デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

2部 社会公共事業

3章 道徳・宗教
5節 修養団体
1款 竜門社
■綱文

第26巻 p.248-252(DK260049k) ページ画像

明治33年2月13日(1900年)

是ヨリ先、兼ネテ編纂中ナリシ「青淵先生六十年
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史」稿成リ、且去ル一月中印刷製本モ完了セルヲ以テ、是日栄一、阪谷編纂委員長及ビ幹事八名ヨリ正本ヲ贈ラル。


■資料

渋沢栄一 日記 明治三三年(DK260049k-0001)
第26巻 p.249 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治三三年    (渋沢子爵家所蔵)
二月十三日 曇
○上略 此日ハ余カ六十有一年ノ誕辰日ナルヲ以テ、曾テ竜門社ニ於テ計画アリシ六十年史脱稿刊行セシヲ以テ、社ノ委員諸氏(阪谷芳郎・斎藤峰三郎・八十島親徳・伊藤登喜蔵《(伊藤登喜造)》・原簡了《(原簡亮)》・松平隼太郎等ノ諸氏)来リテ、余《(マヽ)》ヲ歴史ノ正本ヲ送致セラル、依テ一同ト共ニ会食シテ、数多ノ往事ヲ話ス
○下略


竜門雑誌 第一四一号・第三三頁 明治三三年二月 ○青淵先生六十年史捧呈式(DK260049k-0002)
第26巻 p.249 ページ画像

竜門雑誌  第一四一号・第三三頁 明治三三年二月
○青淵先生六十年史捧呈式 青淵先生の還暦を祝する為め、一昨年来本社に於て編纂中の「青淵先生六十年史」は、予期の如く去る一月中全部印刷製本を了へたるを以て、本月十三日青淵先生第六十一回御誕辰の紀念日を以て仮捧呈式を挙行せり
右捧呈式は、兼て総会を開き、厳粛なる式場に於てするの予期なりしも、時恰も渋沢社長洋行中に係るを以て、本式は追て社長帰朝の後に譲ることゝし、当日は午後五時社長代理にして当六十年史編纂委員長なる阪谷芳郎君を首め、幹事斎藤・八十島・石井・松平・伊藤・仲田野口及ひ原の八君、兜町邸に参集し、青淵先生に謁して阪谷君より之を捧呈し、且つ本社に於て此挙をなせし趣旨を述べ、自ら不肖を顧みず社員の推選に依り、編纂の任に当り、其文章字句の不鍛錬・材料の不備脱漏等は自ら顧みて赧顔の至にして、敢て先生六十年間真正完備の歴史とするに足らずと雖も、敢て過褒溢美を主とせず、以て先生既往の実践と近世実業発達との関係を、有りの儘に記述して事実を失はざるに勉めたる精神を酌み、以て社員真摯の精神を嘉納せられんことを乞ふの旨を陳べらる、先生は之に対して、社員這般の挙は予の最も歓喜する所、謹で感謝の意を表して之を授受すとの謝辞を述べられ、之にて式を終り、一同に晩餐を供せられ、且、商工会の時事及吾人社中の此際に守るべき心得向等に就き数時間懇話せられ、和気藹々の裏に散会せしは九時半なりき


(八十島親徳) 日記 明治三三年(DK260049k-0003)
第26巻 p.249-250 ページ画像

(八十島親徳) 日記  明治三三年    (八十島親義氏所蔵)
二月十日 晴 暖
○上略
青淵先生六十年史印刷出来ス
   ○中略。
二月十三日 晴
九時出勤
本日ハ青淵先生第六十一回ノ御誕辰ニシテ、即チ満六十歳還暦ノ当日也、兼テ竜門社ノ事業トシテ阪谷氏ニ於テ編纂セラレタル青淵先生六
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十年史印刷出来(全部二巻二千二百頁)ニ付、特別上製桐箱入、本日ノ紀念日ヲ以テ先生ヘ奉呈スル事トシ、目下社長海外不在中ニ付仮リ式ニ留メ、阪谷社長代理ト、及ヒ幹事在京者、即チ斎藤・石井・松平仲田・原・伊藤及予ニ於テ午後五時兜町邸ニ集合シ、応接室ニ先生ノ出坐ヲ乞ヒ、一同列席、阪谷氏其趣旨ヲ述ヘテ之ヲ先生ニ捧呈セラレ先生ノ謝辞アリ、終テ一同ト閑話セラレ、且食堂ニ於テ一同ニ酒食ヲ賜ハリ、了テ又応接室ニテ九時頃迄緩話セラレ、種々有益ナル談話ヲ拝聴ス、所謂近時道義頽廃ニ付、其人心・世道ノ維持ノ方法ニ就キ、穂積博士ノ意見或ハ御自説ヲ曳キ、殊ニ我々社員ハ最此点ニ付注意ヲ要ストテ、西内文孚ト浅野氏ト石炭売買(元直云々)ニ付衝突和解ノ事、又舟曳学士ノ商人道徳不用説ヲ折破セラレタル事ニ付快話アリ、実ニ近来ニナキ有益ノ思ヲナセリ
六十年史ハ千五百部ヲ印刷ス、内凡六百部ハ社員中予約申込者ニ実価二円ニテ頒チ、四百部ハ無代価寄贈及保存ニ供シ、残五百部ハ博文館ヲシテ弘ク世間ニ売却セシムル積リナリ
○下略


青淵先生六十年史 竜門社編 第一巻・序文凡例 明治三三年二月刊(DK260049k-0004)
第26巻 p.250-252 ページ画像

青淵先生六十年史 竜門社編  第一巻・序文凡例 明治三三年二月刊
    序
本書ハ余カ竜門社員ノ委嘱ニ依リ編纂セルモノニシテ、名ツケテ「青淵先生六十年史」一名「近世実業発達史」ト云フ、青淵トハ渋沢栄一翁ノ雅号ナリ、本書記スル所ハ先生ノ既往六十年間ノ歴史ニシテ、而シテ先生ノ歴史ハ近世本邦六十年間実業発達ノ歴史ト全ク密着シテ離ルヘカラス、先生ノ歴史ハ即チ近世実業発達史ナリ、近世実業発達史ハ即チ先生ノ歴史ナリ
竜門社ハ、青淵先生ノ家門ニ出入シ、若クハ先生ノ監督セル銀行・会社其他ノ事業ニ直接・間接ニ関係ヲ有シ、其薫陶ヲ受ケタル者ノ集団ニシテ、其目的ハ互ニ親睦ヲ厚ウシ、商工業家ノ気風ヲ高尚ニシテ、実業ニ関スル学術ヲ攻究スルニアリ、月次雑誌ヲ刊行シ、演説会ヲ開ケリ、明治三十年十二月竜門社ハ本書ノ編纂ニ関シテ左ノ趣意書ヲ頒布シタリ
○中略
本書編纂委員長トシテ余ハ頗ル不適任ノ点ヲ有セリ、第一ニ余ハ甚タ多忙ニシテ編纂家ニ必要ナル閑静ノ時間ヲ有セス、第二ニ余ハ巨腕快筆ノ文章家ニアラス、此二ツノ欠点ハ青淵先生ノ如キ大人物ノ歴史ヲ記述スルニ就テ、最モ強ク感スル所ナリ、然シナカラ竜門社幹事会ニ於テ先生ノ還暦ヲ祝スル方法如何ノ問題出テタルトキ、余ハ幹事諸氏ニ向テ切ニ華美豪奢ヲ競フ所ノ世間流行ノ俗風ヲ避ケ、先生ノ性質・思想ニ最モ適シタル方法ヲ採択セサルヘカラス、其方法トシテ本書ノ編纂ハ最モ適当セル旨ヲ勧告・建議シテ、満場一致ノ賛成ヲ得タルコト、及余ハ余ノ専門学業トシテ本史ニ載スル如キ財政及経済上ノ問題材料ノ研究ヲ最モ熱心ニ好メルコトハ、余ヲシテ終ニ竜門社員ノ推選ヲ辞スルコト能ハサラシメタリ
実際ニ本書ノ編纂ニ着手スルニ及テ種々ノ困難出タリ、第一ニ余ハ最
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初自身ニ想像シタルヨリモ多忙ニシテ、執筆ノ時間実ニ僅少ナリ、第二ニ最初得ルニ易シト信シタル材料ハ容易ニ集マラサルニ、予定ノ時期ハ既ニ経過セントセリ、故ニ満足ニ余カ責任ヲ尽サンコトハ甚タ望ミ難キモノトナレリ、然シナカラ一旦担任シタル事業ヲ中止シテ竜門社ノ決議ヲ無ニスルハ誠ニ忍ヒサルコトナルヲ以テ、時間ノ許ス限リ材料ノ集マル限リノ範囲内ニ於テ、全力ヲ注テ編纂ニ従事セリ、本書文章字句ノ不鍛錬・材料ノ不備・脱漏其他ノ点ニ於テ読者ノ非難アルハ、余ノ素ヨリ甘受スル所ナリ
心身共ニ比類ナク強健ニシテ、現在容貌ト云ヒ、思想ト云ヒ、壮者モ及ハサル先生ノ歴史ニ於テ、六十年ハ蓋シ其一小部分ナリト断言スルヲ得ヘシ、天然ニ無比ノ脳力ト健康トヲ享有シ、之ニ年一年ニ経験ト信用トヲ積重シツヽアル人物ハ、将来如何ナル大材料ヲ其歴史ニ留ムルヤ、殆ト無尽ニシテ臆測シ能ハサルナリ、故ニ本書ハ他日先生ノ大歴史編纂ノ挙アルニ及テ、参考材料ノ一ニ供スルヲ得ハ、編纂ノ目的ハ充分達シタルト云フヘシ
  明治三十三年二月
       正五位勲三等法学博士文学士 阪谷芳郎識
    凡例
一本史編纂成ルノ上ハ、青淵先生ノ一閲ヲ乞ヒ、事実ノ誤謬ラ正サンコトヲ期セリ、然ルニ先生ハ多忙ニシテ、寸暇ヲ伺ヒ質問スルコトスラ容易ナラス、而シテ一方印刷ノ時期ハ切迫スルアリ、止ムコトヲ得ス編纂ノ成ルニ随テ印刷ニ付シタリ、万一事実ヲ誤ルコトアルモ、読者累ヲ先生ニ及ホスコト勿レ
一本史編纂ニ付テ材料ヲ供給シ、其他種々ノ助力ヲ与ヘラレタル諸君左ノ如シ、特ニ掲記シテ謝意ヲ表ス(姓名いろは順)
 伊藤半次郎  伊藤伝七    井上金次郎   石井健吾
 萩原源太郎  長谷井千代松  西村勝三    堀越善重郎
 穂積陳重   穂積歌子    戸塚武三    土肥脩策
 尾高幸五郎  尾高惇忠    大川英太郎   大川平三郎
 大沢正道   門多顕敏    桂彦次郎    書上順四郎
 吉岡新五郎  谷敬三     田中栄八郎   竹田政智
 名子新七   梅浦精一    植村澄三郎   八十島親徳
 山田昌邦   山中譲三    山辺丈夫    八巻道成
 松川喜代美  松平隼太郎   古川市兵衛[古河市兵衛]   福岡健良
 布施藤平   浅野総一郎   青木孝     安達憲忠
 新井幸吉   斎藤峰三郎   佐々木勇之助  笹瀬元明
 阪倉清四郎  阪谷琴子    北村久義    木村一是
 芝崎確次郎  渋沢市郎    渋沢貞     渋沢喜作
 渋沢篤二   渋沢元治    清水泰吉    広沢安宅
 諸井恒平   須永伝蔵    鈴木恒
一本史ノ印刷ニ付テハ、東京印刷株式会社ノ専務取締役星野錫君・同社員長谷川正直君、其他諸氏特別ノ好意ヲ以テ尽力セラレタリ、此ニ記シテ謝意ヲ表ス
  明治三十三年二月             編纂者識
 - 第26巻 p.252 -ページ画像 
   ○「青淵先生六十年史」ハ明治三十三年六月再版トナル。


竜門雑誌 第一四一号・第三五頁 明治三三年二月 ○六十年史の発送(DK260049k-0005)
第26巻 p.252 ページ画像

竜門雑誌  第一四一号・第三五頁 明治三三年二月
○六十年史の発送 別項に記するか如く、一昨年来編纂に着手せし青淵先生六十年史は、爾来阪谷委員長の一方ならざる勉励に依り此程全く出来したるを以て、去る十三日捧呈式を了りたると同時に、兼て予約申込の社員諸君に通知し、其印刷実費(弐円)と引換に現に交付しつゝあり



〔参考〕(八十島親徳) 日録 明治三二年(DK260049k-0006)
第26巻 p.252 ページ画像

(八十島親徳) 日録  明治三二年    (八十島親義氏所蔵)
十二月九日 晴
○上略 又竜門社六十年史千五百部印刷(来年二月発刊ノ筈)ノ内五百部売捌方相談ノ為大橋新太郎氏ヲ其自宅ニ訪ヒタリ
○下略
十二月十二日 晴
○上略
出勤中午後一時大蔵省ニ阪谷芳郎氏ヲ訪ヒ竜門社六十年史余部博文館ヘ売渡の件、編集実費寄付金取扱の件等を協議す
○下略



〔参考〕竜門雑誌 第一四六号・第五五頁 明治三三年七月 ○六十年史編纂費の寄附(DK260049k-0007)
第26巻 p.252 ページ画像

竜門雑誌  第一四六号・第五五頁 明治三三年七月
    ○六十年史編纂費の寄附
曩に竜門社総会の席上に於て、青淵先生に捧呈せし六十年史編纂の為めに金員を寄附せられたるは左の諸氏なれば、今玆に其厚意を陳謝す
  一金五百円            穂積陳重君
  一金五百円            阪谷芳郎君
  一金参拾円            清水満之助君
  一金弐拾円            清水釘吉君
  一金弐拾円            柿沼谷蔵君
  一金拾五円            原林之助君
  一金拾五円            高野岩三郎君
  一金拾円             松井吉太郎君