナル府知事松田道之ノ卒去セラレタルハ不幸中ノ不幸ニシテ其為ニ商法会議所ノ運動モ自ラ一時中止ノ状ヲ現ハシタリ」其後芳川顕正新ニ府知事ニ任セラレタルニ当リ会頭委員諸人ハ新知事ニ向テ前陳ノ意見ヲ開申シ、組織改正ノ極メテ今日ノ緊務タル所以ヲ述ベタルニ府知事ハ大ニ其意見ニ同意ヲ表シ、当路ニ向テ之ヲ弁論シ尽力アリシガ、同年十月上旬府知事ハ農商務大輔品川弥二郎・参事院議長山県有朋・其他参事院議官諸氏ヲ其邸ニ請シ、会頭委員諸人ニ会セシメ農商工諮問会規則改正ノ趣意ニ付キ胸襟ヲ披テ協議ヲ遂ケラレタリ」是ヨリシテ該規則ノ改正ハ当路ノ問題トナリ終ニ翌
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明治十六年五月十六日ヲ以テ太政官ハ明治十四年五月第廿九号布告即チ農商工諮問会規則ノ廃止ヲ布告セラレ、同時ニ太政官第十三号布達ヲ以テ更ニ各地方ノ便宜ニ従ヒ勧業諮問会並勧業委員ヲ設置スル事ヲ得ル旨ヲ達シ照準条項九ケ条ヲ標示セラレタリ、是ニ於テ乎商法会議所会頭委員諸人ハ始メテ年来ノ素志ヲ達シ該会議所ノ組織ヲ更改シテ以テ布達ノ主趣ニ適合スルノ設立ヲ見ルベキノ時機ヲ得タリキ
    ○東京商工会ノ組織
時機正ニ到レリ、東京府知事ハ明治十六年九月二十二日ヲ以テ東京市中ノ重立タル諸会社及組合ノ総代百二十名ヲ京橋区木挽町明治会堂今ノ厚生館ニ召集シ、彼ノ第十三号布達第六条『区町村若クハ聯合区町村ニ於テ農業会商業会工業会、若クハ農商工ヲ併セタル勧業会其他同業会ヲ設置スル時ハ勧業委員ヲシテ会員タラシムル事ヲ得』同第七条『府知事県令ニ於テ勧業委員ノ設置及ヒ第六条ノ各会設立ヲ要用ト認ムル時ハ誘導シテ之ヲ設置セシムル事ヲ得、此場合ニハ農商務卿ニ稟議シテ認可ヲ受クベシ』トアルニ由リ、府下十五区聯合商工業会ノ設立ヲ此諸人ニ誘導シ、且ツ曰ク『商人非商人ノ区別甚タ渺漠タル今日ニ於テ各商工総躰ニ通シテ選挙被選ノ分ヲ定ムルハ極メテ難シ、枉ケテ之ヲ為スモ却テ適当ノ人物ヲ得難キノ恐ナシトセス、依テ先ヅ十五区内重立タル各商工業組合中ヨリ其大小ニ応シ適宜ノ総代人ヲ出サシメ之ヲ以テ会員ニ充ツルノ制トナサバ其選挙法便且ツ宜ヲ得、随テ又適当ノ会員ヲ得易カラント信スルナリ、然ラバ此会ハ実ニ商工一般ノ輿論ヲ写スノ鏡ニシテ例ヘハ政府ニ於テ海関税其他商工業ニ関スル諸税法ヲ設ケ、又ハ全般商工業ニ関スル諸法令ヲ制定スルニ臨ミ其利害ヲ此会ニ下問セラルヽ場合アル時ハ勿論、府知事ガ府政上ニ就キ現ニ府民ノ営業ニ関スル諸布達ヲ発スルニ当リ其得失ヲ此会ニ諮問スル等ノ事アラバ、其会員タル人々ハ元各商工ガ選挙シタル総代ナレバ其利害ヲ深切ニ考究スルハ言ヲ待タズ、其得失ニ就テハ遠慮ナク意見ヲ復申スベシ、然ル時ハ政府ハ某件ハ民情ニ背馳スルヲ以テ之ヲ止ムベシ、某事ハ府民ノ希望ナルヲ以テ之ヲ興スベシト一々此鏡ニ写シテ商工ノ輿論ヲ知リ官民ノ便利ヲ補翼スル実ニ鮮少ナラザルベシ、爾カノミナラズ苟モ従来ノ法規ニシテ商工業ニ不便アリトスル時ハ取捨如何ヲ其筋ニ建議シ便益ヲ振起スルニ足ルノ新案アル時ハ之ガ施設ヲ希望シ、又諸商品製造販売ノ景況及運輸金融等ノ景況ヲ調査シテ之ヲ公告スルハ一般商況ノ盛衰ヲ察シ、経済ノ消長ヲ識ルノ要具ニシテ各業者聯合ノ力ニ依テ行ハルヽモノナレバ全府商工業者ノ利ヲ起シ害ヲ除キテ公共ノ福利ヲ増スハ特ニ此会ノ設置ニ在ル也云々』一座ノ人々ハ皆一致シテ之ニ同意ヲ表シ、更ニ府知事ニ請フニ創立委員ノ指名ヲ以テシタルニ、府知事ハ出席員中ニテ渋沢栄一・小室信夫・荘田平五郎・益田克徳・梅浦精一・渡辺治右衛門ノ六名ヲ推薦シタリ、依テ此六名ヲ創立委員ニ依嘱シタリキ
斯クテ創立委員ハ東京商工会設立願・東京商工会規程・同議事規則等ヲ起草シ同年十月十三日ヲ以テ更ニ一同ヲ明治会堂ニ会シテ之ヲ議定シ設立ノ認可ヲ受クルノ手続ヲナセリ」却説東京商法会議所ハ東京商工会其創立スルヲ待チ十月十一日ヲ以テ会議所ヲ解散シ其会議及執務
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ニ使用シタル家屋ハ之ヲ東京府ニ還納シ、尋テ十一月廿一日ヲ以テ其従来使用シ来レル什具書籍類並ニ経費残金百三拾壱円弐拾壱銭四厘ヲ商工会ニ引継キ其終局ヲ告ケタリキ」依テ商工会ハ前回ノ議決ニ由リテ東京府知事ニ稟シタル東京商工会設立願ハ速ニ認可セラレ、規程及ビ議事規則モ同ク其認可ヲ得、且会員認可状ヲモ尽ク府知事ヨリ交付セラレタルニ由リ、商工会員ハ同十一月二十日ヲ以テ京橋区木挽町十丁目商工会議場ニ参集シ此議場ハ即チ旧東京商法会議所ニシテ該所ノ解散ニ際シ一旦東京府庁ニ還納シタルニ付キ此日ヲ以テ更ニ東京府庁ヨリ之ヲ商工会ニ交附シタルナリ正副会頭及幹事ヲ選挙シ経費予算ヲ議決シ商工会ノ経費ハ府知事ノ演説ニ拠リ其意見ニ従ヒ会員ヲ出セル各会社及組合ヨリ醵出スル事ト定マレリ創立会議ヲ畢リタレバ、当日ノ発会式ニハ大蔵卿松方正義、農商務卿西郷従道・警視総監樺山資紀・東京府知事芳川顕正ヲ始トシ、大蔵農商務両省ノ書記官・東京府ノ書記官等臨席セラレ農商務卿先ツ祝辞ヲ述ベ次ニ府知事ソノ祝辞ヲ演ヘラレタレバ、会頭渋沢栄一総員ニ代リテ答辞ヲ述ベ以テ其式ヲ了シタリ於是乎東京商工会ノ組織成レリ、即チ東京商工会ハ東京市中ニテ重立タル各会社及組合ヨリ各其代表人ヲ選出シ之ヲ以テ会員トシテ会議ヲ組織シ、其経費ハ各会社及組合ニ於テ選出会員ノ人員ニ応シ分担シテ醵出スルノ制ナリトス
    ○東京商工会ノ成蹟
商工会ノ事務ハ組織ノ初ヨリ之ヲ(第一)議事(第二)調査(第三)報告ノ三項ニ分チ、議事ハ本会ノ意見、又ハ会外ヨリ寄送セル考案ヲ本会ノ同意ニ依テ本会ノ意見トシテ諸官衙ニ建議シ、及ヒ諸官衙ヨリ本会ニ諮問ノ事項ニ対シテ復申スルモノ、調査ハ前項議事ノ模様ニ由リ実際ノ事情ヲ詳明スル為ニ臨時コレヲ要スルモノ、及ビ報告ノ材料ニ供スル為ニ常ニ之ヲ要スルモノ、報告ハ之ヲ大別シテ商業ノ景況・工業ノ景況・金融ノ景況・運輸ノ景況ノ四項ニ分チ、適当ノ時限ヲ定メ其提要ト細節トヲ記載スルモノトシ、定式会議ハ毎年四回、臨時会議ハ会頭ノ招集ニ依テ之ヲ開クモノトシテ以テ其事ニ従ヘリ」凡ソ此諸事ハ皆商工業社会ノ為ニ必要ナルガ中ニモ調査報告ノ必要ハ所謂必要中ノ必要ニシテ、独リ会員ヲ選出セル会社及組合ガ之ニ由リテ大ニ益スル所アル而已ナラズ公衆一般ノ利益タリ、且ツ当路参考ノ利益タリシ事ハ商工会議事要件録ニ就テ之ヲ徴スルニ余アリトス、将タ復申建議ニ附テ商工会ガ議決シタル重要事件ノ標目ノミヲ左ニ列挙スレバ
  官衙ノ諮問ニ対セル重要復申
傭主被傭者間ノ取締ニ関スル諮問ニ対シ農商務卿ヘ復申(明治十七年五月)
同業組合取締規則ニ関スル諮問ニ対シ農商務卿ヘ復申(明治十七年五月)
商品荷造ニ関スル諮問ニ対シ農商務卿ヘ復申(明治十八年一月)
搾粕製造改良ニ関スル諮問ニ対シ東京府知事ヘ復申(明治十八年七月)
不景気ニ対スル諮問ニ対シ農商務大臣ヘ復申(明治十九年三月)
海関税ニ関スル諮問ニ対シ英国公使ヘ復申(明治十九年七月)
屋号専用ニ関スル諮問ニ対シ法律取調委員長ヘ復申(明治二十一年三月)
此余諸省局庁課其他ヨリ諮問ヲ受ケ之ニ復申シタルモノ許多ナリ、商
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工会議事要件録ニ詳載セルヲ以テ玆ニハ略シテ云ハズ
  官衙ニ具稟セル重要建議
同業組合ノ設立ヲ要スル件ニ付農商務卿ヘ建議(明治十七年五月)
売掛金出訴期限ノ改正ヲ要スル件ニ付農商務卿ヘ建議(明治十七年五月)
銅貨流通高ノ減縮ヲ要スル件ニ付大蔵卿ヘ建議(明治十七年八月)
営業品ノ見本ニ関シ郵便取扱方ノ改正ヲ要スル件ニ付駅逓総官ヘ建議(明治十八年八月)
質屋取締条例ニ改正ヲ要スル件ニ付内務卿ヘ建議(明治十八年九月)
条約改正ノ件ニ付外務大臣ヘ建議(明治十九年十月)
刑法並ニ其附則ニ改正ヲ要スル件ニ付司法大臣ヘ建議(明治十九年十一月)
航海上取締法ノ件ニ付外務逓信両大臣ヘ建議(明治十九年十一月)
証券印税規則ニ改正ヲ要スル件ニ付内務大臣ヘ建議(明治二十年五月)
市区改正実施方法ニ付内務大臣ヘ建議(明治二十一年十二月)
鉄道用地収用ノ件ニ付内閣総理大臣ヘ建議(明治二十三年四月)
清酒特別税ノ件ニ付東京府知事ヘ建議(明治二十三年五月)
商業会議所条例ノ制定ヲ要スル件ニ付農商務大臣ヘ建議(明治二十三年八月)
商法施行延期ノ件ニ付キ司法大臣ヘ建議(明治二十三年八月)
商法施行延期ノ件ニ付貴族衆議両議院ヘ請願(明治二十三年十二月)
此余諸省局庁課其他ニ向テ建議シ若クハ意見ヲ開申シタルモノ許多ナリ、商工会議事要件録ニ詳載セルヲ以テ玆ニハ略シテ云ハス
    ○東京商工会ノ終局
是ヨリ先キ農商務大臣ハ当時東京商工会ヲ初トシ各地ノ商工会議所ヲ歴観シ、其未タ完全ナラザルヲ憾ミ更ニ其歩ヲ進メ一躍シテ以テ欧米諸国ノ商業会議所《チヤムバルオフコムマルス》ト同一ノ地位ニ到ラシメン事ヲ望ミ乃チ明治二十二年ヲ以テ商業会議所条例ヲ起草シ、同年九月ニ於テ全国各地ノ商工会議所十ケ所ヨリ委員二名ヅヽヲ招集シ、其草案ヲ提出シテ諮問ニ附シタルニ其細目ニ関シテハ各員意見ニ異同アリシト雖トモ躰要ノ主趣ニ就テハ凡ソ一致シタルガ如クナリキ」其後農商務大臣ハ翌明治廿三年ニ於テ更ニ其草案ヲ改メ主趣ニ変更スル所ナキモ条項ヲ簡略シ、各地ノ情況ニ応シテ適宜ナラシムルノ道ヲ開キ、草案成ルニ及ビテ之ヲ閣議ニ提出シ、元老院ニ廻附セラレタルニ此草案ハ元老院ニ於テ否決セラレタリキ」是ニ於テ乎東京商工会ハ明治廿三年八月廿六日ノ会議ニ於テ『商業会議所条例制定之儀ハ昨年九月中農商務省ニ於テ各地商工会議所ノ委員ヲ招集シテ其意見ヲ諮問セラレタル事アリシガ、聞ク所ニ拠レバ其後同省ニ於テハ此等ノ意見ヲ参酌シテ条例案ヲ草定セラレ、今般内閣ヨリ之ヲ元老院ノ会議ニ附セラレタルニ同院ニ於テハ遂ニ之ヲ否決シタリト、然ルニ元来法律ヲ以テ商業会議所ノ設立ヲ公認シ之ヲシテ商業ノ自治機関タラシムルハ商業上ニ利益アリト認ムルニ付、本会ハ大躰ニ於テハ該条例ヲ全国商業者ノ輿論ニ従ヒ此際断然発布アラン事ヲ望ム』ト議決シ、乃チ同月廿八日ヲ以テ其建議ヲ農商務大臣ニ呈シタリキ
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其後同年九月十一日政府ハ法律第八十一号ヲ以テ商業会議所条例ヲ発布シ、尋テ同月十八日農商務省令第十二号ヲ以テ商業会議所施行規則ヲ定メタリ」依テ東京市中ノ有志者ニテ三十余名発起人トナリ該条例ニ拠リ東京ニ商業会議所ヲ設立スル事ニ決シ、其準備ニ著手シタリ」東京商工会ハ此事ヲ伝承シ乃チ同年十月廿日ノ会議ニ於テ『明治十六年府知事ノ勧誘ニ由リ初メテ本会ヲ設立シタル以来今日ニ至ル迄幾ト八年、此間本会ハ専ラ商工業ノ利益ヲ進捗スルノ目的ヲ以テ種々規画スル所アリシガ今ヤ商業会議所条例ニヨリ設立セラルベキ会議ハ此目的ヲ達スルニ一層便宜ヲ有スルノ機関ナルニ付、右商業会議所ニシテ果シテ東京ニ成立スルニ至ラバ本会ハ之ヲ閉鎖シテ其地位ヲ此新設会議所ニ譲ル事相当ノ順序ナリ、又本会所有財産ハ本来各会員ノ私有ニ帰スベキモノニ非ズ、故ニ今本会ヲ閉鎖スルニ当リテハ其建物・財産諸帳簿・諸器具ノ類ハ曩ニ旧東京商法会議所ノ閉鎖ニ際シ、其建物財産等ヲ本会ニ寄附シタルノ例ニ依リ総テ之ヲ新設会議所ニ寄附スル事亦当然ノ手続ナリ』ト議決シタリ、但シ当時商工会ノ現在所有財産ト称スベキモノハ整理公債証書三千七百円、農商務省下附金五千円是ハ明治二十三年三月廿九日農商務省ヨリ「商工事項ノ調査及ビ諮詢ニ付特ニ其会ヲ労スルニ依リ手当トシテ金五千円ヲ下附ス」ト達セラレテ本会ニ下附アリシ金額ナリ其他家屋一宇ナリ但シ地所ハ借地権ヲ其儘ニ譲与スベキモノトス」是ヨリ先キ商工会ハ商法修正意見書ヲ起草スル事ニ著手シタルニ付キ是ノ如キ薯手事務ハ之ヲ閉鎖前ニ結了シ、其他今後ニ著手スベキ事務ハ之ヲ未発ニ止ムル事ニ議決シタリ」尋テ商工会ハ同年十二月八日ノ会議ニ於テ『東京商業会議所設立発起人ヨリ依頼セル(一)本会ニ会議所設立費ノ立替ヲ請ヒ度事(二)本会建物ノ一部ヲ借リ会議所設立事務所ヲ設ケ度事(三)本会書記萩原源太郎ニ設立事務取扱主任ヲ托シ度事ノ三件』ヲ承諾シテ、彼会議所設立ノ為ニハ商工会ガ為シ得ベキ程ノ便利ハ之ヲ得セシムル事ヲ勉ムベシト議決シタリ
然ルニ本年即チ明治廿四年一月廿一日ニ至リ、農商務省会計局長ヨリ『特許局附属建物増築ノ為ニ其会借用ノ地所入用ニ付現在ノ建物ヲ引払ヒ相成度旨』照会アリ、元来此地所ハ其所有主ニ於テ至当ノ入用アル時ニハ返地スベキノ約束ナルヲ以テ即チ翌二月十七日商工会議場及ヒ事務所ニ使用シタル建物旧東京商法会議所ノ建物ナリヲ公売ノ上之ヲ取毀チ、同月十八日商工会事務所ヲ日本橋区南茅場町廿三番地ニ移転シタリ」本会規程ニ拠レハ毎年二月ノ定式会ニ於テ正副会頭幹事ノ選挙ヲ行ヒ経費予算ヲ議定スベキノ制ナリト雖トモ、商工会ノ閉鎖ハ将ニ近キニ在リテ且ツ臨時会ヲ追テ要スル事アルニ係ラズ此際別ニ定式会ヲ開クノ必要ナキヲ以テ其開会ヲ延期シ経費ハ別ニ徴収セズ、役員モ昨年当選ノ人ヲシテ継続セシムベキ旨ヲ通知シ各会員ノ承諾ヲ得タリ」尋テ同八月廿五日ヲ以テ臨時会ヲ日本橋区坂本町東京銀行集会所ニ開キタリ是ハ南茅場町ノ本会事務所ニハ議場ニ充ツベキノ席ナキガ故ナリ
此臨時会ハ東京商業会議所已ニ成立シタルニ付商工会ニ於テ終局ヲ告クルノ会議ナリトス、依テ商工会ハ(一)去年十月ノ決議ニ依リ相当ノ手続ヲ以テ財産等ヲ商業会議所ニ寄附シ、本月中ニ本会ヲ閉鎖スベシ(二)右ニ付本会ノ什器書籍其他書類ハ都テ有形ノ侭之ヲ引渡シ、金員ハ明治廿四年七月末決算余剰金ノ中ヨリ事務員手当及八月一日以
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後残務結了ニ至ル迄ノ費用ヲ見積リテ之ヲ引去リ、其残金ニ是迄積立タル維持元資金ヲ合シテ引渡スベシ(三)農商務省ヨリ拝借ニ係ル京橋区木挽町十丁目十三番地ノ地所ハ拝借ノマヽ商業会議所ニ引継クベシ(四)前陳ノ引継ヲ了リタル時ハ本会閉鎖ノ旨ヲ農商務大臣及東京府知事ニ届出テ且ツ之ヲ官報ニ公告スベシ(五)正副会頭幹事ヲ残務整理委員トシ、之ニ閉鎖後ノ残務ヲ整理セシメ且左ノ事務ノ取扱ヲ托スベシ(甲)兼テ著手中ニ係ル商法修正ノ調査ハ従来ノ商法質義委員ニ托シ其意見書調成ノ上ハ之ヲ貴族衆議両院議員・各商業会議所其他ヘ寄送スルコト(乙)予算ニ応シ残務整理ニ必要ナル費用ヲ支出シ追テ決算ノ上剰余ヲ生スル時ハ更ニ之ヲ商業会議所ニ引渡スコト(丙)本会沿革始末ヲ編纂シテ各会員其他ニ送附スルコト(丁)残務結了ノ上ハ報告書ヲ作リテ各会員ニ配附スル事(六)追テ秋涼ノ時ヲ期シテ宴会ヲ開キ本会ニ縁故アル朝野ノ人々ヲ招待スルコトヲ議決シ畢リ、本会ノ閉鎖ヲ告クルニ臨ミ会員梅浦精一・山中隣之助ハ会頭渋沢栄一副会頭益田孝ニ対シ本会ヨリ其功労ヲ謝スベシト発議シ、全会一致シテ之ヲ可決シ其取扱ヲ発議者二人ニ托シタリ、是ニ於テ東京商工会ハ其終ヲ告ケタリ
    東京商工会ノ残務結了
右ノ決議ニ従ヒ残務整理委員正副会頭幹事ハ同八月二十九日ヲ以テ商工会所有ノ整理公債証書額面参千七百円、現金弐千四百四拾七円九拾八銭、什器類七十四種、書籍類四十種其他諸帳簿調査書類等二百八十七種ヲ東京商業会議所ヘ寄附シ、京橋区木挽町十丁目ノ拝借地ヲ該会議所ニ引継キ、同三十一日ヲ以テ閉鎖ノ旨ヲ農商務大臣及東京府知事ニ届出デ且ツ官報ヲ以テ之ヲ公告シ、尋テ商業会議所ニ依頼シ日本橋区兜町二番地該会議所事務所ヲ借受ケテ玆ニ商工会残務取扱所ヲ移シタリ、又曩ニ商法質義委員ニ托シタル商法修正ノ意見書ハ其後脱稿シタルニ付同九月二十一日ヲ以テ其謄本ヲ司法大臣及農商務大臣ヘ上呈シ、且ツ尋テ之ヲ貴族衆議両院議員其他東京商業会議所ヲ始メ各地商業会議所ヘ送致シテ其参考ニ供シタリ、斯クテ同十一月十七日ヲ以テ兼テ決議ノ趣旨ニ基キ会員ハ江東中村楼ニ於テ、従来商工会ニ縁故アル朝野ノ人々数十名及東京商業会議所役員等ヲ招キテ終局ノ宴会ヲ開キ、其席ニ於テ(一)残務整理委員総代渋沢栄一ハ会員一同ニ代ハリテ開会ノ趣旨ヲ演述シ(二)会員梅浦精一ハ会員一同ニ代リテ正副会頭ヘノ謝状ヲ朗読シ(三)渋沢栄一会頭及益田孝副会頭ハ各々其謝状ニ対シテ答詞ヲ演述シ(四)東京商業会議所役員中野武営ハ該役員一同ニ代リテ所感ヲ演述セリ、其謝状ノ正写並ニ演説ノ趣意ハ左ノ如シ
   ○謝状並ニ演説ハ前掲(第五〇六頁)ニヨリ省略。
是ヨリ先キ残務整理委員正副会頭幹事ハ東京商工会沿革始末編纂中ナリシニ明治二十五年三月ニ至リ漸ク脱稿シ、残務全ク玆ニ結了ヲ告ゲタルニ付兼テ決議ノ趣旨ニ基キ経費残金八拾参円〇八銭四厘ヲ更ニ東京商業会議所ヘ寄附シ、其顛末ヲ各会員ニ報告シ、又沿革始末ハ之ヲ印刷ニ附シ各会員其他従来東京商工会ニ縁故ヲ有スル朝野ノ人々ヘ寄贈シ、尋テ残務取扱所ヲ閉鎖シタリ、是即チ明治二十五年三月二十一日ナリ将タ東京商工会ガ組織ノ初ヨリ閉鎖ノ終ニ至ル迄凡八年間ニ於ケル
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  議事調査等執務件目
  会員及役員姓名
  経費元資金収支決算
等ハ附録トシテ此巻末ニ列載ス

東京商工会沿革始末附録
    ○東京商工会議事調査等執務件目
  定式会           二十五回
  此議目           百〇六件
  臨時会           四十三回
  此議目           百六十三件
  委員又ハ役員会       百十九回
  此議目           百四十七件
  諸官衙ヘ建議        二十九件
  諸官衙ノ諮問        三十一件
  会員建議諸調査其他雑事   九十九件

図表を画像で表示東京商工会々員姓名

 ○東京商工会々員姓名 加盟ノ会社又ハ組合 明治十六年  明治十七年  明治十八年  明治十九年  明治二十年  明治二十一年 明治二十二年 明治二十三年 明治二十四年           十二月卅一日 十二月卅一日 十二月卅一日 十二月卅一日 十二月卅一日 十二月卅一日 十二月卅一日 十二月卅一日 七月三十一日           現在     現在     現在     現在     現在     現在     現在     現在     現在 石灰蠣灰問屋組合  真弓吉蔵   真弓吉蔵   小川勘助   皆川辰三郎 干鰯問屋組合(十九年以後肥料問屋組合ト改称ス)           前川忠七   前川忠七   喜多村富之助 奥三郎兵衛  加瀬忠次郎  前川忠七   前川忠七   前川忠七   前川忠七           島田徳兵衛  島田徳兵衛  加瀬忠次郎 米穀問屋組合    甲田卯三郎  甲田卯三郎  大塚藤平   大塚藤平           大塚藤平   大塚藤平   渡辺利兵衛  小菅又右衛門           渡辺利兵衛  渡辺利兵衛         小山伊三郎 鼈甲問屋組合    村田徳兵衛  村田徳兵衛  村田徳兵衛 陶器問屋組合    犬塚駒吉   犬塚駒吉   犬塚駒吉   犬塚駒吉           熊谷吉兵衛  熊谷吉兵衛  熊谷吉兵衛  熊谷吉兵衛 銅鉄物問屋組合   三谷長三郎  三谷長三郎  河合忠兵衛  長谷川貞次郎 森岡平右衛門 浅井半七   佐野勘兵衛  桑原七兵衛  桑原七兵衛           斎郷六兵衛  斎郷六兵衛  竹内喜三郎  来原兼次郎  来原兼次郎         森田宇兵衛  梅岡正吉   梅岡正吉 時計商組合     野村玉志   野村玉志   新居常七   新居常七   新居常七   新居常七   新居常七   新居常七   新居常七  以下p.524 ページ画像  茶問屋組合     山本嘉兵衛  山本嘉兵衛  山本嘉兵衛           長井利兵衛  長井利兵衛  長井利兵衛 地本錦絵商組合   森本順三郎  森本順三郎  松木平吉   松木平吉   小林鉄次郎  松木平吉           松木平吉   松木平吉   小林鉄次郎  小林鉄次郎  松木平吉 両替商組合     丹羽雄九郎  丹羽雄九郎  丹羽雄九郎  丹羽雄九郎  丹羽雄九郎  丹羽雄九郎  丹羽雄九郎  丹羽雄九郎  丹羽雄九郎           柴崎守三   柴崎守三   中沢彦七   石関利兵衛  石関利兵衛  石関利兵衛           中沢彦七   中沢彦七   石関利兵衛  伊沢鍵之助  伊沢鍵之助 二番組糠問屋組合  土岐文蔵   今木東兵衛  西宮新七   西宮新七 海草苆種問屋組合  西村庫次郎  西村庫次郎  西村庫次郎  西村庫次郎 神田青物問屋組合  岡田久兵衛  岡田久兵衛  岡田久兵衛 蚊帳問屋組合    永原伊兵衛  永原伊兵衛  近藤与兵衛 川船積問屋組合   小林久次郎  小林久次郎  小林久次郎           村田芳五郎  村田芳五郎  村田芳五郎 小舟町組鰹節問屋組合           榊原伝次郎  榊原伝次郎           室伏次郎兵衛 室伏次郎兵衛 金巾問屋組合    薩摩治兵衛  薩摩治兵衛  薩摩治兵衛  薩摩治兵衛  薩摩治兵衛           中村利兵衛  中村利兵衛  中村利兵衛  小泉富性   西彦兵衛 正開組紙問屋組合  坂本彦平   坂本彦平   坂本彦平   坂本彦平 畳表問屋組合    山野仁兵衛  山野仁兵衛  永原伊兵衛  松田嘉市   若林清茂   佐藤勘兵衛  池上福之助  永原伊兵衛  永原伊兵衛           清水九兵衛  清水九兵衛 四日市組魚市場組合 渡辺治右衛門 渡辺治右衛門 渡辺治右衛門 渡辺治右衛門 渡辺治右衛門 渡辺治右衛門 渡辺治右衛門 渡辺治右衛門 渡辺治右衛門           赤井善蔵   赤井善蔵   赤井善蔵   赤井善蔵   赤井善蔵   赤井善蔵   赤井善蔵   串田孫三郎  串田孫三郎 新場組魚市場組合  高橋友次郎  高橋友次郎  高橋友次郎  以下p.525 ページ画像  日本橋組魚市場組合 田村善次郎  田村善次郎  田村善次郎  田村善次郎  田村善次郎           米倉嘉兵衛  米倉嘉兵衛  米倉嘉兵衛  米倉嘉兵衛  米倉嘉兵衛           川井忠兵衛  中島平右衛門 中島平右衛門 中島平右衛門 中島平右衛門 団扇問屋組合    村川惣右衛門 村川惣右衛門 村川惣右衛門 村川惣右衛門 村川惣右衛門 村川惣右衛門           小山半五郎 廻船下リ塩仲買組合 遠山市郎兵衛 遠山市郎兵衛 遠山市郎兵衛 鈴木新兵衛  浜口勝之助  浜口熊岳   浜口熊岳   浜口熊岳   浜口熊岳 下リ糠問屋組合(廿年以後肥料糠問屋組合ト改称ス)           大村五左衛門 大村五左衛門 篠崎多助   大村五左衛門 大村五左衛門 脇田久次郎  鈴木茂兵衛  奥三郎兵衛  奥三郎兵衛           鈴木茂兵衛 下リ塩売捌問屋組合 中神久右衛門 中神久右衛門 繰綿問屋組合    小泉政兵衛  小泉政兵衛  小泉政兵衛           荒尾亀次郎  荒尾亀次郎  荒尾亀次郎 廻船下リ塩問屋組合 榎本小兵衛  榎本小兵衛  榎本小兵衛  榎本小兵衛  榎本小兵衛  榎本小兵衛  榎本小兵衛  榎本小兵衛  榎本小兵衛 廻米問屋組合    渋沢喜作   渋沢喜作   渋沢喜作   益田孝    益田孝    益田孝    益田孝    益田孝    益田孝           益田孝    益田孝    益田孝    鈴木周四郎 下リ酒問屋組合(二十年以後酒問屋組合ト改称ス)           説田彦助   三橋甚四郎  三橋林之助  脇田久次郎  説田彦助   山口豊助   山口豊助   山路勘助   山路勘助           高橋門兵衛  脇田久次郎  山脇善蔵   山路勘助   高崎五兵衛  山下政吉   酒井泰    酒井泰    酒井泰 洋糸商組合     前川太郎兵衛 柿沼谷蔵   前川太郎兵衛 斎藤弁之助  前川太郎兵衛 前川太郎兵衛           柿沼谷蔵   斎藤弁之助 薬種問屋組合    宮崎佐平   宮崎佐平   岩本五兵衛           島田久兵衛  島田久兵衛 岩本町久松町古着商組合           小沢万吉   木村嘉助 絵具染料問屋組合  南川福蔵   南川福蔵   南川福蔵   南川福蔵   南川福蔵   南川福蔵   南川福蔵   南川福蔵   南川福蔵           中泰輔    中泰輔    中泰輔    中泰輔    田中半兵衛  田中半兵衛  田中半兵衛  田中半兵衛  田中半兵衛 油商組合      岩出惣兵衛  岩出惣兵衛 長谷部喜右衛門 岩出惣兵衛 岩出惣兵衛 長谷部喜右衛門 長谷部喜右衛門 長谷部喜右衛門 長谷部喜右衛門           飯島角之助  飯島角之助  竹内喜右衛門 飯島角之助  飯島角之助  岩出惣兵衛  岩出惣兵衛  岩出惣兵衛  岩出惣兵衛  以下p.526 ページ画像  麻苧問屋組合    村田作兵衛  村田作兵衛  金子茂兵衛  斎藤善助   宇田川清兵衛 新井吉右衛門 村田作兵衛  金子茂兵衛  金子茂兵衛           植木清吉   金子茂兵衛 砂糖問屋組合    鳥海清左衛門 鳥海清左衛門 鳥海清左衛門 鳥海清左衛門 鳥海清左衛門 鳥海清左衛門 鳥海清左衛門 松本喜三郎  松本喜三郎           高島孝治   高島孝治   高島孝治   高島勘六   高島勘六   高島勘六   高島勘六   方波見平兵衛 方波見平兵衛 旧第一、第二、第三大区質屋組合           長塚勘兵衛  長塚勘兵衛           伊藤利助   伊藤利助           笠井庄兵衛  笠井庄兵衛 旧第四大区質屋組合 吉田幸作   吉田幸作           堀江儀兵衛  浅野彦兵衛           伊藤定七   堀江半兵衛 旧第六大区質屋組合 川名新六   川名新六           森源右衛門  森源右衛門           峰島茂吉   峰島茂吉 銃砲弾薬免許商組合 渋谷忠兵衛  渋谷忠兵衛  菊永昌介   大塚艮城   大塚艮城   大塚艮城   大塚艮城   大塚艮城   大塚艮城 酒類問屋組合    山本長右衛門 山本長右衛門 平野太郎兵衛 平野太郎兵衛 牧原仁兵衛  牧原仁兵衛  牧原仁兵衛  牧原仁兵衛  牧原仁兵衛 奥川組薪炭問屋組合 浅井幸右衛門 浅井幸右衛門 浅井幸右衛門 浅井幸右衛門 浅井幸右衛門 浅井幸右衛門 浅井幸右衛門 浅井幸右衛門 浅井幸右衛門           鈴木佐兵衛  吉野清吉   荒井仁兵衛           荒井仁兵衛  荒井仁兵衛 醤油問屋組合    宮崎久助   宮崎久助   日野秀助   日野秀助   日野秀助   浜口吉右衛門 石井由之助  浜口吉右衛門 浜口吉右衛門           浅井藤次郎  浅井藤次郎  中沢熊五郎 筆墨硯問屋組合   牧野彦八   牧野彦八   牧野彦八   牧野彦八           吹田与助   吹田与助 木綿呉服問屋組合  木村嘉兵衛  宮本弥之助           宮本弥之助  塚本孫兵衛 西洋小間物商組合  藤田藤一郎  辻粂吉    田中重兵衛  藤田藤一郎  三枝与三郎  三枝与三郎  三枝与三郎  辻粂吉    辻粂吉           辻粂吉    田中重兵衛  堀川長兵衛  堀川長兵衛  辻粂吉    辻粂吉    辻粂吉    神崎三郎兵衛 神崎三郎兵衛           田中重兵衛  三枝与三郎  三枝与三郎  三枝与三郎  藤田藤一郎  堀川長兵衛  藤田藤一郎 石材問屋組合    青木庄太郎  青木庄太郎  青木庄太郎  青木庄太郎  青木庄太郎  青木庄太郎  青木庄太郎 仕立物営業組合          中居健蔵  以下p.527 ページ画像  左官職組合(廿年度ヨリ壁職業組合ト改称ス)                  太田次郎   太田次郎   桑原仁三郎  桑原仁三郎  太田次郎                  川島福之助  川島福之助  川島弥十郎  川島弥十郎                  荒井万平   荒井万平                  杉山清吉   杉山清吉 売薬商組合          喜谷市郎右衛門 喜谷市郎右衛門 喜谷市郎右衛門 喜谷市郎右衛門 山崎塊一 林忠蔵    太田信義   太田信義                  森島松兵衛  森島松兵衛  太田信義   太田信義   平尾賛平   笠井鉦太郎 喜谷市郎右衛門 喜谷市郎右衛門 石工組合             中村三郎兵衛 中村三郎兵衛 中村三郎兵衛 中村三郎兵衛 中村三郎兵衛 中村三郎兵衛                  西沢久右衛門 山田藤次郎 鰹節問屋組合                  籾山半三郎  籾山半三郎  籾山半三郎  高崎友七   高崎友七   関山源三郎  関山源三郎                         高崎友七   高崎友七   高崎友七   榊原伝次郎  関山源三郎 東京質屋組合                  吉田幸作   吉田幸作   吉田幸作   吉田幸作   吉田幸作   吉田幸作   吉田幸作                         宮島新七   宮島新七   宮島新七   苗村又右衛門 苗村又右衛門 苗村又右衛門 苗村又右衛門                         苗村又右衛門 苗村又右衛門 苗村又右衛門 白米商組合                          清水平蔵                                増村粂蔵                                佐藤覚次郎 木綿呉服商組合          木村嘉兵衛                       神鳥半兵衛  木村嘉兵衛  野本伝七   野本伝七                  奥村武兵衛                       野本伝七   平山宗兵衛  阿部孝助   阿部孝助 薬業組合                    竹内久兵衛  林忠蔵    雨宮綾太郎  雨宮綾太郎  笠井鉦太郎  笠井鉦太郎                         雨宮綾太郎  雨宮綾太郎  尾沢豊太郎  山崎塊一   吉田安五郎  吉田安五郎                         森島松兵衛 煉化石製造者組合                細谷伊助   細谷伊助   和田荘十郎  和田荘十郎 洋紙商組合                          陽其二    陽其二    陽其二    陽其二    陽其二 洋酒商組合                          金沢三右衛門 金沢三右衛門 金沢三右衛門 売肉問屋組合                         木村荘平   木村荘平   木村荘平 洋服商工業組合                        高羽総兵衛  小松崎茂助  小松崎茂助  高羽総兵衛  高羽総兵衛                                小松崎茂助  高羽総兵衛  以下p.528 ページ画像  煙草商組合                                 岩谷松平   岩谷松平   岩谷松平                                       千葉松兵衛  千葉松兵衛  千葉松兵衛 煙草問屋組合                                       田中佐次兵衛 田中佐次兵衛 田中佐次兵衛 田中佐次兵衛                                              若松源八   若松源八   若松源八   若松源八 書籍出版営業組合                                     原亮三郎   赤坂亀次郎                                              日下部三之助                                              稲田政吉 燭酒焼酎醸造業組合                                           天野鉄次郎 有恒社       伴資健    伴資健    高木要蔵   高木要蔵   高木要蔵   高木要蔵   高木要蔵   高木要蔵   高木要蔵 日本鉄道会社    林賢徳    林賢徳    林賢徳    林賢徳    林賢徳    林賢徳    林賢徳    林賢徳    林賢徳 東京馬車鉄道会社  谷元道之   谷元道之   岩橋静彦   岩橋静彦   岩橋静彦   岩橋静彦   岩橋静彦   岩橋静彦   岩橋静彦 東京海上保険会社  益田克徳   益田克徳   益田克徳   益田克徳   益田克徳   益田克徳   益田克徳   益田克徳   益田克徳 倉庫会社      梅浦精一   梅浦精一   梅浦精一   梅浦精一 内国通運会社    佐々木荘助  佐々木荘助  佐々木荘助  佐々木荘助  佐々木荘助  佐々木荘助  佐々木荘助  佐々木荘助  佐々木荘助 栄藍社(二十年度ヨリ藍商組合ト改称ス)           新井平吉   新井平吉   新井平吉   新井平吉   新井平吉   和泉国蔵   小泉泰五郎  松江勝蔵   松江勝蔵 共同運輸会社    小室信夫   小室信夫 明治生命保険会社  阿部泰蔵   阿部泰蔵   阿部泰蔵   阿部泰蔵   阿部泰蔵   阿部泰蔵   阿部泰蔵   阿部泰蔵   阿部泰蔵 三菱会社      荘田平五郎  荘田平五郎  以下p.529 ページ画像  製紙会社      谷敬三    谷敬三    谷敬三    谷敬三    谷敬三    谷敬三    谷敬三    谷敬三    谷敬三 長成社              柴原武雄   柴原武雄   柴原武雄 起立工商会社                  松尾儀助   松尾儀助   松尾儀助   松尾儀助   松尾儀助   松尾儀助   松尾儀助 日本郵船会社                  岡本健三郎  吉川泰二郎  吉川泰二郎  吉川泰二郎  吉川泰二郎  吉川泰二郎  吉川泰二郎                                              石井安之助  石井安之助  石井安之助  石井安之助 東京瓦斯会社                         笹瀬元明   笹瀬元明   笹瀬元明   笹瀬元明   笹瀬元明   笹瀬元明 東京電灯会社                                矢島作郎   矢島作郎   矢島作郎   矢島作郎   矢島作郎 東京醤油会社                                西村甚右衛門 西村甚右衛門 中央陸運会社                                正木誓    正木誓 東京薬品会社                                森島松兵衛  森島松兵衛  森島松兵衛  森島松兵衛  森島松兵衛 日本土木会社                                       大倉喜八郎  大倉喜八郎  大倉喜八郎  大倉喜八郎 内外用達会社                                       福島良助   手島鍈次郎  手島鍈次郎  手島鍈次郎 東京製綱会社                                       渡部温    渡部温    渡部温    渡部温 東京倉庫会社                                       生島一徳   生島一徳   生島一徳   生島一徳 日本煉化製造会社                                     池田栄亮   池田栄亮   北川俊    北川俊  以下p.530 ページ画像  日本運輸会社                                              林徳左衛門  平岡煕一   平岡煕一 日本セメント会社                                            橋本辰三郎  橋本辰三郎  橋本辰三郎 東京鐘淵紡績会社                                                   駒井英太郎  駒井英太郎 東京紡績会社                                                     田村利七   田村利七 東京機械製造会社                                                   河内常徳   河内常徳 日本昆布会社                                                     北村英一郎  北村英一郎 品川電灯会社                                                     岩下清周   岩下清周 石川島造船所    平野富二   平野富二   平野富二   平野富二   梅浦精一   梅浦精一   梅浦精一   梅浦精一   梅浦精一 東京米商会所    辻純一    松本暢    米倉一平   青木貞三   小川為次郎  小川為次郎  小川為次郎  永井松右衛門 永井松右衛門 東京株式取引所   松林義規   松林義規   松林義規   小林猶右衛門 小林猶右衛門 小林猶右衛門 伊藤幹一   伊藤幹一   伊藤幹一 川@崎造船所    川井田平蔵  川井田平蔵  川井田平蔵 銀行集会所     渋沢栄一   渋沢栄一   渋沢栄一   渋沢栄一   渋沢栄一   渋沢栄一   渋沢栄一   渋沢栄一   渋沢栄一           山中隣之助  山中隣之助  山中隣之助  山中隣之助  山中隣之助  山中隣之助  山中隣之助  山中隣之助  山中隣之助 同商会《(マヽ)》 大倉喜八郎  大倉喜八郎 大@倉組商会                  大倉喜八郎  大倉喜八郎  大倉喜八郎  高島小金治  以下p.531 ページ画像  蠣灰商会      隅山尚徳   隅山尚徳   隅山尚徳   隅山尚徳   隅山尚徳   隅山尚徳 刺賀商会                                  馬場一    馬場一    刺賀超介   刺賀超介   刺賀超介 高田商会                                  高田慎蔵   高田慎蔵   高田慎蔵   高田慎蔵   高田慎蔵 平野土木組                                 今木七十郎  今木七十郎 鉱山坑業                                  古河市兵衛  古河市兵衛  古河市兵衛  古河市兵衛  古河市兵衛 舶来織物業                                 堀越角次郎  堀越角次郎  堀越角次郎 公債株式業                                 今村清之助  今村清之助  今村清之助  今村清之助  今村清之助 セメント製造業                               浅野惣一郎  浅野惣一郎  浅野惣一郎  浅野惣一郎  浅野惣一郎 田中銀行                                                       田中平八   田中平八 東京株式取引所仲買委員                           天矢正剛   天矢正剛   天矢正剛   天矢正剛   天矢正剛                                       諸葛小弥太  諸葛小弥太  須藤吉右衛門 茶商                                    山本嘉兵衛  山本嘉兵衛 茶商                                    長井利兵衛  長井利兵衛 木綿呉服商                                 三越得右衛門代理                                       木村嘉兵衛 紙商                                    服部源三郎代理 服部源三郎代理                                       大藪儀三    大藪儀三 




 - 第19巻 p.532 -ページ画像 

図表を画像で表示東京商工会役員姓名

 ○東京商工会役員姓名      明治十六年  明治十七年  明治十八年  明治十九年  明治二十年  明治二十一年 明治二十二年 明治二十三年 明治二十四年      十二月卅一日 十二月卅一日 十二月卅一日 十二月卅一日 十二月卅一日 十二月卅一日 十二月卅一日 十二月卅一日 七月卅一日 役員名称 現在     現在     現在     現在     現在     現在     現在     現在     現在 会頭   渋沢栄一   渋沢栄一   渋沢栄一   渋沢栄一   渋沢栄一   渋沢栄一   渋沢栄一   渋沢栄一   渋沢栄一 副会頭  益田孝    益田孝    益田孝    益田孝    益田孝    益田孝    益田孝    益田孝    益田孝 幹事   益田克徳   梅浦精一   梅浦精一   梅浦精一   大倉喜八郎  大倉喜八郎  大倉喜八郎  大倉喜八郎  大倉喜八郎 同    小室信夫   益田克徳   益田克徳   益田克徳   梅浦精一   梅浦精一   梅浦精一   梅浦精一   梅浦精一 同    梅浦精一   小室信夫   大倉喜八郎  大倉喜八郎  益田克徳   益田克徳   阿部泰蔵   益田克徳   益田克徳 同           阿部泰蔵   阿部泰蔵   益田克徳   阿部泰蔵   阿部泰蔵 同           山中隣之助  山中隣之助  山中隣之助  山中隣之助  山中隣之助 同           森島松兵衛  丹羽雄九郎  丹羽雄九郎  丹羽雄九郎  丹羽雄九郎 同           丹羽雄九郎  松尾儀助   松尾儀助   松尾儀助   松尾儀助 書記   萩原源太郎  萩原源太郎  萩原源太郎  萩原源太郎  萩原源太郎  萩原源太郎  萩原源太郎  萩原源太郎  萩原源太郎 同    三木実    三木実    三木実    三木実    三木実    三木実    三木実    三木実    三木実 



図表を画像で表示東京商工会経費収支ノ決算(自明治十六年度至同廿四年度)

 ○東京商工会経費収支ノ決算(自明治十六年度至同廿四年度) 年度                     収入高         支出高                             円           円 明治十六年度(自十六年十一月至十七年一月)  一、〇三八・六八一   一、〇〇一・九五七 同十七年度(自十七年二月至十八年一月)    三、八〇八・二九七   二、三六七・八二八 同十八年度(自十八年二月至十九年一月)    二、八六七・七九五   二、五四一・二七三  以下p.533 ページ画像  同十九年度(自十九年二月至二十年一月)    二、八〇七・二一一   二、五四六・九八一 同二十年度(自二十年二月至二十一年一月)   二、九一三・八四二   二、八〇六・九八六 同二十一年度(自二十一年二月至二十二年一月) 二、九七一・八一九   二、七九〇・二一〇 同二十二年度(自二十二年二月至二十三年一月) 二、九八〇・九〇〇   二、六七六・四三五 同二十三年度(自二十三年二月至二十四年七月) 八、一六三・二〇六   四、五一九・七七七 同二十四年度 合計                    二七、五五一・七五一  二一、二五一・四四七 



図表を画像で表示東京商工会維持元資金収支ノ決算(自明治十六年度至同廿四年度)

 ○東京商工会維持元資金収支ノ決算(自明治十六年度至同廿四年度) 年度                   収入高                           支出高                                               円                      円 明治十六年度(自十六年十一月至十七年一月)                        ……………                  …………… 同十七年度(自十七年二月至十八年一月)                円         ……………                  …………… 同十八年度(自十八年二月至十九年一月)  前年度決算余剰額 一、四四〇・四六九  一、五一九・四六九 公債証書額面千四百円買入 一、三九一・六〇〇                      利子其他ノ収入     七九・〇〇〇 同十九年度(自十九年二月至二十年一月)  前年度決算余剰額   三二六・五二二    四三八・五二二 公債証書額面四百円買入    四三一・二〇〇                      利子其他ノ収入    一一二・〇〇〇 同二十年度(自二十年二月至二十一年一月) 前年度決算余剰額   二六〇・二三〇    五六九・七三〇 公債証書額面五百円買入    五一三・〇〇〇                      利子其他ノ収入    三〇九・五〇〇 同二十一年度(自二十一年二月至二十二年一月)前年度決算余剰額  一〇六・八五六    三七一・八五六                  ……………                       利子其他ノ収入   二六五・〇〇〇 同二十二年度(自二十二年二月至二十三年一月)前年度決算余剰額  一八一・六〇九    五八七・一〇九 公債証書額面九百円買入    九〇六・三〇〇                       利子其他ノ収入   四〇五・五〇〇 同二十三年度(自二十三年二月至二十四年七月)前年度決算余剰額  三〇四・四六五    五八一・九六五 公債証書額面五百円買入    四九七・〇〇〇 同二十四年度                利子其他ノ収入   二七七・五〇〇             残金…………………………………三二九・五五一 合計                            四、〇六八・六五一                         四、〇六八・六五一 



 - 第19巻 p.534 -ページ画像 
    ○東京商工会残務整理経費収支ノ決算(自明治二十四年八月至同二十五年三月)
一金参千六百四拾参円四拾弐銭九厘 明治二十四年七月末決算余剰額
一同参百弐拾九円五拾五銭壱厘   元資金現金
  外ニ整理公債証書額面参千七百円
計金参千九百七拾弐円九拾八銭
  外ニ整理公債証書額面参千七百円
     内
 金弐千四百四拾七円九拾八銭   東京商業会議所ヘ寄附
  外ニ整理公債証書額面参千七百円 同断
 金壱千四百四拾壱円九拾壱銭六厘 明治二十四年八月ヨリ同廿五年三月残務結了迄ノ費用
差引
金八拾参円〇八銭四厘       更ニ東京商業会議所ヘ寄附