デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.15

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

2部 社会公共事業

3章 道徳・宗教
5節 修養団体
1款 竜門社
■綱文

第26巻 p.170-195(DK260038k) ページ画像

明治28年5月12日(1895年)

栄一、当社一月・三月ノ月次会ニ出席シ、是日更ニ第十四回春季総集会ニ出席、「償金論」ト題スル演説ヲナス。


■資料

竜門雑誌 第八一号・第三三―三九頁 明治二八年二月 ○竜門社月次演説の発会(DK260038k-0001)
第26巻 p.170-172 ページ画像

竜門雑誌  第八一号・第三三―三九頁 明治二八年二月
○竜門社月次演説の発会 は一月二十五日午後六時より兜町渋沢邸に開会したり、会するもの渋沢社長を始め青淵先生・同令夫人・令息・令嬢・尾高惇忠君・穂積陳重君・同令夫人・橋本伯爵令嬢・穂積八束君・佐々木勇之助君・熊谷辰太郎君・蘆田順三郎君・書上順四郎君・布施藤平君・桃井可雄君・佐々木清麿君・斎藤峰三郎君其他百数十名と、客員大倉喜八郎君・角田真平君・渋沢作太郎君・木村清四郎君・大橋新太郎君・坪谷善四郎君、其他帝国大学・高等商業学校学生諸君等数十名にして、午後七時渋沢社長開会の辞を述へ、角田真平君戦後の経済に就て詳説する所あり、右終て茶菓の饗あり、此間兼て計画したる大福引の準備をなし、三たひ抽籤を行ひて其終る毎に如燕は朝鮮征伐、佐野の鉢の木、娘鉢の木等を演し、後人々得る処の題号に対する三百余種の物品を交付せり、其内尤も面白しと思ふ二・三を挙れは
  円朝の人情話  芥子漬        (聞けは涙が出る)
  支那帝国の運命 風船灯心       (風前の灯火)
  支那軍艦    杯洗         (廃船)
  銀行問題    インキ        (延期)
  帝国万歳    二本の枝折      (日本の勝利)
  豚の料理法   支那処分案      (書物)
 - 第26巻 p.171 -ページ画像 
  征清軍人の決意 鶏卵         (生て帰《ケイ》らん)
  大連湾     犬張子大小沢山一連  (大連犬《ワン》)
  第一海戦場   庖丁・フキン     (豊島附近)
  請和使の処分  羽子板        (羽根つける)
  戦捷の妙薬   清心丹        (征清胆)
  請和使の顧問  スター(煙草)四   (フオースター)
  清兵      端書         (一戦して走る)
右終りて全く散会したるは翌午前一時頃なりき
 因にいふ、此の福引は会員の有志諸君より左の如く物品及金円等の寄贈ありたるを以て一層の盛会を致したるなり、謹て深謝す
 一徳利外十二点                                        渋沢武之助君
 一日光下駄・櫛                                        西条峰三郎君
 一茶碗外九点                                         仲又七郎君
 一青梅綿                                           横山直槌君
 一枝折外三点                                         永田市左衛門君
 一人形外四点                                         佐本鎰蔵君
 一クリツプ・三宝                                       芝崎確次郎君
 一花色裏地                                          本山七郎兵衛君
 一磁石外二点                                         西園寺亀次郎君
 一日清韓三国地図                                       星野藤太郎君
 一蓮根二本・春駒                                       中村藤次郎君
 一糸心蝋燭・金つば                                      長谷川粂蔵君
                                                大橋新太郎君
 一太陽・少年世界二冊・文禄文学二冊・餠むしろ・真書太閤記四冊・今世海軍・支那処分案・教育辞典
                                                坪谷善四郎君
 一折詰の蕗                                          三輪豊次郎君
 一石鹸外二点                                         西田音吉君
 一蝋燭十五本                                         中沢彦太郎君
 一煙草                                            鳥居太郎君
 一仮面二                                           加藤秀次郎君
 一ガラガラ蛤                                         増田多郎君
 一住吉踊(おもちや)                                     岡本亀太郎君
 一鶏卵・亜細亜旅行記其他七点                                 角田真平君
 一犬張子沢山、其他七点                                    伊藤富三郎君
 一庖丁・フキン、其他四点                                   小金沢久吉君
 一瓶酒外三点                                         川村徳行君
 一かんざし                                          林保吉君
 一剪刀外五点                                         檜垣宗一君
 一巻煙草                                           金谷藤次郎君
 一スター四                                          大井幾太郎君
 一モロコシ餠、其他三点                                    谷敬三君
 一大鋏                                            大倉喜三郎君
 一旅順口其他戦地アートタイプ十組                               東京製紙分社
 一吉田松陰外書籍十三冊                                    伴直之助君
 一洋紙・鉛筆沢山                                       浅野泰次郎君
 - 第26巻 p.172 -ページ画像 
 一端書外三点                                         鳥羽幸吉君
 一歯磨外四点                                         金子四郎君
 一ビール一打                                         木村清四郎君
 一新聞挿外五点                                        第十三銀行員某君
 一雑品数種                                          安藤富助君
 一玉子                                            山口拾吉君
 一金拾円                                           大倉喜八郎君
 一金五円                                           渋沢篤二君
 一金参円                                           穂積陳重君
 一金参円                                           阪谷芳郎君
 一金参円                                           穂積八束君
 一金参円                                           橋本敦子君
 一金弐円                                           尾高惇忠君
 一金弐円                                           蘆田順三郎君
 一金弐円                                           朝倉外茂鉄君
                                                諸井恒平君
 一金五円                                           諸井時三郎君
                                                蒲田政次郎君
 一金壱円                                           尾高幸五郎君
     以上


竜門雑誌 第八三号・第三七―三八頁 明治三八年四月 ○去月の月次会(DK260038k-0002)
第26巻 p.172 ページ画像

竜門雑誌  第八三号・第三七―三八頁 明治三八年四月
○去月の月次会 は法学士佐々木清麿君の送別会を兼ね、其二十三日午後六時より兜町渋沢邸に開会せり、参会するもの渋沢社長を始め青淵先生・同令夫人・尾高惇忠君・穂積八束君・朝倉外茂鉄君・佐々木清麿君等数十名にして、客員には野口本之助君・和田守菊次郎君・仁保亀松君、其他帝国大学・高等商業学校の学生諸氏等数十名なり、七時頃に至り斎藤峰三郎君立ちて、発会の辞と佐々木君送別の辞を述へ次に亀島豊治君(恐慌を論して戦後の経済に及ふ)・伊吹山徳司君(和艦)・仁保亀松君(商法を論して佐々木君を送る)・佐々木清麿君(述懐)等の演説あり、次に和田守氏の記臆術試験をなす、其方法は会員各自に思ひ思ひの言語を記して其数八十余に及ぶ、之を一つ読みて同氏の肯諾を待、次に又一つを読み二十分時位にして全く読み終り、先つ何番目に読んたは何かと問ひ、何は何番にあるかと問ひ、何番目より初へ泝り読めといひ、何番目より一つ措きに答へよといふに、皆一も誤ることなし、又更に数字五十計りを記して之れを読み、後に其数を問ふに、種々の方法を以てしても皆能く之を答へたり、又文章軌範を以て試験せんとて、巻中の或る一句を誦して問へは、誰の何々の文中にありと答ふること、実に人をして奇と呼はしめたり、後に茶菓の饗あり、余興として円遊の落語王子の野幇間、あはた会等あり、散会したるは午後十二時頃なりき


竜門雑誌 第八五号・第四二―四七頁 明治二八年六月 ○第十四回竜門社総集会の記(DK260038k-0003)
第26巻 p.172-174 ページ画像

竜門雑誌  第八五号・第四二―四七頁 明治二八年六月
    ○第十四回竜門社総集会の記
 - 第26巻 p.173 -ページ画像 
明治廿八年五月十二日午前九時より王子曖依村荘に於て第十四回竜門社総集会を開く、之より先き数日、在京及ひ近県の社員に報して曰く
 軽暖の候に相成候処、益御清穆奉欣喜候、陳は本社総集会の儀来る十二日午前九時より王子曖依村荘に相開き、引続き園遊会を催し、面白き余興も有之候間、御家族御同伴御来会被下度、御案内申上候
                         草々敬具
  廿八年五月七日        竜門社長 渋沢篤二
かくて委員は専ら準備に奔走し、当日は門前に第十四回竜門社総集会と大書したる建札をなし、門には国旗を交叉し、園内各所に国旗及聯隊旗を高く掲け、それより各国信号旗及球灯を懸け連ね、処々に掛茶屋・小休所を設け、竜門塾の諸君は凡て十数名、接待員として各其受持を定め来会者を待受けたり、午後九時より続々来会するは、渋沢社長・同令夫人を始め青淵先生・同令夫人・令息・令嬢・穂積陳重君・同令夫人・令息・令嬢・阪谷芳郎君令夫人・令息・令嬢・浅野総一郎君令息・谷敬三君・同令息・佐々木勇之助君・熊谷辰太郎君・横山孫一郎君・同令夫人・令息・大川脩三君・同令夫人・田中栄八郎君令夫人・令嬢・星野錫君・笹瀬元明君・和田格太郎君・福岡健良君・萩原源太郎君・猿渡常安君・清水満之助君・原林之助君・湯浅徳次郎君・近藤金之助君・尾高幸五郎君・布施藤平君・斎藤峰三郎君其他二百八十余名の会員と、客員矢野次郎君・同令息・令嬢・角田真平君・同令夫人・令嬢・飯田旗郎君・下野直太郎君・仁保亀松君・志田鉀太郎君伊吹山徳司君・滋野中将令嬢・令息・谷口九一郎君、其他帝国大学・高等商業学校・高等学校の学生諸君等数十名なり、開会の順序は
  午前九時     開会
  午前十時     演説
右終て
    園遊会
                 落語音曲茶番  三遊連
    余興           薩摩琵琶    山下利助
                 音楽      少年楽隊
と定めてプログラムを作り、餉券と共に各員に渡し、園内随意の逍遥に任す、此間奏楽あり、十時過る頃会堂に於て演説会を開く
    開会の辞         社長 渋沢篤二君
    償金論             青淵先生
右終るや、角田真平君は会員一同に代り社長の新婚を祝す、社長之れに答へ、万歳の声喝采内に場を閉つ、是より各処の店舗を開き、分捕料理の折詰・天麩羅・煮込・団子・菓子・酒・ビール・茶等思ひ思ひの趣向にて随意飲食に応す、此間たへず奏楽あり、又舞台にては代る代る落語数番と手踊・音曲・薩摩琵琶数回と詩吟等あり、最後に茶番を演し、時季に投したる園遊の新趣向にて、何れも大喝采の内に閉会せり、時に午後六時なりき
又本会の資を賛助せられたる諸君は左の如し
  一金五拾円            青淵先生
  一金弐拾円            渋沢篤二君
 - 第26巻 p.174 -ページ画像 
  一金拾円             浅野総一郎君
  一金五円             大倉喜八郎君
  一金五円             谷敬三君
  一金五円             佐々木勇之助君
  一金五円             熊谷辰太郎君
  一金参円             穂積陳重君
  一金参円             阪谷芳郎君
  一金参円             穂積八束君
  一金参円             横山孫一郎君
  一金参円             皆川四郎君
  一金参円             大川平三郎君
  一金参円             笹瀬元明君
  一金参円             福岡健良君
  一金参円             星野錫君
  一金参円             鈴木徳四郎君
  一金弐円             猿渡常安君
  一金弐円             本山七郎兵衛君
  一金弐円             清水釘吉君
  一金弐円             原林之助君
  一金弐円             白石元次郎君《(白石元治郎君)》
  一金壱円             加福喜一郎君
又貴婦人には
  一金五円          青淵先生   令夫人
  一金五円          渋沢篤二君  令夫人
  一金参円          穂積陳重君  令夫人
  一金参円          阪谷芳郎君  令夫人
  一金参円          穂積八束君  令夫人
  一金参円          福岡健良君  令夫人
  一金弐円          尾高惇忠君  令夫人
  一金弐円          大川平三郎君 令夫人
  一金弐円          田中栄八郎君 令夫人
  一金弐円          磯長得三君  令夫人
  一金壱円          尾高幸五郎君 令夫人
      以上


竜門雑誌 第八五号・第一―三一頁 明治二八年六月 ○竜門社総集会に於て(青淵先生演説新井田次郎速記)(DK260038k-0004)
第26巻 p.174-185 ページ画像

竜門雑誌  第八五号・第一―三一頁 明治二八年六月
    ○竜門社総集会に於て (青淵先生 演説 新井田次郎 速記)
諸君、今日は弁士が払底なさうで、私に前座とも真打とも兼ねて一席で済ますやうにと申すことでございますか、生憎好い演題がないです併し玆に一の時事問題として稍々御聴きに供し得られやうと思ふ種が出来ましたから、之れを演説と云ふよりは寧ろ朗読的に申述へまして――人の言ふたことを此所で復読し之れに己れの意見を附して皆様の御参考に供しやうと思ふです、蓋し此事柄は二十四・五年以前のことであつて日本とは遠い欧羅巴大陸の事柄である、今日此会に於て之れ
 - 第26巻 p.175 -ページ画像 
を言ふは殆と無関係と或は看做さるゝでありませうが、併し国家の景況を能う熟考して見ますと、又酷た接近して居る極く緊急の問題と、或は言ひ得るでもあらうと思ふのです、今日未発の事柄に関して今玆に天機を洩らす如き申述べ方は好みませぬから、他の国のことに就て若し之を是とし或は非とすると云ふ論が定まりますならば、時事の問題に於て思ひ半に過るに足るであらうと思ふです、故に今申す通り是は演説ではごさいませぬ、朗読的に申述へまして、其間に能う了解し兼ねる意義を、斯様考へると云ふことを申述べませう、何れ筆記を緩緩御覧下さいましたならば、自ら御会得なさる所があらうと考へます少し長くて面白くないから余程御迷惑でもごさいませうけれども、是も竜門社への御奉公と思ふて、御辛抱下さるやうに願ひます、どうもまだ和田守君に就て稽古中ですから記臆は十分でごさいませぬで、此長いものは中々記臆は出来兼ねます、五十億法償金論――独逸のバンベルゲルと云ふ人の著した書で、之を法学士美濃部俊吉と云ふ人が日本文に訳したものです
玆に本問題を討究するに当り、事の解し易からんか為に先つ最も簡明なる部分より開始すへし、夫れ金銭を支払ふの方法固より種々ありと雖も、第一に人の脳裡に浮ふものは、現金を以て支払ふこと是れなり現に這回仏国より償金を支払ふに当りても、最初は先つ現金を以て支払いたり、然れとも其後に至りては主として他の方法を取るに至りたることは皆人の知る所にして、蓋し亦已むを得さるに出てたり、何となれは是の如き巨額の現金を調達することは、仏国に取りて殆と出来得へからさる所なるのみならす、之を受領する本邦に取りても、亦其処理に窮すへけれはなり、仮りに是償金を尽く現金にて受領したりとせは、我邦は如何にして之を処理せん乎、若し之を金融場裡に投出せんか、我流通貨幣は突然一倍半の増加を来たし、為に我経済に非常の混乱を来す可し、若し将た之を貯蓄せんか、是れ所謂空しく宝貨を蔵して腐蝕に任するものなり、されは残るは唯再ひ之を他国に送り、他国に対する権利を得るの一途あるのみ、是に於て更に疑問を生す可し然らは何れの国を選んて我貨幣を送らん乎、本邦既に自ら此巨額の金銀を吸収し能はすとせは、他の国も亦同様なりと想像せさる可からす即ち知る、金銀を他国に向て吐出すること、亦容易の業に非らさるを唯現に此五十億法の現金を我国に支払ひたる国のみ或は能く再ひ之を還収せん歟、然り、第一に此現金を回収するの必要を有するものは、先つ仏国其ものなるを想像し得へきなり、右いふ所は、是れ現金を以て償金の金額を支払ひたりと仮定して論したるなりと雖とも、実際は支払はれたる一部の現金に付ても亦決して其理を改めす、然れとも是に注意すへきは彼現金の一部分は実際仏国の貨幣市場より奪ひ去られたれとも、是に由て生したる通貨の不足は、既に不換紙幣に由て補充せられたり、従て仏国は実際に現金を回収すること甚た多からさるへし、然らは其自余の現金を供給したる他の諸国は或は其回収力を有せんか、否是等の諸国に対しても亦意に任せて現金を送ること能はす、何となれは凡そ他の国に向て貨幣を送るは、唯我邦か其債務者たるか又は之に貸与するかの二あるのみ、然るに我邦の輸出入は前数年に於
 - 第26巻 p.176 -ページ画像 
て略権衡を得、敢て多額の現金を他国に向て支払ふの必要なかりしを以て推すときは、今後と雖とも亦急に多額の現金を之に支払の必要を生することなかるへし、況んや仏国は其償金の大部分をは他国に対する債権を以て支払ひたるに由り、現在の我邦は往時に比して一層多く債権者となり、一層少なく債務者となりたるものにして、言を換へていへは他国に債務を払ふは難く、他国に貸与するに易き地位に在るものなり
斯く論し来れは稍事実の真相を窺知するを得へし、即ち些末の影響は暫く措き、大体に於て我邦は償金を受領したる結果として一面には現金を得、一面には他国に対する債権を増したるなり、此二の原因は帰する所同一の結果を生す、即ち外国の商品を我邦に吸収する傾向是れなり、何となれは現金の増加は物価の昂騰を来たし、由て以て外国商品を内国に誘入すへく、又他国に対する債権の増加は為替の供給を増し、之に由て同様外国品に対する購買力を増さしむるは当然の勢なれはなり
以上論する所に依て之を観るに、仏国より償金を受領したる結果は究竟我邦に向て外国通貨の価位《ヴアルタ》を低うし、従て他国の商品を我邦に誘入するに在り
償金を請求したる趣意は、一は戦争に由りて受けたる損失を償ふにあるは論を俟たされとも、是事は暫く之を度外視し単純に新に本邦の富を増したるものと仮定し其次第を講究すへし、是れ事理の混錯を恐れてなり、損失を補充するの事固より重要なり、然れとも是事を正当に解釈せは其要は他の点に付き解釈する所に異ならさるを発見すへし
却説一国は如何にして其富を増すか、一個人すら無限の富を充分に活用すること甚た難きは皆人の知る所なり、富者も尚一日三たひ食ふに過きすといふ俚諺は、一国に取りて一層其真なるを覚ゆ、凡そ巨額の富を有する者如何にして能く其財産を利用するか、蓋し多くは各種事業に向て其資産を放下するあるのみ、ロースチヤイルドの如き、若し彼世界第一の銀行を起すなくんは如何にして能く其資産を使用するの途を得んや、然るに是すら尚足らす、同時に世界第一の地主たり、世界第一の航運業者たり、鉱山所有者たり、煙草商たり、絹商たり、加ふるに珍宝奇石を以てす、其価測られす、亦以て財産を使用するの容易ならさるを知るへし、殊に一国に取りては所謂想像的快楽なし、個人の場合に於ては、此限りある享楽の限度に於て実際に享受する所の楽よりは、寧ろ唯巨額の財を積んて楽むの心強き者もあらん、唯夫れ一国に於ては此の如き想像的快楽を取るを得す、現に所有する富は尽く之を使用するに非されは、復何の効なきなり
更に上に復帰し、従来の商業上の需要に超過したる現金額及他国に対する債権を利用する方法を講せん(内国に対する為替に付ては後段述ふる所あるへし)今吾人一家の富を増さんと欲せは、如何なる手段を取るへきか、唯労働を増すの外なかるへし、然らは本邦をして新に労働を増さしむるものは何そ、他国の力本邦の労働に於て何の干係なし現に増加したる貨幣も亦決して直接に我労働を増さしむるものに非らす、何となれは吾人の耕耘する田野、吾人か採掘する鉱坑、吾人の木
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材、吾人の牧獣、是等は皆自ら増加するものに非らさるなり、されは他国の材料を得さる以上、新たに我国に入り来りたる貨幣に由て、我国の人力並に天然力を働かす所以に於て益する所のもの唯一あるのみ何そや、他なし、一層融通を盛にするに在るのみ、蓋し金銭は一国の資本と同しからす、資本とは物件の総額をいふなり、貨幣は唯其一部分を造るのみ、而して此一部分すら決して任意に増加することを得す若し猥に増加せは唯其価値を低下するに終らんのみ、されは顧ふに這回我邦に支払はれたる償金か我邦に利したる所は、寧ろ有形の富を増殖せしことに非す、吾人一般の企業心を旺盛ならしめしに在り、夫れ企業心盛なれは従て金銭を要すること多く、資本の融通を要すること一層大なり、而して資本の融通を増すには自ら又金力の増殖を要す、何となれは事業経営の当初は先つ信用に頼るものにして、若し金力の増加なくして漫に融通を盛にせんと欲せは、或は現に存する企業より其資本を奪ひ去るか、又は度外に信用を拡大するの外なかるへけれはなり、吾人の新に領収したる現金は実に是点に於て其使途を有せり、即ち一国人民か其企業心を増すか為に、結局現金の需要を増すの一事是れ是巨額の金員を無用に帰せしめさる第一の原由なり
此方法に由り、吾人か新に領受したる金銭の一部は其使途を見出したり、然れとも之と共に吾人は又其使途の自ら際限あることを記臆せさる可からす、且つ物質の増加、否寧ろ物貨の変形は、決して突然に其働を現はすものに非らす、唯徐々歩を逐ふて働を遂くるものなり
次に吾人は、我国の富を増殖する第二の方法、即ち他国の貨物を我邦に誘入することに付き論述せん
吾人か償金を得たるか為に如何にして他国の財物を一層多く我国に誘入することを得るやは、先に既に略之を説明せり、蓋し外国に宛てたる為替の下落は、其結果外国商品の価格を低下すると同様にして、之か為に来る結果は、同一の金額を以て従来外国より輸入し来りたる商品を一層多く輸入するか、又は従来内国に供給を仰きたりし商品をは新たに外国より輸入するに至り、従て該内国商品の製造に従事したる者をして新たに他の事業に移ることを得せしむるの二なり、然れとも是事も亦自ら際限あり、外国に於ても又内国に於ても突如として其生産を無限に増殖し得るものに非らす、況んや目下我邦に巨額の償金を支払ふ為めに、従来外国に於て各種の事業に放下したる資本を多く奪却し来りたるに於てをや、然るを若し強て適度の限界を超えて他国の商品を我邦に輸入せんか、其商品は忽ち価を高め我邦の購買力も、亦遂に之を収取するに足らさるに至るへし、例せは今英国より多額の畜類を輸入し、之か為に英国自身の消費高にさへ不足を生するに至りしとせよ、英国に於ては忽ち畜類の価を高め、我邦に於て物価の昂騰したることも之に向て復た何等の影響を現はさるゝに至るへし、是の如くなれは金銭は如何に増減するも、決して実際急速に貨物の増殖を来すへきに非す、唯徐々歳月を積んて自然に天然及人間の生産力を増すの時を待つの外なきなり
而して外国商品の注入に際限を与ふるの原由は、独り是のみならす、尚他に是あり
 - 第26巻 p.178 -ページ画像 
第一には一国か他国より貨物の供給を求むるの度は自ら限りあり、凡そ消費する所多き国民は、天然に必らす其需要の大部分をは自国に於て生産するものにして、一般開明国の内国商業は常に外国貿易より遥に盛大なるは古来人の唱ふる所なり、但し是事も尚其主要の際限に非らす
最も肝要なるは何そや、今回得たる償金は直接に人民の手に落つるに非らす、皆一旦我政府の国庫に入るものなること是なり(玆に暫く政府を唯一のものと見るへし、何となれは彼償金を帝国政府より各聯邦に分与すると否とは、敢て其事理を変せされはなり)玆に償金を受領し又之を支出したる為に起りたる新陳代謝の働きを明にせん為め本年三月帝国政府より議会に報告したる償金収支計算書に就きて講究する所あるへし、彼償金の幾分は現金を以て支払はれたるか、幾分は外国為替を以て支払はれたるか、又幾分は内国為替を以て支払はれたるか是区別は今之を明にすることを得す、然れとも是区別は吾人の研究に取り甚た重要ならす、何となれは現金たると内国為換たると、将た外国為換たるとを問はす、皆内国に於ける支払に使用すること随意たれはなり、吾人の注意討究すへき所は、其入り来る途よりも却て出て去る方法に在り、今彼計算書に依るに今日迄領収したる償金十億七千六百万「ターレル」より外国に支払いたる額の内、一見其正当に支払はれたることを疑はしめさるものは唯一項あるのみ、即ち東部鉄道を我政府に引受くる為めに、我帝国政府より仏国共和政府に支払ひたる八千六百五十万「ターレル」是れなり、此一例を見るも、単一の用途に向て償金を支出し以て我実際の富を増すの難きを知るに足る、而して是鉄道引渡の事すら単純に三億二千五百万法の価格を、新たに我邦に獲得したりと見るは非なり、唯是れ今回外国に逐放せられたる東部鉄道の所有者、即ち仏国の東部鉄道会社か其所有権を独乙に譲与したるのみ、換言すれは独乙帝国は償金の一部を以て従来東部鉄道かアルサス・ローレーンより収得したる年利を買取したるに過きさるなり、是外直接に外国より収受したる第二の貨財は、新貨幣の鋳造に用ゐたる貨幣是なり、而して此新貨幣は単に貨幣流通高を増すか為に鋳造せられたるものにして、之か為めに徒に貨幣の価を低下するの結果を起ささりしものは、畢竟外国取引に由りて我に貨物を収受したるに由る
外国より貨財を注入し由て以て我富を増殖するの点より観察するときは、彼計算書に掲記せる各項中見るへきは唯此二あるのみ、即ち今日迄に支出したる総額三億七千八百万「ターレル」中、商業取引に由り我貨物を彼に与ふることなく、直接に償金を以て他国の財物を我に取りたるは、唯彼東部鉄道を引受けたると貨幣を鋳造したるの二事あるのみ
更に他の支出を見るに、次に現はるゝは賠償恩給其他是なり、是額合せて七千五百万「ターレル」なり、此の金額は各種の人に支払はれたり、先つ其重なるものを挙くれは航運業者、戦争に由て損害を蒙りたる者、仏国より放還せられたる独乙人士官兵卒等是れなり、是等の人人は或は一時費消の為め、或は長久の用の為め、其々受領せし金員を使用したるなるへし、而して其内一部は、航運業者並に再ひ仏国に復
 - 第26巻 p.179 -ページ画像 
りたる独乙人の手に由て、外国に出て去りたるへし、然れとも一方には前に仏国より帰り、而して再ひ仏国に帰らさる独乙人か、其仏国を出つるとき該国に所有したる財産を売払ひ之に由て得たる資金を携へ来りたる者あれは、之を以て充分平均すへきなり
次は陸海軍整備の為め、其他一般公益の為めにする工事に支出せられたるもの是なり、即ちアルサス・ローレーンに於て鉄道の布設、並に其運転資本の為めに支出したる千八百五十一万「ターレル」、同国の城砦を修繕・再築・整備するか為に支出したる四十万「ターレル」、並に其他の城砦・海軍・鉄道・電線等を整備する為に支出したる金額合計三千五百万「ターレル」なり、此金額は一部は賃銀となり、一部は物品買入の為め、主として内国に於て使用せられたり、此事は結局好果を現はすことあるへしと雖も、単に償金を得て此等の事業を起すも、敢て之か為に貨財を増し労働を増すの結果を来たさす、唯物品及労働の需要を増し、之か為に物価及賃銀を高むるのみ、我国は之か為に事業を増すも財貨を増さす、其極或は却て混乱を来たすことなしとせす
直接に外国に還流せる費用として算すへきもの尚一あり、即ち仏国の領土を占領する為に要する予算の増額二千四百万「ターレル」の一部及大本営の費用是れなり、但し此二項は何れも外国の財貨を直に消費せしむるものにして、之を内国に収受せしむるものに非す
国庫経常費・関税徴収費・海陸軍々費、其他種々の費用は或は流通金を増し或は賃銀を高め、物品買上に用ゐらるゝも要するに皆内国に落つへきものなり、又彼の金貨四千万「ターレル」の軍備金は其新設の結果として三千万「ターレル」の銀貨を新に市場に吐出し、又は既に支出せられたる銀貨を回収せすして已ましめたり
其外旧公債償却の為めにも亦償金の一部を支出せり(三月十二日の計算に依れは、其額千四百万「ターレル」なりき)公債償却のことは償金使用の重もなる目的の一なるか、此償却金は我国の財貨を増殖するに付て直接に何等の関係を有せす、其直接の結果は唯債務者を代ふるに止るのみ、即ち政府より一旦公債を払ひ了るも、更に政府に代て其資本を借入るゝ者あるへし、何となれは前に公債を所有したる者は、其公債の償却に由りて得たる金を使用するに、先つ従来同様之を他に貸附するの途を求むること当然なれはなり、而して政府は之を償却するに、現金を以てすると将た紙幣を以てすると、或は其他の形に於てするとは結局同様にして、毫も事理に関係なし、斯して用途を失ひたる資本は新債務者の手に於て必す種々の事業に放下せらるへしと雖も前にも述へたる如く急速に之を活用し尽すこと難し、又其事業は勿論如何なる種類のものにても可なるか、事業も亦自ら限界あり、即ち従来已に我国に行はるゝ事業か、又は現在の経済事情に於て新に外国より輸入することを容るす事業ならさるへからす、此二種の事業にして足らさるときは、其余の資本は必す外国に流出すへし、何となれは内国に於ては利子の割合も大に低減するに至るへけれはなり
又仏国に於ては、他国政府並に他国の諸会社等に対する債権の多額を消失し、其債権は独乙に移りたり(殊に澳地利及以太利に対するもの
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多きに居る)詳言すれは向後仏国の債権者は、其資本の利子を其同国人か支払ふ租税より受け、而して澳国及以国の納税者及諸会社は、独乙の債権者の為に従前より一層多く労働することゝなるなり、是に一言注意すへきは先に或代議士は帝国議会に於て演説すらく、前に仏国政府に於て公債を募集せしに当り、独乙に於ても亦其募集に応する者多かりしに由り、独乙は仏国に対して多額の債権を有するものなりと然れとも是れ非なり、何となれは当時独乙に於て仏国の公債募集に応したるは、多くは仏国人の計算に於て為せしものにして、独乙人の引受けたる公債は其相場か未た九十法にも達せさる前、殆と残らす仏国に向て出て去りたれはなり
以上述ふる所を通覧概括せは次の如し、曰く、一国か財貨を増殖するの法三あり、第一は直接に外国の物品を我れに取るの法なれとも、此事たる其効果極て限りあり、次は外国に対する債権を増すの一事なるか、之を前者に比すれは其働頗る大なり、然とも最も重要なる一事は国家の事業に由り、並に一般経済進歩の為め、並に流通貨幣を増すか為に、又従て信用の働を増し融通を盛ならしむるか為め、一般に大に企業心を発輝せしむること是れなり、然れとも、是数事を合するも、五十億法を値する巨額の財貨を増殖することは決して一朝一夕能く為す所に非さるなり、左れは仮令彼五十億法の償金を二年間に収了するも、是は此れ表面上の計算に過きすして、実際斯の如き莫大の価格を国内に吸収融和するは尚幾年の時日を要す、其時日は即ち(流通貨幣及信用の働を増すに由り)内国に於ける生産を旺盛にし、並に(他国に対する購買力を高むるに由り)外国より実際に使用し得る貨物を注入するに要する歳月を指す、蓋し彼五十億法に相当する巨額の貨物を僅々二年間に我邦に収受するか如きは、吾人の想像すら及はさる所なり、況んや之を我国内に於て生産するをや、故に曰く、彼償金の支弁は唯一片簿冊の計算に過きすと、然とも是事は敢て憂ふるに足らす、否寧ろ喜ふに堪へたり、何となれは若し強て天然の順序に悖戻し急速過大の貨物を獲収せんとするときは、畢竟浪費に陥るか又は徒に経済界を紊乱するに終らんのみ、然り而して一面に於て吾人をして急速真誠の富を増すことを得さらしむる天則は、一面に於て仏国をして一朝頓に貧困に陥ゐるの悲境を免れしめたり、彼れ仏国か我れに償金を支弁するに、能く巧に他国との商業上の干係を利用し、仮想的支払を以て之を補充したるは、即ち是れ彼の償金か其受領者を利したる度は、其支払者を損傷したる度よりも一層小なりし所以にして、仏国人か莫大の償金を支払たるに拘はらす、尚能く美衣を飾り旨肉に飽くことを得るもの亦怪むに足らさるなり、蓋し天然の働は、政府如何なる条約を締結するも銀行如何なる動作を為すも、以て能く左右するなし、是償金の支弁に由て一方に得る所、並に一方に失ふ所は、双方に於て各其固有の力を以て年々全世界の為めに造出す所の富の一小部に過きさるのみ、是れ蓋し正当にして且賀すへき所とす、古代の戦史を閲するに戦捷者か実際に敗者の貨財を運ひ去て、一朝にして其富を増したる例甚た多く、近代に至ても亦其例なしとせす、近くは仏国の「ヂレクトル」政府並に那勃翁一世の如きは常に是方法を執り、糧に敵国人民
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に頼るを異とせさるは勿論、多く珍宝を求めて之を本国に齎し去るを常とせり、然るに前きに我邦の仏国と干戈を交ふるに当てや絶て是事なく、珍宝を奪ひ去るか如きは賤劣の処行として固より之を為さす、而して軍隊の給養は糧食縦列又は弁償徴発に由り、弁償を与へすして兵食を徴するか如きは例外に属したり、夫れ是の如く戦争に要する費用をは、戦後に至て徐々天然の運行に伴ひ実際生産の途を逐ふて其補償を量るに至りたるは、近代の戦争をして其害毒を緩和せしめたる最要の点と謂ふへきなり
尚是に一言すへきは、表面上の支払と実際其価格を収受する間の歳月は、決して自由に短縮し得るものに非す、然り而して彼表面上の支払すら之を完了するに尚多くの歳月を要す、貨幣を以てするも将た証券を以てするも、是の如き巨額の融通物を一時に集収するは、現今の経済界に於て到底為し得へきに非す、若し仮りに為し得たりとせは、是従来欧洲に於ける流通貨幣並に信用組織に自然に戻りたる多額の余裕を有したるものと断定せさる可らす、然らされは之か為に各所に資金の欠乏を来たし、而して一所にのみ過大の資金を積集し、其混乱実に名状すへからさるものあるへし、一言之を約せは其所謂歳月は蓋し彼条約に由て定められたる二年より一層長きを要すへし、予は彼二年の際限あるか為に、或は仏国をして不当の支弁法を取るの已むを得さるに至らしめんことを恐るゝものなり、而して償金支払期限を強て短縮したる結果は、敢て其支払者を苦むるに止らす、受領者も亦斯く一朝人為を以て強収せられたる多額の資金を、再ひ適当の溝路に導くの法を知る能はさるへし、否彼償金を急速に支弁することは其支払者を害するよりも寧ろ其受領者を害すること一層大なるものあるへし、熟ら媾和当時の事情を察するに仏国か償金支払の期限を強て短くしたるは実に已むを得さるの情に出てたるものにして、彼れは唯一日も早く其敵兵を其領土以外に去らしめんことを欲せしなり、之に加ふるに償金の支弁も亦、差向き彼れの経済に必要ならさる他国の公債及余剰の金銀を以てすることを得たれは、彼れに在ては支払期限の短きを欲したるも寧ろ当然なり、我れは然らす、我れに取りては少くも一時は我国内の通貨より其弁償金を取去らるゝの虞あり、之か為に屡々我金融場裡に変動を来たし、我経済を紊乱することあるへく、且又政事上よりいふも、敢て急速償金を受領するの用なかりしなり、何となれは償金支払の不確実なることを恐るゝの念は、彼れ仏国人か其敵を領土外に駆除せんことを願ふの念に比し、固より同日の論に非れはなり、吾人にして少く経済上の利害に意を注かは、仮令多少償金の授受を不確ならしむるも、尚寧ろ其期限を延長すへかりしなり、当時を追想するに仏国か果して遅滞なく彼償金を支払ふや否やを疑ふの情は、不思議に上下の人心を悩ましたり、勿論其疑もありしならん、然とも爾後実際の経過を見るに及んて是疑念は日一日と減消し、今や土地占領の担保を免除せんとする者あるに至れり、唯具眼者は当時早く既に此事を予知せしなり、彼千八百七十二年六月廿九日の条約には予め斯かる場合のことを規定せり
然るに此事は遂に実行せられす、若し之を実行せは仏国人も強て短少
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の期限に其償金を支払ふを要せす、而して我国の為めに償金の支払を確かならしむるには、強て軍隊を敵土に留めさるも、財政上適応の担保を求むるに於て敢て難からさるなり、千八百七十三年二月十五日の条約に依れは、其締結後僅に九月五日に至る間に十五億法(四億「ターレル」)の巨額を支払はさる可からす、今夫れ一国政府に於て巨額の公債を募集することありとせんに、是の如き短期間に之を募集し了らんとする者恐くは之なかるへし、次に尚償金支払の方法を分析説叙して、一時に巨額の資金を受領するの有害なることを明にせん
現金を以て償金の一部を受領したることは前に之を述へたり、然り仏国は最初凡て現金、殊に銀貨(金貨は一億三千万法に過きさりき)を以て支払を遂けたり、是部分は我金融界に害を及ほしたること最も寡少なり、是れ蓋し是貨幣の出処は独乙国の資本に在らさりしと、最初の支払は未た以て大影響を及ほすに足らさりしとに因るなる可し、右の貨幣は結局一部は我金融市場に留り、一部は外国に流出せり、其独乙に残留したるものは戦争中独乙人が仏国に於て支払ひたる我貨幣多きに居る、又五法の銀貨も一部は「アルサス・ローレーン」南部独乙其他に残留し、他は尽く白耳義及仏国に向て流出せり、又此最初の支払には仏国の銀行券をも混入したりしか、是等は都て其本国に復帰するの外途なかりき、白耳義の銀行券は一部は其本国に帰り、一部は多分尚我邦人の庫中に留り居るなるへし、要するに最初の支払に付ては特に金融を攪乱するの跡なかりき、唯「ナポレオンドール」貨は当時既に銀貨と交換せらるゝ為に、多く巴々里《(マヽ)》より墺太利に移転し、之か為に頗る我金貨本位を危厄に陥ゐらしめたり、又英国は我れの仏国より得たる為換に因て、其金貨を我邦に吸収したる為め、大に困難を感したり、是結果英蘭銀行の金貨準備を減し、従て利率を高めしめ、尚之より生する各種の流弊を現出したり、而して英国の金融は大陸の金融と密接の関係を有するを以て、我邦も亦遂に其余波を受くるを免れさりき
前一ケ年来仏国は英国に於て頻りに銀を購入せり、是れ五法銀貨を鋳造して償金の支払に充てんか為めに外ならす、五法銀貨は我邦に取りて其用なし、亦以て償金支払の決して直に効益を我に与ふるものに非るを知るに足らん
最も研究を要するは為換手形を以て支払ひたる部分なり、初め仏国は現金を以て其償金を支弁したりしか、後遂に之に堪へす、己むを得すして為換手形を以て其支払に充つるに至れり、本年四月五日に支払ひたる二億五千万法の内、金銀貨幣は一小部分に止り(内金貨は五百万法)其大部分は独逸及英国に宛てたる為換手形なりき、仏国政府か其償金支弁の方法を講するに当り第一に想到したるは、仏人か独乙人に対して有するあらゆる債権を買上くること是れなり、而して其第一着手として巴里より伯林の諸銀行に依頼し、凡て仏国に宛てたる為換を需要するものあらは、巴里に宛てたる為換手形を以て之に応せんことを以てしたり、之に由り結局仏国政府は、独乙商人に商品を売渡したる仏国の商人に其商品の価を払ひ、而して独乙の該商人は独乙政府に向て其価を払ふの順序となりたり、然るに是法も亦尚足らす、遂に他
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国より独乙に宛てたる為換、及独乙より支払を要する第三国へ宛てたる為換を以て之に次くに至りたり、而して是の如き各種の為換を以て巨額の支払に充てんとせは、勢其各種為換に相当する日時及場処に於て、各別に之を授受することを得す、必す取纏めて一時に之を渡さゝるへからす、其間是等各種の為換は各其用途を求めさる可からす、凡そ各種の資金は其現金たると将た証券たるとを問はす、寸時も放置すへきものに非す、些少の利子をも失はさるは是れ金融界の要訣なり、蓋し是れ我経済組織より来る当然の結果とす、只其放下の方法は一面には確かに利子を収得せしむると同時に、一面には何時にても回収することを得るを要す、是れ各処より集り来る所の資金の多くは取引所及銀行に向て奔注する所以なり、何となれは確に其利子を収むると同時に、何時にても任意之を回収するの目的は取引所及銀行に由て達し得へけれはなり、而して活溌なる投機の精神は、敢て其資金の集注する所以を究めす唯資金の求め易きをのみ見て益々投機の念を増し、斯く集り来りたる資金を各種の事業に使用し復容易に回収すること能はさるに至らしむるは当然の勢とす、然るに一朝之を集収して大支払に充てんか、其実業社会に傷害を与ふる固より論なく、殊に其資金か久しく彼等の手に留りたるに従て、一層其痛苦を大ならしむる、顧ふに大支払の時期は、恰も一都府に於て一時に多額の公債を償却したると同様の結果を惹起すへきものにして、即ち四肢の血液尽く欠乏し、中部独り充血に苦むの観あらん、勿論公債は一日も早く償却するを可とすへしと雖、而も急劇に金融を緊迫・緩和するは、如何に慎重に之を行ふも到底大害を一般経済に及ほすを免れす、特に吾人をして是憂を増さしむるものは、我邦に於て政府財政と中央銀行との聯絡未た完全ならさるの一事に在り、凡て金銭の出納を中央銀行に委任したる諸国に於ては、其一時に蓄積したる資金も中央銀行の手を経て直に四散し行くへきを以て、空乏・充溢の不平均を免るへしと雖も、我邦の如きに在ては、是の如き資金を数週間、甚しきは数月間全く放置することなしとせす、其憂の一層大なること知るへきなり、刻下必要なき貨幣を多く存し、且普魯西銀行の銀行券も亦頗る増加したるに由て稍其害を薄するものあれとも、若し是れ微せは其害や実に測る可からす、而して頃者普魯西銀行に於て其銀行券を増加したるは、是れ畢竟帝国政府の預金にして使用の途なきに由り庫中に放遊せしむるものなり、即ち普魯西銀行並に英闌銀行に於て其銀行券を増加したるも、畢竟は彼の二億五千万法の償却期に達したれはなり、夫れ然り、現今我邦の流通貨幣・銀行券、其他是等を補充する所の証券が著しく増加したる事に由て彼の禍を緩和すと雖も、這般融通物亦決して無限に増加すへきに非す、若し強て之を増加せんか、忽ち無限の弊害を併出するに至らん、即ち通貨の饒かならさる固より憂ふへく、而して通貨の多き亦遂に禍源たるを免れす、是の過不足の両極端は即ち是れ年来我金融社会を紊乱する所以にして、大支払の為め通貨を回収せらるゝときは、忽ち其不足に苦み、再び之を放散するときは、又其過多なるか為めに悩む、而して其過不足変移の期間漸く短縮するに従て、一層其紛乱を甚しくするのみならす、一回之れを収集・放散する毎に其一部は必す固
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定して再ひ復らさるに至るを以て、回収・放散に由て我金融界に与ふる振盪の度一回毎に益々激甚を加ふるに至るは必然の勢とす、何となれは何物を問はす他国より吾人に支払をなすには、差向き必す吾人の融通物を以て為さるゝは、吾人の常に記臆せさる可らさる所なれはなり、尚一の注意すへきことあり、即ち独乙の諸商人に対する債権も亦自ら限りあること是れなり、吾人は戦争の為めに決して吾人の輸出を廃絶せしめしことなし、従て彼我の債権は大抵相平均すへきを以て、独乙に宛てたる為換を多数に得んと欲せは、勢ひ仮想的為換を作るに至るへし、是為換は其支払日に至れは其支払の地に於て金を要し、而して仏国の債務者も亦資金を要すへし、斯くして各処に金融の不調和を見るへきなり
以上叙述する所に由て、彼の五十億法の金に由て吾人か直に富を増すに至るは、其支払の期限より遥に長久の歳月を要し、且つ彼金額を支払ふにも急速に之を了せんとせは、往々自然の勢に背戻するを免れさる所以を明かにせりと信す
財務の為に当る者宜く充分の考慮を加へ、可及的我経済をして岐路に脱出せしめさらんことを期すへきなり、然らされは利を図て却て害を受くるの悲あらんとす
或は恐る、世人は著者の議論を以て、徒に疑惧の念に駆られて事理を誤りたる者と為んことを、予は是疑に対して今其当否を明言せす、要は唯彼償金を領受し、而して再ひ之を支出する方法如何に在るのみ、万一其方法を誤り徐に内国の生産を増殖し、且他国の余りを我に取り天然の順序を逐ふて彼償金を利用することを為さす、急速之を使用して一朝に其利を収めんとする時は、其結果は徒に金融を緩漫にし、不当に企業心を勃興せしめ、空く物価及賃銀を昂騰せしめ、且つ我労力を駆て従来より、一層薄利の事業に従事せしむるに終らんのみ、現に見よ、我人民は彼五十億法に由て大に租税の軽減を得へきことを期したるに今日其結果の意外に薄きを覚知しつゝあるに非すや、又現に彼償金の一部は業に已に多く従来に比して不生産的なる事業に使用せらられつゝあるに非すや、幾千の労働者は城砦・兵廠の事業に収取せられ、市街に於ける企業心の勃興は続々地方より労働者を引寄せ、為に徒に家屋の価を高め、而して農家には非常の困難を与ふるに至る、想ふに此等の労働者は従前に在ては恐くは一層確実なる使途を得たるなるへし、而して彼等か今日得る所の賃銭たる一部は、全く無益に費消せられつゝあるに相違なし、予か本編に於て論究したる所に由て得る所の実際上の教を約言せは左の如し、曰く、今後吾人の受くへき収入は可及的長き時日を以て之を費消し、今後得へき外国宛の為替は可及的広く之を配付せんことを期すへし、但し今日迄に既に人工的に増大したる国内の資金は、決して漫りに之を回収すへからす、仮ひ最も不確実なる事業も突然之を倒すときは、其影響延いて最も確実なる他の事業に波及するに至るへけれはなり、現金にもあれ紙幣にもあれ、一旦市場に放散したるものは唯静に時状を窺ふて、徐に伸縮するの外なし、銀行の利子を高低する亦最も慎むへし、若し又将来政府に於て公債を募集し、又は償却することあらは、亦決して急激の方法を取るへ
 - 第26巻 p.185 -ページ画像 
からす、政府か市場より取り去りたる資金は、可及的迅速に再ひ之を市場に還帰せしむることを務め、而して徐々償却の法を立つへし、若し現在残れる償金に対し財政上適応の担保を求め、而して其支払期限を延期するの条約を結はゝ、之に益す良策なかるへし
予は彼のハルパゴン其人の如く、凡そ其手裡に落るもの尽く之を金筐に収め、己れ其上に緩坐せんとする者に非す、又彼の哩話《(俚)》に於ける愚人の如く、凡そ其心に浮ふ者を取て、尽く之を華麗なる幻影として人に示さんと欲望する者に非るは、読者請ふ之を諒せよ、今我同胞諸君を以てフィリップ二世時代に於ける西班牙人に比するは実に予の忍はさる所なり、然れとも衷心耿々止み難きものあり、特に白露より黄金を西班牙に注入したるの後、五十年、西班牙国衰頽の兆候漸く現はれたるの事実を掲記し、以て諸君の注意を促さんとす、千八百七十一年六月六日グラモント侯は我「ホーヘンツオルレルン」家に勧告するに再ひ加爾五世の帝国を建設せんことを以てせり、予は「ホーヘンツオルレルン」家の同年九月一日に至るも、尚西班牙の豪華に傚ふを欲せさりし高徳を喜ふ、嗚呼天皐、夫れ我帝国をして彼西班牙の運命を再ひせしむること勿れ(未完)


竜門雑誌 第八六号・第一―二五頁 明治二八年七月 ○竜門社総集会に於て(承前)(青淵先生演説新井田次郎速記)(DK260038k-0005)
第26巻 p.185-194 ページ画像

竜門雑誌  第八六号・第一―二五頁 明治二八年七月
    ○竜門社総集会に於て(承前)(青淵先生 演説 新井田次郎 速記)
是がバンベルゲルと云ふ人の五十億法償金論でございます、御婦人方には殊更御迷惑千万でございませう、面白くなくて長うございます、けれども余程善く論じてあるやうに考へられる、殊に末文抔は頗る力ある文章のやうに見へます、私は欧羅巴の歴史は知らないが、三百年以前西班牙の衰へる兆候のことでも言ふたのではなからうかと思ふ、是は学者を俟ちて講義を聴くやうに致しませうが、詰まり此文章は丁度償金を受けつゝある所に於て、少しく其兆候を見て論じたやうに見へる、尚ほ此外にもう一つあります、是も独逸のアドルフショートベールと云ふ人の論で、バンベルゲル氏の論の後に論じたものと見ゆる此方が又更に明瞭に論究してある様に見へます、且つさう長くもございませぬから、御空腹でもございませうが、私も能く記憶して置きたい、もう一つ読みますから、どうぞ御退屈を忍んで御聴を願ひます、読人の方も随分苦しうございます、仏国償金論――是は法学士磯部正春と云ふ人の翻訳です
余は本論に於て、先つ仏国に於ける償金仕払方及ひ独国に於ける償金の使用方を述へ、然る後両国に於ける財政上及ひ経済上の影響如何に論及すへし
      第一節
千八百七十一年二月二十六日フヱルサイルの媾和仮条約を以て、仏国は独国に対して五十億法の償金を払ふへきを約し、其中十億法は年内に仕払ひ、残余の金額は仮条約批准後三年間、即ち千八百七十四年三月二日まてに皆済することゝなせり、其後千八百七十一年五月十日フランクフールトの条約に於て、更に其仕払期限を左の如く確定せり
 五億万法は政権恢復後三十日以内に、十億法は千八百七十一年の末
 - 第26巻 p.186 -ページ画像 
まてに、又五億法は千八百七十二年五月一日に、而して其余りの三十億法は千八百七十四年三月二日に仕払ひ、其額に対しては千八百七十一年三月二日後、五歩の利子を附するものとす、但期限前仕払をなすは敢て妨けなしとす
然るに二十億法の仕払を了りたる後、残余の三十億法に付ては千八百七十二年六月二十九日再ひ特別条約を締結して、二ケ月後五億法を仕払い、千八百七十三年二月一日亦同一額を仕払い、而して其余の残額は千八百七十五年三月一日迄に月賦にて仕払ふことゝなせり
斯の如く数次仕払期限の変更ありたる後、千八百七十三年三月五日尚ほ残留せる償金に対して更に又仕払期限を定め同年中六月・七月・八月及ひ九月の四回に於て利金共償却し了り、玆に開闢以来未曾有なる財政上の大現象は其結末を告くるに至れり、蓋し国債募集の結果良好なると、独乙兵仏国境土内に於ける屯在とは、償金仕払の時期を短縮せしめたるものとす
仏国は償金仕払の為め前後二回の国債を募集せり、初回の国債額は二十七億七千六百万法にして、次回は四十一億三千六百万法なり、其募集成績は頗る良好にして、第二回の国債募集の際の如きは応募額四十三億法の多きに達せり
独国は単日月の間に如此巨額の償金を攫得し、如何に之を処分するを得しや、請ふ左に之を記載せん
千八百七十三年三月議会に提出せられたる一覧表に基き、仏国より受けたる償金の額及ひ其使用法の大要を掲示せんに、概ね次の如し
仏国は千八百七十三年三月まてに於て、償金全額五十億法の内、三十五億法及ひ利金二億七千八百万法を仕払ひたり、故に其合計は三十七億七千八百万法にして、独逸貨幣に換算し十億〇七百四十六万六千六百六十「ターレル」なり、加ふるに巴理市償金二億法、即ち五千三百五十万五千八百「ターレル」並に仏国内に於て徴収したる税金千五百万「ターレル」の存するありて、其総額は十億七千五百九十七万二千五百三十一「ターレル」に達せり、但しエルサス・ロートリンゲンに於ける鉄道購入金三億二千五百万法、即八千六百六十六万六千六百六十六「ターレル」は其内より控除すへきものなるか故に、結局千八百七十三年三月二日までに得たる金額は九億八千九百三十万五千八百六十五「ターレル」なり、又其後千八百七十三年九月五日まてに得たる償金及ひ其利金四億六百万「ターレル」をも合算するときは、仏国より受けたる総金額は十三億九千五百万「ターレル」の巨額なりとす
千八百七十年の初めに於て独逸全国内ニ流通せし現金は、各銀行の積立金を合するも四億八千万「ターレル」に過きさりし故に、新に仏国より得たる償金額は当時独逸国に存在せし現金に超過すること三倍なり、償金及ひ其利金にして五法の銀貨幣にて仕払はれたらんには、其重量は五十万「チヱントネル」以上に及ひ、普通の鉄道列車二千五百を用ゆるに非されは之を輸送すること能はす、仏国と開戦の際に於ける独逸聯邦諸国の国債金額は五億〇四百万「ターレル」にして、鉄道公債額凡そ五億八千九百万「ターレル」なりし故に、償金は是等の各負債を償却し尽すも尚ほ三億「ターレル」の剰余を生せり
 - 第26巻 p.187 -ページ画像 
償金の使用に付ては先つ戦争に依て生したる各種の損害賠償の為め、法律を以て千八百七十三年三月まてに支出すへき費途を指定せり、其額は総計二億九千百四十三万三千五百九十六「ターレル」にして、其内主要の費目は船舶の艤装費五百六十万「ターレル」戦争の損害費三千六百七十万「ターレル」エルザス・ロートリンゲンに於ける鉄道の運転資金千八百四十一万二千三百「ターレル」特別の軍功ある者に附与すへき賞与金四百万「ターレル」軍備資金四千万「ターレル」エルザス・ロートリンゲンに於ける城寨の修理及ひ其他各種の戦争費八千五百万「ターレル」領土拡張の為め生したる費金二千四百万「ターレル」等なり
又法律を以て、一億八千七百万「ターレル」は軍人扶助資金として保存すへきを規定せり、又千百三十万千二百七「ターレル」は帝国宰相に附与して各種の費途に供せしめ、二千九百万「ターレル」は海軍に八百万「ターレル」は議事堂建築費として附与し、而して其余の償金は開戦の為め北独逸聯邦及ひ南独逸聯邦より借入れたる負債、及ひ其他各種の戦争費償却の用に供せり、其金額は軍備恢復の為め支出したる千八百八十四万六千八百十「ターレル」の外、五億九千八百三十九万千九百四十二「ターレル」の多きに及ひしと云ふ
右等百般の費途に供用し、而して尚ほ残留せる償金の処分及ひ聯邦諸国に於ける個々の使用方法に付ては、未た之を知悉することを得す、然れとも千八百七十三年十一月十七日普国大蔵卿か代議士院に於て演説せし報告に依るときは、普国は残余金中より千八百七十三年七月七日に於て三千八百〇四万五千百十九「ターレル」、又同年十月十六日に於て二千四百三十二万三千七百六十七「ターレル」合計六千二百三十六万八千八百八十六「ターレル」を受領せしものゝ如し、故に他の聯邦諸国も亦一定の割合に応じて、残余金の配当を受けたること明白なり、而して其得たる配当金は惟ふに普国に於けると等しく、主として負債及ひ鉄道資金の償却に供せられたるを信す、普国にては二千万「ターレル」を負債の償却に充て、二千五百万「ターレル」を鉄道資金の償却に充てたり
      第二節
仏国は千八百七十一年一月一日に於て、既に百十五億千六百四十六万九千二百二十二「フランク」の国債を有せり、而して戦争の為め新に募集せし国債は次の如し
 一 八億〇四百五十六万八千四百法
    千八百七十年七月廿三日募集
 一 二億五千万法
    千八百七十年十月廿七日募集
 一 二十七億七千六百法
    千八百七十一年六月廿七日募集
 一 四十一億三千六百法
    千八百七十二年七月廿八日募集
千八百七十三年十一月二日仏国大蔵卿マグネ氏の報告に依るときは、右四回の公債募集額は合計六十七億三千八百二十一万〇六百三十五法
 - 第26巻 p.188 -ページ画像 
にして、毎年の国庫負担額は三億九千六百七十六万五千三百四十六法なり、加ふるに仏蘭西銀行より借入れたる十五億三千万法の負債に対しては一歩の利子を仕払ひ、且つ毎年二億万法を償却すへき義務を有せり
又前記報告に依るに、仏国に於ける戦争費及ひ戦争の為めに徴税すること能はさりし損失金は合計三十七億三千九百三十一万八千法にして是に加ふるに独国に仕払ふへき償金五十億法を以てするときは、八十七億三千九百三十一万八千法の多きに及ひ、且つ海陸軍備の恢復上一億七千三百二十四万二千法の支出を要せり、故に是等の金員総額及ひ其他一時の借入金等を積算するときは、負債の総額は二百三十億法以上に達し、其利子金のみにて既に八億法以上となり、償還金を加ふるときは少なくも十億三千三百万法を要せり
仏国は戦争の為め頓に国庫の負担を増加し、財政の困難を来したること固より言を須たす、然れとも商工業は依然として隆盛し、国民の安寧毫も損傷せられたるか如きの観なきは、該国視察者の均しく称道する所なり、何か故に然るや、其理由に至ては一二言を以て能く解説し得へきにあらす
本問を解するに当りては、先つ国庫と人民とを区別するを要す、思ふに国庫貧究なるも人民必すしも貧窮ならす、人民富裕なるも国庫必しも富裕ならさるなり、今之を仏国に於て見るに、其国有に属する財産は唯僅に官林及ひ一部の田園存するのみ、千八百七十三年の予算に依るに前記財産より生する益金は官林にして四千百九十九万二千五百法田園にて千二百十五万四千四百法なりとす、故に其益金は国債利子金に対して僅に百分の六に当るに過きす、然れとも国債の利子は毎年の徴税金を以て之に充つるを得へきか故に、国有の財産僅少なるも国民の負担力にして強大なるときは、能く巨額の国債を募集するを得へし新国債を募集して利子を支給し旧負債を償却するは、最も簡易の方法にして、国民は之に於て一時税金の加重を免かれ債権者は之に依て元利金の償却を受け更に新公債の募集に応するを得るの利ある故に、近時国債の利子若くは償還金の不足を補ふに新国債を以てするは、往々諸国の慣用する所となれり、然れとも国民の負担力を顧みすして徒に国債を増加するの危険なるは固より論を待たす、伊太利の如き千八百六十四年十二月三十一日に於ては国債額四十四億〇五百六十二万五千五百七十六法にして、其利子二億千四百七十四万九千八百四十四法なりし、然るに千八百七十三年一月一日に及んては其国債額増加して百億六千万法に達し、四億六千〇四十四万五千六百十四法の利子を要するに至れり、斯の如く千八百六十四年乃至千八百七十一年の七年間に於て国債の額多を加へたるは、国民の負担力増加せし一現象として看過し得へきや、将た已むなく国債の利子を補ふに常に新国債を以てせし結果なるや、吾人其孰れなるやを明知せすと雖も、若し伊国政府にして新公債の募集に依り国債利子の不足を補償したるか如きことあらんには、其結果実に恐るへきものありとす
一朝政治上の蹉躓に会し、西国々債に於けると同一の惨状を演することなきを保せす
 - 第26巻 p.189 -ページ画像 
仏国も負債償却の為め新公債を募集せしことなきにあらすと雖とも、是れ只一二の特例たるに止まり、概ね税金を以て常に償還し来れり、仏国は天然の利を占むるのみならす、国民の勤勉節約なる年々幾多の剰余金を生し、之を外国に貸与するを得て、英吉利・和蘭陀・独逸・瑞西・土耳其等と均しく富国の一に属せり、是等の諸国に於ては国債若くは鉄道資金等の債権者中、他国人を存すること少なきに反し自国人にして外国の債権者たるもの極めて多し、故に之か為め毎歳外国より入るべき金額も亦決して少しとせす、ロバート・ペール氏曰く、英国に於て年々貯蓄を為し得る者は五に対し四の割合なるも、仏国に於ては四十に対する三十九なりと、又コウルトイス氏は仏国に於て蓄積せられたる金額を算して、千八百五十年乃至千八百六十年の間に百億法、千八百六十年乃至千八百七十年の間に三百億法以上なりと称し、又他の仏国経済学者は、仏国に於て年々蓄積し得へき金額は平均二十億法なりと云へり、是等の諸説たる皆な誇大に過くるの嫌なきに非すと雖とも、千八百四十八年より千八百七十年迄の間に、巴里市場より外国に貸出せし金額のみにて六十七億七千三百万法の多きに及ひたるは争ふへからさる事実なるか故に、単に其事実より見るも仏国か容易に巨額の公債を募集し得たる所以を了知し得るに足らん、千八百七十年以後募集したる国債の如きも、今日に至りては其大部は既に仏国人民の債権に帰せり、仏国人民の奮励心は其嚢裏に存する現金は勿論、外国債権をも他に譲りて悉く自国に於ける国債証券購入の資に供せしめたりき、故に各国人の私産上より観るときは単に債務者に異同を生したるに止まり、毫も之か為め其資産を害したることなし、仏国に於ける商工業にして戦争以後衰頽を来さゝる所以のもの、蓋し全く之か為めなりとす
然れとも、仏国人民は全然戦争の損害を免かれ得たるものなりと云ふにあらす、現に其負担すへき税金の如きは戦争後著しく増加せり、戦争以前仏国民の負担せし毎年の税金額は一戸平均(百戸に対する人口四百八十人なりとして計算す)略ほ五十五「ターレル」なりしも、戦争後に及んては八十「ターレル」以上を負担せさるへからさるに至れり(当時普国に於ける一戸平均の負担額は二十七「ターレル」なり)千八百七十一年以来、仏国政府は或は税率を加重し、或は新税を賦課し、以て歳出の不足を補ふに努めたり、馬税・車税・会社税・球戯場税・燐寸税・鉄道切符税・運送物領収証書税・紙税等の如きは其際生出せし新税にして、又著しく税率を加重せられたるものは、証券証印税・登記手数料・咖啡・椰子・砂糖・精酒等の輸入税、砂糖・精酒・煙草等の製造税・特許税・動産税等なりとす、而して是等増税の為め生すへき税金額は四億八千七百四十四万九千三百法なるも、尚ほ歳出を補ふに足らさるを以て、更に又一憶千五百万法を徴税するの已むを得さるに至り、之か為め塩税の如きは大に増加せられたり
斯の如き増税金は、仏国民の能く負担し得たる所なるや、当時仏国民の収益金総額は百八十億乃至二百億法なり、故に一戸平均の収益金は二千四百法、即ち六百四十「ターレル」内外なりとす、六百四十「ターレル」の収入に対して八十「ターレル」の負担を有す、其負担の軽
 - 第26巻 p.190 -ページ画像 
易ならさりしこと甚た明白なり、仏国民の負担額は殆んと其極点に達したるものなりと云ふも不可なからんとす、当時の状勢より推すときは仏国政府に於て更に二百三十億法の新国債を募集すること敢て難きにあらさりしなるへし、然れとも公債の募集を以て歳出を補足するは姑息偸安の計にして、其極国庫倒産の因を醸すなき能はす、其害や過重なる税金の賦課に比し一層大なるものありとす、仏国政府にして徒に国債募集の策を用ひさりしは、其当を得たるものなりと云はさるを得す
      第三節
仏国償金の受領は独国の財政上及ひ経済上如何なる影響を惹起せしや本問に付ては先つ利益の点より挙示すへし、償金に依て生したる第一の利益は、貨幣制度を改革し金本位となし得たるにあり、貨幣制度改革の必要は年来各人の口にせし所なり、然れとも此事たる元と至難の事業に属し、固より容易に実行し得へきにあらす、若し戦争の余徳なからんか、今日に至るも尚ほ審議中に属し、斯の如き急速の実行をなし得るの望なからんとす、独逸にして僅々二年間に於て七十万磅以上の金貨を鋳造し得たるのみならす、其際に在て能く新貨幣の外国流出を防止し、国民をして永く金本位の徳沢に浴するを得せしめたるは、全く償金の恵に帰せさるを得す
仏国償金より生したる第二の利益は、独逸国民をして仏国に於ける如く苛税に苦しむことなからしめたるに在り、是れ全く償金の力に依るものにして、其利益たる貨幣制度改革の利益に比し、寧ろ勝るあるも劣ることなからんとす、若し償金なかりせは、戦争後独逸国の歳出は大に増加し、国民の負担頓に加重すへきこと火を見るよりも明なり、賞与金若くはエルザス・ロートリンゲンに於ける鉄道の支出金等は初めより控除し得へきものとなし、尚ほ其他幾多の費目中刪減し得たるものありとするも、曩に戦争の為め借入れたる国債の利子・軍備の恢復・城寨及ひ軍艦の修理・其他軍事上必要の費途に充て、新に募集を要すへき国債の利子・軍人の恩給金・戦死者遺族の扶助料・其他戦争に依て生したる百般の損害に対し支出すへき金員の如きは、到底避くへからさるの費用なりとす、其額果して若干なるへきや、容易に算定するを得すと雖も、余の見る所に依れは、年々の支出額は少くも五千万「ターレル」以上を要するものゝ如し、而して其財源は皆国民の嚢裏に求めさるを得さること勿論なり、現時独逸国民の負担せる税金は一戸平均二十七「ターレル」なるか故に、若し償金なきものと仮定せは、一戸に対する新負担額は凡そ六「ターレル」となり、従来の税金に比して四分の一を増加せさるへからす、咖啡、其他外国輸入の飲食物に対する海関税率は従来に比して百分の五十を増し、砂糖・塩及ひ煙草等の税率も同一比例を以て増加し得るものとなすも、尚ほ歳出の不足を補ふ能はさるや勿論にして、必すや更に新税の発見若くは税率の加重に依て之を補足させるを得す、然るに絶て是等のことなく、国民をして旧税に安んするを得せしめたるは、全く償金の力に依るものとす
以上の二点は償金より生したる利益にして、其効固より顕著ならさる
 - 第26巻 p.191 -ページ画像 
にあらす、然れとも光あれは影之に随ふは事物の常態なるか故に、深く其裏面を看察するときは、又大に禍害を醸したるものあるを発見するを得へし、総て益を為すこと多きものは、害を為すこと亦著きは理の当然にして、仏国償金の如きも亦其理に反すること能はす、然れとも償金其ものに於て罪あるにあらす、使用の方法其当を得さりしに坐するのみ、独逸は戦争上警戒極めて厳にして、其注意の周到なりしこと人をして驚嘆せしむるものあるに拘はらす、其結果得たる償金の処分に至ては、頗る軽躁に失したるの儀あるを免かれす
政府は償金を以て数億万「ターレル」の債務を一時に償却したるのみならす、尚ほ他に数億「ターレル」の資金を投して、市場に存在せる証券の購入に従事せり、故に忽にして市場に流通資金の過剰を生したりしこと、固より其所なりとす、加ふるに当時恰も国民の起業心非常に奮起せるに会し、相須て投機事業の勃興を来し、国民の投機熱は殆んと底止する所なきに至れり、投機事業発生の源は単に流通資金の過剰にのみ帰すへきにあらすと雖も、少くも之を助成すへき主要の原因たること明白なり、若し償金を以て国債を償却したるか如きことなかりせは、豈に国民に於て遽に新設せられたる無数の株式会社に加入し得るの資力を有すへけんや、償金にして投機熱発生の動機たりしは争ふへからさるの事実なりとす、而して新設株式会社に加入したるものは必らすしも現に用途なき資金を有する者のみに限るへからす、国債の返還金等を受け、他に投資の道を求めたる者にして、新設の株式会社に加入し高利の配当株券の騰貴等に依て一時利益を得ることは、自ら他の多数人民も其利益に眩惑し、従来其所有せる低利の証券を売却して高利なる新株券を購入するに至るは、免かるへからさるの勢なりとす
千七百九十年乃至千八百七十年六月十一日まで、即ち八十ケ年間に於て普魯西国内に設立せられたる株式会社数は合計二百七十九に過きす然るに其後僅に三十ケ月間に於ける株式会社の設立数は七百六十二の多きを見るに至れり、尚ほ之を細別すれは千八百七十年六月より同年末まてに於て三十四、千八百七十年中に於て二百二十五、千八百七十二年中に於て五百三株式会社の設立ありたるものとす、マイエル氏独逸年報に依るときは、伯林市のみにても千八百七十年間に設立せられたる株式会社の数は百六十七にして、其資本金は二億一千百四十四万七千「ターレル」なり、又普魯西国内に設立せられたる株式会社総数は四百四十二にして、其資本金総額は五億〇七百七十五万千五百九十「ターレル」に達せり、其中銀行及ひ信用会社に属するもの四十九にして、其資本金一億一千五百二十万五千「ターレル」、建築銀行建築及ひ不動産会社に属するもの六十一にして、其資本金七千五百七十六万九千五十「ターレル」、鉱業会社に属するもの六十五にして、其資本金六千五百四十二万九千八百二十八「ターレル」、鉄道会社に属するもの十二にして、其資本金八千九百七十万千六百「ターレル」なりとす
今一・二株式会社の株式相場に付き、伯林株式相場表中掲載しあるものを示さんに次の如し

 - 第26巻 p.192 -ページ画像 

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                      千八百七十二年        千八百七十三年                  最高相場  九月中に於ける最高相場  九月中に於ける最高相場 普魯西信用会社          158 5/8 (九月) 158 3/8      50 クイストクプ共立銀行       200   (同月) 200        18 1/2 フロフインチアール割引会社    186   (九月) 186        86 1/2 アングロードイチヘ銀行      144 1/2 (八月) 140 1/4      65 伯林建築会社           108 1/2 (九月) 140 1/4      44 ブレスネル建築会社        158   (同月) 158        79 5/8 レヲポルズスハル化学品製造会社  108   (同月) 105        37 1/4 エゲストルフ機械製造会社     135 5/8 (三月) 118 5/8      30 7/8 ドルムンデル共合会社       208 1/2 (十月) 192        80 1/2 




右に掲くる所のものは、唯々僅に一部株式会社の株式相場表に過きすと雖も、亦以て株式相場の下落せし一斑を知るに足らん、外国々債証券・外国鉄道公債証券等に於けるも同一の比例にして、為めに生したる損失金の巨大なりしこと実に想像するに余ありとす、而して其害毒たる普く全国に亘り、広く中産以下の人民に及ひたるを以て、千八百五十六年乃至千八百五十七年の凶慌に比して一層劇烈なるものとす、終歳労働の結果に依り漸くに蓄積し得たる資金をして、一朝水泡に帰せしめたるは実に悲惨の極と云ふべし、彼等自ら招きたるの罪なきにあらさるにせよ、彼等を誘惑して損失を受くるに至らしめたるは、償金の処分其当を得さりしに職由せすんはあらす
以上述ふるか如くにして、独逸国民の投機熱は遊金の過剰に因て喚起せられたるものなること争ふへからす、然れとも徒に巨額の償金を国庫に貯蔵して流通資金の欠欠を顧みさるか如き、其不得策なること固より論を待たす、然らは則ち如何にして能く禍害を未然に防止し得たるや、其方法に付ては説をなす者少なからすと雖も、余はバンベルゲル氏の説を最も実際に適合するものなりと信す、氏曰く「独国に於て経済上の劇変を生することなからしめんには、償金を以て成可外国に於ける有価証券の購入に充て、徐々に資金を国内に回収すること極めて緊要なり」と、若し其説にして行はれたらんには、能く過剰なる国民の起業心を抑制し得るに足り、今日に於けるか如き損失を醸さゝりしや殆んと疑を容れす
償金処分の結果として生したる第二の損害は、金銭の価値下落し物価一般に騰貴したること是れなり、飲食品就中肉・乳・牛酪、其他衣類各種の器具・薪炭材・家宅・労銀等皆総て非常に騰貴せり、千八百七十年来物価騰貴の傾向ありしも、今日に於けるか如き暴騰は未た曾て見さる所なり、総て物価の騰貴は全国一般の経済上最も忌むへき現象にして、一二之に依て利する者なきにあらさるも多数者は損失を免かるゝこと能はす、又仮令一方に於て利益を収むるものと雖も、他方に於て之を失ひ、結局一国全体の損害に帰す、就中物価の騰貴に応して収入を増加すること能はさるもの、例へは一定の恩給金・扶助料等に依り其生計を支持するものゝ如き、其損失を蒙むること最も甚しとす物価の高低は流通資金の多寡に依て生し、特別の理由なき限りは流通資金の額増加するに随ひ物価自ら騰貴するを常とす、当時独逸国内に
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於ける流通資金の額を考ふるに、戦争前国内に存在せし流通金の額は千八百七十三年三月まての間に於て減少せさるものとなし誤りなからん、仮令幾分の減少ありたるものとするも、其額は決して一千万「ターレル」以上を超過することなかるへし、而して銀行紙幣の額は千八百七十年以後増加せしこと六千二百万「ターレル」に及ひ、政府発行の紙幣亦殆んと六百《(万脱カ)》「ターレル」を増加せり、加ふるに新に鋳造せられたる金貨幣二億万「ターレル」以上も存するあり、其中一千万「ターレル」は軍備金として控除すへきものとするも、千八百七十三年の終に於ける全国流通金の増加額は凡そ二億四千八百万「ターレル」の多きに及ひ、三年前に於ける流通金の額に比すれは殆んと百分の四十を増加せり、物価の騰貴せる蓋し故なきにあらさるなり
千八百七十一年乃至千八百七十三年に於ける物価の騰貴は、償金処分の結果に依り生したるものなるは、当時英仏等の諸国に於ては独逸に於ける如く物価騰貴せさりしより推すも明白なり、近時英国に於けるも一・二の工業に在ては賃銀の騰貴を来し、為めに一時其事業を廃するの悲運に遭遇したるものなきにあらす、然れとも斯の如きは特例にして、独逸の比にあらさること固より論なしとせす
現今仏国の状態は独逸に比すれは概して不利益なるに拘はらす、吾人をして公平なる判断をなすを得せしめは、仏国は戦争後或点に於ては反て千八百七十二年及ひ七十三年の両年間に於ける仏国工業社会の勤勉節約は遠く独国の及はさる所にして、其結果仏国の工業界は著大なる進歩をなせり、左表は英国貿易統計表中より転載せるものに係り、固より完全なる証拠となすに足らすと雖も、亦英国に於ける仏国輸入品の価額及ひ同国に於ける独逸国輸入品の価額に関し、千八百六十七年乃至千八百六十九年間に於ける平均、及ひ千八百七十二年即ち戦争後に於ける成績の如何を見るに足らん


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                   仏国輸入品   独国輸入品 千八百七十二年           41,803,000磅  19,232,000磅 千八百六十七年乃至六十九年     33,719,000   18,478,000 千八百七十二年に於ける輸入増加額   8,084,000     754,000                   仏国品回漕   独国品回漕 千八百七十二年           5,366,000磅   2,379,000磅 千八百六十七年乃至六十九年     2,977,000    1,029,000 千八百七十二年に於ける輸入増加額  2,389,000    1,350,000 




前表は即ち、五十億法の償金を払ひたる仏国は、千八百七十年中英国に対する輸出品の額に於て七千万「ターレル」を増加し、之に反して其償金を得たる独国の英国に対する輸出品は、同年中唯僅に千四百万「ターレル」の増加に過きさることを証明するものなり
是かシヨートベール氏の五十億法の償金に就ての議論でございます、詰まり両氏の論は朗読致して其意味の最も会得し易く、又甚た肝腎と思ふ点を皆様の御目前に御吹聴申したに過きないのてす、演説にも何にもなりませぬ、けれとも併し此事柄は所謂目下緊要なる問題にして決して遠方の火事でなからうと思ふです、而して経済上のことは縦令東西遠隔の地なりと云へども、矢張り此道理に帰着するであらうと私
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は深く信ずる、自身で深く信すれは諸君にもどうぞ御同感でありたいと思ふ、諸君に御同感でありたいと思ふのみならず、日本国民に挙けて同感でありたいと思ふ、日本国民に挙けて同感でありたいと思ふのみならず、日本政府は是に依りてどうぞ西班牙の昔を独逸が間違つたと云ふよりは、独逸の昔を日本が間違はぬやうにありたいと云ふ御希望に堪へぬのであります(大喝采)



〔参考〕竜門雑誌 第八六号・第二六―二八頁 明治二八年七月 ○竜門社総集会に於て(角田真平君演説新井田次郎速記)(DK260038k-0006)
第26巻 p.194-195 ページ画像

竜門雑誌  第八六号・第二六―二八頁 明治二八年七月
    ○竜門社総集会に於て (角田真平君 演説 新井田次郎 速記)
私は演説を致しませぬ考でごさいますが、今日は私共が諸君と共に記憶すべき日と考へて居りますから一言諸君に御諮りをしやうと思ふことがございます、今日は第十四回竜門社総集会の日でございます、併なから私は竜門社の総集会として記憶すべき日ではない《(か脱カ)》と斯う思ふて居ります、それ故に私の粗末なる言葉は寧ろ厳粛に諸君は理解せられ私の簡単なる言葉は永く諸君に御記憶を希望すると云ふ一言でございます、其事は唯今老渋沢君からして御話がございましたが、蓋し老渋沢君と雖も竜門社といふ一団体に就ては、一着を若渋沢君に御譲りになる筋であらうかと存じます、相変らず私は筋目を正しく議論をするやうでありますが、竜門社なるものは社長を主と戴いて居る、其社長は即ち若渋沢君でございます、而して若渋沢君は諸君も御記憶の如く先頃御新婚になつて、新婚後第一回の総集会は今日でございます、それ故に私は本日は第十四回の総集会にあらずして、或点に於きましては紀元後と言ふ言葉を使ふときもございませうが、今日は新婚後――社長の新婚後第一回総集会として記念すべき日ではございますまいかと思ふ、斯様な場合に於きましては、諸君は同君に向いまして或手段に於て御歓迎を申すとか贈物をすると云ふよりは、今日御案内を受けた者或は此社に列する諸君として、祝意を表する為めに、喝采を博して同君に第一回の祝意を此所で表したいと思ふ、又近日国と国との約束が平和になつたと云ふことがございまして、陛下の万歳を唱へるとか帝国の万歳を唱へると云ふことが順かは存じませぬけれども、それに就きましては此一週間の日は、微賤の我々何程か辛苦を致しました日でございますから、大に祝し――酒を飲む飲み方もございませうと存じます、旗を出す出し方もございませうと存じます、故にさう云ふ時はさう云ふ仕方に於て又万歳を唱へるときがございますから、今日は単に社長若渋沢君御夫婦の為めに手を拍ちますから、諸君は御同感でございますれば、手を拍つて祝意を表して此会の閉会を告げやうと思います、若渋沢君御夫婦万歳――(満場拍手)万歳――(満場拍手)万歳――(満場拍手)
    ○同答辞 (社長 渋沢篤二君 演説 新井田次郎 速記)
皆様、唯今角田君から御祝辞を頂戴しまして、甚だ恐縮に堪へません私は至て未熟者で、社長と申しながら何の御役にも立ちませぬけれども、併し最早一人前になりましたものでございますから、是からは益益奮つて竜門社のために働きます考でございます、どうぞ諸君に於ても不肖のものと御見捨なく、益々御教授且つ御教訓の程を偏に希望致
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します、又妻あつ子も此所に出まして御礼を申上げまする筈でございますけれども、婦人のことでございますから、私が代つて皆様に御礼を申上げます(満場拍手)



〔参考〕竜門雑誌 第八六号・第三七―三八頁 明治二八年七月 ○竜門社の会事(DK260038k-0007)
第26巻 p.195 ページ画像

竜門雑誌  第八六号・第三七―三八頁 明治二八年七月
○竜門社の会事 竜門社は年一年と盛大に赴くを以て、去る五月の総集会に於て自今毎月第一土曜日を以て月次会の定日とし、深川福住町四番地渋沢邸を其会場と定め、其時々の通知を省きて開会し、尚従来行い来りし春秋二季総集会の外、之れに亜くへき集会二回を催し、其会の場所は更に通知する事に取極めたるよし、同社会員たるものは毎月奮て出席せられ、雄弁を揮はれては如何