デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

8章 政府諸会
1節 諮問会議
1款 鉄道会議
■綱文

第23巻 p.135-137(DK230021k) ページ画像

明治27年5月7日(1894年)


 - 第23巻 p.136 -ページ画像 

第四回鉄道会議是月三日ヨリ開カレ、是日栄一、会議ニ出席シテ加能鉄道会社発起ニツキ審議ス。


■資料

第四回鉄道会議議事速記録 第三号 明治二七年五月七日(DK230021k-0001)
第23巻 p.136-137 ページ画像

第四回鉄道会議議事速記録  第三号 明治二七年五月七日
 明治二十七年五月七日(月曜日)午後一時二十分開議

    出席
  議長  川上操六
  議員  川田小一郎  渋沢栄一 ○外十六名氏名略
○中略
諮詢第六十二号
                       鉄道会議
別紙株式加能鉄道会社発起並鉄道敷設ノ件ヲ諮詢ス
  明治二十七年五月五日   逓信大臣 伯爵 黒田清隆
    株式加能鉄道会社発起並鉄道敷設ノ件
 株式加能鉄道会社発起人ヨリ該会社ヲ発起シ、加賀国河北郡津幡町ヨリ能登国鹿島郡七尾町ニ至ル鉄道ヲ敷設センコトヲ出願セリ、依テ願意ヲ聞届ケ、仮免状下付ノ日ヨリ起算シ、満十八箇月以内ニ私設鉄道条例第三条及商法第百六十六条ノ図面書類ヲ添ヘ、免許状ノ下付ヲ申請セサルトキハ、此仮免状ハ無効トストノ条件ヲ附シ、仮免状ヲ下付セントス
    参考書類 ○略ス
○二十番(仙石貢) 此鉄道ノコトニ就イテハ、外ニ異議ハアリマセンガ、併シナガラ此前逓信大臣カラ利益ノコトニ就イテ質問ガアツタ、サウシテ相当ノ利益ガナケレバ許サヌト云フ報告ガアツテ、此会全体ガ可決シタノデアリマス、此相当ノ利益ト云フコトニ就イテ大ニ議論ガアリマスガ、併シナガラ二朱位ノ利益ヲ相当ト思フ人ハアリマスマイ、相当ト云フノハ何処ニ段階ヲ附ケルカト言ヘバ、今日ノ銀行一般ノ普通ノ利子ト云フヤウナモノガ稍標準ニナリマスノデ、二朱抔ノ利ト云フモノガ相当ノ利益トハ決シテ言ハレマイト思ヒマス、ソレデ此案ハ逓信大臣ノ質問ニ答申シタコトノヤウニ否決セラレムコトヲ希望致シマス
○中略
○二十二番(渋沢栄一) 今二十番ガ動議ヲ御提出ニナリマシタガ、本員ハ反対ノ意見デゴザリマシテ、恰度此事ニ付テハ、二十五番 ○中橋徳五郎ガ縷々申述ベニナリマシタカラ、多弁ヲ要シマセヌガ、詰リ不相当ノ利子ト云フコトニ就テハ、其資本高ノ直接ノ利益ヲ以テシタリ、或ハ其地方殖産上ノ利益カラ株主ガ考ヘル理由モ含蓄シテアルカラ、唯利当リガ予算上カラ五歩・六歩ニ貸セルト云フヲ以テ、相当ノ理由トスルハ往カナイト思フ、又三番 ○曾根静夫ガ此線路ニ対シテ余リ島ノとつ先キニ鉄道ヲ架ケルノハ必要デナカラウカラ、此線路ヲ打棄テタ方ガ宜イト云フお説ガゴザリマシタガ、私ハあちらヘ参ツテ見タコトモアル尤モ金沢ヲ通過シテ能登迄参ツタコトハナイガ、曾テ港ノ模様ヲ聴クニ、誠ニ良港デアルト云フコトハ承知シテ居ル、恰度此線路ハ海岸ニ
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沿フテハ居レド密接シテハ居リマセヌ、津幡カラ七尾ニ鉄道ヲ連絡サセルハ、其土地ノ為メニ大ニ利益アル線路ト考ヘル、曾テ此起業者ノ内ノ一人然ルベキ堅固ナ人カラ承ツテ見タガ、此企テハ中々堅固ナヤウニ考ヘマス、唯世間ノ所謂熱ニ浮カサレテ持出シタモノトハ考ヘラレマセヌガ、唯今之ヲ利息云々カラ却下シヤウト云フカラ、決シテ是ハ島ノとつ先キニ設ケルト云フノデモナイ、実際其土地ノ繁昌ニナルコトデアリマスカラ、原案通リ御許可ヲ希望シマス
○中略
○議長(川上操六) ○中略 原案ヲ可トスル御方ハ起立シテ下サイ
  起立者  過半数
○議長(川上操六) 過半数デゴザリマス、原案ニ可決シマシタ
   ○第四回鉄道会議ハ明治二十七年五月三日開会セラレ、同年六月二十一日閉会ス。ソノ間栄一ノ会議出欠席左ノ如シ。
      明治二十七年五月三日    出席
            五月五日    出席
            五月七日    出席
            五月九日    欠席
            五月十一日   出席
            五月十三日   出席
            五月十六日   欠席
            五月三十日   出席
            六月十三日   欠席
            六月十四日   欠席
            六月十八日   出席
            六月十九日   出席
            六月二十一日  出席(閉会)
    五月三日・五日・十一日・十三日・三十日・六月十八日・二十一日ノ各会議ニハ栄一重要ナル発言ナシ。
   ○第五回(自明治二八年三月二六日至同年三月二八日)第六回(自明治二八年八月二六日至同年九月二日)第七回(自明治二八年一二月五日至明治二九年四月四日)ノ各鉄道会議ニハ栄一議員タラズ。明治二十九年十二月七日再ビ臨時議員ニ任ゼラレ第八回会議ニ出席ス。本款明治二十九年十二月七日及ビ同月十四日ノ条参照。
   ○株式加能鉄道会社ハ明治二十六年九月八日富山県富山市密田兵蔵外二十二名ヨリ出願、七尾・津幡間三十一哩四十二鎖ノ鉄道ヲ敷設セントス。ソノ調査報告摘要ニヨレバ建築費百二万九千五百余円、ソノ営業純益ハ建設費ニ対シ〇・〇二二五ノ割合ヲ挙グベシトナリ。而シテ二十七年九月仮免許状下付セラレ、二十九年四月本免許ヲ得。同年七月七尾鉄道ト社名ヲ変更七尾・津幡間工事ニ着手シ、三十一年四月竣工セリ。明治四十年九月国有トナル。(日本鉄道史中篇第五九八―五九九頁参照)