デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

8章 政府諸会
1節 諮問会議
6款 農商工高等会議
■綱文

第23巻 p.434-451(DK230042k) ページ画像

明治29年10月21日(1896年)

是日第一回第三日ノ会議ニ、本邦海上保険業ノ拡張ニ関スル諮問案、海外金融機関ノ設備ニ関スル諮問案ト同時ニ上程サレシガ、分離ノ上審議スルニ決シ、二十三日第五日ノ会議ニ単独ニテ提出サレ委員附託トナル。二十六日第七日ノ会議ニ於テ委員決議案可決セラル。栄一、特別委員ニ選バレ本案ノ成立ニ尽力ス。


■資料

第一回農商工高等会議議事速記録 第二六一―三二〇頁 明治三〇年四月刊(DK230042k-0001)
第23巻 p.434-446 ページ画像

第一回農商工高等会議議事速記録  第二六一―三二〇頁 明治三〇年四月刊
明治二十九年十月二十三日(金曜日)午前九時五十分開議
          出席者
            議長  伯爵 佐野常民君
            一番     大倉喜八郎君
            二番     藤田四郎君
            三番     藤田伝三郎君
            四番  男爵 鈴木大亮君
            五番     原善三郎君
            七番     益田孝君
            八番     安藤太郎君
            九番     山本亀太郎君
            十一番    渋沢栄一君
            十三番    近藤廉平君
            十四番    金子堅太郎君
            十五番    浜岡光哲君
            十六番    益田克徳君
            十七番    藤井三郎君
            十八番    森村市左衛門君
            十九番    土居通夫君
            二十一番   添田寿一君
          欠席者
 - 第23巻 p.435 -ページ画像 
            十番     中上川彦二郎君
            二十番    広瀬宰平君
○中略
○議長(伯爵佐野常民君) 夫レデハ第六諮問案海上保険ノ件ニ移リマス、是レハ昨日朗読 ○第三四三頁ニ掲グニナツテ居リマスカラ今日ハ朗読ハ致シマセヌ
○一番(大倉喜八郎君) 御諮問案ニ就イテ昨日申述ベ置キマシテゴザリマスガ、十六番議員ニ実況ヲ一応御話シ下サルコトヲ希望致シマス、其事ニハ御賛成モアリマシタヤウニ心得テ居リマス
○十六番(益田克徳君) 大倉君ヨリ私ニ実況ヲ申述ベロト云フコトデゴザリマスガ、此海上保険ノ実況ニ付テ一会社ノ経歴ヲ詳ハシク述ベマスルコトハ徒ラニ時間ヲ費シマスルコトデ、之ニ向ツテハ詳ハシク述ベルコトハ出来マスマイト思ヒマスルガ、大体私共ノ経験ヲ致シマシタ所ノ要点ダケヲ挙ゲテ、此拡張ニ付テ当業者ハ如何ナル考案ガアルカト云フ情実ヲ陳述致シタウゴザリマス、海上保険ノ業ト云フモノガ日本ニ成立チマシタノハ、即チ東京海上保険会社ガ初マリデゴザリマス、此時ハ海上保険ノミナラズ総テ保険ト云フコトガ日本ニゴザリマセヌ時分デ、丁度明治十二年ニ起リマシタ、夫レカラ追々保険ヲ始メマスルニ就キマシテ政府ニ於テモ殊更ニ御奨励ニナリマシテ、全体ニ保険ヲスルコトニナリマシタ、夫レマデハ唯貨物保険バカリ、夫レニ付テハ政府ハ株主ニナラウト云フ斯ウ云フ仰セデアリマシテ、其時ニ政府ハ四十万円ノ株主ニナラレマシタ、夫レカラ続イテ制度ガ改マリマシテ、政府ハ会社ニ向ツテ四十万円ダケノ保証ヲ与ヘルト云フ即チ「からんちー」ト云フモノガ初メテ起リマシタ、夫カラ海外ヘ率先致シマシテ此業務ヲ拡張シナケレバナラヌト云フコトニ会社ガ気附キマシテ、英国ニ業務ヲ開キマシタノガ丁度明治廿二年デゴザリマシタ、ソレカラ当年マデ経営致シマスルコト八ケ年バカリデゴザリマス、今日ニ至テハ初メテ此海上保険ト云フモノガ外国貿易ニ就イテ必要ナル機関デアル、金融ト云ヒ或ハ航海ト云ヒ、夫レカラ次デハ海上保険ト云ヒ、三大機関デアルゾト云フコトニマデ数ヘラレテ、之ヲ拡張セネバナランゾト此案ヲ発セラレマシタノハ、私ハ満足致シマスルノミナラズ、即チ此拡張ノ趣意ニ至リマシテハ大賛成ヲ致シマスルノデゴザリマス、併ナガラ拡張ト云フコトハ甚ダ困難ナルコトデ、東京海上保険会社ハ即チ廿一年ニ業ヲ開キマシテ、斯ク申ス私ハ会社ノ頭取トシテ其業務ヲ拡張スルノ衝ニ当リマシタ、而シテ其経験シ得タ所ハドウデアルカト云フト、極ク正直ニ申上ゲマスレバ、大失敗ヲ取リマシタト申スヨリ外ハナイ、マア昔デ云ヘバ切腹スルトカ或ハ戦デ云ヘバ討死スルトカ云フ時節ナノデス、然ラバ此東京海上保険会社ハ斯クマデニ高価ナル経験ヲ買入レテ、如何ナルコトヲ為シ得タカト申シマスレバ、極ク概略ヲ申シマスレバ中々困難デアツテ保険ハ自力ヲ以テ進ミ行キマスル人間トスレバ、金融ヤ航海ハ汽車ヤ蒸汽デ以テ駈ケテ行ク、此二ツノ機関ト共ニ自分ノ力デ歩イテ参ルニハ迚モ追ツ附イテ参ルコトハムヅカシイト云フコトダケガ分ツタ、其困難ト云フノ
 - 第23巻 p.436 -ページ画像 
ハドウ云フコトガ困難デアルカト云フト、先ヅ第一ニハ人間ガ無イ人間ト申シテモ知慧ノアル人間ト云フノデハナイ、是レガ専門ノ人ガナクテハ到底此商売ハ出来ナイ、第二ニハ信用ノ欠乏即チ外国ニ向ツテ信用ヲ得ルト云フコトガ難イ、第三経費ト云フモノガ中々余計掛リマス、夫レカラ第四ニハ機関ガ備ツテ居ラヌ、マダ海上保険ニ付テノ機関即チ武具・馬具ガ整ツテ居ラヌカラ戦争ガ仕悪イト云フ話デス、第一ノ人間ガ無クテハ行カヌト云フコトガ一番要用ナコトデ、素人ガ海外ニ向ツテ此保険業ヲ開キマスレバ、必ラズ失敗ヲ取ルニ極ツテ居ルト申シテモ宜イト思フ、中々彼方ニ於テハ「あんだーらいたー」ト申シテ、保険ヲ担当スル者ハ小供ノ中ヨリ教育ヲ受ケテ、夫レニ長ラク従事シテ其専門家ニナリマスル、夫レカラ又「あじやすとる」ト云フテ損失ノ決算ヲスル者モゴザリマス、又仲買等モ夫レ夫レ専門ノ営業者ガゴザリマス、夫レガ本統ニ出来マセヌ以上ハ、幾ラ玆ニ金主ガアリマシテ金ヲ出サウト云フテモ容易ニ開ケルコトデハゴザリマセヌ、夫レデハ海外ノ専門家ヲ雇ツタラドウカト云フト、之ヲ雇ヒマスルニモ中々容易ナコトデハナイ、非常ナ金ガ掛リマス、又信用ノ無イ会社ニ向ツテ此専門家ヲ雇ウト申シテモ中々参リマセヌ、又信用ガ無ケレバドンナ業ノアル者デモ出来マセヌ、又信用ガアツテモ経費ガ足リナイト出来マセヌ、夫レカラモウ一ツハ之ヲ監督スル人モナクテハナリマセヌ、其監督ヲスル者モ矢張リ此保険ニ経験ヲ得タル専門家デナケレバナリマセヌ、左レバ私ノ考ヘマスルニハ先ヅ第一ニ此専門ノ人間ヲ玆デ養成スルト云フコトガ、此海上保険ノ業務ヲ海外ニ拡張スルト云フ一番ノ要素デアリマセウト思ヒマス、夫レカラ信用ノ欠乏ト申シマスノハ、ドウ云フ所ニアルカト云フト、既ニ大倉サンカラモ此間御話ガ出マシタガ、誠ニ御気ノ毒ナコトデアルガ東京海上保険会社ガ一ツ店ヲ出シテ少シバカリ商売ヲシテ居ルケレドモ、誠ニ小ポケデ、有ルカ無イカ目ニ附カヌ位、サウダラウ、僅六万磅位ノ払込ミデドウシテ人ガ信用シヤウカト云ハレマシタガ、本統ニ正直ナ話デ海外デハ百万磅以上ノ資本ヲ備ヘテ居ル大会社ガ続々ゴザリマス、況シテ日本ト云ヘバ知ラヌ人モ沢山アルト云フ位デゴザリマスカラ、到底信用ヲ得ルコトハムツカシイ、又人モ日本ノ法律デハドウ云フ風ニ会社ガ組織サレテ居ルカ夫レモ知リマセヌ、夫レデ何時何《イツ》ン時デモ株主ガ自分ノ資本マデモ配当シテ仕舞ニ分散スルト云フコトニナレバ、後ニ残ル借金ハ誰ガ払フカト云フ心配ガゴザリマスカラ、是レハ迂濶ニ保険ハ頼マレナイト云フコトガ起ル、左レバ伊太利・仏蘭西カラ出テ居リマスル保険商人ハ保険ノ約定書ニ赤字デ以テ書イテゴザリマス、既ニ三万磅ナラバ三万磅ト云フモノハ何処其処ノ銀行ニ預ケテアル、仮令会社ガ分散シヤウトモ此金員ダケノモノハ此処ニ残ツテ居ル責任ヲ背負フ為メノ金ニスルト云フコトガ書イテアツテ、初メテ信用ヲ得ルト云フコトニナツテ居リマス、夫レナラバサウシタラ宜イダラウト云フ話モ出マセウガ、是レハ誠ニ困ツタ話デ、英吉利ノ利息ハ先ヅ二歩位ノモノデアツテ、日本ノ利息ハ六歩位デアリマス、此三十万・四十万ト云フ大金ノ利息ノ差ト云フモノハ誠ニ軽カ
 - 第23巻 p.437 -ページ画像 
ラヌ差デアリマスカラ、夫レダケノ利ヲ産ミ出シテ尚ホ儲ケルト云フコトハ甚ダムツカシイ、夫レデ信用ノ欠乏ト云フコトハ中々補フコトガ出来マセヌ、又英吉利ニ次デ最モ保険ノ盛ナ所ハ即チ亜米利加ノ紐育デゴザリマス、此処ラニ持ツテ行ツテ商売ヲ開キタイ、日本ニ色々ノ品物ガ出マスカラ是非此処ニ店ヲ置キタイト云フト、其州ノ法律デ二十万円ヲ金貨デ其土地ノ銀行ニ預ケルカ、又ハ其土地ニ財産ヲ所有スル者デナケレバ商売ハ出来ヌゾト云フ法律ガアリマス、金貨二十万円ト云ヘバ即チ四十万円バカリノモノヲ其処ニ積ンデ置クト云フコトハ、中々利息ノ差デ以テ大変ナ結果ニナリマスカラ到底出来マセヌ、是ヲ以テ手ヲ伸シタクテモ伸スコトガ出来ズ、夫レヲ拡張スルト云フコトハ出来ヌノデゴザリマス、夫レカラモウ一ツハ経費ノ一点デアリマス、何レモ海外貿易ヲスル方ハ能ク御存シデスガ、人ヲ雇フニモ相当ノ店ヲ借ルニモ総テ賃銭ガ高ウゴザリマスカラ、余程商売ガ膨脹セヌ限リハ、経費ヲ償フコトハ出来マセヌ、第四ニハ武具・馬具ガ整ツテ居ラヌ、彼方デハ海上ノ法律ガアリ海上ノ裁判ガアリ、総テ損失ノ決算ヲスルモノモアリマスルシ、又損失ノ鑑定ヲスルモノモ整ツテ居リマスルシ、通信ノ途モ開ケテ万事都合宜ク運ンデ居リマスルガ、内地ニ於テハマダ海上ノ法律ト云フモノモ出来テ居リマセズ、又海上ノ裁判モナシ海上専務ノ法律家モゴザリマセヌ、皆素人裁判ヲ受ケナケレバナラヌ、人ノ悪口ヲ云フノデハゴザリマセヌガ、一口ニ云フトサウ申サナケレバナラヌソコデ内地ノ方ハ構ハヌジヤナイガ、外国ノ方ト一緒ニヤレバ宜イト云フコトデアリマセウガ中々サウデナイ、外国人ト此商売ヲ受負ト云フコトニナルト共々ニヤツテ行カナケレバナラヌト云フ必要ガアル、此方デ十万円取ツタモノハ彼方ニ五万円ハ分ケル、夫レカラ五万円ヲ外国ノ会社デヤレバ其五万円ハ此方ノ法律ニ従ハナケレバナラヌ、所ガ中々彼方ノ者ハ此方ノ法律ニ従ハヌト云フコトガ出テ参リマス、夫レデ此法律ヤ何カノコトヽ云フモノハ、総テ検査ノコトカラ保険ニ必要ナ「ろいど」ニ備ヘテ居ルダケノ機関ハ準備シテ整ヘテ置カナケレバ安心シテ向フノ信用ヲ得ルコトハムヅカシイノデ、是等ガ即チ海上保険ヲ海外ニ拡張スルノ困難ナル点デアツテ、私共ガ実験致シタル大体ノ御話ヲ申上ゲタノデゴザリマス、ソコデ此間大倉サンノ御話ニ、是非トモ海上保険ト云フモノハ海運・金融ト共ニ開イテ貰ハナケレバナラヌ、拡張シテ貰ハナケレバナラヌ、夫レニハドウモ今ノヤウナ有様デハ行カヌカラ、之ニ向ツテ海外ニ出ル貿易品ニ保険ヲシタラ、其高ニ応ジテ少々保護デモシテヤル法度ヲ設ケタラ、ドウデアラウカト云フコトデアリマシタガ、此方法ハ保険業ヲ営ムモノヽ身ニ取リマシテハ極ク有難イ相談デアツテ、夫レサヘ出来レバ拡張モ致シマセウシ、続々数会社ガ起ルコトハ明カデアリマセウガ、夫レニ伴フ所ノ弊害ト云フモノガ又之ニ一倍シテ来テ、遂ニ純粋ナル保険ト云フモノヲバ皆腐敗サセテ仕舞フト云フ結果ヲ生ジマセウト思ヒマスルカラ、一・二ノ営利的ノ会社カラ考ヘテハ有難イト思ヒマスルガ、総体ノ保険業カラ申シマスレバ是レハ到底出来マスマイ、又政府デモ夫レヲ御許シニナルト云フコト
 - 第23巻 p.438 -ページ画像 
ハアルマイト思ヒマス、然ラバ其拡張ノ方法ハドコニ在ルカト云フ意見ヲ申上ゲマスレバ、第一ニ保険ニ入用ノ専門家ヲ養成スルト云フコトノ御奨励ヲ冀ヒタイ、第二ニハ外国ニ向ツテ信用ヲ示シテ頂キタイ、即チ内地デ以テ相当ノ財産ヲ持ツテ居ル者ガアツテ、有価証券ヲ持ツテ行ツテ政府ニ向ツテ之ヲ差出シテ置ケバ、海外ニ向ツテ夫レダケノ金高ノモノハ保証ヲシテ下サルトカ、或ハ夫レダケノ金ヲ貸シテ下スツテ、夫レヲ保険会社ハ「ばんく・をふ・いんぐらんど」又紐育ナレバ正金銀行トカ他ノ会社ニ入ルヽトカ、或ハ財産ヲ持ツトカ云フ方法ヲ以テ是レダケノ信用ガアルゾト云フコトダケヲ御得意ニ示スコトガ出来ルヤウニ致シタラバ、是レガ一番奨励ノ方法デアラウト私ハ考ヘテ居リマス、其他此海上法律ト云フコトハ私ノ考ヘデハ海上保険ノミナラズ航海ノ愈々発達スルニ随ツテ最モ必要ヲ感ズル事柄デゴザリマシテ、海上裁判又ハ貨物損失ノ決算法ナドニ至テハ、敢テ保険業ノミナラズ極ク必要ニ迫ツテ居ル事柄デゴザリマスルカラ、是等ハ抜リナク御調ベノコトデ着々歩ヲ進メテ居ラツシヤルコトデゴザリマセウガ、尚ホ之ニ向ツテモ御督促ヲ申上ゲタイ、即チ是レダケノコトガ拡張ノ方法デアツテ、ドウモ其他ハ致方ガナイト云フ私ノ愚見デゴザリマス、併シ之ニ向ツテモ矢張リ委員ヲ御設ケニナリマシテ、尚ホ皆様方ノ御意見ヲ伺ツテ良イ御工夫ガゴザリマスレバ御提出下サルコトヲ願ヒマス、之ニ向ツテモ矢張リ七名ノ委員ヲ設ケラレンコトヲ望ミマス
○十三番(近藤廉平君) 私ハ本案ニ対シマシテハ両手ヲ挙ゲテ賛成致シマスルノデゴザリマス、唯今十六番ガ其事業ノ来歴、今日マデノ現状ヲ述ベラレマシテ至極明瞭ニ分リマシタガ、此海運事業家ニ保険事業ト云フモノハ如何ナル必要ヲ感ジ、ドウ云フ関係ヲ持ツテ居ルカト云フコトヲ御参考ノ為メニ申上ゲタイト思ヒマス、此案ニモゴザリマスル通リニ航海・保険・金融ノ三機関ハ即チ海外貿易ヲ発達スルニ最モ必要ナコトハ論ヲ待タヌコトデ、此航海事業者ガ船ヲ遣ツテ向フデ荷物ヲ積込ム、又無保険デ海外ニ荷物ヲ積ムモノハ一人モゴザリマスマイ、其保険ヲスル又其保険ニ付テ一方ノ銀行ニ為替ヲ組ムト斯ウ云フ順序ニナツテ初メテ貿易モ航海モ成立ツノデアラウト思ヒマス、今保険ヲ拡張スルノガ最モ急務デアルト云フコトハ私共感ジマスルノデ、例ヲ挙ゲテ申シマスレバ、孟買ノ航路ハ十数年前カラ郵船会社デ開キマシテ、今日ハ政府ノ命令ヲ奉ジテ居ルノデアリマスガ、モウ逓信省ノ命令中ニ成ルベク日本人ノ海員ヲ命令航路ノ船ニ用ヰルヤウナコトニナツテ居ル、一体会社デモ成ルベク其方ニシタイト実ハ頻リニ考ヘマシテ、非常ニ心配シテ居ルノデゴザイマス、ソレニ伴ウテ起リマスルノハ保険デゴザイマス、曾テ逓信省ガ郵船会社ニ対シテ此孟買航路ニ日本海員ヲ用ヰベキコトデアルガ、余儀ナクシテ外国人ヲ海員ニ用ヰルト云フヤウナ場合ニ依テ之ヲ許スト云フ趣意デアリマス、場所ニ依テハ六ケ月ヲ限ルト命令サレテ居ルノデ、六ケ月ノ後ニナリマスルト、日本人ヲ載セナケレバナラヌト云フヤウナコトデアリマス、其事ニ就キマシテハ保険ヲ荷物ニ付ケナケレバ荷主ガ積マヌト云フコトデアリマス、日本人
 - 第23巻 p.439 -ページ画像 
ノ乗組ニハ保険ヲ付ケ、又保険ヲツケヌ荷物ニハ銀行ハ為替ヲシナイ、サウナツタトキハ船ハ空デ帰ヘスト云フヤウナ結果ヲ見ルカモ知レヌ、ドウシテモ斯ノ如キ場合デゴザイマスレバ、日本ノ保険会社ト云フモノガ十分ニアレマデニ手足ヲ伸バシテ十分ノ働キヲシテ呉レマシテ、外国ノ保険会社ガ保険ヲシナクテモ日本ノ保険会社ガ十分是ニ代ハル働キヲシマスレバ、逓信省ガ命ズル所ノ日本海員ヲ用ヰルコトガ出来得ルヤウニナルカモ知レナイ、今日ノ諮問案中ノ保険事業ノ拡張ト云フコトハ私共当業者ニ取ツテハ目下ノ急務デアラウト考ヘマスル、ソレカラ英吉利ノ方ノ航路ニ付テ申上ゲルト、今十六番ノ陳ベラレマシタ様ニ即チ汽船会社ノ信用ガ十分デナイトキデハ、外国保険会社ガ保険ノ割合ヲ高クシテ容易ニ保険シマセヌ……デ頼メバ割合ヲ高クスルト云フコトデアリマス、ドウカシテ汽船会社ノ信用ヲ取ルニ従ツテ安クナルカモ知レヌケレドモ、日本ノ保険会社ガ其辺ニ十分ノ働キヲシテ呉レタナラバ、割合ガ安ク荷物ヲ積メルト云フコトニナリマスルカモ知レヌ、是等ノ彼此ヲ併セテ見マスルト、ドウシテモ日本ノ保険会社ト云フモノハ海外ニ向ツテ成ルベク十分ノ働キノ出来ルヤウニ拡張スルコトヲ希望シマス、併セテ海上裁判・海上法律ノナイト云フコトハ十六番モ陳ベラレマシタガ、是ハ海運事業者ニ於テハ適切ノヤウニ感ジテ居リマス、此航海事業ト云フモノガ盛ンニ興ツテ居ルニモ拘ハラズ、之ヲ制裁スル裁判モナケレバ法律モナイ、或ハ商法ノ下ニ海商ト云フ部分ノ中ニ多少アルヤウニ思ハレマスガ、随分不十分ナ法律デアラウト私ハ感ジテ居ル、ト云フモノハ、承ハルト独逸ノ百年モ前ノ法律ヲ反訳シテ出シタト悪ルク言ヘバ言ハレル、未ダ保険ト云フモノハ十分世ノ中ニナイ時分ニ出来タ法律ヲ其儘ニ用ヰテアルト云フヤウナ位デアリマス、ト云フモノハ、船ニ荷物ヲ積ムニモ積荷証書トカ云フモノヲ取ルト云フノデアリマス、又アノ海商ノ部類ノ中ニ確カニハ申サレマセヌガ、船長ノ過失其他カラ起ル損失ハ船主ガ其責ニ任ズルト云フヤウニナツテ居ラウト思フ、是ハドウシテモ好シヤ船長ノ過失ニシテモ船ガ之ガ為メニ沈没シ或ハ遭難シタトキニハ、彼保険ハ損失ニナツテ来ル、保険会社ノ責任ニナラナケレバナラヌモノト思ヒマス、ソレ等ノ区別ガ一向ナイヤウニ思ハレマス、又実際衝突ガ種種ナル海事ニ起リマスル度毎ニ是マデ裁判ヲ受クルニモ、実ニ此海事ノコトヲ十分知ラナイ裁判官ノ裁判ヲ受ケナケレバナラヌト云フ今日ノ有様ニナツテ居リマス、ドウカ此海上法律ヲ海事裁判ト云フコトノ出来ルコトヲ私共平生カラ甚ダ希望シテ居ル者デゴザイマス故ニ是ハ御参考ノ為メニ海運事業者ノ不便ヲ感ジテ居ルコトニ付テ一言申上ゲテ置キマス
○十四番(金子堅太郎君) 私ハ農商務大臣ガ本案ヲ御諮問ニナリマシタコトデ、或ハ金融機関ト航海奨励法トニ著手ノ順序カラ言ツタナラバ緩急ハゴザイマセウガ、其関係スル所ノ大キイコトデ、殆ド此事ハ海上保険ノ方ハ法律家トシテ余程大キイコトヽ思ヒマス、ソレデ今益田君カラ懇ニ十二年以来ノ経歴ヲ御話下サレマシテ誠ニ明瞭ニ分リマシタ、私モ聊カ此海上保険ノコトニ付イテ旧来自分ノ好キ
 - 第23巻 p.440 -ページ画像 
デ、殊ニ日本ハ海国デアルカラ、将来宇内ニ於テ日本ノ商工業ヲ発達サセヤウトスレバ、航海奨励・海上保険・金融機関ノ此三機関ヲドコマデモ欧羅巴ノ眼ヲ以テ拡張シナケレバナラヌト云フコトハ、私ノ数年来ノ持論デアリマス、故ニ欧州・米国ヲ巡遊スル度毎ニ此三機関ノ点ヲ始終観察ヲシ、又聊カ是ニ就テ意見ガアリマス、扨テ連日ノ会議デ甚ダ諸君ハ御疲レデゴザイマセウガ、一通リ私ノ説ヲ御聴キヲ願ヒタウゴザイマス、サウシテ目下ノ救済策ヲ講究シテ行キ、一方カラ言ヘバ海運事業ノ発達セヌト云フコトハ誠ニ不幸デアル、併シ私ニ取ツテハ或ハ幸福カモ知レマセヌガ、航海・金融ノ点ニ至ツテハ実ハ満腔ノ熱心ヲ以テ吐露スルコトモ出来ナイ、素ヨリ非難ノ点モアリ、又不平ノ点モ随分是ニハ出ル、誠ニ言ヒニクイコトハ実業ノコトデアルカラ余程控ヘテ居リマシタガ、唯海上保険ニ就テハ今益田君ノ言ハレタル如ク失敗モアリ又尚幼穉デアル、実ニ其通リデアリマス、是ハ私モ未ダ幼穉デアリ失敗ノ国デアルカラ、十分諸君ニ御講究ヲ請ヒマスニ付テハ何ニ突当ルコトモナク拘ハル所モナイカラ、是ゾ即チ驀然ニ我々ガ高等会議ニ於テ将来ノ方針ヲ立テ目下ノ救済策ヲ立テル事項ト思ヒマスカラ、一言陳ベテ暫時ノ間諸君ノ御清聴ヲ煩ハシタイト思ヒマス
 是ニ就テハ一々申シマスルト中々長クナリマスカラ、悉ハシイ欧羅巴ノ海上保険ノ発達ハ申シマセヌガ、兎モ角私ガ救済策ヲ論ジマスルニ付テハ少シヅヽハ其歴史モ御話申シタイト思ヒマス、航海ノコトハ海上ニ国旗ヲ樹テ航行スル船舶ハ我邦ノ領土トシ、外国ニ往ク銀行モ亦債券ト云フモノガアツテ海外諸国ニ通用シテ居ル、海上保険ニ在ツテハ、海上三浬以外ハ既ニ立派ニ宇内ノ共有物トナツテ居ル、故ニ大洋ハ日本ノ働キ次第ニテハ我国ノ自由ニナル、昔航海業ノ発達シタ所ノ「べねす」・「いすぱにや」ノ人ガ地中海ノ内ニ於テ「いすぱにや」ノ領分ニ各国ノ航海者ガ集ツテ始終談判ヲシテ海上保険ト云フモノハ万国共同シテ行カナケレバナラヌ、又サウシテ必ズ船ニハ、一国一国ノ国旗ヲ樹テヽ往カナケレバナラヌト云フコトハ、海上保険ノ沿革カラ言ハナケレバナラヌ、故ニ今日倫敦ノ有様ハ益田君ノ言ハレマシタ通リ、世界中ノ物産ガ集ルノデアリマス、今ハ此海運事業ノ沿革ヲ細カニ申上ゲルノ暇ハナイ、今近藤君ノ仰シヤツタ如ク百年前ニハ独逸・亜米利加ニハ此保険ノコトハナカツタ、ソコデ日本ノ保険会社ガ保険ノコトヲ取扱フニハ、英吉利ノ今日ノ有様ニ拠リ、英吉利ノ慣例ニ拠ルヨリ外ハナイト思ヒマス、ソレデ日本ノ保険会社ガ首ヲ出スト云フトキニハ英吉利ノ倫敦ヘ店ヲ出サナケレバナラヌ、今近藤君ノ仰シヤツタノハ一々御尤デアリマス、又私モ多少倫敦ニ居ツテ調ベマシタガ、中々日本カラ往ツテ六十万円位ノ資本デ保険業ヲ営マウト言ツタ所ガ到底承知モシナイダラウト言ハレマシタガ、是ハ御尤千万デアル、故ニ先ヅ今日デハドウスレバ宜イカト云フコトハ、近藤君ノ御話ノ通リニ日本ノ郵船会社デ積ム荷物ハ日本ノ保険会社ノ保険デハ英吉利ノ荷主ハ御免ヲ蒙ルト云フヤウナコトハ、随分言フノデアラウト思ヒマス、然ラバ彼等ノ安心スルダケノ資本ヲ以テ保険会社ヲ建テナケレバナラヌ、其
 - 第23巻 p.441 -ページ画像 
故ニ郵船会社ガ航路ヲ拡張シテ国家モ先ヅ物品ヲ船ニ載セルトキハ其貨物ノ保険ヲスルト云フコトハ、ドウシテモ将来シナケレバナラヌ、ソレハ日本ガ海外貿易ヲ拡張シ、主トシテ外国貿易ヲ重ンズルナラバ、是モ金融機関ト同ジク十分拡張シナケレバナラヌト思ヒマス、ソコデ倫敦ヘ店ヲ出スニ就テハ困難ナコトガ色々アリマセウ、此点ニ付テハ第一ニ人物ト云フモノガ必要ダト云フ今益田君ノ御話デアリマス、此日本ハ海国デアツテ英吉利ト国ヲ同ジウシテ居ル以上ハ、英吉利ノ古来執リ来ツタヤウニ海上保険ヲ発達サセタイト思フ、今日デモ私ハ英吉利ノ保険会社ノ規則ヲ見ルト云フト欧羅巴ハ御客分デアル、ソレ故ニ南亜米利加ノ海岸デハ英吉利人ガ船長デナケレバ保険ヲ附ケヌト云フコトヲ聞イテ居ル、ソレデ是非トモ此際ハ或ハ国粋保存ト云フ方カラ言ヘバ残念カモ知レヌケレドモ、欧羅巴人ニ倣フヨリ外ハナイ、ソレ故ニ是ハ矢張外国人ヲ船長ニシナケレバナラヌト思フ、此事ニ就テハ先キニ逓信大臣ノ白根君ガ将来日本ハ外国航員ヲ禁ズルコトハ出来ナイ、若シ之ヲ禁ジタナラバ日本人ガ日本ノ船ヲ動カサナケレバナラヌト云フコトニナル、サウスレバ到底海上保険ガ成立チハセヌト云フコトヲ昨年議院デ言ハレマシタ、ソレデ向ウノモノハ倫敦ノ慣例デ例ヘバ南亜米利加ノ船長ハドンナ教育ヲ受ケテ居ルカヲ確メナケレバ保険ヲ附ケヌト云フコトモ聞イテ居ル、先ヅ斯ノ如キモノデゴザイマスカラ、是非トモ保険ニ就テハ宇内共通ノ規則ヲ遵奉シナケレバナラヌ、後進国ノ日本ハ残念ナガラ我国ノ船長ハ海軍大将デアラウトモ如何ナル航海者デアラウガ、日本人ガ欧羅巴ノ信用ヲ得ルヤウニ十年カ十五年ノ間ハ西洋人ニ就テ修業スルヨリ他ナイ、是丈ハ私ハ已ムヲ得ヌコトヽ思ヒマス、ソレカラ第一人物養成ノコトデアリマス、今益田君ノ言ハレル通リ中々人物養成ハムヅカシイ、日本ハ業務ノ発達ガ遅イカラシテ日本人ハサウ云フ風ノ発育ヲ選バナケレバナラヌト思フ、是ハ我々モ益田君ニ御高教ヲ願ヒタイ、斯ウ云フコトガアラウト思ウテ既ニ一昨廿七年私ガ当省ヘ転ジテ以来詮議スルコトヽナツテ、益田孝君近藤君、ソレカラ荘田君、ソレカラ渋沢君・大倉君其他ノ人ヲ御願ヒ申シテ種々話シタ時、海外貿易ハ如何スルカト云ウテ御尋ネヲシマシタガ、先ツ人物養成ガ第一ダト云フノデ、既ニ海外貿易拡張ノ内デ商工業ノ練習生ヲ官費デ十人ヅヽ欧羅巴ヘ遣ルト云フコトニナツタ、彼ノ「アンダーライター」ノ如キハ保険会社ニハ尤モ必要デアル故ニ、益田君ノ言ハレタル彼ノ保険会社ノ見習生・番頭デモ往キタイト云フ者ガアレバ之ヲ遣ルト云フコトニシタイ、尤モ人物ヲ御選定下サレバ宜シイ、其費用ハ悉ク政府デヤルト云フコトデナク半額ハ保険会社デ負ヒ半額ハ政府デ負担スルト云フ道モアリマス、此事ハ既ニ森村君ナドノ御推薦ニ依テ遣リ、又横浜市ノ商会カラ遣リ、又其他大坂ナドモ遣ツテ居ル、又是カラ続々遣ルト云フ見込デアルカラ、是ハ漸次イケルデアラウト思ヒマス、第二ハ信用ノ点、是ハ随分諸君ノ御講究ヲ請ヒタイノデアリマス、私ハ之ニ付テハ一ノ考案ガアリマスカラ試ニ諸君ノ御参考ニ供シマス、到底資本ハ六十万円ヤソコラデハイケナイ、即チ倫敦ノ海上保険会社ノ仲間入リ
 - 第23巻 p.442 -ページ画像 
ハ出来ナイト思フ、各国カラ倫敦ニ出テ居ル数ハ能ク知リマセヌガ百六十モアラウト思フ、又此間考課状ヲ見マシタノニ驚ク程ノ利益ガアリマス、二割八分ニモ当ツテ居ルト云フコトハ別ニ珍シクナイコトデアル、ソレデ特殊ノ利益ガアルカラ従ツテ株券ガ高イ、ソレハ何カト云ウテ段々研究シタ所ガ、元々海上保険ハ西班牙ノ南岸ノ荷主ガ寄ツテ、自分デ損害ヲ蒙ツテハ困ルカラト言ツテ貿易スル者ノ荷主ト船主ガ寄ツテ、共済保険ガ成立ツテ居ル、サウシテ損害ガ例ヘバ十万両ノモノハ名々一万両ヅヽ負担シヤウト云フコトニナツテ居ル、顧ミテ我邦ノ保険会社ヲ見ルト株式組織デアツテ、荷主ト船主トデ成立ツト云フコトハ迚モ日本デハ出来ナイヤウデアル、ソレデ日本モ成ルベク荷主ト船主ト共済保険デ成立ツヤウニシタナラバ十分此間ニ信用ヲ置ケルコトニナラウト思ヒマス、私ハ将来十分信用アル保険会社ヲ作ルニハサウ云フ風ニシナケレバナラヌ、株式会社ノ組織ニスレバ株主ノ選定ニモ余程注意シナケレバナラヌ、今日本ニハ四ツノ大キナ海上保険会社ガアル、是ハ一ツ益田君ニハ言ハレナイガ、益田君ガ一ツノ会社ヲ倫敦ニ御出シニナツタ所ガ、中中資本ガ少クテ、向ウノ信用ヲ得ラレヌト云フコトヲ聞イテ居リマス、ソレデ今日本ニ成立ツテ居ル四ツノ会社ガ共同シテ日本ノ海上保険ノ協会見タヤウニ其権利義務ヲ分担シ倫敦ニ店ヲ出ス、恰モ日本ノ海上保険会社ヲ同一ノ合同体ニテ代表スルノデ、彼「ろいど」ノ海上保険会社ノ如ク、又伊太利トカ或ハ「あとらんちつく」ノ海上保険会社ノ如ク同一ニ共同シテヤツテ居ルヤウニ、日本ノモ合同シテ向ウニ当ツテ、成ルベク日本ノ四ツノ海上保険会社ヲ合同シテ英吉利ニ対シテ否宇内ノ貿易場裡ニ踏込ンデ競争シタラバ宜クハナイカ、而シテ内地ニ係ルモノハ矢張従前ノ如ク別々ニシテヤルト云フコトニナツタラ、彼ニ対シテ十分ノ信用ヲ得ルコトガ出来ルダラウト思ヒマス、併ナガラ二十万弗ハドウシテモ現金デ積ンデ置カナケレバナラヌ、是ハ幸ヒ大蔵省ノ添田君ガ出テ居ラレマスカラ宜シク御攻究ヲ願ヒタイ、是ヲ二十万弗トシテ即チ四十万円無利息デ欧羅巴ノ市場ヘ出シテ信用ヲ得ルノガ中々今日ムヅカシイノデアリマス、トコロガ先日来是ハ度々申シマシタガ、実ニ千歳一遇ノ償金ヲ「ばんく・おふ・いんぐらんど」ニ預ケテアル、アノ内ヨリ二十万弗即チ四万磅ダケヲ以テ日本カラ合同保険会社ヲ出シテ倫敦ノ保険会社ノ仲間入ヲスルナラバ政府ガ「ばんく・おふ・いんぐらんど」ニ預ケテアル金ノ名前ヲ書換ヘル、デ此日本ノ保険会社ヲ倫敦ニ出シテ居ルモノハ担保ノ云フコトニスル、ソレハ四朱カ五朱ノ公債ヲ大蔵省デ預ツテ居レバ政府ハイツデモ損ハセヌ、サウシテ保険会社ハ五朱ノ利ヲ取ルカラ矢張保険会社デモ損ガナケレバ又政府ニ於テモ損ハナイ、ソコデ倫敦ニ於テハ大変信用ヲ得ルコトニナル、此償金ノアル間ニ欧羅巴ニ土台ヲ作ルト云フノハ此コトデアリマス、トコロガ彼等ハ曰ク二十万弗ヲ「ばんく・おふ・いんぐらんど」ニ預ケテアルカラ、本国デ身代限ヲシタトキハ取ラレヤセヌカト云フガ是ハ先取特権デ、斯ク斯クノ担保・先取特権ヲ以テチヤント向フニ仲間入ヲスルト云フコトヲ定約書ニ書イテ置キマスレバ宜シイデゴ
 - 第23巻 p.443 -ページ画像 
ザイマス、ソレハ即チ日本ノ保険会社モ矢張是ダケハ宇内、彼ノ西班牙ノ南海岸デ各国ノ人ガ保険ヲ附ケタトキノ習慣ニ依ツテ各国保険業者ガ其先取特権ヲ持ツト云フコトニスレバ、内ニハ合同シテ大キイ資本ヲ持ツテ外ニ向ヒ、政府モ唯無利息デ預ケテアル償金ノ名前ヲ書換ルダケデ済ム、ソレカラ彼ノ国ノ同業者ハ保険先取デ安心スル、斯クシタナラバ私ハ倫敦ニ於テ信用ヲ得ルダラウ、ソレデモ信用ヲ得ナケレバ他ニ策ハアルマイト思フ、斯ル今日ノ気運ニ遭遇シテハ、政府モ亦一ツ此国家ガ海外貿易ノ必要ナルコトヲ認メタナラバ、将来政府ニ於テ戦後ノ経営トシテ各種ノ買上ゲ、例ヘバ軍艦軍器、ソレヨリ鉄道・機械等総テノ物ヲ買上ゲテ「ろいど」会社ノ方ニ保険ヲ付ケサセルトキ、其保険ヲ外国ノ会社ニ頼マズシテ日本ノ保険会社ニ命ジテ、而シテ其日本ノ会社ヲシテ在倫敦ノ外国保険ニ再保険ノ相談ヲシタナラバ、「ろいど」モ飛掛ツテ来ル、且又伊太利・亜米利加モ飛掛ツテ其再保険ノ引受ヲスル、ソレデ将来政府ニ於テ日本ヘ送ル所ノ買上物品ニ保険ヲ附ケルトキニハ、日本ノ保険会社ニ言付ケルコトニ致シタシ、斯ウ云フコトニシタナラバ喜ンデヤル、是ナドハ戦後ノ経営ノ一事デアラウト思フ、ソコデ政府モ此際ニハソレダケノ便宜ヲ与ヘテ、其代リ一方ニ向ツテハ民間ノ人モ一人デ信用ヲ得ラレマセヌカラ合同シテヤル、政府ノ償金モ多少利用シ、政府ノ御用ハソレニ保険ノ仕事ヲ取扱ハセル、斯クシタラバ私ハ今日ノ海上保険ガ成立ツデアラウト思フ、此他ニマダ良イ考案ガァルナラバ諸君ノ御名説ヲ聴キタイ、此点ニ付テハ余程注目セナケレバナラズ、是位重大ナコトハナイト信ズル、而シテ第三ノ経費ノ点ニ至ツテハ四会社合同シテ店ヲ出スナラバ、四万弗ト仮定シテ一社ガ一万弗デ行ケルダラウト思ヒマス、終ニ臨ンデ此コトハ危険ナコトデアル、海上ノコトデアルノニ海商律モ海上裁判モ不完全デアルト云フ御説ハ御尤モデゴザイマス、依ツテ政府ハ其法典ヲ作ル為ニ法典調査会ト云フモノヲ設ケテアル、故ニ日本ハ海国デアル以上ハ今マデノ如ク海国デナイ独逸ノ法律ヲ採ルノハ宜シクナイト云フコトハ私ノ賛成スル所デアリマス、此上ハ英吉利ハ海国デアツテ国ノ地形カラ見テモ、又営業ノ状況カラ申シマシテモ、ドウシテモ英吉利ニ倣ツテ海上裁判ヲ設クベシ、海上法ハ斯ク斯クニ設クベシト云フ論ガアルノデ、此点ハ政府ニ於テ斯ノ如キ海上裁判ヲ設ケテ貰ハヌケレバ航海業者・海上保険業者ニ不充分デアル、又今ノ商法ニアル海商ト云フダケデハ足ラヌカラ、先ヅ斯ウシテ貰ハナケレバ日本ノ外国貿易ハ発達セヌト云フコトヲ、此高等会議ヨリ一々条項ヲ示シタイ、法典調査会ハ今尚ホ審議中デアルカラ、法典調査会ガ終ツテ仕舞ハヌ内ニ是モ早クシナイト時機ヲ失ヒマス、又今我々ガ海上保険ノ事柄ヲ熱心ニ国家ノ為ニ議シテモ、此時機ヲ失ヘバ法典調査会ガ終ツテ仕舞フ、サウスルト先刻近藤君ハ独逸ノ法律ノ翻訳ダト言ハレマシタ如ク、日本ノ法学者ハ海商ノコトハ知ラヌカラ甚ダ不適当ダト云フ非難ヲ受ケルヤウナコトガアリマスカラ、ドウカ此海上裁判ノ方モ此処デ一ツ充分御意見ヲ御陳述ナサレ審議シタ上ニ、法典調査会ヘ建議シタナラバ是モ直ラウト思ヒマス、斯クスル
 - 第23巻 p.444 -ページ画像 
トキニハ海上保険モ初メテ欧羅巴ノ仲間ニ入ツテ、夫レヨリ進ンデ日本ノ海運ヲ発達サスルコトガ出来ヤウト思ヒマス、是レガ私ノ意見ノ概要デゴザリマス、聊カ卑見ヲ述ベテ諸君ノ御参考ニ供シマス又此事ニ付テハ委員ヲ御設ケニナルト云フコトデゴザリマスルガ、此委員ハ咄嗟ノ間ニ御極メニナル訳ニモ行クマイト思ヒマスカラ、是レハ慎重鄭寧ニ継続委員ニデモナサレテ、此次ニ農商務大臣ノ御諮問ノアル時ニ之ニ付ケバ、国家将来百年ノ大計ヲ目的トシテ御審議アランコトヲ希望致シマス、此事ヲ一言申上ゲテ置キマス
○七番(益田孝君) 保険ノコトニ付テハ十四番・十六番・十三番等カラ詳ハシク御論ジニナリマシタカラ、モウ別ニ陳弁スルノ必要ハナイ、一々御同意デゴザリマス、唯今十四番ハ奨励ノ一ツノ策トシテ日本ノ海上保険会社ヲ合同スルト云ハレマシタガ、合同スルコトガ出来レバ合同スルノモ宜シイ、詰マリ日本ノ保険会社ノ倫敦ニ出テ居ルモノニ必ラズ命ズルコトニスル、夫レガ先ヅ第一ノ奨励ニナルト思ヒマス、是レハ一私人ノ営業法策デナク、即チ金融・航海・海上保険ト云フ一ノ必要ナル機関ヲ助ケルノデゴザリマスカラ、海上法ト云フヤウナモノガ幾ラカノ妨ゲヲスルナラバ取ツテ除ケテ、即チ日本ノ船長ヲ以テ航海スルニアラザレバ航海奨励金ヲ与ヘヌト云フヤウナ、一方ニハ此機関ヲ発達セシムル為メニ政府モ利用スルト云フコトハ極ク宜イコトデゴザリマスカラ、矢張リ奨励ノ一案ト心得マス、又唯今十四番ノ御説ニ私ノ聴間違カ存シマセヌガ、此案ハ鄭重ニ審議シナケレバナラヌカラ、委員ヲ選ンデモ其委員ハ後会ニマデ及ンデ能ク取調ベヲスルガ宜イト云フコトデゴザリマシタガ、海上規則・海上法ナドニナリマシテハ随分込入ツタルコトデゴザリマスカラ成程時日ヲ要シマセウガ、航海ノコトヽ云ヒ金融ノコトハ随分世ノ中ニ喋々其必要ヲ論ジマスルケレドモ、夫レニ続イタル此二ツヲ活ス所ノ海上保険ト云フモノハ一向人ノ耳ニ這入リマセヌ、其上ニ十六番カラ前ニ述ベラレマシタ所ヲ承ハリマスレバ、同ジ困難ナ仕事デモ現ニ航海・金融ナゾハ延ビテ行キマスニ拘ハラズ海上保険ハ萎靡退縮スルト云フヤウニ承ハリマシタガ、段々今日マデハ進ミツヽアルトノミ思フテ居リマスル、即チ吾々ガ営業ニ於テ日本ノ海上保険会社ニ依ツテ居リマスル位ノ其海上保険会社ガ萎靡退縮ト云フヤウナコトヲ承ハリマスレバ、是レコソ由々敷大事デアツテ此案ノ出マシタノモ一方ニハ大ニ之ヲ奨励シ、又人気ヲ回復スル一ツデゴザリマセウガ、此委員ガ長ク後ニ残リマシテトウトウ其事ダケハ後会ニ譲ルト云フコトニナリマスルハ甚ダ残念デゴザリマセウト存ジマスルデ、兎ニ角此委員ヲ御選ビニナツテ、其委員ハ目下実ニ必要ナルコトヽ認メタナラバ、速カニ考案ヲ呈シテ、サウシテ奨励スベキ方法ノ宜シキヲ得タルモノハ直チニ建議サレルト云フコトノ手続ニ運ビタイト存ジマスル、段々ノ御陳述ヲ承ハリマシテ、殊更ニ此事ハ至急ヲ要スルト云フコトヲ考附イテ玆ニ賛成ノ意ヲ表シマス
○十一番(渋沢栄一君) 第六諮問案ハ皆様モ御論ジ尽シデゴザリマシテ、之ニ対シテ必要トカ云フヤウナコトヲ敷衍致ス要用ハゴザリマ
 - 第23巻 p.445 -ページ画像 
セヌ、十六番カラ日本保険事業ノ沿革モ一番ノ言葉ニ応ジテ御答ヘニナリマシテ、明治十二年ニ此コトガ起ツタト云フ日本ノ保険業ノ起リカラ今日マデノ沿革ヲ申述ベラレマシタガ、丁度明治十二年ニ東京海上保険会社ノ起リト云フモノハ甚ダ嗚滸ガマシイコトデゴザリマスガ、最モ私ガ主唱シテ、最モ私ノ尽力シテ成立ツタコトデゴザリマス、今記臆シテ居リマスコトヲ掻摘ンデ申上ゲマスルガ、其時分ノ心掛ケニハドウシテモ日本ノ商業ヲ発達サスルニハ金融・運輸・保険ト人物ト云フモノガ必要デアルト云フコトハ十六番モ述ベラレマシタガ、私共学術上深イ考ヘハゴザリマセヌケレドモ、商売上入用デアラウト思フテ居リマシタ、併シ其時分ニハ商売人ガ金ヲ持立《(出カ)》シテ危険ヲ請合ツテ金ヲ取ルト云フヤウナコトハ分ラヌカラ、固ヨリ今日ノヤウニナツテハ、サウ云フコトハゴザリマセヌガ、其頃マデハ中々人ガヤラナカツタ、其時岩崎弥太郎ハ海運事業ニ力ヲ入レテ居ツタカラ、ヤツテハドウカト話マシタケレドモ尚ホ早シト云フ考ヘデアツテ、其時分彼ノ人ナドモ十分ニ力ヲ入レルマデニ至ラナカツタ所ガ、丁度其時分華族様方ノ鉄道ノ組合ト云フモノガアリマシテ、横浜ノ鉄道ヲ官デ払下ゲラルヽニ付テ夫レヲ買受ル、其代価ハ三百万円七ケ年賦ト云フ契約ガ成リマシテ、六・七万円《(十脱カ)》ノ金ヲ政府ニ預ケテアリマシタガ、都合ニ依ツテ夫レガ止メニナリ其金ヲ取戻スト云フコトニナリマシタカラ、之ヲ蜂須賀サン・毛利サン越前サン・加州サントカ申スヤウナ重ナル方々ニ頻リニ御話シテ、夫レガ重ナル資本ニナツテ此会社ガ成立チマシタ、其事ガ成立チマスル時ニ岩崎モ、是レハドウモ必要デアルカラ私モ仲間ニ這入ラウト云フテ組立テマシタノガ今ノ東京海上保険会社デアツテ、私ハ其時カラ相談相手デアルノデ、実務ヲ重ニ執リマシタノハ十六番デアリマス、東京海上保険会社ノ起リハ左様ナ有様デアリマシタ、而シテ内地ノ保険事業ハ其時分カラ比較シマスルト、決シテ萎靡振ハズデハナイ、追々ニ発達シテ居リマス、現ニ十四番モ云ハルヽ通リ四会社ガアツテ相共ニ相当ノ仕事ノアルマデニ進歩シテ居ル、左リナガラ日本内地ノ保険事業ハ沿岸航海ダケノ仕事デアツテ、商売ノ発達ナドト申スコトハ出来ヌ、故ニ明治廿一年デシタカ廿二年デシタカ、一ツ力ヲ張ツテ英吉利ニ代理店ヲ出シテ営業ヲ試ミタラ宜カラウト云フ人モアリ、又此処ニ御出ノ益田君モ其事ニハ十分ニ力ヲ入レラレマシタ、其時私共至極結構ドウゾ力ヲ御入レナサイト勧メタノデアル、尤モ其時ニ或大ナル事件ヲ引受ケテ会社ハ非常ナ困難ニ逢フタコトモアル、又逢フヤウニナツタカラ今ノ倫敦ニ着手スルト云フヤウニナツタカト記臆シテ居リマス、所ガ倫敦ノ状況ハ先刻益田君カラ申述ベマシタ通リ十分ナル人物・相当ナル資本等、彼是レ具備シナケレバナリマセヌカラ、東京海上保険会社ノ倫敦ニ於テ着手後ノ有様ト云フモノハ、先刻モ益田君ガ、有体ニ申サバ討死トカ切腹シナケレバナラヌヤウナ随分困難ナル位地ニ立至ツタト申サレマシタガ、事実サウデアル、丁度私共昨年カラ株主デアルタメニ選挙ニ応ジテ取締役ノ一人ニ加ハリマシテ、不幸ニシテ今困難ナル位地ニ立ツテ居リマスル所デアリマス、併ナガラ熟ラ考ヘテ見マスル
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ト、玆ニ斯ウ云フ案ノ出マシタニ拘ハラズ保険業ハ航海ヤ金融ト共ニ必要ナリト云フナラバ、其業勢ノ盛衰ニ依ツテ変遷スベキデハナイ、今東京海上保険会社ハ最モ鋭意挽回ヲ期シテ居リマスルガ、併シ海外ニ対スル海上保険業ハ実ニ容易ナモノデナイト云フコトハ、英吉利ニ営業ヲ開イテ以来七・八年ノ今日能ク分ツタト申シテ宜イト思ヒマス、翻テ海外ニ対スル保険事業ハ今日ハ実ニ幼稚ナ日本ノ有様デゴザリマスカラ、例ヘバ航海ト云ヒ或ハ金融ト云ヒ已ムヲ得ズ相当ノ保護ヲセザルヲ得マセヌ、又保護シテ発達セシムルハドウモ此場合ニハ必要デアラウ、限リナク何時マデモ保護バカリシテ国家ノ力ヲ以テスルガ宜イトハ申シマセヌ、此航海・金融・保険ノ三ツノ中ニ比較カラ云フト、海上保険ナドハ別ニ国家カラ保護ヲ受ケタト云フコトハゴザリマセヌ、今ノ東京海上保険会社ハ万一幾干ノ利益ニ達セヌ時ハ斯様シテヤラウト云フ法ハ、先年会社カラ願出シテ設ケラレテゴザリマスルガ、併シ先ヅ申サバ唯々万一損ノ立ツタ時ニ是レダケノコトヲシテヤラウト云フ約束ニ止ツテ、事実ニ於テハ別段官カラ償フテヤルト云フコトモナクテ済ンデ居リマス、今日ニ至ツテ国家カラ金ヲ出シテドウスルト云フコトハ私モ余リ求メタクハアリマセヌガ、恐ラク海上保険ノ海外ニ向ツテノ事業ハ各会社ノ自力デ相当ノ発達ヲシテ行クカト云フト甚タ覚束ナイ、又言ヲ換ヘテ申サバ、迚モムツカシウゴザルト云ハザルヲ得ヌト思ヒマス、故ニ此御諮問案ニ対シテハ最モ必要デゴザリマスカラ、国家ニ於テモ相当ノ奨励若クハ保護ヲ与フルヤウニアリタイト思ヒマス、其方法ニ於テハ先刻十六番ハ是レ是レト云フコトヲ申サレマシタガ、夫等ハ最モ宜カラウト考ヘマス、併シ尚ホ委員ヲ立テヽ御調査ニナルガ宜カラウト存ジマスルデ、十六番ノ委員説ニ賛成致シマス
○一番(大倉喜八郎君) 委員説賛成
○議長(伯爵佐野常民君) 別ニ御意見モゴザリマセヌケレバ、委員ヲ設ケルト云フ御建議ニ付テ決ヲ採リマス、此第六諮問案ヲ委員ニ附託シマシテ尚ホ調査ヲスルト云フコトニ御同意ノ御方ノ起立ヲ請ヒマス
  全会  一致
 全会一致ヲ以テ可決致シマシタ、尚ホ委員ハドウ致シマスカ、議長ニ於テ指名致シマスカ、御投票ニナリマスカ
○十四番(金子堅太郎君) 議長ノ御指名ヲ願ヒマス
○議長(伯爵佐野常民君) 夫レデ御不同意ガゴザリマセヌナラバ別ニ起立ニ問ヒマセヌ
○中略
○議長(伯爵佐野常民君) ○中略 諸君毎々御苦労ヲ願ヒマスガ、海上保険ノ調査ヲ願ヒマス委員ノ御方ヲ申上ゲマス、壱番ノ大倉喜八郎君五番ノ原善三郎君・十一番ノ渋沢栄一君・十三番ノ近藤廉平君・十六番ノ益田克徳君・十七番ノ藤井三郎君・十八番ノ森村市左衛門君ニ御苦労ヲ願ヒマス
  午後零時三十分散会

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第一回農商工高等会議議事速記録 第三六一―三六九頁 明治三〇年四月刊(DK230042k-0002)
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第一回農商工高等会議議事速記録  第三六一―三六九頁 明治三〇年四月刊
明治二十九年十月二十六日(月曜日)午前九時四十三分開会
          出席者
            議長  伯爵 佐野常民君
            一番     大倉喜八郎君
            二番     藤田四郎君
            三番     藤田伝三郎君
            四番  男爵 鈴木大亮君
            五番     原善三郎君
            七番     益田孝君
            八番     安藤太郎君
            九番     山本亀太郎君
            十番     中上川彦二郎君
            十一番    渋沢栄一君
            十三番    近藤廉平君
            十四番    金子堅太郎君
            十六番    益田克徳君
            十七番    藤井三郎君
            十八番    森村市左衛門君
            十九番    土居通夫君
            二十番    広瀬宰平君
            二十一番   添田寿一君
          欠席者
            十五番    浜岡光哲君

○議長(伯爵佐野常民君) 一昨日ニ引続キ会ヲ開キマス、第六諮問案ニ附キマシテ委員諸君ヨリ調査ノ報告ガゴザイマス、ソレヲ朗読致シマシテ直チニ議題ト致シマス
   〔有賀幹事朗読〕

    第六諮問案委員会決議
  本会ハ海上保険事業ノ外国貿易拡張ノ為ニ必要ナルヲ認メ、政府ニ於テ左ニ掲クル所ノ四項ヲ実施セラレ以テ該事業ノ発達ヲ奨励セラレンコトヲ望ム
  一海上保険専門ノ人物ヲ養成スルコト
  一海上保険会社ヨリ海外ヘ業務拡張ノ目的ヲ以テ公債証書若クハ其他政府ニ於テ信用スル有価証券ヲ担保トシテ差出ストキハ、政府ハ其会社ノ資本及業務ノ程度ヲ審査シ、其確実ナルモノニ対シ其担保品ノ価格ニ相当スル現金ヲ英国並ニ合衆国ニ於テ貸与シ、政府ノ命スル所ノ其地ノ銀行ニ預入レシムルコト
  一海上律並ニ海上保険律ハ、東洋一般ノ慣習法タル英国ノ法律ニ則リ速ニ制定施行スルコト
  一政府ノ買上ニ係ル輸入品ハ、在外日本保険会社ヲシテ其保険ヲ取扱ハシムルコト
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  右及報告候也
   明治廿九年十月廿四日
                   委員 大倉喜八郎
                   同  原善三郎
                   同  渋沢栄一
                   同  近藤廉平
                   同  益田克徳
                   同  藤井三郎
                   同  森村市左衛門
    農商工高等会議々長 伯爵 佐野常民殿

○十一番(渋沢栄一君) 委員会ノ評議ノ模様ヲ一言申上ゲテ置キマスル、本案ハ海外貿易ヲ拡張致シマスニ附キマシテ関係ノ重且大ダト云フコトハモウ、既ニ本会ニテ決定サレテ居ルコトデ、委員会ニ於テモ全ク同論デゴザイマス、而シテ是迄ノ海上保険ニ対シマスル進ミト申シ、又政府カラノ待遇ト申スモノハ、他ノ金融若クハ運輸事業ナドニ較ベテ見ルト、余程扱ヒガ薄イノデゴザイマス、是ハ又事実ニ於テ止ムヲ得ヌコトデ、一方ガ進ンデ参ラヌカラデモゴザイマセウ、故ニ今日彼ノ二業ト相対スル如ク積極ナル方法ヲ講ズルハ、此節柄果シテ行ハレルカ、如何ノ恐レモゴザイマス、為シ得ベキダケヲ求メ、又成リ得ベキダケノ方法ヲ講ズル方ガ宜カラウト云フ考ヘデ、望ム区域ヲ低メマシテ、即チ此所ニ第一ヨリ第四マデノ考案ヲ具シマシタノデゴザイマス、但シ此海上保険ノ専門ノ人物ヲ養成スルナドヽ申スノハ、充分ニ意味ヲ尽サヌカモ知レマセヌ、ドウ云フ筋ノ人ヲ幾人ニシテ、何処ノ国ニ、ドウスルガ宜カラウト、云フコトハ申サイデモ、大抵モウ、其御筋ニ於テモ御了知ノアルコトデ又第三項ノ海商律等ノコトハ既ニソノ法案ガゴザイマスガ、多クハ英吉利法ニ倣フタガ宜カラウト考ヘマス為ニ、ソレヲ意味シテ此所ニ明言シテ置イタガ宜カラウ、又終リニ政府ノ買上品ヲ、在外ノ日本保険会社ニテ成ル可ク保険ヲサセルト云フコトモ、或場合ニハ入札法モゴザイマセウシ、只受負者ニ命ジテヤラセル場合モゴザイマセウガ、ソレラハ政府ニ於テ少シ注意シテ、其保険ガ同ジ価ナラ、日本ノ保険会社ニヤラセルト云フコトヲ講ジマシタナラバ、必ズ其コトガ届クデアラウト考ヘマスルノデゴザイマス、玆ニ委員会デ評議シマシタ右等ノ顛末ヲ一応申上テ置キマス
○二番(藤田四郎君) 此委員会ノ御決議ハ最モ適当ノコトヽ思ヒマスルデ、賛成ヲ致シマス、併シ若シ御決議ニナリマシタナラバ、始メノ処ノ文章ハ少シ可笑シイヤウニ思ヒマスカラ、議長デ然ルベク御添削ヲ願ヒタウゴザイマス
○十四番(金子堅太郎君) 私モ二番ノ説ニ同意デゴザイマス、此文章ハ、モウ少シ直シタイ処ガゴザイマス、斯ウ云フモノハ将来ノ記録ニ残リマシテ、謂ハヾ海外貿易ニ対スル国家ノ方針トモナルベキ重大ノ記録デゴザイマスルデ、成ルベク文章ナドハ曖昧ノコトノナイヤウニ、愈々確定ニナリマシタラ幹事ノ方ヘ御命ジニナルヤウニ願
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ヒマス、唯私ガ一ツ此所ニ御相談ヲシタイト申シマスルノハ、是デアルト私ガ本案ニ賛成シタ趣意トハ少シ違ヒマス、是デ永久百年デモ、公債証書等ノ政府ノ信用スル有価証券ヲ出シテ、政府ガ現金ヲ彼国ヘ送ツテヾモ、此現金ヲ英国及ビ合衆国デ出サナケレバナラヌ私ガ賛成シタノハ、欧洲ニ於テ受領スル償金ガ無利息デばんく・おふ・いんぐらんどニ預ケテアルノヲ、名前ヲ書換タダケデイケバ、此業ガ成立ツニ依ツテ、海上保険ヲ発達セシメントスルナラバ其ばんく・おふ・いんぐらんどニ預ケテアル償金ノ内ヲ、海外貿易ニ従事スル保険会社ノ名前ニ書換ヘサセ、ソレノ抵当品ハ此方カラ有価証券ヲ納メテナリトモシテ、政府デ保護シテ呉レト云フノデアリマス、若シ是ガ百万円ニモ二百万円ニモ殖ヘ、確実ナル会社ガ殖ヘル時ハ、政府ガ現金ヲ合衆国若クハ倫敦ヘ送ツテヾモシナケレバナラヌヤウナ御説明ノヤウニ存ジマス、或ハ委員会ノ御決議ノ精神ハサウ云フ精神デゴザイマシタラウカ、或ハ欧州ニ於テ受領スル償金ガばんく・おふ・いんぐらんどニ預ケテアル、是ヲ会社ノ名前ニ書換ヘテ融通ヲ附ケ、且発達奨励スルト云フコトデゴザイマセウカ、チヨツトドナタカ委員ノ御方ニ伺ヒタウゴザイマス
○十一番(渋沢栄一君) 今十四番ノ御質問ニ、第二項ノ政府ノ与ヘル保護ノ年限ノ如何ニ関シテ御問ヒガゴザイマシタガ、是ハ委員会ノ考ヘデハ償金ノアル時期ダケト云フ意味デハゴザイマセヌ、償金ノアル時期ハ十年モ二十年モゴザイマスレバ、或ハ償金ノアル時期ト云フテ宜シウゴザイマスガ、政府ノ御都合ニ依ツテ来年ノ春ニナレバ引上ゲルカモ知レナイ、其場合ニ臨ンデ直ニ止メルト云フコトニナレバ会社ハ却テ迷惑スルト云フテ宜イ位デ、俄カニ引上ゲニナルト海外デ空ナ信用ヲ受ケテモ、直様其信用ダケノ事情ヲ行フニ大変困難ト云フ境遇ヲ惹キ起スノデゴザイマス、故ニ資本及ビ業務ノ程度ヲ計ツテ、幾年ノ間ト云フコトヲ会社ハ願ツテ出ル、ソノ間ダケハ政府ガ是位ノ現金ヲ英若クハ米ヘ置金ニシテヤルト云フ見込ヲ以テヤツテ貰ヒタイ、若シソレガ出来ヌトナルト、出来ヌト仰ツシヤルヨリホカシカタガナイ、只償金ヲ此方ヘ引取ル迄ノ間デアルト云フト、少シク十四番ノ言ハルヽ通リナラバ一時ハ便宜ヲ得ルデゴザイマセウガ、永久ノコトニナラヌト吾々共会社ノモノハ困ル話デ、委員会デハ十四番ノ御考ヘノ通リデハナカツタト申シマス
○十四番(金子堅太郎君) 勿論私モ今貸ス金ハ、例ヘバ償金ノ内カラ五十万ナリ百万ナリ、ソレハ償金ガ今無利息デアルカラ、年限ハ十年トカ二十年トカ限ツテ、ソノ年限中政府ガ引上ゲルヤウニサレテハ困ル、ソレハ私ハ今十一番ノ御説ト御同論デアル、又今無利息デ預ケテアル金ガアルカラソレヲ貸ス、併シ貸スニ付テ一年ナラ一年イツ何時デモ引上ゲルト云フコトデハ、業務ガ成立ヌト云フコトモ御同意デアリマス、併シモウ一歩進ンデ、若シ十一番ノ説ノヤウニスルト、今ハ三ツノ保険会社ガアル、東京海上保険会社・帝国海上保険会社・大阪ノ日本海陸保険会社ト云フヤウナモノデアリマスガ斯ウ書イテ置クト、欧州ニ償金ガナクツテモ、今ノ問題デハナイガ将来此コトニ付イテ幾ラモ計画シテ起ツタトキハ、償金ガ無クツテ
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モ貸スノデゴザイマスカ、勿論資本及ビ業務ノ程度ヲ審査シテノ後デアリマスガ、償金ガ無フテモ現金ヲ送ラナケレバナリマセヌカ、ソコハ如何デゴザイマス
○十一番(渋沢栄一君) 更ニ進ンデ十四番ノ御質問デゴザイマスガ、或ハ此所ハ幾年迄斯ウ云フコトヲヤルガ宜カラウト云フコトヲ意味シテ書クガ適当カモ知レマセヌケレドモ、併ナガラ海外ニ対シテ保険事業拡張ノ為メニ、単ニ自力バカリデハムツカシイカラ、政府ニ於テ国庫ノ補助ヲ強クセヌ限リ保護ノ道ヲ講ズルガ宜カラウト云フ意味ヲ以テ、此第二項ヲ認メタノデゴザイマス、固ヨリ資本及ビ業務ノ程度ヲ審査シテ、確実ナルモノニ対シテト云フ意味デゴザイマスカラ、悉ク出来タモノニ対シテ、果シテ此一般奨励ノ法律デ持出シタモノヽ如ク意味シテ、十年先キ、二十年先キ、彼等ノ望ミガアレバ限リナクヤルト云フ程ノ意味デハナイ積リデゴザイマス、ソレデ若シ此所ニ何トモ書イテナクテハ少シ疑ハシイト云フ御懸念ガゴザイマスレバ「若クハ必要ト認ムルトキハ」ト申スヤウナ文字ヲ此内ニ加ヘマシテモ止ムヲ得マセヌ、ソレデ末ノ末マデ悉ク、十年モ二十年モ応ズル意味カト仰ツシヤルト、ソレハ必要ニ応ジテヤラヌケレバナラヌノデ、応ジラレナケレバソレハ拠処ナイト云フコトヲ含蓄シテ居ルト、御答ヘスル外ナカラウト思ヒマス
○十四番(金子堅太郎君) 分リマシタ
○四番(男爵鈴木大亮君) 別ニ異議モナイカノヤウデゴザイマスカラ御採決ヲ願ヒマス
○議長(伯爵佐野常民君) 決ヲ採リマス前ニ、私ハ甚ダ不案内デスカラ十六番ニ御尋ネシマス、此第一項ニゴザイマス海上保険専門ノ人物ヲ養成スル、是ハ至極必要ノコトデゴザイマスガ、英国アタリデハ是ヲ専門ニ教ユル学校デモアリマスカ、ドウシテ養成スルノハ完全ニ出来マスカ
○十六番(益田克徳君) ドウシテモ是ハ学校デハ出来マセヌ、モウ既ニ商業学校ナドヲ卒業シテ立派ニ語学ニモ通ジテ居ル人間ヲ、実地ニ社会ニ置キマシテ覚ヘサセル外仕方ハゴザイマセヌ
○二十一番(添田寿一君) チヨツト委員中ニ御相談致シマスガ「其担保品」ト云フ上ニ「一定ノ年限間」ト云フコトヲ御入レヲ願ヒマス
○十一番(渋沢栄一君) 詰マリ「相当ノ期間」トカ何トカ云フ字ニナレバ宜イノデスナ
○二十一番(添田寿一君) 文字ハドウデモ宜イ、詰マリ年限ガアルト云フコトヲ書入タイノデゴザリマス
○十六番(益田克徳君) 賛成
○十三番(近藤廉平君) 廿一番ニ賛成
○十四番(金子堅太郎君) 相当ノ年限間トスルノデゴザリマスカ
○廿一番(添田寿一君) 「相当ノ期間」デモ宜ウゴザリマス
○十一番(渋沢栄一君) 唯今十四番ノ御質問モゴザリマシタガ「必要ト認メルトキハ相当ノ期間ヲ定メ」ト云フヤウニシタラ、十四番ノ御懸念ノ点モ宜クナルダラウト思ヒマス
○十四番(金子堅太郎君) 其方ガ宜ウゴザリマス
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○二番(藤田四郎君) 二十一番ノ御趣意トハ違ヒハ致シマセヌカ、廿一番ハ相当ノ年限間ト云フノデゴザリマス
○二十一番(添田寿一君) 期間ト云フコトガアレバ何方ラデモ宜イ
○二番(藤田四郎君) 廿一番ノ趣旨デアレバ、本文ノ方ニ入レルガ相当ト思ヒマス
○八番(安藤太郎君) サウスルト、無利息ノ金ハ無クツテモ相当ノ期間中保護スルト云フコトニナリマスカ
○十一番(渋沢栄一君) サウデゴザリマス
○廿一番(添田寿一君) 委員長ノ御修正ノヤウニナレバ、結構デゴザリマス
○議長(伯爵佐野常民君) 唯今ノ御修正ハ「必要ナリト認メタルモノハ相当ノ期間ヲ定メ、其担保品ノ云々」トスルノデゴザリマスカ
○二十一番(添田寿一君) サウデゴザリマス
○議長(伯爵佐野常民君) 夫レデハ、夫レニ御同意ノ方ノ起立ヲ請ヒマス
  全会  一致
○十四番(金子堅太郎君) 文字ニ付テ語句ノ悪ルイ所ハ、幹事ニ於テ御直シニナリマスカ
○議長(伯爵佐野常民君) サウデゴザリマス
   ○明治三十年前後ニ於ケル我国海上保険業ハ未ダ草創ノ域ヲ脱セズ、諸会社ハ概ネ業務不振ノ状態ナリキ。当時我国ニ於ケル海上保険会社ハ、東京海上・大阪保険・帝国海上・日本海上・日本海陸ノ五社ニシテ、東京海上ハ明治十二年創立当時ノ資本金六十万円、三十年三百万円ニ増大セシガ業務不振ノ為メ三十二年ニハ半額減資ノ百五十万円トナレリ。大阪保険ハ明治二十六年十月設立、資本金百二十万円、海上保険ヲ主業トシ火災ヲ副業トセシガ、主業ノ成績不良ニシテ二十八年五月ニハ半額減資、一時海上保険営業ヲ休止セリ。日本海陸モ明治二十六年創立、資本金百二十万円、二十八年ニハ二百五十万円ニ増資セシガ、其後営業成績悪ク半額減資モ欠損ヲ償フ能ハズ、三十一年頃遂ニ解散セリ。帝国海上ハ明治二十六年創立、資本金三百万円。日本海上ハ明治二十九年四月創立、資本金三百万円ナリシガ、両社トモ当時ノ営業成績ハ良好ナラザリシモノノ如シ。(損害保険研究第三巻第四号所載、疋田久次郎稿「我国火災保険会社の沿革」一)
   ○明治三十三年三月法律第六十九号ヲ以テ「保険業法」発布セラル。(法令全書・明治三三年上巻)
   ○栄一ト東京海上保険株式会社トノ関係ニ就イテハ本資料第七巻所収「東京海上保険株式会社」参照。