デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2022.3.15

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

7章 経済団体及ビ民間諸会
1節 商業会議所
3款 東京商業会議所
■綱文

第19巻 p.645-656(DK190070k) ページ画像

明治24年8月29日(1891年)

当会議所、是日ノ臨時会議ニ於テ農商務大臣陸奥宗光ヨリ諮問サレタル職工条例ノ儀ヲ討議セシガ、工業部ニ托シテ調査セシムルニ決ス。栄一会頭トシテ之ニ与ル。


■資料

東京経済雑誌 第二四巻第五八五号・第二五三頁 明治二四年八月一五日 ○職工条例に関する農商務大臣の諮問(DK190070k-0001)
第19巻 p.645 ページ画像

東京経済雑誌  第二四巻第五八五号・第二五三頁 明治二四年八月一五日
    ○職工条例に関する農商務大臣の諮問
陸奥農商務大臣は、職工条例に関し商業会議所に諮問せられたり、諮問案の要領左の如し
 一工業製造業の利益及雇者・被雇者相互の権利義務を保護し及其業法の発達永続を企図せんか為めに工場製造所と職工(男職工・女職工及男女未丁年職工)及徒弟とに関する法律を制定するの要否並に其規定を要する事項


東京経済雑誌 第二四巻第五八六号・第三〇二頁 明治二四年八月二二日 ○東京商業会議所総会議案(DK190070k-0002)
第19巻 p.645-646 ページ画像

東京経済雑誌  第二四巻第五八六号・第三〇二頁 明治二四年八月二二日
    ○東京商業会議所総会議案
来る廿九日に開くべき東京商業会議所総会の議案なりと云ふを聞くに ○中略 第四号議案は本月七日附にて農商務大臣より諮問に与りし工業製
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造業の利益及び雇者・被雇者相互の権利義務を保護し及び其業法の発達手続を企図せんが為めに工場製造所と職工(男職工・女職工及び男女未丁年の職工)及び徒弟とに関する法律を制定するの要否、並に其規定を要する事項なりと


東京経済雑誌 第二四巻第五八八号・第三七三頁 明治二四年九月五日 ○商業会議所の総会(DK190070k-0003)
第19巻 p.646 ページ画像

東京経済雑誌  第二四巻第五八八号・第三七三頁 明治二四年九月五日
    ○商業会議所の総会
去月廿九日午後六時より開会、出席者二十八名、渋沢栄一氏会頭席に就き、第一号議案昨年七月より本年八月に至る決算報告、第二本年九月より明年八月に至る予算案を議せり、終りに佐久間貞一氏が職工条例は秘密を要するを以て傍聴を禁せんとの発議に満場賛成にて、傍聴を禁し九時廿分頃散会せり


第一回東京商業会議所事務報告 第五―六頁 明治二五年四月刊(DK190070k-0004)
第19巻 p.646 ページ画像

第一回東京商業会議所事務報告  第五―六頁 明治二五年四月刊
一職工条例ノ儀ニ付農商務大臣ヨリ諮問ノ件
 本件ハ明治二十四年八月七日附ヲ以テ陸奥農商務大臣ヨリノ諮問ニ係リ、其要旨ハ工業製造業ノ利益、及雇者・被雇者相互ノ権利義務ヲ保護シ及其業法ノ発達永続ヲ企図センカ為メニ、工場製造所ト職工及徒弟トニ関スル法律ヲ制定スルノ要否如何ト云フニアリ、依テ同年八月廿九日第六回ノ臨時会議ニ附シタルニ先ヅ工業部ニ托シテ調査セシムル事ニ決シ、爾来同部ニ於テ調査中ニ付追テ其結了ヲ待テ更ニ会議ニ附スルノ見込ナリ、但シ本件ハ頗ル重要ノ問題ニ属シ其調査ノ為メ多分ノ時日ヲ要スル見込ニ付会議ノ決議ヲ経、同年九月廿一日ヲ以テ為念其旨ヲ同大臣ヘ上陳シタリ


第二回東京商業会議所事務報告 第二七頁 明治二六年四月刊(DK190070k-0005)
第19巻 p.646 ページ画像

第二回東京商業会議所事務報告  第二七頁 明治二六年四月刊
一職工条例ノ義ニ付農商務大臣ヨリ諮問ノ件
 本件ハ前回ニ報告シタルガ如ク、明治二十四年八月以来工業部ニ於テ調査中ノ処未ダ其結了ヲ告ゲザルニ付、進《(追カ)》テ同部ノ報告ヲ待チ会議ニ附スルノ見込ナリ
   ○明治二十六・二十七年度ニモ之ト同様ノ記事アリ。
   ○本調査ハ其後如何ニナリシカ資料欠除ノタメ不明ナリ。
   ○工場法ト栄一トノ関係並ニ工場法成立ノ沿革ニ就テハ本資料第十七巻所収「東京商法会議所」明治十三年十一月十五日(第四八〇頁)、第十八巻所収「東京商工会」明治十七年五月二日(第一〇二頁)、第二十一巻所収「東京商業会議所」明治三十一年五月二十日、同三十一年十月二十二日、同三十六年三月二十八日、第二十二巻所収「商業会議所聯合会」明治三十五年十二月八日、第二十三巻所収政府諸会ノ中「農商工高等会議」明治二十九年十月二十三日、同三十一年二月二十八日、第二編第二部社会公共事業第五章学術及其他ノ文化事業中「社会政策学会」明治四十年十二月二十二日ノ各条参照。



〔参考〕工場法論 岡実著 改訂版・第九―一〇頁 大正二年刊(DK190070k-0006)
第19巻 p.646-647 ページ画像

工場法論 岡実著  改訂版・第九―一〇頁 大正二年刊
○上略
 明治二十二年ニ至リ、工業上ニ使用スル汽缶取締法制定参考ノ為メ
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各府県ニ於ケル汽缶ノ総数・種類・其ノ他之ニ関スル事項ヲ調査シ、二十三年工務局ヲ廃シテ商工局ヲ設置シ、翌二十四年工場及製造業ニ於ケル傭主被傭者相互ノ権利義務ヲ保護シ、及其ノ業務ノ発達永続ヲ企図スルノ目的ニ依リ、同年七月職工条例制定ノ要否並其ノ規定ヲ要スル事項ニ付各商業会議所ニ諮問シタルニ翌二十五年各其ノ答申書ヲ提出セリ。超エテ二十六年及二十七年ニ於テハ製造場及工場内ニ於ケル労働者ノ実況調査表様式ヲ印刷シテ之ヲ各府県ニ配附調査セシメ、又各府県ニ於ケル各種工場取締規則ヲ蒐集シ、尚従来発生シタル汽缶ノ破裂損傷ノ報告ヲ徴スル等各般ノ調査ヲ為シタリ。要スルニ二十二年以後数年間ハ専ラ調査ヲ行ヒ、一面屡法案ヲ編纂シタルモ改案相踵キテ之ヲ公表スルノ時機ニ達セサリシナリ。 ○下略



〔参考〕東京経済雑誌 第二四巻第五八六号・第二八五―二八六頁 明治二四年八月二二日 ○職工条例に関する農商務大臣の諮問(桑原啓一)(DK190070k-0007)
第19巻 p.647-648 ページ画像

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〔参考〕佐久間貞一小伝 豊原又男著 第一四九―一五〇頁 明治三七年一一月刊(DK190070k-0008)
第19巻 p.648 ページ画像

佐久間貞一小伝 豊原又男著  第一四九―一五〇頁 明治三七年一一月刊
    第十 労働問題と佐久間貞一
○上略
 然り而して氏の最も力を尽したるものは工場法制定にあり、明治廿四年陸奥農商務大臣の職工条例制定の可否を各地商業会議所に諮問するや、氏は東京商業会議所に在りて其調査委員となり制定の必要なる旨を主張せりと雖、当時我商工業者の未だ之を念頭に置くものなく、且つ多く之を否認するにありたるを以て氏は既に其経験する所を万縷千説して独り之れに対峙せり、然るに政府は其後更に消息を伝へずして止みたるが、爾後各地に労働運動の起れると共に同盟罷工大に起りて、資本家対労働者間の不調和愈々激甚となるの趨勢を示したれば、政府は農商務省に工場調査会なるものを設けて吏員を各地に派して其実境《(況)》を捜らしめ、工場法草案を作製して之を各地商業会議所及其他経験あるものに諮問せり、然るに世論大に起り甲是乙非未だ決せずして其制定を見る能はず、我邦工業界の為めに詢に遺憾なりといふべし
○下略



〔参考〕東京経済雑誌 第二四巻第五九六号・第六四五―六五一頁 明治二四年一〇月三一日 専修学校理財学会大会に於て(十月十一日) 【○工場条例に就て 法学博士 金井延君 演説 尾張捨吉郎 速記】(DK190070k-0009)
第19巻 p.648-655 ページ画像

東京経済雑誌  第二四巻第五九六号・第六四五―六五一頁 明治二四年一〇月三一日
  専修学校理財学会大会に於て(十月十一日)
    ○工場条例に就て
               法学博士 金井延君 演説
                    尾張捨吉郎 速記
私の演題は是に工場条例に就てと掲けてありますけれども職工条例に就てと云ふに直します、其方が稍々当つて居るかと思ひますからであ
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ります、実は此事に就きましては明後日の国民之友に出しますから、幾分か其中の事を申すのですから一体面目ない訳です、何か他の事を――新しい事を――調へて来て他の演題でやろうと思ひましたが、そう云ふ間が御座りませなむだからして止むを得ず明後日出すべき事になつて居るものゝ一部分をも御話申します、乍併未だ出ない中ですからそんなに悪くないかも知れません
職工条例諮問と云ふ事が世間に出ましてから私は職工条例と云ふものは果して何であると云ふ事を一向に解しませんでありました、自から問ふて謂ふのに職工条例と云ふのは抑も外国語の訳語であるか、或は始めて本邦にて作り出した辞であるか一向に分らんと思案半ばにして疑の未だ解けざる中に、何んぞ図らん私の益友なる添田寿一君が先頃の国民之友に於きまして職工条例と云ふのは英語で云ふと「エンプロイメント、オブ、レーバア、アクト」と云ふものである、則ち其主として論ずる所は第一に職工の資格、第二に雇主の義務、第三に雇入の契約及年期、第四に授業貯金及賞与、第五解役及弁償等の事に関する規定であつて、則ち英語で「エンプロイメント、オブ、レーバア、アクト」であると斯く論定されたのてあります、私は此五の事抦を一つ一つ別々或は二つか三つ一所に単独法を以て規定してある国が欧洲に在る事を知りて居ました、乍併是等の事をすつかり総括して一の条例を以て規定する者あるは未た聞て居りませんでした、況んや「エンプロメイント、オブ、レーバア、アクト」と云ふ名称に至ては私の浅学未だ曾て夢にだも見たことが御座りませむ、如何云ふ事であろうかと思つて実は英吉利の法令全書を種々繰返して見ましたけれとも一向見当たらず、又英吉利法律に委い人に聞た所が矢張そう云ふ事は知らんと云ふ、奇妙な事と思ひて一夕添田氏と或る場所に会したる時に此事を話した所が添田氏も亦「エンプロイメント、オブ、レーバア、アクト」と云ふものは英吉利に実際ある訳ではない、只世間の風説に所謂ゆる職工条例なるものを英語にて見たならは「エンプロイメント、オブ、レーバア、アクト」と云ふ事たろうと云ふ積りて国民之友へ出したと云はれた、夫ならは善く分りました、一寸添田氏の論文の語気から見ますと英吉利辺にありそうに見受けますから一時は何年何月何日誰の内閣の時に出来たかと云ふ事を問ひました位でありました、然るに実際そうでないと云ふ事を聞きて漸く安心しました、乍併其処に至りましては益々職工条例と云ふ者の何たるを知るに苦みました、昨日の新聞に因りますると云ふと商法会議所議員たる紳商某が職工条例と云ふものは不必要だと云ふ事を云はれて、抑も職工条例が英国に起つたのは全く同盟罷工を拒く為に起つたのである、我国には同盟罷工と云ふ憂抔はなく職工と雇主との関係が円滑であるからして決してそう云ふ事は必要ならずと云ふ事を理由として職工条例発布す可らずと云ふ事を云はれたと云ふ話であります、是は既に新聞に載てありましたから諸君の中には御覧になつた御方も吃度ありませう、乍併之は一向私には分らん、第一に英吉利に職工条例と云ふものがあると云ふ事が疑はしい、何を称して職工条例と云ふのかさつぱり分らんです、畢竟紳商某と云ふ者は職工条例と云ふものと工場条例と云ふものを混淆し
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たものであろうと思ひます、乍併第二に此工場条例と雖も決して同盟罷工を拒く為に起つたものではありません(喝采)、若も英吉利に於て工場条例が同盟罷工を拒く為に起つたのだと云ふならば之を言ふ人は抑も労働に関する立法の歴史を少しも知らない者と云はなければならんと思ひます、其処に至て私は此職工条例と云ふものは何だか今日まで分りません、分りませんからして私の想像を以て見ますると云ふと所謂職工条例と云ふものは多分通常の工場条例と称へるものであろうかと思ふのです、そうでなければ又工場条例に加ふるに雇主を保護して殖産興業を奨励するの個条を以てする所の一種特別の条例であろうと思ふ此二つの外に風説になりて居る職工条例と云ふものはあるまいと思ふ、所謂ゆる職工条例なるものは必ず此二つの一に相違あるまいと思ふです、故に此二つのものに就きまして聊か別々に論じましよう第一に所謂職工条例と云ふ者をして単純なる工場条例ならしめば私は何が故に当局者は之を淡泊に工場条例と唱へずして曖昧糢糊たる職工条例と云ふ名を附するか一向解する事が出来ません、若し又此条例をして単に工場内にのみ使役さるゝ労働者を保護するに止まらずして工場外に働きつゝある所の労働者全体をも保護する精神を以た者でありまするならば、私は当局者は何が故に之を労働者保護律と名つけないのかを疑ひます、欧米の先進国に於ては既に労働者保護律と云ふ至適至便な名称が出来て居ります、本邦人は何を苦んで国粋保存主義を装ふて此至適至便の名称を捨て取らないのであるか、又国粋保存の字義から言つてもそんな事を遠慮するには及びますまい、適当なる言葉を取つても此主義に少しも撞着する所はありますまい、若し所謂職工条例にして労働者全体を保護するの主義に出たる者であるならば労働者保護条例と名つけるが宜い、曖昧なる職工条例と云ふ名を取つたのは私には一向分らない、乍併若も此所謂職工条例にして労働者を保護するを以て目的とするものでありましたならば、之を商法会議所の諮問に掛けると云ふ事は果して其当を得たるものであるか、私は疑はなければならん(喝采)、固より天下の商法会議所の議員は皆公平無私の人でありましよう、一般の利益を目的として一人の私利私益に頓着しない人でありましよう、乍併是等の人の利害と云ふものは職工の利害と同じであろうと云ふ事は出来んと思ふ、利害の感情と云ふものは必ず異なつて居るに相違ない、既に利害の感を異にして居る所の者に向つて労働者保護の事を諮問すると云ふのは、私は其諮問所を少し間違へたのではないかと思ふ(喝采)、されば是等の人々が此条例に反対を試みるを見て所謂職工条例と云ふものが無用である労働者を保護するに及ばんと云ふのは余程間違な話で、是等の人が何位《いくら》反対をしたからと云つてそんな事に頓着なく条例の必要があるならば発布するが宜い、是等の極く分り易き理に我が賢明なる農商務大臣が御気が付かれない事はない、必ず御気が付かれて居りましよう、去らば此商法会議所へ諮問をしたと云ふのは少しく訳のある事であろうと思ふ、其の訳は何であるかと云ふと決してそんなに込入た訳でない、只淡泊に今度の職工条例と云ふものは単に労働者保護を目的とするものでなくして、却て雇主を助けて殖産興業を奨励すると云ふ方の主義が重の点になつて
 - 第19巻 p.651 -ページ画像 
居るのであろうと思ふ、夫だから是等の人に向つて諮問をする様になつたのであろうと思ふ、私か二つの中の一だろうと云ふた乙の方だろうと思ふ
第二今回諮問になりたる所の所謂職工条例と云ふものが六分以上雇主を助けて殖産興業を奨励すると云ふ精神に出で、殊に労働の契約と云ふものを八釜敷定めようと云ふものにして、而して労働者保護の目的と云ふ者は僅々四分以下であるならば之に対する所の意見を先づ第一に実業家に向つて諮問すると云ふ事は当を得たるものであろうと思ふ之を先つ最初に実業家に問ふと云ふのも亦甚た必要な事である、私は之に就て非難すへき道理はないと思ふ、乍併仮令四分以下なりとも労働者保護の目的が其中に混して居るならは、四分は愚か一分以下でも労働者の意見を聞かないで、只片方のみの意見を聞て発布すると云ふのは是亦少しく非難すべきではないかと思ふ、四分以下でも労働者保護の目的があるものならは職工の意見を何位《いくら》か聞て見なければならんと思ふ、則ち是れが公平無私の処置であろうかと思ふ(喝采)、只恐くは本邦の職工の多数と云ふ者は大抵無学浅識でありまして之に向つて諮問をした所が答ふるの能力はあるまじ、仮令其中二三の答ふる能力を持たものかあつた所が職工全躰の意見を代表するものとは云へない随分大工仲間には大工の組合とか、左官の仲間には左官の組合と云ふものがあるそうであります、乍併是等は僅に二三の職業に限つて居るのて職工全躰に通してそう云ふ組合は成立つて居らない、縦令成立つて居つた所が勢力のないものが多いでありますから、決して之を英吉利などの「トレーズ、ユニオン」独乙の「ゲウエルクフエライン」に比較する事は出来ませむ、即ち職工の利害を代表する団結が十分備はつて居りませんから職工全躰の意見を聞きまする事は甚た六ケ敷い、実に之には窮します、夫ならは之を救ふには如何したら宜いかと云ふ問題が起つて来る、之を救ふのには只労働者の肩も持たない又雇主の味方もしない、極く公平無私の学者の会議に之れを附するより仕方がないと思ふ、今日は唯学者に諮問するの一方がある丈であると思ふ、尤も学者の多くがミル・ホーセツトを祖述するか、然らさればケーリー・リスト・ロツシエルなどを金科玉条として心酔して居る位であるならば固より公平を得る事は出来ん、本邦の所謂経済学者の中には斯ふ云ふ極端論者もありましよう、乍併多くの中には極端でない人も随分有りましようから、此の学者の会議に掛て諮問するのは諮問せさるに勝る固より万々であろうと思ひます(喝采)、乍併本回の如き実際問題に就きまして実情を本統に知ろうと思へば学者の会議に附する事を補ふに尚ほ一の方法が入用てあろうと思ふ、則ち当局の官吏農商務の官吏をして実地に取調さするが必要であろうと思ふ(喝采)、其巡回取調を為すに付きましても始めから何官何某か何月何日に某所の工場を巡見するから夫々用意をして置けと云ふ通知をして置てはちやんと用意をして待て居るからして、丁度若い娘が芝居に往くに当り非常の化装をなして平常見られぬ顔色を奇麗になして往くのと同じで用意をして居りますから、平生見るに忍びざる有様があるのは立派にして居る故少しも知れませむ、始めから罷出ると云ふ事を通知して置ては実情
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を見る事が出来んと思ふ、則ち実情を調べようと云ふには彼の北条時頼の微行して民間の事情を知つたと同じ様に、腰弁当に草鞋掛で出掛て所謂実業家の不意を襲ふより外に仕方がないと思ふ、無官の太夫が出て来て見せて呉れんと云ふので拒む恐がありますなら、其時には辞令書を懐より取出して示すことにす可し、斯くしても前から通知して置くよりは宜かろうと思ふ、斯くの如く質朴なやり方で以てやらなければ本統に民間の実業の有様は分りますまいと思ふ、農商務省に於て曾て前田氏が股引脚半鞋掛けで諸県を巡回されましたが、是等は巡回の主意に適つたものであろうと思ふ、斯ふ云ふ仕方で調べなければ本統の情は分らんであろうと思ふのです、私の思ひますに慧敏の聞えある農商務大臣は必ず商法会議所が諮問に対して答案をした後には一歩を進めて学者の会議に附する事があろうと思ひます、又今一歩を進めて巡回費の掛らすして却て民間の実情を精密周到に取調ぶることの出来る方策を取るのであろうと思ふ、若も此取調がなくして只商法会議所の意見丈を聞て職工保護の目的を混して居りまする、所謂職工条例と云ふものを発布する様な事がありましては私の失望は実に大なるものである、私の失望位はどうでも搆ひませんが彼の日々夜々苦役に苦められて居る幼工或は女工等の不幸と云ふものは実に如何したら宜ふ御座りましようか(喝采)、黙視するに忍びんでありましよう、若しも新条例が出る時に当つて其の性質と云ふものが雇主を利する事が大きくして、却て労働者を取扱ふ事は犬馬の如きものでありましたならば今日は知らないが数十年の後に至つて本邦内に同盟罷工抔が、却て続続起つて或は極端の社会主義が国内に蔓延せんとも計られず、今からして保護の事に注意をして置くのが同盟罷工を拒ひだり或は社会主義の蔓延を妨ぐるの道であろうと思ふ、予防策であろうと思ひます(喝采)、所謂殷鑑は決して遠きに非らずして近く欧米各国にあるのです
斯く申しますると人或は夫ならば貴様の説は職工条例と云ふものは兎も角も工場条例と云ふものは必要であると云ふ説であるか、工場条例は是非共設けなければならぬと云ふ義なるかと問ふに相違ない、私は之に答へて曰ふ、勿論さうである工場条例は実に今日必要なりと、私は是迄少し計り見聞した所の製造場紡績会社等の有様から見ますると是非共工場条例を今日設けなければならんと思ふ、随分青ざめた女とか子供が工場からぞろぞろ出て来る有様を見ましても、亦寄宿舎などを設けて居るのがありますが、其寄宿舎内の有様や或は空気の流通が悪かつたり便所が不潔だとか機械場が不整頓であるとか云ふ所を見ますると最早今日既に必要ありと断言が出来ようと思ひます、此事に就ては私は添田氏と全く同説である、乍併添田氏の此の条例を設くるに当り精粗煩簡は如何なる度まで往つたら宜いかと云ふ事に付ての説は未だ聞きませんから勿論善く知りませむ、私の見る所では工場条例を設くるは今日必要であるが此の条例を精密なる者にするの必要は今日ないと思ふ、極く簡単な者に始めの中は止めて置て時勢の変遷と工業社会の発達とに連れて必要が起つた時に此条例をもつと精密なものにして自然の発達に任して置くが宜いと思ひます、今日に所謂濫觴を作る必要があると云ふが私の考であります、総て法律が必要のないのに
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無暗に出で来て文面上計り整頓して其実際には法律家か頭を痛める丈で其他に別段効力のない有様に立至り、則ち総て其他のものが之に伴ふて進歩しないと云ふ事は実に国家の為に憂ふへき事でありますから工場条例の如きと雖も必要なき個条まで沢山拵へて法律学者又は経済学者の斯ふ云ふ問題に関する事を取調ふる人の頭を苦める事は私は不賛成である、私の考では簡単な十二三個条の条例を設けて置て自然の発達に任して幾十年の後には百何条もある条例にしたら宜いと思ふ、今日は只其基礎を立てゝ置て宜い思ひます、夫ならは私の必要とする十二三個条の個条は何かと云ふ事を言て見ましよう、私をして此条例を設定するの地位にあらしめば――私が農商務大臣であるならば――左の如き条例を設けようと思ふ、即ち先つ之を題して工場条例と云ふ法律第何号を以て発布するか勅令を以て発布するか其辺の所は御預りにして置きたい、ですが成るべくなら法律を以て発布したい
工場条例
○第一条 此条例を適用すへき工場は凡て蒸気・水力又は其他機械的の力を用ひて営利的の業務に従事し十人以上の職工を使用する所とす
之が第一条です
○第二条 工場に於ては決して満十二歳以下の職工を使役するを得す満十二歳以上と雖も未た小学の尋常科を終らさるものを雇入るゝ時は毎日少なくとも三時間学校教育を受けしめ、此教育時間と労働時間とを合せて毎日通計十時間を超ゆへからす(満場大喝采)
○第三条 満十二歳以上満十六歳以下の幼工の労働時間は毎日十時間を超ゆへからす
      但し其中一時間半は食時其他休息の為め労働を停止すへきものとす
○第四条 満十六歳以上満十八歳以下の未成年者並に其以上にても女工は毎日十二時間以上就業せしむるを得す
      但し其中一時間半は食時其他休息の為め労働を停止すへきものとす(満場喝采)
○第五条 幼工並に女工の夜業は全く之を厳禁す(満場大喝采)
      但し非常の場合には警察署より特に之を許すことあるへし
○第六条 幼工女工の健康を害し若くは風俗を紊るの恐ある職業に就かしむ可らず
○第七条 工場の労働に産婦を分娩後三週間以内に使役す可らず
○第八条 工場内空気の流通を善くし食堂便所等を清潔ならしめ男工女工の扣所を別にすべし(喝采)
○第九条 総て機械の取扱を鄭重にし飛転車等には柵囲を設け楷段等は不燃質のものを以てし火災の時墜落の憂なからしむべし
○第十条 日曜日大祭日には一切の職工を休業せしむべし、又就業日と雖も食事並に休息時間には総ての職工を同時に休ましめ決して就業室に止まり居らしむ可らず
 - 第19巻 p.654 -ページ画像 
○第十一条 総て賃金は職工自身の請にあらざれば一切貨幣を以て払ひ決して実物を以て払ふ可らず
○第十二条 此の条例の実行を確める為めに工場監察官を設置す、工場監察官は農商務省に於て之を任命す
○第十三条 此条例の規定を犯す者は二円以上百円以下の罰金若くは二日以上百日以下の軽禁錮に処す(喝采)
先づ是丈でありますが、私の考へます所では今日の有様では此位の規定は必要であろうかと思ひます、人或は其中に時間の制限などを拵へたのを見まして言ひますのに、一躰どうも労働の時間を制限するなどと云ふのは一個人の自由を撿束するものである、殊に日本なとでは職工の労働する時間はずるずるべつたり杜撰の有様で時間を限つたなら一の仕事を纏める事は到底出来ない、何でも長く引張て置かなけれは本統の事が出来むと云ふ人があります、乍併一躰一個人の自由を撿束すると云ふ事は何の事でありますか、私の此制限を設くへしと云ふたのは一人前の男工に就ては言はなかつた、女工並に幼工に就てのみであります、幼工は一人前の人間と称すへきものではありますまい、女工も随分極端の男女同権説を唱へる人は一人前だと云ふか知りませんが、是等の点に於て女工は決して一人前と見ないて宜いと思ひます、労働の事に就て一人前の働は出来ません、若も出来るなら巴か板額て全躰の女工でない、出来ないのか女工の女工たる所の美徳なり、出来ては男子は跣足で馳け出さなけれはならん、則ち女並に子供は特別の保護を要するものであります、尋常の男工とは違ひ特別の取扱をしなけれはならぬ者である、夫だから之に制限を附くるも決して差支はあるまい、又通常の男工と雖も何も制限を附けたからとて一個人の自由を撿束すると云ふ事は云はれない、自由とか何とか云ふのは或人の自由を撿束して国家全躰の自由を高めるの謂でありますから、国家の在らむ限りは自由を少しも撿束せずして誰も彼も自由で何でも出来ると云ふ所はありませんから、詰り自由主義とは或る一方を幾分か撿束して全躰の自由を成丈進めて往こうと云ふのである、誰も彼も撿束されず全く自由なるときは国家は成立て居る事は出来ん、男工と雖も何分か撿束を附けても差支ない、況んや女工幼工に於ておや、しかのみならず日本人はぐずぐずして居るから制限を附けても到底いけない抔と言ひますが、乍併一躰斯ふ云ふ新らしい規定を設くるのに必すしも其時の風俗習慣に何処迄も拠ると云ふには及ばない、或点に於ては習慣に反しても其風俗習慣を改良する事を条例の中に込める事が必要であります(喝采)、労働社会のみならず一躰日本社会全躰の有様では時間の価値を知りませんから、人々が総ての事が遊んで居るか如く勉強して居るが如くぐずぐずしてやつて居る、私なども何時から何時までは勉強して何時から何時までは外へ馬に乗て出るとか散歩に出るとか云ふ事がちやんと定まつて居らん、きちんと定まつて居らん、自分か書を読みたくても人か来たり飛んでもない時分即ち夜中抔に人が来ましたりするから実行が出来ん、是等の弊は段々革めて仕事をする時はするし遊ふ時は遊び規律《きまり》を附けてずるずるべつたりにする事のない様にするのは今日の日本社会の必要と思ひます、之を為すには上等社会の
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人中等社会の人からやつて往かなければならん、上の好む所下之より甚しきはなしと云ふ諺に做ひ規則正しき風を社会全躰の風俗として往くのが必要に相違ないけれども、工場条例を設けて労働者に関する規定を作るならば、先づ以て斯ふ云ふ時に総ての事を定めてきちんきちんとやる様な工夫を作つて条例の中に込めて置くのは無用でないと思ひます、無用でないのみならす之から先き労働者が自つから仕事を規則正しくやる様な風俗が附くであろうと思ひます、故に私は今日の労働者が怠惰でいかないと云ふ所からして労働時間を設けないでいゝと云ふ事はあるまいと思ふ、随分制限を設けられて宜い又設けて置たならば却て道が付て善くなるであろうと云ふ考です、其他健康を害するとか風俗を紊る職業を禁ずることは言はずとも分つた事であろうと思ふ何が健康を害し何が風俗を紊る事かと云ふに至ては是勿論細則を以て定めても宜し、行政官の認定を以て定めても宜いと思ひます、是丈の大体の個条は必要であろうかと思ひます、此条例を個条を追て仏蘭西法学者流の第一条の精神二条の解釈と云ふ様にやつて往きますると、時間も掛りまするし後には段々後連が詰掛けて居りますし、却て妨をしますから一々解釈は致さず精神なども逐条には説きませんが、私の考へて来た――拵へて来た――十三個条のものは今日に必要であろうと思ひます、是等の事が必要であるかないかを知るのには篤と実情を善く調べなければ分らん、是等の職工などを使つて居る所の会社の株主とか或は株主などと利害を同うして居る所の所謂実業家などに向て問た所が稀には公平な判断も得ましようか、十分公平な判断を得る事は出来んから其方の云ふ事は聞き流す位にして置て却て他の側を見る事が必要であろうと思ひます、他の側《がわ》を見たならば大体の規定の必要なる事は誰しも許すであろうと思ひます、此位の大体の規定すらも必要でないと云ふ人があるならば、其人は憐愛すへき子供とか婦女の健康風俗等に対して不親切であるのみならず、又後世の為に不親切の人と云はざるを得ない(大喝采)、幼工は皆生長して大人になる者でありましよう、又大抵の女は子を産むに極まつて居ますから、女の弱いのは子供の弱いので、夫が漸々に続て往く時には遂に人種の衰頽を来すのは一寸考て直ぐ分り易い事である、幼工女工が通常の人では出来ない健康などを害する仕方で使役されて居る有様が果してあるならば、夫を抛棄《うつちや》つて置て宜いと云ふのは是等の人々に向つてのみならず後世に向つて不親切の人と云はざるを得ないと思ひます、私は如何して見ても大体の点に於て工場条例を設けるのは今日必要であろうと思ひます、聊か愚見を述ぶ(大喝采)



〔参考〕東京経済雑誌 第二四巻第五九九号・第七六一頁 明治二四年一一月二一日 ○職工条例に対する京都商業会議所の答申(DK190070k-0010)
第19巻 p.655-656 ページ画像

東京経済雑誌  第二四巻第五九九号・第七六一頁 明治二四年一一月二一日
    ○職工条例に対する京都商業会議所の答申
兼て農商務省より各商業会議所に諮問せられたる職工条例制定の件に付き、京都商業会議所にては去る十七日最後の会議を開き、条例制定の必要なしと議決し、翌十八日農商務大臣へ答申書を差出せり、其の主旨は器械的工業の発達するに従ひ、雇主と被雇者の間に種々の悪害を生ずるは自然の勢なれば、政府は遂に職工条例を制定して之が弊害
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を防護するの止むを得ざるに至るべしと雖も、今我国工業界の情態を観察するに、猶旧来の慣習を存して師匠と徒弟、親方と子分、製造家と職工との間、宛然主従の関係を有し、主は能く従を愛撫し、従は能く主に忠実に、其間甚だ円滑なれば、未だ遽に法律を以て雇者被雇者間の権利義務を確定し、職工労働時間を制限し、一定の休日を立て、幼工女工の為め特に平生教育等の事項を規定するに及ばずと云ふに在り、先づ余輩と同説なり