デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

明治35年11月17日（1902年）

是ヨリ先十月二十七日、当会議所、商事裁判制度創定ニ就キ議決セシガ、栄一是日ノ会議ニ於テ右ハ十月二十九日副会頭大倉喜八郎ノ名ヲ以テ内閣総理大臣伯爵桂太郎・司法大臣男爵清浦奎吾・農商務大臣男爵平田東助ニ進達セラレタル旨ヲ報告ス。

東京商業会議所報告　　第一〇三号・第三三頁　明治三五年一二月刊
○第二百四回役員会議　十月十八日開
　出席者
　　大倉喜八郎君　　　藤山雷太君
　一　左ノ件々ヲ次回ノ臨時会議ニ提出スル事
○中略
　　　　第二号　商事裁判所設置ニ関スル件
○中略
午前十一時三十分閉会

東京商業会議所報告　　第一〇三号・第一八―二二頁　明治三五年一二月刊
○第百十九回臨時会議　十月二十七日
　出席者
　　大木口哲君　○外二十名氏名略
午後五時十分開議
会頭渋沢栄一君欠席ノ為メ、副会頭大倉喜八郎君議長席ニ就キ、左ノ件々ヲ議事ニ附ス
○中略
○第二号
 - 第21巻 p.785 -ページ画像 
　　　　商事裁判所設置ニ関スル義ニ付建議
　謹テ案スルニ、商事裁判所ノ設立ハ現下ノ時勢ニ鑑ミ最モ急要ノ案件ナルニモ拘ハラス、今日ニ至ル迄未タ実行ノ端緒ヲ得サルモノハ要スルニ其実行方法ノ未タ充分研鑽ヲ経サルカ為メニシテ、本会議所ノ深ク遺憾ニ堪ヘサル所ナリ、是レ本会議所カ玆ニ其実行方法ノ梗概ヲ掲ケ聊カ管見ヲ附シテ別紙（甲号）ニ具シ、参考ノ為メ之ヲ閣下ノ上覧ニ供スル所以ナリ、若シ夫レ商事裁判ノ構成権限及其訴訟手続ノ制定ニ至リテハ、時ノ情況ニ応シテ須ラク慎重ノ調査ヲ要スルヤ勿論ナリト雖トモ、此等ハ挙ケテ当局者ノ取捨撰択スル所ニ一任セント欲ス、尚ホ本件ニ関シ曩ニ横浜外国人商業会議所ヨリ廻附ヲ受ケタル意見書ハ、我国商事裁判ノ遅滞ニ関スル実例ヲ列挙シテ其原因ヲ探究シ、併セテ之カ矯正ノ方法ヲ論明シタルモノニシテ大体ニ於テ本会議所ト其見ル所ヲ同フシ、且ツ其細目ニ至リテモ亦大ニ同意ヲ表スヘキモノ少ナカラサルヲ以テ、玆ニ其概要ヲ摘訳シ参考書類トシテ之ヲ別紙（乙号）ニ添附セリ、希クハ閣下本会議所建議ノ要旨ヲ採納セラレ、速ニ之カ実行ニ努力セラレンコトヲ切望ニ堪ヘサルナリ
　右本会議所ノ決議ニ依リ建議仕候也
　　明治三十五年十月　　日
　　　　　　　　　　　東京商業会議所副会頭　大倉喜八郎
　　　　内閣総理大臣　伯爵　桂太郎殿
　　　　司法大臣　　　男爵　清浦奎吾殿　（各通）
　　　　農商務大臣　　男爵　平田東助殿
　　（別紙甲号及乙号ハ参照ノ部第五号ニ掲載ス）
本件ハ多数ヲ以テ原案ヲ可決ス
○中略
午後六時十五分閉会

東京商業会議所報告　　第一〇三号・第五一―六五頁　明治三五年一二月刊
　○参照
○第五号ノ一
　明治三十五年十月二十七日、第百十九回臨時会議ニ於テ決議シタル商事裁判所設置ニ関スル建議書ニ添附セル甲号参考書ノ全文ハ左ノ如シ
　　　　商事裁判所設置ニ関スル東京商業会議所ノ意見
社会人文ノ発達ト知識ノ進歩トニ伴ヒ、国際上トナク私交上トナク万般ノ事物多端トナリ、従テ錯雑紛糾ヲ生スルハ数ノ免レサル処ニシテ是等種々ノ関係ニ付テハ単ニ無形上ノ制裁ニ委ヌル道徳情義ノミヲ以テ能ク支配シ得ヘキニ非ス、玆ニ於テカ其効果ヲ法律ニ待タサルヘカラス、既ニ法律ヲ頒布シ其制裁ニ服従セシメ、之ヲ以テ国家民人ノ安寧秩序ヲ維持スル要具ナリトセハ、其法律トシテ周到緻密ニ亘ラサルヲ得サルハ自然ノ趨勢ナルヘシ、併シナカラ如何ニ法律ハ完全無欠ナリト雖モ之レカ運用ヲ誤ランカ、動モスレハ輒チ法律ハ道徳情義ニ反スルモノヲ保護スルノ具ナリト誤解セシムルノ恐レナカラスヤ、当局
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者常ニ健訟ノ弊ヲ喋々ス、知ラス健訟ノ弊ハ法律及ヒ之レカ運用ノ弊ニ追随シテ生スルモノニ非サルナキカヲ、夫レ此ノ如クンハ啻ニ徳義ノ頽廃ヲ憂フルニ止マラス、法治ノ名アリテ法治ノ実ナク、国家民人挙テ其弊ニ堪ヘサラントス
我国現行ノ法律制度ニ於ケル何レモ文明諸国ノ嶄新奇抜ナル法理ノ精華ヲ萃採シ、金科玉条堆ヲ作セリ、寧ロ此一点ヲ以テ欧米ニ比スレハ敢テ遜色ナキニモ似ス、惜哉他ノ学芸技術殊ニ商工業ニ於テ其地歩ニ大差アルヲ観ルハ抑亦奇観ナラスヤ
思フニ東洋一般国民ノ性トシテ、多ク理想ニ流レ易ク実行ニ疎ナルニモ因ルヘシト雖モ、素ヨリ法律ハ吾人ノ権利ヲ保護スレトモ其半面ニ於テ或ル程度マテハ吾人ノ行為ヲ牽束スルモノナルカ故ニ、要ハ国家民人ノ程度ニ適応セシムルニ在リ、否ラサレハ法律ノ完備ハ国家ノ経営ニ反比例ヲ来タシ、殖産興業モ亦衰疲セシムルコトナシト云フヘカラス、玆ニ吾人ヲシテ忌憚ナク云ハシメンカ、我国現行ノ成文法ハ学理的ニ密ニシテ実際的ニ疎ナリ、更ニ極言スレハ一ニ法律ノ弊、二ニ之レカ運用ノ弊アリトセン、然リ而シテ法律ノ弊或ハ運用ノ妙ヲ以テ之ヲ補正スルヲ得レトモ、運用ノ弊ハ法律ノ美ヲ以テ匡救スルコト能ハサルモノナリ
蓋シ法律ハ他ノ学術ノ理論ヨリモ更ニ理論ヲ以テ主トスルガ為メナルカ、往々空理ニ走ラサレバ空論ニ帰シ、斯学ノ博士・学士ダモ其解釈ヲ帰一スルコト能ハズ、怨ラクハ我法典ハ紙面上光彩ヲ放ツニ止マリ未タ嘗テ吾人ヲシテ信服セシムルノ活用ヲ見ス、之レ則チ法学者タルモノ由来経済ノ真理ニ重キヲ置カサルニ座ス、方今全世界生存競争ノ活劇ヲ演シツヽアル大勢ニ於テ、苟モ国家ノ治平ヲ保タンニハ豈経済ヲ度外視スルヲ得ヘケンヤ、故ニ法律及其運用ノ実利実益ニ伴ハサルハ取リモ直サス国家ノ経済ヲ害スルノ虞アルヲ以テ、之ヲ矯正シ、吾人ヲシテ其生命財産ノ保護ヲ挙ケテ安ンシテ法律ノ威力ニ信頼セシムルヲ期セサルヘカラス
熟ラ近時我東京及横浜等ニ於ケル行政上並ニ司法上ノ状態ヲ視レハ、徒ラニ形式的理由ニ拘泥シ、之レカ為メニ貴重ナル時日ト費用トヲ糜消セシメ、甚シキハ其実体上ノ効用ヲモ失ハシムルカ如キ事例少シトセス、就中司法裁判所ニ於テ訟廷進行ノ緩漫ナルヤ一終局判決ヲ受クルニ数月ヲ要シ、幾年月ヲ経テ漸ク確定判決ヲ得タルノ日ハ何ソ図ラン其権利ヲ執行スルニ余地ナク、亦其実効ヲモ見ル能ハサルモノアリ況ンヤ訴外者ノ証人トシテ出廷ヲ命セラルヽモノヽ如キ、僅カニ寸分間ノ訊問ヲ受クルカ為メニ出廷当日ハ如何ナル重要ノ用務アリトモ終日空費ヲ覚悟セサルヘカラス、其迷惑モ亦察スヘキニ非スヤ、斯ノ如キハ法ノ弊カ将タ運用ノ弊カ、吾人ハ十中ノ八九運用ノ弊ナルヘシト思考セリ
今一例ヲ掲クレハ、訴訟法中手形訴訟ニ付テハ当事者呼出ニ付テノ猶予期日ヲ三日間トシ、緊急ノ場合ニ在テハ之ヲ廿四時間ニ短縮スルヲ得ト規定セラレタルハ、商事上主眼トスル処ノ迅速安全ヲ以テ其信用ヲ確保スルノ精神ナラスヤ、然ルニ実際ニ於テハ此等ノ規定ハ多ク徒法ニ属セリ、何トナレハ訴訟当事者ノ一方ハ形式実体共ニ完全ナル手
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形ニ対シテモ、固ト是レ私証書ニ外ナラサルヲ論拠トシ、弁論ノ劈頭ニ於テ先ツ之ヲ非認シ通常ノ訴訟手続ニ変更セシムルヲ例トス、法官モ亦通常訴訟トナレハ審理ニ余閑アルヲ以テ忽チ之ヲ許容スルニ至ル又狡獪ナル相手方ハ此等ノ消息ヲ知悉シ、第一審ハ手形訴訟トシテ巧ミニ之ヲ通過セシメ、第二審ニ至リテ突然其手形ヲ非認スルモノナリ第二審以後ニ於テハ通常訴訟ニ復スルヲ許サヽルヲ以テ、必勝ノ理アルモノモ竟ニ敗訴ノ不幸ヲ見ルカ如キ弊アルヲ聞ケリ、而シテ斯カル真正ノ手形ヲ非認シタル相手方ニ対シ別ニ制裁ヲ加フヘキ法律ナキヨリ、益々訴訟其ノモノヲシテ遅怠ニ累ヌルニ渋滞ヲ以テス、元来手形ヲ流通証券トシ其効用ヲ通貨ノ如クナラシメンニハ、森厳ナル法律ヲ以テ確実ナル信用ヲ保タシムルヲ要ストハ立法上ノ精神ナラン、然レトモ是レ卓上ノ偏見ニアラサルカヲ疑ハシムルノ感アリ、何トナレハ通貨ハ其実質タル一国財政ノ基礎ト、其形式タル政府ノ定形トニ因リテ強制通用ノ効ヲ生スレトモ、之ニ反シ手形ナルモノハ各人相互ノ信用ニ成立スルモノニシテ、縦トヘ形式完全ナルモ記名者ノ資産及名誉等苟クモ実質上ノ信用ナキトキハ更ニ流通スルコトナシ、故ニ幼稚ナル我商工界ニ於テ漫リニ手形ノミヲ重セシムルノ弊ハ、寧シロ手形ヲシテ危険ナリトノ感念ヲ惹起セシムルノミナラス、立法者カ盛ンニ通用セシメント期シタル予想ニ反シ、民人之ヲ厭ヒ其転々流通ノ遅々タルヤ吾人未タ裏書ヲ以テ充タサレタル手形ヲ見ス、吾人未タ栄誉引受ケ、栄誉支払等ノアリタルコトヲ聞カサルヲ以テモ知ラルヘシ
其他商事取引ノ担保トシテ従来慣行シ来レル根抵当ノ如キ、単ニ抵当権ノ性質ヨリ理論ヲ試ミレハ或ハ不完全ノ点ナキニシモアラスト雖モ少クモ或ル期間ヲ限リ或ル債権ノ数額ヲ定メ、若シ其債権ノ発生シタルトキハ其効力ヲシテ根抵当ヲ設定セル時日ニマテ遡ホリテ有効ナラシムルノ合意ヲ以テシタルコトノ明瞭ニシテ而カモ其事実ヲ知了スル第三者カ之レニ服従セサルヲ得サルハ必然ナリトス、否従来ノ商習慣ニ於テモ此観念ヲ以テ商界ノ状況ニ合スル良則ナリト信シタリシナリ近来根抵当打壊主義ノ法曹間ニ鼓吹セラルヽヤ、商業上融通機関ノ幾分ヲ削減セラレントス、此等一々枚挙スレハ吾人カ法律ノ牽制ヲ受ケ活働スルコトヲ得スシテ、日夜厲酷ナル法治ノ下ニ噞喁スルモノ比々皆是レナリ、寔ニ国家ノ為メ慨嘆ニ堪ユヘケンヤ
曩ニ条約改正ニ因リ治外法権ヲ回収セラレ、爾来遠人懐柔ノ政策ヲ以テ外人等相互ノ訴訟ハ勿論、内外人ノ権利関係ヲ裁判スル場合ニ於テモ法官等ハ努メテ訟廷ニ励ミ、内国人相互間ノ訴訟ニ比スレハ稍其進行ヲ早ムルモ是亦比較的ノ観察ニ過キス、今ヤ彼レ法治国ノ外人等ヲシテ却テ我ノ法治ニ慊焉タラシメ、且ツ其危険ト煩累トヲ厭悪セシムルニ至ラントス、斯クテモ尚ホ国光ヲ発揚スルヲ得ヘキカ、民人ノ信用ヲ鞏固ナラシムルヲ得ヘキカ、吾人商業界ニ在ルモノハ勿論為政者モ亦多少顧ミル処ナクンハ、通商貿易ノ途振ハス、文明ノ輸入ヲ杜絶シ竟ニ国利民福ヲ増進スルコト能ハサルヘシ、已ニ帝国ノ首都タル我カ東京ト云ヒ、五港最一ノ横浜ニシテ真ニ如上ノ弊ナキニシモ非ストセハ、各地司法上ノ感果シテ奈何、実ニ思ヒ半ハニ過クルモノアラン去レハ法律ノ弊之ヲ除クニハ改正ヲ要シ、運用ノ弊之ヲ矯ムルニハ法
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官ヲ選ハサルヘカラス、然レトモ是等一朝夕ノ能ク企画シ得ラルヘキコトニ非サレハ吾人ハ漸次改良ヲ望ムト雖トモ、惟タ目下最大ノ急務トシテ当局者ノ英断ヲ冀フモノアリテ存ス、其義他ニ在ラス商事上特ニ商事裁判制度ヲ創定アランコトヲ懇請スル所ナリ、乃チ左ニ希望ノ要点ヲ掲ケン
第一　商事裁判所ニ関スルコト
　理由　欧米諸国ニ於テハ商事裁判所ヲ設クルアリ、又之ヲ設ケサルモ商事ニ関スル裁判及其訴訟手続ヲ特別ニ規定スルアリテ、全然普通民事ト同一視スルコトナシ、我国既ニ民法・商法ヲ制定セラレ、之レカ訴訟アルニ方リ其緩急異ナルモノアルニ拘ハラス、普通裁判ニ依ラシムルハ其効用全キヲ得サルカ故ニ、一日モ早ク商事裁判ヲ設ケ少ナクモ左ノ如キ規定アランコトヲ欲ス
　一　商事裁判所ハ普通ノ地方裁判所ニ於テ開廷スルコト、但地方裁判所ノ設置ナキ土地ニ於テハ区裁判所ニ於テ開廷スルコト
　　　　（我国ノ程度ニ於テハ仏国ノ如ク商事裁判所ヲ特別ニ建設スルノ必要モナク、又経済ノ許サヽル処ナルヲ以テ、英・独ノ如ク普通裁判所内ニ商事部ヲ置ケハ可ナルヘシ）
　一　商事裁判所ヲ構成スルニハ審理官三名・陪審員二名・書記一名ヲ以テシ、裁判長ハ審理官中一名之ニ任スルコト
　　　　（仏国ニテハ商人若クハ商人タリシモノヲ以テ商事裁判所ヲ構成シ、英国ニテハ商人ヲ以テ組立タル陪審員ヲ以テ裁判ヲナシ、尚ホ商人ヲ補助員トシテ参加セシム、独逸ニテハ地方裁判所ノ判事裁判長トナリ、商業会議所ノ推選セル二人ノ商事裁判官ト共ニ合議裁判ヲナセリ、我国ノ現状ニ於テハ未タ商人ヲ以テ裁判ヲ為サシメ又ハ合議ニ加ハラシムル域ニ達セス、故ニ英・独ヲ折衷シテ二人ノ陪審員ヲ設ケ事実審理ノ補助ヲ為サシメ、又其意見ヲ徴スルコトヽセハ或ハ其宜シキヲ得ヘシ）
　一　審理官ハ現職判事中ヨリ五年以上判事又ハ弁護士ノ職ニ従事シ且ツ年齢四十歳以上ノ者ヨリ司法大臣之ヲ撰任スルコト、但裁判長ハ審理官中上席者之レニ当リ、若シ同級ナルトキハ年長者ヲ以テ之ニ任スルコト
　　　　（審理官ヲ現職判事中ヨリ撰択スルハ、法律ノ適用判決及決定証拠ノ採否其他訟廷ノ整理等専ラ練熟セル判事ニ因リテ裁判権ノ威信ヲ繋クノ要アレハナリ、特ニ其名称ヲ審理官トセルハ普通裁判所ノ判事トハ其性質ヲ異ニスルヲ以テノミ）
　一　陪審員ハ所在地ノ商業会議所議員中ヨリ年齢四十五歳以上ニシテ五年以上商工業ニ従事シ、且ツ直接国税東京・大坂ノ両市ニ於テハ五十円以上、其他ノ各地ニ於テハ弐拾円以上二ケ年以来引続納付スル者ヲ以テ之レニ任スルコト
　　　　（商業会議所ハ商業界ノ中心乃チ本部トモ云フヘキモノナレハ、其議員中ヨリ陪審員ヲ撰任スルハ商業界ノ権利ヲ発揮セシムルノミナラス、又機宜ヲ得タルモノナリ、独逸ノ如キハ
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商事裁判官トシテ商業会議所ノ議員ヲ採用スルヲ以テモ知ルヲ得ヘシ）
　一　書記ハ速記学ヲ研究セルモノヲ試験ニ因リテ登用スルコト
　　　　（速記学ノ進歩シタル今日ニ於テハ、如何ナル裁判所ニモ一般ニ速記者ヲ書記ニ採用スルヲ可トス、況ンヤ商事ノ如キ迅速ヲ主トスル裁判ニ於テヲヤ）
　一　審理官ノ進退任期ハ司法大臣適宜ニ之ヲ定メ、陪審員ハ商業会議所員ノ撰挙ヲ以テシ、其任期ハ弐ケ年間トスルコト
　　　　（陪審員ハ名誉職ナルカ故ニ頗ル公平ナラサルヘカラス、之カ任期ヲ長カラシムルトキハ弊ヲ生セン、而シテ任期ヲ短カラシムルモ亦不可ナリ、独逸ニテハ商事裁判官ノ任期ヲ三ケ年トセリ、我国ニテハ兎モ角モ有期トシ、勿論再選ヲ妨ケサルコトトセハ可ナラン）
　一　陪審員ハ訟廷ニ於テ事実上ノ質問ヲ為シ、又其意見ヲ述フルコト
　　　　（陪審員ニシテ其訴訟事件ニ係ル意見ヲ述ヘントスレハ事実上ノ質問ヲ為スコトハ必要ナリ、斯クテ其意見ハ審理官ヲシテ事実ノ認定ヲ誤ラシメサルノ便少カラサルヘシ）
　一　陪審員ハ評議会ニ加ハルコトヲ得スト雖トモ、仲裁判断ヲ為スヘキ場合ニハ必ラス評議会ニ加ハルヘキコト
　　　　（陪審員ヲ合議ニ加ハラシムルノ可否ハ議論アルヘシト雖トモ、此点ハ国家民人ノ程度問題ニ属ス、先ツ今日ノ形勢ヲ以テ按スルニ陪審員ヲ合議ニ加ハラシムルハ種々ノ弊害ヲ生スルノ恐レナキヲ保セス、故ニ民事裁判ニ検事ヲ立会ハシムル場合ニ等シクシテ稍少シク権限ヲ与ヘタルモノトセハ可ナランカ、特ニ商事裁判所ニ於テ仲裁判断ヲナスヘキトキハ必ス陪審員ヲシテ参加セシムルヲ必要条件トスルヲ要ス、何トナレハ仲裁判断ハ原被ノ調和ヲ主トスルモノナレハナリ）
　一　商業会議所ナキ土地ニ於テハ、市町村ニ於テ相当資格アリ名望アル者ノ中ヨリ司法大臣ノ任命ヲ以テ陪審員ヲ定ムルコト
　　　　（商業会議所ナキ土地ニ於テ陪審員ヲ撰挙スルハ紛議ヲ生シ易シ、故ニ司法大臣ノ任命トスレハ其一面ニ於テ陪審員ノ職権ヲ重ンセシムルヲ得ヘシ）
　一　商事裁判所ノ判決ハ通常第一審ノ判決ナリト雖トモ左ノ場合ニ於テハ終審ナルコト
　　　　第一　当事者合意ヲ以テ終審トシテ裁判ヲ受ケタルトキ
　　　　第二　主タル請求ノ価格カ参百円以下ナルトキ
　　　　第三　本訴ト反訴トノ合算額カ五百円以下ナルトキ
　　　　　（商事裁判ノ管轄スヘキ範囲ヲ法律ニ因リテ之ヲ特定スルノ要アルヘシ、而シテ訴訟価格ノ多少ヲ以テ上訴権ヲ与フルト否トヲ定ムルハ未タ以テ良則ト云フヘカラサルモ、由来訴訟ハ権利ノ空争ニ帰スルノ弊アルヲ以テ、価格ノ些少ナルモノハ上訴ヲ許サストスルハ寧シロ経済上ニ基ク便法ナラン、仏国ノ如キハ千五百法ヲ以テ限域トセリ、我国ノ
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程度ニ於テハ三百円ヲ以テスルモ五百円ヲ以テスルモ、其適当ナルヘキ範囲ヲ定ムレハ不可ナカルヘシ
　　　　　仲裁判断ハ終審ノモノニシテ、之ヲ取消スヘキ重要ノ事項ハ現行訴訟法ニ因リテ其規定ヲ斟酌スルノ要アルハ論ヲ竢タス）
　一　商事裁判所ノ第一審判決ニ対シ不服ナルトキハ普通ノ控訴院・大審院ニ上訴スルヲ得ルコト
　　　　（商事ト云フモ元来民事ノ一部ナリ、只其必要ヨリ生スル変例ヲ設クルモノナルカ故ニ、各上訴ノ審級ヲ商事裁判所トスルコトハ望ムヘクシテ行ハレサル処ナリ、只控訴上告ノ場合ニ於テモ期日・期間等ハ商事訴訟手続ニ準拠スルモノト定ムレハ可ナラン）
以上ハ商事其モノヽ簡便ヲ必要トスルヨリ、吾人カ希望スル裁判構成及ヒ権限ノ大意ニシテ、其他ノ細目ニ至テハ一ニ立法者ノ制定ニ仰ク処ナリ、就中陪審制度ノ必要ヲ唱フルハ凡ソ法官ニハ一定ノ試験任用法アリテ各其職ヲ奉スルモノナルカ故ニ、何レノ法官ヲ以テ商法ニ精通シ商事ニ経験ヲ有スルト定ムヘキカ、世ニ商法学者アルモ僅カニ指ヲ屈スルニ過キス、而カモ商事ニ経験アル法官ハ更ニ稀ナラン、故ニ吾人ハ実業者ヲ以テ陪審員トシ商事裁判ノ機関トスルヲ望ムヤ久シ、然レトモ我国ノ現状ニ於テ未タ俄カニ之ヲ許スヘカラストセハ亦以テ止ムコトヲ得サルカ故ニ、成ルヘク商事ニ精通セル法官ノミヲ以テ裁判ヲ構成スルモ可ナルヘシ、又其年齢ニ制限ヲ附スルノ必要アルハ、少壮ナル判事ハ思慮軽忽ニシテ法文ニ拘泥シ、法律ノ精神ヲ斟酌セスシテ只其欠漏ヲ発見スルヲ能事トシ、時々常識ニ反スルカ如キ判決ヲ下タスヲ以テ社会ノ驚慌ヲ来スノ害アルノミ、其能ク老練着実ニシテ事実ノ真象、法律ノ精神ヲ穿ツノ手腕ニ至テハ、年効者ヲ以テ多トセサルヘカラサルカ為メナリ
第二　商事訴訟手続ニ関スルコト
　理由　現行訴訟法中証書訴訟・為替訴訟・督促手続・仲裁判断等ニ関スル規定アレトモ何レモ民事・商事共通ニシテ、只為替訴訟ニ至ツテハ商事ノ一部分ニ対スル適用ヲ見サルニハアラス然レトモ其弊害アルコトハ前提ニ縷述シタルカ如シ、抑我国ノ現況ニ於テ民法ノ法理ヲ商事ニ適用スルハ甚シキ不可ナキニモ拘ハラス之ヲ各別ニ規定シ、却テ各別ニ規定スヘキ必要アル訴訟手続ハ民事ト商事ト共通ナラシメタルカ如キ毫モ商法ノ活用ヲ見ルコトナシ、吾人ハ商事裁判制度ヲ望ムト共ニ其訴訟手続ノ制定アランコトヲ期待セサルヲ得ス、而シテ今左ニ商事上特別ノ規定ヲ要スル事項ヲ記セン
　一　商事裁判所ニ訴状ヲ提出シタルトキハ三日以内ニ相手方ニ送達シ、二週間内ニ訟廷ヲ開クヘキコト
　　　　（訴状ノ送達ハ通常書記ヲシテ取扱ハシムルモノナレトモ、弁論開廷ノ通知状ト共ニ原告ニ托シテ被告ニ送達セシムルモ可ナラン、而シテ呼出シニ関スル猶予期間ヲ通常二週間内ト定メ、緊急ノ場合ニハ二十四時間ニマテ短縮スルヲ得ル現行
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訴訟法・為替訴訟ノ規定ハ、移シテ之ヲ商事一般ニ適用スルコトヲ得ト定ムルハ適当ナルヘシ）
　一　訴訟準備ノ書類総テノ証拠方法ハ弁論開廷ノ前日迄ニ提出セシムルコト
　　　　（書証・人証・鑑定事項等ヲ開廷当日ニ於テ自由ニ申立テシムルトキハ訴訟延引ノ弊ヲ生スヘシ、職権ヲ以テスル場合、若クハ当事者ニ正当ノ理由アル場合ノ外ハ之ヲ許サヾルヲ可トス）
　一　当事者ノ一方欠席シタル場合ニハ、出廷シタル相手方ノ費用ヲ其申立ニ依リ相当ノ額ヲ定メ即決ヲ以テ言渡シ、本案ノ勝敗ニ拘ハラス欠席者ノ負担トスルコト
　　　　（原告ト被告トヲ問ハス、本案ノ如何ニ拘ハラス、欠席者ニ当日ノ費用ヲ負担セシムルハ敢テ不可ナカルヘシ、尤正当ニ呼出状ヲ受ケサルトキ、又ハ避クルコトヲ得サル不可抗力ニ因リ欠席シタル場合ニハ、之ヲ恕スルハ至当ナラン）
　一　証人ハ審問ノ順序ニ依リ予シメ午前ト午後トニ分チ呼出スヘキコト
　　　　（証人ニハ訴訟ニ利害ノ関係ヲ有スルモノト否ラサルモノトアレトモ、呼出シノ時刻ヲ午前ト午後トニ分ツトキハ少クモ半日ヲ空費スルノ恐レナカルヘシ）
　一　鑑定ヲ命スル場合ニハ、鑑定ノ期日ヲ定ムヘキコト
　　　　（期日ヲ定メテ鑑定ヲ命スルハ最モ緊要ナリ、若シ正当ノ理由ナクシテ期日ヲ経過スルトキハ更ニ鑑定人ヲ変更スヘシ、而シテ遅怠ノ責アル鑑定料及日当ノ請求ヲ許サストスルハ適当ナルヘシ）
　一　判決書ノ言渡ヲ為シタルトキハ、一週間内ニ判決書ノ謄本ヲ附与スヘキコト
　　　　（判決言渡アリテ判決書ヲ下附スルコト遅々タラシメハ其判決ノ確定ヲ遷延セシムルカ故ナリ）
　一　判決書ノ送達ヲ受ケタル日ヨリ二週間内ニ上訴セサレハ判決確定トスルコト
　　　　（民事訴訟法ニ於テ三十日間ト定メタルハ民事ニ於テ適当ナランモ、迅速ヲ主トスル商事ニハ無益ノ時日ヲ与フルニ過キス、故ニ二週間アレハ充分ナルヘシ）
　一　弁論変更ノ期日及続行期日又ハ弁論ノ延期ハ当事者ノ承諾若クハ職権ヲ以テスルトキト雖トモ、二週間内ニ期日ヲ定ムヘキコト、但正当ノ理由アリテ二週間内ニ期日ヲ定メ難キ場合ニハ、陪審員ノ意見ニ因リ相当期日ヲ定ムルコト
　　　　（訴訟延引ノ弊ヲ避ケンニハ期日期間ヲ等閑ニ附スヘカラス故ニ通常ノ二週間内ニ期日ヲ定メ難キ場合ニハ、必ス陪審員ノ意見ヲ聴キ其期日ヲ定ムルコトトセハ可ナルヘシ）
　一　中間判決及決定ニ対スル抗告期日ハ総テ三日間トスヘキコト
　　　　（現行訴訟法ニハ通常抗告ト即時抗告トニ区別セリト雖トモ商事ニハ之ヲ区別スルノ要ナキノミナラス、更ニ抗告ノ期間
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ヲ短縮スルヲ可トス）
以上ハ商事其モノヽ迅速ヲ主トスルカ故ニ、訴訟ノ進行ヲ停滞セシメサル趣旨ニ外ナラス、而シテ商事ニ関スル訴訟手続ヲ詳細調査スレハ枚挙ニ遑アラス、爰ニハ只其大要ヲ摘記シテ当局ノ高案ヲ促カサントスルノミ、殊ニ一言スヘキハ上訴ノ場合ニ於テ普通ノ控訴院・大審院モ亦商事訴訟手続ニ依拠スルコトヽ定メサルヘカラス、然ラサレハ商事裁判及其訴訟上主眼トスル特別ノ規定ヲ上訴審ニ於テ没却セラルヽ恐レアレハナリ
第三　仲裁判断ニ関スルコト
　理由　現行訴訟法中仲裁判断ノ事項ハ詳密ニ規定シアルモ、仲裁其モノヽ性質ニ適従セシメントシタル結果、当事者双方ノ合意ニ依リテ仲裁判断ヲ求ムルトキノ外ハ他ニ仲裁判断ヲナスヘキ場合ナキヲ以テ、我国ニ於テハ殆ント告朔ノ餼羊ノミ、去レハ仲裁判断ノ規定ハ贅則ナルカト云フニ決シテ然ラサルヘシ、英国ニハ調停条例アリ、且ツ仲裁法院ノ設備アリ、仏国ニ於テハ民事ハ勧解ヲ経サレハ訴訟ヲナスコトヲ得サルノ制ナリ、我国ニ於テモ始メ勧解吏ヲ置キ争訟者ヲ和解セシムルコトヽナシアリシカ、利弊之ニ伴ヒ遂ニ廃止サレタレトモ、思フニ現行仲裁手続ハ合意ニ基クカ故ニ放任ニ失シ、在昔ノ勧解ハ和解ヲ強ユルカ如キ嫌アリテ干渉ニ過キタルモノナリ吾人ハ此二者ヲ折衷シテ、仲裁判断ニ於ケル申請手続ニ左ノ如キ変例ヲ設ケラレンコトヲ望ムニ在リ
　一　訴訟当事者ノ一方ヨリ仲裁判断ヲ申請シ、又ハ之ヲ拒絶スル申立ヲ為スヲ得ルコト
　　　　（欧米人ハ合意ヲ重ンスルコト法律ニ等シク、又事ノ結局ニ於ケル利害ヲ達観シ寧ロ速カニ解決センコトヲ期スルモ、我国人ノ如キハ未タ然ラス、故ニ合意ヲ以テ仲裁判断ニ依ルヘキ場合ハ殆ント僅少ナルヘシ、爰ヲ以テ当事者ノ一方ヨリ申請スルヲ得セシメ、又ハ拒絶スル申立ヲナシ得ルコトトセハ頗ル妙ナラン）
　一　陪審員ハ当事者ノ意思如何ニ拘ラス、其一致ヲ以テノミ仲裁判断ヲ為スヘキコトヲ審理官ニ申告スルヲ得ルコト
　　　　（陪審員一致ヲ以テ仲裁判断ヲ申告スルヲ得トスルハ、着想少シク奇ナルカ如シ、然レトモ陪審員ハ商業社会ヲ代表スルモノナルカ故ニ、之レニ申告ノ権ヲ与フルモ其採否ハ審理官ニ於テ決スルモノトセハ、敢ヘテ不可ナカルヘシ）
　一　審理官ハ仲裁判断ノ申請アリタルトキハ其可否ヲ決定スヘシ、此決定ニ対シテハ当事者ノ外陪審員ハ抗告ヲ為スコトヲ得サルコト
　　　　（仲裁判断ハ法律ニ拘泥セスシテ和解的ニ訴訟ノ解決ヲ与フルモノナルカ故ニ、先以テ之カ可否ヲ決定シ異議アルモノニハ抗告ヲナサシメサルヘカラス、何トナレハ権利義務ノ明瞭疑フヘカラサルモノヲ枉ケテ仲裁判断ニ服セシムルノ謂ハレナケレハナリ、而シテ陪審員ニ抗告ヲ為サシメサルハ利害ノ
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関係ヲ直接ニ有セス、加之陪審員ハ裁判所ヲ構成スル機関ノ一部分ナレハナリ）
以上ハ仲裁判断ノ申請及其手続ニ付テ吾人ノ着想セシ一・二ノ枢点ナリ、而シテ仲裁判断ハ現行訴訟法ニ依レハ如何ナル人カ如何ナル所ニ於テ之ヲナスモ適宜ニシテ、其判断ニ関シテハ普通裁判所ニ於テ管轄スルノミ、元来仲裁判断ハ民事・商事ヲ問ハス一般ニ行ハルヽヲ可トスレトモ、商事ニ関シテハ商事裁判所ニ専属スルモノトセハ、商事裁判及商人陪審ノ制度ニ補綴スルコトヲ得テ其効用ヲ致スヘシ、尤モ仲裁判断ノ濫用ハ単ニ権利者ヲ犠牲タラシムルノ害ナキニシモ非サレトモ、法律ハ固是レ死物ノミ、其能ク之ヲ活用スルトセサルトニ依リ利害ノ分岐スル処ナルカ故ニ、往々至難ナル訴訟ニ於テ容易ニ落着ヲ告ケサルモノ、例セハ一事件ニシテ二・三回ノ上告ヲ為スニ至ルカ如キ訴訟ハ到底権利・義務ノ闘争ニ止マリ、毫モ其実益ヲ収ムル能ハサルニ至ルモノナキヲ保セス、此等ノ事件ニ付テハ形式ニ阿ネラス、理論ニ傾カス能ク真事実ヲ査覈シテ仲裁判断ヲ下タストセンカ、啻ニ当事者間ノ調和円満ヲ計ルノミナラス、社会ノ平和ヲ保維スルニ於テ最モ有益ニシテ、而カモ経済ノ真理ニ合スルモノト信スルカ為メナリ

○第五号ノ二
　明治三十五年十月二十七日第百十九回臨時会議ニ於テ決議シタル商事裁判所設置ニ関スル建議書ニ添附セル乙号参考書ノ全文ハ左ノ如シ
○乙号
　　　　商事裁判遅延ニ関スル横浜外国人商業会議所ノ意見書
（訳文）
改正条約実施後施行セラルヽ処ノ法律及其法律カ如何ニ運用セラルヘキヤニ就キ、吾人ハ大ニ日本ノ法廷ニ対スル注目ヲ為シタルニ、其結果商事ニ関スル極メテ簡単ナル事件ト雖トモ其遅滞甚シク、之カ終局判決ヲ得ル迄ニハ頗ル長日月ヲ要ストノ苦情百出シ、歳月ノ経過ト共ニ益々其実例ヲ増加シ、遂ニ現今法律ノ運用方法ハ到底不正ナル訴訟ヲ阻止スルノ力ナク、従テ安全ニ適業ニ従事セントスルモノニ保護ヲ与フルヨリモ寧ロ危険ト煩悩ノ念トヲ与フルモノナリト思ハシムルニ至レリ
夫レ商業其他各般ノ基礎ハ「堅固ナル信用」ニアルコト勿論ニシテ、堅固ナル信用トハ開明ニ進ミタル人々カ其約シタル言葉ヲ確守シテ毫モ違ハサルニ在リ、此堅固ナル信用ヲ基礎トシテ一定ノ風習若クハ慣例ナルモノ自カラ成立ス、而シテ法律ハ此風習若クハ慣例ノ精粋ニ外ナラス
法律ハ制裁ノ之ニ伴フニ因リテ始メテ強制力ヲ生スルモノニシテ、人ヲシテ法律ニ服従セシムル所以ノモノハ一ニ此制裁アルカ故ナリ、若シ服従セサランカ玆ニ制裁立トコロニ至ランノミ、此故ニ法律ヲ運用スルニ当リ之カ制裁ヲ遷延シ、若クハ軽減シ、或ハ逃脱セシムルカ如キコトアランカ、法律ハ遂ニ全ク其強制力ヲ滅却シ、不正ヲ為サントスルモノヲシテ最早恐ルヽ所ナカラシムヘシ、尚又訴訟ヲ為スニ当リ其費用ノ過大ナルト、手続ノ繁雑ナルト、判決ノ遅滞スル等ノコトア
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ランカ、訴訟ノ当事者ヲシテ煩悩ヲ感セシムルコト甚シク、之カ為メ或ハ訴訟ヲ中止セシムコトヽ為リ、遂ニハ制裁ナキノ法律ヲ施行スルト同一ナル結果ヲ来スニ至ルヘシ
且ツ又個人ノ利害ハ即チ全体ノ利害ナルカ故ニ、法律ノ運用ニシテ迅速ニ且ツ有効ナル事ハ、啻ニ法廷ノ保護ヲ仰カサルヘカラサル不幸ナル個人ノ為メニ緊要ナルノミナラス、日本全体ノ商業界ノ為メニ亦緊要ナルモノト云ハサルヘカラス、今日金利ノ高貴ナルハ法律ノ運用其宜シキヲ得スシテ「堅固ナル信用」ヲ維持スルノ難キコト実ニ其ノ一主因ナルヲ思ハヽ、以テ前言ノ誤謬ナラサルヲ証スルニ足ラン、蓋シ法律ノ運用ニシテ正確ニ且迅速ナル所ニハ金利低落シ、之ニ反スル所ニハ常ニ金利ノ騰貴スルコト必然ノ理ナレハナリ、訴訟費用ノ過大ナル点ハ別問題トスルモ、日本法廷ニ於テ迅速ナル判決ヲ受クルハ一大難事ニシテ、外国商人ノ多数ハ法廷ニ訴訟スルヨリモ寧ロ訴訟セサル方損失ニ於テモ将タ煩悩ニ於テモ尚軽キヲ信スルニ至リ、此報ノ外国ニ伝ハルヤ、日本ニ投資スルノ危険ヲ採ル者ヲ減少シ、仮令投資スル者アリトスルモ遥カニ高玉ニアラサレハ投資セサルニ至レルハ毫モ怪シムニ足ラス
今爰ニ実例ヲ挙ケ日本法廷ノ遅滞ヲ示スニ当リ、一言ヲ要スルモノアリ、此遅滞タルヤ独リ外国人ノミ殊ニ此不便ヲ受クルニアラス、外国人ノ干係セル事件ハ寧ロ比較的ニ迅速ナル判決ヲ得居ルナリ、去レトモ前述スル如ク「個人ノ利害ハ全体ノ利害」ナルヲ以テ、日本人同業者カ受クル不便ハ亦吾人ノ不便トナルナリ
是吾人ガ此事ニ関シ世論ニ訴ヘントスル所以ニシテ、尚又注意スヘキハ、吾人ハ只タ商事ニ関シ特ニ判決ノ遅滞ヲ論セントスルモノナルコト之ナリ、則チ約束手形其他商業証券ノ仕払仲裁、契約履行ノ請求、契約ノ不履行ニ因スル損害賠償ノ如キ、争点ノ明白ニシテ毫モ複雑ナル事件ニアラス、法廷ハ単ニ直ニ之カ履行ヲ命令スヘキノミナルニ、然カモ適当ナル時期ニ於テ権利者ヲシテ其権利ヲ伸張スルコトヲ得サラシムルカ如キ、法廷ノ遅滞ハ吾人カ苦情ノ重ナル原因タルナリ
　　　　　第一　バタフイルド・アンド・スワイヤ対　サンドリーチヤイナメン事件
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（違約金支払請求ノ件）
　明治三十四年一月十八日　起訴
　同　　　　　二月十九日　被告弁護士ノ請求ニヨリ弁論延期
　同　　　　　三月廿六日　第一回口頭弁論、証書ノ交付ニ関シ単簡ナル審問
　同　　　　　四月五日　　証人ノ陳述
　同　　　　　四月十七日　被告人ヨリ立会通事ニ関シ異議ノ申立
　同　　　　　四月廿九日　証人ノ陳述
　同　　　　　五月十一日　証人ノ陳述
　同　　　　　五月十六日　判決、原告勝訴
　同　　　　　六月廿四日　被告ヨリ控訴ノ申立ヲ為ス
　同　三十五年一月十八日　控訴審ニ於ケル第一回弁論期日ト定メラレタルモ、被告弁護士病気ノ為メ延期
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　同三月十三日　迅速ニ弁論期日ノ指定アランコトヲ申請シタルモ、尚未タ弁論期日確定セス
本件訟訴中ニ被告人中ノ数人帰国セシニ付キ、裁判確定スルモ判決ノ効果大ニ減スルナラン
　　　　　第二　シ、ウエンベルガー商会対今井及鈴木事件
　　　　　　　　　　　（契約不履行ニ因ル損害賠償請求ノ件）
　明治三十四年一月十八日　起訴
　同　　　　　五月七日　　第一回弁論期日ト定メラレシモ被告ノ申請ニヨリ延期
　同　　　　　五月廿五日　第一回口頭弁論
　同　　　　　六月十七日　第二回口頭弁論、裁判所ニ提出シタル附属書類ヲ被告ニ於テ翻訳センカ為メ、期日ヲ与ヘラレンコトヲ申請ス
　同　　　　　七月二日　　第三回口頭弁論
　同　　　　　九月廿六日　第四回口頭弁論期日ト定メラレシモ、被告ノ申請ニヨリ延期
　同　　　　　十月一日　　判決、原告勝訴、被告欠席
　同　　　　　十一月二日　判決、送達ノ申立ヲ為ス
明治三十五年二月十三日、迅速ニ判決ノ送達アランコトヲ再三申請スルモ、未タ送達ヲ得ス
本件ハ第一回口頭弁論ハ五月七日ト定メラレタルモ、被告ノ申請ニヨリ五月廿五日マテ延期セラル、即チ起訴アリテヨリ第一回口頭弁論ニ至ルマテ四ケ月ノ日数ヲ要シタリ、原告ヨリ本件ニ関スル契約書其他ノ附属書類ハ既ニ正当ニ提出セラレ居ルヲ以テ、法廷ニ於テハ只其契約カ履行セラレシヤ否ヤヲ審査スルニアルノミナリ、本件ニ付キ判決申渡ノ節被告出廷セサリシヲ以テ、判決書被告ニ送達後十四日間ニ故障ノ申立ヲ為シ得ラルヽノ規定アリ、今直ニ判決書ヲ送達シ故障ヲナストスレハ尚多クノ時日ヲ要スヘシ、本件ニ関シ要シタル時日ヲ計算スルニ十三ケ月ヲ費シ居レリ、然シテ尚最終ノ判決ヲ見サルナリ
　　　　　第三　伊太利代理店対日宗銀行事件
　　　　　　　　　　　　　　　　　（約束手形償還請求ノ件）
　明治三十三年三月一日　　起訴
　同　　　　　四月四日　　第一回口頭弁論、書類鑑定ノ為メ閉廷
　同　　　　　四月十三日　第二回口頭弁論被告出廷ナキヲ以テ閉廷
　同　　　　　四月廿三日　第三回口頭弁論
　同　　　　　四月廿九日　原告勝訴ノ判決
　同　　　　　六月五日　　被告控訴
　同　　　　　十月廿三日　被告控訴人ノ欠席ニ依リ控訴棄却トナル
　同　　　　　十一月九日　被告控訴人ヨリ欠席判決ニ対スル故障ノ申立ヲ為ス
　明治三十四年三月卅日　　故障申立ニ依リ欠席前ノ程度ニ復ス
　同　　　　　四月四日　　新弁論ニ基キ前欠席判決ヲ維持スル旨ノ判決アリ、被告ヨリ大審院ヘ上告
　同　　　　　九月廿四日　上告棄却
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此事件ニ付テ見ルニ、原告ハ自己ノ受取リタル手形ノ振出人カ銀行ニ預金セルヲ以テ、其手形ヲ銀行頭取ニ呈示シテ支払ヲ要求スルモ之ニ応セサルヨリ起リシ訴訟ニテ、之ニ判決ヲ下スニ法廷ハ十八ケ月ノ長日月ヲ費シ、其間ニ銀行破産セシヲ以テ手形モ判決モ共ニ何等ノ効力ナキモノトナレリ
　　　　　第四　ボウデン兄弟商会対石原商店事件
　　　　　　　　（契約ニ従ヒ物品ノ引渡ヲ受クヘキ買手ニ要求スル件）
原告ハ其契約ノウチニ仲裁条項アルヲ見出シタルヲ以テ、仲裁人ノ決定アルマテハ何等ノ訴訟ヲモナス能ハサルヲ知リ、被告ヲシテ仲裁人ヲ指定シ事ヲ決スルノ方法ヲ取ラシメンコトヲ命セラルヽノ請求ヲ為スモノニシテ、次ニ挙クル例ニヨリ此種ノ事件ニ於テ如何ニ法廷カ遅滞スルカヲ示スヘシ
　　　　　第五　コルネス商会対明石屋事件
　　　　　　　　（ブラシテン購求者カ其送附サレタル品物契約セシモノト異ナルヲ申立テ、契約ニ取定メタル仲裁条項ヲ強ユル件）
　明治卅四年四月　　　　　起訴
　同　　　　六月十九日　　第一回口頭弁論
　同　　　　七月二日　　　第二回口頭弁論
　同　　　　九月十九日　　第三回口頭弁論、外国人ノ専門家ノ訊問ヲ要スル為メ延期
　同　　　　十月十一日　　第四回口頭弁論、適当ナル立合通事ヲ得サルヲ以テ延期
　同　　　　十一月八日　　第五回口頭弁論
　同　　　　十一月十八日　被告出廷ナキヲ以テ欠席ノ儘判決
　同　　　　十二月十一日　被告欠席ノトキ判決サレシヲ不当トシ故障ヲ申立テ、同法廷ニ於テ他ノ裁判官ニヨリ再ヒ裁判開始サルコトトナル
　明治三十五年一月廿二日　裁判官変リタル為メ始メヨリ訊問ヲ為スコトト為リ、第一回再口頭弁論
　同　　　　二月十四日　　第二回再口頭弁論、証人不在ノ為メ弁論中止
此事件ニ付テ見ルニ契約ノ中ニ「仲裁条項」ナルモノアルハ明カナリ然ルニ出訴セシヨリ十ケ月ヲ経過セルニ仲裁ニ附スヘキ判決ヲ得ス、幸ニ品物ノ額少ナカリシ為メ損失モ少カリシカ、多額ナル取引ニ於テ尚之レト同一ノ危険ヲ来スコト往々之レアリ、法定利率一ケ年六分ナルヲ以テ原告ニ於テ之ヲ要求スルノ権利アルモ、市場ニ於テハ殆ント此利率ニ倍スルノ利ヲ得ラルヘシ、加之品物ハ日月ノ経過ト需用ノ変更ニヨリテ大ニ価格ヲ減セラルヽコトアルナリ
　　　　　第六　ベサニヤ対ピラ会社事件
　　　　　　　　（ベサニヤヨリインヂコ一梱紛失ニ関シ八百円ノ賠償ヲ要求セシ件）
　明治三十四年一月十四日　起訴
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　同　　　　　一月廿八日　訴状ノ送達ヲ為シ被告答弁書提出ヲ命ス
　同　　　　　二月十九日　第一口頭弁論日ト定メラレタルモ延期
　同　　　　　三月廿三日　第一回口頭弁論、証拠書類ノ調査、証人召喚請求許可
　同　　　　　五月二十日　第二回口頭弁論、証人並ニ専門家ノ訊問原告ニ於テ他ノ証人召喚請求ヲナス、裁判延期
　同　　　　　六月十八日　証人ノ訊問、被告ニ於テ他ノ証人召喚ヲ請求セシヲ以テ裁判延期、証人出廷セサルヲ以テ被告ニ於テ請求ヲ取消ス
　同　　　　　七月八日　　原告ニ於テ賠償要求ノ権ナシトシテ却下セラル
　同　　　　　七月三十日　判決書ヲ送附ス
　同　　　　　八月廿八日　原告控訴ヲナス
　同　　　　十二月廿四日　東京控訴院ニ於テ第一回審問、四月十一日マテ弁護士ノ都合ニヨリ裁判延期
第一ヨリ第五マテノ事件ニ於テハ証拠書類ヲ有セルモ、此事件ニ於テハ或種類ノ証明ヲ要シ、其証明ハ時日ノ経過ニ連レテ其効力次第ニ薄ラキ、遂ニ全ク効力ナキモノトナルヘシ
此問題ニ関シ去十月十六日発兌ノ「神戸クロニークル」ニ掲載アリタル一文ヲ記スヘシ
　吾人ハ日本ニ於ケル法廷ノ遅滞ニ深ク注目スルモノナリ、如何トナレハ此事タルヤ日本人タルト外国人タルトヲ問ハス、凡テ商業ニ従事スルモノニ大ナル損害ヲ与フルモノナレハナリ、東京時事新報モ亦吾人ト其見ヲ同フシ、社会ノ注意ヲ惹起サンカ為メニ大ニ勉ムル所アルハ、吾人ノ喜フ所ナリ……
　商事ニ関シタル事件ヲ法廷カ迅速ニ判決ヲ下スコトハ実ニ最大必要タルナリ、或国ニ於テハ商事ニ関シ特別ナル法廷ヲ設ケ居レリ、日本ニ於テモ民事訴訟法ニ普通ノ民事ハ訴訟送達ノ日ヨリ起算シテ二十日後ニアラサレハ開廷セサルモ、為替訴訟ハ二十四時間ヲ経過スルトキハ開廷スルコトヲ得ト規定シ居レリ、然レトモ此規定アルニ拘ラス実際ニ於テ法廷ノ裁判遅滞スルヲ以テ規定ノ精神ヲ失フコト往々之レアリ、時事新報カ本年前半期ニ於テ為替訴訟ノ判決ニ至ルマテニ要セシ時日ヲ統計ニ現ハシ居レリ、其統計ハ左ノ如シ
　　　　訴訟受理ヨリ裁判ノ終結ニ至ル期間
　十日以下ノモノ　　　　　十六件
　二十日以下ノモノ　　　　四十一件
　一ケ月以下ノモノ　　　　百二十三件
　二ケ月以下ノモノ　　　　百三十一件
　三ケ月以下ノモノ　　　　三十七件
　六ケ月以下ノモノ　　　　五十三件
　一ケ年以下ノモノ　　　　十四件
　二ケ年以下ノモノ　　　　十六件
　二ケ年以上ノモノ　　　　三件
 - 第21巻 p.798 -ページ画像 
　合計　　　　　　　　　　四百三十四件
　　　　既決未決ノ比較

　　　　　旧受理　　　新受理　　　　合計　　　　既決
　一月、百七十一件　　七十三件　二百四十四件　五十六件
　二月、百八十八件　　七十件　　二百五十八件　六十一件
　三月、百九十七件　　九十八件　二百九十五件　六十件
　四月、二百三十五件　九十三件　三百二十八件　八十三件
　五月、二百四十五件　七十九件　三百二十四件　百一件
　六月、二百二十三件　三十八件　二百六十一件　七十三件
　七月、百八十八件

　此等ノ事件タルヤ其性質ニ於テ単簡ナルモノナルヲ以テ、大抵開廷当日ニ弁論シ一両日ノ内ニ判決ヲ与ヘラルヘキナリ、若シ最短期二十四時間制ヲ厳行スルトセンカ十日以内ニ全部終結スヘキナリ、然ルニ事実ニ於テ毎月殆ント二百件未決ノマヽ停滞シ居ルヲ見ル、簡単ナル為替事件ニシテ斯ノ如シトセハ、他ノ普通商事裁判ニ於テハ尚ホ一層甚シキモノアラン、此事タルヤ単ニ争訴者ニ不便ヲ来スニ止ラス、経費ノ過多ナルト資本ノ流放トニヨリ大ナル損害ヲ来スモノナリ、加之ナラス裁判遅滞スルノ間ニ被告ニ於テ財産ヲ隠匿スルカ如キ不正手段ヲ為スノ余地ナキニアラス、不正手段ヲ防クカ為メニ仮差押ノ制アリト雖トモ、之ヲナスニハ請求金額ニ比率シ供托金ヲ提供セサルヘカラス、且ツ原告ニシテ其勝算明カナルモ裁判遅滞ヨリ受クル損害ノ大ナルヲ以テ、止ヲ得ス不利益ナル条件ニテ示談スルモノ往々アルニ至ル、其他約束手形ニ振出地ヲ記入スルニ当リ「東京」ノ二字ヲ脱セル為メ無効ノ宣告ヲ受ケタルコトアリ、此ノ如ク只単ニ法律ノ文字ニ拘泥シ事実ヲ無視シ、常識ニ反シタル判決ヲ与フルカ如キコトナカランコトヲ望ム
以上掲ケタル遅滞ノ原因ヲ約説セハ左ノ理由ニ因ルヲ見ル
第一　裁判官並ニ弁護士ノ多数ニ於テ経験ノ欠乏セルコト
第二　原・被両告トモ争点ニ関シ議論ヲ用意シ居ラサルコト、殆ント凡テノ事件ニ於テ、原告弁護士カ事件ノ研究ヲ尽シ居ラス、従テ被告弁護士ニ於テモ、原告ノ弁論ニ対スル議論ヲ用意シ居ラス、此ノ不研究・不用意カ常ニ公判延期ノ重ナル理由トナリ居レリ
第三　裁判官・弁護士共ニ時間ヲ正確ニ守ラサルコト、理由ナクシテ三・四時間ヲ遅延シ出廷スルコトハ屡々アルコトニシテ、原・被両告ヲ苦ムルコト少カラス
第四　裁判官ノ許可ヲ得ルニアラサレハ、証人ヲ召喚スル能ハサルコト原・被両告トモ先ツ各主張ヲ証明シ、然シテ後裁判官ニ於テ証人召喚ヲ必要トスルヤ否ヤヲ定ム、此事タル裁判ニ遅滞ヲ来スノミナラス、時トスレハ之カ為メニ判決ニ誤謬ヲ来スコトアルナリ
第五　現今裁判官ハ隔日ニ出廷シテ事件ノ取調ヲナス、サレト毎日公判ヲ継続スルノ優レルニ若カス、斯ク毎日開廷セスシテ一審問ヨリ他ノ審問ニ至ル間ニ時日ヲ経過セシムルハ実ニ裁判遅滞ノ
 - 第21巻 p.799 -ページ画像 
一原因タルナリ、亦時トシテハ屡々別室ニ於テ会議ヲ開クコトアリ、此レ亦遅滞ヲ来ス原因トナルナリ、外国人ノ関係セル事件ニ於テ智識アル適当ナル通訳官ヲ得サルコトモ遅滞ヲ来ス一因タルナリ
第六　極メテ単簡ナル事件ト雖トモ、其判決ニ至ルマテ多クノ時日ヲ要シ居レリ、然ノミナラス、判決後尚長日月ヲ経テ後始メテ判決書ヲ送附ス、然シテ其判決書ヲ受タル後、尚三十日間ニ於テ控訴スルヲ得ト規定セラレタリ、此ノ如クニシテ遅滞ヲ益々甚シクス
第七　仮執行ヲ容易ニ許サヽルヲ以テ、敗訴者ヲシテ自己ニ不便ヲ来サルヽ限リ最終決定ヲ延期センカ為メ無益ナル出訴ヲナサシム又稀ニ仮執行ヲ許スモ保証金トシテ過大ナル金額ヲ出サシム、仮令ハ近頃東京控訴院カ原告ヲシテ其要求額ト同一ナル金額ヲ出サシメ後之ヲ許セシカ如キ其一例ナリ、之ニ由テ見レハ法廷ハ其下セシ判決ノ正確ナルモノナルヲ自ラ確信セサルカ如ク見ユルナリ
第八　控訴院ニ於テ下級裁判所ヲ経テ来リタル事件ニ再ヒ同一ノ審問ヲナスヲ以テ、下級裁判所ハ只単ニ上級裁判所ニ至ル道筋トセラレ甚タ重キヲ置カレス、之レ実ニ時間ト経費ノ空費ヲ意味ス
裁判遅滞ノ救済策トシテ左ノ方法ヲ提供ス
第一、商事ニ関シ特別ナル法廷ヲ設ケ、商法ニ通シ商事ニ経験アル裁判官ヲ以テ之ニ当ラシメ、商事査定人ヲ設ケ之ヲ補佐セシムヘシ、亦此法廷ニハ実力アル通訳官ヲ置キ、外国人ノ関係セル事件ニ当ラシメ、其費用ハ原・被両告ニ負担セシムルコトヽナスヘシ
第二、英吉利ニ行ハレ居ルカ如ク事件ニ関スル書類ハ一切公判前ニ差出サシムルコトニスヘシ、斯クスレハ事件ノ真相ト争端ノ主意トヲ明カニシ、事件ノ進行ヲ速ナラシムヘシ
第三、(Ａ)裁判開廷ノ日ニハ原・被両告トモ其召喚ヲ望ム証人ト共ニ必ス出廷シ、裁判進行中ハ日毎ニ出廷スルコトヲ厲行セシムヘシ、証人ノ費用ハ先ツ証人召喚ヲ望ミシモノヲシテ支払ハシメ、裁判終結後裁判費用ノ中ニ入レシムヘシ
　　　(Ｂ)裁判開始セハ其ノ終結スルマテ毎日開廷シ、現今ノ如ク隔日ニ開廷スルカ如キコトナカラシムヘシ
　　　(Ｃ)止ヲ得サル事故ノ外ハ原・被両告トモ欠席ヲ許サス、若シ欠席セントスルトキハ口供若クハ文書ニテ其不得止事故タルコトヲ誓言セシメ置クヘシ、原・被両告ノ一方他ノ一方ノ欠席予告ヲ受ケスシテ出廷シ裁判開廷セサル場合ニハ、欠席セル一方ヨリ出席セシ一方ニ出廷費用ヲ払ハシムヘシ
　　　(Ｄ)裁判ヲ延期セントスルトキハ法廷ハ直ニ其理由ヲ附シテ所長ニ報告シ、所長ハ之ヲ司法大臣ニ報告スヘシ
　　　(Ｅ)裁判開廷ノ日ニ出席セサルモノ、若クハ出席スルモ裁判進行上ノ準備ヲ欠クモノニ相当ノ処分ヲナスヘシ、仮令ハ原告ノ場合ニハ其訴訟ヲ棄却シ之ニ裁判費用ヲ負担セシメ、被告ノ
 - 第21巻 p.800 -ページ画像 
場合ニハ其事件ヲ敗訴ニ帰セシメ之ニ裁判費用ヲ負担セシムヘシ
第四、自己ノ怠慢ニ因リテ不利ノ判決ヲ下サレシヲ不服ニテ故障ヲ申立ツルモ許可セサルコトトスヘシ、又許可スルトスルモ容易ニセサルコト
第五、原・被両告ニ判決謄本ヲ与ヘ、裁判所ニ於テ其判決謄本ナルコトヲ証明シ置クコト、然カセハ双方ノ一方控訴セントスルトキ直ニ之ヲナシ得ヘシ
第六、卅日間ニ控訴ヲ許ストアルヲ、十五日間ニ減縮スヘシ
第七、仮執行ヲ直ニ執行セシメ、其保証金ヲ相当ナル額ニスヘキコト
第八、相当ナル理由アルニアラサレハ一切控訴ヲ許可セサルヘシ、斯クセハ軽々シク控訴スルノ弊ヲ防クヲ得ヘシ
第九、法廷ニ於ケル言論ハ凡テ速記者ヲシテ速記セシメ、其費用ハ敗訴者ヲシテ負担セシムシ
以上提出シタル方法ニヨレハ民事訴訟法ノ改正ヲ要スルコト明ナルヘシ、左レト只単ニ改正ヲ要スルノミナラス法官ヲシテ其法ノ適用ヲ誤ラサラシメンカ為メ思慮アル判断ヲ最モ必要トス、今日ハ思慮アル判断ヲ用ユルコトナク法ヲ施行スルモノ其ノ精神ヨリモ寧ロ文字ノ適用ヲ原則トナシ居レリ

東京商業会議所報告　　第一〇三号・第二二頁　明治三五年一二月刊
○第百二十回臨時会議　十一月十七日開
　出席者
　　森清右衛門君　○外十七名氏名略
午後五時三十分開議
会頭渋沢栄一君議長席ニ就キ、先ツ左ノ件々ヲ報告ス
　一　商事裁判所設置ノ義ニ付建議ノ件
　　　　前回臨時会議ノ決議ニ基キ去十月二十九日附ヲ以テ商事裁判所設置ノ義ニ付、内閣総理・司法・農商務三大臣ニ建議書ヲ進達シタリ
○中略
午後六時二十分閉会

東京商業会議所報告　　第一〇三号・第四五―四六頁　明治三五年一二月刊
○同月　○十月二十九日　商事裁判所設置ノ義ニ付、内閣総理・司法・農商務ノ各大臣ヘ建議書ヲ呈出ス（建議書ノ全文ハ前掲セルヲ以テ之ヲ略ス）
○中略
○同月　○一一月五日　商事裁判所設置建議ニ関シ神戸外五十四会議所ヘ参考トシテ写書ヲ送附ス
○中略
○同月　○一一月十日　商事裁判所設置建議書其筋ヘ呈出ノ義ニ付、在横浜外国人商業会議所書記長ヘ通知書ヲ発送ス
○中略
 - 第21巻 p.801 -ページ画像 
○同月同日　○一一月一二日　商事裁判所設置建議呈出ニ関シ横浜外国人商業会議所ヨリ挨拶書ヲ接受ス