公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2022.3.15
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明治26年8月11日(1893年)
是日栄一、当博覧会評議員ヲ仰付ラル。
第四回内国勧業博覧会事務報告 第一二―一六頁 明治二九年四月刊(DK230055k-0001)
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第四回内国勧業博覧会事務報告 第一二―一六頁 明治二九年四月刊
○職制 職員
第四回内国勧業博覧会事務局各課人名表
第四回内国勧業博覧会評議員人名
青淵先生公私履歴台帳(DK230055k-0002)
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青淵先生公私履歴台帳 (渋沢子爵家所蔵)
任免叙授
同 ○明治二六年八月十一日 第四回内国勧業博覧会評議員被仰付 内閣
〔参考〕内外博覧会総説並に我国に於ける万国博覧会の問題 永山定富著 第四一―四四頁 昭和八年九月刊(DK230055k-0003)
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内外博覧会総説並に我国に於ける万国博覧会の問題 永山定富著 第四一―四四頁 昭和八年九月刊
○第二編 第一章 内外博覧会の沿革
一、内国博覧会
○上略
第四回(京都) 第四回内国勧業博覧会は明治二十七年に開設すべきであつたが、同二十六年開催の北米合衆国市俄古博覧会に対し大規模の参同を試みたるに因り、之を延期して二十九年に開設することゝなり京都を以て開設地と決定した。が二十八年は桓武天皇延暦十三年都を山背国に遷し、大極殿に御し受朝あらせられたる佳辰より一千一百年に相当するを以て、京都市民の輿望に従ひ二十八年に繰上げ開設のことゝなつた。然るに開会前に当り日清戦役起り人心騒然として或は本会の中止又は延期を唱ふるもの少くなかつた。されど政府は兵馬の際と雖も殖産興業のこと一日も緩うすべきでないとして予定の如く之を断行した。
本会の会期は明治二十八年四月一日より七月三十一日に至る百廿二日間である。会場は京都市上京区岡崎町の地五万五百五十八坪余を以
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て之に充てたが、全部京都市の無償提供に由つたものである。
本博覧会事務局は之を農商務省内に設け、局中文書・庶務・出品・記録・会計の五課及審査部を置き、総裁には 彰仁親王を奉戴し、副総裁には農商務大臣之に当り、審査総長には九鬼隆一、部長には第一部より第七部まで前田正名・河瀬秀治・田中芳男・村田保・牧野伸顕和田維四郎・古市公威等内外博覧会の経験者が夫々に任命せられた。
出品は工業・美術及美術工芸・農業森林及園芸・水産・教育及学術鉱業及冶金術・機械の七部に分ち、陳列館は美術館・工業館・農林及機械館・水産館・水族館・動物館の六館を主なるものとし、総建坪は一万二千六百五坪である。出品は従来の慣例を破り出品人の資格並に数量に制限を附すると同時に、学理・技術・経済の三要点を具備することゝし、以て出品選択の標準を示した。而して之に依る出品人員七万三千七百八十一人・出品点数十六万九千九十八点・売価九十四万八千五百七十八円余・売却高二十二万四千七百九十七円余等が出品に関する重なる数字であつて、之を第三回に比すれば出品人員に於て三千六百五十一人の減少を見たる以外他は何れも増加を示して居る。又本博覧会の出品に就て特筆すべきは美術及美術工芸部に鑑査制度を創設したことであつて、之に合格せるものゝみを出品とすとし、出願点数五千百四十一点に対し、合格出品は僅かに八百九十一点に過ぎなかつた。審査による褒賞は名誉賞牌に銀牌を加へて金銀の二種とし、他は前回と同じく進歩賞牌・妙技賞牌・有効賞牌・協賛賞牌・褒状等に分ち、受賞者は総計一万七千七百二十九人の多きに達した。
本会の開会式は四月一日、褒賞授与式は七月十一日、何れも天皇御名代晃親王殿下台臨して式典を挙行せられ、閉会式は七月三十一日総裁彰仁親王台臨挙行せられた。而して五月二十四日には 明治天皇会場に行幸遊ばされ、陳列館の御巡覧があり、同月二十六日には 昭憲皇后の行啓が行はれた。
本会の入場人員は総数百十三万六千六百九十五人、之を第三回に比し十一万三十二人の増加である。又前回の例に倣ひ外務省を通じて外人に対する招待状を発送した。本会入場料は日曜日入場券一枚金十五銭・土曜日入場券一枚金三銭・平日入場券一枚金五銭であり、この総収入額は五万四千二百円余である。出品の運賃及び出品関係者に対する汽車・汽船の運賃割引は二割乃至五割の減額に及んだ。而して本会の経費は追加額を合せて総額四十四万三千三百三円余の支出である。
本会陳列館中の水族館は、鹹水魚族の放養に便ならざるの故に神戸市の稟情を容れ、同市和田岬に設置せる兵庫共漁株式会社の放魚地を改修して本会の附属水族放養場とし、神戸市長を場長、助役を事務長に任じ、総面積八千八十八坪の内放養池を千六百九十六坪とし、之を大小九区域に分ち、魚族四十八種総数一万三百六十九尾を放つて一般の観覧に供した。又水族室には六十種四百三十八尾を放つた。而して本場来観者は九万六千七百七人であり、この設備には壱万五千余円を投じた。