デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2017.6.14

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

2部 社会公共事業

3章 道徳・宗教
1節 儒教
1款 孔子祭典会
■綱文

第26巻 p.5-13(DK260001k) ページ画像

明治40年1月16日(1907年)

是日孔子祭典会発起人会開カレ、栄一評議員ニ選バル。越エテ四月二十八日、湯島聖堂ニ催サレタル第一回ノ祭典ニ出席ス。爾後当会ノ為ニ尽力ス。


■資料

孔子祭典会々報 第一号・第三八頁 明治四〇年一〇月刊 第四 会員氏名住所(明治四十年十月一日調)(DK260001k-0001)
第26巻 p.5 ページ画像

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孔子祭典会々報 第一号・第一―四頁 明治四〇年一〇月刊 孔子祭典会報告(DK260001k-0002)
第26巻 p.5-6 ページ画像

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斯文六十年史 斯文会編 第三〇四―三〇六頁 昭和四年四月刊(DK260001k-0003)
第26巻 p.6-7 ページ画像

斯文六十年史 斯文会編  第三〇四―三〇六頁 昭和四年四月刊
    第三十章 孔子祭典会
湯島聖廟の釈奠は、慶応三年八月を最後として廃絶せり。明治元年六月、昌平黌を復興すと雖も、釈奠を行はず。二年八月大学校新講堂に於いて学神祭を行ひ、聖廟は之を閉鎖せり。三年七月大学を閉鎖し、四年七月遂に之を廃して文部省を置く。四年九月博物局を文部省に置くや、大成殿を以て博物局観覧場となし、孔子及び四子の像を撤去して物産局の蒐集品を陳列し、五年三月より之を公開す。同月明治天皇臨幸し給ふ。六年三月博物館即ち博物局観覧場を、書籍館と共に幸橋内元鹿児島藩邸内博覧会事務局に合併して、大成殿を閉鎖す。八年二月、再び博物書籍二館を大成殿内に移す。四月博物館を東京博物館と改む。九年三月東京博物館を上野山内車坂上東四軒寺町に移し、孔子四子の神龕を復置す。翌年一月教育博物館と改め、十四年八月東京教育博物館と改む。書籍館は浅草米蔵に移す。即ち浅草文庫なり。九年三月以後、大成殿は之を閉鎖せり。二十二年七月教育博物館を高等師範学校に附属し、大成殿左右の廊を以て陳列場の一部に充当したり。是より大成殿は高等師範学校の所管となれり。明治三十九年に至り、東京高等師範学校職員中に釈奠復興の議あり。十月十日、同志を会して大体の方針を定め、発起人を勧誘して四十七人を得たり。依りて四十年一月十六日発起人会を開きて、規約を制定し、祭典の方法を協議し、評議員及委員を選挙せり。之を孔子祭典会の起源と為す。会の目的は孔子を崇尚し、我国に於ける其教化を感謝せんが為に祭典を挙行するに在りて、祭典後講演会を開き、或は展覧会を開くことゝし、評議員若干名・委員十人(後二十人と改む。)を置くことゝなせり。最初に選挙せられたる評議員及委員左の如し。
 - 第26巻 p.7 -ページ画像 
 評議員、井上円了・井上哲次郎・伊沢修二・男爵細川潤次郎・星野恒・富田鉄之助・男爵加藤弘之・嘉納治五郎・芳野世経・子爵谷干城・伯爵宗重望・那珂通世・南摩綱紀・牧野伸顕・阪谷芳郎・三島毅・重野安繹・男爵渋沢栄一・伯爵土方久元・関義臣
 委員、市村瓚次郎・細田謙蔵・嘉納治五郎・吉田静致・棚橋源太郎桑原隲蔵・安井小太郎・溝淵進馬・三宅米吉・塩谷時敏
明治四十年四月二十八日第四日曜を以て第一回祭典を行ふことゝなし、其の祭儀は本邦神祭の儀式に準じて行ふことゝなし、祭器は旧大成殿の簠簋籩豆等を使用することゝなし、祭官は東京市内神社の神官を聘することゝなし、伶人は宮内省式部職伶人を聘することゝなせり。当日午前九時祭典を開始す。其の次第左の如し。
 一、奏楽乱声 二、祓主祓戸神座ノ前ニ進ミ祓詞ヲ奏ス 三、大麻行事 四、祓戸神座ヲ撤ス五、迎神式ヲ行フ 奏楽平調音取越天楽 六、奠幣 七、奠饌 奏楽三台塩 八、祭主祝文ヲ奉読ス 奏楽五常楽 九、幣饌ヲ撤ス 奏楽還城楽 十、送神式ヲ行フ 奏楽越天楽 十一、奏楽長慶子 祭官伶人退出ス
式後、分胙及び記念品を頒つ。此の日までに会員となれる者六百九十三人、此の祭典に参列したるもの約四百人に及べり。維新以来廃絶せし釈奠の復興せられたるは、斯文の未だ地に墜ちざるを証するもの。且其の入会者中に有力者の多きを見れば、大に意を強くするに足るものあり。是より年々四月第四日曜を以て釈奠を挙行することゝなし、大正八年四月二十七日、其の第十三回の祭典を挙行せり。此の時新に斯文会の成立するありて、其の主義目的を同じうするを以て、祭典会を解散して、之を斯文会に合併し、斯文会祭典部となせり。時に大正八年九月十五日なり、孔子祭典会として特筆すべきは四十三年四月廿四日の第四回祭典に、久邇宮邦彦王の台臨ありし事なり。爾後年々皇族の台臨あり、斯文会に合併後に至りても渝ることなし。


孔子祭典会会報 第三号・第三二―三四頁 明治四二年九月刊 孔子祭典会規約(明治四十年一月定)(DK260001k-0004)
第26巻 p.7-8 ページ画像

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竜門雑誌 第二二五号・第四五―四六頁 明治四〇年三月 ○孔子祭典会(DK260001k-0005)
第26巻 p.8-9 ページ画像

竜門雑誌  第二二五号・第四五―四六頁 明治四〇年三月
○孔子祭典会 重野・南摩・三島等諸鴻儒の発起に係る孔子祭典会は毎年一回(四月第四日曜日)本郷湯島聖堂に於て之を挙行し、祭典の後講演会を開くことに決し、事務所を本郷区湯島二丁目東京教育博物館内に設置し、評議員及委員を選定したるが、其氏名は左の如くにして、先生は初より深く此会の設立を賛助せられしが、今回其評議員に当選せられたり
      評議員
     文学博士 井上円了  文学博士 井上哲次郎
          伊沢修二    男爵 細川潤次郎
     文学博士 星野恒        富田鉄之助
 - 第26巻 p.9 -ページ画像 
     文学博士
          加藤弘之       嘉納治五郎
     法学博士
          芳野世経    子爵 谷干城
       伯爵 宗重望   文学博士 那珂通世
          南摩綱紀       牧野伸顕
     法学博士 阪谷芳郎  文学博士 三島毅
     文学博士 重野安繹    男爵 渋沢栄一
       伯爵 土方久元       関義臣
    委員長              嘉納治五郎
      委員
       市村瓚次郎  細田謙蔵   嘉納治五郎
       吉田静致   棚橋源太郎  桑田隲蔵
       安井小太郎  溝淵進馬   塩谷時敏
       文学博士 三宅米吉


各個別青淵先生関係事業年表(DK260001k-0006)
第26巻 p.9 ページ画像

各個別青淵先生関係事業年表     (渋沢子爵家所蔵)
    斯文会
 明治四十年二月
孔子祭典会成立ス、創立者ハ重野安繹・三島毅・南摩綱紀等ノ儒学者ナリ、青淵先生ハ評議員ニ挙ゲラル


渋沢栄一 日記 明治四〇年(DK260001k-0007)
第26巻 p.9 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治四〇年    (渋沢子爵家所蔵)
二月三日 晴 寒              起床七時三十分 就蓐十二時
○上略 午後二時嘉納治五郎氏ヲ訪ヒ、聖廟保存会ノ事ヲ談ス、又谷子爵ヲ訪ヒ、同シク保存会ノ事ヲ談ス ○下略
   ○中略。
三月十七日 晴 寒             起床六時四十分 就蓐五時三十分○翌朝
○上略 午後一時師範学校内ニ催フセシ孔子祭ノ協議会ニ出席シ、中坐シテ ○下略


竜門雑誌 第二二八号・第二四頁 明治四〇年五月 ○孔子祭典(DK260001k-0008)
第26巻 p.9 ページ画像

竜門雑誌  第二二八号・第二四頁 明治四〇年五月
○孔子祭典 孔子祭典会の創立、及先生が同会の評議員の一人となられしことは、本年二月の誌上に記せしが、其祭典は四月二十八日午前九時より湯島旧聖堂に於て挙行せられ、当日は先生にも来会せられたり


各個別青淵先生関係事業年表(DK260001k-0009)
第26巻 p.9 ページ画像

各個別青淵先生関係事業年表     (渋沢子爵家所蔵)
    斯文会
 明治四十年四月二十八日
第一回孔子祭典会ヲ湯島旧聖堂ニ於テ行フ、青淵先生出席


孔子祭典会々報 第一号・第四―二三頁 明治四〇年一〇月刊 第二、祭典報告(DK260001k-0010)
第26巻 p.9-12 ページ画像

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風俗画報 第三六四号 第一六―一七頁 明治四〇年六月一〇日 孔子祭典(DK260001k-0011)
第26巻 p.12 ページ画像

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新聞集成明治編年史 同史編纂会編 第一三巻・第二四九頁 昭和一一年五月刊(DK260001k-0012)
第26巻 p.12-13 ページ画像

新聞集成明治編年史 同史編纂会編  第一三巻・第二四九頁 昭和一一年五月刊
    湯島聖堂の孔子祭典
〔四・二八 ○明治四〇年 東朝〕本日の孔子祭典 ○今二十八日午前九時より、晴雨に拘らず湯島聖堂に於て孔子祭典を行ひ、宮内省伶人の奏楽ある筈、一般公衆の参拝は午後一時より三時迄の内に許す事に定め、会員の式場に参列するもの約五百名以上の見込みなりと、同廟は元徳川氏より春秋二季に祭典を行はれ、往時は頗る荘厳の式を以て諸侯の参拝ありしも、維新以来不祀の姿となりしを以て、嘉納治五郎氏等の主唱にて、本年より毎年一回宛同志を募りて祭典を行ふ事とたりなる
 - 第26巻 p.13 -ページ画像 
ものにして、古老の今昔の感に堪へずして参拝を申込むもの頗る多しと云ふ、猶午後一時よりは高等商業学校講堂に於て、会員谷子爵・加藤文学博士等の公開演説ある由。


渋沢栄一 日記 明治四〇年(DK260001k-0013)
第26巻 p.13 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治四〇年    (渋沢子爵家所蔵)
十月十七日 晴 冷             起床七時 就蓐十二時三十分
○上略 嘉納治五郎氏ヲ訪ヒ聖廟保存会ノ事ヲ談ス ○下略
   ○中略。
十月十九日 晴 冷             起床七時三十分 就蓐十二時
○上略 午後二時半学士会ニ抵リ、孔子祭ニ関スル評議会ニ列ス、嘉納治五郎・谷子爵・三島中洲氏等来会ス ○下略


各個別青淵先生関係事業年表(DK260001k-0014)
第26巻 p.13 ページ画像

各個別青淵先生関係事業年表     (渋沢子爵家所蔵)
    斯文会
 明治四十年九月
旧聖堂維持法ニ就テ青淵先生斡旋シ、其管轄ガ従来文部省所属デアツタノデ、東京市ニ移管セラルベク交渉ス


孔子祭典会々報 第一号・第三〇頁 明治四〇年一〇月刊 第四、会計報告(DK260001k-0015)
第26巻 p.13 ページ画像

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