デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

9章 一般財政経済問題
3節 雑
■綱文

第23巻 p.692-695(DK230069k) ページ画像

明治40年1月25日(1907年)

是日、内閣総理大臣侯爵西園寺公望、京浜実業家ヲ永田町官邸ニ招待ス。栄一之ニ出席シ、一同ヲ代表シ一場ノ答辞ヲ述ブ。


■資料

渋沢栄一 日記 明治四〇年(DK230069k-0001)
第23巻 p.692 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治四〇年      (渋沢子爵家所蔵)
一月二十五日 曇 寒             起床七時 就蓐十二時
○上略
午後四時頃兜町事務所ニ抵リ事務ヲ処理ス、六時永田町総理大臣官舎ニ抵リ晩餐会ニ列席シ、食卓上一場ノ演説ヲ為ス、食後大蔵・逓信大臣等ト種々ノ要務ヲ談シ、夜十一時過帰宿ス


銀行通信録 第四三巻第二五六号・第二四八―二五〇頁 明治四〇年二月 ○総理大臣官邸実業家招待会(DK230069k-0002)
第23巻 p.692-695 ページ画像

銀行通信録  第四三巻第二五六号・第二四八―二五〇頁 明治四〇年二月
    ○総理大臣官邸実業家招待会
西園寺内閣総理大臣は一月二十五日午後六時より京浜実業家を永田町官邸に招待して晩餐会を開きたり、当日は西園寺総理大臣の外寺内・松岡・阪谷・山県・松田・牧野の各大臣、岡野法制局長官、若槻・和田・仲小路の各次官、水町理財局長・森田商工局長等出席し、一同食卓に着くや西園寺総理大臣より一場の挨拶あり、渋沢男爵来賓を代表して挨拶を述べ、夫より餐宴に移り主客歓を尽して午後十時散会せり当日招待に応じて出席せる実業家左の如し
 - 第23巻 p.693 -ページ画像 
  池田謙三  岩下清周  早川千吉郎 豊川良平
  大倉喜八郎 大谷嘉兵衛 高橋新吉  高田慎蔵
  滝兵右衛門 添田寿一  荘田平五郎 中野武営
  馬越恭平  益田孝   松尾臣善  近藤廉平
  渋沢栄一  山川勇木  朝吹英二  左右田金作
此他岩崎男・原富太郎・安田善次郎・森村市左衛門・浅野総一郎の諸氏は差支又は病気等にて欠席せり、西園寺総理大臣の挨拶及渋沢男爵の答辞左の如し
      西園寺総理大臣挨拶
 閣下諸君、今夕は誠に御多忙なる期節なるをも顧みず韮薄の設を致しました所が、斯く盛に御集会を得まして感謝に堪へぬ次第であります、戦時中には諸君と閣員とが屡々御集会抔のあつた事を承つて居りますが、誠に大切なる経済上の御相談があつて前内閣の当時又現内閣に至りましても甚だ諸君の国家に対する御高見を聞いたのは感謝を致します、今晩御出を願つたのは少し趣が違ふので御座います、川柳に「檀那寺食はせて置いて扨と云ひ」と云ふ句があるそうで御座いますが、今晩は食はせて置ても決して扨とは申しませぬ、今晩諸君の御来会を願ひましたのは此期節に当りまして御懇親を温めたいと云ふ精神でございます、並に此経済界に於て最も有力なる諸君の有益なる御高話を承りたい、どうぞ諸君の造詣された所の経綸を御惜みなく開放なされて、十分にどうぞ御話を願ひたいと思ひます、戦後の経済も甚だ順調子に参つて居ると私は考へます、貿易なども約八億四千万にも上り、又四百万の輸出超過も見えて居る、どうか此調子を失はぬ様に、此調子を乱らぬやうに致したいと思ひます、甚だ私は素人でありますが或は事業熱・株熱と云ふやうなものが、余り体温器が昇つて居りはすまいかと云ふ様な感が御座います、甚だ之が為に折角順調に参つて居る経済界が或は常態を失ひ又其順調を乱すの恐はないかと杞憂を懐きます、是等の事を匡正し而して乱れしめぬと云ふ事の責任はどうぞ有力なる諸君に於て全く御引受が願ひたいと思ひます、又此政府の財政が国家の経綸に影響する事の至大なるは申す迄もありませぬ、其責任は不肖ながら私共が十分執る積であります、此大戦役の後を承けまして財政の完成を期すると云ふことは一朝一夕の能くする所でない事は申す迄もありませぬが、要するに国力の発展と国防の充実とが其権衡を失はずして経済界の発達を計ると云ふことが即ち微力を尽す所以であります、軍備の充実と申しても無論平和を維持する為の充実たることは諸君も無論御承知の通りであります、此四十年度の予算案を御覧になつても分りますが微力の有らむ限りを尽して編成してあるのでございます、之に付きましては卓絶なる技能と忠実なる熱心を持たるゝ大蔵大臣の画策に竢て之を為した次第でございます、之に付きましては已に議会にも提出してありますから、諸君も已に御覧下されたことと考へますが、無論此戦後過渡の時に於て予算の膨脹すると云ふことは止むを得ぬことでございますが、併し其数字の性質に於て如何に政府が心を用ひたかは能く御通覧下されば思半に過ぐることゝ
 - 第23巻 p.694 -ページ画像 
私は信ずるので御座います、私の主義とする所は飽迄も平和的に国家経済を発展して行つて即ち国の栄へを致したいと申すので、譬へて見れば露国に対し又清国に対し戦後の交渉も着々公道に基き進行して居るのでございます、又其他の外国に向つても頗る親善を尽して居る次第であります、又殊に商工業に向つては深く意を致して居ることは諸君に於ても御承知を願ひたい、今夕は甚だ劇務を持つて居らるゝ諸君に対し御無心の至りでございますが、どうぞ此席を長くせられ多少の時間を御割愛になつて十分に御高見を承りたく、之を願ひますと同時に諸君の健康を祝します
      渋沢男爵答辞
 総理大臣及内閣諸公閣下、今夕は誠に御繁多と察せられまする議会開会の節に特に我々商工業者の為に此盛宴を開かれ真に感謝の至りに存じます、只今総理大臣より御懇切なる御演説を拝聴いたしまして私共誠に深く感謝いたす次第でございます、其御言葉中に第一に食事を出しても後段に扨は無いから安心して飲め食へと云ふ仰は、我々誠に安心して頂戴の出来る次第で大に悦びます、丁度両三年前に御集会のあつた頃には私は病気中でありまして余り其席に参上いたしませぬ、故に玆に御列席の大蔵大臣即ち当時の次官の話に一杯の酒が五十万円或は百万円に価したと云ふことを聞及んで居ります然るに今夕の御馳走は誠に結構で其価は只でありますから胸襟を開くどころではない、真に腹を空ふして頂戴いたす次第であります、経済界のことに付て御言葉短ではありましたが我々に対しては頂門の一針で殊に此列席中殊に私に対して御説諭を下すつたかのやうに拝聴いたしました、蓋し渋沢の僻み心かは知りませぬが併し是は斯る機会に愚説を陳述いたしますのも所謂胸襟を披くの一端ではなからうかと考へますから、此場合に於て申上げると余り面白からぬ御話のやうではございますが、どうぞ暫時の御清聴を煩します、元来世の進んで参ると云ふことに付ては必ず其時々の節がある、其節の時に伸張を図ると云ふことは精神に於ては私共微力と雖も聊か心を用ひねばならぬと不断に思ふて居るのでございます、故に譬へば日清の戦後とか若くは今日日露の戦後とか云ふやうな場合には余程其進むことに対して心を用ふると同時に、其進みが又過ちはせぬかと云ふ考慮も倶に尽さねばならぬと考へて居るのでございます、若し世の中を単に転びさへせねば可いと云ふ方に考へて走るならば、必ず其進歩の鈍いと云ふことを考へねばならぬ、又躓いても可い何でも早く走ると云ふたならば或は溝へ落ちると云ふことがないとも限りませぬ、故に必ず躓かぬ程度に於て世の進歩に伴はねばならぬと云ふことは政治界・経済界総ての世の進運に従事する人の務であらうかと思ひます、今日我々が経済界に処するのは猶ほ総理大臣及内閣諸公の此政界を支配し財政を料理なさると同一の苦心であると云ふことは、諸君に於ても既に御了解のことゝ思ふのである、故に或一方に於ては相当の進歩をするやうに務め、又或一方に於ては蹉跌を防ぐやうな考もせねばならぬと思ふのであります、単に転びさへせねば宜いと申して杖ついて走ると云ふことは全世界皆然りと云ふ
 - 第23巻 p.695 -ページ画像 
ことならば宜しうございませうが、此進歩の世の中に我一人後走りの者となるを免かれぬ虞があらうと思ひますから、矢張り機運相当の進歩を計ると云ふことが必要であらうと思ひます、然るに其進歩を計るに付ては又それに伴ふ弊害と云ふものが生じて防がんとして防ぐ能はざるは誠に已むを得ぬことゝ申さねばならぬ、此点に付て丁度内閣諸公が財政上に付て御苦心なさると同一と考へるのでございます、故に我々は斯る戦後の経営などに付ては力めて財政・経済を成る丈け同じ方針を持ち同じく気脈を通じて並び馳せて、相戻らぬやうにと云ふことを微力ながら深く希望いたしまして已に昨年も銀行業者は申合せて総理大臣其他内閣諸公の賁臨を請ふて、財政経済上に付て上下の脈絡を通ずる様に致したいと云ふことを訥弁ながら申上たことを記臆いたして居ります、幸に総理大臣は深く其等のことも御心に留められて財政界に付ては斯る方針を以て調査し斯る方法を以て起しつゝある、其一方今や経済界の有様を考へると玆に集まられたる人々は皆相当の考慮を以て支配するであらうけれども併し一般は或は所謂渦中に溺れはせぬかと云ふ気遣がないでもありませぬ、幸に爰に集まられたる方々は先づ経済界の有力者と考へますから、宜しく心を用い力を尽して若しも左様な狂奔の憂があり若くは火中に陥るやうな憂があるならば火の中水の中に陥らぬ様に救へと云ふのは、誠に御尤なる御注意と考へて我々は之に当る積りであります、之に当ると共に我々が財政上に付て希望することは斯く申すと甚だ恐多いやうであるが我々に於て財政を懸念いたしますことは、丁度総理大臣が我々経済界を御懸念下さるゝのと同じ心を以て憂慮いたすのでございます、決して今日の財政が危険と申す訳ではありませぬけれども、至つて健全であると云ふことは大戦争の後を承けたる今日或は云ひ得られぬと云ふ者が世の中にはありはしないかと思ふのであります、是は我々が経済界の方面に於て慎むと同時に財政界の方面に在ても御慎になつて国家の進運は妨げぬ、併し過度には走らぬと云ふ事に上下一致することを希望して已まぬのであります、謹んで御趣旨の在る所を服膺して我々の力のあらむ限り進みませぬものは進め、奔り過ぎる者は止める様に致すと云ふ精神で御座います、甚だ恐入つた申し方ではありますけれども、財政界に於ても経済界を乱すやうなことのございませぬ様に、どうぞ御返杯と申す訳ではありませぬが然るべく御配慮を願ひます、之で御答辞と致します

渋沢栄一伝記資料 第二十三巻 終