デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

2部 社会公共事業

2章 国際親善
3節 外賓接待
12款 アメリカ大西洋艦隊歓迎
■綱文

第25巻 p.608-614(DK250049k) ページ画像

明治41年10月22日(1908年)

是ヨリ先、アメリカ大西洋艦隊来航ス。是日、東京銀行集会所・東京交換所・銀行倶楽部合同シテ其歓迎演芸会ヲ歌舞伎座ニ開ク。栄一、主催団体ヲ代表シテ歓迎文ヲ朗読ス。此前後ニ亘リ各所ニ催サレタル歓迎会ニ出席シ、又其準備ニ尽力ス。


■資料

渋沢栄一 日記 明治四一年(DK250049k-0001)
第25巻 p.608-609 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治四一年    (渋沢子爵家所蔵)
八月十一日 雨 暑
○上略 午飧後 ○中略 米友協会幹事沢田某、金子子爵ノ代理トシテ来リ、米国艦隊歓迎ノ事ヲ談ス ○下略
   ○中略。
九月九日 半晴 冷
○上略 十二時半銀行倶楽部ニ於テ午飧シ、後 ○中略 米国艦隊歓迎ノ事ニ関シ協議アリ ○下略
九月十日 晴 涼
○上略 十二時東京市役所ニ抵リ、尾崎市長ト談話ス ○下略
   ○中略。
九月十二日 曇 冷
○上略 午後五時銀行集会所ニ抵リ、米国艦隊歓迎ノ事ニ関シ集会所・交換所・倶楽部等三団体ノ聯合協議会ヲ開ク、要件議決ノ後、委員指名等ノ事ヲ豊川・池田・佐々木ノ諸氏ニ托シ、午後七時帰宅 ○下略
   ○中略。
九月十八日 曇 涼
○上略 小村外務大臣ヲ其官邸ニ訪ヒ ○午前八時過米国艦隊歓迎ノ事ヲ談ス ○下略
   ○中略。
九月二十二日 曇 涼
○上略 銀行集会所ニ抵リテ午飧シ、食後 ○中略 銀行団体ニ於テ開催スル米国艦隊歓迎会ニ付、演劇其他接待ノ順序ヲ評議ス、豊川・早川・池田諸氏来会ス ○下略
   ○中略。
九月三十日 曇 涼
○上略 十二時銀行倶楽部ニ抵リ、米国艦隊歓迎ノ事ニ関シ、豊川・園田早川・池田ノ諸氏ト協議ス ○下略
   ○中略。
十月五日 晴 冷
○上略 午後一時銀行集会所ニ抵リ、米艦隊歓迎会ノ事ヲ協議ス ○下略
   ○中略。
十月十九日 晴 冷
○上略 午後八時帝国ホテルニ於テ開催セル米国大使ノ晩餐会ニ出席ス、
 - 第25巻 p.609 -ページ画像 
蓋シ米艦隊ノ司令長官歓迎ノ為ナリ、来会者両国海軍士官ヲ以テ充タサル、食卓ニ列スル者百六十名余ナリ、頗ル大会ナリ、食卓上大使・小村外相・司令長官スペリー氏等ノ演説アリ、午後十一時散会帰宿ス
十月二十日 晴 冷
○上略 三時ヨリ米国艦隊ノ歓迎会ニ出席ス、種々ノ余興アリ、午後五時散会 ○下略
十月二十一日 曇 冷
○上略 午後三時兼子・愛子ト同伴新宿御苑ニ抵リ、東郷海軍大将米艦司令長官其他ノ歓迎園遊会ニ出席ス、御苑ヲ一巡シ、立食後共ニ兜町事務所ニ抵リ夜飧ス、七時愛子ト共ニ更ニ歌舞伎座ニ抵リ、明夕ノ余興演劇ノ演習ヲ一覧ス ○下略
十月二十二日 雨 冷
○上略 正午上野精養軒ニ抵リ、東京市ノ催ニ係ル米国艦隊歓迎ノ午飧会ニ出席ス、畢テ兜町ニ抵リ、兼子ト同伴シテ日比谷公園ニ抵リ、東京市ノ催シタル園遊会ニ出席ス、午後三時英国公使館園遊会ニ抵リ、又九段能楽堂ニ抵リ、近藤廉平氏ノ催シタル能楽ヲ一覧ス ○中略 六時歌舞伎座ニ抵リ、米艦隊歓迎会ニ出席ス、蓋シ銀行者団体ニテ開催セシモノナリ
演劇・舞伎数番アリ、其間余ハ歓迎文ヲ朗読シ、提督スヘリー答詞ヲ述フ、畢テ立食場ニ入リ盃ヲ挙ケ万歳ヲ歌フ、夜一時過帰宿ス
十月二十三日 曇 冷
○上略 七時紅葉館ニ抵リ、米友協会ノ催シタル米国艦隊歓迎会ニ出席ス種々ノ余興アリ、夜十時散会帰宿ス
十月二十四日 曇 冷
○上略 午後二時新橋停車場ニ抵リ阪谷ノ帰朝ヲ迎ヘ、夫ヨリ米国艦隊訪問ノ為横浜ニ抵リ、四時頃旗館《(艦)》コンネクチカツト号ニ抵リテ、提督スヘリー氏及米大使等ニ面接シ、午後 時発《(脱)》ノ汽車ニテ帰京ス、七時王子ニ帰宿ス
   ○中略。
十一月二日 晴 冷
○上略 午後三時築地水交社ニ抵リ、斎藤海軍大臣ノ催シタル茶話会ニ出席ス、食卓上一言ノ挨拶ヲ述ヘ、米国艦隊来航ニ関スル大臣ノ謝詞ニ答ス、其意蓋シ艦隊ヲ歓迎セシハ日米両国ノ交情ヲ重シテ従事セシモノニシテ、国民ノ義務トスヘケレハ敢テ謝詞ヲ受クルノ理由ナシ、只海軍省ニ於テ百事細心ニ処理セラレ、満足ノ結果ヲ見タルハ共ニ慶賀スヘキ所ナリト云フ趣旨ナリ、畢テ夕六時王子帰宿ス
○下略
   ○中略。
十一月十一日 曇 冷
○上略 十二時銀行集会所ニ抵リ午飧ス、畢テ米艦歓迎会ニ関スル会計事務ヲ協議シ ○中略 園田・豊川・池田・波多野・佐々木諸氏来会ス ○下略


竜門雑誌 第二四六号・第七〇頁 明治四一年一一月 ○斎藤海軍大臣の茶話会(DK250049k-0002)
第25巻 p.609-610 ページ画像

竜門雑誌  第二四六号・第七〇頁 明治四一年一一月
○斎藤海軍大臣の茶話会 斎藤海軍大臣は米国艦隊歓迎の為尽力せら
 - 第25巻 p.610 -ページ画像 
れたる官民各方面の紳士数百名を、本月二日午後三時より築地水交社に招待して茶話会を開かれ、定刻前に来賓一同を海軍参考館に案内して陳列品を観覧に供せり、斯て午後四時過に至り立食の饗応あり、斎藤海軍大臣は一場の挨拶を為し、青淵先生は来賓側を代表して、左の如く謝辞を述べられたり
 只今は海軍大臣閣下より、我々が過般米艦渡来に際して聊か尽しましたる微衷に対し、御慰労の意を以て本日御招待下されましたとの御挨拶がありましたが、実に何とも申上様のなき程感謝に堪ぬ次第であります、而して此度米艦の渡来に就きましては、官と言はず私と言はず、等しく誠意を以て歓迎を致すべき次第で、敢て官のみが厚かるべき理由はないのでありますのに、只今の如き御話では甚だ痛み入りました事であります(拍手)然らば歓迎の主導者として尽力されたる海軍側の方々に対しては、却て我々から宴会でも開いて御慰労の為め御招待申上ぐべき筈でありますのに、却て本日の如く御招待に預りましたのは殆んど感謝の言葉がない程であります(拍手)敢て一同に代り本日の御招待を謝し、併せて海軍大臣を始め海軍御一同の御健康を祝したいと思ひます。
斯くて一同杯を挙げて海軍の万歳を三唱し、次に斎藤海軍大臣は杯を挙げて天皇陛下の万歳を唱ふべしと告げ、同大臣の発声にて一同万歳を三唱し、次で君ケ代の奏楽ありて乾杯の後、大浦農商務大臣の発声にて海軍万歳を三唱し、右にて宴を終り、一同随意散会したるは五時頃なりき。
   ○米艦隊歓迎会当日ノ次第及ビ栄一ノ歓迎ノ辞ハ、本資料第七巻所収「東京銀行集会所」同日ノ条ニ収ム。



〔参考〕東京経済雑誌 第五八巻第一四六二号・第三五―三六頁 明治四一年一〇月二四日 ○米国大西洋艦隊の来航(DK250049k-0003)
第25巻 p.610-612 ページ画像

東京経済雑誌  第五八巻第一四六二号・第三五―三六頁 明治四一年一〇月二四日
    ○米国大西洋艦隊の来航
米国大西洋艦隊司令長官スペリー提督の率ゆる戦闘艦十六隻・通報艦一隻は愈よ本月十八日を以て横浜に入港したり、予ては十七日を以て入港の筈なりしも、呂宋沖合に於て颶風に遭遇したるが為め、予定より廿四時間遅延するに至りしものなるが、是より先き同艦隊来航期日の報達するや、我海軍省を始め官民一同歓迎の設備至らざるなく、殊に海軍省に於ては三笠・富士・朝日・相模・吾妻・八雲・日進・春日香取・鹿島・筑波・生駒・宗谷・音羽・新高・対島・最上・竜田・淀の諸艦を以て接待艦とし、伊集院中将之が司令長官として横浜築港外に繋留し、陸上に於ては横浜埠頭を始め市中一般に諸種の装飾を施し準備充分に尽されたるが、定刻に至り米国艦隊は威容堂々として入港し来り、彼我礼砲の交換ありて我接待艦に近接して投錨したり、彼我艦隊総て三十九隻四十三万余噸、横浜港頭を圧し、凛乎たる威風は陸上の盛装と相待ちて一大美観を呈し、スペリー提督を始め士官・下士卒に至る迄、一同我熱誠なる歓迎に満面喜色を湛へるの観あり、東京市に於ても横浜に劣らざる装飾を施して之を迎へ、スペリー提督以下去る十九日を以て公式入京し、別項の通り参内謁見を為し、其他各種団体の歓迎を受けたるが、明廿五日を以て横浜抜錨、「第一小隊及び
 - 第25巻 p.611 -ページ画像 
第二・第四小隊は比律賓軍港に直航し、第二小隊は清国に向ひ厦門に寄港し、同港より比賓律に廻り、同所に於て他の艦隊に合し、十二月一日迄マニラ滞泊し、夫よりマニラを発し、ジブラルタルを経て帰航の途に就く筈なるが、其本邦滞在中に於ける重なる歓迎は左の如くにして、此他個人の歓迎接待に至りては枚挙に遑あらざりし程にて、外国艦隊の歓迎としては実に空前の盛況なりし(左記中▲は下士以下にも関係し△は家族にも関係す)
  第一日 十月十八日 日曜
帝国軍艦宗谷・最上、竜田湾外に出迎へ錨地に嚮導す
汽船七隻約七千人を分乗し湾外に出でゝ歓迎(神奈川丸・松山丸・博愛丸・筑前丸・旅順丸の五隻は神奈川県の催、新発田丸は東京朝日新聞社の催、有明丸は三井物産会社の催)久里浜彼理記念碑側にて米友協会員の歓迎
日本艦隊(十九隻)錨地に於て歓迎
米国艦隊接待委員及横浜市長の出迎、記念品等の贈呈
横浜に於ける公式訪問交換
▲△午後二時 横浜市の歓迎園遊会(公園)
午後七時 横浜市長三橋信方氏、及同市有志者の晩餐(グランドホテル)
△午後九時三十分 神奈川県知事男爵周布公平氏の夜会(官邸)提灯行列・「イルミネーシヨン」・煙花
  第二日 十月十九日 月曜
午前八時四十分 日光行特別直通列車横浜発
午前九時三十八分 司令長官・司令官・艦長公式入京(特別列車)東京市長・接待委員等出迎
思召を以て特に司令長官・司令官・参謀長及参謀四名に東京滞在中芝離宮を旅館に充てさせられ且つ馬車を使用せしめらる、日本官憲は艦長及士官に対し帝国「ホテル」に寝室・応接室及馬車を準備す
東京に於ける公式訪問交換
午後 早稲田大学の野球競技招待(早稲田)
午後五時 在東京新聞社通信社団の晩餐(紅葉館)
△午後三時三十分 米国大使の米国人接待会(米国大使館)
午後八時 米国大使の晩餐(帝国ホテル)
  第三日 十月二十日 火曜
賜謁
午餐御陪食
午後二時 東京医師団体の園遊会(日比谷平左衛門氏邸)
午後二時 慶応義塾大学の野球競技招待(三田)
△午後三時 東洋汽船株式会社長浅野総一郎氏の園遊会(自邸)
午後四時 交詢社員の演芸会(交詢社)
午後七時三十分 海軍大臣男爵斎藤実氏の晩餐(水交社)
  第四日 十月二十一日 水曜
正午 陸軍大臣子爵寺内正毅氏の午餐(後楽園)
正午 男爵三井八郎右衛門氏の午餐(三井集会所)
 - 第25巻 p.612 -ページ画像 
△午後三時 軍令部長海軍大将伯爵東郷平八郎氏の園遊会(新宿御苑)
午後五時 男爵岩崎久弥氏の日本料理晩餐(深川別邸)
午後七時三十分 内閣総理大臣侯爵桂太郎氏の晩餐(官邸)
△午後九時三十分 内閣総理大臣侯爵桂太郎氏の夜会(官邸)
  第五日 十月二十二日 木曜
正午 東京市長尾崎行雄氏の午餐(上野精養軒)
正午 公爵島津忠重氏の午餐(自邸)
▲△午後一時 東京市の歓迎園遊会(日比谷公園)
△午後三時三十分 英国大使サー・クロード・マクドナルド氏の園遊会(英国大使館)
△午後三時三十分 日本郵船株式会社長近藤廉平氏の観能会(九段能楽堂)
午後七時三十分 外務大臣伯爵小村寿太郎氏の晩餐(官邸)
△午後八時十分 東京銀行家団体の演芸会(歌舞伎座)
夜 東京実業組合会員約一万六千人の提灯行列
  第六日 十月二十三日 金曜
午後七時三十分 日本艦隊司令長官海軍中将男爵伊集院五郎氏の晩餐(軍艦富士)
午後九時三十分 日本艦隊司令長官海軍中将男爵伊集院五郎氏の夜会(軍艦三笠)
夜「イルミネーシヨン」・煙花
△午後七時三十分 米友協会々員の日本料理晩餐(紅葉館)
午後七時三十分 伯爵藤堂高紹氏の日本料理晩餐
  第七日 十月二十四日 土曜
正午 米国艦隊司令長官海軍少将スペリー氏の午餐(旗艦コネーチカツト)
△午後 米国艦隊司令長官海軍少将スペリー氏の招待会(旗艦コネーチカツト)
午後 端艇競漕
夜「イルミネーシヨン」・煙花
  第八日 十月二十五日 日曜
米国艦隊横浜出港
日本艦隊、横浜市長・接待委員等の告別
日本艦隊第三小隊(香取・鹿島・筑波・生駒)の東京湾外迄、嚮導見送り



〔参考〕鶴岡伊作氏談話筆記(DK250049k-0004)
第25巻 p.612-613 ページ画像

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〔参考〕日米外交史 川島伊佐美著 第四一―四二頁 昭和七年二月刊(DK250049k-0005)
第25巻 p.613-614 ページ画像

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