デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

2部 社会公共事業

2章 国際親善
3節 外賓接待
14款 其他ノ外国人接待
■綱文

第25巻 p.633-638(DK250056k) ページ画像

明治13年8月29日(1880年)

是日栄一、清国特命全権公使何如璋・韓国人金宏集・弁理公使花房義質及ビ都下知名ノ文人等三十余名ヲ飛鳥山邸ニ請ジテ午餐会ヲ催ス。此時、阪谷朗廬此邸ヲ曖依村荘ト名ヅク。


■資料

渋沢栄一書翰 花房義質宛 (明治一三年)八月二六日(DK250056k-0001)
第25巻 p.633-634 ページ画像

渋沢栄一書翰  花房義質宛 (明治一三年)八月二六日   (渋沢子爵家所蔵)
拝啓、然者頃日御垂示之信使御接待ニ付、王子別宅御入用之義ハ来ル廿九日と御取究之由、今日大倉より拝承仕候、就而右料理向其外之件件大倉より相伺候積ニハ申合候得共、聊用意之都合も有之候ニ付、可成丈御模様拝承仕度候ニ付、態と壱人さし上、左之廉々御指揮奉願候
 - 第25巻 p.634 -ページ画像 
一 朝鮮人ハ何人《凡六七人》ニて、日本御客ハ何人合計御来客ハ何程ニ相成候哉《凡三十人・合計三@六七・主人を合スレハ先ツ四十人ハ先ツ四十人》
一 王子着之刻限ハ何時《十字前後より午迄》ニて、御退散ハ凡何時《五時前後》ニ被成候御見込ニ候哉
一 来客之供廻りハ馬車何程《五七輛》、人力何程位《二拾七八》ニ相成候哉
一 料理ハ日本料理申付候而可然歟、然時ハ価何程位《壱円五拾銭前後位可然》ニて何様之食料ニて可然哉
一 供廻りニ弁当ニても相賄可申、右等ハ笹折詰之壱人前拾五銭位なるものニて可然歟
一 食事ハもし御望ニより園中ニ幙を張り野外之会食ニて可然哉
   但右様ニいたし候ニハ椅子之用意も可致候、併真之日本風ニ候ハヽ坐敷ニて配膳之都合ニ可仕候
一 揮毫等之余興有之候ハヽ、紙もしくハ絹本ニても手当可仕哉《可被成下候》
   但是ハ貴方ニ御用意も御坐候哉
一 三曲之御催有之候由、右ハ兼而拙宅ヘ参り候師匠有之候間、夫を申付候而可然歟《交ゼテ宜御坐候》
一 拙宅ハ御案内之通り真之日本家ニ付、敷物等も無之候間、沓ニて坐敷ヘ上り候ハ差支候ニ付、其積ニ相願度、併もし御望ニ候ハヽ敷物ニても用意可仕哉
   但是ハ可成ハ坐敷ハ蒲団又ハ他之敷物位ニいたし度候間沓を脱し候筈ニ相願度候
一 園中別ニ粧飾之工夫も無之候得共、掃除等入念、且少々盆栽ニても相備可申候
   夜ニ入候ハヽ、提灯之用意も要用ニ付刻限別而御定可被下候
一 茶並菓子等ハ通常之手配ニて可然歟、且庭中ニて団子又ハ天麩羅抔之用意ニても可仕哉
一 酒ハ日本酒を用可申哉又ハビールニても取交可申哉《間ニソーダ水・ラムネ・氷水ニブドー酒位よろしからんと存候》、尤日本酒もオイラン抔ニいたし、冷酒之方可然哉
一 便所ハ別ニ相備候ニハ不及、日本之二便所ニて差支無之哉
一 給仕人ハ婦人ハ不都合と存候間、十五六才之少年ニ袴ニても着せ十人計用意可仕哉
右件々此者ニ御指図可被下候 匆々拝白
  八月廿六日               渋沢栄一
    花房老台
   尚々明日外務省官員方、王子御越之趣ニ付、壱人差出し夫ニて御打合可為致候得共、前件御望ニより手配も有之候間、今夕伺上候義ニ候
   ○右ハ栄一書翰ニ花房義質書入ヲナシテ返書トセルモノナリ。即チ行間細字並ニ○印ハ同氏加筆ニシテ、左側傍線ヲ附シタルハ抹消ヲ示ス。


高田利吉手記(DK250056k-0002)
第25巻 p.634-635 ページ画像

高田利吉手記               (財団法人竜門社所蔵)
此時此邸ニ名ヲ命ズベシトノ議起リ阪谷朗廬ノ説ニ因リテ曖依村荘ト名ヅクルニ決シタリ(青淵先生及ビ男爵阪谷芳郎談話)蓋シ曖依ノ二字ハ、陶淵明ノ帰田園居ノ詩ニ曖々遠人村依々墟里煙トアルニ取レルナリ。
人或ハ何如璋ヲ以テ此命名者ト為スハ其筆ニ成レル扁額アルニ由リテ
 - 第25巻 p.635 -ページ画像 
ナルベシ。


(何如璋筆) 扁額(DK250056k-0003)
第25巻 p.635 ページ画像

(何如璋筆) 扁額            (渋沢子爵家所蔵)
[img写真]暖依村荘 渋沢主人属 何如璋@@○15.6寸×48.2寸


青淵先生六十年史 竜門社編 第二巻・第六二六―六二七頁 明治三三年六月再版刊(DK250056k-0004)
第25巻 p.635 ページ画像

青淵先生六十年史 竜門社編  第二巻・第六二六―六二七頁 明治三三年六月再版刊
 ○第五十八章 公益及公共事業
    第七節 外賓接待
○上略
明治十三年 ○中略 八月二十九日清国公使何如璋・朝鮮人金宏集等ヲ招ク此ノ日東都名家、藤沢梅南・南摩綱紀・岡松甕谷・安田老山・依田百川・宮本小一・川田甕江・浅田宗伯・阪谷朗盧・藤野海南・跡見花渓長三洲・永井磐谷・栗本鋤雲・巌谷一六・日下部鳴鶴・石幡貞・萩原西疇・宮島誠一郎・三島中州・橋本青江・広瀬青村等来リ会ス ○下略


招客名簿控 【清公使 何如璋】(DK250056k-0005)
第25巻 p.635-636 ページ画像

招客名簿控                (渋沢子爵家所蔵)
                 清公使
                    何如璋
                 書記官
                    黄導憲
                    藤沢梅南
                    南摩綱紀
                    岡松甕谷
                    安田老山
                    依田百川
                    河田甕江《(川カ田甕江)》
 - 第25巻 p.636 -ページ画像 
                    浅田宗伯
                    阪谷素
                    藤野海南
                    跡見花渓
                    長三洲
                    永井盤谷
                    栗本如雲《(栗本鋤雲)》
                    巌谷一六
                    日下部鳴鶴
                    石幡貞
                    三条知恵子
                    山内八重子
                    萩原西疇
                    宮島誠一郎
                    三島毅
                    橋本西江《(橋本青江カ)》
                    三崎
                    広瀬青村
                    渡辺洪基
                   〆
                 外務大書記官
                    宮本小一
                 弁理公使
                    花房義質
                 同一等属
                    遠藤岩雄
                 十等
                    太田芳也
                 御雇
                    森本鎮義
                   〆
                 朝鮮人
                    金宏集
                    李容粛
                    李宗懋
                    李祖淵
                    姜璋
                   〆
   ○右ハ当日ノ出席者名簿カ、又ハ出席予定者ノ名簿カ定カナラズ。


(芝崎確次郎) 用度掛日記簿 明治一三年(DK250056k-0006)
第25巻 p.636-637 ページ画像

(芝崎確次郎) 用度掛日記簿  明治一三年
                     (芝崎猪根吉氏所蔵)
八月廿六日 晴
○上略 午前朝鮮人来社、二階上等ノ間ニテ衆人書揮毫ヲ与フ、午後一時
 - 第25巻 p.637 -ページ画像 
半帰ル、洋食ヲ出ス、但し東妻亭也、来ル廿九日王子別荘ヘ朝鮮人招キニ相成、因テ明日外務省役人と同道、別荘ヘ参リ打合支度可致旨主人より口達有之候事 ○下略
八月廿七日
早朝出頭、昨夜花房公使ヘ来ル廿九日朝鮮人招キニ付テ手配方伺ニ参リ、指揮有之候通リ之取計ニ奔走致し、主人株式所集会、午後銀行ヘ御出ニ付王子行之件上申、直ニ王子ヘ参リ待受候処、外務省十等属太田芳也ナルモノ参リ打合済、夜ニ入退散、小生銀行ヘ立寄、未タ元方並書記共退社無之、主人ハ株式所ヘ御出ニ相成居、遅刻之模様ニ付直ニ帰ル ○下略
第八月廿八日
○上略 王子江品物用達し分送リ方手配いたし、永田・斎藤両家より毛セン等借入送ル、雑用繁多、夜ニ入帰宅
第八月廿九日 朝雨降ニテ晴
休日
早朝花房公使ヘ参リ、伺之上帰宅、直ニ王子ヘ向ケ出張致し、最早花房其外御光来ニ相成候、続テ朝鮮人来リ盛会ニテ五時退散
小生夜ニ入帰宅


(芝崎確次郎) 日記簿 明治一三年(DK250056k-0007)
第25巻 p.637-638 ページ画像

(芝崎確次郎) 日記簿  明治一三年   (芝崎猪根吉氏所蔵)
八月廿六日 晴
○上略
帰宅後、主君より花房公使ヘ書面ヲ以使ヲ被命参リ面語、来ル廿九日朝鮮人来客之件
八月廿七日 雲
今朝大倉屋ヘ参リ候処、不在ニ付当用丈ケ書面ニ致し、直ニ銀行ヘ出頭、浜町常盤やヲ呼寄候、主君午後御出頭ニテ料理方ハ御下命、亦別荘行被命、直ニ別荘ヘ出張、午後暮テ帰社 ○下略
八月廿八日 雲
例刻出頭、明日王子別荘来客用品買整、送リ方手配いたし置 ○中略 正午時花房公使ヘ料理献立書・口上書ヲ添、使ヲ以差上候処、受取而已参リ候事
本願寺詰接伴掛遠藤岩雄と申モノ参リ、客人之内四人断有之候間、料理相減じ候様被申聞、直ニときわや江使差出候、主君御出頭、来使之旨上申致し候、製紙分社支配人ヘ宛入念之出状致し置候事
○下略
八月廿九日 雲
休日
今朝俄然大雨降、兼テ花房公使催しニテ王子別荘ヘ朝鮮人相招キ候手配ニ相成居、雨降ニ付花房殿ヘ承リニ罷出、夫より常盤屋ヘ寄、直ニ王子ヘ参リ候処、途中より天気晴、上都合ニテ、客人も大勢参リ盛会ニ御座候、夜ニ入帰宅
九月一日 晴
例刻出頭、直ニ大倉屋ヘ参リ候処、不在ニ付銀座商店立寄、同所ヘも
 - 第25巻 p.638 -ページ画像 
不参ニテ取次之ものヘ書類頼置帰宅 ○下略
九月二日 晴
○上略
主人不快ニテ出勤無之 ○下略
九月三日 雲
○上略 今夜銀行ヘ大倉屋喜八郎来リ、王子ヘ朝鮮人招キノ節入用金百四拾九円十六銭九厘持参、主人ヘ御渡しニ相成、直ニ小子ヘ御下ケ渡ニ付受取、又不足廿四円余ハ銀行入用ニ相立、即席支配人出金方可然旨被申聞、入用ニ相立差出都合百七十三円余ニ致し、返却之手配相立申候事
○下略



〔参考〕(芝崎確次郎) 日記 明治一四年(DK250056k-0008)
第25巻 p.638 ページ画像

(芝崎確次郎) 日記  明治一四年   (芝崎猪根吉氏所蔵)
八月廿九日 晴
例刻出頭、午後一時朝鮮人弐名来社、頭取面語 ○下略
八月三十日
○上略 朝鮮人来社ハ本日也、昨日ハ誤テ記載是御承引可被下候
   ○中略。
九月十三日
例刻出頭、雨降、主君十二時王子別荘より御出頭被遊候、午後三時ヨリ深川邸ヘ来客有之候由ニ付、直ニ小生帰宅掃除仕主君御帰館、続テ左之来客
  朝鮮人      大沢正道
  同通弁      増田充績
  花房公使
  大倉屋喜八郎  〆六人
夜ニ入九時退散



〔参考〕実業之日本 第三巻・第一五号 明治三三年九月一日 実業家の家庭 渋沢栄一男の篤敬並家庭和楽の事(六)(DK250056k-0009)
第25巻 p.638 ページ画像

実業之日本  第三巻・第一五号 明治三三年九月一日
  実業家の家庭
    渋沢栄一男の篤敬並家庭和楽の事(六)
○上略 王子の別邸は明治十一年八月始めて荊棘ヲ開て築く所、飛鳥山と相並びて東方一面の田野を控へ、遠くして筑波山、鴻ノ台を煙靄糢糊の中に望む、村落其間に点在し、戸田川の白帆緑樹の間に隠見し眺望絶佳、碩儒坂谷朗廬特に命じて曖依村荘と名く、荘内広濶樹木鬱叢して泉水あり、瀑布あり、諸所に又亭を設け、四時の遊覧敢て厭くを知らずと雖も、春花秋葉特に最も優絶と称す、而して君の起居、平素多くは兜町の事務所に在り、繁劇の躬常時外に憩ふを得ず、其深川の本邸に入る猶且毎月一二回に過ぎず、王子の別邸に憩ふが如きは一年僅に幾日を数ふるのみとか。 ○下略