デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2022.3.15

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

2部 社会公共事業

2章 国際親善
3節 外賓接待
1款 アメリカ前大統領グラント将軍夫妻歓迎
■綱文

第25巻 p.485-486(DK250031k) ページ画像

明治12年7月4日(1879年)

是日東京在留ノアメリカ人、同国独立第百三回記念夜会ヲ上野精養軒ニ開キ、来朝中ノグラント将
 - 第25巻 p.486 -ページ画像 
軍夫妻ヲ招請ス。栄一招待セラレテ出席ス。


■資料

東京日日新聞 第二二七四号 明治一二年七月七日 【○また同日 ○七月四…】(DK250031k-0001)
第25巻 p.486 ページ画像

東京日日新聞  第二二七四号 明治一二年七月七日
○また同日 ○七月四日ハ恰も米国独立の百三年期に値りしところ、幸ひグラント君の来京に遭ひたれバ、東京在留の米国人ハ上野公園地の精養軒に於て夜会を催ほし、グラント君並に夫人・令息を招待すべきに決し、夫夫設けを為すが中に、旗章ハ我が府民接待委員に乞ひて日本と米国のものを併せて百五十流を貸り受け、是を亭の内外に掲げ、また亭上にハ数百の球灯を懸けつらねて、装飾の用意残る所なく整ひたり、此日日本人にて案内を受けたるハ外務省の接伴掛りの官員、また府民接待委員にハ福地・渋沢・三野村・中山・渋沢(喜作君)・米倉一平・津田仙・小室信夫・大倉喜八郎の諸君にて、東京在留の米国人ハ男女老若とも来会し、其数二百五十人余にて、各室ともに充満し錐を立つるの地をも余さず、程なくグラント君ハ令息・夫人ともに来会し導かれて中央の座に着かる、米国人マツカヂー氏ハ此日の接待委員長にてグラント君の側に侍立し一々来会の人々を紹介し、次に同国公使ビンガム氏衆人に代りて祝詞を演説し、グラント君亦た答辞を演べらる、夫より来客ことごとく食堂に進みて立食あり、次にヘボン氏ハ起て大統領を祝し、マツカヂー氏ハグラント君を祝し、総領事ワンビユールン氏ハ七月四日即ち米国独立年期を祝する、この演説ハグラント君の功業にも論及して、其旨もつとも妙なりしとぞ、畢て煙火を数十本を打ち揚げ、午後十二時に来客ことごとく退散せられしと云ふ、元来この夜会ハ例年の如く東京在留の米国人において独立年期を祝するに際し、折よくグラント君の来京に会したれバ、取りあへず招請して共に独立年期を祝せしものなれど、グラント君ハ既に我が日本国に賓たるの人なれバ斯く装飾にも両国の旗章を用ひ、また日本人もみな其接待にかゝつらひし人々のみを招きしなりと聞けり