デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

7章 経済団体及ビ民間諸会
1節 商業会議所
3款 東京商業会議所
■綱文

第19巻 p.658-664(DK190072k) ページ画像

明治24年12月15日(1891年)

是日栄一、当会議所会頭トシテ輸出税ノ全廃ヲ大蔵大臣伯爵松方正義・農商務大臣陸奥宗光ニ建議シ、貴族院議長侯爵蜂須賀茂韶・衆議院議長中島信行ニ請願ス。


■資料

第一回東京商業会議所事務報告 第二頁 明治二五年四月刊(DK190072k-0001)
第19巻 p.658-659 ページ画像

第一回東京商業会議所事務報告  第二頁 明治二五年四月刊
一輸出税全廃ノ儀ニ付大蔵・農商務両大臣ヘ建議及貴族・衆議両院ヘ請願ノ件
  本件ハ明治二十四年九月五日東京府平民渋沢栄一氏外四十名ヨリノ建議ニ起因シ、其要旨ハ輸出税ヲ全廃シテ我製産貿易ヲ奨励スルハ国家経済上緊要ノ問題ニ付、本会議所ヨリ其筋ヘ建議アリタシト云フニアリ、依テ同年十月八日第八回ノ臨時会議ニ附シタルニ、先ツ委員十一名ヲ撰ヒ調査セシムル事ニ決シ、即チ投票ヲ以テ左ノ諸君ヲ撰挙シタリ
                   益田孝君
                   渋沢栄一君
                   大倉喜八郎君
                   中野武営君
 - 第19巻 p.659 -ページ画像 
                   橋本辰三郎君
                   益田克徳君
                   山中隣之助君
                   梅浦精一君
                   佐久間貞一君
                   村田雷蔵君
                   小林義則君
  其後委員ハ審議ノ末本件ヲ可認シ其建議及請願書案ヲ草シ報告シタルニ付、同年十二月十二日第十回ノ臨時会議ニ附シ其可決ヲ経同月十五日ヲ以テ松方大蔵大臣及陸奥農商務大臣ヘ建議シ、又之ヲ貴族院及衆議院ヘ請願シタリ


東京経済雑誌 第二四巻第五九三号・第五三〇頁 明治二四年一〇月一〇日 【左に掲くる輸出税の…】(DK190072k-0002)
第19巻 p.659 ページ画像

東京経済雑誌  第二四巻第五九三号・第五三〇頁 明治二四年一〇月一〇日
 左に掲くる輸出税の全廃を希望するの建議及び外一件は渋沢栄一氏外四十名より東京商業会議所へ建議し、同会議所に於て去る八日の総会に付せし第一号・第二号議案にして、輸出税全廃に関する建議は嘗て本誌第五百七十五号に其草案を掲載せしが、其後修正あり且目下国家経済上緊要の問題なるが故に玆に再録す
○下略
   ○栄一外四十名ガ当会議所ニ建議セシ輸出税全廃案ノ内容ハ、是ヨリ先九月四日栄一外四十名ノ経新倶楽部会員ガ連名ニテ大蔵大臣伯爵松方正義ニ建議セシモノト同一ナルヲ以テ省略セリ。本資料第二十三巻所収「経新倶楽部」明治二十四年九月四日ノ条参照。


渋沢栄一書翰 岡田令高宛 (明治二四年)一二月一〇日(DK190072k-0003)
第19巻 p.659 ページ画像

渋沢栄一書翰  岡田令高宛 (明治二四年)一二月一〇日
                    (岡田源太郎氏所蔵)
過刻谷川君へ御伝言いたし候得共、兼而聯合会 ○大日本綿糸紡績同業聯合会より商業会議所へ例之輸出入税免除之義建議相成候ニ付而ハ、来ル十二日会議所ニ於て其議事と相成可申候間、説明之御用意ニて午後四時より御出席被下度候、且右要旨と申書面中計算書等ハ篤と御取調被下質問之答弁等御差支無之様御注意可被下候、又請願書も為念一二部御携帯被下度候但果して説明之場合有之候哉否難測候得共為念申上候
昨夜松方伯其他へ請願之手続ハ谷川氏より御聞取可被下候、右申上度
                          匆々不一
  十二月十日                渋沢栄一
    岡田令高様


東京経済雑誌 第二四巻第六〇二号・第八五三―八五五頁 明治二四年一二月一二日 【左の建議案は本日…】(DK190072k-0004)
第19巻 p.659-662 ページ画像

東京経済雑誌  第二四巻第六〇二号・第八五三―八五五頁 明治二四年一二月一二日
 左の建議案は本日午後四時より開会する東京商業会議所臨時総会の議案の一にして議決の上は大蔵及び農商務両大臣へ建議し、且つ貴族・衆議両議院へ請願書として呈出すべきものなり
    ○輸出税全廃を希望する義に付建議案
謹て惟みるに我国今日の長計製産貿易を奨励し以て国富を増進するより急なるはなし、然るに今日輸出税の制度を設くるは我製産貿易の発
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達上に大なる障害を与ふるものにして、是決して国富を増進するの途にあらずと信ず、是を以て本会議所は玆に輸出税全廃の希望を具陳し謹て閣下に建議する所あらんとす
抑も今日の輸出税は世人の知るが如く幕府の末年に定めたる運上目録によりて課するものにして、今熟々其運上目録を案ずるに輸出税を課せざる物は僅に一二の品種に止まり、其他苟も我国産にして海外へ輸出する物は其何たるを問はず、皆尽く之に輸出税を課するの制度なり(参考書第一号を見るべし)然るに明治維新の後に至り我政府は我国産中新に輸出の禁を解き、或は更に輸出税を廃せられたる者前後数十種あり(参考書第二号を見るべし)然り而して現今我輸出品の中にて前陳運上目録に拠り輸出税を課せらるゝ物は合計五十三種あり、其原価は三千五百九拾四万余円にして、其税額は百四十三万余円なり(参考書第三号を見るべし)而して此税額たる即ち今日輸出税の設あるが為め我当業者が特に負担する所の金高なりとす、然りと雖とも其他猶此輸出税の制度あるによりて当業者が直接間接に蒙る所の不便損失少しとせず、夫れ我国は東洋の一孤島にして海外市場と隔絶の地位に在るが故に、其国産を外国へ輸出せんとするには遠路の運送に堪へしむるが為め特に其荷造を堅牢にするの必要あり、然るに輸出税を賦課するが為め一旦荷造したるものを更に開封して其堅牢を害せざるを得ず是其不便の一なり、開封の上にて税関の撿査を受け輸出税を納め、更に之を荷造りして再び原状に復する等其手数煩苛にして随て要する費用も亦た少からず、是其不便の二なり、無税品と雖とも他に有税品あるが為めに、之を輸出するに当り一々撿査を受けざるを得ず、是其不便の三なり、此他輸出税賦課の為めに、当業者の蒙る不便損失を積算する時は、其高実に測るべからざるものあらん、由是観之現行輸出税の制度たる単に当業者をして無益の費用を負担せしむるのみならず、猶種々の不便損失を蒙らしめ、結局我製産貿易上に非常の障害を与ふるものと謂はざるを得ず、是本会議所が輸出税全廃を、希望する所以なり
今熟々統計を案するに前年来輸出税を免除せられたる各種の輸出額は免税以来概ね皆異常の進歩を呈するの跡あり(参考書第四号を見るべし)是或は我外国貿易の大勢に依るものなきにあらざるべしと雖とも抑も亦輸出税免除の功与りて大に力ありと謂はざるべからず、蓋し従前の免除は単に一部の品種に限るものなるが故に、之を輸出する当り其撿査を受け、荷造を開封する等の手数に至りては依然旧時に異なることなし、然るに其増加の勢猶此の如きを見れば今若し輸出税を全廃し一切の輸出品をして毫も撿査を受くることなくして自由に税関を通過するを得せしむる時は、其輸出額更に一層の増加を呈すべきは是決して過当の推測にあらずと信ず
蓋し我国の貿易は開国以来頗る長足の進歩を呈したれとも、猶ほ之を海外諸国の貿易に比すれは極めて微々たるものあり(参考書第五号を見るべし)是畢竟開国以来日尚浅くして我国人が貿易上の実験に乏しき為めなるべしと雖とも、抑も亦我政府が製産貿易を奨励するの道に於て未だ尽さゞる所あるに因らずんばあらず、左れは此際に当り苟も
 - 第19巻 p.661 -ページ画像 
製産貿易の発達を害するものは進んで之が除却を勉めざるべからず、方今海外先進諸国に於ては多くは商業立国の主義を取り、只管製産貿易を奨励して輸出の増加を希図するの状勢あり、現に文明第一流に位する英・独・仏・米は勿論、和蘭・白耳義の諸国に於ても一として輸出税の制度を設くるものなしと云ふ(参考書第六号を見るべし)以て海外先進諸国が製産貿易を奨励するに鋭意なるの事実を証するに足れり、然るに此際に当り我国産に輸出税を課して恰も他国の製産を保護する為めに自国の製産を抑制するが如き結果を呈するは、是本会議所が国家経済上の為めに痛惜措く能はざる所なり
或は曰く、輸出税は関税の一種なるを以て外国の消費者之を負担するものなり、故に今輸出税を全廃するも其結果たる只外国人を利益するに過ぎずと、夫れ我国特有の物産にして他に同種類なきものに於ては或は然るの理あるべしと雖とも、我国首要の物産たる生糸・茶・海産物・銅の如き概ね皆他に競争者を有するが故に(参考書第七号を見るべし)此際に当り我国産に輸出税を課する時は其税額外国消費者の負担に帰せずして結局我製産者の負担となるべきは本会議所の信する所なり、是蓋し経済上の原則にして亦疑ふべからざるの事実なりとす、由是観之或者の説の如きは之を謬見と謂はざるを得ざるなり
或は又曰く、政府が明治初年以来輸出税を免除せられたる物は多くは製造品なり、是蓋し製造を保護するの趣意に出てたるものにして最も策の得たるものなり、現に我絹織物の如き近時其製造やゝ進歩の兆を呈したるものは此政策の結果たらずんばあらず、然るに今輸出税を全廃する時は内国に於ける未製品の価格騰貴すへきに付、絹織物製造の如き折角発達したる事業も俄かに衰頽を来すべし、故に輸出税を全廃するは国家の利益にあらずと、今熟々或者の説を推究するに其趣旨は要するに製造の発達を図る為め人為を以て未製品の輸出を抑制すべしと云ふに帰着すべし、夫れ政府が相当の方法を以て製造を奨励せらるるは固より本会議所の希望する所なり、然りと雖とも之が為め人為を以て世界に需用ある未製品の輸出を抑制すべしと云ふに至りては、是豈国家の利益ならんや、今一歩を譲り未製品の輸出を抑制するは製造の発達に利ありと仮定するも、今日我が製造の進歩は斯の如く多量の未製品を以て能く其製造の資料に供すべきの程度に達せざるなり、況んや今日我が輸出品中には茶・樟脳、若くは海産物の如き製造の資料たらざるもの其類少なからざるに於ておや、之を要するに此説の如きは謬見も甚しきものにして、殆ど之を弁ずるの価値なきものと信するなり
或は又一種の説を揚言する者あり、其言に曰く、輸出税全廃の事は追て条約改正の時に至り外国人より受くべき便利の報酬に充つべきものなるを以て今之を実施するは得策にあらずと、嗚呼是何の言ぞや、抑も輸出税を全廃することは決して彼の便利にあらざるのみならず時としては彼の不利たる事情なしとせず、抑も我生糸の輸出税を廃するは果して伊国の便利たるや、我銅の輸出税を廃するは果して米国の不利たらざるや、此等の場合に於て輸出税全廃の彼に便利ならざることは多弁を費やさずして明なり、然るに之を以て彼より受くべき便利の報
 - 第19巻 p.662 -ページ画像 
酬に充てんとするは豈甚だ迂策なるにあらずや、由是観之此説の如きは亦固より取るに足らざるなり
蓋し従来我政府の施政を案するに、夙に製産貿易を奨励せられたるの跡あり、現に明治初年以来或は輸出の禁を解き、或は輸出税を免除せられたることは前段既に述ぶるか如く、又烟草醤油の如き之を外国へ輸出するに当り国税を免除せらるゝの特例を布かれたることあり、然り而して今日に至る迄未た断然輸出税全廃の盛挙を見るを得ざりしは本会議所が国家経済上の為めに甚だ遺憾とする所なり、依て本会議所は玆に卑見を具して敢て之を閣下に上呈す、仰き願はくは其願旨を採納せられ、一日も早く輸出税の全廃を実行せられんことを、此段本会議所の決議に依り謹て建議仕候也
   ○右雑誌ニハ第一号ヨリ第七号ニ至ル参考書ヲ欠ク。
   ○「東京商業会議所月報」未ダ発刊セラレズ、且ツ「東京商業会議所事務報告」ニモ建議文記載セラレザリシヲ以テ「東京経済雑誌」所載ノモノヲ採用セリ。
   ○本資料第二十巻所収「東京商業会議所」明治二十六年九月二十二日、同二十六年十一月十八日、同二十七年六月二十七日ノ各条参照。
   ○輸出税全廃運動ハ当時相当熾烈ニシテ明治二十四年十一月ニハ各地有志者ニヨリ輸出税全廃同盟会組織サレ、全廃ニ賛成セル各地方実業家団体ハ当会議所ヲ初メ四百四十五団体ニ達セリ。議会ニ於テモ二十四年十二月第二議会以降、再三議員ニヨリ輸出税免除法案呈出サレシガ未上程或ハ否決セラレ、其実現ヲ見タルハ旧条約ノ改正サレシ明治三十二年ノコトナリキ。当時「東京経済雑誌」ハ輸出税全廃ヲ強硬ニ主張セルヲ以テ全廃運動ニ関スル記事豊富ナリ。



〔参考〕東京経済雑誌 第二三巻第五七〇号・第六〇二―六〇三頁 明治二四年五月二日 ○輸出税を課せらるゝ商品(DK190072k-0005)
第19巻 p.662-663 ページ画像

東京経済雑誌  第二三巻第五七〇号・第六〇二―六〇三頁 明治二四年五月二日
    ○輸出税を課せらるゝ商品
今や輸出税全廃の議論は各地に紛起し、演説に新聞に嘖々として之を論弁するのみならず、委員を選定して政府に建議せんとするに至れり然かるに我か政府は従来輸出税を廃止せしこと数回に及びたるにも拘らず、今ま尚ほ輸出税を課せらるゝ商品は極めて多きを以て、世間往往如何なる商品が輸出税を課せられ居るや之を審にせさるものあり、余輩請ふ、逐一其の品名と税額とを調査して之を報道せん、蓋し明治二十三年大日本外国貿易年表に拠れば其の品名及び税額左の如し

  品名        輸出税        品名           輸出税
              円                       円
 樟脳      二五、八三三・九七二   板黄銅            二一・〇〇〇
 鰑       三一、二三四・三三五   亜鉛               ・六六七
 鮭及鱈      三、九四九・八七五   其他諸金属類         七六・〇四〇
 田作       一、〇二七・二七九   蜜蝋            三一二・六六三
 他ノ乾魚塩魚類  一、〇三一・一五九   木蝋          九、八七九・八二一
 海参       八、四六九・四九八   生糸        五〇七、六八三・二一三
 寒天       七、四二七・五二二   熨斗糸        三二、七七九・三一〇
 椎茸      二七、九一〇・一四四   屑糸         一〇、九七二・二一八
 昆布      二五、四七五・三三三   空繭          二、九三二・三一五
 刻昆布      九、七九一・一七一   屑繭            一七六・九〇〇
 鱶鰭       一、六八四・四七七   真綿          四、五四六・八六四
 - 第19巻 p.663 -ページ画像 
 鮑       一四、七五八・七五九   屑真綿           七三三・四〇六
 蛤          四八七・四二三   蚕卵紙           一九〇・〇九三
 淡菜       一、七二二・二六四   毛皮          四、一〇〇・七三九
 貝柱       四、二一四・五二四   生皮            六一六・七二一
 他ノ諸貝類    三、六七七・六〇二   緑茶(鍋焙ノ)   二七七、一七四・三五八
 鰕        八、七〇五・六二六   同 (藍焙ノ)    七九、七三五・五〇六
 安質母尼    一七、四九八・〇七九   紅茶            七九二・〇五二
 故真鍮         六五・八六〇   番茶          二、三八〇・七一〇
 青銅       六、五〇五・五一四   磚茶             五三・一六四
 故青銅         二九・一五〇   紛茶《(粉)》      七、三一八・六二六
 生銅     一五二、四八四・九七一   玉茶          三、〇四二・三二三
 板銅          一一、七五〇   葉煙草         三、〇九二・二一〇
 他ノ熟銅類  一一五、〇六〇・六九六   屑布          三、七四〇・二八七
 故銅         二一一・三八七   本材及板類《(木)》   八、六五七・七三八
 鉄           一八・三四七   其他諸有税品類       九一八・六三一
 鉛            九・〇〇〇    合計     一、四三三、六七二・四五七
 錫        二、四四九・七一八

是に依りて之を観れば我が商品の輸出税を課せらるゝものは五十余種にして、其の税額は昨年の如く、内地物価騰貴の為め輸出の少なかりし年に於ても百四十余万円に達せり、更に商品の性質に就いて之を見るに海産物あり、陸産物あり、鉱物あり、又た粗製品あり、半製品あり、精製品あり、然らば則ち輸出税は広く全国人民の一般に負担する所なるや論を俟たず、随ひて其の全廃は全国人民の一致同盟して主張すべきものと謂ふべし



〔参考〕本邦関税の沿革 自由通商協会日本聯盟編 第一五―一七頁 昭和四年三月刊(DK190072k-0006)
第19巻 p.663-664 ページ画像

本邦関税の沿革 自由通商協会日本聯盟編  第一五―一七頁 昭和四年三月刊
○上略 又輸出税の撤廃に付ても種々の議論がありまして、明治の初年から相当喧しくその論争は明治十数年から二十年後に及んで盛んになつたのであります、輸出税は貨物の輸出を阻害し産業上不利益なることは申すまでもないことでありますが、政府といたしては財政上の見地からこれを全廃する時は多大の減収を来すことを虞れてをつたやうに見えるのです。而して成るべくこれを廃することにいたしましても、生糸のやうな我国独特の品物にはたとひ輸出税を掛けましても他の国の生産が少いから輸出に影響することなく以て相当の収入を得ることが出来るものと見てをつたやうです。また斯の如き原料品に課税をして製品の輸出を助長せしむるを可とすとの説もありました。中には輸出税存置論として、当時輸出を行つてをる者の多くは外国人である。その外国人が貿易額の内八割余を占めてをるから、若しこの輸出税の撤廃をしましたならば撤廃の利益はみな外人に占められてしまふのであるから存置する必要があるといふ議論がありました。官吏の中にも斯様に唱へた人がある。これに対して明治十六七年頃から一段に盛んに全廃の必要を唱へるやうになり、中にも「東京経済雑誌」がこの輸出税の全廃を以て日本を東洋市場の中心となすことの必要を説いたのであります。そして極力全廃運動に努めました。或は建白に或は演説
 - 第19巻 p.664 -ページ画像 
にその必要を説く者が続々出て来て遂には群馬県の生糸商、愛媛県の木蝋業者、北海道の昆布業者など輸出に従事してをる者が共鳴して遂に議会に提案されるやうになりまして、屡々撤廃に関する法律案が提案されたのであります。併し議会に於て余り重要視せられず、議事にかゝらずしてやんだり或は否決されたり上程されずして閉会になるなど成功を見なかつたのであります。左様にして輸出税なるものは明治三十二年に至り旧条約が効力を失つて、やはり輸出税にも条約がありますから、効力を失つてその賦課のやんだ時まで行はれたのであります、併しながらその輸出税には外国人の方にも都合の悪いことが大分ありまして相当変更してをる、これは却々お話が尽きませんが極く荒く主なるものに付てお話したいと思ふのです。
 明治二年、銅の輸出に関して東久世中将から各国公使に対して、「銅の輸出の儀は公の入札を以て競り売をしてをつたが今般産出の数量相増し候に付普通品同様貿易致させ候間原価に従つて五分の税金を相納め輸出不苦候」と手紙をやつてをる、そしてそれと同様の布告が明治二年三月十一日に出てをる。それから明治二年四月、生糸並に茶の輸出税の増税約書が調印されました。これは慶応二年に取結びました条約第二条に「生糸並に茶の税は前三箇年の平均相場の五分に基き双方の何れよりも右の税を改むることを求むることが出来る」即ち改正を求むることが出来ると書いてある。「右の約書に添へてある税額に基き取立てた生糸並に茶の税は三箇年中の相場を平均せし処原価騰貴して従前の税額にては其五分に当らざることが判明致しましたからして日本政府にて其税を増加する理があること明瞭になつた」とありまして条約は出来たが実行せられずしてやんでしまつた。明治二年に石炭に付て「石炭輸出の儀は商用に之なき分納税被致候は相当ならざるにより蒸気船に限り以来は無税に致すべく」云々といふ通牒を各国公使に送つたのです。明治六年には米麦を無税にするところの書面が各国公使に出てをります。又その布告も出てをります。同年に米・麦の粉をやはり無税にするといふ書面が出てをります。それから明治十年に内国製の擦附木、即ちマツチに付て無税輸出の布告が出てをります。明治十年十二月に内国製の綿メリヤス・襦袢・股引を無税にするところの布告が出てをります。明治十二年木綿織物外十四品を無税にするところの布告が出てをります。明治二十年に石炭の無税輸出の勅令が出てをります。それからして明治二十七年五月法律第四号を以て綿糸が無税となつたのであります。これは極く簡単なる法律であります。即ち「外国に輸出する綿糸は明治二十七年七月一日より海関税を免除す」斯ういふ風に書いてあります。 ○下略