デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

7章 経済団体及ビ民間諸会
2節 其他ノ経済団体及ビ民間諸会
5款 地租増徴期成同盟会
■綱文

第23巻 p.38-61(DK230007k) ページ画像

明治31年12月15日(1898年)

是月十三日東京・京都・大阪・横浜四市ノ実業家聯合シテ地租増徴期成同盟会ヲ組織スルニ決シ、是日発会式ヲ挙ゲ栄一会長ニ選バル。次イデ十七日帝国ホテルニ招待会ヲ催シ、栄一、一場ノ挨拶ヲナス。


■資料

東京日日新聞 第八一五二号 明治三一年一二月一四日 地租増徴期成同盟会(DK230007k-0001)
第23巻 p.38 ページ画像

東京日日新聞  第八一五二号 明治三一年一二月一四日
    ○地租増徴期成同盟会
東京・京都・大阪・横浜四市の実業家、渋沢栄一・大倉喜八郎・益田孝・大江卓・尾崎三良・片岡直温・大谷嘉兵衛・渡辺福三郎・高木文平・浜田健次郎・前川太郎兵衛・渡辺治右衛門・浅田正文・梅浦精一横山孫一郎・雨宮敬次郎氏等二十余名は昨日帝国ホテルに会合し、各地実業家を糾合して地租増徴期成同盟会なるものを組織することに決し其趣意書の起草委員として渋沢・大倉・益田・大江・尾崎・片岡・浜田・大谷・渡辺(福三郎)・高木の十氏を選挙し、本日正午迄に脱稿せしむることとなれり、又同会にては過日伊藤侯爵招待会に出席したる府下の実業家を本日正午より帝国ホテルに招待し同会設立の事を発表し、引続き大運動を為す筈なりと


東京日日新聞 第八一五三号 明治三一年一二月一五日 地租増徴期成同盟会(DK230007k-0002)
第23巻 p.38-39 ページ画像

東京日日新聞  第八一五三号 明治三一年一二月一五日
    ○地租増徴期成同盟会
  昨日午後二時より同会の檄文起草委員集会し、左の檄文及会則を議定せり
    檄文
嗚呼邦家今日の状態は実に言ふに忍びざるものあり、戦勝後の帝国は戦勝後たるの盛名に対して果して能く其信威を保全し其実力を充足し得たる乎、戦後経営すべき幾多の国家事業は幸に能く遂行完成するの緒に就くを得たる乎、吾人は不幸にして然りと答ふること能はざるなり、豈に慨歎すべきの極ならずや
抑も我国をして今日此の悲況に陥らしめたるの原因固より一にして足らずと雖も、吾人は之が最大主因として我が財政の基礎《(のカ)》を鞏固ならざるの一事を推すに躊躇せざるなり、而して既に財政基礎の不鞏固を以て国家萎靡の主因となすや、之を匡済するため吾人が今日に施すべき方策亦自ら知るべきなり、即ち国家経営に伴ふ必需歳出に対し確実適量の歳入増加を必期するにあるのみ、而して今日に於て此目的を達せんと欲せば、地租の増徴を措きて他に至適至当の方策あるを知らざるなり
吾人固より漫に地租の増徴を喜ぶ者にあらず、然りと雖も今日の場合実に已むを得ざるものあればなり、公平無私の観察を下し国家の現状
 - 第23巻 p.39 -ページ画像 
を知悉する者誰れか今日に於て此の挙を否認せむ、彼の区々零砕なる財源を渉猟して不定不明の歳入を恃むが如き、又は姑息手段に依頼して一時を弥縫せむことを謀るが如きは、決して財政の基礎を鞏固にし財政整理の本旨を完くし、国家をして安泰ならしむるの要道に非ざるなり
嗚呼本議会に於ける地租増徴案の成敗は実に国家安危の由りて定る所なり、而して地租増徴案の成敗は一に同志諸子の尽力の大小強弱に依りて決す、諸子が国家の為めに奮起すべきは実に此の秋なり、諸子が宿昔の志を伸張し、以て我が経済実力を拡充するの基礎を確立するは実に此の機会に在り、今日に於て本会の起る豈に偶然ならんや、本会は大義以て公に奉じ、至誠以て邦家に尽さんとするの士を糾合し、以て真正なる輿論を表し、本議会に於て地租増徴案の通過せんことを必期するものなり、志を同くし憂を共にするの士よ、奮励努力相誓ひ互に助け一日も速に本会の目的を貫徹せしめよ、檄して以て全国の同志に告ぐ
    地租増徴期成同盟会々則
第一条 本会は財政の基礎を鞏固にするため地租増徴の決行を期するを以て目的とす
第二条 本会は本会の目的を賛成する者を以て組織す
第三条 本会は当分事務所を帝国ホテル内に置く
第四条 本会には会長一名・評議員三十名及《(マヽ)》び幹事五名を置く
第五条 会長は会員中より之を推薦し、評議員及幹事は会長之を指名す
第六条 本会の目的を達するに必要なる方法手段は評議員会の決議方針に依り幹事之を決行す
第七条 本会に書記若干名を置き、幹事之を選任す
第八条 本会の経費は会員の寄附金を以て之に充つ


東京日日新聞 第八一五四号 明治三一年一二月一六日 地租増徴期成同盟会の発会(DK230007k-0003)
第23巻 p.39 ページ画像

東京日日新聞  第八一五四号 明治三一年一二月一六日
    ○地租増徴期成同盟会の発会
予報の如く昨日午後三時より帝国ホテルに於て開会せり、来会者は渋沢・大倉・益田・今村・浅野・浅田・豊川・菊地(長四郎)・渋沢(喜作)・相馬永胤・高島(嘉右衛門)・尾崎・馬越・雨宮・成川・渡辺(福三郎)・渡辺(治右衛門)・竹内・田中(平八)・横山・小野・渡辺(洪基)・山中隣之助・大江・塚原(周造)・園田(実徳)・土居通夫(大阪)・亀岡徳太郎(同上)・片岡直温(同上)・高木文平(京都)・雨森菊太郎(同上)・堤弥兵衛(同上)・中村栄助(同上)の諸氏等無慮二百余名にして、先づ渋沢栄一氏を会長に推選し、同氏も之を承諾して会長席に就き評議に掛りしが、檄文(昨日記せしもの)其他の事総べて、評議員・幹事を左の諸氏に指名したり、但し評議員は七十名の規定にして未だ其数に満たざれども追々に指定する筈なりと
○下略


東京日日新聞 第八一五六号 明治三一年一二月一八日 地租増徴期成同盟会(DK230007k-0004)
第23巻 p.39-40 ページ画像

東京日日新聞  第八一五六号 明治三一年一二月一八日
 - 第23巻 p.40 -ページ画像 
    ○地租増徴期成同盟会
東京を首め各地方商工業者の殆ど期せずして其志を同くし、国家の為め尽瘁するの目的を以て組織せられたる地租増徴期成同盟会の大懇親会は予期の如く昨日帝国ホテルに開かれたり、午後二時と云へる参集定刻前後より陸続車馬を駆りて来合せしは貴族院議員・憲政党及国民協会の前代議士並に院外有志者、東京・大阪・京都・神戸・名古屋其他の各商業会議所員及東京其他各地方の商工業家にして ○中略 無慮五百余名と註せられ、孰れも其地方に於ける有数の人々なり、尤も憲政党及国民協会並に中立の代議士は衆議院に出席し、午後二・三時頃は議事の真最中にて来会遅刻すべしとの報ありければ、之を待つは已に来会せる五百有余名の人々に対して如何とて、之を待たずに開会する事となり、午後三時半渋沢栄一氏は会員総代として拍手に迎へられ設けの壇上に起ち、先づ来会者一同に対して挨拶を為し、本会は東京を始め各地商工業者の期せずして其志を同くし玆に本会を組織するに至りたる旨を述べ、夫れより今日国家の急務は財政の基礎を鞏固にするに在り、其方法は地租増徴を外にして他に確実の道無き事を断言し(此時拍手満堂を動かせり)商工業者の国家に於ける関係を説きて、国家の為めに尽瘁すべきは今日の急務已むべからざる事を述べ、我々商工業家も粒々辛苦の実情を知悉するも今日国家の生存上昔日の如きを得ず、商工業者にも種々困難なる諸税を課せらるゝ場合、且つ農家の収入昔日に増して納租は昔日の如き今日なれば、国家の急務のため地租増徴は殊に已を得ざる所にして、百分の二半を四に引上げらるゝ如きは敢て農民の苦痛堪難き所に非ざるべしと説き、要するに我々商工業者は一点政治上の欲望あるに非ず、一片国家の急務を思ふの微衷自ら禁ずる能はず、国利民福を増進し国家の進運に伴ふは地租増徴以て財政の基礎を鞏固にするに在るを信じ、本会を組織したれば、幸に来会諸君の賛同に依り其力を得て地租増徴案の議会に通過せらるゝの好結果を見るに至らば、国家の慶福なりと結論を拍手の間に降壇し、次に登壇ありしは貴族院議員中有名の老政治家にして謹厚の評高き由利公正君なり ○中略 次は板垣伯の登壇あり ○中略 夫れより立食の饗宴に移り会員互に款晤を交へ和気靄然共に国家の急務を談じたりしは近頃珍しき盛会なりし、又午後五時に至り衆議院散会の報あり憲政党及国民協会並に中立の代議士四時過ぎより続て来会し、半ば散会の後ちなりしも残れる人々と相集りて又々非常の盛会となり、互に歓を尽し全く散会せしは午後七時なりき


竜門雑誌 第一二七号・第二二―三四頁 明治三一年一二月 ○地租増徴期成同盟会(DK230007k-0005)
第23巻 p.40-49 ページ画像

竜門雑誌  第一二七号・第二二―三四頁 明治三一年一二月
    ○地租増徴期成同盟会
渋沢栄一・大倉喜八郎・益田孝・中上川彦次郎・渋沢喜作・大江卓・大谷嘉兵衛・近藤廉平・園田実徳・浅田正文・渡辺治右衛門・尾崎三良・末延道成・片岡直温・山本亀太郎・梅浦精一・前川太郎兵衛・高木文平・横山孫一郎・渡辺福三郎・森作太郎・浜田健次郎諸氏を始め東京・大阪・京都・横浜・神戸等の紳商及商業会議所代表者五十四名は十二月十三日帝国ホテルに集会し、協議の末地租増徴期成同盟会を
 - 第23巻 p.41 -ページ画像 
組織するに決し、同会の規約及全国同志者に頒布する檄文を起章する為め渋沢・益田・大倉・尾崎・大谷・大江・高木・渡辺(福三郎)・浜田・片岡諸氏を委員に選挙して散会せり、越ゑて十四日午後四時より帝国ホテルに於て発会式を挙げたり、全国各地の実業家の来会するもの百数十名、渋沢栄一氏簡明に同盟会組織の趣旨を演説し、終て会則其他を議定し、会長・幹事及評議員選挙を終り、運動方針に就て若尾逸平・福地源一郎・尾崎三良・片岡直温の諸氏交々起て意見を陳べ大体の方針を決定せり、其結果公にせられたる檄文・会則・役員等は左の如し
   ○檄文・会則ハ前掲ニツキ略ス。
 会長    渋沢栄一
 幹事    大倉喜八郎  大江卓   片岡直温
       横山孫一郎  高木文平
 評議員   伊藤幹一   今村清之助 豊川良平
 大谷嘉兵衛 尾崎三良   渡辺福三郎 若尾幾造
 柿沼谷造  渡辺治右衛門 吉田幸作  高橋是清
 園田実徳  中沢彦吉   中島行孝  山中隣之助
 安田善次郎 松下覚之丞  益田孝   馬越恭平
 浅田正文  浅野総一郎  渋沢喜作  末延道成
 加東徳三  雨宮敬次郎  小野金六  北村英一郎
 根津嘉一郎 西川忠亮   岩谷松平  三枝与三郎
 成川尚義  菊池長四郎  田中平八  相馬永胤
 原六郎   岩出惣兵衛  梅浦精一  喜谷市郎右衛門
 脇山格正  小林吟四郎  杉村甚兵衛 前川太郎兵衛
 土居通夫  浜岡光哲   浜田健治郎 今西林三郎
 宮津賢二郎 前川槙造   亀岡徳太郎 奥田正香
 鈴木惣兵衛 若尾逸平   山本亀太郎 堤弥兵衛
 中野忠八  中村栄助   雨森菊太郎 錦池千鶴之助
 柴谷武次郎
同盟会は十七日をトし帝国ホテルに於て盛なる招待会を催したり、当日の来会者は貴族院議員、憲政党及国民協会の代議士・前代議士・中立議員並に院外有志者、其他全国要地の商工業者無慮五百余名と註せられ、定刻に及び渋沢会長演壇に進み来会者一同に対して挨拶を為し次で由利子爵、板垣伯爵の演説あり、終て来会者一同を食堂に誘ひ立食の饗宴に移り、更に欣晤を交へ和気靄然共に国家の急務を談し非常の盛会なりし、当日の演説は尽く左に採録せり
    △渋沢会長の挨拶
私は此会の代表者と致しまして臨場の諸君に一言申上まする様に仕ります、此目的の下に成立ちました会合は其成立と共に一応我々の希望を貴衆両院の代議士諸君に陳情を致し、又此会の成立ちました事情をも併せて申上置かうと考へまして今日此会を開きまして尊臨を請ふたので御座ります、幸に諸君の御賛同を得て斯く御賁臨を蒙りましたのは会員一同此上もなき有難き仕合せで御座ります、先づ以て此御光臨を辱ふしました御礼を申上げます
 - 第23巻 p.42 -ページ画像 
諸君も御承知下し置かれまする通り、吾々は世に所謂実業家即ち商工業に従事する者でございますから、政治と申す観念は兎角薄い疎いと云ふて世の中に始終謗られる程にある吾々共でございます、斯る政治に類する如きの会などに於ては成るべきだけ身を避け居ると云ふ有様で厶ります、然るに斯様に偶然にも独り東京のみならず、大阪に京都に或は横浜に神戸に名古屋に岡山に山梨に、各県の吾々と業を同うし志を同じうする人が、期せずして相会して此大会が組織されたと云ふのは、大に理由あると云ふ事を先づ以て充分な御観察を願ひたいと考へるので厶います、既に斯く申上げる栄一などは、殆ど此政治の欲望は疾うから死灰に附して居ました、トント熱気のないと云ふ如き人間でありますから、決して斯様の企てが他の誘導とか皷舞とか云ふ様な事から成立つたでないと云ふ事は定て諸君が十分御信じ下さるであらうと思ふので厶います、併し玆に吾々の組織致しまして地租増徴を希望致しまする所以は、如何に左様に政熱を持ちませぬでも、国家が大切だと思ふに於ては躊躇出来ませぬ、と云ふ観念から組立てられたので厶います、我々商工業者は之を欧米に比較して見ますると悲ひ哉、実に幼稚である、況んや維新前に在ては商工業即ち今申す実業者と云ふものは最も世の中に疎んぜられ殆んど四氏の最下級に居ると云ふ有様であつた、宜なり其事業も甚だ進歩せなんだ、併し維新の今日は決して左様な制度を以て此国を進める訳には参らぬ、政治家も学者も又我々共も大に力を尽し其気運を恢復致したと申して宜しい、併ながら吾日本の商工業をして縦令欧米に比較し得るまでに至らずとも、東洋に於ての中心たらんと欲するは容易な事業でないと云ふことは、尚ほ政治の進歩、軍備の拡張と云ふことと決して其軽重は余り軒輊はなからうと迄、私共は思ふので厶います、而して殊に維新……廿七・八年戦争の以後に在ては此東洋の政治気運も大に変て参りましたが為めに之と同時に商売に於ての気運も昔日と面目を改めましたと申さぬければならぬ、丁度政治に注意し軍備に注意すると同時に、我々の商工業に於ても、大に鼓舞作興を図らねばならぬ時期であらうと考へるのです、若し前々申す通り願くは日本の商工業をしてせめて東洋にたりとも中心たることを得やうと考へるならば、第一に支那・朝鮮などに向ての我々の施設して行かねばならぬことは、どれ程であるかと云ふ事は諸君宜しく御考を蒙りたいと思ふので厶ります、左様に前途に仕事も多し、又己れにある力よりも尚多勢に進まねばならぬと云ふ時期に向て居りまするのに、戦捷後大に喜んだ、一体の世間の有様はどう云ふ域に走つたと申すと我々は大に憂慮に堪へぬものが厶ります、我々玆に会合を致した者共は、各種の実業家から成立ちましたから皆同一の思想を持つて居るとは申されませぬが、其中の或る部分即ち東京商業会議所の如きは既に明治廿九年からして此諸般の拡張に付て聊か注意することがあつて、其筋へ建議したこともあるけれども世の気運の進みから決して我々の婆心衷情をも充分に徹底せず、凡ての設備はどうしても進みに傾いた、政府の財政にしても然り民間の事業も尚ほ共に走らざるを得ず、勢ひ大に経済上に対して各種の施設がドウ過大したと云ふことは吾々も与て罪が厶いませうが、併し気運として已むを
 - 第23巻 p.43 -ページ画像 
得ぬと言はねばならぬで厶います、但し其程度を超へたに就ては自から世態で昨年今年に掛けては或は金融の逼迫とか一般の不景気とか云ふて自然の摂生を加へるでは厶いませうが、其摂生の為めに総ての物が萎縮頽廃したならば前々希望する此世の中の進み、殊に東洋支那あたりの百事の進みに伴ふて日本が充分な事を為し得られるや否や、支那は軍さに負けたで厶いませうが、併ながら其あとの有様を見ますると、例へば鉱山に鉄道に他国の資本もドシドシ這入り、他国の智識も色々に輸入して我々が彼是と云ふて居る間に、彼国の運搬も甚しきは我々をして後に瞠若たらしむると云ふ場合に至るも知れぬので厶います、斯様な気運に向て居りますのに我国は却て此戦捷の余栄は受けたが此実業に対しては夫に伴ふ進歩を見る事が出来ないと云ふは、決して我々のみの不幸では厶いませぬ、国家が共に不幸と御覧下さらねばならぬと思ひまするので厶います(拍手)而して此経済と云ふものが完全に発達して行くは種々なる原因に依りませうが、日本の如き是迄の習慣としてもが此国家の財政が鞏固になりませねば経済に対して相当の融和を与へると云ふ事の出来ぬ、是は多言を述べぬでも皆様が左様だと仰つしやるに相違なからうと考へる(拍手)さて其財政を鞏固に致すと云ふことは今日の場合如何なる方法手段があるかと考ましたならば、勿論其事一にして足らぬとは申されませうが地租を増加すると云ふ事は実に已むを得ざるに出でゝ、ドナタでも御承知の事柄であらうと思ふので厶います(拍手)
斯様に申上げる我々商工業者が単に地租を増す事を希望すると云ふことは甚だ心苦しい申分、又身分に対して障りの多ひと云ふことも我々能く知つて居る、斯く申す渋沢は埼玉県下の百姓で、鋤鍬を担いで廿四・五迄は農事に従事致して居りました、随分粒々辛苦の艱難も嘗めました、稼穡の難いと云ふことも一通りは心得て居る、其頃から致して税を取られるは辛ひものだと云ふことは、身に染みて能く覚へて居る、維新の初め過つて聊か官に居りました頃にも、ドウしても此根本なる農税をモウ一層減制せねば国家の富は進まぬと云ふことは決して私は人様の教を受て其説を唯口が覚へて言ふたでもない、衷情其事を述べて其時の有志諸公とは計つたことがある位で厶います、併し今日此の地租増徴を論ずるのは、決して其場合の念慮はモウ東京の商売人となつて段々に年と共に変化して了簡が変つたと云ふ評論は、私は受ける積りでは厶りませぬので、全く其事を言変へさせる理由が事実になつて存すると私は申したいのでございます、細かい計数を挙げて玆に論駁をする必要は御座いませぬが、即ち其頃ほひ先づ明治の初年と比較して考へて見ましても、或は地価の標定と申し地価が産する物価の高価と言ひ、又一方には此貨幣制度の改正からして、其収めるものの実物の価が、ドレ程まで減少されたかと云ふ比較を以て論じても、
玆に二五と云ふ割合を四にすると云ふ位に於ては決して私は之を困難と云ふことは、若し私をして以前の如き百姓たらしめても口幅ッたい様に私は考へるので厶います(拍手)且つ我々が此地租増徴を論ずるに単に耕地御百姓様にばかり税を納めさせて、我々は税を免がれたいと云ふが如き卑劣な考を以て申す積りではないので、既に前にも引証
 - 第23巻 p.44 -ページ画像 
を致しました商業会議所の申分にもが、地租増徴は市街宅地などに於てもモウ一層増さねばならぬと考へると云ふ事は、全会一致を以て建議を致した程である、ソレ等を以て我々の心中を御諒察下さつて宜からうと思ふので厶います、前にも申上げまする通り我々此会を企てゝドウゾ此事の貫徹致せかしと申すのは、商売人は市場の利を争ふ者共であるから得手勝手な考を以て戦場に立つ諸君に御賛成を請ふて此事の通れかしと云ふ様な、卑怯な思案でなくて、前にも申す通り軍人が国家を衛るとか政治家が国家の富術を計るとか云ふと同様に我々商工業者も国家を大切と思ふ意見から、国を進むるには斯る針路でなければ行けぬと云ふ衷情を申上げるに過ぎぬので厶いますから他の誘導などに関係致した訳ではない、真の衷情から発したと云ふ事はドウゾ御了解下されまして、我々実業家と称へる多数の輿論は願くは此議会に良い結果を見るやうに希望仕りまする、其希望をして果さしむるのは即ち今日尊臨を請ひ上げました諸公の御力に依らずんばならぬと思ひまする為に、玆に御臨場を請ひまして開会の手続又我々既往の要点を一言申上げて、十分なる御協力を請ひ上るのでございます
因みに一言申上げまするが、此会の成立は、誠に卒爾、即ち前に申す期せずして会すると云ふ偶然の成立ちで厶いますから、此檄文と称するものも、或は文章に欠点も厶いませう、又会則なども不完全である又今日諸公を御案内申上げて、玆に御話をするのも不馴の我々共でございますから甚御粗末千万、不行届は恐縮に存ずるので、併し今申上げます通り唯国家と云ふものに求める所があるだけで、決して他の意思を挟んでないと云ふ次第でございまするし、又此事柄に対して独り東京の我々共が空に物好きで騒ぐのではないと云ふことを証明しませうならば、決して何処へも通知も致さぬのに、既に玆にも朗読でも致さうかと云ふ会員一同の話でございまするがソレは見合せました、然るに或は電信に或は書状に賛同を表し会員たるを請ふと云ふ者が続々と来報がございまするで、是等を以て我々の意思の世間に多く同情を表されて居ると云ふことはドウゾ御認めを願ひたう厶い升、聊か開会の趣旨を申上けて、殊に議会に臨む諸公の別しての御賛助を請ひ上げたう厶います、会員に代つて一言の謝辞を申上げます(拍手喝采)
    △由利子爵の演説
私は只今此渋沢君の御演説に付きまして一言意思を述べて、本会の御成立になりました趣意を御賛成を申上げ様と思ひます、抑々国家に対して大切と御信じより此会の起りましたと云ふことは委しく御話しで分りましたが、我々は此国家の義務と云ふものは総て人民同等に果さねばならぬと云ふことが予ての考でありまして、即ち此税と云ふものは国家の務をするの基でございますから、之に不公平のあつてならぬと云ふことは我々議員として予て頭に存じて居ることでございます、然るに今日の時勢に到りましては前に渋沢君が御論になりまする通り近来当路の大問題と云ふことは我々が弁ぜずとも諸君が御承知になつて居る通りで、甚だ危急な事が起つて居るのでございます、然るに我が国家の政費如何と顧みて見ますると財源にも不足があり、又軍備の事も半ばにあり、是れから先き国家の財源を扶殖して行かうと云ふ上
 - 第23巻 p.45 -ページ画像 
に於ては、中々容易ならぬ仕事の多い、望みの多い日本であるのであると信じて疑はぬ、而して又此財源といふものは鞏固になければ唯一国が苦労するのみならず、他からの即ち侮りを受けて国の本来を保ち得られぬといふことも、我々が弁ぜずとも明かなことでございます、而して此税の公平なるや不公平なるやと云ふ上から眺めて見ましても今日の租税を増すということは、誠に免かれぬことであらうと考へる何ぜなれば此税を定められました時には、日本を平均致して即ち三円八十銭と云ふ米価の時に定つた税率でありまして、今日の米価と比較して如何であらうか、且又其時代には運輸の途が開けませぬから大阪に参れば米が一石五円する、又田舎の山間に参りますると三円以内に米価があると云ふ様な不平均の時の定めでございます、又地価に致しました所が地価を丈量されました時と今日とは国家の位が如何でございましやうか、之に付きましては定めて大層の差もあることであらうと考へます、又夫れから後起りました他の税を賦課されたことは数多のことで、議員諸君は皆様御承知の上の事で毎年色々のむづかしい税までも掛つて参つたのでございます、是れ等の点を以て考へて見ますると、今日の地租の増すと云ふことは当然のことであらうと我々考へる、又国家公平の上から考へて見ましたならば之を取らずに他の税を取るといふ様なことは、決して出来得ないことであらうと我々は信じて疑ひませぬ、モウ玆に於て長い理窟を申しますは全く不必要であらうと思ひますが、我々議員と致して公平を保つ為に、国家の財源を鞏固にする為に、必ず此平等の議案は十分に賛成を致し、何卒通過をする様に希望致して居ります、賛成を致す趣意を一言申上げます(拍手喝采)
    △板垣伯の演説
今日は地租増徴期成同盟会の諸君の御催しでありまして、我々も招待を受けまして此御厚意に対しまして厚く感謝を致しまする、又承りますれば此会は各地の実業家諸君の純然たる御催しに依つたものであると云ふことも承知を致しました、又私にも演説を致せと云ふやうなことから致して、板垣などが来れば必ずや政談をやるであらうと云ふやうな周到なる御注意より致して、二十四時間前に此会の御届になつたと云ふことを御承知を致しまして、是亦此御厚意を感謝を致しまする訳でございまする、又今日の御来会の諸君は貴族院議員諸君、又衆議院に於ては国民協会、中立議員諸君、及び我憲政党議員諸君、又院外の諸君等の御来会と承知を致して居りまする、さて私にも此会に対しての意見を述べよとの御注文でありまして、唯今此開会の御主意書等も十分に熟読の遑はありませぬがちよつと前後を読みましたやうな訳でございまするが、此地租問題でございまする、是は誠に難義の問題である、何となれば此問題は私心と公義心との争ひ又己人の意志と国民の観念と云ふの争ひである、又私党と公党との争ひであると思ふのでございます、此事を裁決をするの政友諸君が最も真正に憂国の諸君に致して、自信ある所の諸君に致して、始めて是れが裁決が出来るものであらうと思ふのでございます(拍手喝采)
凡て収税と云ふことは国民の欲せざる所でありまして、又最も社会多
 - 第23巻 p.46 -ページ画像 
数を占める所の農家の是は欲せざることでありまする、又遠大のことは人々知り難きことでありまして、先づ以て直接に損害を受くるの問題でござい升、然らば必らず其自信ある所の政治家にして始めて是は勇断の出来るのであらうと思ふのでございます、我々は常に平等博愛を欲するものでございまする、然るに真正の平等博愛と云ふものは、上は皇室の尊栄を増し下は人民の福祉を増進すると云ふに致して、始て此平等博愛の目的を達するものであらうと思ふのでございます(拍手)我々は民の富は国の富なりと云ふことも知つて居るのでございまする、又冗費は省かねばならぬ、飽迄も政費は節減せぬければならぬ税は軽くせねばならぬと云ふことは、我々能く知つて居るので厶います、併ながら国家行政の機関亦必要国家事業又は国防の如き、或は直接に或は間接に国利民福を与ふることは、余儀なきことは致さぬければならぬと思ふのでございます、彼の日清戦争後、戦後経営に於きまして或は軍備拡張でございまするの、又之に次ぎます所の之を能く支ゆる所の民力即ち生産力の発達等を致すを以て戦後経営の急務であらうと云ふことより致して、当時我々は伊藤内閣を助けて此戦後経営を致したのでございまする、多くは此会せられる諸君は我々と御同様であつた諸君が多く在らせられるのであらうと思ひまする、尤も中には御不同意の御方もございましたかも存じませぬでございまするが、さて此実業界の諸君の前に於て政治家が此不生産的のことを御話をすると云ふことは多くは之を避けて都合好ひことをおべつかを吐くやうに思ひまするが、是は誠に政治家の如何にも自信なきことでありまして不生産的のことも間接には国民に利益を与ふることであつて見ますれば、其当然のことを講じまする何の避くることもあるまいやうに私は思ひまする、ソレで私は此軍備拡張のことはヤリ過ぎたとは思はぬのでございまする、今日尚ほ私は是だけのことはやらぬければならぬと云ふことを信じて居るのでございます(拍手)
当時は国防などを講じまする者が、多くは陸軍を以てすれば日本は足りるであらう、海軍は小艦を造つて――砲艦の如きものを以て足りるであらう、斯う云ふことを言ふ、随分立派な武官の人に斯の如きの国防論を講じたことがありましたが、私は此海国に致して環海の国に致してはドウしても海軍でなければならぬ、即ち攻むるは守るなりである、又戦ひは必ず気勢二つに出でゝ変化極りなき機を制せぬければならぬと云ふことを知るが故に、最も私は海軍を主張を致したのでございました、然るに日清戦争になるや直ぐと海軍の必要は人々感じたやうに思ふのでございまする、又此海軍に小艦を以てやつて宜いなどと云ふの議論も、彼の黄海の海戦又威海衛の海戦と云ふを以て最早是等の論も定つたやうに思ふのでございます、今日は続々彼の大艦を造つて居るのでございます、又陸軍は十二師団で厶いまするが、私は当時一師団は確かに過る様に思ふと云ふことを、伊藤侯爵に申したことがありましたが、ソレサへも最早今日は此形勢になつては過ぎると思ふた一師団も過ぎない様に私は思ふのでございます、私は当時斯く申したのでありまする、素より此環海の国であつて見れば海軍は必要である、戦ひに迎へて之を撃たぬければならぬと云ふことは論を竢たぬ事
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であるが、然るに我国には陸軍と云ふものが亦最も大切である、各国の争を見るに優勢なる陸軍を有つた国はないのである、彼の露西亜の如き西比利亜鉄道が通じても尚ほ遠路なるが故に苦しむであらうと思ふのである、我国の陸軍と云ふものは最も必要である、何となれば他国と同盟を致すと云ふことは必ず相互の利益と云ふものが無からぬければならぬのである、或は海軍に於ては日本の海軍を助くるか、或は彼れが領土に於て陸兵は日本から送つて呉れよと云ふが如き、斯く相互の事があつて始めて同盟と言ふことが出来る、彼の遼東半島還付の時になぜ他国と同盟をせなんだと云ふ、無法な実に思慮浅薄なことを言つた人がありまするが、何で同盟をしますか、何も彼れの利益にはならぬ、日本に遼東半島を持たせたら何が彼れの利益になるのでございます、斯の如きものを以て同盟と云ふことは出来ぬ、必ずや相互の利益がある者である、日本に陸軍を有つて居れば誠に東洋に優勢の陸軍を有つものは外にないが故に、彼れは必ず之を畏敬し、又之に依頼せむと云ふの心が始めて起るものであらうと云ふことを私は申したのでございましたが、果せるかな彼の英吉利の殖民大臣チヤンバーレンと云ふ人の演説の筆記を私は見ましてございまするが、彼れは何と言つたかと申しますと、彼の英国の東洋政略は過つた、或は不活溌であると云ふの評を受くるなれども、後へに頼むべきの陸軍なきの働としては上々の出来と思ふて呉れねばならぬ、英吉利は是れ迄独立の働を致した英吉利であるが、今後は彼の同種同文の米国と結んで、ある優勢なる陸軍を有つ所の国と結ばぬければならぬと云ふ斯ういふ演説をしたのでございます、此優勢なる或る国と云ふは何れの国を指したものであるか、私は明言するの必要はないと思ふのでございます(拍手喝采)
で又今日の支那の形勢でござりまする、之れに於きましては過日伊藤侯爵の演説もありまして、又御出席のない御方も新聞紙上に於て御覧なすつたことでありませうが、唯鉄砲が鳴らないと云ふばかりの有様であるのでございまする、どふでございませうかあの大国にして尚ほ今日の有様でありまするが、日本に軍備の無かつたと云ふときには此頃は如何なものであつたろうかと思れて、誠に惻然たるを覚ゆるのでございます、又彼の非律賓諸島のことでございます、又最も日本に責任ある所の彼の福建省でございます、是れは支那に他国に譲ることを許さぬと云ふことを約束をしたのでありまするが、之に付きましては最も日本の責任のあることである、之に責任のあることならば之に近接する所の我が新領土即ち台湾と云ふものゝ守備も為さぬければならぬ、此国民をも心服せしめぬければならぬ、斯くあつて始めて我が責任ある台湾を守備することが出来るであらうと思ふのでございます、当年の予算に出で居まする彼の澎湖島の砲台でございまする、或は基隆の砲台でありまする、又たは北海道に一師団を移さうと云ふの計画でございます、斯の如き場合となつて見ますれば、此日本の海陸軍の軍備は、決して過ぎたものではないと思ふのでございます、サウしますれば我々は已むことを得ぬ、唯此財源を尋ねて此国費を支へぬければならぬと云ふことは、是は実に論の無いことであるのである(拍手
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喝采)
又玆に此財政の基礎が立ちましたれば中外の信用と云ふものも恢復するでございませう、サウすれば外資を入るゝとしても必ずや安い利子を以てすることも出来るでございませう、鉄道国有の目的も達するであらうと思ふのでございます、此鉄道国有のことは最も今日の必要ある場合でありまして、此鉄道と云ふものは人民の既得権でありますれば必ず人民に満足与へぬければならない、又政府も十分に人民に満足を与へる価格を以て買ひ上げて然るべきである、何となれば政府程信用のあるものはないのであるから必ず安い利子の金を借りられるに相違ない、サウすれば成るたけ高く買ふてやるのが宜しうございます、又成るたけ高く買ふてやらぬと若も改正条約の実施の後でありますれば是は外人の手に落ちるであらうと思ひますれば、国の経済の上からドウゾ本気に此事を実行を致したいと云ふの私は考であるのであります(拍手)斯う云ふことになりますれば彼の東北の如き此地価修正に異議のある地方に於きましても、少しく間接のことを考へて呉れましたらば此鉄道国有と云ふことが行はるれば必ずや是は特別会計になるのでございませう、サウすれば官線もズーツと延長をするのでありませう、又之を買上げられた所の資本が他に向つて必ず働く、漸次に発達を致すに相違ない、此交通機関と云ふ者は何れに幸福を受けるかと言へば多く交通の不便なる東北に向つて是は発達するのである、サウして見れば此間接の利益を東北の人も考へて呉れましたら、僅かに地租を拒みましてサウして未開の民になりて安んじて居るが宜しうございますか、又はすべき事は致して大に積極の事をなして貰ふが宜しいか、交通機関の完備するのが宜しいかしないが宜しいかと云ふことを考へれば、誠に判断の仕易いことゝ思はれるのでございまする、又此鉄道国有と云ふことは啻に軍備に必要なるのみならず、経済の上に総て文明の魁を致して此交通機関と云ふものが、発達を致さぬければならぬと云ふは、諸君も亦御同感のことであらうと思ふのでございます(拍手)然るに此増税と云ことは曩にも申す通り、人々の好まぬことでございまして、己人に於きましては選挙区民の歓心を買はんと致すのでございませう、又政党に於きましても地方の感情を得んとするのでありませう、又政治家は自然姑息の政に流れると云ふことになつては国家は誰と共に立つことが出来るであらうかと思ふのでございます(拍手)斯くなりましたればソレこそ此憲政は国を誤るものとなつて仕舞ふのである、即ち欧羅巴人が亜細亜人は立憲政体は適せないと云ふことを言ふは何であるかと言ひますれば、唯地方観念の厚くして国民観念が薄い、即ち私党であつて公党でない、斯う言ふことを以て評するのであるのでございませう、若も玆で予算が不成立となつた暁には、ドウであるかと言ひますれば、誠に隣邦支那に対して、彼の非律賓に対し、福建省に接する所の台湾も、此澎湖島の砲台も出来ますまい、又基隆の砲台も出来ますまい、北海道の師団を殖やすことも出来ない、甚だしきは兵隊に喰はす食物がないと云ふ有様でございます、(拍手)又之れに付て一般の経済はドウ云ふことになるかと言へば、人民は愈々疑怖心を懐いて経済は逼迫すると云ふことになるのでござ
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いまして、殆んど国家生存を如何せんかと云ふのことであらうと思ふのでございまする、然らば諸君と、彼の一時愚民の感情を害するも、我々の信ずる所に依つて国家を維持するは此場合であらうと思ふのでございます(拍手喝采)真正の国利民福に基きまして正義公道を以て諸君と共に此事を談ぜぬければならぬと思ふのでございます、財政の基礎を立てましてさうして中外の信用を恢復致しまして、さうして経済を鑑み致して、大いに我生産力を発達を致して、東洋の富国とならむ事は諸君と今日之を努むるの場合でありまして、之に対するものと我々と相対して見ると、殆んど最早政治の主義と云ふよりは、是は正邪の区別であらうと思ふのでございます(拍手)殆んど是は国家に対する我々の同気問題であらうと思ふのであります、然らば此満堂に集つた所の諸君は、貴族院の諸君に致しても、我々誠に玆に協心戮力致して、唯此国家を救はむこと即ち上は 皇室の尊厳を増し、下人民の幸福を計る、御互の是は今日責任であると思ふ(拍手)
誠に此会を幸ひと致しまして私は意見を述ぶるの栄を得ましたのは、私に於きましても深く満足に堪へませぬ、又実に是は国家の幸ひと思ひましてちよいと一言を申しました(拍手大喝采)

同盟会が地租増徴案通過の為めに尽瘁したる効果の如何に顕著なりしかは今多く言を要せざるなり、左れど顧みれば増租案の議会に提出せらるゝ哉、世論紛起し、殊に農民反対の気焔は日を追ふて熾なるより議員多数の意向は大に之れが為めに動揺し、増租案の命運甚だ覚束なきに至れり、是の時に際し全国同憂の商工業者は奮然として起ち、政府議員の間に斡旋し、前後僅に一週日に満たざる短時日の間に議院の大勢を定め、邦家の急を救ひ、財政の基礎を確立せしめたるは世人の多とする所なるべし、同盟会は地租増徴案が衆議院を通過したる翌廿一日を以て解散し、政党政派と何等の因縁を結ぶことなかりき


青淵先生六十年史 竜門社編 第二巻・第八九二―九〇一頁 明治三三年六月再版刊(DK230007k-0006)
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青淵先生六十年史 竜門社編  第二巻・第八九二―九〇一頁 明治三三年六月再版刊
 ○第五十九章 雑事
    第十八節 地租増徴期成同盟会
明治二十七・八年戦役後政府諸般ノ経費頗ル増加シ之カ財源ニ充ル為メ新ニ諸種ノ税ヲ起シ若シクハ旧税率ヲ増加セリ、而シテ地租増徴ノ事ハ有識者ノ是認スル所タルニ拘ハラス其通過頗ル困難ニシテ、此ノ問題ノ為ニ明治三十年第十一議会ハ解散トナリ、松方内閣ハ倒レ、尋テ第十二議会モ解散トナリ、伊藤内閣倒レタリ、然ルニ政府ノ方針ハ堅ク執テ動カス、山県内閣ハ断然地租増徴案ヲ第十三議会ニ提出シタリ、此ニ於テ国内人心大ニ動キ、此ノ問題決セサレハ国運ノ進歩頗ル渋滞シ、経済ノ発達モ頓挫スヘキカ故ニ、有志者奔走シテ地租案ノ通過ヲ力メタリ、而シテ全国実業家中ノ有志者ハ東京ニ集リ、地租増徴期成同盟会ヲ作リ反対ノ同盟ニ抗シ、先生亦頗ル周旋スル所アリ、終ニ地租増徴法案ハ一・二ノ修正ヲ加ヘテ議会ヲ通過シタリ ○下略
   ○本資料第二十一巻所収「東京商業会議所」明治三十年十月十五日、同三十一年十二月十日ノ両条参照。
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〔参考〕東京経済雑誌 第三八巻第九六〇号・第一四六〇―一四六六頁 明治三一年一二月三一日 明治三十一年十二月二十日衆議院に於て 田口卯吉君地租増徴賛成演説(DK230007k-0007)
第23巻 p.50-56 ページ画像

東京経済雑誌  第三八巻第九六〇号・第一四六〇―一四六六頁 明治三一年十二月三一日
  明治三十一年十二月二十日衆議院に於て
    ○田口卯吉君地租増徴賛成演説
唯今は憲政本党中財政に通ずることを以て有名なる武富君より熱心なる反対の御演説を承りましてございます、其御議論は実に一時間余の長きに亘りましてございますから私は今一々之に対して反対を試ることは出来ませぬでございます、併ながら私は先づ第一に武富君が斯く熱心に是に反対せらるゝに就いて少く胸中に疑を発しなければならぬです、なぜなれば武富君はたしか前内閣、即ち今より前々内閣でありますが、彼の松方内閣のときには大蔵省のたしか勅任参事官を勤めて居られたと思ふ、其時には確に此地租増徴の案を彼の大隈伯が作られて大蔵省に於ては夫れを調べたと云ふことを聴いて居りました、(「ヒヤヒヤ」と呼ふ者あり)今大隈伯が民間に在つて熱心に地租増徴に反対せられ、而して武富君が斯く熱心に反対せられますけれども、併なから其御議論は、或は此現内閣が此増徴案を出したがために反対すると云ふことだけのことで、(拍手起る)若し内閣に居られたときならば或は之に賛成せられて自ら原案を出さうかと云ふまでの御方ではないかと心窃に疑れる、(「ヒヤヒヤ」と呼ふ者あり)併ながら今日の此政治界と云ふものは、議論を以て立つものでない、情実或は政略に依つて立たれる御方が多く、殊に進歩党の諸君は、是等の点に於ては実に長所を有つて居られる方々である、(拍手起る)武富君の今日の熱心は即ち今日だけの熱心と私は考へて居ります、で先づ是に反対して見やうと思ふ、併ながら武富君が今述べられた議論は、数多の事項に亘つて居りますから、私は今一々記臆して其順序を逐うて反駁を試みることは出来ませぬ、先づ第一に彼の地租は確実なる税源でない、欧羅巴諸国の財源は皆他の間税に依つて居る、と云ふ点より武富君に向つて駁論を試みて見たいと思ひます、武富君の御説に依れば欧羅巴の歳入と云ふものは大概地租に依らない、他の間税に係り歳入の中地租は或は百分の一或は三分の一であると云ふことを述べられました、成る程左様でございまする、併ながら是に就いては諸君大いに国の事情を異にすると云ふことを、第一に諸君に告げなければならぬ(「ヒヤヒヤ」と呼ふ者あり)又是と同時に我日本の地主は明治政府―― 明治天皇陛下の御慈仁に依つて、今日は欧羅巴の農民よりは非常の恩沢を享けて居ると云ふことを感謝しなければなりませぬ、何故であるか、武富君は英国の財政を引かれました、利は英国に於て彼の地租の国庫の歳入中で少きことを認めます、少き所以は何故であるか、諸君よ、今ま尚ほ英国に於ては藩籍奉還でない、封建の時代と同じことでございまする、地方の農民が皆諸侯の小作人となつて居る、(「ヒヤヒヤ」と呼ふ者あり)彼の上院に坐つて居る所の貴族は皆地主であるのです、されば地方にある所の農民は、縦令租税として中央政府へは納めずとも皆小作人として彼の貴族に納めて居る、小作人として納めて居る所のものは、決して我今日の地主が中央政府へ納むるより軽いとは云れませぬ、試に今日の日本が(「小作米と違ふ」と呼ふ者あり)然らば小作
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米は沢山出しても農民は苦しくても宜しい、小作米と云ふ名さへ附けば宜しい、地租であれば軽くても苦しむと云れますか、今吾々日本の地主は藩籍奉還といふことに依り、今まで諸侯の小作人であつたものが、幸に地主と云ふ実に有難き特権を得るのでございまする、而のみならず、彼の地租改正を行つて以来、物価の変動若くば貨幣制度の変更に依つて、非常に彼の諸侯に納めて居りまするときから見れば、大いなる軽減を受けたことは、諸君如何に反対を試みやうと思つても、此事実は御承知であらうと思ふのです、英国は成る程英国の農民――百姓は中央政府へ納めるのは少ない、併ながら諸侯に納めるものは多い、日本は中央政府へ納める金額は多いが、其他は皆自分の所有に帰すると云ふ今日の有様、私は日本の地主即ち農民たるものは、明治天皇陛下の御慈仁に依り、以前の如く彼の諸侯の抑圧圧制を免れて、自由なる天地に捿息することを得たると同時に、斯の如く軽減の恩沢を受けたことを諸君と共に先づ感謝しなければならぬと考へまする、而して英国等に於て彼の消費税の収入の歳入中に多いと云ふ所以は、何であるか、彼の国は永い間商売をして海外貿易も実に盛であるから、是に向つて重い税を懸けるのではない、軽い税を懸けて、而して其収入が多いのでござります、試に英国に就いて考へて見ますれば、英国の関税は殆と日本の金に直しましたならば、二億円の金が這入るだらう、而して其関税は如何なる品物に懸けて居るかと云ふと、僅に十八品に懸けて居る、日本の如き総ての輸入品にも又輸出品にも懸ける抔と云ふ訳ではない、総ての輸入品に懸けず僅に十八品に懸けて、而して其収入が二億円上がると云ふのはどうである、其商売が盛なるためでございまする、日本の貿易は何であるか、其貿易の総額が先頃までは僅に二億万円であつたです、輸出入の総額は、英国の租税の上り高と同じ位なものである、斯の如き僅なる貿易――外国貿易に向つて如何に二億万円の金が得られませうか、愚も亦甚だし、斯の如き貿易の少きがために収入の少いことを忘れて、而して税の這入り高が少ないのは、其税の懸け方が少ないかと思はるゝのは、大いなる誤であらうと思ふ、私はそれのみならず序に申しまするが彼の英国の如きはです海外より這入る所の葡萄酒抔へ懸けまするのは二割である、僅に其物品の価の二割を懸けて而して此収入が斯の如し、今日本に於て酒の如きも非常の税を懸け、煙草の如きも非常の税を懸ける、斯の如き重いものを懸けて而して其収入が僅と云ふのは、全く社会の程度が未だ斯の如く至らず、それを消費する人の力の薄いために斯の如き国庫に収入が少ない、されば英国に於て国庫に於て地租の収入の少なく、間税の収入の多い所以と云ふものは、重い税を懸けるがために収入の多い訳ではなく、軽い税を懸けて而して商売の盛なるがために収入が多いと云ふことならば、諸君何ぞ日本に於て地租が多く他の間税の少ないのを怪しみませうか、殊に仏蘭西若くは其の他の和蘭の如きに至りましては、地租はなかなか重い、彼の諸侯を廃して政府自ら地主となつた所に於ては、地租はなかなか重いです、英国に於ても地租の重い場所もある、彼の英国の元と王室の領として居つた所謂「クロオンランド」日本の昔で云ひましたならば、徳川氏の天領と云ふやうなもので
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ございまして、即ち是は元と王室の領地であつた、王室が色々外国との軍さ其他借金を負うて遂に是を「パーリヤメント」へ抵当に入れて抵当流れとなつて、今日「パーリヤメント」の所有となつて居る土地がある、此地主は即ち「パーリヤメント」であるから、其土地から取る所の小作米即ち租税である、此の租税は実に重いものでございまするで、地租の性質斯の如きことを知らず、又た英国の租税及び地租の斯の如きことを知らずして、単に英国の地租が軽いと云ひ、又欧羅巴の地租が軽いと云はるゝのは、大いなる誤と思ふのでござりまする、(「小作と地租は同一にあらずと」呼ぶ者あり)それから第二に、武富君は今日本に於まして、地租増徴に賛成を表する者は、皆彼の御用商人である、御用商人は唯政府の御機嫌を伺ふために、政府から多くの金を得んがために、斯の如く賛成を表して居るので、決して社会の輿論でないと云ふことを云れました、私は此点に於て一言彼等のために弁護して置かなければならぬ、彼等のためではない、特に日本の純粋なる独立なる商人のために弁護しなければならぬ(「無用、々々」と呼ぶ者あり)何故ならば今日此貨幣制度の変更のために、即ち以前一円であつたものを弐円として通用することになりましたために、日本に於ての総ての財主或は公債証書を持つて居る者、或は銀行の株券を持つて居る者、或は人に金を貸して居る者、或は商売する資本を持つて居る者、是等の者は皆総て半減になつたのでござりまする、其資本百万円と称するも其実は五十万円になつたのである、それ故に金融逼迫し株券下落し商売の不景気種々の弊害と云ふものが此社会に現れて居る、諸君或は御承知ないことはなからう、今日の此商業社会・経済社会の惨状を、而して是に反して彼の土地を持つて居る者は如何なる状態であるか、其持つて居る所の地価は恐らくは五・六倍致したと云つて宜からうと思ふです、(「東京市のは百倍」と呼ふ者あり)彼の地租改正の以前にです、私は土地の相場はどの位であると云ふことは知らぬ、近く明治二十年・二十一年頃に就いて考へますれば、其当時はです、全国の地価と云ふものは大概地券面の三分一であつたことを承知して居る、私共は其の当時は親しく鉄道抔の事業に関係して居りまして土地を買つたことがある、大概其の相場は地券面の三分一であつたです、而して今日は其の地方の土地と云ふものはどうであるか、大概地券面の三倍である、地券面の三分一より地券面の三倍になつたと云ふのが日本全国の地主の今日の有様である、而して彼の銀行なり会社なり商売なり総ての資本は半分になつて居る、されば此変動は詰る所貨幣制度の変動に帰して居る、又一方には銀貨下落の余を受けたにした所が、兎に角日本社会に今まで一方は富んで居た者が其半を減されて、而して他の地主と云ふものは殆ど六倍の富を得たと云ふ今日の有様として見なければなるまいと思ふのです、斯う云ふ社会の有様でございまするならば、此国家財政の急に当つて、如何なる方面より租税を取るべきか、富んだる余裕ある人より取る、是は即ち経済の道理であらうと思ひます、苦しむ人より取るよりも社会に於て余裕ある者より取ると云ふことをしなければ此立法府の責任は尽さぬことゝ思ひます、而してです、私が此ことに就いて諸君に申上げなければならない
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のは、彼の地租増徴が即ち彼の小作人若くは農夫を苦しむるか否やと云ふ問題でございます、先刻より武富君は頻に熱心に此の地租増徴は農夫に及ぶ小作人に及ぶと云ふことを説かれました、私は此の点に於て更に細かいことを申すのは実に難義に思ふ、なぜならば此の議論はです、経済上に於ては殆んど定つたる議論である、地租の増徴は農民には及ばぬ、小作人には及ばぬ、先頃も私は谷将軍と議論したが、谷将軍はどうしても此道理が分らなくつて困つた、然るに今又此進歩党中に於て理を覚るに明敏なる武富君が、又此議論を繰返さるゝと云ふのは、実に驚くのです、私は第一に此ことを詳しく述べることは出来ませぬ、なぜならば是れは経済上の道理である、学校で以て学んで来て貰ひたい、此衆議院議場でこんなことの話をすることは出来ない、併ながら先づ第一に私は此道理を解さない人に向つて反対の質問を掛けて見なければならぬのは、然らばです、総ての地租を免じたならば農民即ち小作人は益を受けるか否や、総ての地租を免じたならば、其利は小作人に及ぶや否や、或は地主一人の所有に帰するや否や、昔諸侯の土地に於て諸侯は即ち免税の地を持つて居る者である、其の諸侯と云ふものは小作人をいぢめて居ることは、非常なるものである、諸侯の土地に於ける小作人と云ふものは実に圧制を受けて居る、今ま私は最も適例なる事実を引きまして、日本に於て最も地租の軽い処は何処であるか、山口県・宮城県・奥州・出羽・越後であります、此等の地方に於ては所謂大地主なる者がある、大地主のある所は必ず百姓が圧制される、近頃私の所へ此等の地方の百姓が、即ち小作人が参つて私に訴へて云ふ、誠に今日の地主程吾吾を圧制する者はない、昔彼の徳川氏のときに彼の佐倉藩が農民をいぢめたるときには、徳川政府も是に干渉して農民の圧制を寛め、所謂彼の佐倉宗五郎事件もあつたではないか、然るに今日全国の地主は皆佐倉藩ならざるはなし、租税は年々軽減する、併ながら吾々より徴収する所の小作米は一も減じないのみならず益々高くしやうと云ふ勢がある、斯の如きことではならぬから、どうか吾々小作人を救つて呉れろと云ひまして、種々の方案等も吾々に通じましてございます、即ち全国の地主と云ふ者は、地主と小作人との関係は斯の如きものである、されば地主が今日富みます所以、即ち彼の地価の騰貴した所以、明治二十年頃より今日に至りまするまで地価三分の一より六倍に至りました所以は、即ち彼の農民小作人が利益したのでなくて、恐らく諸君の如き人が利益を為すつたのではないか、即ち手に一挺の鍬も持たず、一日野を耕さぬ、一日野を見廻らない所の唯地面を持つて居る所の人の利益に帰したものであらうと私は信じて居ります、即ち彼の近頃大いなる華族、若くは豪商等が地方の地面を買入れましたことは実に夥い、是等の利と云ふものは、実に皆彼の地租が軽減せられまして、而して其余利があるがために、其余利を得んために資本を下したるものと、私は見るより外に仕方ない、而して見れば此等の人に向つて税を掛けるは恰も日本銀行の株主に向つて税を掛けると何ぞ異ならん、唯土地を持つて小作米を取つて居る人に向て掛けるのである、而して彼の五反百姓若くは自作農夫成る程私は此等の人を憫むです、此等の人に向て同情を表する、併なが
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ら此等の人の持つて居る土地と云ふものは幾何ぞ、五反の土地は幾何ぞ、即ち全国の地価を平均したら四十円である、五反の土地は二百円の地価である、二百円の地租は幾何でございませう、此僅の千分の八を増す、武富君は斯く熱心に反対せらるゝ程の価値がございませうか武富君は此地租が千分の八即ち二百円に向つて千分の八を掛けられるに就いて農民が苦むと云はれる、彼の細農に向て涙ある人と信ずる、然らば武富君が出さるゝ所の法案は如何、多く間税に依ると云ふことは、其言葉に依つても分るでございます、間税は如何なるものである間税と云ふものは即ち貧富同じく払ふ所のものでございまする、彼の酒の税の如きは富んだ人と雖も決して多く飲むと云ふ訳でない、貧しき人と雖も決して少く飲むと云ふものでないです、若し私は武富君の如く農民をいぢめるとか、非常に言葉を激にして残酷なる税法だとか云つて居れまするけれども、それは即ち租税を取ると云ふ上の話、租税を取るが宜いか取らぬが宜いか、私共は租税を取らぬことに同意を表します、併ながら租税を取る場合は如何なるものに取るか、貧しきものに軽くなり、富んだるに重くなる所の税法を私は択ばなければならず、而して彼の酒の税は何であるか、即ち貧しい人が余計払ふのである、今日全国八百万戸――八百万戸の人家が四百万石の酒を飲ますれば、即ち平均年に五斗の酒を飲む、此の五斗の酒が幾らの税を負つて居るか、今日と雖も七円の税を負つて居ります、即ち如何なる小作人と雖ども三円五十銭の税を払うて居る、是を今ま十二円に致しましたならば、即ち年に六円の税を払ふのです、彼の二百円に対して僅に千分の八の税の懸りますれば、農民か苦むと云ふのは、無計算の議論であります、殊に酒の税になりましては、即ち地面を持たない者も払ふのです、地面を持たないものまで平均に払ふ、地面を持つて居る者と地面を持たぬ者と如何です、諸君よ、此議会は決して地主の議会でない、細民に向つて軽くしなければならぬと云ふことを考へられたならば、彼の消費税の如き、即ち酒の如き、砂糖の如き、煙草の如き、貧富に向つて同じく懸けると云ふ税法を、成るべく避けると云ふことは、是は諸君が社会改良のため即ち国家前途のために取るべき方針である、抑も斯の如き議論は大概欧羅巴あたりでは極つて居る、然るに武富君は斯の如く議論の極つて居ることを知らないで、日本に於て此間税を成るべく多くしやうと云ふのは、即ち欧羅巴に於て今既に頽れて居る議論を以て此日本に持つて参らう、即ち誠に旧説を主張して日本の社会をして益々貧富の懸隔を甚しくならしむることを目的とせらるゝ議論と思はれる(「ヒヤヒヤ」又は「ノウノウ」と呼ふ者あり)思ふに斯の如きことをしたならば、三菱とか三井とか金持は喜ぶでございませう、併ながら小作人は益々(「金持も出すのだ」と呼ふ者あり)涙がなけれはならぬと存じます、而して私は貨幣制度の結果として今日全国の農家、即ち地主は非常の軽減を受けて居りますることを一言申さなければならぬ、武富君は此事に就いて特に私を指名して徳川氏の収入は八百万石はないと駁論を試らるゝやうでございまするが、併ながら徳川氏の八百万石と云ふものは、唯俗に称するものである、私も敢て必ず其収入かありしと確言は致しません、併し其位の収入は多
 - 第23巻 p.55 -ページ画像 
分あつたらうと思ふのです、而して明治七年《(六カ)》まで即ち地租改正の当時まで、千二百万石の収入のあつたと云ふことは、確なる統計がある、諸君も必ず記憶をせらるゝであらう、試に千二百万石の金が国庫に這入りましたならば如何である、今日米価十円と見ますれば一億二千万が国庫に這入るのでございます、然るに今日国庫に這入る所の田畑の地租幾許ぞ、北海道沖縄等を合せて僅に三千五百万円で、三千五百万の地租を国庫に納めまするに幾許の米を売るか、全国の地主が幾許の米を売りますか、是を十円としますれば僅に三百五十万石でございます、明治政府今日の財政が三百五十万石を以て立つことが出来ないと云ふことは、諸君明に御承知でもございませう、殊に軍備拡張を賛成せられた諸君、進歩党の諸君と雖も、決して拡張に賛成しないとは言はれない、拡張せられて居つて而して其の歳入――国庫の欠乏のために要する所の歳入は僅に三百五十万石でも出さぬと言れるのは、是は恐らくは国家を負担して居る所の人の議論ではなからうと思ひます、苟も斯の如き大計画を賛成し、而して又増税を求むるに当つては即ち自ら負担しなければならぬ、自ら負担するに於て何の苦情がございませう、軍備拡張をさした其拡張したる所の金は、皆商人其他から取つて、己れは少しも負担しないと云ふことに至つては(「ヒヤヒヤ」と呼ぶ者あり)是は寧ろ国民の代表者でなからうと私は信ずる、成る程地方税の如きも年々増加しました、併ながら唯今武富君の述べられた地方税の増加と云ふものは、地租割若くは地価割の増加ではない、営業税・雑種税其他のものも負担して居る、恐らくは此点に於ては武富君は彼の委員会に列せられて居るから詳しい表を求められて持つて居るに違ない、私はそれを知らないから、近年の即ち明治二十九年に於て地方税・町村費が総計幾許と云ふことはまだ聞くことが出来ず、其内雑種税・営業税が幾許と云ふことを諸君に申上げることは出来ませぬが、彼の地価割なり地租割なりは自ら法律の制限があつて増すことは出来ない、斯の如く地方税の増した所以を考へますれば、必ず雑種税若くは営業税・戸数割等か増したものと私は信ずる(「ヒヤヒヤ」と云ふ者あり)諸君よ、彼の芸者の税が増して百姓が困る、戸数割が増したがために地主が困る、商業の税が増したがために地主が困る、さう云ふ論法がありますか(拍手起る)まるで間違の議論と私は申さなければならぬ、而して私は最後に武富君が述べられた、明治六年地租改正の詔勅に就いて、一言申したいと思ひます、此の点は武富君は畏れ多くも詔勅を誤解せられて居る(「ヒヤヒヤ」と云ふものあり)彼の武富君が述べられた所の百分の一と云ふことは、条例にある文字で、詔勅には決してないことでございまする、彼の詔勅は私今現に持つて居りませぬから、詳しいことを述べることは出来ませぬが、併ながら心に記臆して居る所に依れば、賦に厚薄の弊なく民に労逸の偏なくと云ふやうな文字だけと思ひまする、決して物品税が二百万円に上つたならば百分の一に減らすと云ふやうなことが、詔勅中にござりません、(「ナイナイ」と呼ぶ者あり)殊に見るべし、此文字は時々衆議院議場にも出まするが、今日国家を負担して居る衆議院が、物品税が二百万円に上つたならば、地租が百分の一になし得ると御考になりませうか
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(「ヒヤヒヤ」と呼ぶ者あり)愚も亦甚しい、今日国家を吾々が負担して居る、如何なる税を増さうとも、如何なる税を減さうとも、吾々勝手である、何ぞ斯の如き古い条例、而も其ときの当局者が地租改正の目的を達せんがために、一時の方便を以て発した所の条例を取つて地租を軽減せよと云ふことは、恐らくは帝国議会議員として恥かしき御言葉ではないかと私は信ずる(「討論終結」と呼ぶものあり)又更に一言申しまするは、武富君は現内閣の財政計画はどこにあるかと、頻に大きな声をして云れましたが、財政計画は私は武富君等が計画せられたるものを襲踏して十分調査する暇がなくつて此所へ出されたものと信じて居る(「ヒヤヒヤ」と呼ぶ者あり)若し真に此内閣が調査したらもう少し良い財政計画を出したらうと私は信ずる、此の財政計画がちよつと見た所でも私共は不都合に考へるです、而して其後に至つてどう云ふことを云はるゝかと云ふと百分の四と云ふ原案を出して三・三としても同意と云ふ、斯ふ云ふやうな考で財政計画が立つかと云はれました、斯う云ふことに至りましては、私は実に此議会中に発する言葉とは承れませぬ、殊に武富君の如き此社会に名望を有して居られる所の人が、当局者に向つて斯の如きことを云はるゝとは驚入つたことと思ふ、当局者が百分の四として出したのは原案なのです、之を修正する権は議会にあるのです、若し当局者が百分の四と出して議会が何と云つても肯かぬと云ふなら初から出さぬが宜い、修正に同意するかどうかとは、時々議員諸君から当局者に質問する所なるが、私は実に冷汗を流す、質問する程愚の話はない、諸君の云ふことを肯かないなら、初から原案に出さない、帝国議会を召集しないです、諸君の意見を聞く積で、原案者は原案を出したのである、何だか僕が原案者の如く云ひますが(笑声起る)既に原案として出した以上は、其修正案を容れると容れぬは是は当局者の考に違ひない、それを初から質問すると云ふのは、時々議員諸君より出て私共は実に冷汗を流しまするが、殊に武富君がそれ等のことを云はるゝに至つては近頃驚いたことゝ思ふ、私は武富君の述べられた御論中にまだ駁撃する点はあると思ひますが、余り長くなりますから是だけを以て……



〔参考〕東京経済雑誌 第三八巻第九五八号・第一三八一―一三八二頁 明治三一年一二月一七日 地租増徴意見書(DK230007k-0008)
第23巻 p.56-58 ページ画像

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〔参考〕東京経済雑誌 第三八巻第九五九号・第一四三六―一四三七頁 明治三一年一二月二四日 地租条例中改正法律案の討議(DK230007k-0009)
第23巻 p.58-59 ページ画像

東京経済雑誌  第三八巻第九五九号・第一四三六―一四三七頁 明治三一年一二月二四日
    △地租条例中改正法律案の討議
去る廿日の議場に於て地租条例中改正法律案特別委員長大岡育造氏は報告して曰く、政府の原案は地価百分の四とありしを、委員会は百分の三個三に修正し、且つ其増徴の年限を定め、三十二年度より三十六
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年度分迄と限りたり、又市街宅地租は百分の二個半を百分の五と為せり、而して木村誓太郎君等の提出に係る田畑地価修正案法案も本委員等に付託せられたるも、委員会は政府提出の地価修正案を採用したるを以て、同案は廃棄せしめたりと、玆に於て星氏は引続き本案を討議するの緊急動議を提出し、満場一致にて之を可決するや、同氏は更に地価修正案を先議するの動議を提出しぬ、工藤行幹・神鞭知常諸氏の質問、松方大蔵大臣・目賀田政府委員等の答弁数次の後、自由派の利光氏は緊急動議ありとて、地価修正案と地租条例案とを一括して院議に付するの議を提出せり、進歩派争へりと雖も採決の結果終に動議は成立するに至りぬ、是より又幾多の質問ありたる後、反対の武富時敏氏、賛成の田口卯吉氏各々一時間余の長演説をなし、討論は玆に終結しぬ、次に採決の方法は百三十八に対する百五十七の多数を以て無記名投票と決定したり、玆に於て星氏は更に直に地価修正案の第二読会を開くの動議を提出しぬ、採決の結果左の如し
  出席総数    二百九十五
   可とするもの   百六十六
   否とするもの   百二十九
即ち三十七票の差を以て第二読会を開くに決し、星氏の動議に由りて更に引続きて第三読会を開き、地価修正案は異議なく可決確定したり依て地租案の第二読会を開き、政府案に対する委員会の修正案に付無記名投票を行ひたる結果左の如し
  出席総数    二百九十五
   可とするもの   百六十一
   否とするもの   百三十四
是より直ちに第三読会を開きたるが、星氏は更に動議を起し投票を用ふるは煩雑なれば起立に問ふべしと発議し、議長は異議なくば星氏の発議の如くすべし、即ち本案は既に確定せりと報ずるや、鳩山氏は之に反対を唱えしかば、無記名投票に由りて星氏の動議を表決したるに此の時進歩派は一斉に退去したれば、議場は自由派の一人舞台となりたり、結果左の如し
  投票総数    百五十九
   可とするもの   百五十一
   否とするもの      八
即ち無記名投票を用ひて採決したる結果は左の如く
  投票総数    百七十
   可とするもの   百五十五
   否とするもの     十五
百四十の多数を以て地租条例中改正法律案修正案は可決確定となれり



〔参考〕東京経済雑誌 第三八巻第九五九号・第一四〇二―一四〇三頁 明治三一年一二月二四日 地租増徴反対者大懇親会の解散(DK230007k-0010)
第23巻 p.59-61 ページ画像

東京経済雑誌  第三八巻第九五九号・第一四〇二―一四〇三頁 明治三一年一二月二四日
    ○地租増徴反対者大懇親会の解散
去十五日芝山内の紅葉館に開きたる地租増徴反対者大懇親会は、江藤新作氏の発議にて平岡浩太郎氏を会長に推薦し、地租増徴反対同盟会幹事長谷子爵将に開会の趣旨を述べんとして、諸君此度政府より提出
 - 第23巻 p.60 -ページ画像 
になりました地租増徴案は如何でございますか、実に我が日本の面積は僅かに二万五千方里にしてと言ふや、芝警察署長内田警視は子爵の前に進みて其の演説を中止し、該集会に解散を命じたり、之を聞く、政府は去十四日右懇親会の処分に関し殆ど夜を徹して密議したりと、内田警視は政府の命を奉じて之を解散せしものなるべし、政府は何を以て之を解散したる乎、当日衆議院議員工藤行幹氏は解散の理由を政府に質問せり、其の質問書に曰く
     質問書
 一今明治三十一年十二月十五日芝山内紅葉館に開きし地租増徴問題反対同盟会の懇親会に於て、発言者谷干城が開会の趣旨を陳べんとするに際し、政府は警察権を以て之を解散せしめたるは何等の理由なるや
 二本会は去る十日憲政党員が帝国「ホテル」に於て開きたる懇親会と其性質を同ふするものなり、政府に於て両者是が処分を異にするは何等の理由なるや
此の質問に対し政府は未だ答弁を与へずと雖も、法律の範囲内に於て集会の自由を有するは、帝国憲法の保障せる臣民の権利たるを以て、政府が地租増徴反対者の集会を解散したる理由は、集会政社法に基かざるべからず、依りて該法を見るに、第十三条に左の規定あり
 警察官は左の場合に於て集会の解散を命ずることを得
 一 集会の成立此の法律に背きたるとき
 二 警察官の臨監を拒み、又は其の求むる所の席を供せす、又其の尋問に答へざるとき
 三 会衆騒擾に渉り警察官之を制止するも鎮静せざるとき
 四 第六条・第九条の違犯者多数にして、警察官より退場を命ずるも其の命に従はざるとき
 五 集会の状況安寧秩序に妨害ありと認むるとき
解散の際警察官か口にせし所に拠れば、解散の理由は右第五号(集会の状況安寧秩序に妨害ありと認めたるとき)に在るが如し、依りて更に集会の状況を査察するに、幹事長谷子爵及び幹事総代富田鉄之助の連名にて各新聞紙に掲報せし地租増徴反対大懇親会の広告に曰く
 政府提出の地租増徴案は既に衆議院の委員に付托せられ不日院議に上らんとす、彼が狡猾なる卑劣手段の極非地租の輿望を蹂躪し去らんも知るべからず、純潔正義の士今や大挙して之に当るべきの危機に迫れり、因て来る十五日を期し地租増徴に反対する同志の大懇親会を開き当面の急務を議せんとす、挙国同憂の士乞ふ奮つて来会あらんことを
斯くて集会の席上左の如き盟約を為すべき予定なりしと云ふ
     盟約
 一地租増徴に賛成する代議士に向て辞職勧告を為すは勿論、将来断じて総ての名誉職に推選せざる事
 一地租増徴案の採決に際し無記名投票に賛成するものは総て増徴賛成と認め之を天下に告白する事
 一本会の目的を貫徹せざる間は同盟を将来に継続する事
 - 第23巻 p.61 -ページ画像 
余輩を以て之を見れば、該集会が右の如き決議を為し、且大隈伯其の他の諸氏が巧弁を振ひて地租増徴案を非難攻撃するも、決して該案の運命を決するが如きことなかるべし、若し反対の気焔高まりて地租増徴案非運に陥るも、政府は之を抑圧すべき理由あるべからず、況や現内閣は当初より憲政本党を以て反対党と見做し、之を敵視せしに於てをや、余輩は熱心に地租増徴案の通過を希望すと雖も、政府が口を安寧秩序の妨害に藉りて反対党の集会を解散し、以て反対者の言動を抑制したるは非立憲的行為として之を非難せざるべからず



〔参考〕東京経済雑誌 第三八巻第九四九号・第八八二頁 明治三一年一〇月一五日 神戸商業会議所の地租増徴に対する意見書(DK230007k-0011)
第23巻 p.61 ページ画像

東京経済雑誌  第三八巻第九四九号・第八八二頁 明治三一年一〇月一五日
    ○神戸商業会議所の地租増徴に対する意見書
神戸商業会議所は総会の決議に由り左の開申書を当局者に致し、地租増徴の已む可からざるを切言したりと云ふ
     地租増徴の儀に付開申
 本邦今日の経済社界は不幸にして実に言ふべからざるの難境に在り戦後の経営未だ半ばならずして、政府は既に財政上困難を来たし、民間亦運資欠乏して商工萎靡す、今にして速かに之が整理の道を講ずるにあらざれば、国家の前途転た寒心に堪へざるなり
 凡そ戦後の経営を完備せんとするには、完全なる財政計画を立てゝ国費の増加に備へざるべからず、而して之をなさんとするには適当なる税源に依り、確実に歳入を増加し得るの方策を講じ、以て其の基礎を鞏固にせざるべからず、然るに政府は策此に出でずして一時を弥縫せんとするものゝ如し、是れ本所の其不可なるを明言して憚らざる処なり
 我が商工業者は煩苛苦悩挙げて言ふべからざる営業税の廃止を望むや切なりしにも拘らず、未だ其言の容れられざるに、早く既に独り宅地租のみ増加の議あるを聞くに至りては、商工業者の不幸は素より言ふを待たざれども、抑も亦財政の根底を固くする所以にあらざるなり
 商工業者のみに負担を重ね、社会経済の本を枯らすが如きことを避け、以て国家永遠の計を立てんと欲せば、地租を増徴するの外に道なきなり、今日の国勢を考ふれば地租増徴の已むべからざるは衆人の認識する処にして、又何をか顧みるの要あらんや、区々たる障碍は之を排し、勇断果決以て地税を増課せられんことを熱望して止まざるなり、商工業の進否と国家の盛衰とは繋りて此問題にあり、是れ閣下の明鑑を仰ぐ所以なり
 右本所の成議に依り及開申候也