デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

2部 社会公共事業

3章 道徳・宗教
5節 修養団体
3款 日本弘道会
■綱文

第26巻 p.487-493(DK260077k) ページ画像

明治35年12月13日(1902年)

是日栄一、日本弘道会八王子支会ノ秋季大会ニ臨席演説ス。


■資料

渋沢栄一 日記 明治三五年(DK260077k-0001)
第26巻 p.487 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治三五年     (渋沢子爵家所蔵)
十二月十三日 晴
午前七時飯田町停車場ニ抵リ、八王子行ノ汽車ニ搭ス、十一時八王子ニ抵ル、蓋シ弘道会諸氏ヨリ其秋季大会ニ於テ一場ノ演説ヲ請ハレタルヲ以テナリ、午後二時一寺院ニ於テ開会、演説ス、弘道ニ関シ商業道徳ノ必要ヲ演ス、畢テ一集会所ニ於テ地方各種ノ有志者ヨリノ招宴ヲ受ケ、午後四時発ノ汽車ニテ帰京ス ○下略


竜門雑誌 第一七九号・第一四―二二頁 明治三六年四月 ○青淵先生の商業道徳及欧米視察談(DK260077k-0002)
第26巻 p.487-493 ページ画像

竜門雑誌  第一七九号・第一四―二二頁 明治三六年四月
    ○青淵先生の商業道徳及欧米視察談
 本編は青淵先生が昨三十五年十二月十三日、日本弘道会八王寺支会に於て述べられたる商業と道徳との関係並に欧米視察談の速記に係れり
私は唯今支部長より紹介に預かりましたる渋沢栄一でござります、私は屡々御当地へ参るの機会を得ませんから、諸君に会見しまする事も多くは初めてゝござります、実は本年度の春季弘道会の総会に出席して何にか御話を致すようにと御依頼を受けましたれど、其頃は欧洲漫遊の矢先でありました為め、不得止御断を致しました次第でござりましたが、玆に秋季の総会に於きまして今日諸君と相会しまするは誠に私の光栄とする所であります、弘道会なるものは所謂道を弘むるものでありまして、其の道とは世の常道、天下の大道でありまして、即ち道徳に外なりませぬ、此れは元来支那風の学問で唱ふる道でありますが、私は元来漢学者ではありませず、殊に商工業の方面に従事致して居りますれば斯る形而上の経書の事柄に就きまして御話を致しまするは極めて不得手であります故に、正確なる学理メキたる事は出来ませぬ、併しながら此道即ち道徳なるものか、吾々及ひ諸君の中で相互に従事致して居りまする所の実業上の事柄と、左程縁遠きものではなからふと存じます、故に今日本会の席上で自分の所感を述べまする事を御引受致しましたる次第でござりまして、一は自分の誡めと致し、一は諸君の御参考にもなるかと存じまして玆に商業と道徳との干係を論じます、決して此の両者は従来漢学者の論じまする如き縁遠きものでなく、全く密接不離の間柄である事を述べようと存します、然るに何故今日迄の実業者と道徳を説く人との間に甚だしき軒輊が生せしかと言ふに就きまして、少し昔に溯ぼりて其の依て基く原因を述べねばなりませぬ
元来商工農等の実業に関しましては、昔は、昔と申しましても彼の武
 - 第26巻 p.488 -ページ画像 
臣政治を執る即ち幕府時代と申しまするか、此の時代は厳重なる階級制度が区立せられてありまして、所謂武門武士なるものが非常に勢力がありまして、専ら権力を振りましたからして、従て学問上の道徳メキたる事は独り此輩の専有物の如く考へられてありました、故に彼の赤穂義士の復仇の件に就きまして義士を如何に処置すへきかを論しました時に、死刑に処する事を極論したる当時の碩学荻生徂徠等の如き人の意見では、道とは士大夫の守もるへきものにして民の知るべきものにあらず、民は之れに拠らしむべし之を知らしむべからずと論じて居りました位ですから、当代に於ける農工商等の実業者の地位は最も下級に落されて仕舞まして、恰かも主治者の為めには手か足の如くに使用されて居りました、併しなから実際国の力と申しまするものは実業の外はありませぬ、国家の政治上に一大関係を有して居りますものは実業であります、政治は実業の為めの政治でありまして、政治の為の実業ではないのです、左様でありますからして其時代に於ても国家を経営する実力は、皆な矢張下級者より取立つる年貢の外はありませぬ、而して此時代の租税は米や布てありますか、此米や布を取上げて此れを商人に命して運用致させました故に、商工業の如きは全く主治者の奴隷にして、各人自個の自営上の要求を充たすに過きませんでした、斯様なる有様であつて国家の事を掌どる人々は常に官を世々にして禄を代々に致しまするか為めに、政治は人民の与り知る所ではありませぬ、唯た一家を経営して課税を納め仕来りの業を株守して居る位て能事足れりとしてありました、併し実際国の力を養ふものは国の生存に最も密接の干繋を有して居りますもの、即ち血肉の要素たる商工農等に外なりませぬ、是れ則ち実業ありて政治の起る所以で御座りますが、昔は実に此の如き状態てありました、徂徠の所謂道は士大夫の知るへきものにして農工商を営む如き一般人民の知るべきものにあらずとて、国家を養ふに大関係を有する実業家は手足の如く考へられましたるよりして、今日迄道徳と実業とが大に縁遠く感じられたる次第てあります、然るに現今は旧幕時代とは全く一変して、国を挙げて平等の権利を有し、苟も租税を納めて国民の義務を尽す以上は、各人各個皆な国務に尽力するの権を有するものてあります、即ち万世一系の天皇を奉戴して各人均一に各其本務を尽し、政治ても教育ても軍事ても法律ても、其他農工商等の事ても皆な国家の発達を助け国力の充実を図るに於ては同等同格にして、決して彼此軽重差等のあるものてはありません、就中最も必要なるものは商工農等の実業の方面か、今国家の生存に大なる力を与へる所のものて御座ります、然れども今日も尚ほ古風の観念を懐いて居る人を往々見受まして、商工業等に従事する人は其位地の卑きものゝ如く、主治者の手足の如く考へ居る人かありますか、此れは大なる誤りてあります、斯くも国家に対して重大なる責任と密着なる関係とを有せる人民と実業とか世間に軽蔑せられ、実業の経営に必要なる道徳か士大夫以上の人の専有物たるものゝ如く考へられて、実業と極めて縁遠きものと見做されたるは大なる間違てあります、此等の考を破りて実業者の品位を進め、思想を高くし、奮発心を興起致しまするは、今日の急務であらふと存します
 - 第26巻 p.489 -ページ画像 
維新已後は諸般の事物大に其の面目を改めまして、支那風か廃たれまして、百事欧洲主義を実行せられ、漸次斯る弊風は棄たれて来ましたが、未た真正に国家の富を増すと云ふ観念には至りませぬ、富とは唯た金さへ儲ければ足れりとし、利とは自分さへ益すれば好いと考へまして、国家の為め社会の為め公利公益を図りて真正に国運の進歩を謀るといふ感は、充分とは言はれませぬ、又事業上に就て論しましてもまだ我国は英米仏独等の如き進歩を見る事は出来ません、英米仏独等の人民は中々感心すべきものであります、彼等は東洋に於けるが如き仁義だの道徳だのといふ称呼はありませぬか、無いからとて行なはないのではありませぬ、寧ろ此等の称呼のある国よりは最も強大なる経義の観念と実行力とを有して居ります、彼国々の今日の隆盛を致しましたる原因は、大に此の称呼なき仁義道徳の行はれたるに起因したる事と存します
東洋に於ての所謂道徳なるものは、全たく算盤玉とは干係のなきものの如く考へられましたるは、独り日本の罪ではありませぬ、支那の学問を輸入致しましたる時に、其の悪風をも共に輸入し来りましたのであらふと存しますが、私は専門家ではありませぬから精細なる事は申上けませぬか、案するに支那の道徳は所謂唐虞三代に法りて周公・孔子・孟軻抔云ふ人々か承継して之を伝へ、宋朝に至りて殊に之を尊重しました、而して旧幕府徳川時代の学問は専ら宋朝の学風を重んじて居りました、想ふに宋朝の学は一種の禅学でありまして、詰り悟道に異なりませぬ、故に朱子といふ人の仁義道徳を釈くに、道とは虚霊不昧とか愛の理、心の徳とか虚称して、全然日常の事柄とは遠く懸け離れてあるものゝ如く考られました故に、道徳か進む程其人は倍々社会より縁遠くなり、社会生存上の業務は俗なるものゝ如く想はれ、一家の生計とか常業とかは極めて不必要の事の如くなりました、否な之れのみならず寧ろ此等の俗勢を離れませぬけれは、学者とか賢人とかにはなれませぬ有様であつたが、此れは実に大なる誤謬であらふと存じます、故に吾々の考ます道とは、人が人たるの義務、国民が国民たるの責任を尽して人身に充分の活動を与へ、能く一家の生計を営み、商業家は物貨を精撰して信用を得、工業家は能く機械を運転して工芸を進め、農業家は耕作を励みて収穫の増殖を謀り、会社は其事務を整理して利益を増し取引上の進歩を勉むる等、此れ等が真の道徳なるものであると信じます、然るを武家時代の如き考を以て、道とは主治者又は貴族の専有物と看做され、実業を営むものは唯々卑下せらるゝ而已ならず、常に道徳以前の位地に置かれたる為めに、恐らく我が日本の実業界は今日の如く発達せぬのであらふと存じます、此れは今日諸君に申し述べまするは少し申憎くゝはありますから、本弘道会発起の諸氏の中にも、実業と道徳とか全く密着して毫も径庭のあるものでないと云ふ事を論断する人は幾許あろふかと存じます、為に聊旧時代に溯りて学問と実際とが如何に隔絶せられてありしかの状態を述ましたる次第であります、猶ほ進んで此等に関する種々の論説を引証して述べまするは、頗る趣味ある事であらふと存ますれど、今日は時間も許しませんから申上ませぬが、併し今日の如き開明の時に進みまして、未
 - 第26巻 p.490 -ページ画像 
だ斯る観念を抱ひて居る人が往々ある様に見受けられますは、国家の為には大なる不利益なる事てあらふと存じます、願くは此実業も之より更に進まんとする我国運に伴ふて、今後如何なる方法を以て発達せんかを考へまするは誠に必要であらうと存じます
維新已後卅四年間の経営は大に旧来の面目を一新して商工業も漸く下級より上騰致まして、外国と軒輊なき様になりました、昔は国家の執政は専ら国柄《(家カ)》に属て居りましたか、今日は国民誰彼の区別なく其職に就く事が出来ます、又政治は多くの民選議員を出して之に参与する事が出来、法律に経済に軍事に教育に、其他商工農等の事をも議決するを得、同時に個人の知力なるものは随て其才を伸すを得、各種の事業も合本制を行いまして組合会社等の組織も進歩致ましたからして、列国の間に介在して少しづゝ伍伴し得る様になりましたるは誠に喜ばしき次第でありますが、此れは独り日本のみにて考へますれば、旧幕の時代長夜の眠より醒起したる有様で、長足の進歩とでも申さるゝ様ですが、欧米各国と比較して来ますれば決して長足抔と自負して居られぬのみならず、向後の進歩は蓋し容易の事ではありませぬと存じます此れを譬れば彼の碁を覚へまする様なるものでありまして、初め四ツ目殺しより初段の人に五・六目位迄の進み方は早くありますがさて夫より上達する事は頗る困難なるもので、諸君も御存知の事と存します彼の廿七・八年の戦争に引続きまして北清戦役の為めに我邦の兵力の強大なる事を欧洲諸列国に認られて、私の欧米旅行先に於きましても逢ふ人毎に其の功を賞讚致して居ります、日英の同盟も全く玆に基き成立ちまして、各列国との権衡をも保つ事を得ましたるは吾々の深く感謝致まする所てありますか、併之れと同時に吾々は大に憂慮苦心しまするは、其兵力を養ふ所の実力てあります、此の実力は迚も列国と肩を比ぶる事も出来ませぬ、此点も或は大に軽蔑せらるゝ所であります、米国の工業が一般に進歩致ましたる事は、最近の年間に於まして非常なる速度であつて、吾々は実に驚きます、否な却て腹立かましく思ふのです、彼のナイヤガラの瀑布の如きは、私は唯々一種の美観にして華厳の瀑の壮大なるものと想ひ、立派だらふ、珍敷ものだらふと考へて居りましたが、夫のみでありませぬ、非常なる水力で、実地を見ますれは電気を発動させて居まして既に成功したのが十万五千馬力又一方のカナヂヤンフオールの水力電気は二十万馬力も御座ります、併し此等は未た規摸の小なるものでありまして、此の上必要のあるに随つて五十万も百万も発電し得らるべき機関を装置せん計画であるそうです、実に羨ましい限りです、殊に此の大動力に適する工業町を其近傍に作らむと企図して居ると云ふ事であります、我か邦などては僅かに三千馬力の水力電気を発動させますさへも、非常の困難を感して居ります、私も此れに従事致しまして技師をして種々調査致させましたが、色々と面倒の事か起りまして、或は村落の妨害から、道路の故障から、洪水の時の防備やら、夏季減水の憂慮やら、水勢の為め捗々しく行ない事やら、機械の精否等の困難か続々として起つて利益は少なく、時としては収支償はない場合か往々御座ります、猶ほ其の上に驚きまするは、斯かる十万五千馬力も発電させまする大工場でありま
 - 第26巻 p.491 -ページ画像 
しても、僅かに其の人員の使用は、事務員・技師・雇人等総てか廿四人で完全に整理されて行はれます、誠に感心なものです、独り水力電気の工場のみでなく、其の他の大工場も亦た此の通りであります、彼の有名なるカーネギー氏の所属に係はる鉄工場の如きは頗る偉観のものてありました、元来鉄工場の大なるものは英国とベルヂツクとでありますか、近来米国に於ても此業の発達を見ましてから、英国の方は非常なる影響を受けましたといふことてあります、私は丁度六月十一日の午前より夕刻の五時迄カーネギー鉄工場を見物しましたか、漸く其小部分に過ませんです、其事務所を見ますると、主要なる人達は五六人で、ボーイ其他で十三人に過きませぬ、万事簡易軽便て、其事務室の如きも極めて矮少のもので事足りて居ります、事務員等か事務を処理致しまするに捷敏て、態度か活溌て勇敢て、時間を非常に惜んで居ります、殊に経済思想に富んて居まする事は、決して百事に目抜りかありませぬ、一寸したる機械にありましても我か国人の如く直ちに放擲は致しませぬ、出来得る限り改造し、更に他のものに使用致して居ります、此れは一般に米国の気風か斯の如きてあります、又英国の気風は米国とは大に異なりまして沈着して居ります、何んと形容致して良いか分りませぬか、謂はゞドツシリと致しまして、何処となく落付て居ます、決して軽る機つみの事を致して居ませんて、如何に不便てありましても厳重に保存して容易に改革は致ませぬ、一般に崇古主義とても申して好いのてしよ、一寸汽車に就きまして一例を挙て御話をいたしましよう、米国流は其の停車場や客車・寝台等に数奇を尽し軽便を主として事物の上部を装ると云ふ風がありますが、英国は之れに反し、先づ鉄道なれば軌道に力を注ぎ、踏切等の如きに至りて地面の平かなる所は殆んと稀れて御座ります、必ず橋又は煉瓦にて積上げて危険を避け、又客車の如きも立派と云ふよりも寧ろ堅牢て質素て構造が緻密てあります、而して人は皆な自己の責任を重んして約束を守り、受合ひたる事は飽まで果たす心得で居ります、猥りに人に対して追従軽浮の言、俗に所謂駄世辞をいふ事を忌みます、去ればとて事には熱心て親切て念が入りて大事に致します、吾々に対しても極めて実直てありました、停車場に於ける旅客の荷物抔も迚ても日本の停車場て比較する事の出来ませぬ程輻輳致しまするが、其繁多の受渡だの受取だの証明書だのを要しませぬて漸次に処理して、決して粗漏と間違とがありませぬ、此等瑣末の事を見ても、其の責任を重んずるを証明するに足ると存します、或は少し古風に流るなきかの観念もありますが、箇人としての道義を固守する事は、欧洲を通じて私は英人を尤も欣慕すへきものてあると存します、即ち此等の徳義と商業との合致か行届きて居るものと存します、其他富の極度に至りましても到底形容する事の出来ませぬ、彼のトランスバールの戦役に非常なる経費を支出しまして、約五・六年間の経営てありましたか、然かも其の商工業の上に如何なる余響を蒙むりましたかと、色々質問致しましたれど、工業上の余響は余り感じはありませぬが、只運送船の便利を欠きましたる為め、海上運輸に少しく影響致しましたと申して居りました、其の富の程度の高き事驚くの外ありませぬ、我邦の如きは日清戦役の償
 - 第26巻 p.492 -ページ画像 
金の三億円余俄に国内に入りたる為め、其の余響を受けて経済界は今尚ほ困難して居ります、先つ来年よりは徐々に平均を得られ様かと存じます、次に独と仏とに就きまして一言したく存じますが、勿論此の二ケ国には滞在日数も長くありませぬでしたから、従つて観察も行き届かぬ勝ちですが、併し両国に於ても其主なる場所は見物は致して参りました、まづ独逸国民の気風は一般に緻密で注意周到で、学問と実際とを一致せしむるに努め、学校卒業を致しますれば、直に社会が其技倆に応して之を使用するといふ有様です、小事と雖も苟且に致しませぬ、諸事規則的でありまして、殊に学問上には極めて力を尽して居りまして、一般に脳髄が明晢であります、仏国は所謂華美を装ふ風俗でありまして、国民は美術思想に富んで居ります、巴里府の如きは甚賑はふ事は申迄もありませぬが、市中には工業上の煙は禁じられてありますからして、実に清らかなる空であります、殊に仏国の主義は巴里を世界の都府として、万国旅行者に愉快と便利とを与ふる事に努力して居りますからして、美麗なる公園、壮大なる劇場、織物場、陶器絵画陳列場、又は陶器製造場・美術館等の設備は中々口では形容することが出来ませぬ、其政府の所有に係はる劇場の如きは、見れば唯だ呆然として自失する計りであります、此等諸国の中にて其国体と地形とに依りまして、活気に富んて敏捷なるは米国であらうかと思ひます玆に日本と米国との比較をとりて論じますれば、米国は元来其時地の利も好いのでありますからして、彼の鉄工場や水力発電所等の如きは日本はとても及ばぬかも知りませぬが併し其の代り彼の国で又到底出来得ない養蚕の事は、日本の特有物産といふてもよいと思ひます、又是等の外形上の物質のみよりも、今一層必要なる人の和が何より大切なるものでありますが、米国は此人の和に於ても尤も長所を有して、国民は皆な勉強して、責任を重んじて、云ふた事は必ず行なうて居ります、試みに既往に逆りて米国開国前、此の天の時と地の利ある土地に人民が居らざりしかと申しますれば、決して左様ではありませぬ、(アメリカン・インデヤン)なる種族が沢山生息して居りましたれど米国の天地をして世界に雄飛せしむるが如き活動を与へませんでした即ち十七世紀に当たりて閣竜か米国を発見して以来、始めて新天地を開きまして、而して此の隆々たる日進月歩の国と致しましたが、此の時は我が日本などは未だ長夜の眠りの中にありまして我れ関せず焉と心得て居りし間であります、故に吾々国民も決して卑屈するに足らないので、大に為さんとすれば必す作し能ふものであります、併しそれは今日の状態では到底及ぶべくもあらずと思ひます、向後尠なからぬ勉強を要する事であります、先づ学問と実業との一致を為し、貿易上には確実と親切とを以てして国民の品位を高めなければなりませぬ、人の品格を高める事は実に国の根本であります、併し如何に品位が大切なればとて国家の生存上に何等の益を為さゞる学者や議論家のみでも国家は忽ち貧乏に陥いりて仕舞ます、去りとて又国家の生存上に利益を図るとしましても私を利するのみに傾く人は亦た国家の進歩を害します、故に私の考へまする処は、今日より人として貴重すへきものは理財の事に通覧して而して道徳の実行者たる人が真正に国家の為め
 - 第26巻 p.493 -ページ画像 
社会の為めになる人であらふと信じます、此れ偏に本弘道会の主義とする所以でありまして、道を弘むるとは空理空論を教ゆるの謂ではありませずして、家業実益を進むるのが本当の道であらふと存じます、之れ蓋し故西村茂樹君の発意の如何に係はらず、吾々は理財と道徳と一致を勉めて、人の品格を高め、公共の利益を図るか道であると考へます、古来の考へにては道徳を尊崇するものは実業を採る事を卑しみ商工業を取扱ひまするものは学問だの徳義だのは不必要と心得て居りましたか、右様なる野蛮の考は全く破りたく存じます、我邦も近頃頻りに商業道徳を唱道致しますが、欧米などでは古来より専ら実行して居ります様に思はれます、殊に英国人の如きは此点に就きましては実に感心の外ありませぬ、私の先頃欧米漫遊の目的は只此等の点に就きまして多少研究致したく思ふたのであります、今後は極力我邦実業界従来の弊害を打破致しまして、理財と道徳との一致親和を図り、国運の隆盛を期したいものであります、まだ申上げたき事は沢山ありますが、今日は之れで御免を蒙むります(喝采大拍手)