デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

2部 社会公共事業

2章 国際親善
3節 外賓接待
14款 其他ノ外国人接待
■綱文

第25巻 p.694-696(DK250105k) ページ画像

明治41年6月15日(1908年)

是日栄一、フランス伯爵夫人ベアルーンヲ飛鳥山邸ニ招ジテ午餐会ヲ開ク。宴終リテ後、夫人ヲ案内シテ東京市養育院及ビ日本女子大学校ヲ参観セシム。次イデ同月二十一日夫人ノ招待ニ応ジ横浜港ニ碇泊スルソノ乗船ニルヴァナ号ヲ訪フ。


■資料

渋沢栄一 日記 明治四一年(DK250105k-0001)
第25巻 p.694 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治四一年    (渋沢子爵家所蔵)
六月十五日 曇 冷
○上略 午前十一時半ヨリ招客来リ会ス、仏国伯爵夫人ベヤルン氏及其一行六人、仏国大使並ニ母堂、和蘭国公使夫婦、邦人ニテハ大倉氏 ○喜八郎夫妻・喜賓会員等ナリキ、十二時頃ヨリ庭園ヲ散歩シ、茶席ニテ抹茶ノ式アリ、午後一時書院ニテ食卓ニ就キ、食事中三曲及芸妓ノ踊等アリテ午後四時頃散宴、後仏国大使其他ノ人々ト養育院・女子大学ヲ一覧シ夕七時頃帰宿ス、兼子モ同伴ス ○下略
   ○中略。
六月二十一日 曇 暑
○上略 午前十一時前兼子同伴新橋停車場ニ抵リ、十一時半発ノ汽車ニ搭シテ横浜ニ抵ル、仏国人ベヤルン伯爵夫人ノ招宴ニ応スル為メナリ、仏国大使汽車中ニテ同伴ス、横浜ニ抵リ、波止場ヨリ夫人ヨリ送レル小蒸気船ニテ本船ニ抵ル、蓋シ夫人本国ヨリ東洋漫遊ノ為メ乗来レルモノナリ、其装飾及各船室ノ美麗ナル驚クニ堪ヘタリ、本船着後其客室ニテ休憩シ、午後一時午飧アリ、後種々ノ談話ヲ為シ三時半ノ汽車ニテ帰京ス ○下略


(八十島親徳) 日録 明治四一年(DK250105k-0002)
第25巻 p.694-695 ページ画像

(八十島親徳) 日録  明治四一年    (八十島親義氏所蔵)
六月十五日 曇
 - 第25巻 p.695 -ページ画像 
朝兜町ヲ経テ昼前王子ニ至ル、今日ハ近来手持ノヨツトニテ来遊中ノ仏国伯爵夫人(後家)ベアルン氏ノ一行ヲ招キ、日本料理ノ饗応ヲ催サルヽナルガ、仏国大使・同母堂・和蘭公使夫妻・大倉氏夫妻等モ来会ス、伯爵夫人ハ非常ノ名家且富豪ノ由ニシテ、美人(二十七・八)ナルモ只金持タル丈ニ留マリ、アマリ趣味ヲ有セサル人ラシク、且余興(三曲新橋連中ノ踊)央バニシテ、モー沢山ナリトテ退散シ、及男爵ガ自己数十年ノ丹精ナリトテ養育院及女子大学ノ一覧ヲ求メ再三之ヲ勧メシニモ不拘、頭ガ痛イトカ昨夜寝ガ足ラサリシトカ号シテ、終ニ之ニ応セサリシカ如キハ頗ル物足ラヌ心地シタリキ
養育院及女子大学ハ、漸クニシテ一行中ノ二名丈参観スル事トナリ、男爵之ヲ案内セラレ予モ随行ス ○下略


竜門雑誌 第二四一号・第四二頁 明治四一年六月 ○青淵先生の仏国伯爵夫人ベーアルン等招待(DK250105k-0003)
第25巻 p.695 ページ画像

竜門雑誌  第二四一号・第四二頁 明治四一年六月
○青淵先生の仏国伯爵夫人ベーアルン等招待 青淵先生には喜賓会副会長たるの関係より、目下来遊中の仏蘭西名家伯爵夫人ベーアルン子一行を去十五日午前十一時半飛鳥山邸へ招待し、丁寧なる饗筵を開かれたり。当日の来客は
    一行
 伯爵夫人 ドーベーアルン  子爵   クードレー
 男爵   グレム      医師   ドクトル・ラボー
 英国画工 ノルトン     西班牙人 カロース・ラリロス
の外に
 仏国大使 ゼラール  同母堂
 和蘭大使 ロードン  同夫人
      大倉喜八郎 同夫人
      田中常徳  執行弘道
      米川軍吉  弘岡幸作
等の諸氏にして、余興には三曲合奏・新橋芸妓の手踊等ありたり。
午後四時筵を了りて、青淵先生には令夫人・令嬢と共に仏国大使ゼラール氏・同母堂・大倉喜八郎氏・同令夫人を伴ひ、東京市養育院及日本女子大学校を参観せられたり。


弘岡幸作手記(DK250105k-0004)
第25巻 p.695-696 ページ画像

弘岡幸作手記              (財団法人竜門社所蔵)
    明治四十一年春仏国ベアルーン伯爵夫人来朝歓待之件
 巴里駐在栗野大使より、右伯爵夫人は学者・医師等の一行を随へ、自己所有の快遊船ニルヴアナ号にて世界漫遊の途中、日本にも立寄られる為め歓迎接待を頼むとのこと、予て青淵先生まで依頼ありたるに依り、喜賓会に於て相当の斡旋をなすこと可然とのことになりしが、伯爵夫人は同年五月二十四日仁川より、又二十六日下関より青淵先生宛着港電話を打たれました、依て執行弘道氏は宮島に一行を出迎へ、同船は六月十日横浜に入港せしが、青淵先生は同月十五日右一行を曖依村荘に御招待遊ばされたり、陪賓として仏国大使・蘭国公使及び大倉喜八郎男夫婦を招待せられ、又執行氏と弘岡も陪席いたしました、日本座敷に於て和風料理が出で、余興として新橋芸妓の歌舞がありま
 - 第25巻 p.696 -ページ画像 
した、終了後青淵先生は伯爵夫人を日本女子大学校に御案内になりました、此快遊船が横浜出港の時、青淵先生は令夫人御同道にて伯爵夫人の留別会に御出席遊ばしましたが、令夫人より其後船内設備の豪華完備せるお話がありました
 ベアルン伯爵夫人は未亡人にて、富裕の身分であられたから頗る気儘の態度で、随行の学者達も最敬の様子を以て接して居られました
 喜賓会解散報告書中の顕著なる本邦来遊外賓の項中に、右伯爵のお名前がありますので玆に掲載することと致しました(完)
                    昭和十年十月六日