デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

8章 政府諸会
2節 博覧会
2款 コロンブス世界博覧会臨時博覧会事務局
■綱文

第23巻 p.585-594(DK230053k) ページ画像

明治24年12月15日(1891年)

是ヨリ先、コロンブス世界博覧会ニ参同ノ為メ臨時博覧会事務局組織セラレシガ、是日栄一、当事務局評議員ヲ仰付ラル。爾来評議員トシテ重要局務ノ審議調査ニ従フ。


■資料

臨時博覧会事務局報告 第二五―二八頁 明治二八年五月刊(DK230053k-0001)
第23巻 p.585-586 ページ画像

臨時博覧会事務局報告  第二五―二八頁 明治二八年五月刊
    第二款 本邦参同史
北米合衆国閣竜世界博覧会開設ノ挙ハ実ニ明治二十三年四月中ニ其確報ニ接セリ、即チ当時ノ官報ニ左ノ如ク記載セリ
 北米合衆国代議院ハ、二月二十四日(明治二十三年)ヲ以テ、一千八百九十二年ニ於ケル万国博覧会ヲ、遂ニシカゴニ開クコトニ決セリ(明治二十三年四月十五日官報)
而シテ同年七月ニ至リ更ニ左ノ詳報ヲ得タリ
 千八百九十二年乃至九十三年ヲ以テ万国博覧会ヲシカゴ市ニ開設スヘシトノ議案ハ、遂ニ両院ヲ通過シ大統領ノ裁可ヲ得タリ、但シ閣竜上陸紀念祭ハ一千八百九十二年十月中ニ挙行セラルヘシト雖モ、実際博覧会ノ開場ニ至ルハ九十三年ノ春期ニ在ルヘシト云フ(明治二十三年七月七日官報)
此歳六月米人グース・タヴス・ガワード(元東京駐剳米国公使館書記官)本邦ニ渡来シ、親シク当局者ニ就キ博覧会開設ノ事ヲ吹聴シ其賛助ヲ求メ、且ツ当時開会中ナリシ第三回内国勧業博覧会ノタメニ出京シタル全国各府県ノ実業家ヲ東京「ホテル」ニ招請シテ大ニ出品ヲ勧誘シタリ、是ニ於テ我実業家モ亦心之ニ出品ヲ期スルニ至レリ、同年十一月中在紐育府本邦総領事ハ該博覧会開設ノ計画及ヒ之ニ関シテ米国々会ノ議決シタル条例ヲ送付シ、翌二十四年二月更ニ該会ニ関スル合衆国大統領ノ宣告文ヲ送付ス、是ニ於テ我政府ハ予メ之カ参同ヲ期セリ、時ニ三月三日合衆国政府ヨリ公然参同ヲ求ムルニ会シ、我官民ノ意向ハ略ホ確定シタリ、此時ニ当リテ第一議会ハ纔ニ数日ヲ出テスシテ其閉会ヲ告ケントス、乃チ此短時日ニ於テ出品ニ対スル予算案ヲ編成シ之ヲ両院ニ提出シ其参同ヲ求ムルハ、素ヨリ至難ノ事業タルヲ以テ、聿ニ之ヲ提出スルニ至ラス、而ルニ同月五日衆議院議員中村弥六・内藤利八ノ二名ハ緊急動議トシテ左ノ建議案ヲ提出シ、同院ハ大多数ヲ以テ之ヲ可決シタリ
 明治二十六年米国シカゴ府ニ於テ開設スル万国大博覧会出品ニ関スル費用支出ノ為メ、予算追加案ノ提出アランコトヲ建議スヘシ
同月七日貴族院議員小幡篤次郎モ亦緊急動議トシテ左ノ建議書ヲ提出シ、均シク大多数ヲ以テ同院ヲ通過セリ
 貴族院ハ、本邦カ来明治二十六年米国発見四百年紀念祭ノ為メ開設スル万国大博覧会ニ参同シ、我国産ヲ出陳スルカタメニ要スル経費
 - 第23巻 p.586 -ページ画像 
予算追加案ヲ政府ヨリ提出セラレンコトヲ建議ス、抑モ米国ハ我国産ヲ消費スル好得意ニシテ、我輸出品ノ三分ノ一以上ハ毎ニ米人ノ購フ所ナレハ、宜シク此際嗜好ニ投シテ我豊富ナル貨物ヲ出陳シ、以テ大ニ其輸出額ノ増加ヲ図ルヘシ、況ンヤ列国産スル所ノ粋ヲ蒐メ精ヲ集メタル万国大博覧会ニ於テ、外人ニ知ラシムルニ我国産ノ真価ヲ以テシ、大ニ声誉ヲ博スルニ至テハ、我輸出品ノ販路豈ニ啻ニ米国ノミニ止マランヤ、誠ニ斯クノ如クンハ本邦将来海外貿易ノ機、実ニ此一挙ニ繋レリト謂フモ不可ナカルヘシ、故ニ政府ハ務メテ我国産ノ出陳ヲ奨励シ、国費ヲ以テ其経費ヲ補助スルコトヲ図ルヘシ、依テ爰ニ其理由ヲ陳シテ、予算追加案ヲ提出セラレンコトヲ建議ス
我国民ノ意向ヲ代表スル帝国議会ノ希望ハ已ニ斯クノ如ク、又一般ノ実業家ハ随所ニ会合シテ出品ノ計議ニ従ヒ、或ハ団体ヲ作テ夙夜尽瘁シ、人心一ニ博覧会ニ傾注スルニ至レリ、又米国事務局総裁ヨリ我主務省ニ宛、ガワードヲ以テ日本派遣員ト為シ閣竜世界博覧会ヲ代表セシムヘキニ依リ、便宜ヲ与ヘラレタシトノ通牒アリ、ガワードモ亦益益奮励シテ各地ニ遊説セリ、大勢既ニ斯クノ如クナルモ、帝国議会ノ閉会ハ近ク目前ニ迫リ到底予算案ヲ提出スルノ時日ナキヲ以テ、農商務大臣ハ衆議院ニ於テ、博覧会ニ関スル経費ハ二十四年度追加予算トシテ第二回帝国議会ニ提出スヘシ、依リテ其時ヲ期シテ協賛アランコトヲ希望スル旨ヲ陳ヘタリ、爾来官民一致シテ出品ノ準備ニ努力シ、其結果卒ニ能ク我国産ノ真価ヲ宇内ニ発揚スルニ至レリ


臨時博覧会事務局報告 第五五―七一頁 明治二八年五月刊(DK230053k-0002)
第23巻 p.586-590 ページ画像

臨時博覧会事務局報告  第五五―七一頁 明治二八年五月刊
    第四款 本邦臨時博覧会事務局ノ組織
閣竜世界博覧会参同準備トシテ、明治二十四年四月上旬農商務大臣ハ宮中顧問官九鬼隆一ニ組織ノ事ヲ委嘱シ、且ツ其指名口達ヲ以テ商工局長斎藤修一郎・鉱山局長和田維四郎・特許局長奥田義人・書記官柳谷謙太郎・秘書官原敬・農商務技師平賀義美・同志賀泰山・同沢野淳ノ八名ニ組織委員ヲ命シ、該会ニ関スル諸事ヲ調査議定セシメ、併セテ合衆国政府ヨリ送付セル各国出品人ニ関スル規程・輸入税免除規程及ヒ出品部類目録等ノ翻訳ニ従事セシム、同月下旬組織ニ関スル調査及ヒ翻訳成功シタルヲ以テ農商務大臣ハ之ヲ閣議ニ提出セリ、仍テ政府ハ先ツ外務大臣ヲ経テ参同ニ決シタル旨ヲ合衆国政府ニ通牒シ、尋テ同年六月五日勅令第五十二号ヲ以テ臨時博覧会事務局官制ヲ発表セリ、又農商務大臣ハ農商務省告示第五号ヲ以テ参同ノコトヲ公布シ、並ニ各国出品人ニ関スル規程・輸入税免除規程及ヒ出品部類目録ノ訳文ヲ添掲セリ、官制全文左ノ如シ
    臨時博覧会事務局官制
     (本官制ハ明治二十五年三月十日勅令第二十三号ヲ以テ第二条及ヒ第三条ヲ改正シ第十二条ヲ追加ス今改正追加ノ分ニ拠ル)
 第一条 臨時博覧会事務局ハ、明治二十六年北亜米利加合衆国イリノイ州シカゴ府ニ於テ開設スルコロンブス世界博覧会ニ関スル一切ノ事務ヲ掌ル
  本局ハ農商務省中ニ之ヲ置ク
 - 第23巻 p.587 -ページ画像 
 第二条 臨時博覧会事務局ニ左ノ職員ヲ置ク
    総裁    一人
    副総裁   二人
    評議員   若干人
    事務官   八人(明治二十五年勅令第二十三号ヲ以テ「五人」ヲ「八人」ト改ム、今之ニ拠ル)
    書記    若干人
 第三条 総裁ハ農商務大臣、副総裁ハ勅任官、事務官ハ奏任官、書記ハ判任官、又ハ特別ノ技術者若クハ経験アル者ヲ以テ之ニ充ツ(明治二十五年勅令第二十三号ヲ以テ判任官ノ下「又ハ特別ノ技術者若クハ経験アル者」ノ十六字ヲ加フ、今之ニヨル)
 第四条 評議員ハ官吏其他ニ就キ学識又ハ経験アル者ノ中ヨリ選定シ、総裁ノ奏請ニ依リ裁可ヲ経テ内閣ニ於テ之ヲ命ス
 第五条 総裁ハ、諸部ノ職員ヲ統督シ局務ヲ総判ス
  副総裁ハ総裁ヲ補ケ、総裁事故アルトキハ其職務ヲ代理ス
  評議員ハ総裁ノ諮詢ニ応シ、局務ニ関スル重要ノ事項ヲ審議調査ス
  事務官ハ総裁ノ指揮ヲ承ケ局務ヲ分掌ス
  書記ハ上官ノ指揮ヲ承ケ庶務ニ従事ス
 第六条 総裁ハ局務ニ関シ諸規則ヲ定メ、及警視総監・北海道庁長官・府県知事ニ訓令又ハ指令スルコトヲ得
 第七条 総裁ハ局務ニ関シ実業者ヲ招集シテ諮詢スルコトヲ得
 第八条 総裁ハ経費予算定額内ニ於テ、傭員ヲ使用スルコトヲ得
 第九条 総裁ハ経費予算定額内ニ於テ、外国人ヲ雇入レ又ハ本局ノ事務ヲ外国人ニ嘱託スルコトヲ得
 第十条 本局職員ハ無給トス、但事務ノ繁閑ニ依リ経費予算定額内ニ於テ、高等官及評議員ニハ一箇年金千円以下、判任官ニハ同金五百円以下ノ手当金ヲ給与スルコトヲ得
 第十一条 総裁ハ経費予算定額内ニ於テ、職員ノ特別勤労アル者ヲ賞与スルコトヲ得
 第十二条 出品物鑑査ノ為メ臨時博覧会事務局ニ鑑査官ヲ置クコトヲ得
  鑑査官ハ第四条ノ手続ニ依リ之ヲ命シ、経費予算定額内ニ於テ、金五百円以下ノ手当金ヲ給与スルコト得(明治二十五年勅令第二十三号ヲ以テ本条ヲ追加ス、今之ニ拠ル)
      附考
 右官制中副総裁二名ヲ置キタルハ、該博覧会参同ニ関スル経費予算中一般出品ノ補助及ヒ政府出品等ノタメ其大半ヲ費シ、派遣官ニ関スル諸費余裕ヲ生セサル場合、若クハ公務ノ支障ニ因リ総裁・副総裁共ニ彼地ニ渡航スル能ハサルトキハ便宜合衆国駐剳本邦公使ヲ以テ副総裁ト為シ、当該事務ヲ臨時弁理セシムルノ必要アレハナリ、即チ明治二十六年四月十四日特命全権公使建野郷三ニ副総裁仰付ラレタルハ之カタメナリ、又事務官五名ヲ後増シテ八名ト為シタルハ元来該官ハ他ノ高等官中博覧会ノ事務ニ就キテ特殊ノ技能・学識或ハ経験アル者ヲ以テ之ニ充テタルカ故ニ勿論本務ノ在ルアリ、而シテ本局ノ事務ハ逐日増加シ到底現員ヲ以テ処弁スルニ苦シムノミナ
 - 第23巻 p.588 -ページ画像 
ラス、彼国ニ派遣スヘキ事務官三人ヲ要スルト、出品物輸出ニ附キ之カ証明ノタメ横浜・神戸二港ニモ派遣スルノ必要アルニ因レリ、尚ホ評議員及ヒ鑑査官ヲ置キタルハ実ニ今回ノ新例ニ係ル、其必要ハ他ニ詳説スル所アリ、玆ニ之ヲ略ス
官制ノ発布アルヤ尋テ職員ノ任命アリ、而シテ後臨時博覧会事務局分課規程ヲ定ム、該規程ハ官制ト関聯スルヲ以テ先ニ之ヲ記載シ次ニ各職員ヲ掲クヘシ、但シ書記以下ハ煩ニ失スルヲ以テ悉ク省略ニ従フ
    臨時博覧会事務局分課規程
 第一条 臨時博覧会事務局ニ庶務・出品・記録・会計ノ四課ヲ置ク
 第二条 庶務課ニ於テハ左ノ事務ヲ掌ル
  一 機密文書ニ関スルコト
  二 諸公文及諸規程ヲ起草シ、各課ノ成案ヲ審査スルコト
  三 局員ノ進退及褒賞ニ関スルコト
  四 諸文書ノ接受及発送ニ関スルコト
  五 官印ノ管守ニ関スルコト
  六 各課主掌ニ属セサルコト
 第三条 出品課ニ於テハ左ノ事務ヲ掌ル
  一 出品及参考品ニ関スルコト
  二 出品陳列場設置計画ニ関スルコト
  三 出品送状調査証明ニ関スルコト
  四 建築ニ関スルコト
 第四条 記録課ニ於テハ左ノ事務ヲ掌ル
  一 公文書類編纂ニ関スルコト
  二 図書並報告書類刊行ニ関スルコト
  三 公文報告書類反訳ニ関スルコト
 第五条 会計課ニ於テハ左ノ事務ヲ掌ル
  一 経費ノ予算・決算及金銭出納ニ関スルコト
  二 営繕ニ関スルコト
  三 需用品ニ関スルコト
  四 出品運送ニ関スルコト
    臨時博覧会事務局職員

図表を画像で表示臨時博覧会事務局職員

     総裁 廿四年六月六日総裁ト為ル   農商務大臣          陸奥宗光 廿五年三月十四日消滅     従二位勲一等 廿五年三月十四日総裁ト為ル  農商務大臣          河野敏鎌 同年七月十四日消滅      正三位勲一等 廿五年七月十四日総裁ト為ル  農商務大臣          子爵佐野常民 同年八月八日消滅       正三位勲一等 廿五年八月八日総裁ト為ル   農商務大臣          伯爵後藤象二郎 廿七年一月廿二日消滅     従二位勲一等 廿七年一月廿二日総裁ト為ル  農商務大臣          子爵榎本武揚 同年十二月廿八日消滅     従二位勲一等     副総裁 廿四年十二月十五日被仰付   宮中顧問官 廿七年十二月廿八日消滅    帝国博物館総長        九鬼隆一                正三位勲二等 廿六年四月十三日被仰付    特命全権公使         建野郷三 廿七年九月三日被免      正四位勲三等     評議員(順次ハ姓氏ノイロハ順ニ拠ル)                               飯田新七 廿四年十二月十五日被仰付(已下特別ノ記載ナキ分ハ之ト任免年月日ヲ同ウス) 廿七年四月二十七日被免                従七位            磯野小右衛門  以下p.589 ページ画像  廿六年五月廿九日被仰付                   林忠正 廿七年四月二十七日被免                               浜岡光哲                               浜田篤三郎 廿六年四月十六日被仰付                   早川竜助 廿七年五月二十七日被免 廿四年十二月十五日被仰付   農商務次官兼 廿六年三月九日被免      農商務省農務局長       西村捨三                従四位勲三等                               丹羽圭介 廿六年四月十六日被仰付                   西村総左衛門 廿七年四月二十七日被免                               星丘安信                               星野長太郎                医科大学教授         大沢謙二                正五位勲四等               内務省県治局長        大森鐘一                従四位勲四等廿四年十二月十五日被仰付   農商務省特許局長       奥田義人 廿六年十二月廿八日被免    従五位                東京美術学校長        岡倉覚三                正六位 廿四年十二月十五日被仰付   宮内省調度局主事       麻見義修 廿六年十二月二十八日被免   正六位勲六等                従六位            大倉喜八郎 廿五年十二月十七日被仰付                  岡本貞烋 廿七年四月二十七日被免                               大谷嘉兵衛                               大里忠一郎 廿四年十二月五日被仰付    農商務省鉱山局長       和田維四郎 廿六年四月一日被免      従五位                               綿野吉二 廿四年十二月十五日被仰付   貴族院書記官長        金子堅太郎 廿七年十二月廿八日消滅    従四位勲三等                               川島甚兵衛                従五位勲五等         河瀬秀治 廿四年十二月十五日被仰付   農商務省山林局長       田辺輝実 廿六年十一月八日被免     従四位勲五等                総領事            高平小五郎                従五位勲六等                高等師範学校長        高嶺秀夫                正五位勲六等 廿六年五月二十九日被仰付   宮内省待医局勤務       高山紀斉 廿七年四月二十七日被免    従六位 廿六年七月五日被仰付     農科大学助教授        田中節三郎 廿七年四月廿七日被免     正八位 廿五年三月四日被仰付     正七位            高峰譲吉 廿七年四月廿七日被免 廿五年三月四日被仰付                    滝藤万次郎 廿七年四月二十七日被免                               荘田平五郎 廿六年四月十六日被仰付                   津田仙 廿七年四月二十七日被免                逓信書記官          中橋徳五郎                正六位                               濤川惣助                陸軍砲兵少佐         村木雅美                従六位 廿七年八月三日被仰付     一等領事           珍田捨巳 廿七年四月二十七日被免    従六位                               山東直砥                農科大学教授         松井直吉                従五位理学博士                               益田孝                               丸尾文六                内務省土木局長        古市公威                正五位工学博士廿六年三月十六日被仰付    農商務省農務局長       藤田四郎 廿七年四月二十七日被免    従五位                               藤本荘太郎                               深海竹治  以下p.590 ページ画像                                児島定七                               阿部孝助 廿四年十二月十五日被仰付   農商務省商工局長       斎藤修一郎 廿七年一月十日被免      従四位 廿四年十二月十五日被仰付   文部大臣秘書官        沢柳政太郎 廿五年十一月廿二日被免    正七位                               斎藤宇兵衛                理科大学教授         菊池大麓                従四位勲四等 廿四年十二月十五日被仰付   海軍大佐           肝付兼行 廿五年十二月二十八日被免 廿五年八月三日被仰付     二等領事           鬼頭悌次郎 廿七年四月廿七日被免     正七位                理科大学教授         箕作圭吉                正六位理学博士 廿四年十二月十五日被仰付   従六位            箕田長三郎 廿四年六月十一日被免 廿五年九月二十四日被仰付   総領事            島村久 廿七年四月二十七日被免    従五位勲六等                従四位勲四等         渋沢栄一                               椎野正兵衛 廿六年四月十七日被仰付    勲五等            塩田真 廿七年四月廿七日被免                従六位勲四等         広瀬宰平                               森村市太郎                               本山彦一                               森山芳平                               森下森八                            計六十六名     事務官 ○十一名氏名略     鑑査官 ○三十二名氏名略     米国シカゴ府ヘ出張ノ局員 ○十七名氏名略 




青淵先生公私履歴台帳(DK230053k-0003)
第23巻 p.590 ページ画像

青淵先生公私履歴台帳        (渋沢子爵家所蔵)
    任免叙授
同 ○明治二四年十二月十五日 臨時博覧会事務局評議員被仰付 同 ○内閣


臨時博覧会事務局報告 第九二―一〇七頁 明治二八年五月刊(DK230053k-0004)
第23巻 p.590-592 ページ画像

臨時博覧会事務局報告  第九二―一〇七頁 明治二八年五月刊
 ○第三章 出品経画
    第六款 事務局ノ方針
閣竜世界博覧会ニ参同シ以テ我国産ノ百貨ヲ出陳スルノ要ハ、主トシテ我国体ヲ宇内列国ノ間ニ表示シ、所産ノ百貨ヲ周知セシメ、以テ我国威ヲ発揚スルト同時ニ将来ニ於ケル通商貿易ヲ拡張セント欲スルニ外ナラス、此事タル固ヨリ今回ノ大博覧会ニ局レルニアラス、従来万国博覧会ニ参同スル趣意咸ナ然ラサルナシ、然レトモ従前ニ於ケルモノハ自ラ其規模大ナラス、偶マ否ラサルモノアルモ開国日尚ホ浅ク、従テ我実業者多クハ外国ノ事情ニ通暁セサルヲ以テ万般ノ設備一ニ当局者ニ委シタリシト雖モ、今ヤ民度大ニ進ミ、実業者中海外ノ智識ヲ具ヘ通商貿易ノ機務ニ練達セル者モ亦乏シカラサルニ到レルヲ以テ、該会ノ経費未定ナルニ関セス、先ツ臨時博覧会事務局官制第二条ニ基キ評議員選定ノタメ明治二十四年七月一日以後内閣及ヒ各官省ニ照会シ、其内定セシ人員十七名ヲ同年八月十四日本局ニ招集シ、本会ニ関シ各官庁ヨリノ出品ニ要スル費用ヲ予定スルコト及ヒ其予算方法ニ就
 - 第23巻 p.591 -ページ画像 
キ総裁ヨリ演述スル所アリ、又実業上ニ直接ノ関係ヲ有セル事務ニシテ速決ヲ要スヘキ事項夥多ナヲニ拘ハラス@実業家中ヨリ選定スヘキ評議員未タ定ラサルヲ以テ、総裁ハ各地方官ニ協議シテ各種ノ実業家中重立チタル者二十四名ヲ評議員ニ内定シ、同年十月十六日ヨリ二十三日ニ至ル八日間之ヲ招集シ諮詢ニ答覆セシメタリ、而シテ該評議員ハ別ニ建議書ヲ提出セリ、其諮詢並ニ建議ノ事項等本邦参同ノ計画ニ関シテ最モ重要ニシテ経費予算ヲ編製スルニ際シ頗ル参考ニ資セリ、是レ実ニ従前海外博覧会参同ノ時ニ於テ曾テ見サル所ノ新例トス
○中略
次テ同年十二月十五日ニ至リ評議員ノ任命アリ、即日評議員会ヲ開キ同月二十日ヲ以テ之ヲ了セリ、其諮詢ノ要ハ即チ臨時博覧会事務局告示第三号・第四号・第五号ノ草案、府県出品委員(後ニ渡航委員ト改ム)選定法、販売店設立及ヒ残品処分ニ関スル事項ニシテ、皆実行ノ資ニ供セリ、爾来時々該会ヲ開キテ必要ノ事項ヲ諮詢セリ
而シテ評議員中出品物ノ選択及ヒ其他ノ経営ニ関シ予メ其分担ヲ定メタリ、即チ左ノ如シ
 農業・森林・動植部
     西村捨三 ○外十名氏名略
 機械・礦山・電気部
     古市公威 ○外十一名氏名略
 製造・普通商品部
     斎藤修一郎           麻見義修   磯野小右衛門
     飯田新七            浜岡光哲   浜田篤三郎
     丹羽圭介            星丘安信   星野長太郎
     大谷嘉兵衛           大倉喜八郎  綿野吉二
     河瀬秀治            滝藤万次郎  濤川惣助
     益田孝             藤本庄太郎  児島定七
     山東直砥            斎藤宇兵衛  阿部孝助
     箕田長次郎《(箕田長三郎カ)》  椎野正兵衛  渋沢栄一
     荘田平五郎           広瀬宰平   森村市太郎
     本山彦一            森下森八
 教育・文芸・衛生部
     金子堅太郎 ○外十三名氏名略
 美術・美術工芸部
     高嶺秀夫  ○外十八名氏名略
 官庁出品部
     金子堅太郎 ○外十六名氏名略
是ヨリ先キ明治二十四年七月八日貿易商森村市太郎・上野栄三郎・堀越善十郎ノ三名連署ヲ以テ世界博覧会出品ニ関シ意見アリ、下問ヲ請度旨ヲ具申セリ、依テ同月十日渋沢栄一・森村市太郎・濤川惣助・阿部孝助・沢田銀次郎以上東京、河瀬秀治・箕田長次郎・椎野正兵衛以上横浜等京浜間ノ実業者ヲ招集シテ其意見ヲ聴キ、又森村・上野・堀越ノ三名及ヒ日本貿易協会ニ向ケ左ノ各項ヲ諮問セリ
(一) 出品ノ鑑別及ヒ数量
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(二) 運賃保険料及ヒ渡航費等
(三) 補助方法
(四) 会場装飾ノ趣向
(五) 残品ノ処分
(六) 売店ノ可否
(七) 出品取扱人及方法
右ノ諮問ニ対シ森村外二名ハ同八月七日、貿易協会ハ十月二十三日ヲ以テ答申セリ、蓋シ亦多少ノ参考ニ資セリ
○下略



〔参考〕内外博覧会総説並に我国に於ける万国博覧会の問題 永山定富著 第二七七―二八一頁 昭和八年九月刊(DK230053k-0005)
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内外博覧会総説並に我国に於ける万国博覧会の問題 永山定富著
                          第二七七―二八一頁 昭和八年九月刊
 ○第四編 第一章 海外博覧会本邦参同沿革
    一、明治時代
○上略
第二十五回(市俄古) 第二十五回は明治二十六年(千八百九十三年)米国市俄古市閣竜世界博覧会である。
 以上本邦の海外博覧会参同は第一回維納・第四回費府・第五回及第二十二回巴里を除きては大部分は特殊万国博覧会であり、従つて極めて小規模の参同計画たるに過ぎなかつた。が本博覧会に及んで本邦の海外博覧会参同事業は俄然として面目を一新し、単に政府及人民の一部分の出品たるに止まらずして、全国的に参加出品を計画するの機運に遭遇するに至つた。
 抑々閣竜博覧会開設の報導の我国に達せるは明治二十三年である。此時米国政府は人を派して本邦民間実業家に対し出品の勧誘を開始しつゝあつたが、米国政府の公式勧誘状の翌二十四年に至り始めて送致せらるゝや、我官民の意向は殆んど賛同に傾き、貴衆両院には、政府は宜しく本博覧会参同に要する経費支出の追加予算案を提出すべしとの議案現はれ、実業諸団体亦随所に会合して出品を議し、上下相率ゐて之に赴くの大勢を示した。此に於て時の農商務大臣は本博覧会に関する経費は、明治二十四年追加予算として第二帝国議会に提出すべきを衆議院に声明し、且つ政府は同年四月参同出品を決定して米国政府に之を通牒した。而して海外博覧会の参同にして、帝国議会の問題として斯の如き経過をとるに至つたのは本参同を以て最初とする。
 尋で二十四年六月に至り政府は臨時博覧会事務局官制を発布し、事務局分課規程を設け、総裁に農商務大臣を充て、副総裁に九鬼隆一・建野郷三、事務官長に手島精一を任じ、更に事務官十一名、及書記嘱託数十名・評議員六十五名・鑑査官三十二名を任じ、事務局を農商務省内に置きて出品事務を開始し、本計画の一切に対し経費六十三万円を支出することゝした。
 本博覧会の出品方針は、従来の大小博覧会の成績に鑑み通商第一主義を取り、美術品及び美術工芸品は精良撰択を原則とし、屡々告示内訓を発して出品の指導戒告に当り、且つ出品者心得に於て出品に関す
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る詳細を尽して従来に見ざる周到の用意を示した。また出品の撰択及鑑査に対しては鑑査官各々部属を定めて之に従事し、勉めて優秀の出品を得ることを謀り、この結果として本邦出品は十三部二十一ケ所に亘る出品人員二千五百五十五人・出品点数一万六千五百点・総量千五百七十二噸・原価総額五十一万三千円といふが如き、過去の参同出品中未曾有の数字を得、之を千八百九十八坪の陳列面積に収容することとした。
 以上の如き従来に類例なき出品計画の遂行に当つては、彼我の交渉に万遺漏なきを期すべきであるとして、出品に先たち我代表事務官を派遣し充分の折衝を遂げしめたが、中に在りて我国工業美術品の美術館陳列を容認せしめたるは、後の参同事業に影響する所尠からず、又鳳凰殿建築敷地の設定は、当時日米間の親交の尋常ならざりしを語るものとして特に注意を惹く所であつた。
 普通出品及美術出品の外、婦人会の出品は本邦婦人の海外博覧会に代表せられたる最初のものであつて、本博覧会の参同事業中特筆に価するものといふべきである。又鳳凰殿建築の美観はさることながら殿内に於ける我国貴族大名等各時代別による生活風尚の表示は、又出色の考案として歓迎せられ、後の博覧会出品の模範を為したものといふことができる。
 本博覧会の出品勧奨は之を従来の夫れに比し、著しく実際的たると同時に亦組織的となり、地方長官を出品委員長として出品事務に当らしめ、又内国出品事務以外に、渡航委員を嘱託して開催地に臨ましめ出品の説明、売買の予約、残品処分等に関与せしめた。之が為めには詮衡の結果、相当の補助金を支出して其費用に充つることをもした。次に出品協会の組織を認め、出品人は各地方団体によつて代表者を送らしめたが、是れやがて従来の事務局一切主義を打破し、民間委任の先駆を為すものであつて、十四個の重なる公認出品協会は、何れも代表者を派して其団体の出品事務を処理した。而して本邦出品の売店販売は二十六年五月一日より同年十月三十日に至る百八十三日間の会期中、三十三万四千余円に達し、陳列館内の出品売約に比し遥かに好成績を収めた。出品審査に対しては津田仙外十四名の本邦代表者を参与せしめ、受賞数千五百九十一の多数に達した。
 之を要するに本参同事業は出品蒐集の全国的なると、婦人会の出品とに於て前例なき活動を見、出品準備としては責任ある事務官を開催地に送り、幾多重要なる交渉に当らしめ、之に依つて出品の方針を定め、撰択鑑査の手段を講じ、本邦文化の真諦、産業の発達を紹介するに周到の用意を以てし、経費の支出に際しては帝国議会の建議協賛に依れる等参同史上始めて見る所である。殊に日本画及び彫刻等の出品によりて本邦美術の精粋を新世界の観衆に展示するのみならず、金工品・陶磁器・刺繍品等我国人の認めて以て美術品となすに拘はらず泰西人の必ずしも之に一致せざるものをも美術館内に陳列を諾せしめたるが如き、海外博覧会出品に一新例を開いたものと為すべきである。又従来事務局の責務であつた出品の処理を、出品組合・協会等の出品団体の組織成立により其負担を軽減したのみでなく、出品は出品者に
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於て処置すとの原則により、後の統一ある出品協会の出現を誘致したことは、特に本参同事業の賜といふことができやう。
○下略