デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2021.9.1

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

2部 社会公共事業

3章 道徳・宗教
5節 修養団体
1款 竜門社
■綱文

第26巻 p.339-345(DK260061k) ページ画像

明治37年11月23日(1904年)

是日、日本橋倶楽部ニ於テ、栄一ノ病気全快祝賀ヲ兼ネテ当社第三十三回秋季総集会開カル。栄一之ニ出席シ挨拶ヲナス。


■資料

竜門雑誌 第一九八号・第四六頁 明治三七年一一月 【本社第卅三回秋季総集…】(DK260061k-0001)
第26巻 p.339-340 ページ画像

竜門雑誌  第一九八号・第四六頁 明治三七年一一月
○本社第卅三回秋季総集会 は青淵先生の御病気御全快の祝賀を兼ねて本月二十三日午前九時より日本橋区浜町日本橋倶楽部に開会せられたり、当日は青淵先生御一族を始め、阪谷・穂積両博士以下社員四百名出席し非常の盛会を極めたり、今其概況を記せんに、先づ渋沢社長開会の辞を述べられ、之に尋て島田三郎氏社員一同を代表し青淵先生
 - 第26巻 p.340 -ページ画像 
の病気御全快の祝賀演説あり、之に向て先生の挨拶あり、引続て高木兼寛氏の衛生及衣食住改良談、穂積博士の米国渡航談等あり、之にて式を終り各員思ひ思ひに午餐を為し、其後の余興として貞水の戦地視察談、円遊得意の講談等あり、衆皆十二分の歓を尽して午後四時散会せり、演説筆記及出席者の芳名等は次号に詳記せん


竜門雑誌 第一九九号・第四四―四五頁 明治三七年一二月 ○本社第卅三回総集会に於ける社長の開会辞(DK260061k-0002)
第26巻 p.340-344 ページ画像

竜門雑誌  第一九九号・第四四―四五頁 明治三七年一二月
○本社第卅三回総集会に於ける社長の開会辞 去十一月二十三日、日本橋倶楽部に開会せし本社第三十三回秋季総集会席上に於て、渋沢社長の述へられたる開会の辞を掲くれば左の如し
    開会の辞              渋沢篤二
 諸君、之より第三十三回の総会を開きます、デ本日は諸君も御承知下さる通り、青淵先生の御病気も高木博士始め諸先生方の御尽力によつて此程御全快になりましたにより、其祝賀を兼て開会致す事に致しました、ドーゾ左様御承知を願ひます、ソコデ諸君も御記臆下たさることゝ存しますが、此の春季総集会も矢張り此所で開きましたが、其時は天気も悪るく、且つ前に申上た先生の御発病の当時で御座ひましたにより、凡てか何んとなく陰気で不愉快に会を閉した事て御座ひましたが、今日は全く万事が回復致した訳で、少々寒くは御座ひますが天気もよく、先生も御覧の通り至極御元気にて御出席下たさいますし、諸君も御多忙の所を御繰合下たすつてかく多数御来会下されました事は、実に愉快な次第て有難く御礼を申し述べます、ソレデ本日は前々より願つて置きました高木先生が御出席下たさいまして、通俗衛生談と云ふ、我々に最も直接有益なる御演説が愈々御座りますから、左様御承知を願ひます、元来高木博士には此の春御願を致し、御承諾も得て楽みに致して居りました処、青淵先生の御病気一件で凡てが予期に反し誠に残念に存しましたが、今日こそは緩つくり伺える事に相成りまして誠に喜はしく存します、どうぞ諸君も其積りで御謹聴あらんことを希望致します
 尚夫れに、之より島田先生が青淵先生の為めに祝詞を御述べ下たさる筈で、夫れから先生の之に対する御挨拶か御座ひまして、これにて先つ目出度く祝賀の式も相済み、夫れより穂積博士の米国に就ての御話が御座ひまして、最後に高木博士の御演説で、夫れが済みますと例により粗末な御弁当を差上けますが、不相変時節柄と云ふ所で万事を相略しましたから、一層御粗末な事と存しますがどうぞ悪しからず御承引を願ひます
 さて夫れから、本社に於て其後生じましたる諸般の要件及び収支計算等を一々こゝで御報告致す可き筈で御座いますが、時間も追々切迫致しますゆえ極く重もなる一二を申上げ、他は相略しますからどうぞ雑誌に於いて御覧を願ひます
 ソコデ今申した御報告いたしまする事柄の一ツは、特別社員藤井洪一君より金二百円基本金の内へ御寄附下たさいましたにより、謹て之を受領致しまして、従来より御座います基本金の内へ組み入れましたから左様御承知を願ひます
 - 第26巻 p.341 -ページ画像 
 又本社員にて、此千古未曾有の大戦役に参加せられて金鵄勲章を頂かれたる名誉ある御方も一二御座ひまして、之を御報告致す私も、亦以て大に栄誉の至りと存しますが、然し同時に又最も悲むべき御報告をも併せて致さねばならぬ次第で御座います、それは先つ第一に陸軍歩兵中尉吉田盛三郎君で、同君には従来盤竜山其他に抜群の功を樹てられたる後、更に十月廿七日二竜山の攻撃に奮戦せられて遂に天晴名誉の戦死を遂けられ、同少尉鈴木清彦君、之は御承知の第一銀行本店員で、同君にも九月廿日水師営附近の戦争に抜群の手柄を顕はされましたが、同時に名誉の戦死を遂げられまして、両君共名誉ある金鵄勲章を授けられました、尚清水少尉即ち清水一雄君で、同君には九月十八日水師営の激戦に於て御働きの内名誉の負傷を受けられ、只今御帰朝の上専ら静養せられて居られますが、ど―ぞ一日も早く御全快の事を邦家の為めに祈る次第で御座ひ升、デかよ―に外にあつては直接戦闘に参加して働かれますし、内に在つては即ち諸君が御尽力になりますから此の戦争も遠からず勝利に勝利を重ねて終局を見る事と存しますが、夫れにつけても身体を強固にし、益々以て神州男児の特質を発輝する必要が此際最もあると存しますから、ど―ぞ高木博士の御演説を御謹聴になつて、同時に御実行あらんことを切望致します、先つ開会に就て一寸一言申上げます
○本社第三十三回総集会来会者及金品寄贈者 本社第三十三回秋季総集会の景況は之を前号に記したるが、尚ほ当日来会せられたる諸氏の芳名を追報すれば左の如し
 青淵先生    同令夫人    渋沢社長
 穂積博士    同令夫人    阪谷博士
 同令夫人    高木博士
   社員(出席順)
 渋沢長康    井田善之助   増田亀四郎
 若月良三    上田彦次郎   松平隼太郎
 青木昇     木村清和    斎藤峰三郎
 中野次郎    林新右衛門   広瀬市太郎
 仲田正雄    伊藤信郎    萩原久徴
 加藤清二    大塚正保    佐々木和亮
 佐々木哲亮   成瀬隆蔵    小倉直
 原簡亮     広瀬市三郎   村井義寛
 矢木久太郎   肥田英一    橋本悌三郎
 杉浦道弘    東郷一気    高島経三郎
 平沢道次    堀江善吉    元山松蔵
 松本操     武沢与四郎   松永米次郎
 山内春雄    西田音吉    高橋金四郎
 青山利恭    仁瓶茂     植村澄三郎
 磯野幸太郎   佐藤晴次郎   八十島親徳
 北脇友吉    大木為次郎   伊藤半次郎
 本田竜二    前田青莎    石井健吾
 亀島豊治    津村甚之助   和田格太郎
 - 第26巻 p.342 -ページ画像 
 長谷井千代松  大橋新太郎   生方裕之
 鈴木源次    小林徳太郎   山崎栄之助
 伊藤伝七    山岡小三郎   早乙女昱太郎
 弘岡幸作    寺井栄次郎   小林銓之助
 高橋波太郎   梅浦精一    柳熊吉
 金沢弘     山村米次郎   木村弘蔵
 服部己吉    藤井栄     小林武彦
 明楽辰吉    高村万之助   島田三郎
 沼崎彦太郎   鈴木重臣    渡辺清蔵
 豊泉為吉    斎藤艮八    新居良助
 高田利吉    浅野総一郎   同夫人
 中沢億三郎   田中一馬    尾川友輔
 斎藤孝一    坂本鉄之助   金井延
 堀口貞     鈴木富次郎   松村秀次郎
 斎藤又吉    石川金之助   長谷川義方
 田口竹蔵    宮谷直人    目賀田右仲
 林興子     大須賀八郎   飯島幸太郎
 戸田宇八    堀越善重郎   長谷川潔
 藤崎金太郎   相田懋     八木安太郎
 八木仙吉    宇野武     村木善太郎
 鶴岡伊作    椙山貞一    土山武質
 八木荘九郎   板野吉太郎   湯浅徳次郎
 佐々木積    近藤鉱之助   堀井卯之助
 小熊又雄    穂積重遠    岩崎寅作
 阿部吾市    安藤鍫     阪谷希一
 阪谷俊作    長谷川正直   脇谷寛
 荻原源太郎   岸田恭譲    小沢泰明
 山中善平    崎見悦三    続木庄之助
 藤木男稍    田中七五郎   曾和嘉一郎
 吉岡新五郎   浦田治郎    伊藤新策
 長田貞吉    仲田勝太郎   中沢彦太郎
 長谷川粂蔵   鈴木亀太郎   熊沢秀太郎
 高橋毅     河野通吉    島田延太郎
 山口荘吉    伊藤登喜造   西内青藍
 林保吉     塚井宗一    猿渡栄二
 田中元三郎   本多静六    山崎直次
 赤羽克己    阿南次郎    森茂哉
 横山徳次郎   石井録三郎   諸井時三郎
 平井伝吉    松園忠雄    赤木惇一郎
 池田嘉吉    長谷川武司   鈴木正寿
 渋沢秀雄    塘茂太郎    金子四郎
 安達憲忠    高橋俊太郎   諸井恒平
 湯川益太郎   清水錬     植村金吾
 松島金之助   山際杢助    内山吉五郎
 - 第26巻 p.343 -ページ画像 
 小林義雄    島田房太郎   川口一
 木戸有直    久保幾次郎   大畑敏太郎
 横田半七    青木直治    渋沢愛子
 川村徳行    田中繁定    井上公二
 清水泰吉    松井方利    唐崎泰介
 大西順三    川村桃吾    藤浦富太郎
 渋沢作太郎   中野武営    桃井可雄
 大塚磐五郎   桜田助作    戸塚武三
 永田富十郎   中村啓     恩地伊太郎
 沼間敏郎    倉本敬次    福島甲子三
 江口百太郎   大庭景陽    植安市
 堀田金四郎   吉岡仁助    小林武之助
 天野勝彦    笹山意平    鈴木恒吉
 野口半之助   鳥羽幸太郎   関直之
 小山勝三郎   西脇長太郎   御崎教一
 山田喜之助   大川平三郎   村田五郎
 渋沢敬三    同信雄     同智雄
 和田豊基    青田敏     岩田幸次郎
 加藤万四郎   渋沢治太郎   長尾吉平
 塩川誠一郎   高橋信重    千葉重太郎
 木本倉二    上原豊吉    樋口恭次
 角田真平    横田晴一    小泉国次郎
 西田敬止    田中楳吉    太田資順
 笠原与二郎   西谷常太郎   石井与四郎
 粟生寿一郎   関口儀助    土橋恒司
 和田巳之助   河井芳太郎   岡本亀太郎
 山中譲三    伊東祐穀    成瀬仁蔵
 吉田久弥    荒木民三郎   石川道正
 遠藤正朝    大熊篤太郎   田口卯吉
 森島新造    田中太郎    中村光吉
 村瀬貞吉    新原敏三    簗田𨥆次郎
 木村喜三郎   松本幾次郎   鈴木金平
 倉田竹次郎   家城広助    玉江素義
 須田武雄    土肥脩衛    関屋祐之助
 早速鎮蔵    松村修一郎   成田喜次
 森下岩楠    原林之助    阿部久三郎
 松川喜代美   一森彦楠    田中栄八郎夫人
 山県近吉    伊藤正     箕輪剛
 水野克譲    斎藤章達    佐藤伝吾
 大河内政一   柏原与次郎   石田豊太郎
 尾高次郎    倉沢粂田    鈴木清蔵
 友田政五郎   石井健策    木村新之助
 神谷岩次郎   古田鎮三    藤村義苗
 芝崎確次郎   織田国子    八十島親徳令嬢
 - 第26巻 p.344 -ページ画像 
 浦田治平    星野錫     南貞助
 吉田国政    金谷藤次郎   上野政雄
 村山革太郎   浅見録三
尚ほ当日の総集会に金品を寄贈せられたるは左の諸氏にして玆に録して深く其厚意を謝す
  金参百円              青淵先生
  金七円               同令夫人
  金弐拾円              渋沢篤二君
  金五円               同令夫人
  金五円               穂積陳重君
  金参円               同令夫人
  金五円               阪谷芳郎君
  金参円               同令夫人
  金五拾円              西村勝三君
  金拾円               浅野総一郎君
  金拾円               伊藤伝七君
  金拾円               大橋新太郎君
  金拾円               大川平三郎君
  金拾円               田中栄八郎君
  金五円               金井延君
  金五円               成瀬隆蔵君
  金五円               山中譲三君
  金五円               阿部吾市君
  金五円               岡本儀兵衛君
  金五円               寺井栄次郎君
  金参円               湯浅徳次郎君
  金参円               堀田金四郎君
  金参円               鈴木金平君
  麦酒店一ケ所            札幌麦酒株式会社


(八十島親徳) 日録 明治三七年(DK260061k-0003)
第26巻 p.344-345 ページ画像

(八十島親徳) 日録  明治三七年   (八十島親義氏所蔵)
十一月二十三日 曇 新嘗祭
本日ハ竜門社惣会ニシテ、青淵先生御大患御全癒ノ祝賀ヲ兼ヌルノ会合也、予モ幹事トシテ早朝ヨリ会場日本橋クラブニ赴ク、来会者三百八十六人、楼上ノ式場ハ人ニテ溢ル、社長開会ノ辞(社員戦死者ノ追悼ヲモ陳ブ)ニ引続キ、島田三郎氏客員トシテ、青淵先生ノ自己中心ニ非スシテ、社会ノ利益ト自己ノ独立トヲ調和シ乍ラ、我実業界ノ指導者トシテ又タ模範者トシテ、卅又余年間尽力セラルヽ恩人ナル事ヲ説キテ、社会ノ為ニ其病気全癒ヲ祝シ、次ニ青淵先生ハ謝辞ヲ陳ヘ、大患中稍人生・死生ノ間ニ自若タルノ真理ヲ半バ解セラレタル事、及慶応ノ洋行後其愚ヲサトリシ壮年時代ノ攘夷説ハ、今ヤ其絶対ニ愚ナラサリシ事ヲ覚リ、現ニ我国民ハ之ヲナシツヽアルノ感慨ヲ説カレ、次ニ穂積博士ノ米国所感談アリ、要ハ我国ハ(歴史的)教育ノ賜(家庭・学校・社会)ニ依リテ露西亜ニ勝チツヽアリ、同時ニ米国ノ富ハ
 - 第26巻 p.345 -ページ画像 
亦教育ノ結果ナリトテ、幼時ヨリ「富ハ労働ニ依リテノミ得ラルヽモノ」ナル事ヲ骨髄ニ徹セシムルノ教育法ヲ取ル事ヲ、種々ノ例ニヨリテ説キ、日本ニ其点ニ欠ケル所アルヲ論セラレ、終テ高木兼寛博士ノ通俗衛生談アリ、衣食住ノ欠点ヲ卑近・適切ノ例ニヨリ図解・見本等ヲ示シテ、二時間ノ長演説アリ、皆空腹ナルモ忘レテ面白ク聴問《(聞)》シタリ、終リシハ午後ノ二時、夫ヨリ例ノ園遊会ニ移リ、其後貞水ノ戦地視察談、円遊ノ落語アリ、午後四時解散ス ○下略
   ○栄一ノ挨拶演説筆記ヲ欠ク。