デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

2部 社会公共事業

2章 国際親善
3節 外賓接待
4款 ロシア皇太子ニコライ歓迎準備
■綱文

第25巻 p.549-550(DK250040k) ページ画像

明治24年4月20日(1891年)

ロシア皇太子ニコライ(Nikolai Alexander)御来遊ニツキ、是日東京府下ノ紳商二十余名、銀行集会所ニ於テ歓迎準備ノ協議ヲナス。栄一委員ニ選バル。


■資料

東京経済雑誌 第二三巻第五六九号・第五八三頁 明治二四年四月二五日 ○露国皇太子歓迎の準備(DK250040k-0001)
第25巻 p.549 ページ画像

東京経済雑誌  第二三巻第五六九号・第五八三頁 明治二四年四月二五日
    ○露国皇太子歓迎の準備
同殿下の御来遊に就て蜂須賀東京府知事よりの内諭に基き、府下の紳商廿余名は去る廿日午後六時より銀行集会所に於て歓迎の準備に就て協議せしが、其趣向に就ては夜会を催すべしと云ひ、或は園遊会と云ふものあり、又は日本料理を呈すべしとの諸説ありしも、終に歌舞伎座を借受け演劇を御一覧に入るゝことに決し、其費用の如きは広く有志者に募るべしとの議もありたれども、日数も迫り居るに付き、先つ差当り五十名程の有志紳商に於て支弁することとなり、同座の飾り付け其他一切にて五千円の予定なりと、右に付て委員に選ばれしは蜂須賀東京府知事・渋沢栄一・奈良原繁・森岡昌純・小野義真・西村虎四郎氏、外一名なりと



〔参考〕東京日日新聞 第五八五二号 明治二四年四月二八日 ○露国皇太子殿下(DK250040k-0002)
第25巻 p.549 ページ画像

東京日日新聞  第五八五二号 明治二四年四月二八日
    ○露国皇太子殿下
     希臘皇太子殿下《(マヽ)》
露国皇太子ニコラス親王殿下並に希臘国第二の皇子ジヨルジ親王殿下の御一行は、昨二十七日午前九時長崎へ御着港相成りたり



〔参考〕東京日日新聞 第五八六四号 明治二四年五月一二日 ○露国皇太子殿下の御遭難(DK250040k-0003)
第25巻 p.549 ページ画像

東京日日新聞  第五八六四号 明治二四年五月一二日
    ○露国皇太子殿下の御遭難
昨十一日午後二時三十分大津発にて、滋賀県知事より内務大臣へ宛て左の電報達したり
 露国皇太子殿下只今当地御立の途中、大津町に於て路傍配置の巡査一人抜剣、皇太子殿下御横額へ切付けたり、犯人は其儘縛に就きたり、御傷は横三寸余、御精神ハ確かにて、供奉員にて取敢へず繃帯し、県庁へ御帰あらせられ目下御療治中、犯人の巡査は本県守山警察署詰津田三蔵と云ふ、全く精神狂ひ此挙に及びたりと恐れ入り居れり、御先導警部ハ該巡査を一刀切付け縛したり、何とも恐れ入たる事体、不取敢上申す云々
○下略



〔参考〕東京日日新聞 号外 明治二四年五月一七日 ○露国皇太子殿下御帰国に決す(DK250040k-0004)
第25巻 p.549-550 ページ画像

東京日日新聞  号外 明治二四年五月一七日
 - 第25巻 p.550 -ページ画像 
    ○露国皇太子殿下御帰国に決す
露国皇太子殿下は神戸より直ちに御帰国あるべきか、或は御素志の如く東京へ御来遊あるべきかとは実に日本人民の知らんと欲する所にして、其の御創痍一日も速に御平癒ありて東京へ御来遊あり、上下君民の款待を受けさせ給はんことは、実に上下の至願たりしに、我曹は只今悲しむべきの電報に接したり、京都供奉の宮内大臣より東京なる花房宮内次官の電報には、殿下には愈々明後十九日を以て神戸御出発と御決定相成りたる趣きなり ○下略



〔参考〕東京日日新聞 第五八七一号 明治二四年五月二〇日 ○露太子殿下御発艦(DK250040k-0005)
第25巻 p.550 ページ画像

東京日日新聞  第五八七一号 明治二四年五月二〇日
    ○露太子殿下御発艦
               (十九日午後五時三十分神戸発)
露国皇太子殿下は今午後第四時五十分御発艦に相成たり