デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

2部 社会公共事業

2章 国際親善
2節 国際団体及ビ親善事業
1款 喜賓会
■綱文

第25巻 p.468-469(DK250021k) ページ画像

明治36年8月24日(1903年)

是日喜賓会役員会、東京商業会議所内同会本部ニ催サル。寄附金募集ノ件ヲ協議ス。


■資料

弘岡幸作手記(DK250021k-0001)
第25巻 p.468 ページ画像

弘岡幸作手記              (財団法人竜門社所蔵)
一、明治三十六年八月二十四日
 東京商業会議所内喜賓会本部に於て、役員会開催せらる、同会資金募集勧誘のことなり、三井家に於ては金弐千円寄附決定の旨青淵先生まで通知ありしにより、三菱・日本銀行・日本郵船又は日本鉄道等へ寄附勧誘方法等詳細に協議せられたり。


渋沢栄一書翰 弘岡幸作宛 (明治三六年)八月二四日(DK250021k-0002)
第25巻 p.468 ページ画像

渋沢栄一書翰  弘岡幸作宛 (明治三六年)八月二四日   (弘岡幸作氏所蔵)
拝啓、然者別紙博覧会事務局之回答書ハ、一覧之上少々修正を加へ返上仕候、可然御取扱可被下候
本会寄附金勧誘之事ハ、三井一家ニ於てハ漸く金弐千円寄附と決定之由、有賀 ○長文と申秘書役之人より通知有之候、就而ハ三菱へも申込、少くとも同額之寄附を乞ひ申度、引続き日本郵船・日本銀行、又ハ日本鉄道と重立たる会社へも申込候都合ニ致度候、尤も勧財之手続として、矢張一之勧進帳を製し、之ニ記載を請ひ置、追而集金之事ニ致候而可然と存候、就而ハ右等手続き打合之為、近日一回評議員会ニても相開き、各方面ニ付而夫々請持を定め、徐々進行候様致度と存候右之段広沢君 ○伯爵広沢金次郎其外へも御伺之上会長之御都合御聞合被成、御治定可被下候、右書中得御意候 匆々
  八月廿四日
                      渋沢栄一
    弘岡幸作様

 - 第25巻 p.469 -ページ画像 

渋沢栄一書翰 弘岡幸作宛(明治三六年)七月一〇日(DK250021k-0003)
第25巻 p.469 ページ画像

渋沢栄一書翰  弘岡幸作宛 (明治三六年)七月一〇日   (弘岡幸作氏所蔵)
 尚々来ル十四日午後二時ニ御会同相開候旨拝承仕候、必御参上可仕候也
 別紙ハ貴方ニ御保存被下度候事
拝読、然者過刻電話ニて申上候通り、宮内省より下賜金之事ハ、一昨日別紙之通りニ宮相 ○田中光顕之書状有之候ニ付、最早間違無之と存候間即役員会相開候様御取斗之義申上候次第ニ御坐候
別紙第九回報告書ハ一覧済ニ付、小印返上仕候
右之段御返事まで如此御坐候 匆々不一
  七月十日
                     渋沢栄一
    弘岡幸作様
   ○別紙ヲ欠ク。


喜賓会解散報告書 同会本部編 第一七頁 大正三年三月刊(DK250021k-0004)
第25巻 p.469 ページ画像

喜賓会解散報告書 同会本部編  第一七頁 大正三年三月刊
    資金募集及出版物頒布賛助者醵出金に関すること
第一版英文日本案内地図の発刊に就ては、本会は京浜間に於ける有志会員より特別醵金四千三百円を得て其費途に供したり
明治三十六年七月、本会は議を決して汎く有志の義金を募り、其資に依て本会の目的を達せんことを企てたりしが
宮内省より金千円の御下賜を拝受し、及日本郵船会社より金参千円、三井家総代男爵三井八郎右衛門君より金弐千円の寄附を得たるを以て爾後其募集に力を注ぎ、漸次大方の賛助を得て、希望の前途に曙光を認むるに至れるも、不幸にして三十七・八年の戦役に遭遇し、其極本会の募資を中止するの已むなきに至れり
○下略