デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

2部 社会公共事業

2章 国際親善
3節 外賓接待
14款 其他ノ外国人接待
■綱文

第25巻 p.675-676(DK250091k) ページ画像

明治39年5月9日(1906年)

是日栄一、横浜在住ノ外国商人イー・デビス他十名ヲ飛鳥山邸ニ請ジテ午餐会ヲ開ク。


■資料

渋沢栄一 日記 明治三九年(DK250091k-0001)
第25巻 p.676 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治三九年    (渋沢子爵家所蔵)
五月九日 少雨 軽寒            起床七時 就蓐十一時三十分
○上略 午前十一時横浜外国商数多来訪セラル、此日午飧ニ招宴セシニヨル、十二時頃ヨリ雨歇ミタレハ庭園中ヲ散歩ス、午後一時席画ヲ一覧セシメ、夫ヨリ書院ニ於テ午飧ヲ開宴ス、食事中種々余興アリ、午後四時過宴散シテ各退散ス ○下略


(八十島親徳) 日録 明治三九年(DK250091k-0002)
第25巻 p.676 ページ画像

(八十島親徳) 日録  明治三九年    (八十島親義氏所蔵)
五月九日 雨
早朝ヨリ飛鳥山邸ニ至ル、正午ミツチエル、デビス、イリス、ポール其他第一銀行取引先ナル在浜欧人ノ招宴也、生憎雨ニテ閉口、金鳳・玉堂等ノ席画ナド中々興深シ、予ハ兜町ニ要務アレハ二時辞ス、昨今共第一銀行催ノ宴会ナルガ、日々如此俗務ニ負ハレ多忙ヲ極ム


竜門雑誌 第二一六号・第三四頁 明治三九年五月 ○青淵先生の在横浜外人招請宴(DK250091k-0003)
第25巻 p.676 ページ画像

竜門雑誌  第二一六号・第三四頁 明治三九年五月
○青淵先生の在横浜外人招請宴 は五月九日午前十一時より飛鳥山同邸に於て催されたり、当日の来賓はイー・シー・デビス氏、同令夫人ダブルユ・エフ・ミッチエル氏、同令夫人、チャーレス・ヴイ・セール氏、同令夫人、ルードルフ・ポール氏、シー・イリス氏、同令夫人リチャード・ゼー・キルビー氏、同令夫人、オット・ライメルス支配人ブルマー氏、及佐々木勇之助氏・杉田富氏にして、主人側は青淵先生・同令夫人・渋沢社長・同令夫人・穂積陳重氏・同令夫人・阪谷芳郎氏・同令夫人にして、開筵前望月金鳳・川合玉堂両画伯の席画を観覧に供し、饗応に移りては三曲の余興等あり、且種々の饗応あり、甚だ盛会なりしと云ふ、就中前記両画伯の席画及び凡て日本式料理等は悉く外人の気に入りしと見え、激賞止まざりしを以て、席画は勿論、特に扇子・短冊・端書等を紀念の為め贈与したりと云ふ
   ○右請宴中ノ招客セールニ関シテ「竜門雑誌」第五四八号(昭和九年五月)ハソノ講話「日本に関する考察」ノ訳文ヲ掲ゲ、且ツ左ノ如クソノ人ヲ解説セリ。
    「チヤールズ・セエル氏(Charles V.Sale)はセエル会社の組合員、ハドスンズベー会社社長、英国金属業組合の会長である実業家、兼てオクスフアド州高等執行官で、千九百廿五年以来英国に於ける日本協会の会長であり、本年六十六歳、日本の宝冠章を授けられてゐる有力なる親日家である嘗て日本にも親しく居住し一九〇八年(明治四十一年)帰国するまで度々青淵先生とも御会ひ申してゐた。阪谷男爵の親友である。 ○下略」