デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

7章 経済団体及ビ民間諸会
2節 其他ノ経済団体及ビ民間諸会
7款 有楽会
■綱文

第23巻 p.84-91(DK230010k) ページ画像

明治34年2月5日(1901年)

是ヨリ先、政府第十五議会ニ銀行条例改正法律案及ビ貯蓄銀行条例改正法律案ヲ提出セントスルヤ、当会右ニ関スル調査ヲ委員ニ附託シ、是日調査委員高橋是清・池田謙三等銀行倶楽部ニ会ス。栄一出席シテ協議シ、爾後該件ニツキ尽瘁頗ル努ム。尚ホ栄一、当会ノ為メ引続キ尽力スル所多シ。


■資料

渋沢栄一 日記 明治三四年(DK230010k-0001)
第23巻 p.84-86 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治三四年     (渋沢子爵家所蔵)
二月一日 晴
午前十一時銀行倶楽部ニ抵リ、外山脩造・田中源太郎・中橋・池田諸氏ト会シテ銀行法及貯蓄銀行法案ノ事ヲ協議ス、今夕有楽会ニ於テモ此議事アルヲ以テ、其決定ヲ待テ更ニ議スヘキ事ト定ム ○中略 午後五時三井集会所ニ開会ス有楽会ニ列ス、砂糖税ノ事・銀行法ノ事ヲ協議シ夜十時散会 ○下略
   ○中略。
二月五日 晴
 - 第23巻 p.85 -ページ画像 
○上略 十時銀行倶楽部ニ抵、有楽会委員会ニ列ス、高橋是清・池田謙三早川千吉郎・末延道成、及外山・田中源太郎・中橋氏等ト共ニ銀行法案・貯蓄銀行法案ノ事ヲ議ス ○下略
   ○中略。
二月十四日 晴
臥褥中ナルヲ以テ此日有楽会ニ出席シ難キ旨書面ニテ申送ル、益田・早川二氏ニ書状ヲ発ス ○下略
   ○中略。
二月十九日 晴
○上略 外山脩造氏来ル、銀行法及貯蓄銀行法案ノ事ヲ談ス ○下略
   ○中略。
二月廿二日 晴
○上略 午後大蔵省ニ抵リ松尾臣善氏ニ面会シテ貯蓄銀行法案ノ事ヲ協議シ ○下略
二月廿三日 晴
○上略 貴族院ニ抵リ渡辺大蔵大臣ニ面会シテ銀行法案及貯蓄銀行法案修正ノ事ヲ談ス ○中略 第一銀行ニ帰リ頃日来大蔵省ヘ交渉セシ銀行法案及貯蓄銀行法案ノ事ヲ佐々木勇之助氏ト協議シ、明廿四日兜町宅ニ於テ会合ノ事ヲ約ス ○下略
二月廿四日 晴
○上略 十時貯蓄貯行法案修正《(銀)》ニ関シ外山・田中・池田・中橋・佐々木勇之助諸氏来会シ、修正文案ヲ議定シ、明日松尾氏ニ談判スヘキ事ヲ約ス、五氏退散ノ後松尾氏ヘ書状ヲ以テ明日面会ノ事ヲ申遣ス ○下略
   ○中略。
二月二十六日 晴
○上略 大蔵省ニ抵リ、松尾臣善氏ニ面会シテ貯蓄銀行法案修正ノ事ニ関シテ談話ス ○下略
   ○中略。
三月二日 晴
○上略 午後五時有楽会ニ出席ス ○中略 有楽会ノ議事ハ銀行法ニ関スル問題ニシテ、松尾氏来リテ議案ノ詳細ヲ演説セラル、畢テ本議ニ入リシモ時間少キヲ以テ更ニ来ル六日開会ヲ約シテ夜九時過散会シ、兜町邸ニ帰ル ○下略
   ○中略。
三月四日 晴
○上略 銀行集会所ニ抵リ臨時会ニ列ス、銀行法・貯蓄銀行法案修正ニ関スル建議アリシニヨリ委員十二名ヲ撰テ調査セシムル事ニ決ス ○下略
   ○中略。
三月六日 曇
○上略 六時有楽会ニ出席ス、銀行法案ニ関シテ種々ノ討論アリ、井上伯松尾臣善氏等出席、衆議ノ末委員ニ附托シテ再応調査セシムル事ニ決ス、次ニ国債証券買上償還法ヲ廃シ抽籤償還ニ改正セラレン事ニ付、建議者ト松尾局長トノ間ニ再三ノ質問説明アリシモ終ニ決議ニ至ラサリキ、夜十二時兜町ニ帰宿ス ○下略
 - 第23巻 p.86 -ページ画像 
   ○中略。
三月十二日 晴
○上略 日本銀行ニ抵リ、山本総裁ニ面会シテ経済上ノ事及興信所ノ事ヲ談ス、午後四時銀行集会所ニ抵リ銀行条例改正委員会ニ列ス ○下略
   ○中略。
三月十六日 雨
○上略 書状ヲ以テ大蔵省松尾氏ヘ銀行条例改正法案ノ事ヲ申通ス ○下略
   ○中略。
六月十七日 晴
○上略 五時三井集会所ニ抵リ有楽会ヲ開ク、井上伯欠席セルヲ以テ談話少クシテ八時過散会ス ○下略


渋沢栄一 日記 明治三五年(DK230010k-0002)
第23巻 p.86 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治三五年     (渋沢子爵家所蔵)
一月十一日 晴
○上略 九時 ○午前 原町阪谷ヲ訪ヒ、韓国借款ノ件及会計法修正ノ件・銀行法改正案ノ件ヲ談ス ○下略
一月十二日 晴
○上略
十一時髪ヲ理シ畢テ東京ヘ書状ヲ発ス
○中略
 一銀行法改正ニ関スル銀行集会所委員協議ノ決案ヲ大蔵大臣ヘ意見書トシテ開申スル書案ヲ、集会所戸田宇八氏ヘ通知ノ一封
○下略
   ○中略。
一月十四日 晴
○上略 大蔵省斎藤恂氏ヨリ貯蓄銀行法案寄セ来ル
○下略
   ○中略。
一月廿五日 晴
午前大蔵省ニ抵リ斎藤銀行局長《(課)》ニ面会シテ銀行法ニ関スルコトヲ話ス
○下略


銀行通信録 第三一巻第一八四号・第四六〇―四六一頁 明治三四年三月 銀行条例及貯蓄銀行条例改正案に対する有楽会の意見(DK230010k-0003)
第23巻 p.86-89 ページ画像

銀行通信録  第三一巻第一八四号・第四六〇―四六一頁 明治三四年三月
    ○銀行条例及貯蓄銀行条例改正案に対する有楽会の意見
大蔵省に於て銀行条例及貯蓄銀行条例改正案を議会に提出せられんとするや、渋沢栄一・外山脩造・田中源太郎・中橋和之の諸氏は右に関し有楽会の研究を請求し、兼て有楽会に於て設けたる銀行問題調査委員高橋是清・田中銀之助・末延道成・池田謙三・豊川良平・早川千吉郎諸氏は二月五日銀行倶楽部に会し調査する所ありしが、同委員会の調査報告は左の如し
  第一、普通銀行業と貯蓄銀行とは兼ね営ましむるも妨なし、但此場合に於ては貯蓄銀行の範囲に属する営業の部類に関しては総て貯蓄銀行条例に依らしむべし
 修正案に於ては普通銀行業を営む会社が貯蓄銀行業及び他の事業を
 - 第23巻 p.87 -ページ画像 
兼ね営むことを禁止せり、銀行が銀行以外の業務を営む可からざるは勿論なれ共、貯蓄銀行業を兼ね営むは之を禁ずる必要なしと思考す、蓋し普通銀行の預金と貯蓄銀行の預金とは本来其目的性質を異にし、一は常に使用せられ、一は偶必要を生ずる場合の外は平常之を使用せざる零砕なる資金にして、両者間には劃然たる区別を存在せり、左れば商業の発達したる国に於ては普通銀行が貯蓄銀行の業を兼ね営むは実際が之を許さゞるなり
 然るに我が銀行業は未だ発達せざるが故に、普通銀行と雖も零砕なる資金に対し利子を支払ひ、貯蓄銀行と競争するを有利なりとし、即小口・当座其他の名称の下に貯蓄預金を吸収せり、之れ変体に外ならざれども、銀行業発達の一階段として暫らく之を忍び国民一般の智識及産業の発達が自然に両者の分化を促すに至るを待つの外なかるべし、外国に於ても法律に依りて兼業を禁ずるものなし、若し強て法律の力に依りて之を禁止するも、法を潜らんとするの弊を助長するのみにて結局実益なかるべし、然れども一方には貯蓄銀行は厳格なる制限及制裁の下に立つに拘らず、普通銀行は傍ら貯蓄銀行業の実質を営むも其部類に関しては貯蓄銀行条例の制限を受けざるものとせば、貯蓄銀行は其営業の立場を失ひ非常なる困難に陥るべし、果して然らば法律が当初に於て貯蓄銀行の成立を奨励しながら中途に於て之を自滅せしむるの結果を生ずべし、故に普通銀行が貯蓄銀行の業を兼ね営むときは其営業部類に於ては一切貯蓄銀行条例に依らしめざる可からず
 然らば貯蓄銀行の業務と普通銀行の業務とは如何にして之を区別するか、已に述べたるが如く両者本来の性質に於て明に差異あるも、各個の場合に付き実質上の区別を為すは頗る困難なり、貯蓄的預金の性質を有する部類中にも間々商取引の為めにするものを混ぜざるに非ず、之に反して普通の当座中にも貯蓄的預金なしと云ふを得ず故に区別の標準は先づ形式上に求め、通帳に由りて出納するものを貯蓄的預金とし、小切手に由りて取引するものを普通銀行業の範囲に属すと為すを最便利且自然の方法なりと思考す
  第二、銀行役員と銀行との関係
 修正案に於ては銀行の役員及使用人は其銀行に預金を為すの外取引を為すことを得ざることを規定せり、此点に関しては已に本決議に於て述べたるが如く立法の精神は之を是認す、但此制限は専務の地位にある重役及支配人等営業の局に当る者に止め、他は一般商法の規定に依らしむれば可なり
  第三、銀行業務の実況及財産の現状を検査し、其成蹟に因り危険なりと認むるときは、大蔵大臣は債権者の利益を保護する為めに必要なる命令を発することを得
 修正案に依れば此場合に於ては大蔵大臣は営業の停止を命ずることを規定せるも、之は厳に失し大蔵大臣の責任大に過ぐるの嫌あり、然れども実際に於ては検査の結果資金の運用危険なること明瞭にして、之を捨て置くに於ては一日を緩くせば多々益々債権者の不利益を来し甚しきは詐欺に類する行為ありと認むるも、現行法にては行
 - 第23巻 p.88 -ページ画像 
政官庁は如何ともなす能はず、袖手傍観する外なきなり、現在其実例に乏しからず、斯の如きは債権者、特に多くの場合に於ては銀行の良否を識別する能力なき細民を保護するに於て誠に遺憾の次第なり、故に此欠点を救済する為め必要なる権能を大蔵大臣に適度の範囲内に於て附与するは至当なりと認む、或は云はん、権能の濫用より生ずる弊害は其利益を補ふに足らざるなきや、然れども悪意若くは重大なる過失に基く権限の濫用は法律上救済の途あるのみならず社会の進歩に伴ひ官吏をして権限の濫用を為すの余地を存せしめざるに至るは自然の趨勢なれば、此点は深く憂ふるに足らずと信ず
  第四、貯蓄預金に就きては一人の預高に最高限度を設くること
 現行法に依れば五円未満の金額に利子を付するときは貯蓄銀行業を為すものと認むるの規定あれども、修正案は之を刪除せり、此の如く金額の制限を標準として貯蓄銀行なると否とを区別するは理論に於て謬れるのみならず、実際に於ても法を潜ること容易なり、例ば一円を預入れしむるに五円の預入を記帳し、同時に四円の払戻を為したりとせば差支なきが如し、加之小額の金員と雖小商人の商の為にする資金なるに於ては普通銀行も之を拒むの理なし、修正案に於て此区別を廃したるは余輩の賛する所にして、之に代ふるに取引の形式即ち小切手と通帳とを以て区別の標準と為すことは第一の理由に於て述べたるが如し、然れども貯蓄預金に付ては各一人の預高に制限を置くべしと為す所以は、他なし、貯蓄銀行に対して供託の義務・資金の運用等に関し特に厳格なる制限を設くるは、細民を保護し銀行をして確実なる保管者たるの実を挙げしめむとするに外ならず、而して貯蓄銀行が其預金を公債・社債等に放資するも市価の変動は免れざるを以て多少の危険を伴はざるはなし、故に一人の預高に対し制限を設くることなく如何なる巨額をも預るとせば、銀行の一人に対する責任重に過ぎ従て危険の度も増さざるを得ず、故に定額以上は預金者をして自己の責任に於て公債・株式等に放資せしめざるべからず、之を外国の立法例に徴するも亦一人の貯蓄預高に対し制限を設けざるはなし、修正案に於て此点に関し規定を設けざるも、一定の制限を存するを至当と認む
  第五、貯蓄銀行の資金運用に関する制限
 修正案に依れば貯蓄銀行が所有し若くは担保と為し得るは国債・地方債及社債券に限り株式を除外せり、立法の精神は大体に於て可なりと認む、然れども我国の社債券は抵当権なく他の債権者に対し優先権なきが故に、欧米に於けるが如く確実ならざるは注意すべき事に属す、又株式中には確実有利なるものなきに非らざれども亦甚不確実なるもの少なからず、即ち玉石相混し其区別の認定を法律にて定むること頗る難事なり、又株式を所有するは銀行が直接に事業の利害興廃に与るものにして、大体に於て安全なる放資方法なりと云ふ可からず、唯だ之を担保として短期限(六ケ月以内)の貸附を為すを許すは差支なし、何となれば此場合に於ては株式を以て従たる地位に置き、信用を与ふる一助となすに過ぎざればなり
右報告に対し有楽会は二月十四日の会合に於て審議の末、大蔵省当局
 - 第23巻 p.89 -ページ画像 
者の出席を求めて質議することに決し、本月二日再び集会して大蔵省より松尾理財局長及斎藤銀行課長出席し会員の質議に対し説明する所ありしが、猶一回の会合を重ね十分質議討論を尽したる上会の意見を一定する筈なりといふ


中外商業新報 第五七〇七号 明治三四年二月六日 昨日の有楽会委員会(DK230010k-0004)
第23巻 p.89 ページ画像

中外商業新報  第五七〇七号 明治三四年二月六日
    昨日の有楽会委員会
有楽会にては予て普通銀行及貯蓄銀行の営業上時弊を矯正すべき方法に関し協議する所あり、目下委員に附托し調査中なるは普く世人の熟知せることなるが、這回政府が銀行法及貯蓄銀行法改正案を帝国議会に提出せんとするに就ては渋沢栄一・外山修造・田中源太郎・中橋和之等銀行家諸氏、政府案の是非に対し有楽会の議を煩はさんと欲し、昨日午前十時より同会調査委員高橋是清・田中銀之助・末延道成・池田謙三・豊川良平・早川千吉郎等諸氏の出席を銀行倶楽部に要求し、曩に大蔵省に就て聞得たる改正案の内容を説明し午後三時過まで協議する所ありしが、兎も角委員会に於て調査の上予て附托となり居れる案件の報告書末尾に追加として掲載し、不日開かるべき有楽会に報告し、其決議の結果をは更に当局者に向て開陳すべき筈なりと云ふ


中外商業新報 第五七二八号 明治三四年三月三日 昨夜の有楽会(DK230010k-0005)
第23巻 p.89 ページ画像

中外商業新報  第五七二八号 明治三四年三月三日
    昨夜の有楽会
有楽会は昨二日午後五時より開会し、井上伯・渋沢男・山本達雄・大倉喜八郎の諸氏二十余名出席の上、銀行条例並貯蓄銀行条例改正案に対する委員の報告に就き審議する所ありしが、同日は予ねて同会よりの要求により松尾理財局長・斎藤銀行課長の両氏出席の上同改正案に就き詳細なる説明を為し、尚ほ会員諸氏との間質問応答数時に渉りし為め同日は唯だ質問会に止り、報告書に対する決議を為すに至らずして十時三十分散会したり


中外商業新報 第五七三二号 明治三四年三月八日 有楽会(銀行問題)(DK230010k-0006)
第23巻 p.89 ページ画像

中外商業新報  第五七三二号 明治三四年三月八日
    有楽会 (銀行問題)
有楽会は一昨六日午後六時より開会したるが、出席者は渋沢男・山本達雄等の諸氏二十余名にして、大蔵省よりは松尾理財局長・斎藤銀行課長の両氏出席し、井上伯も夜に入りて参会せられ、前会以来継続せる銀行条例並貯蓄銀行条例改正案に就き開議したるに、渋沢男より銀行当局者の手に於て起草せる改正案に対する修正意見を報告し、夫より討議に入りしが、結局多数を以て現行銀行条例及貯蓄銀行条例を改正するの必要あるを認めしも、政府の改正案其他共同意を表し難き点尠からざるにより、同会に於て特に五名の委員を挙げ別に一の改正案を起草せしむるに決し、全く散会したるは翌午前一時頃なりし由


銀行通信録 第三一巻第一八五号・第六一二頁 明治三四年四月 銀行条例中改正法律案及貯蓄銀行法案と有楽会(DK230010k-0007)
第23巻 p.89-90 ページ画像

銀行通信録  第三一巻第一八五号・第六一二頁 明治三四年四月
    ○銀行条例中改正法律案及貯蓄銀行法案と有楽会
有楽会に於ては前号(四六〇頁)に記せる如く大蔵省当局者の出席を
 - 第23巻 p.90 -ページ画像 
求め銀行条例中改正法律案及貯蓄銀行法案の研究を為し、三月六日の会合に於ては先づ現行銀行条例及貯蓄銀行条例は之を改正するの必要ありや否やの点を決することゝなり、其結果会員の多数は改正の必要あることを認めたるに拘らず、政府の改正案は勿論其他の改正意見は未だ尽さるゝる所ありと為し、更に五名の委員を設け別に一案を起草せしめ、然る上にて之を討議決定することゝなり、委員として池田謙三・原六郎・瓜生震・木村清四郎五氏《(氏名一名脱)》、井上伯の指名を受けたるが未だ立案の場合に至らざるものゝ如し
   ○政府ハ右法案ノ提出ヲ中止セリ。本資料第六巻所収「東京銀行集会所」明治三十四年三月十六日ノ条参照。



〔参考〕渋沢栄一 日記 明治三五年(DK230010k-0008)
第23巻 p.90 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治三五年     (渋沢子爵家所蔵)
四月一日 晴
○上略 午後四時三井集会所ニ於テ有楽会ヲ開ク、井上伯来会ス、夜十時王子別荘ニ帰宿ス ○下略
   ○中略。
十一月七日 晴
○上略 四時有楽会ニ出席ス、井上伯其他会員出席頗ル多シ、先ツ工場法案ニ付テ前会以来ノ手続ニヨリテ協議ヲ為シ各員其意見ヲ陳述ス、討議ノ末本案ハ委員七名ヲ撰テ之ニ附托スル事トナル、食後余カ欧米視察談ヲ乞ハルヽニヨリ各国巡回ノ順序ヨリシテ、商工業ニ付テ欧米各其長所アル点ヲ詳論ス、畢テ夜十一時王子別荘ニ帰宿ス


〔参考〕渋沢栄一 日記 明治三六年(DK230010k-0009)
第23巻 p.90 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治三六年     (渋沢子爵家所蔵)
六月十三日 晴
○上略 十時 ○午前 井上伯ヲ麻布ノ邸ニ訪ヒ、経済界ノ事ニ関シテ種々ノ談話ヲ為シ、来ル十九日有楽会開会ノ事ヲ約ス、益田・稲垣二氏来会ス ○下略
   ○中略。
六月十九日 晴
○上略 四時総理大臣官邸ニ抵リ ○中略 畢テ有楽会ニ出席シ、経済界救治ノ策ニ関シ意見ヲ述フ、井上・松方両伯出席ス、種々ノ討論アリテ委員撰定ト決シテ五人ヲ撰挙ス、余・益田二氏ノ外、都築・早川・高橋是清ノ三氏当撰、来ル廿三日正午開会ノ事ヲ約ス、夜十一時散会 ○下略
   ○中略。
六月廿三日 晴
○上略 十二時銀行倶楽部ニ抵リ、経済方針調査ノ事ヲ協議シ、蓋シ去ル十九日有楽会ニ於テ設ケタル委員ノ集合セシナリ、益田・都築・高橋早川四氏来談ス ○下略



〔参考〕渋沢栄一 日記 明治三八年(DK230010k-0010)
第23巻 p.90-91 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治三八年     (渋沢子爵家所蔵)
十二月三日 晴 風ナシ
○上略
午後二時有楽町三井集会所ニ抵リ有楽会ヲ開ク、井上伯来会、戦後ノ
 - 第23巻 p.91 -ページ画像 
経営ニ関スル長時間ノ演説アリ、来会者四十人余、畢テ委員ヲ設ケ調査スヘキ事ヲ決シ、夜六時散会ス ○下略



〔参考〕竜門雑誌 第一六二号・第三一頁 明治三四年一一月 △有楽会(DK230010k-0011)
第23巻 p.91 ページ画像

竜門雑誌  第一六二号・第三一頁 明治三四年一一月
△有楽会 去る十一月六日三井集会所に於て開会したる有楽会には青淵先生を始め井上伯・曾禰・平田両大臣、益田・高橋・三崎・山本・末延・波多野・相馬・早川・朝吹・安田等の名士富豪出席し、下村房次郎氏の露国商工視察談及会員諸氏の財政及経済上の時事談ありたりと云ふ



〔参考〕竜門雑誌 第一八二号・第三九頁 明治三六年七月 ○有楽会の経済調査(DK230010k-0012)
第23巻 p.91 ページ画像

竜門雑誌  第一八二号・第三九頁 明治三六年七月
○有楽会の経済調査 去六月十九日開かれたる有楽会に於て、井上伯は地方経済取調会なる名義の下に於て伯自身の調査に係る統計表に就き、去る二十六年より昨三十五年に至る十箇年間の地方経済膨脹の度を説明し、二十六年と三十五年とを比較すれば約二倍六分余の膨脹と為るが、畢竟地方人民の奢侈に流れたるに職由するものなれば、苟も経済界に在るもの之が救済に関しては決して等閑視すべき問題にあらずとの旨趣を演説し、次で青淵先生には昨今の不景気は実に近来稀有の現象にして、救済方法に就ては各自其意見を有することなるへければ、今日此集会を機とし充分研究を遂げ成る可く一致の歩調を採て進行せんとて、先づ其救済策の一着として貯蓄奨励・外資輸入等の議を提出し、夫より各自意見を開陳し、種々討議の結果五名の委員を挙げ其調査を託することゝせりと云ふ、尚因に記す、右委員には青淵先生を始めとし高橋是清・都筑馨六・益田孝・早川千吉郎の四氏之に当る筈なりと



〔参考〕中外商業新報 号外 明治三八年一二月四日 昨日の有楽会(DK230010k-0013)
第23巻 p.91 ページ画像

中外商業新報  号外 明治三八年一二月四日
    昨日の有楽会
有楽会は既報の如く三日午後二時半より三井集会所に於て開会、松尾臣善・豊川良平・添田寿一・曾我祐準・島村久・志立鉄次郎・菊地長四郎・渡辺専次郎・村井吉兵衛・原敬・小田切万寿之助・山口宗義・岩出惣兵衛・原田次郎・佐々木勇之助・井上辰五郎・貝島太助・麻生太吉等の諸氏を招待し、会員側にては井上伯を始め渋沢男・益田孝・安田善次郎・大倉喜八郎・園田孝吉・朝吹英二・早川千吉郎・団琢磨原六郎・飯田義一・加藤正義・瓜生震・岩永省一・木村清四郎・池田謙三・小野金六・田中平八・田中銀之助・鈴木藤三郎・根津嘉一郎・梅浦精一・鈴木利亨・堀越善重郎・塚原周蔵等の諸氏出席し、席定まるや井上伯は約二時間余に亘りて戦後の財政経済に関する重要なる演説を試みられたり、各員も亦互に意見を交換し、終りて晩餐の餐応あり、主客歓談夜に入りて退散したりといふ