デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

7章 経済団体及ビ民間諸会
2節 其他ノ経済団体及ビ民間諸会
9款 商工経済会
■綱文

第23巻 p.94-105(DK230012k) ページ画像

明治35年5月3日(1902年)

是ヨリ先三十四年十一月、経済研究会及ビ商工相談会ノ両団体合同シテ名称ヲ商工経済会ト改メ、栄一会長ニ推サル。是日、華族会館ニ臨時総会ヲ開キ、来ルベキ衆議院議員総選挙ニ対スル宣言書ヲ議決シ、次イデ栄一等ノ欧米旅行送別会ヲ開ク。栄一謝辞ヲ述ブ。


■資料

竜門雑誌 第一六二号・第三一―三二頁 明治三四年一一月 △商工経済会(DK230012k-0001)
第23巻 p.94 ページ画像

竜門雑誌  第一六二号・第三一―三二頁 明治三四年一一月
△商工経済会  経済研究会及商工相談会に於ては、去十一月廿七日午后一時より帝国ホテルに大会を開きて予て両会の役員会に於て決議したる如く合同のことを可決して、其名称をば自今商工経済会と改め会長には青淵先生、副会長には大倉喜八郎氏推されたり、当日は当路の内閣大臣を始め在朝在野の名士富豪等出席し、先づ大倉氏の挨拶あり、亜て曾禰大蔵大臣の演説あり、之に向て青淵先生の演説あり、最后に桂総理大臣の挨拶的演説等ありて非常の盛会なりしと云ふ、青淵先生の演説筆記は次号の本誌に掲載せん


東京経済雑誌 第四四巻第一一一一号・第一二〇六頁 明治三四年一二月一四日 商工経済会の財政意見書(DK230012k-0002)
第23巻 p.94-95 ページ画像

東京経済雑誌  第四四巻第一一一一号・第一二〇六頁 明治三四年一二月一四日
    ○商工経済会の財政意見書
経済研究会と東京商工相談会とは客月二十七日帝国ホテルに於て総会を開き、玆に合同の議成りたるに付、委員諸氏は去る三十日委員会を開き、会則を議決し、役員選挙は渋沢栄一・大倉喜八郎両氏に委托すること、役員撰挙次第評議員会を開くことの諸件を議決したるが、意見書草案は左の如し
 戦後の経営は官民事業両ながら拡張するの方鍼に出でたるものにして、以来軍備を初めとし政府事業は総て予期の如く拡張したりと雖民業は未だ幾ならず萎靡不振の状を顕はし有望の事業さへ往々にして中止するの止むを得ざるに至れり、是に於てか余輩は民業振作の策を立てゝ時の内閣に献ずること実に二・三回に止まらず、而して未だ実行せらるゝを見ずして早くも已に政府の財政を整理するにあらざれば以て一般経済を調和すべからざるの時運に逢遇したり、故に余輩は玆に潜越を顧みず目下の財政に就て更に数言を呈せんとす熟々政府の財政を察するに、海陸軍備より其他一切の事業に至るまで充分に整理せば経費の節約すべきもの甚だ少なからず、若し夫れ緩急を攷へ斟酌を為さば、之を延期して一時に多額を支出するの要なきもの必らず多かるべし、余輩は当局に其人あり一々指摘せざるも能く余輩の意見を諒せらるゝを信ずるが故に其条目に至つては之を云はず、而して彼の公債支弁の事業の如きは交通殖産に関係して
 - 第23巻 p.95 -ページ画像 
称して有利の事業と為すべきものなれば、此等は勉めて予期の如く之れを進行すべく、只だ其の資金は財政を整理して為めに余す所に仰ぎ、後ちに民間の資本を吸収するが如きことなきを期す可し
 余輩は曾て論じて曰はく、富国の実なくして強兵の名あるは寧ろ国の患とする所なりと、而して官民事業の偏重偏軽なる今日より甚しきはなし、是れ特に財政整理の策を献ずる所以にして、如此せば内外の信用益々鞏固なる如く余輩の所謂民業振作の策も亦実行せらる可し、若し戦後積極の方鍼を継続せんと欲せば須らく時に応じて変通するの手段なかるべからざるなり、余輩玆に本商工経済会を代表し謹んで意見を陳述す、願くは閣下之を採用して再び時機を失ふの悔を遺すことなくんば幸ひなり 頓首再拝


総選挙ニ対スル商工経済会ノ趣旨 商工経済会編 明治三五年五月刊(DK230012k-0003)
第23巻 p.95-105 ページ画像

総選挙ニ対スル商工経済会ノ趣旨  商工経済会編
                    明治三五年五月刊
(表紙)

図表を画像で表示総選挙ニ対スル商工経済会ノ趣旨   (換謄写)

  総選挙ニ対スル商工経済会ノ趣旨     (換謄写)     附 臨時総会ノ決議同議事概要       渋沢男爵送別会ノ概況及演説       本会ノ事歴          商工経済会         東京市京橋区築地一丁目四番地         電話  新橋 二千百八十二番 



拝啓本月三日華族会館ニ於テ渋沢男爵送別会ニ兼ネテ本会総会相開キ別紙ノ通リ決議致シ候、貴下ニハ夙ニ我々ト共ニ経済ノ発達進捗ヲ期図セラルヽモノト固ク信シ居リ候、希クハ此際我々ト同一ノ方針ニテ御提挈被成下、為国家御尽力相願度、態ト得貴意度如此候 頓首
  明治三十五年五月
       商工経済会
         評議員
           井上角五郎      池田謙三
           伊藤幹一       今村清之助
           岩出惣兵衛      服部金太郎
           原亮三郎       星野錫
           大倉喜八郎      小野金六
           大橋新太郎      岡田治衛武
        男爵 尾崎三良       渡辺福三郎
           若尾幾蔵       若宮正音
           鹿島岩造       加藤正義
           神谷伝兵衛      横山孫一郎
           高田慎蔵       田中平八
           竹内綱        根津嘉一郎
           長尾三十郎      中村清蔵
           中沢彦吉       中山譲治
           梅浦精一       山中隣之助
 - 第23巻 p.96 -ページ画像 
           馬越恭平       小松正一
           雨宮敬次郎      安藤謙介
           佐々田懋       喜谷市郎右衛門
           渋沢喜作    男爵 渋沢栄一
    決議
一本商工経済会ハ全国商業会議所聯合会ノ衆議院議員総選挙ニ対スル宣言ヲ以テ本会ノ主旨トスル事
一本商工経済会ハ汎ク全国ノ商工業者ニ通牒シテ相提挈シ本会ノ主旨ヲ貫徹スル事
一本商工経済会ハ総選挙後ニ於テ更ニ汎ク全国ノ商工業者ト協議シ経済ノ方針ヲ一定スル事
    全国商業会議所聯合会議決宣言書
衆議院議員ノ総選挙ハ今ヨリ数月ノ後ニ在リ、是其選挙法改正ノ結果ニシテ、我輩実業者ノ宿望カ事実ニ現ハルヽノ時機正ニ到ルモノナリトス
凡ソ国家ノ盛旺ハ事物ノ発達ニ相伴ハザル可カラス、其事物ノ複雑ナル枚挙スルニ遑アラズト雖トモ、其中ニ就テ最モ重ヲ当面ニ置クモノハ実ニ農商工ノ三業ニシテ、普通ニ実業ト名クルモノハ此三業ヲ謂フニ非ズヤ、帝国議会創設以来衆議院ニ着席セル代議士諸氏ニ於テハ前後相継テ皆国家ノ経営ニ尽力シ、事物ノ発達ヲ謀ルニ労瘁シ、殊ニ実業ノ興隆ヲ望ムニ他事ナキハ我輩ガ感謝スル所ナリ、然レドモ其間或ハ政局ノ事情紛雑綜錯セルガ為ニ、緩急ヲ計リ軽重ヲ為スニ際シ我輩ヲシテ一簣ノ嘆ヲ為サシメタルコト時ニ必ズシモ敢テコレ無キニ非ザリシナリ、是レ時勢ノ不得止ニ因由セルガ故ナリト考察スレバ、素ヨリ之ヲ批難スベキニ非ザルナリ
今ヤ我帝国ノ全局面ヨリ打算シ来レハ、農商工ノ実業ニ関シテ大ニ其発達ヲ謀ルコト国家ノ為ニ根底ヲ固クスルノ一大要務タリ、其軽重緩急ノ情勢ヲ殊ニスルヤ復往日ノ比ニ非サルナリ、我日本帝国ハ僅々四十余年ノ短期ヲ以テ坤輿ノ歴史ニ前例ナキ長足ノ進歩ヲ為シ、内ハ文武百政ヲ釐革シテ立憲政体ヲ建テ、外ハ国際ヲ伸張シ条約ヲ改正シテ以テ独立ノ国権ヲ十全ニシ、其威光ノ宣揚スル所ハ啻ニ我国境以内ニ止マラズ、更ニ進ミテ列強ト相伍シ、現ニ極東ノ平和ヲ保障シテ万国ノ利益ヲ防護スルノ重鎮タルニ至リヌ、其責務ノ至重至大ナル果シテ如何ゾヤ、今日ノ事タル此責務ヲ全クシテ以テ己ヲ益シ他ヲ利シ其慶ニ頼ラシムルノ一事アルノミ
我帝国ガ国家ノ威信ヲ以テ此至重至大ノ責務ニ任ズルコト洵ニ無比ノ光栄タル而已ニ非ズ、実ハ我帝国ヲ最高ノ地位ニ上進スルノ際会タリ苟モ進往ノ機ヲ失ヒ退嬰ニ甘ゼバ乃チ止マン、既ニ此時運ニ乗シ極東ノ覇権ヲ求メザルヲ得サルノ今日ニ当リテハ、益々国家ノ地位ヲ上進セシメザル可カラズ、此事敢テ之ヲ当局文武ニ放任シ以テ其成ヲ俟ツベキニ非ズ、我国民タルモノ皆戮力同心一致シテ以テ国力ヲ培養シ、国本ヲ堅実ニシ、以テ国家ヲシテ其責務ヲ実行セシムルヲ唯一主眼トスベキナリ
此主眼ヲ達センニハ凡ソ立法・行政・外交・財務等ニ関シテ常ニ農工
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商ノ実業問題ニ重ヲ置キ、着々其実効ヲ期シ以テ生産ヲ増殖シ以テ製作ヲ加倍シ以テ貿易ヲ拡張シ交通ヲ便利ニシテ国家ヲ利セサル可カラズ、之ヲ換言スレバ実業上ニ諸般ノ利源ヲ展伸シ、之ニ由テ国家ノ経済ヲ鞏強ニシテ国家ガ其責務ヲ竭スニ堪ルノ実力ヲ得セシメサル可カラサルナリ、而シテ之ヲ為スノ正経ハ衆議院議員寔ニ其人ヲ得ルニ在リトス
衆議院議員選挙法ヲ改正セラルヽニ際シ、当時我輩実業者カ大ニ力ヲ致セル所アリシハ此主眼ヲ達センカ為ナリケリ、而シテ選挙法ノ改正ハ将ニ実施シ議院ノ組織ヲシテ此主眼ニ適合セシムルハ今日ニ在リ、農工商実業ヲ発達シ之ニ由リテ国家カ其重大責務ヲ尽スノ成否ハ、一ニ繋リテ今次ノ議員選挙ニ其人ヲ得ルト然ラサルトニ在リ、我輩ハ政治ノ歴史ニ牽制セラルヽ者ニ非ズ、我輩ハ政見ノ異同ニ感情ヲ左右セラルヽ者ニ非ズ、我輩ハ一意農工商ノ実業ヲ発達シテ国家ヲ利セント冀フニ外ナラサルモノナリ、是故ニ今次ノ選挙ニ於テハ其人ノ党籍如何ヲ問ハズ其人ノ直接実業ニ従事スルト否トヲ論ゼス、只々常ニ其心ヲ実業ノ発達ニ置キ至誠至信以テ専ラ公ニ奉シテ実際ノ公利ヲ謀ルノ士ヲ選挙セサル可カラス
要スル所ハ宇内今日ノ大勢ヲ洞視シテ我国運ノ旺盛ヲ前途ニ望ミ、我国命ノ隆昌ヲ将来ニ冀ヒテ更ニ一層ノ勇往ヲ目的トシ、其利源タル実業ヲ発達センカ為ニハ私情ニ牽カレス私見ニ偏セス、以テ国家ノ公利公益ニ専心努力スルノ代議士ヲ選挙シ、之ニ由リテ我輩実業者カ主眼トスル所ヲ達スルニ在ルナリ
我輩ノ誠意ハ正ニ是ノ如シ、乃チ之ヲ言明シテ、全国同志ノ諸君ニ謹告ス
    明治三十五年五月三日華族会館ニ於ケル本会臨時総会記事概要
 本会評議員男爵渋沢栄一・同長尾三十郎・同梅浦精一三君及其一行諸氏ノ送別会ヲ華族会館ニ催フセルニ、会々多数会員ノ集リタルヲ以テ時事問題ニ就キ協議セルカ、直ニ之レヲ臨時総会ト做シ夫々議決ヲ為セリ、其発議者ノ口演及決議ノ要ヲ掲クルコト左ノ如シ
○大倉喜八郎君 諸君、今夕ハ渋沢男・長尾・梅浦君等ノ本会役員諸氏、及其一行諸氏ノ為メニ送別会ヲ開クニ就キテハ、其来賓ノ未タ臨会セラレサル間ニ於テ空談ニ貴重ノ時間ヲ徒過スルハ吾々商工業者ノ採ラサル所ナレバ、幸多数会員諸君ノ来会ヲ好機トシ玆ニ臨時総会ヲ開キ、以テ一ノ議決ヲ乞ハントス、即チ客月全国商業会議所聯合会ニ於テ可決セル問題中、既ニ其宣言書ヲ頒布シタル衆議院議員総選挙ニ対スル我々商工業者ノ態度奈何ト云フ問題デアリマス、蓋シ我邦ハ既ニ商工ヲ以テ立国ノ基礎ナリト云フモノアレトモ、其実際ニ於テ斯ノ商工業ニハ敢テ重キヲ置カレザル乎ノ観アルハ甚タ遺憾トスル所デアル、其証拠ハ即明治廿三年《(二)》ニ憲法ノ発布セラレ、議院制度ノ創設セラルヽニ当リ衆議院三百ノ代議士中商工業者ヲ代表スルモノヨリ選挙サルヽ人員ハ僅カニ二十一人ニ過ギマセン、是レ商工業者自身ノ因循ニシテ感奮セザルニ坐スルモノトハ申セ、立法ノ精神ヨリモ商工業者ヲ眼中ニ置カザリシ証拠デアリマス、爾来漸ク国運ノ進歩ニ伴レテ稍交
 - 第23巻 p.98 -ページ画像 
通機関ノ増設、海外貿易ノ萌芽ヲ見ルニ至リテ社会ハ已ニ農而己ヲ以テ国本トスベキニアラズ、併テ商工業ノ発達ヲ奨励セサレバ国家ノ進運ニトモノウ利害尠少ニアラズト認メ、我商工業者モ亦其責任ノ重大ナルヲ悟ルニ至リマシタ、左レバ其進歩ニ伴随シテ諸般ノ法律ヨリ選挙法迄モ改正セラレ苟モ市タル地ニ於テハ衆議院議員ヲ出スコトヽナリ斯ノ如ク事実ニ於テ商工業者ノ責任モ一層厚クナリ、社会モ亦商工業者ニ重キヲ置カザルヲ得サルノ時運トハナリマシタ、此時ニ方ツテ商工業者タルモノハ自ラ奮ツテ代議士トナリ立法部ニ参与シテ国運ノ進暢ヲ期スル為メニ充分ニ其伎倆ヲ観メスベシトハ、今日商工業者ガ一般ニ切望スル所デアリマス、而シテ斯ノ期望ヲ果スニハ到底一人一個ノ力ニテハ奈何トモスベカラザルノデアル、左レバ須ラク各地ニ於ケル商工業者ハ双互気脈ヲ通シ、一団トナリテ相提携シテ之レガ目的ヲ貫徹スルニ努メザルベカラズト信ジマスル、思フニ我同胞中商工業ニ従事スルモノ蓋シ尠カラズ、各々斯ノ責任ノ重キヲ念ヒ感奮興起自ラ進ンデ其局ニ当ラナケレバナラヌト存ジマス、左レバ商業会議所聯合会ニ於テ之レヲ公議シテ一ノ宣言書ヲ作リ全国ニ移檄シタル所以デアリマス、今夕来会ノ商工業者諸君、即チ我カ商工経済会ノ諸君ハ最モ此問題ニ対シ熱誠ヲ以テ賛同アランコトヲ希望スルト同時ニ、全国商業会議所聯合会ノ期望ガ斯ク迄進ミ居ルコトヲ諸君ニ報ズル次第デアリマス、尚其詳細ニ至ツテハ渋沢男爵及井上角五郎君ヨリ演説セラルレバ、一言所信ト希望トヲ述ベテ清聴ヲ煩ハシマシタ、云々(満場賛成賛成ノ声ハ拍手ニ和シテ起レリ)
○森肇君 総会トシテ今日之レヲ議決スルコトハ至極良イト思ヒマス
○井上角五郎君 諸君、本日ハ渋沢男爵ノ送別会、幸ニ会員多数ノ諸君ガ会同セラレタカラ之ヲ機トシテ玆ニ商工経済会ノ総会ヲ開キマシタ、業ニ二・三諸君ノ御説モアリ、余ノ亦タ喋々スルコトモナイガ余ハ更ニ進ンデ一決議案ヲ提出スル積リデアリマス
渋沢男爵今回ノ洋行、余輩ハ転地療養トカ、海外見物トカ、之ヲ尋常一様ノ気楽ナル旅行ト見做スコトハ出来マセヌ、男爵ガ全国商業会議所聯合会ノ付託ヲ平生万事遠慮勝チナルニモ拘ハラズ喜ンデ承諾セラレタル一点ヨリ考フルモ、男爵ハ今回ノ洋行ニ由ツテ一大希望ヲ果サントセラルヽニ相違ナイコトヽ思ヒマス、扨テ其ノ一大希望トハ玆ニ余カラ申上ゲズトモ諸君モ必ラズ察セラルヽナラン、余ノ是レデアルト思ヒ諸君ノ是レデアルト察セラルヽ其事ガ、亦タ必ラズ男爵ノ希望ト符合シテ居ルニ相違ナイコトヽ思ヒマス
日本ハ後来実業ヲ根本トシテ所謂立国ノ根蔕ヲ経済ニ置キ、軍備・政治ハ之ガ従デナクテハナラヌトハ政府モ云ツテ居ル、政党政派ニハ種種ノ団体ガアル、主義モ違ヒ目的モ異ナルガ此事ハ同一ニ云ツテ居ル而シテ我々ハ当該業務ノ事故ヘ、機会サヘアレバ農商工此三業ノ発達ガ今日ノ急務デアルト云ツテ居ル、箇様ニ誰レモ彼レモ経済トカ実業トカ云ツテ居ルノモ昨今ノ事デナイ、去年ヤ今年ノ事デナイ、日清戦後否其前ヨリ誰レモ彼レモ云ツテ居ル、然ルニ実際ヲ見タラ如何デアロウカ、念仏行者ハ如何ニモ多イガ、終ニ極楽往生ハ出来ヌ有様デアルト申スノ外ハナイ
 - 第23巻 p.99 -ページ画像 
余輩商工業者ハ在来種々ノ会合ヲ組織シテ経済ノ発達ヲ期図シタ、就中日清戦後ハ我国ノ万事万物何角トナク膨脹シテ、商工業者ノ之ニ応スル手段ニモ一層多数ノ智力ヲ協合スルノ必要ガ出来タカラ、東京商工相談会モ大ニ活気ヲ添ヘ経済研究会モ亦起ツタ、近ク政友商工倶楽部ナルモノモ組織セラレタ、余ハ此等各団体ニ皆ナ関係ヲ有シテ居ツタモノデアルガ、其間ノ歴史ヲ回想シタナラバ諸君ト共ニ余ハ、立国ノ根蔕タルベキ経済ノ発達ニ従事スルモノヽ勢力ハナゼ箇様ニ薄弱デアロウカト歎息スルノデアル
法律・規則ハ実業ノ発達ヲ助成スルガ如クニ制定セラレテ居ルカ、仮令助成セサルトモ少クトモ実業ノ発達ニ妨害ニナリハスマイカト、簡様ナ考案ガ制定当時立法ノ局ニ当ルモノノ胸ニ浮カンダデアロウカ、又タ幾バクガ左様ナル考案ガ実地ニ顕ハレテ居ルデアロウカ、諸君ガ会社ヲ組織シテモ又タ之ヲ拡張シテモ、若クハ営業ヲ始メテ何角事変アル毎ニ必ラズ法律・規則ガ諸君ノ自由ヲ束縛スル様ニ感ゼラルヽナラン
政府ノ財政ハ政府ノ費用ヲ支払ラヒ、軍備ノ拡張其他政府ノ希望スル事業ヲ成就シサヘスレバ、夫レデ事足ルモノヽ様ニ見受ケラルヽガ、決シテ左様デモアルマイ、然ルニ戦後ノ財政ヲ見ルト、余輩商工業者ニハ政府ノ財政ハ民間ノ実業ヲ衰微サシテモ政府ノ出入サヘ相償ハヽ夫レデ十分ナリトシタルカノ如ク思ハレタル事ガ多イ、就中日本銀行利子ノ高低貸出シノ加減ナド左様デアツタ、此事モモー此上詳細ニ申上クル必要ハナイ
外資ノ輸入、内外ノ金融ヲ共通スルコトハ目下我国経済ニ取リテ最大急務デアル、是レハ彼是レト多クハ申シマセヌ、渋沢男爵モ兼々此事ヲ希望セラレ今回ノ洋行ニハ必ラス兼テ此事ニ関シ出来得ル限リノ尽力ヲ為サルヽコトヽ思フ、左様ナル必要ナル外資輸入ニハ法律規則ノ改正スベキモノガ甚ダ多イ、余輩ハ夫レガ為メニ度々当局ニ請願シ建議シタコトガアル、然レドモ政府ガ之ヲ用ヰタデアロウカ、議会ガ之ヲ議シタデアロウカ、全ク馬耳東風ニ聞キ流シタトハ云ハヌガ色々ト口実ヲ附ケ、中ニハ鎖港壌夷ノ旧精神ヲ此ノ新世界ニ持出シテ之ヲ妨ゲテ居ル有様デアル
商工業者ノ団体モ兎角意見ノ貫徹セズ、立国ノ根蔕タルモノガ政治上殊ニ薄弱デ冷淡ニ取扱ハレテ居ルト云ハナケレハナラヌ、サーソーシテ見ルト渋沢男爵ノ洋行ニモ実ニ余輩ハ大ニ心配スルコトデアル、男爵ガ彼ノ地ニ到ラレタナラ男爵ノ我国ニ於ケル地位ヲ知ルモノハ、日本ノ各国ニ対シテ維持セル待遇ノ最モ鄭重ナルモノヲ男爵ニ対シテ顕ハスコトハ勿論ノ事デアル、故ニ男爵ノ言フ所ハ信ゼラルヽデアロウ男爵ノ望ム所ハ叶ヘラルヽデアロウ、唯ダ其時日本ノ法律規則ハ、元来外国ノ人々ガ自由ニ営業シ自由ニ住居シ、乃至財産ノ安全ハ鞏固ニ保護セラルヽデアロウカト質問セラレタナラバ、男爵ハ如何ニ答ヘ得ルコトデアロウカ、就中日本デハ商工業者ハ社会ノ如何ナル地位ヲ占メテ居ルカト質問セラレタナラハ、男爵ハ夫レハ追々上進サス積デアル法律規則モ勿論漸次改良スル外ハナイト、将来ヲ予想シタル答ヲ為スニ相違ナイ、夫レデ直チニ男爵ノ希望ガ満足セラルヽテアロウカ、
 - 第23巻 p.100 -ページ画像 
諸君ハ熱心ニ誠実ニ男爵ヲ送別スル、夫レハ男爵帰朝ノ日ノ事ヲ思フカ故テアロウ「こと国の花をも実をも旅衣、袖につゝみて帰るをぞまつ」、御尤テアル、ソーシテ現在ノ儘テ法律規則カ改正セラレズ、実業社会ノ地位カ上進セズ、矢張政治上最モ薄弱ナル階級デアツタトスレバ、偖テ男爵ノ持テ帰ヘリタル花ハドコニ之ヲ挿スカ、花瓶ガナイ実ハ之ヲドコニ植ユルカ、田地カナイ、男爵ヲ送別スルト同時ニ今ヨリ花瓶ヤ田地ヲ用意シテ置カネハナリマスマイ
農商工此三業ノ勢力カ如何ニモ薄弱デアル、之ヲ上進スルノカ何ヨリ今日ハ急務デアロウト思フ、勢力サヘアレバ政府モ重ンジ議会モ尊ブノデアル、元来現在ノ議会、貴族院ハ姑ク之ヲ置キ、其ノ衆議院ニ於テ農民ノ代表者カ甚タ多イトハ誰レモ彼レモ能ク言フコトデアルガ、余ハ決シテ左様ニ思ハヌ、農民ノ利害モ余リ十分ニハ考ヘラレテ居ラヌ、全体ニ於テ衆議院ノ多数ハ十有余年ノ其間一時ハ人権トカ、自由トカ、就中政党内閣トカ此等ノ議論ニ熱中セシカ、近頃デモ党略トカ政略トカ此様ナ言葉ニ馳セ過ギテ、往々騎虎ノ勢其ノ撰出セラレタル多数農民ノ意思サヘ代表セヌモノガ甚ダ多イ、如此政府ニモ議会ニモ実業ノ勢力ナキハ抑モ何故デアロウカ、已ニ勢力ナキ以上ハ法律ヤ規則ヤ、又ハ財政ノ整理ニ実業ヲ度外ニ置クノモ強チ怪シムニ足ラヌコトデアル
余ハ如此キ有様ヲ歎息シテナゼカト考ヘテ見ルニ、政府モ党派モ総テ実業ノ発達ヲ口実トスルニモ拘ハラズ如此キ有様ナルハ、一ハ官尊民卑デ民間ノ実業社会ガ政治ニ関係スルハ我々ノ所業ニアラズト思惟スルノト、又タ一ニハ政治ノ映響ガ直接ニ実業ニ及ボスコト少ナク、多クハ間接デアルカラ之ヲ十分ニ気ニ留メヌト云フ、マー此位ナコトデ実業社会ガ所謂素町人・土百姓根性ヲ一洗セヌカラデアロウト思フ
維新モハヤ幾十年、今ヤ我国ノ国力ハ大ニ発達シ国光ハ大ニ耀キ、ソーシテ日英同盟モ亦成立シタ今日ニナホ如此キ事アルハ如何ニモ奇怪千万デアル、ソコデ余ハ今回ノ総選挙ヲ機トシテ之レガ一洗ヲ謀リタイ、今左ニ決議案文ヲ朗読シマス
    決議案
 一本商工経済会ハ全国商業会議所聯合会ノ衆議院議員総選挙ニ対スル宣言ヲ以テ本会ノ主旨トスル事
 一本商工経済会ハ汎ク全国ノ商工業者ニ通牒シテ相提携シ本会ノ主旨ヲ貫徹スル事
 一本商工経済会ハ総選挙後ニ於テ更ニ汎ク全国ノ商工業者ト協議シ経済ノ方針ヲ一定スル事
箇様ニシテ選挙前ニ出来ル丈ケノ力ヲ尽シ、且ツ以後ニハ同志ヲ糾合スルノ手段ヲ取リタイト思ヒマス、尚ホ詳細ハ幹事・評議員ニ一任セラレタイ、云々(賛成々々ノ声起ル)
○雨宮敬次郎君 大倉・井上両君ノ説ニ徹頭徹尾賛成ヲ表スル一人デアリマシテ、今大倉・井上両君ノ説ニ来会諸君ガ直ニ同意セラルヽコトヽナラバ頗ル有力ノ事ト信ジマスル、既ニ我商工経済会ヨリ衆議院議員ノ候補者トナリテ現ハレントスル人ハ凡ソ二十有余人アリト聞キマス、我商工経済会ハ此等会員ノ奮起ニ対シ相当ニ力ヲ効サザルベカ
 - 第23巻 p.101 -ページ画像 
ラスト信ズルデアル、既ニ大倉君ノ演ベラレタルガ如ク、従来我商工業者ハ国家ノ重責ヲ荷ヒ自家ノ利害ニ最モ関係ヲ有スルニモ拘ハラズ兎角立法部ニ疏遠ニシテ政治ニ参与スルコトヲ望マザリシハ、時運ノ然ラシムルモノアリトハ云ヘ甚ダ遺憾トスル所デアリマス、已ニ選挙法ノ改正セラレテ市ハ独立トナリ、其制限ニ応ジテ夫々代議士ヲ選出スルコトヽナリ、其総選挙ノ日モ切迫セル今日ニ方リテ、兎ニ角諸君ガ相一致シテ直接・間接ニ我々ヲ代表スベキ人ヲ選挙スルニ就テ、相当ノ助力ヲ与フルハ今日ノ要務デアル、故ニ此事ハ直ニ玆ニ可決シ其実行ニ着手セラレンコトヲ切望シテ止マヌデアル、今夕ノ如ク我ガ会員諸君ノ多数会合セラレタル時ニ於テ之レヲ決定セバ、全国各市ヨリ選出セラルヽ商工業者若クハ其意志ヲ受ケテ現ハルル候補者ノ為メ、与ツテ力アルハ確信シテ疑ハザル所デアル、現ニ今夕玆ニ出席セラレタルハ伊予松山市ノ商工団体ノ代表者ニシテ、本会ト殆ンド同一ノ主義目的ヲ以テ客月組織セラレ、将来国家経済問題ヲ解決シ其実行ヲ期セントスルガ為メニ本会ト気脈ヲ通ジ相提携スルノ期望ヲ以テ、特ニ上京セラレシハ即チ窪田儀蔵・黒田此太郎・井上久吉ノ三氏ニシテ、斯ノ如ク地方ニ於テハ商工業者ガ疇昔ノ如ク袖手緘黙スルノ秋ニアラズト卒先奮発シテ東上スルノ機運ニ際会セルニ、今日何等ノ議決スル所ナク談笑ニ空過スルハ最モ遺憾ト為セシニ、大倉・井上其他諸君ノ提議ニ対シ満場諸君ノ之レニ賛成ヲ表セラレタルハ敬次郎ノ甚ダ満足スル所デアリマス、希クハ現下ノ問題タル商工業者ヲシテ立法部ニ参与セシムルコトニ就キ尽力セラレンコトヲ、云々(拍手)
○根津嘉一郎君 役員ニ総テ一任スルコトニ賛成シマス
○高木益太郎君 只今ノ井上君ノ決議案ニ依リ、幹事・評議員ニ運動ヲ一任スルト云フコトデスカ
○井上角五郎君 運動デハナイ宣言書ヲ纏メルコトヲ一任スルノデス
○高木益太郎君 主意ヲ天下ニ公ニスルト云フノデスナ、夫レヲ幹事評議員ニ一任シヤウト云フノデスカ
○井上角五郎君 左様
○高木益太郎君 賛成致シマス(「賛成々々」ノ声起ル)
○大倉喜八郎君 御異議ハ一人モ無イト認メマスガ、満場拍手シテ可決ヲ表サウジヤアアリマセンカ(満場大拍手)
    ○送別会ノ概況
明治三十五年五月三日  予期ノ如ク九十有余ノ会員諸氏已ニ参集シ賓客渋沢男爵・長尾・梅浦三君及其他同一行諸氏ノ臨場ヲ待チ居リシニ、午後六時賓客打揃ハレタルヲ以テ階下ノ食堂ニ導キ、各自設ケノ席ニ着クヤ酒三行、大倉喜八郎氏ハ起ツテ会員一同ヲ代表シ左ノ送辞ヲ述ヘラル
 諸君、今夕ハ商工経済会デ此度洋行サレマスル渋沢男爵閣下、並ニ梅浦君・長尾君其他ノ諸君ヲ送別ノ為メニ小宴ヲ開キマシタノデアリマス、渋沢男爵ニ於カレテハ近頃非常ニ御多忙デ且近日出発ノ準備其他各所ノ送別会等ニテ寧日ナシト云フアリサマニモ拘ラズ御出席下サレマシタノハ、会員一同ノ満足スル所デゴザイマス、承ル所ニ依リマスルト渋沢君ノ洋行ヲ機ト致シテ各方面カライロイロナ注
 - 第23巻 p.102 -ページ画像 
文ガ出ル、吾々モ亦注文スル次第デゴザイマスガ、余リ諸方カラ注文ガ多イヤウデ却テ渋沢君ノ健康ニモ障リハシナイカトマデニ心配致シマシタガ、併シナガラ考ヘテミマスト渋沢君ガ一般ノ希望ヲドント詰メ込デ齎ラシテ行カレル鞄ハナカナカ強イヤウニ思ワレル、殊ニ此鞄ハゴムノヨウニ伸縮ガ自在ト見ヘテ幾ラデモ希望ガハイツタ、尚又敏捷ナ若手ノ人達モ同行ニナリマス事故、頓テ帰朝ノ折ニハ必ズ新シイ見聞ト欧米ニ得ラレタ新智識ヲ、ウント此鞄ニ詰込ンデ御土産ニ持帰リニナルダロウト思ヘバ甚ダ悦バシイ、是ニ依テ今タハ商工経済会ノ諸君ガ勇マシク渋沢君及長尾・梅浦・萩原君ノ洋行ヲ送リ、且ツ諸君ノ健康ヲ祝シ一行ノ完全ニシテ幸福ナル旅行ヲ祝シマス、云々(拍手)
次デ渋沢男爵ハ起ツテ(別記ノ如ク)其答辞及我商工業者ニ対シ懐抱セラルヽ有益ナル意見ヲ述ベラレタリ、夫ヨリ長尾君ノ謝辞及海外視察ノ事情ニ付キ告別ノ辞アリ、会員高木益太郎氏ノ一行諸氏ヲ祝スルノ演説アリ、最後ニ梅浦氏ノ海外渡航ノ事由並ニ挨拶ノ辞アリ、了テ各自快談歓語和気靄々ノ中ニ散会セシハ午後八時過ナリキ
    ○男爵渋沢栄一君ノ演説
諸君、今晩ハ商工経済会・経新倶楽部ノ会員ノ諸君ガオ申合セ下サイマシテ、私ノ洋行ノ御送別ヲ戴キマスノハ誠ニ難有イ仕合ニ御座イマス、実ハ種々ナル方面カラ既ニ御会合ノ諸君ニハ度々御送別ノ御言葉ヲ戴キマシタオ方カ甚ダ多イヤウニ考マス、実ニ御礼ヲ申上ゲマスノガ所謂再三再四、感謝ニ堪ヘヌト申上ゲル外ゴザイマセヌ、殊ニ今夕御会同ノ諸君ハ即チ会ノ名ノ如ク経済業ニ従事ノ方々デアツテ、平素オ互ニ此商売社会ニ於テ意見ヲ闘ハシメ、或ハ手ヲ携ヘテ事ヲ処スル間柄テゴザイマスカラ、玆ニ暫ク凡ソ半歳バカリヲオ別レシマスルニ就テハ、ドウゾ此経済界ハ私一人ヲ欠タトシテ何タル差支ノナイコトハ論ヲ俟タスノデゴザイマスケレドモ、併シオ互ノ経済界ハ今日ハ未ダナカナカ幼稚ナモノデアルカラシテ、ドウゾ仮令微力ナル私ガ欠タニモセヨ、欠タニ左迄ノ関係ハナイニセヨ、併シオ互ヒニ之ヲ擁護シテ行カナケレバナラヌ時節ト考ヘマスレバ、ドウゾ諸君ニ於テ尚益々御勉励下スツテ、此経済界ノ拡張モ発達モ御尽力アランコトヲ願ヒ置キマスルデゴザイマス、元来私ハ今度ノ旅行ハ亜米利加ヲ一偏見タイ位ノ望デ、欧羅巴ヘモモー殆ド四十年ニナルカラ老後ノ余暇ヲ以テ一廻リ廻ツテ来タイ位ナ、所謂閑日月ヲ送ルノ所存デ企テマシタノデゴザイマシタ、然ルニ図ラズモ東京商業会議所ヲ始メ全国商業会議所聯合会アタリカラモ、成タケ経済界商工業者ノ意志ヲ彼ノ国ト疏通スルヨウニト云フノ御議決ヲナサイマシテ御依託ヲ蒙リ、大体ハ御引受シテ出掛ケルト云フコトニナリマシタ為ニ、私ノ暇ナ旅行ヲシテ海外ニ行ツテ幾ラカ老後ノ余暇ヲ得ヨウト考ヘタノガ、少シ予想ニ反シテ果シテ自由ニ閑ヲ得ラレヌモ知レヌ如キ有様ニナリマシタノハ、私ノ目算トシテハ大ニ齟齬ヲ生ジマシタケレドモ、之モ若シ吾々経済界ノ為ニ聊カタリトモ其意ヲ表スルコトガ出来マシタナラバ私ノ一身ハ強テ此閑日月ヲ貪ランナラヌコトハゴザイマセヌデ、敢テ辞スル所ハナイノデス、併シ自分誠ニ学問モナシ言葉ハ出来ズ、此意志疏通ト云ウコ
 - 第23巻 p.103 -ページ画像 
トニ付キ其他経済上ニ就テ如何ナル研究ヲシタラ宜カロウト云フコトガ甚タ出立ニ際シテ一ツノ疑問ト相成ツタノデゴザイマス、是ハ蓋シ諸君ニハ十分解決サレテアルデアロウカ、私ハ如何ナル方法ニ向ツテドウ云フコトヲ見テ来タナラハ我経済界ヲ補益スルデアロウカト云フコトヲ、セメテ立ツ時ニ考ヘ定メテ出掛ケタイト云フ心ガアルノデゴザイマス、蓋シ六十バカリニナル私テ……尤モ七十ノ手習ト云フコトガアルカラ果シテ六十バカリニナツテ是カラ先キ望ガナイデモゴザイマセヌケレドモ、サテ英吉利ヘ行ツテABCカラ稽古ヲ始メル訳ニモ行キマセヌカラ、学術上ノ研究ハ決シテ私ノ敢テ得タ所トモ申サレマセヌ、又工場ナリ機械ノ装置ナリ左様ナ事モ根ガ素人デ渡ツテ来タ今日デゴザイマスレバ、之レヲ見テ何カ発明シテ帰ツテ来テ諸君ニ補益スルコトモ到底是ハ企テ及バヌ事ト考ヘマス、果シテ然ラバ私ガ持ツテ来ルモノハ何デアロウカト云フト、殆ド何モ無カロウト思フノテスガ、何モ無クテハ折角半歳ノ日月ヲ費シタ効能ガ無イト思ヒマスカラ一ツ成タケ自分ハ卑近ノ考ニ就テ学問ノ要ラナイ常識ニ於テ判断シ得ラレルモノヲ見テ来タイト思フノデゴザイマス、其見テ来タイト思フノハ、私ハ此経済界ト其他ノ自国ニ於テ必要ナル組織トガ、ドウモ日本ノハ経済界ガ軽クナツテ他ノ組織ガ重クナツテ居ルノハ間違ツテ居ルト云フコトハ、殆ド政治家モ言ヒ学者モ言ヒ我々商工業者ハイツデモ頗ル言フテ居ルガ、サテドノ位ニ違ツテ居ルカト云フコトハ甚ダ分ラナイ、ドフ違ツテ居ルカトイフコトモ分ラナイ、亜米利加ハ斯フデアツテ英吉利ハ斯フデアル、然ルニ日本ハ是ホド違フトイフシツカリシタ内訳勘定ニ於テハ未ダ明瞭ニ、差引三百円違フトカ五百円違フトカ千万円違ツテ居ルトカイフ明答ヲシタ人ガナイヨウニ思フカラ、私ハ十分ワカラヌナガラモ差引ノ違ヒトイフコトハ是非能ク見テ来タイト思フノデス(ヒヤヒヤ)又是非日本ノ将来ハ此商工業ヲ立国ノ基礎ニシタイトイフコトハ申シテ居リマスケレドモ、果シテ商工業者ヲ立国ノ基礎ニスルト言フテ見タ所ガ、如何ナル方法ガ即チソレニ適応スルモノデアルカトイフ手段方法ニ於テハ、能ク誰レモ言ヒツヽ明言スルコトハ私共ハ無論ダガ誰ニモ出来ヌ、有力ナ政治家ト雖トモ日本デハ斯クアリタイトイフマデハ明言シ得ラレヌヤウニ思フ、是等ノ点ハ私風情ガ立入ツテ十分ナ明解ヲ為シ得ルコトハ出来マスマイケレドモ願クハ是ヲ以テ大体ノ上カラ観察ヲ下シマシタナラバ、ドウシテコノ点ハ英吉利トハ違フデアロウカ、亜米利加トハ差ガアルデアロウカト云フ比較ト雖モ多少端緒ヲ窺ヒ得ルコトハ或ハ出来ハスマイカトイフノデゴザイマス、又全国商業会議所聯合会、又ハ東京商業会議所カラ御依託ヲ受ケテ居リマス意志疏通デゴザイマス、之モ唯単ニ意志疏通ト云フダケナラバ甚ダ易イヤウデハゴザイマスルガ、是以テ此意志ノ疏通方法トシテハ唯一度私ガ見テ、英吉利ノ商業会議所ニ行ツテ会頭若クハ会員ノ手ヲ握ツテ来タバカリデハ意志疏通ニハナリマスマイ、又一度ノ経過ガ意志疏通ノ完全ナモノデハナカラウ、意志疏通ハ今日ヨリ始マルデハナクシテイツ終ルトイフ時期モナイモノト記臆セネバナラヌ、果シテ然ラバ如何ナル方法ニ依テ将来ニ欧米ト商工業ノ意志ガ完全ニ通ズルトイフコトハ一ツ攻究セネバナラヌモノデアルカト思
 - 第23巻 p.104 -ページ画像 
フ、是等ノ点ハ寧ロ大体論デアツテ細目ニ渉ツタナラバ私ノ無学デハ斯ル方法ト申上ゲラレヌカハ知ラヌガ、大体トシテハ不肖タリトモ常識ハ稍備ヘテ居ル積リデアレバ此二・三点ノ大目的ダケヲ稍要領ヲ得テ帰ツテ諸君ニ此処ハ斯ウ注意シタイト云フコトヲ申上ゲル機会ガアツタナラバ、大変私ノ成シ得タ効能ハ無クトモ能事ハアリト、ドウゾオ看做ヲ願ヒタイト思ヒマス、不肖ニハ決シテ十分ナコトヲ成シ得ラレヌトハ考ヘマスケレドモ、併シ努メテ其点ニ尽力ヲ致スノ所存デゴザイマス
終リニ臨ンデ、一言申上ゲ添ヘマスノハ、吾々社会今ノ経済社界ガ他ノ此国家ニ必要ナ組織即チ政治ト云ヒ軍事ト云ヒ若クハ教育ト云ヒ法律ト云ヒ斯ル組織ノ、望ムラクハ其一番重ナル原素ニ立ツベキモノデアルトイフコトハ既ニ前ニ申上ゲル通リ、今日ノ政治家若クハ学者其他ノ種類ノ人ガ皆唱ヘル所デ、吾々ハ最モ左様ト思ヒナガラ其域ニ達セヌト云フノハ蓋シ其他ノモノヽ吾々ニ仕向ケルコトノ欠点モゴザイマセウガ、吾々自身ノ自働ガ未ダ足ラヌト云フコトハ是亦ドウスル訳ニモ参リマセヌ(拍手)願クハ御互ヒニ此経済界ニ従事スル者ハ政治界ニ対スル思想ヲ、イツモ今日マデノ如ク唯譲ル遁レルダケデ此世ノ中ハ足リルト云フ感念ハ、ドウモ持チタクナイヤウニ致シタイト思ヒマス、相当ナル地位ヲ占メ吾々ガ国ノ経営ヲ為サネバナラヌ、国家ヲ治メルニハ唯鉄砲玉ヤ船バカリノモノデハゴザラヌゾトイフコトハ、常ニ自ラ深ク感ジテ居ラナケレバ、決シテ此世ノ中ニ交通スルコトハ出来ヌノデアル、此事ハフダンハ諸君ト共ニ申シ合フコトテハゴザイマスケレドモ、斯ル機会ニ尚切実ニ一言ヲ呈シテ、私モ一人タリトモ海外ニ於テ十分其説ヲ……決シテ彼等ニハ鼓吹スル訳ニハ行キマスマイ却テコツチヘ吹込ンデ帰ラネバナラヌデアリマセウガ、諸君ニ於テハ今一層内ニ在テ其説ヲ拡張宣揚スルヤウニ御尽力アルコトヲ只管オ願ヒ致シマス、暫クノオ別レデアリマスカラ、軈テ滞リナク戻リマシテ御送別ノ謝辞ヲ申上ケルト同時ニ、今大倉サンノ言ハレタ大キナ鞄ニ良イオ土産ヲ持ツテ来ルトイフコトハ為シ得ヌデ只今申上ケル要領ニ止マル事ナリトモ、二・三点ヲ攻究シ尚諸君ト御協議申上ゲタイト思ヒマス、今晩ノ厚イ御優待ニ対シテ一言ノ御礼ヲ申上ケ、且ツ向後ニ於ケル希望ヲ一言申上ケテ置キマスルノテアリマス(拍手喝采)
    本会創立以来ノ事績及其淵源
本会ハ端ヲ明治三十四年十一月ニ拓シ其日尚浅シト雖トモ其淵源ハ実ニ明治三十一年ニ在リ、蓋シ外資輸入ノ必要ハ朝野有識者ノ夙ニ唱導スル所ニシテ、在野有志相会シテ之レカ実行ヲ期センカ為メ一ノ商工団体ヲ組織シタリ、是レヲ経済研究会ト称ス、爾来数星霜ノ間我カ国家経済ニ関スル時事・緊切ノ問題ニ就キ攻究怠ラス、之レヲ当局ニ建議・請願シ、或ハ要路ニ勧告シ、又同志ノ商工業団体ト倶ニ国家経済ノ為メ力ヲ効シタルコト枚挙ニ遑アラストス、而シテ又明治廿五年ノ創立ニ係ル東京商工相談会ナルモノアリ、是マタ商工業ノ発展ヲ期図スル目的ニシテ、本会ト同一ノ主義ヲ以テ立チ其行動モ殆ント相同シク、而カモ此両会ニ籍ヲ置ク会員モ多数ナルヲ以テ玆ニ両会合同ノ議ヲ決シ、遂ニ客年十一月ヲ以テ商工経済会ノ設立ヲ観ルニ至レリ、合
 - 第23巻 p.105 -ページ画像 
同ノ成ルヤ左ノ如ク桂内閣ニ対シテ建議スル所アリ、マタ本市ニ商工倶楽部ナル一団アリ、是又殆ト同一ノ主旨ニシテ別ニ独立ノ必要無キヲ以テ本年四月初旬本会ニ合同シテ今日ニ至レリ

戦後ノ経営ハ、官民事業両ナガラ拡張スルノ方針ニ出テタルモノニシテ、爾来軍備ヲ初メトシ政府事業ハ総テ予期ノ如ク拡張シタリト雖、民業ハ未ダ幾ナラズシテ萎靡不振ノ状ヲ顕ハシ、有望ノ事業スラ往々中止スルノ已ムヲ得ザルニ至レリ、是ニ於テカ余輩ハ民業振作ノ策ヲ立テヽ時ノ内閣諸公ニ献スルコト啻ニ一再ニ止マラズ、而シテ未ダ実行セラルヽヲ見ズシテ早已ニ政府ノ財政ヲ整理スルニアラザレバ以テ一般経済ヲ調和スベカラサルノ境遇ニ瀕セリ、故ニ余輩ハ玆ニ僭越ヲ顧ミズ、目下ノ財政ニ就テ更ニ数言ヲ呈セントス、熟々政府ノ財政ヲ察スルニ、海陸軍備ヨリ其他一切ノ事業ニ至ルマテ充分ニ整理セハ経費ノ節約スヘキモノ甚タ少ナカラス、若シ夫レ緩急ヲ考ヘ斟酌ヲ為サハ之ヲ延期シテ一時ニ多額ヲ支出スルノ要ナキモノ必ス多カルヘシ、余輩ハ当局ニ其人アリ一々指摘セサルモ能ク余輩ノ意見ヲ諒セラルヽヲ信ス、故ニ其細目ニ至ツテハ之ヲ云ハス、彼ノ公債支弁事業ノ如キハ交通殖産ニ関係シテ称シテ有利ノ事業ト為スヘキモノナレバ、此等ハ勉メテ予期ノ如ク之ヲ進行スベク、只タ其ノ資金ハ財政ヲ整理シテ為メニ余ス所ニ仰キ徒ラニ民間ノ資本ヲ吸収スルガ如キ事ナキヲ期スベシ
余輩ハ曾テ論ジテ曰ク、富国ノ実ナクシテ強兵ノ名アルハ寧ロ国ノ患トスル所ナリト、而シテ官民事業ノ偏重偏軽ナル今日ヨリ甚シキハナシ、是レ特ニ財政整理ノ策ヲ献スル所以ニシテ、財政ニシテ整理スルヲ得ハ内外ノ信用益々鞏固ナルヘク、余輩ノ所謂民業振作ノ策モ亦タ実行セラルベシ、若シ夫レ戦後積極ノ方針ヲ継続セント欲セハ須ラク時ニ応ジテ変通スルノ手段ナカルベカラザルナリ、余輩玆ニ本商工経済会ヲ代表シテ謹ンデ意見ヲ陳述ス、冀クハ閣下之ヲ採納セラルレバ幸ナリ 頓首再拝
  明治三十四年十二月十三日
                  商工経済会代表者
                      評議員連署