デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

2部 社会公共事業

3章 道徳・宗教
5節 修養団体
1款 竜門社
■綱文

第26巻 p.195-199(DK260039k) ページ画像

明治28年10月17日(1895年)

栄一、当社七月ノ月次会ニ出席シ、且、是日第十五回秋季総集会ニ出席、「実業ノ定義」ト題スル演説ヲナス。


■資料

竜門雑誌 第八七号・第四〇頁 明治二八年八月 ○七月の月次会(DK260039k-0001)
第26巻 p.195 ページ画像

竜門雑誌  第八七号・第四〇頁 明治二八年八月
○七月の月次会 は其十九日深川福住町の渋沢邸に開会せり、来会するもの渋沢社長及同夫人を始め、青淵先生・尾高惇忠君・同令夫人・大川修三君令夫人・清水釘吉君・斎藤峰三郎君、其他廿数名にして、工学士なる清水中尉は征清軍旅の日記体談話をなし、一同より質問等ありて十一時過る頃散会したり
○八月の月次会は例によりて休会


竜門雑誌 第九〇号・第二一―二六頁 明治二八年一一月 ○第十五回竜門社総集会の記(DK260039k-0002)
第26巻 p.195-197 ページ画像

竜門雑誌  第九〇号・第二一―二六頁 明治二八年一一月
    ○第十五回竜門社総集会の記
竜門社にては、去月十七日午後一時より日本橋区浜町一丁目日本橋倶楽部に於て第十五回総集会を開かれたり、先是委員は数日前より種々の準備をなし、在東京及近県の会員に左の如き案内状を発したり
 清涼の候に御座候処、益御安康奉忻慰候、陳は本社第十五回総集会の義、来る十七日午後一時より日本橋区浜町一丁目日本橋倶楽部に於て開会いたし、大家の演説を請ひ、引続き園遊会相催し候に付、御家族御同伴御来会被成下度、此段御案内申上候 草々敬具
  追て同日準備の都合も御座候に付、来る十五日まてに御来否の御報被下候はゞ仕合に御座候
              深川区福住町四番地
  明治廿八年十月十日     竜門社々長 渋沢篤二
当日は委員一同午前より奔走し、例の如く門の内外各処の装飾をなして、来会者を待受けたり、午後に至り続々来会するもの、社長及同令夫人を始め、青淵先生・同令夫人・同令息及令嬢方・穂積陳重君・同令夫人・同令息・阪谷芳郎君・尾高惇忠君・同令夫人・穂積八束君・同令夫人・浅野総一郎君令息・令嬢・大川修三君・大川平三郎君令夫
 - 第26巻 p.196 -ページ画像 
人・田中栄八郎君令夫人・令嬢・清水釘吉君・原林之助君.蘆田順三郎君・同令息・布施藤平君・湯浅徳次郎君・山中譲三君・朝山義六君令夫人・尾高幸五郎君・笹瀬元明君・谷敬三君・同令息・鈴木徳次郎君・朝倉外茂鉄君・星野錫君・吉岡新五郎君・渋沢信吉君・斎藤峰三郎君等二百余名の会員と、客員には矢野次郎君・同令息・岡村輝彦君徳富猪一郎君・角田真平君・同令夫人・鶴久子君・大倉喜八郎君令夫人・同粂馬君令夫人・坂田丈平君・田島錦治君・油屋熊八君・志田鉀太郎君・高根義人君・滋野清彦君令嬢・令息・下野直太郎君・木村清四郎君・野崎広太君・飯田旗郎君等百数名なり
    午後二時  演説
  開会之辞           社長 渋沢篤二君
  泰東格物論             尾高惇忠君
  支那視察談             徳富猪一郎君
  事業に二種あり       文学士 阪谷芳郎君
  日本の美術に就て     法学博士 岡村輝彦君
  実業の定義             青淵先生
右の順序に何れも拍手喝采の内に閉場し、午後五時園遊会を開く、庭園には甘酒・クリ・ダンゴ・カキ・菓子・ビール・和酒・鳥の煮込・寿司・茶店等諸処に開店し、支那料理の晩餐あり、余興は三遊亭遊三の落語、猫遊軒伯知の平壌包囲攻撃、山下利助の薩摩琵琶等交々数番を演して、全く散会に至りしは午後九時頃なりき
本会の為金員或は物品を寄贈せられたるは
  一金五拾円             青淵先生
  一金五円              同令夫人
  一金弐拾円             渋沢篤二君
  一金五円              同令夫人
  一金五円              穂積陳重君
  一金参円              同令夫人
  一金五円              阪谷芳郎君
  一金参円              同令夫人
  一金拾円              浅野総一郎君
  一金五円              谷敬三君
  一金五円              佐々木勇之助君
  一金五円              熊谷辰太郎君
  一金四円              渋沢市郎君令夫人
  一金参円              尾高惇忠君令夫人
  一金参円              穂積八束君
  一金参円              同令夫人
  一金参円              大川平三郎君
  一金弐円              同令夫人
  一金参円              田中栄八郎君
  一金弐円              同令夫人
  一金参円              福岡健良君
  一金弐円              同令夫人
 - 第26巻 p.197 -ページ画像 
  一金参円              皆川四郎君
  一金参円              清水満之助君
  一金参円              星野錫君
  一金参円              笹瀬元明君
  一金参円              鈴木徳次郎君
  一金弐円              蘆田順三郎君
  一金弐円              清水釘吉君
  一金弐円              原林之助君
  一金弐円              白石元次郎君《(白石元治郎君)》
  一金弐円              磯長得三君令夫人
  一金弐円              朝山義六君令夫人
  一金壱円              尾高幸五郎君令夫人
  一金壱円              渋沢信吉君
  一金壱円              大亦きく子君
  一菓子一箱             角田真平君令夫人
  一吃驚箱二十部           飯田旗郎君
の諸君にして、為に大に本会の盛大を致したるは深く感謝する所なり


竜門雑誌 第九一号・第一―二頁 明治二八年一二月 ○開会の辞(於秋季総集会)(社長渋沢篤二君新井田次郎速記)(DK260039k-0003)
第26巻 p.197 ページ画像

竜門雑誌  第九一号・第一―二頁 明治二八年一二月
    ○開会の辞 (於秋季総集会) (社長 渋沢篤二君 新井田次郎速記)
皆様、是より竜門社秋季総集会を開きます、今日は一時雨天のもやうになりましたが好い塩梅に晴れまして、皆様が斯く御大勢御来会下さいましたのは、誠に難有御礼申上けます、殊に今日は岡村先生・徳富先生其他諸先生方御来会下さいまして御演説下さることに成つて居りますから、どうぞ御緩りと御拝聴の程を希望致します、又例の通り演説が済みますと園遊会を開きまして、詰らぬ食事を差上げ、且つ余興と致しまして講談・落語・琵琶抔を御聴に入れます積りでございますから、どうぞ緩々と御寛きの程を希望致します、又例の如く有志の方方から物品或は金円を御寄附下さいまして此の盛会を致しまするのは社員一同に代りまして難有御礼を申上けます、先つ開会の口切りとして一言を申述ます(拍手)


竜門雑誌 第九五号・第一―四頁 明治二九年四月 ○竜門社秋季総集会に於て(青淵先生演説)(DK260039k-0004)
第26巻 p.197-199 ページ画像

竜門雑誌  第九五号・第一―四頁 明治二九年四月
    ○竜門社秋季総集会に於て (青淵先生 演説)
今日の竜門社総会に私にも一言申述べるやうにと云ふ幹事からの依頼でございましたが、時も段々後れて参りましたし、殊に岡村・徳富両君の如き大家先生の御演説もございまして、最早や私の蛇足を添へる要用もなからうと思ひます、併し此竜門社の会は私一身に甚だ関係の多い会でございまするから、所謂責任としても何か一言を申上げねば相成りますまいと思ひますから、成るべく手短い所を申上げまする所存です、先月から旅行しましたり、帰り早々雑事が大変纏ふて、今日此会のあると云ふことは聞きましたけれども思案をする遑がない、故に演説の材料に乏しい、何時も自分の申上げることは経済上に関係する商売・工業と申すやうなことのみで他の御話が出来ません、朝から
 - 第26巻 p.198 -ページ画像 
晩まで同じことをしやべつて居ると云ふ人間である、偖此戦争に勝つた後の日本の商売はどう進んで行くかと云ふと、即ち我々の頭に負担が最も重くなつて、我々が十分の働きをせねばならぬ、丁度徳富さんの先刻の御話の如く、勝つたと思つた戦争が思ひの外に負けると云ふふうになりはせぬかと云ふことを恐れる、今まで政治家が国を料理し軍人が戦つて勝つて呉れても、此向ふ我々が十分の働きをせぬと、三拍子物が揃はぬと云ふことになる、そこで私は此実業と云ふ文字に就て大変懸念をし起した、――懸念ではない、疑を生じた、何と云ふ訳であるか、段々字義のことに就ては、先刻尾高先生より種々の御話もあり、其他先生達もあらつしやることですから後とで緩々伺ひませうが、実業と云ふ文字は甚だ怪しからぬ文字である、是は二十三年頃から生れて来た文字で、実業――是に反対したら何と云ひますか、不実業と云ふこともある訳がない、虚業と云ふこともない、御役人をして居た人が、永年役人をしたが是から実業家になりたいといふ、然らば役人は実業ではないか、或は今まで教師をして居たけれども学者は嫌やだから、是から実業界に這入つて見たいといふ、そうすると学者も実業でないやうに思ふ、或は弁護士・法律家と云ふものも是から先きは実業の世の中であると言ふ、さうすると弁護士も実業家でないからしく思はれる、けれども実業の範囲と定義はどう云ふものであるかと云ふことは、尾高先生にも阪谷先生にも伺つて見ないが、実業と云ふ字の定義をどうかして定めたいと思ふですが甚だ苦しい、若し総て事に実際に当るから実業と云ふか、とすれば御役人様だと云ふてまさかに雲の上に座つて居ると云ふ訳でもない、我々と同様に椅子に腰を掛けて卓子を前にして、時々算盤を使ふ、さうすると銀行の頭取と些つとも違ひはしない、若し体躯を委ねると云ふことを実業と申しませうか、人力車夫か何でなければ実業家がなくなる、それでは実業の区域が窮窟になつて来る、そこで此実業の区域と云ふものに大に迷ふです左りながら単に実業と言ふて見ると、料理屋とか船宿・芝居・待合と云ふものも実業なりと云ひ得らるゝかの様にも思はれますが、之を実業と云ふのも工合が悪るい、で此実業の定義を極める事に付て、どうぞ諸君も十分御研究のあるやうにしたい、私も未だ指定めて実業の範囲は是程、実業の定義は斯様であると云ふことを、立派に申上げ得ることは出来ないが、試に此竜門社の諸君に向て所謂実業の範囲・定義を……申せば、渋沢は斯う考へる、即ち正経なる殖産的の業――大分区域が広くなります、先づ此実業の範囲区域を仮りにそれとして見ましたならば、即ち前に申す通り我々の負担か大変重くなる、是から先きの日本は、殆ど我々が其国力を充分に養成すると云ふことになるであらうと思ふ、実業家たる亦甚だ多望――斯う言はなければならぬと思ふのである、竜門社諸君は今申す定義範囲は未定にも致せ、実業家と云ふ種類がどうも多いと思ふ、稀れに少々は今云ふ疑ひの間に居る方も御出なさいませうけれども、既に其多数が此中に居ると云ふ以上は、即ち実業家の責務は前に申す通り甚だ重い、どうぞ其重いだけの責務を十分に尽して、徳富君の所謂小錦と、小錦と相撲を取つて勝つと云ふやうに是非致したいと思ふので、実業と云ふ文字に就ての疑を
 - 第26巻 p.199 -ページ画像 
一言質して、実業家の未来に期する所の重且大なることを、自らも信じ、諸君にも御注意を請ふのでございます、是で御免を蒙ります
                          (拍手)