デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

7章 経済団体及ビ民間諸会
1節 商業会議所
3款 東京商業会議所
■綱文

第20巻 p.405-407(DK200042k) ページ画像

明治26年12月27日(1893年)

是日栄一、当会議所会頭トシテ英領印度ニ領事館ノ設置ヲ要スル儀ニ付、外務大臣陸奥宗光・農商務大臣伯爵後藤象二郎ニ建議ス。


■資料

東京商業会議所月報 第一七号・第二―三頁 明治二七年一月 【○十二月二十五日午後五時三十五…】(DK200042k-0001)
第20巻 p.405 ページ画像

東京商業会議所月報  第一七号・第二―三頁 明治二七年一月
○十二月二十五日午後五時三十五分、東京銀行集会所ニ於テ臨時会議ヲ開ク、当日出席会員ハ三十一名ニシテ、左ノ件々ヲ審議シ、午後九時三十分閉会ス
○中略
 (第七)
  印度ニ領事館ノ設置ヲ要スル儀ニ付、外務・農商務両大臣ヘ建議ノ件(会員渋沢栄一君提出)
本件ハ全会一致ヲ以テ原案ニ可決ス


東京商業会議所月報 第一七号・第四頁 明治二年一月 【○同月 ○明治二六年…】(DK200042k-0002)
第20巻 p.405 ページ画像

東京商業会議所月報  第一七号・第四頁 明治二年一月
○同月 ○明治二六年一二月二十七日、印度ニ領事館ノ設置ヲ要スル儀ニ付、外務大臣及農商務大臣ヘ建議書ヲ差出ス(建議書ノ全文ハ参照ノ部第十号ニ掲載ス)


東京商業会議所月報 第一七号・第一二―一三頁 明治二七年一月 【○参照第十号 十二月二十七日、印…】(DK200042k-0003)
第20巻 p.405-406 ページ画像

東京商業会議所月報  第一七号・第一二―一三頁 明治二七年一月
○参照第十号
 十二月二十七日、印度ニ領事館ノ設置ヲ要スル儀ニ付、外務・農商務両大臣ヘ差出シタル建議書ハ左ノ如シ
    英領印度ニ領事館ノ設置ヲ要スル儀ニ付建議
惟ミルニ、本邦及英領印度間ノ貿易ハ近時非常ニ発達シタルノミナラス、今後猶益々隆盛ニ赴カントスルノ傾向アリ、本会議所ハ此際印度ニ領事館ヲ設置スルコトノ必要ナルヲ信スルニヨリ、玆ニ其希望ヲ具シ敢テ閣下ニ建議スル所アラントス
抑モ本邦及印度間ノ貿易ハ既往数年間ニ長足ノ進歩ヲ呈シ、現ニ明治十六七年ノ交ニハ暹羅国トノ貿易ヲ合スルモ其高僅ニ二百九十万円ニ満タサリシモ、爾後年々増加シテ同二十一年ニハ印度トノ貿易ノミニテ其高八百十四万六千余円トナリ、同二十五年ニハ同九百七万八千円
 - 第20巻 p.406 -ページ画像 
ニ達シタリ、而シテ其輸入品ノ中繰綿、・綿糸・藍ノ如キ、又輸出品ノ中、石炭・木器類・絹布手巾・熟銅類ノ如キハ今日主要ノ地位ヲ占メ、此他猶輸入品ニ於テハ各種ノ薬種染料・獣皮類・麻苧類・羊毛・煙草・砂糖ノ如キ、又輸出品ニ於テハ絹布・絹製品ノ類、洋傘・摺附木・金属器・陶磁器・各種工業品ノ如キハ近来其貿易高駸々トシテ進歩スルノ勢アリ、特ニ過般日本郵船会社カ紡績業者ト契約シテ神戸・孟買間ニ定期航路ヲ創開シ、横浜正金銀行カ支店ヲ孟買ニ開設シタルヲ以テ、今後通商ノ機関一層敏活ヲ得、貿易ノ拡張益々其度ヲ進ムヘキハ本会議所ノ予期スル所ナリ、夫レ今日世界中ニ於テ我国産ノ需用地トシテ将来ニ最モ属望スヘキノ土地ハ、蓋シ東洋諸国ニ過クルモノナシ、是本会議所カ夙ニ東洋ノ貿易ニ重ヲ置キ常ニ其注察ニ怠ラサル所以ナリ、今印度ハ東亜ノ一大邦国ヲ形ツクリ、人口衆多土産富饒ニシテ、特ニ地勢上本邦ト緊要ノ関係ヲ有シ、将来我一大顧客タルヘキノ邦土ナレハ、勉メテ其通商ノ便利ヲ図リ、以テ我国産ノ販路ヲ拡張スルノ道ヲ講スルハ豈国家ノ長計ニアラスヤ、然ルニ現時清・露及朝鮮其他東洋ノ各要地ニ領事館ヲ設置セラルヽニ拘ラス、独リ印度ニ於テ其設置ヲ見ス、恰モ同国トノ通商ヲ以テ利害ノ外ニ置カルヽカ如キ看アルハ、国家前途ノ為メニ深ク遺憾トスル所ナリ、是本会議所カ印度ニ領事館ヲ設置セラレンコトヲ希望シテ措ク能ハサル所以ナリ
蓋シ印度ハ亜細亜ノ西南ニ位シテ海面ニ接スルノ土地少カラスト雖トモ、其外国貿易ニ適スルノ港ハ僅ニボンベイ・カルカツタ・マドラスラングーン・カラチー等ノ数ケ所ニ過キスシテ、其中最モ主位ヲ占ムルモノハ第一ニボンベイヲ推サヽルヘカラス、是レボンベイハ印度中商業最モ繁盛ニシテ、他ノ諸港ニ比シテ船舶ノ碇泊安全ナルノミナラス亦鉄道ノ便利アリ、現ニ本邦トノ通商上最モ緊要ノ関係ヲ有スル棉花・綿糸ノ如キモ殆ントボンベイノ独占スル所ニシテ、本邦ヨリ輸出スル石炭及各種商品ノ如キモ多クハ同港ニ依リテ国内ヘ分配セラルヽノ実況アレハナリ、故ニ今印度ニ領事館ヲ設置スルトセハ、其位地ハ先ツ主トシテボンベイニ定メラレンコトヲ望ム、然リ而シテ自余ノ諸港ノ如キハ他日其必要ニ応シ、漸ヲ以テ之ヲ設置セラルヽモ敢テ晩カラスト信スルナリ
印度ニ領事館ノ設置ヲ要スルノ理由斯ノ如シ、依テ本会議所ハ玆ニ意見ヲ具シテ以テ閣下ニ聞ス、仰キ願ハクハ閣下此建議ノ趣旨ヲ採納セラレ、速ニ之ヲ決行セラレンコト切望ノ至ニ堪ヘス、此段本会議所ノ決議ニ依リ謹ンテ建議仕候也
  明治二十六年十二月二十七日
             東京商業会議所会頭 渋沢栄一
    外務大臣     陸奥宗光殿
                   (各通)
    農商務大臣 伯爵 後藤象二郎殿


第三回東京商業会議所事務報告 第一四頁 明治二七年四月刊(DK200042k-0004)
第20巻 p.406-407 ページ画像

第三回東京商業会議所事務報告  第一四頁 明治二七年四月刊
一印度ニ領事館ノ設置ヲ要スル儀ニ付、外務農商務両大臣ヘ建議ノ件
 本件ハ明治二十六年十二月十八日附ヲ以テ会員渋沢栄一君ノ提案ニ係リ、其要旨ハ近時本邦及印度間ノ貿易大ニ増進シタルニ付、此際
 - 第20巻 p.407 -ページ画像 
印度ボンベイニ領事館ヲ設置センコトヲ本会議所ヨリ外務・農商務両大臣ヘ建議ス可シト云フニ在リ、依テ同月二十五日第三十一回ノ臨時会議ニ附シタルニ其可決ヲ得、同月二十七日附ヲ以テ左ノ如ク陸奥外務大臣及後藤農商務大臣ヘ建議シタリ
  ○建議文ハ月報所載ノモノト同一ニツキ略ス。
  ○英領印度国「カルカツタ」ニ帝国総領事館ノ設置セラレシハ明治四十年ニシテ同年三月十六日開館セリ。「法令全書」明治四十年、外務省告示第六号)