デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

2部 社会公共事業

3章 道徳・宗教
5節 修養団体
1款 竜門社
■綱文

第26巻 p.199-202(DK260040k) ページ画像

明治29年4月19日(1896年)

是日栄一、当社第十六回春季総集会ニ出席シ「戦後ノ経済」ト題シテ演説ヲナス。


■資料

竜門雑誌 第九六号・第二四―二八頁 明治二九年五月 ○竜門社第十六回春季総集会の記(DK260040k-0001)
第26巻 p.199-200 ページ画像

竜門雑誌  第九六号・第二四―二八頁 明治二九年五月
    ○竜門社第十六回春季総集会の記
明治廿九年四月十九日午前九時より王子曖依村荘に於て竜門社春季総集会を開く、委員は例に依り予め諸般の準備をなし、尚当日は早朝より各処の装飾等をなす、此日春雨降りしきりたるにも拘はらす来会するもの極めて多く、社長及委員等は一々之を迎へて会場又は園中のあづまや等に設けたる憩所に案内せり、其重なる人々には青淵先生・同令夫人・同令息・令嬢・社長・令夫人・穂積陳重君・同令夫人・令息令嬢・阪谷芳郎君・同令夫人・令息・令嬢・穂積八束君・同令夫人・尾高惇忠君・橋本悌三郎君・浅野総一郎君令夫人・令息・谷敬三君・同令息・大川修三君・同令夫人・大川平三郎君令夫人・田中栄八郎君皆川四郎君令夫人・猿渡常安君・同令息・永田清三郎君・同令息・令嬢・原林之助君・青木直治君・新居良助君・布施藤平君・尾高幸五郎君・吉岡新五郎君・高根義人君・堀井卯之助君・斎藤峰三郎君等、来賓には稲垣満次郎君・飯田旗郎君・竹屋光富君・同令夫人・令嬢・成瀬隆蔵君・坪谷善四郎君・坂田英策君等にして、総計無慮二百八十余名なり、午前十時半頃より演説会を開き、渋沢社長(開会の辞)・阪谷芳郎君(将来の財政)・飯田旗郎君(能楽に就て)・堀井卯之助君(支那新開港場の周遊談)等順序に演説す、時将に午後一時に垂んとせしを以て、一時中止して例の支那料理を各員に饗す、午後二時再び開会し、稲垣満次郎君(対外商策及対外工策)・青淵先生(戦後の経済)等の講演あり、右終て園遊会を開く、雨を冒して庭に出るものは天ぷら・にこみ・すし・団子・菓子甘酒・ビール・正宗・煎茶等の各店に憩ひ、内に居るものは落語・講談・手品・軽術・音曲・手踊・茶番等の余興に楽しみ、充分の歓を尽して小笹に付けたる籠入の菓子を肩にし、思ひ思ひに帰路につきたるは実に五時半頃なりき
又本会の為金員物品を寄贈せられたる諸君は
  金五拾円              青淵先生
  金五円               同令夫人
  金二十円              渋沢篤二君
  金五円               渋沢篤二君令夫人
  金十円               浅野総一郎君
  金五円               穂積陳重君
  金三円               同令夫人
  金五円               阪谷芳郎君
 - 第26巻 p.200 -ページ画像 
  金三円               阪谷芳郎君令夫人
  金五円               谷敬三君
  金五円               佐々木勇之助君
  金五円               清水満之助君
  金五円               青木直治君
  金五円               新居良助君
  金三円               穂積八束君
  金三円               同令夫人
  金三円               尾高惇忠君令夫人
  金三円               大川平三郎君
  金二円               同令夫人
  金三円               田中栄八郎君
  金二円               同令夫人
  金三円               福岡健良君
  金二円               同令夫人
  金三円               皆川四郎君
  金三円               笹瀬元明君
  金三円               清水釘吉君
  金三円               星野錫君
  金三円               竹田政智君
  金二円               猿渡常安君
  金二円               白石元次郎君《(白石元治郎君)》
  金二円               本山七郎兵衛君
  金二円               鈴木徳次郎君
  金二円               原林之助君
  金二円               渋沢市郎君令夫人
  金二円               磯長得三君令夫人
  金二円               朝山義六君令夫人
  金一円               尾高幸五郎君令夫人
  金一円               渋沢信吉君
  ビール二ダース           三沢盛一君
  ビール一ダース          第十九国立銀行支店内本会員
  この御寄贈あり、依て以て本会の盛大を致したるは深く感謝する所なり


竜門雑誌 第一〇〇号・第一―七頁 明治二九年九月 ○竜門社総集会に於て(青淵先生演説新井田次郎速記)(DK260040k-0002)
第26巻 p.200-202 ページ画像

竜門雑誌  第一〇〇号・第一―七頁 明治二九年九月
    ○竜門社総集会に於て (青淵先生 演説 新井田次郎 速記)
段々皆様の御演説がございまして、殊に唯今稲垣君は私共とは御宗旨違の方ではありますが、日本をして海外列国にまで商工業の仲間入をせしむるには斯る方針を執らねばなるまいと云ふ要点を御説き下さいましてございます、又其前席に阪谷氏が戦後の経済、即ち将来の経済社会の方針を御説きになりましたから、もう経済に就ては殆んと余蘊なく、皆様の御説で尽きて居りますけれども、どうも悲い哉、私は予て御話申す通り経済と云ふことの外、変つたことを申上けることが出
 - 第26巻 p.201 -ページ画像 
来ませぬから、我が持前を申上けます、丁度阪谷氏の将来の経済と同しやうなる趣意に就いて自分の意見を一言述べ置きます
日本の商工業が二十年の間に大に進んで来たと云ふことは、此間も英吉利のスペンサー伯に対して、私は種々なる例を調へて申しました、実に進んで居るに相違ない、是は日本の政事家が商工業の繁盛を希望されて、政治上相当なる保護を与へられたからでもありませう、併し商売社会自身も孜々勉励した効でもありませうが、其中には又偶然に僥倖を得たと云ふ部分もあつたかと思はれます、何に致せ、大に進んだには違ひない、併し此二十年の間の進み方と云ふものは、仮令非常に進んだと云ふものゝ、詰り相当の順序を逐ふての進みであるが、偖て明治廿九年以後即ち此未来の経済と云ふものは、俄然として大に進まねばならぬと云ふ責任を生した、喜びと云ふ方から言ふと嬉しいが心配だと云ふ点から言ふと、殆と寝ても寝付かれないほどであると思ふ、如何となれば今日までの二十年間斯く順を逐ふて進んで来た商工業が、若し此所で余り過度なる進歩を望んて、万一にも一歩誤ると云ふことがあつて一頓挫を来したならば、日本の不幸幾許りでありませうか、元来私は今日の経済の発達に就ては政府は最う少し力を緩にするやうにありたいと希望するのである、今阪谷氏は政府施政の概要を説かれまして、紙幣の流通高はどの位を程度として宜からう、是に対する準備金はどれ程あつたら宜からう、又軍備拡張其他の諸設備に就ては莫大の金を要するに依て、余儀なく三千何百万円の必要が生したから、営業税其他の税則も設けられたけれとも、是は今日の商売社会に対しても又は一般の人民に対しても、決して是迄の進みを阻碍せしむるやうなことはあるまいと思ふ、而己ならず一方には航海奨励法の如き、棉花輸入税免除の如き、商工業培養的の法律を設けられてあるから、決して苦みはなく却つて進めるであらうと、斯う申されましたが、如何にもそれは其通り堪へられぬとは言はない、けれども静かに考へて見ると或は一足飛びと云ふ嫌がある、急激なる原動力の為めに急激なる変化を生するの恐れがある、想ふに是迄の商工業が二十年間順善く進んだとは云ひながら、商工業自身の進みではなく政治から誘はれて進んだと云ふことは争はれぬ事実である、故に今日の我商工業には所謂不覊独立と云ふ気力が少ない、兎角に政治の御供をして居るやうな嫌がある、商売人が政事家の次に着くからそれが残念だと申すのではない、国として真に隆盛の運に達すると云ふのは、大に商工業が拡張したる有様を云ふのである、故に政治は常に其商工業の拡張を助くるが要旨ではあるまいかと思ふ、建国の原理は、政事家がありて軍人がありて、商工業者は之を養ふためにあると云ふのではない、商工業者があつて、それを保護する為に政事家も軍人も要ると云いたい然るに今までの商工業の進みは政治に誘はれたのだからして、今日の進歩も亦其姿がある、支那と戦争をした結果、軍備を拡張せねばならぬから金が必要で租税を増すと云ふ趣意のみで余り急進に過るときは若しも一歩を誤ると大なる害を惹起して、褒め損ひになりはせぬかと云ふ懸念があるのです、或は説を為す者は、私が今斯う申すどころではない、大にそれを憂へて、甚しきは此末兌換紙幣に差を生するまで
 - 第26巻 p.202 -ページ画像 
に至りはせぬか、今日の商工業者はまるで狂奔して居る有様である、今企てゝある鉄道或は工業は此姿で進み行くならば中途で蹉跌して百事廃止となりはせぬか、丁度明治十二・三年不換紙幣増発の頃紙幣下落・銀貨騰貴・諸物価沸騰の大騒ぎをやつたやうな有様にまでなりはせぬかと恐れて居る人もある、現に其証拠は此明治二十九年の三ケ月間の貿易は殆ど七・八百万円輸入が勝て輸出が負けて居る、是から先き紙幣が増すに従つて段々物の価が高くなる、そうして国に貨幣が殖えるから起業熱が無暗に進んで、其殖えた貨幣をして尚ほ多からしむる丈けの働をする、物価が高くなれば品物は他国から這入ると云ふことは勢の免るべからざるものだ、それ故に遂に前に申すやうな不幸を見ぬとも言はれぬ、言はれぬどころでない、其不幸が見へつゝあると云ふ説を為す者もありますが私はさうは思はない、今日に成立つ鉄道なり、或は其他の事業なり、段々企てるに随て成立つと云ふが如き姿にのみ行きましたならば、玉石を混淆して其間に大なる間違を惹起すものもあるであらう、其間違を惹起すの結果は、去る二十四年の如き有様の一層も二層も強いことが来ると云ふことは、随分懸念せねばならぬかと考へる、故に今日に於ての経済社会は喜ぶべきものも大にある、喜ぶべきものあると同時に、甚だ憂ふべきものがある、どうぞ願くは我々竜門社諸君は多くは工業・商業に従事する御人でありますから、此時の勢に迷はされることなく、其事業に就いては世の進みと云ふものに対して時機を取遁さぬやうにして熱に浮されると云ふことを防き、事実為し得らるゝ仕事に就いて其宜きを制して行くと云ふことに心を用ひられたいと思ひます、回顧すれば昨年の竜門社の総会て戦捷後の経済が如何相成るだらうかと云ふ問題にて、独逸の七十一年にクンヘルゲルと云ふ人、シヨトベールと云ふ人達が独逸の戦争に勝つた結果、無暗に興業熱が進んで貨幣が余計になつて物価が騰貴した、其行末は商売上仏蘭西に負けて取つた償金の半分は取戻された、又各会社の株式は斯る価格まで引上つた、なれとも遂に下落したと云ふ、詳細なる計算を以て種々弁論された書物を見て、向後日本が此の境遇に瀕して来はせぬかと思ふて、未来の経済社会は十分注意すへき時節である、と云ふことを諸君にも予告して、此二学者の論説、即ち農商務省で反訳されたものを朗読致したことがございまする、丁度一年を過きました今日の勢は、前にも申述べます如く大に喜ぶべき中に大に慎まねばならぬ点があらうと考へる、併し今日は国の歳出入予算に至つては仮令私等が度を過ぎると思ふても、既に定つたことで所謂論ずべき点ではございませぬ、国の商工業が後れ馳せにも政治なり軍備なりの進みに勝るとも劣らぬ丈にして行かなければ、権衡を誤ると云ふ恐れがある、然る上は我々の責任も亦一層の重みが増したと覚悟しなければならない、其量見で私も老ひたりと雖も務める所存でございますから、竜門社諸君もどうか一層の御注意、一段の御勉励を請ひます之を一場の演説と致します(大喝采)