デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

明治28年9月27日（1895年）

是日第四回定期会第三日ノ会議ニ於テ、知多商業会議所ノ提案ニ係ル、取引所税軽減ノ儀ヲ建議スルノ件上程サル。栄一、原案ノ趣旨ニ賛成ナルモ軽減率ニ就キテハ尚各会議所ニ於テ研究シタキ旨ヲ述ブ。栄一ノ主張ノ如ク決定サル。

明治二十八年九月開設
第四回商業会議所聯合会報告　　第三八―四一頁　刊
○第十四号議案
　　　　取引所税ノ軽減ヲ希望スルノ建議
取引所税法（明治廿六年三月三日法律第六号）ニ於テ商品及有価証券ノ定期売買ニ課セラルヽ税金ハ売買各約定代金高万分ノ六個ナリ、如斯キ重税ハ他ニ其例ヲ見ル事尠クシテ殆ント禁止税ノ性質ヲ具ヘタルモノヽ如シ、抑モ取引所ナルモノハ最モ必要ノ商業機関ニシテ、其発達ハ国家経済ニ大関係ヲ有スルニモ拘ハラス、斯ル税率ヲ課セラルヽハ蓋シ法律規定ノ当時世間尚ホ其効用如何ヲ覚ラス、往々公許賭場ノ看ヲ為スモノアルニ職由セルガ如シ、今ヤ全国ノ取引所其数既ニ壱百有余ノ多キニ達スルモ、顧ミテ其実況ヲ察スレバ、過半ハ萎靡振ハス中ニハ衰運ノ甚シキ維持ニ苦ムモノアルニ至ルヲ聞ク、憶フニ当初一時ノ風潮ヲ趁ヒ競フテ之ヲ設立シタル反動ノ結果ト目スヘキモノモアルヘシト雖トモ、課税ノ重キカ為メ創設ノ取引所ニ於テ収支相償ハスシテ斯ル悲境ニ陥リタルモノ実ニ尠ナカラサルヘシ、左レハ頽勢ヲ今日ニ挽回シ、以テ取引所事業ヲ発達セシメントセハ、先ヅ其税率ヲ軽減シテ、商品及有価証券ノ定期売買ニ於テハ各売買約定代金高万分ノ三個トセハ、課税ノ目的ト商業発達ノ目的ト其ノ正鵠ヲ得ルニ庶幾カルヘシト信ズ
或ハ曰ク、今ヤ国用多端ニシテ国庫ノ収入ヲ増加セントスルハ上下挙
 - 第22巻 p.46 -ページ画像 
ケテ熱心ニ講究スル所ナリ、此時ニ当リ惟リ取引所ノ税率ニ於テ軽減説ヲ為スハ憂国者ノ忍フヘキ所ナランヤト、吾人ヲ以テ之ヲ観レバ、斯ル論者ハ徒ラニ其名ヲ衒ヒ其実ヲ察セサルノ徒タルヲ免レサルナリ試ニ思ヘ、現行ノ取引所税法其モノヽ為メニ全国取引所ノ過半ハ其維持ニ苦ミ、終ニ解散ノ不幸ニ至ルモノナキニシモアラサルヘシ、之レニ反シ其税率ヲ軽減セン乎、啻ニ国庫ノ収入ヲ増加セサルノミナラズ却テ之レカ為メ取引所ノ繁昌ヲ来シ、売買高ノ多キニ至ラハ自ラ納税額ヲ増加スルニ至ルヤ必セリ、果シテ然ラハ其名ハ減税ナリト雖モ国庫ノ収入ヲ増加スルノ結果ハ其実ニ於テ増税ト均シキモノアルニアラスヤ、戦後経済ノ要ハ商業ノ発達ヲ促シ併セテ国庫ノ収入ヲ増加スルニ在リトセハ、斯ノ如キ一挙両得ノ良策ハ一日モ蹰躇スヘキモノニアラサルヘシ
殊ニ取引所ノ妙ハ売買ノ正確ヲ担保シ、以テ取引ノ円満ヲ図ルニ在ルヲ以テ、取引所ニ於テ定期取引所又ハ類似ノ売買ハ法律ニ於テ厳正ノ制裁ヲ加ヘテ禁止スル所タリ、然ルヲ取引所内ニ於ケル売買取引カ重税ヲ課セラルヽガ為メ、動モスレハ無智ノ徒之レヲ逋レント欲シテ或ハ違法ノ売買ヲ為スノ弊害ヲ醸生スルアリ、斯ル弊害ヲ未発ニ防止スルハ単ニ取引所カ適法ノ取締リヲナスノミニ於テ必シモ満足スヘキニアラズ、若シ取引所内ニ於ケル売買ニシテ課税ノ重キヲ感セサラシメ以テ仲買人ヲ利導スルアラハ、其徳義ヲ完フセシメテ益々取引所ヲシテ其ノ妙ヲ発揮セシムルニ至ラン
右ノ趣旨ナルヲ以テ、取引所税ヲ軽減スルハ商業機関ノ発達ヲ促シ、併セテ国庫ノ収入ヲ増加シ、特ニ取引所仲買人ノ徳義ヲ全フセンモノト確信スルヲ以テ、本会ニ於テ之ヲ決議シ、主務大臣及ヒ貴衆両院ニ申請セラレン事ヲ希望ス
　　　　　　　　　　　　　　　　　知多商業会議所
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　委員　榊原由一
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　同　　稲生治右衛門

明治二十八年九月開設
第四回商業会議所聯合会議事概録　　第四八―五二頁　刊
　　　○第三日　〇九月二七日
○上略
　　午後一時十五分休憩
　　午後三時二十分開議
会長（奥田正香君）　是ヨリ第十四号議案取引所税軽減ノ件ニ対シ第一読会ヲ開ク
　書記長朗読
　　第十四号議案　　（知多提出）
　　　　取引所税ノ軽減ヲ希望スルノ件
第二十三番（榊原由一君）　理由ハ既ニ本案ニ尽シアルガ、尚ホ或ル筋ノ調査ニ拠レハ、全国各取引所百有余個所ノ三分ノ二ハ重税ナルガ為メニ維持スル能ハスシテ将サニ解散セントスル苦境ニ陥リツヽアリト云ヘリ、是レ甚タ痛嘆ニ堪ヘス、玆ニ此税ヲ軽減スルハ之レガ救済策トシテ必要ナリ、其将サニ倒レントスルヲ救済シテ依然営業セシムル
 - 第22巻 p.47 -ページ画像 
ヲ得ハ国庫ノ収入亦之レニ依テ増加セン、抑モ国庫ニ注入スル税源ハ渺漠トシテ広且大ナルヲ要スト雖トモ、徒ラニ税率ヲ重クスルヲ以テ収入ヲ増スモノトハ言フベカラス、過重ナルガ為メニ其業ヲ廃止スルモノアレバナリ、取引所ノ現状已ニ然リトス、斯ノ如キハ啻ニ国庫ノ不利ナルノミナラス、国家経済ニ必要ナル商業機関ノ発達ヲ阻害スルニ至ルベシ、本案提出ノ要則チ是ナリ、伏テ乞フ全会一致以テ速カニ決議アランコトヲ
第三十四番（安田和助君）　我会議所モ本案ト同希望ヲ有シ提出案トシテ持参シタルガ、承ハレハ已ニ知多会議所ヨリ提出アリシトナリ、故ニ之ヲ賛成スルコトニ為シタリ、此軽減ヲ実行スルハ目下焦眉ノ急ナリ、現ニ仲買人ノ如キハ他ノ委托ヲ受クルノ外自ラ売買スルヲ得サル禁令アルモ、取引所税ノ苛重ニシテ其収利ノ少ナキガ為メニ窃カニ手ヲ下スニ至ルハ実情ノ制シ得サル所ナルニアラスヤ、其他取引所ノ沿革ニ依テ従来ノ経歴ニ徴スルモ其弊害一ニシテ足ラス、斯ノ如キハ殆ント禁止税ノ性質ヲ含ムガ如キ税率ノ苛酷ナルニ起因セサルハナキナリ、今ニシテ之レヲ軽減スルハ実ニ時機ノ必要ニ投シタルモノナルヤ言ヲ俟タス、故ニ之ヲ賛成セリ
第十四番（須永信夫君)　多言ヲ要セス、単ニ原案ヲ賛成ス
第十番（大西五一郎君）　大体ハ賛成ナルガ殆ント禁止税ノ性質ヲ含ムト云フニ至テハ少ク疑ヒナキ能ハス、蓋シ取引所税ハ他ノ会社税ト粗ホ同一ノモノナレバナリ、要スルニ万分ノ六ヲ改メテ万分ノ三ニスルガ適当ナルヤ否ヤ、又之ヲ改正シタル結果トシテ減税ガ却テ増収トナル事実アルヤ否ヤト云フノ点ヲ能ク調査シタル上ニ賛否ノ意見ヲ陳ルコトニ致シタシ、即チ本案ハ調査ノ為メ宿題トセラレンコトヲ希望ス
第九番（亀岡徳太郎君）　本案ノ要ハ第一ニ税率ノ多額ナルガ為メニ取引所ノ萎靡トシテ振ハサルヲ痛嘆シ、第二ニ国庫ノ収入ヲ増スガ為メニモ減税セサルベカラスト云フニアリ、熟ラ考フルニ、取引品ノ重ナルハ株式及米穀ニシテ、又全国ニ其取引所ノ重ナルハ東京・大坂・京都等ナルガ、各取引所株ノ売買価格ニ拠レハ、五拾円払込ニシテ現今東京ハ四百弐拾円内外、大坂ハ三百余円トナリ、京都モ亦相応ノ価位ヲ保チ居レリ、利益配当ノ多額ナルガ為メナルハ言ヲ俟タサルナリ、而シテ取引所ハ現ニ今日当地ノ新聞ヲ見ルニ越前等ニモ創設スルトノ記事アリ、然レハ税率ノ多額ナルガ為メニ萎靡振ハサルノ実績ナキニアラサルモ、税法ハ漸ク明治二十六年ニ制定シタルモノニシテ未タ僅カ二・三年ニ満タス、殊ニ時勢ハ日ニ月ニ進化スルモノナレハ左マテ憂フルニハ足ラス、若シモ果シテ本案理由ノ如キ事実ナリトセハ将来事業ハ起ラサルベシト雖トモ、営業事業ハ斯ノ如キモノニアラス、其中ノ幾分或ハ少数ノ部分ニ対シテハ必要モアランガ、取引所ノ全体ヲ推シテ之ヲ焦眉ノ急ナリト云フニ至テハ未タ遽カニ賛成ヲ表スル能ハス、去リトテ其全部ヲ排斥セントスルニハアラサルガ、要スルニ商業会議所トシテ斯ル建議ヲ呈出セントスルニハ充分ニ力ヲ加ヘ調査スルコトニ致シタシ、故ニ宿題説ヲ賛成ス
第三十四番（安田和助君）　九番ハ取引所法実施以降未タ三年ニ満タスト云フモ、已ニ二十二年ヨリ実施セリ、則チ七年ヲ経過シ居レリ、又
 - 第22巻 p.48 -ページ画像 
東京ナリ大坂ナリ都会ノ地ニ在テハ敢テ痛痒ヲ感セサルカナレトモ＠取引所ナルモノハ地方ニ於ケルモ商業上最要機関ナリ、其発達ヲ図ルニハ宜シク税率ノ軽減ヲ要ス、仲買人ガ売買数ヲ呑ムト云フガ如キ弊習アルモ之レガ為メナリトハ前回已ニ陳ベタルガ如シ、夫等ノ弊習アルガ故ニ、天下自然的ノ相場モ動モスレハ人為的相場ヲ出シテ市場ヲ惑乱スルニ至ルナリ、今ニシテ之ヲ軽減セハ、快ク其税ヲ出スコトヲ得テ自カラ弊習ノ跡ヲ絶ツニ至ラン、宜シク御賢考アリタシ
第十八番（貝塚卯兵衛君）・第五番（浜岡光哲君）・第二十七番（三浦碧水君）・第四十二番（徳永安兵衛君）ハ皆本案ノ大体ヲ賛成ス
会長（奥田正香君）　採決セン、原案賛成者アリ、他ニ宿題説アルガ、敢テ廃案ノ意アルニアラス、依テ大体ハ異議ナキモノト認メ、玆ニ第一読会ヲ可決シ置クナリ、而シテ宿題トスルノ可否ヲ決セン、宿題希望者ハ起立
　　起立　　少数
会長（奥田正香君）　少数ニシテ成立セス、逐テ第二読会ヲ開クベシ
第三十四番（安田和助君）　最早会期モ明後日一日ニ迫レリ、其中明日ハ休会ノ筈ナレハ、本案ノ如キハ直チニ第二読会ヲ開カレタシ
第十四番（須永信夫君）・第十八番（貝塚卯兵衛君）・第三十番（中村藤吉君）ハ三十四番ニ賛成ス
会長（奥田正香君）　然ラハ直チニ第二読会ヲ開カン、議案ノ朗読ハ省略ス
第一番（渋沢栄一君）　修正意見ヲ提出セン、此取引所税ヲ万分ノ三ニ軽減スルガ適当ナルヤ否ヤハ急速ノ場合ニ其意ヲ決スル能ハス、場所ニ依テハ経験ヲ異ニスレバナリ、已ニ三十四番ヨリ御叮嚀ナル演説アリシモ、先ツ大体ヲ以テ議決シ、万分ノ三ト云フコトハ此会ニテ決議スルヲ欲セス、宜シク各会議所ニ持帰リ、充分ニ調査シタル上相当ノ減税意見ヲ開申スルコトヽ致シタシ、要ハ万分ノ三ト云ヘル文字ヲ取除キタキ意見ナリ
第三十四番（安田和助君）　蓋シ万分ノ三ト云フコトヲ説明書ニ加ヘタルハ万分ノ六ノ苛重ナルコトヲ明示センガ為メナルベシ、兎ニ角軽減ヲ必要トセハ夫レニテ満足ナリ、抂ケテ一番ニ賛成ス
第六番（中村栄助君）　一番ト同感ナリ、願クハ此表題ダケニテ決議シ置キタシ、精神ガ之レニ当ラサレバナリ
第二十七番（三浦碧水君）　一番ト同意ナリ、尚ホ理由ノ点ニ至テハ弊害ヲ矯メルト云フヲ主トシ、六番ノ如クニシテ決セハ満足ナリ
第十八番（貝塚卯兵衛君）　一番ニ賛成スルガ、別ニ異議ナクハ第三読会ヲ省略センコトヲ希望ス
第三十七番（水登勇太郎君）　二十七番ハ弊害ヲ矯正スルガ主デアルト云ヘリ、之レハ同感ナルガ、提出者ノ御考ヘハ如何
第三十一番（村田六之助君）　仲買ニ呑ムト云フコトガ行ハル、弊害トハ是等ノ謂ナリ、軽減ト共ニ規律ヲ厳正ニ実行シテ之レガ弊害ヲ矯メルコトニ致シタシ、然ラサレハ軽減ノ論旨ガ立タサルベシ、故ニ減税ノミノコトヲ以テセス、其方法ヲ立テヽ之レニ依テ矯正スト云フニ於テハ固ヨリ希望スル所ナリ
 - 第22巻 p.49 -ページ画像 
会長（奥田正香君）　採決セン、一番ノ説モ税サエ減スレハ宜シト云フニアラス、詳細ノコトハ各地会議所ニ持帰リテ調査スルトノ意ナレハ之レニ対シテ異議ハナカルベシ、左様ニ決定シテハ如何
　　　（満場異議ナシ）
会長（奥田正香君）　然ラハ弊害ヲ矯正スルガ為メニ軽減ヲ希望スルト云フコトニ決シ、之ヲ以テ確定ト為ス、御了知アリタシ、本日ハ之レニテ閉会ス
　　午後四時五十分閉会
　　　○本会ノ決議ニ基キ東京商業会議所ハ明治二十八年十二月二十四日、取引所税法ヲ改正シテ賦課ノ標準ヲ売買約定代金ヨリ手数料収入額ニ改正シ、其税率ヲ軽減センコトヲ其筋ニ建議セリ。本資料第二十巻「東京商業会議所」明治二十八年十二月二十四日ノ条参照。
　　　○取引所税法ハ大正三年ニ至ルマデ改正サレズ。同年法律第二三号ヲ以テ取引所税法制定セラレ、第一条ニ於テ「取引所ニハ売買手数料収入金額百分ノ十五ノ割合ニ依リ取引所営業税ヲ課ス」ト規定セラレタリ。（法令全書大正三年上巻）