デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

7章 経済団体及ビ民間諸会
1節 商業会議所
3款 東京商業会議所
■綱文

第21巻 p.438-443(DK210075k) ページ画像

明治32年4月10日(1899年)

是ヨリ先当会議所、農商務省ノ依頼ニ応ジ条約実施準備ノ儀ニツキ調査ヲ行フ。栄一調査委員長タリ。是日横浜在留外国人ノ組織セル改正条約実施準備委員ハ横浜市オリエンタルホテルニ我国ノ名士ヲ招待シ晩餐会ヲ開ク。栄一当会議所ヲ代表シテ之ニ出席シ一場ノ演説ヲナス。次イデ六月十二日、栄一等ノ首唱ニヨリ京浜間商業会議所役員・横浜市長等、改正条約実施準備委員並ニ内閣諸大臣・知事等ヲ帝国ホテルニ招待シ晩餐会ヲ開催ス。栄一主人側ヲ代表シテ演説ス。


■資料

東京商業会議所月報 第五三号・第三頁 明治三〇年一月 【○十二月 ○明治二九…】(DK210075k-0001)
第21巻 p.438 ページ画像

東京商業会議所月報  第五三号・第三頁 明治三〇年一月
○十二月 ○明治二九年十六日、本会議所ニ於テ第五十七回臨時会議ヲ開ク、当日ノ出席者ハ左ノ如シ
 益田克徳君 ○外二十六名氏名略
午後五時三十分開議、左ノ件々ヲ決議シ、午後七時五十分閉会ス
○中略
 一条約実施準備ニ関シ農商務大臣ヨリ依頼ノ件
右ハ全会一致ヲ以テ、役員会議ノ意見通リ委員七名ヲ選挙シ、之ニ其調査ヲ附託スルニ決ス
○中略
当日全会ノ請求ニ依リ議長ノ指名シタル委員ノ氏名ハ左ノ如シ(但条約実施準備ノ件及粗製糖輸入税免除ノ件ノ調査委員ニハ全会ノ請求ニ依リ会頭渋沢君ヲ加ヘシナリ)

                   渋沢栄一君
                   大江卓君
                   小林義則君
      条約実施準備ノ件調査委員 益田克徳君
                   八尾新助君
                   中上川彦次郎君
                   益田孝君



東京商業会議所月報 第五三号・第四頁 明治三〇年一月 【○同月同日 ○明治二…】(DK210075k-0002)
第21巻 p.438 ページ画像

東京商業会議所月報  第五三号・第四頁 明治三〇年一月
○同月同日 ○明治二九年一二月一六日午後八時、本会議所ニ於テ条約実施準備ノ件調査委員会議ヲ開キ、委員長ヲ選挙セシニ、其結果左ノ如クニテ、午後八時十分閉会ス
               委員長 渋沢栄一君


東京商業会議所月報 第五六号・第一二―一五頁 明治三〇年四月 【○明治三十年三月五日…】(DK210075k-0003)
第21巻 p.438-439 ページ画像

東京商業会議所月報  第五六号・第一二―一五頁 明治三〇年四月
○明治三十年三月五日、本会議所ニ於テ第五十九回臨時会議ヲ開ク、当日ノ出席者ハ左ノ如シ
 - 第21巻 p.439 -ページ画像 
 河村隆実君 ○外四十四名氏名略
午後五時四十分開議、渋沢栄一君議長席ニ着キ、左ノ件々ヲ議事ニ附シ、午後九時四十分閉会ス
○中略
 一各委員補欠選挙ノ件
本件ハ満場一致ヲ以テ会頭ニ其指名ヲ託スルコトニ決ス、依テ其後会頭ハ左ノ如ク指名シタリ
○中略
      条約実施準備ニ関スル調査委員 十三名
                委員長 渋沢栄一君
                    小林義則君
                補   八尾新助君
                    大江卓君
                    益田克徳君
                    中上川彦次郎君
                補   益田孝君
                追加  森村市左衛門君
                同上  園田孝吉君
                同上  末延道成君
                同上  中野武営君
                同上  井上角五郎君
                同上  池田謙三君
  (本委員ハ従来七名ナリシヲ、会員中野武営君ノ発議ニ依リ、全会ノ決議ヲ以テ十三名ニ増員セシナリ)


渋沢栄一 日記 明治三二年(DK210075k-0004)
第21巻 p.439 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治三二年     (渋沢子爵家所蔵)
三月二日 晴又曇
○上略 午後 ○中略 東京商業会議所ノ会議ニ列ス、役員改撰ニ於テ更ニ会頭ニ当撰シ、其他副会頭ニハ大倉喜八郎・中野武営ノ二氏、常議員ニハ井上角五郎・渋沢喜作・馬越恭平・中沢彦吉・加東徳三・雨宮敬次郎小野金六ノ七氏当撰ス、尋テ特別会員七名ヲ撰挙シ、其他ノ要件ヲ議決シ、午後七時過散会帰宿ス


東京商業会議所月報 第八〇号・第二四―二六頁 明治三二年四月 【○明治三十二年三月二…】(DK210075k-0005)
第21巻 p.439-440 ページ画像

東京商業会議所月報  第八〇号・第二四―二六頁 明治三二年四月
○明治三十二年三月二日、本会議所ニ於テ第八十二回臨時会議ヲ開ク当日ノ出席者左ノ如シ
 井上角五郎君 ○外三十八名氏名略
午後五時二十分開議、会頭渋沢栄一君会員半数改選ノ結果ヲ報告シタル後、議長席ヲ年長者渋沢喜作君ニ譲リ、議長ハ左ノ件々ヲ議事ニ附ス
○中略
 一各委員補欠ノ件
本件ハ全会一致ヲ以テ会頭ニ其指名ヲ委託スルニ決シ、其後会頭ハ左ノ如ク指名セリ
 - 第21巻 p.440 -ページ画像 
○中略
      条約実施準備ニ関スル調査委員 十三名
  委員長 欠 渋沢栄一君    補 渋沢栄一君
      欠 小林義則君    補 小林義則君
        八尾新助君
      欠 大江卓君     補 渋沢喜作君
      欠 益田克徳君    補 益田克徳君
      欠 中上川彦次郎君  補 尾崎三良君
        益田孝君
      欠 欠員       補 若宮正音君
      欠 欠員       補 雨宮敬次郎君
        末延道成君
        中野武営君
        井上角五郎君
        池田謙三君
○同月同日 ○三月二八日同時 ○午後三時本会議所ニ於テ条約実施準備ニ関スル調査委員会議ヲ開キ、委員長ヲ選挙セシニ其結果左ノ如クニテ、午後四時閉会ス
               委員長 渋沢栄一君


渋沢栄一 日記 明治三二年(DK210075k-0006)
第21巻 p.440-441 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治三二年     (渋沢子爵家所蔵)
三月廿八日 晴
○上略 四時東京商業会議所ニ於テ定期・臨時ノ会議ヲ開ク、閉会後役員会ヲ開テ数項ノ要務ヲ決ス、夜九時過帰宿ス
   ○中略。
四月十日 晴
○上略 午後五時二十五分ノ汽車ニテ横浜ニ抵ル、同地外国人ノ招宴ニ応シテ、オリエンタルホテルニ赴ク為メナリ、大倉・中野・中沢諸氏同行ス、梅謙次郎モ同行ス、此夜ハオリエンタルホテルニ於テ、横浜在留ノ外商六十人余ノ協議ヲ以テ、内外百数十名ヲ招宴スル大会ニシテ食卓ノ設備ハ勿論、接待頗ル鄭重ナリ、我内閣大臣ハ山県・松方・西郷・青木・芳川・清浦ノ六氏参会セリ、食卓上山県・青木両氏及外人数名ノ演説アリ、余モ商業会議所ヲ代表シテ一場ノ演説ヲ為シタリ、夜一時東京ニ帰宿ス、帰路内閣員ト同車シテ数々ノ談話ヲ為ス
   ○中略。
五月廿二日 曇
○上略 東京商業会議所萩原源太郎ニ、外人招宴ノ事ニ関スル準備ヲ托ス
○下略
   ○中略。
六月十二日 曇
○上略 午後六時、更ニ帝国ホテルニ催シタル各国人ノ招宴ニ列ス、松方樺山・青木ノ三大臣、東京府知事・神奈川県知事及外賓十四名、主人十三名、外ニ三・四ノ来賓アリ、食事畢ルニ際シテ、挨拶ノ為演説ヲ為シ、外賓ロビソン・青木外務大臣等ノ演説アリ、各歓ヲ尽シテ夜十
 - 第21巻 p.441 -ページ画像 
時散会ス


青淵先生六十年史 竜門社編 第二巻・第六三八―六四四頁 明治三三年六月再版刊(DK210075k-0007)
第21巻 p.441-443 ページ画像

青淵先生六十年史 竜門社編  第二巻・第六三八―六四四頁 明治三三年六月再版刊
 ○第五十八章 公共及公益事業
    第九節 改正条約実施準備
条約改正ノ業漸ク成リ明治三十二年七月十五日ヨリ実施ニ決スルヤ、横浜外国人商業会議所ニテハ、改正条約実施準備委員ナル者二十名ヲ選定シ、専ラ改正条約実施ニ関シ諸般ノ事ヲ研究セシムル所アリシカ第一着ニ内外人ノ交際ヲ親密ニスルヲ以テ必要ノ手段ナリトシ、右準備委員並ニ居留外国商人等主人トナリ、明治三十二年四月十日、横浜「オリエンタルホテル」ニ於テ、内外ノ貴顕紳士ヲ招待シテ晩餐会ヲ催セリ、当夜会セルモノ山県首相ヲ始メ西郷・松方・芳川・青木・清浦ノ諸大臣及ヒ内外紳士百有余人ナリキ、会場内ハ各国ノ旗ヲ以テ美麗ニ装飾ヲ為シ、電灯煌々一見和気ノ靄然タルヲ覚ヘシメヌ、宴会ハ午後七時ヨリ始マリ十一時ニ終リシカ、当夜ノ主人雑居準備委員会長ロビンソンハ、先ツ起ツテ我天皇陛下ノ万歳ヲ祝シ、次ニ山県侯ハ各締盟国君主及ヒ大統領ノ万歳ヲ祝シタリ、又副会長ホルム・青木子・クニツフ・目賀田諸氏ノ挨拶アリ、青淵先生ハ東京商業会議所ヲ代表シテ左ノ挨拶ヲナセリ
 会長及会員諸君、私ハ東京商業会議所会員トシテ今夕此ノ盛宴ニ列スルノ光栄ヲ得タルハ歓喜ノ至ニ堪ヘマセン
 此ノ会ノ本旨タル改正条約実施ト云フコトニ就キマシテハ唯今国務大臣ヨリモ演説アリ、会長ヨリモ演説アリマシタカ、元来条約改正ノ事タル幾多ノ年月ト幾多ノ変還トヲ経テ今日ニ至リタル訳テアリマシテ、其間我政治家ノ苦心ハ申ス迄モナク、訂盟各国政府及我国ニ駐在セラルヽ外交官ニ於キマシテモ、種々我国ノ為メニ尽クサルル所アリテ、実ニ容易ナラサル難関ヲ経過シ来リタル次第テアリマス、今ヤ其時機漸ク熟シテ来七月ヨリ愈々実施セラルヽト云フニ就キマシテ、先般来諸君ノ間ニ一会ヲ設ケテ実施ノ如何ヲ研究セラルル所アルハ、我々其用意周到ナルニ感シテ居ルノテアリマス、斯ク申ス我々モ、現ニ我カ東京商業会議所又ハ其他ノ団体ニ於テ調査研究シツヽアリマスカ、要スルニ我々ノ最モ望ム所ハ、内外二者ノ間ニ勉テ区別ナカラシメタシト云フノ一事ニ外アリマセン、抑モ我国カ訂盟各国ト通商スルノ歳月ハ久シカラストハ申サレマセン、又其訂盟以後ニ於ケル各般事物進歩ノ状態ハ稍々観ルヘキモノアリテ、其間各国ノ幇助ヲ得タル事モ尠カラヌ次第テアリマスカ、兎角ニ内外ノ別カ彼此ヲ阻隔スル嫌ヒカアリマシタノハ、畢竟不完全ナル旧条約ノ為メニ、通商貿易ノ間ニ一ノ障壁カ築カレアリシニ外ナラスト断言シテ宜シイト存シマス、然ルニ今日其障壁カ内外政治家ノ尽力ニヨリテ、此ノ陸地ヨリ撤去セラレテ海水ニ委スルニ至リマシタノハ、我々ノ歓喜措ク能ハサル所ニシテ、此ノ場ニ列セラルヽ総テノ諸君ノ満足セラルヽ所ナラント信シマス
 偖障壁已ニ撤去セラレテ内外別ナキコトヽナリマスルニ付テ、将来ヲ予想シマスレハ、我々商工業ニ従事スル者ノ責任ハ頗ル重大ナル
 - 第21巻 p.442 -ページ画像 
モノト思ハレマス、例ヘハ庭園ヲ作ルニモ、家屋ヲ建ツルニモ、設計者ノ意匠、技術家ノ手腕如何ニ巧妙ナレハトテ、適当ノ培養者・居住者ヲ得サレハ庭園モ花実ヲ収ムルコトカ出来ス、家屋モ美観ヲ完フスルコトハ出来マセヌ、自今以後此ノ会ノ諸君ト我々トハ恰モ庭園ノ培養者・家屋ノ居住者トナル訳テアリマスカラ、素ヨリ内外抔ノ区別ハ一掃シテ、願クハ協心一致他日ノ好果ヲ収メ、他日ノ昌栄ヲ期シタウ存シマス、玆ニ篤ク今夕ノ御厚意ヲ謝シマス、云々
越テ同年六月十二日、青淵先生等ノ首唱ニ依リ、京浜間商業会議所役員・横浜市長其他数名主人トナリ、前日ノ答礼ヲ兼ネ、横浜外国人商業会議所ノ改正条約実施準備委員並ニ我カ内閣諸大臣其他京浜知事等ヲ帝国ホテルニ招待シテ晩餐会ヲ開キシカ、当日出席ノ来賓ハ、改正条約実施準備委員長ロビンソンヲ始メ、各委員、松方・樺山・青木ノ三大臣、千家東京府知事・浅田神奈川県知事等ニシテ、午後七時三十分一同食卓ニ就キ、宴酣ナル頃『君ケ代』ノ奏楽ニ連レ、来賓ロビンソンノ発声ニテ天皇陛下ノ万歳ヲ祝シ、又主人総代青淵先生ノ発声ニテ締盟各国帝王陛下並ニ大統領閣下ノ万歳ヲ祝シ、終リテ主客ノ間ニ数番ノ演説アリシカ、当日ノ青淵先生カ主人ヲ代表シテ演説セラレタル所左ノ如シ
 閣下諸君、今夕ハ京浜商業会議所員・横浜市長及ヒ銀行・会社員等ノ申合ヲ以テ、曾テ訂盟各国実業者間ニ組織セラレタル条約実施研究会員中ノ諸君ノ勤労ヲ慰シ、且其懇親ヲ厚フスル為メ、此ノ小宴ヲ開キマシタル処、幸ニ諸君ノ光臨ヲ得、特ニ我内閣諸公其他ノ貴紳モ臨場セラレマシタノハ我々ノ光栄歓喜ニ堪ヘヌノテアリマス、依テ私ハ主人一同ヲ代表シ、玆ニ一言ノ蕪詞ヲ呈シテ陳謝ノ意ヲ表シマス
 諸君、我日本ト訂盟各国間ノ条約改正ニ付テハ、二十有余年彼我ノ各政事家外交家尽力ノ結果、終ニ今日ヲ見マスルノテ、此ノ間ノ歴史ハ諸君ノ了知セラルヽ処テアリマスカラ、玆ニ喋々スルヲ要シマセヌ、併シ私ハ此ノ実施以後ニ於テ、諸君ハ如何ニ注意セラレ、如何ニ挙措セラルヽヲ以テ其宜ヲ得ルヤト云フ点ニ就テハ、諸君ト共ニ之ヲ攻究スルコトヲ企望シテ已マヌノテアリマス、凡ソ互市通商ニ必要ナル事柄ハ固ヨリ多々アリマセウカ、私ハ先ツ彼我ノ情意融和シテ、共ニ相親ミ相信スルヲ以テ第一務トスルモノト考ヘマス、而シテ其相信スルノ始ハ、彼我屡々相会シテ各々其意見ヲ談笑ノ間ニ吐露スルニ在リト申シテモ宜シカロウト存シマス、是レ今夕臨場諸君ノ既ニ玆ニ注意セラレテ、数月前ニ第一次会ヲ開カレ、我々モ亦諸君ニ傚フテ今夕其二次会ヲ開キマシタ次第テアリマス
 又智識ト資力トハ兎角権勢ノ随伴シ易キモノテアリマスカラ、為メニ商業上・社交上ニ時々不平苦情ヲ生スルコトカアリマス、是ハ我我カ諸君ト共ニ向後常ニ能ク注意シテ、偏頗不公平ノ生セヌ様ニ勉メネハナラヌコトヽ存シマス
 回顧スレハ、現行条約ノ締結ハ旧幕府時代ノコトテアリマシテ、其頃ノ我日本ハ海外ノ国々カラ見マシテハ、月ノ世界カ人ノ世界カモ分明ナラヌ観カアリマシタロウ、又其条約互市ノ方法トテモ、殆ン
 - 第21巻 p.443 -ページ画像 
ト夢カ幻カト云フ有様テアリマシタロウカ、四十余年ヲ経過シタル今日ニ、斯ク彼我ノ人々カ一堂ニ会シテ更ニ将来ノ懇親ヲ厚フスル為メ快談歓話スル抔ト云フコトモ、亦一夢想ノ感ヲ為スノテアリマス、殊ニ斯ク申ス渋沢抔ハ、当時ニ在テハ野蛮思想ニ充タサレテ、専ラ鎖港攘夷ヲ唱ヘタ一人テアリマスカラ、別シテ奇異ノ思ヲ生シ又頗ル慙愧ニ堪ヘヌノテアリマス、畢竟今日ノ時態ニ推移シマシタノモ、爾来彼我政事家ノ容易ナラサル苦心経営ノ致ス所ト存シマスレハ、我々ハ諸君ト共ニ厚ク之ヲ感謝致サネハナラヌコトヽ存シマス
 想フニ此ノ改正条約中ニモ、或ル点カラ見マシタナラハ或ハ物足ラヌト云フ感モアリマセウカ、是ハ更ニ時日ヲ経タラハ完備ヲ得ルモノト信シマス
 諸君、古人ノ詞ニ『知者事ヲ始メ能者述フ、一人ニシテ成ルニアラサルナリ』ト云フコトカアリマスカ、既ニ知者タル政治家カ其事ヲ始メテ呉レマシタレハ、我々能者タラサルモ能ク之ヲ祖述顕彰シテ其完ヲ期サネハナリマセヌコトヽ存シマス、聊カ所思ヲ述ヘテ謝詞ニ代ヘ、併テ臨場諸君ノ健康ヲ祝シマス、云々