デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

2部 社会公共事業

4章 教育
1節 実業教育
3款 高等商業学校
■綱文

第26巻 p.581-585(DK260092k) ページ画像

明治25年11月21日(1892年)

是日、有栖川宮熾仁親王殿下ノ台臨ヲ仰ギ、当校第二回卒業証書授与式挙行セラル。栄一之ニ出席シ演説ス。


■資料

一橋五十年史 東京商科大学一橋会編 附録・第五頁 大正一四年九月刊(DK260092k-0001)
第26巻 p.581 ページ画像

一橋五十年史 東京商科大学一橋会編  附録・第五頁 大正一四年九月刊
    一橋五十年史年表
明治二五《(年)》 一一《(月)》 第二回卒業証書授与式を挙げ、明治二十三年以後の本科卒業生五十六名及同二十二年以後の附属主計学校卒業生百二十五名に卒業証書を授与す


東京日日新聞 第六三三二号 明治二五年一一月二二日 ○高等商業学校卒業証書授与式(DK260092k-0002)
第26巻 p.581-582 ページ画像

東京日日新聞  第六三三二号 明治二五年一一月二二日
    ○高等商業学校卒業証書授与式
同校卒業証書授与式は、昨日午後一時より一ツ橋外大学講義室に於て挙行す、当日は有栖川大将宮殿下を始め奉り、田中枢密顧問官・渡辺会計検査院長・三浦・岡部・高木等の貴衆両院議員、金子貴族院書記官長・水野衆議院書記官長・ブリンクリー氏、其他文部の吏員、諸学校の教授等数十名の来賓あり、一同席定まるや廿三・四・五年の高等商業学校卒業生、廿二・三・四・五年の附属主計学校卒業生の証書を授与し、終つて矢野校長祝辞を朗読す、次に卒業生総代藤村義苗氏の答辞、有栖川大将宮殿下の令旨、河野文部大臣(片岡秘書官代理)・伊藤総理大臣(有賀秘書官代理)・後藤逓信大臣(坪野秘書官代理)の祝詞あり、此等終て渋沢栄一・ブリンクリー両氏の演説及び新に渡来し
 - 第26巻 p.582 -ページ画像 
たる同校外国教師ブロツクボイス氏の演説あり、是にて全く式を終り来賓一同を本校に請して立食の饗応を為したり ○下略


竜門雑誌 第五六号・第一―一二頁 明治二六年一月 ○明治二十五年十一月二十一日高等商業学校卒業証書授与式に於て(責淵先生演説 速記社社員速記)(DK260092k-0003)
第26巻 p.582-585 ページ画像

竜門雑誌  第五六号・第一―一二頁 明治二六年一月
    ○明治二十五年十一月二十一日高等商業学校卒業証書授与式に於て
                    (責淵先生 演説 速記社社員 速記)
親王殿下、内外の貴紳及在校の学士諸君、私は本校の商議委員の一人に居りまするに依て、校長より今日の式場に一言を申述べよとの委託がござりましたから、玆に蕪辞を呈して諸君の清聴を煩はします、少し講釈か義太夫の前置きのやうでござりますが、両三日来風邪で甚だ声を傷めて居りまするで、申述べますることが流暢に貫きますまいかと懸念いたしますから、御宥恕下さるゝ様に願ひます
本学校の世間に、就中商業社会に、十分の信用を得て効用を達して居りますることは、既にこゝに卒業された学士諸君が追々商売社会に出て、只今文部大臣の御祝詞中にもござりました通り、嶄然頭角を現すといふ程の場合にもなりまするし、又本日の卒業証書を受けられたる所の諸君に於ても、業に既に実業に従事されて居る御方は多分にあつて、近く本期に卒業された御人も殆ど整理の事務に就く場合に至て居る、斯の如く実際の必要に向て居つて、卒業すれば果して実業を務める途を得ると云ふ、所謂需要と供給の途の宜しきを得ると云ふことは即ち此学校の商業社会に十分必要視せられて居るといふ証拠である、殊に当校長に於ては卒業せし学士を実務に従事せしむるに付て、最も得意に最も熱心に尽力せられて居りまする、左様に世の中に効能の顕著なることでありますからして、今此卒業生諸君に対して単に祝詞を以て雅頌の言葉を述べるのは、余り必要は無いと考へます。故は私は玆に此学校及学生諸子に現今・将来共に希望する所を一言申述べやうと考へます
右の希望を申上げまするに付て玆に其順序を言ひますと、まづ第一に日本の商業といふものゝ位置がどの辺に居るか、例へば昔時と比較し若くは海外と対比して、どういふ有様であるかといふことを考へなければならぬと思ひます、第二に実業と学問との関係が追々進んで参つて居るか、今日どの辺であるかと云ふことを申さなければならぬと思ひます、此二点を詳に知つて而して将来此学校は斯る意志を以て学生を養成して欲しい、又学生諸子は斯う云ふ心掛けを以て学事に勉励し学成つて後に世の中の事を処するにも、斯る気象、斯る行為でなければならぬと云ふことを申述べやうと考へまするのであります
先づ第一から申上げませうが、日本の商売の位置と申しまするものは古い昔は存じませぬが、維新までの所は、毎々諸方の集会又は理財学会などの席に出て毎々申述べましたが、小売商売・糶売商人と云ふ有様であつたのです、商人と立派に言ひ得るだけの価はござりませぬと言はなけれはなりませぬ、なぜ左様であるかと申しますと、先づ重もなる物産が総て租税と云ふ物に取立られて居る、其運搬も幕府若くは諸藩の力に依て取扱はれて、僅に商人の取扱ふものは其小売と云ふ仕
 - 第26巻 p.583 -ページ画像 
事に従事するに外ならぬのであつて、甚しきは其品物の小売々買にまで政権を以て価を指定し、是れより高価に売ることはならぬと云ふことも為し得られた、左様な有様でありましたから、勿論商売上に付ては立派な地位もいらぬからして、人物も出来やう道理が無い、甚しきは商売上の徳義と云ふものも心得ず、商売人の気象と云ふことも無し嘘つきは商人の常だなんぞと云ふことは、左様な有様の時代に已を得ず行はれたことでありませう、今日はどうであるか、商売の区域も近く支那・南洋は申すに及ばず、欧羅巴にでも亜米利加にでも、或は濠太拉利にでも露西亜にでも、勝手次第に自由自在に通商交易が出来ると云ふ、先づ区域が大変広がつた、又た内地の物産に於ても、其有無を相通ずるは商売人の本務と云ふ時期に相成りました、貨幣で申しても昔日は時の政府の勝手次第で随分量目を減ずることも出来た、今日の貨幣は即ち人民の共有物と申して宜しい程に成つた、其制度も今日は整然と動かすべからざる者に相成つて居る、又商業に関する法律と云ふても、海外の商業を以て有名なる国柄に相対して恥ざる程の法度も既に定まり、或は定まり掛つて居る、百事昔日と比較すれは、殆ど雲泥霄壌も啻ならざる懸隔と申して宜からうと考へるのです、左様な形の上では大に進み責任も増しました、けれども実際は未ださうは行きませぬ、試に之を海外の商売社会の有様に対比して見ませう、或は英吉利なり或は亜米利加なり、若くは仏蘭西なり独逸なり、右等国々の商人はドレ程の力を以てドレ程の地位で、ドウいふ商売をするといふことは、悉く玆に列記する訳にハ行きませぬが、殊に直輸の貿易といふものは、政府に於ても又は或る銀行・会社に於ても力を尽して居りますにも拘はらず、種々の人が多数に出て海外に実際商売店をやつて居るが、もう殆ど直輸論を起して十二・三年になりますが、未だ夫れほどに発達もせす、随て地位も進みませぬ、又日本に多くの必要の品物を海外から買取る有様はどうである、其取扱をするは左まで六ケ敷きことではない、日本人でも出来さうなものといふて英語で所謂コンミッシヨン・ビジネスと云ふ仕事に従事する店も沢山あるが、今日は未だ重もなる器械若くは鉄道の材料等を引取るには、矢張り外国人に依らなければならぬ、日本の重もだつた物産、即ち生糸などを横浜で取引するにも是非外国人と対等の方法にしたいといふことを、横浜在留の外国人と評議したのは明治十四年の事であつた、爾来殆ど十年以上を経過しましたが未だ其取引所も設立されぬ、箇様に数へて見ますと、区域が広くなつた、責任も進んだ、位置も上つたに相違ないがさて実際の進みは夫れまでには到らぬ、是れを海外の力ある商業者の眼から見たらば、誠に子供がやつと立つてヒヨロヒヨロ歩くとしか、私は残念ながら申さなけれバならぬ、是れが現在の日本の商業の位置である、即ち日本の商業の進度は此辺に居ると、諸君は思はなくてはならぬかと私は言ひたいのであります
第二には実業と学問との関係にて一言に言ふと雑作も無い、勿論之が密着せねば独り商業のみならず人間万事行はるゝことで無い、腰だめの考のみにて業務が進歩するものでない、又学問ばかりで事物が必らず出来るものでは無い、此聯行並進といふことハ誠に国家に必要なる
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ものであるが、其程合は今日如何であるか、之を十年若くは十二・三年前に比較して考へますると、自分ながらも大に進んだことと悦びます、さりながら未だ如何にも十分なる進歩を為し得られたとは申されませぬ、実業に処する人も、学問の味を十分に重んじ十分に利用すると云ふ考ハ未だ薄い、夫れと同時に此学問を修めた人も実際のことを知らぬ、知らぬ為めに実際を疎んずる、疎んずる為に彼此相疎んじて此密着を失ふのは、未だ今日普通の有様と申さなければならぬ、商業などに付ては未だ其隔離する有様がさう迄著しく分りませぬ、或は工学或ハ理学などに付て、毎々私共実際目に触れた所で一と通りの学問が出来たらばと思つて、其人に委託した所が案外に不結果を生じたことがある、此目的ハ斯く間違つた、箇様なことを箇様に妄信した、詰る所成業の見込かないと云ふことは毎々聞及ぶ、又反対して一方から十分信ずべきものも信ぜず、尽すべきものも尽させずに其事を半途に抛棄し、例へば資本を続けぬとか、或は其事を其人に委ねぬ為に中廃した例ハ枚挙に遑あらぬと申して宜しい、然らば未だ実業と学問と十分に密着して、倶に共に進んで行くと云ふ時期では無いと、諸君は御考へなさらなければならぬ
斯る時勢に於て、本校は是れから先きの学問の方針はどう思つて行かなければならぬか、又学生諸子の是れから先き務める所、志す所は如何あつて宜からうか、是れは即ち栄一が本校及学生諸子に望むと言ふことを申述べる要点であります、凡そ学校に従事して其学問を修め為さうと云ふには、勿論相当の課程を以て手順を履んで行かなければならぬことは、論を俟たぬ話でありますが、私は成るべくたけ本校の学生を養成するに付ては、体面を整へると云ふ意念を捨てゝ、真実に物を貫くと云ふ念を強く持たせたいと望むのであります、熟練せぬ英語で申しますと、テオリーと云ふことよりプラクチスと云ふことが肝腎だと云ふ念を強く持つて貰ひたい、此学校を卒業して世間に出て、諸君が其事物に付て斯様な事柄は斯う云ふものである、先づ普通の道理ハ斯うであると云ふ大体の講釈をする人にならうと云ふ考へでは無からう、又世間もさうは望むまい、然らば其事実を詳細に解釈し、斯る事は斯うなるものであると云ふ其薀奥を審かにし、其事実を明知して以て事物に当ると云ふ考へを以て此学生を教育することは、本校の最も必要とする所であらうと考へる、モウ一つには、玆で学ぶ所の学生は、勿論商業学校の事であるから是れから先き従事するのにも其目的であらうが、成るべく方向を専らにすることを心掛けらるゝやうにせねばならぬ、出た末には品に依つたら官吏にもならう、教師にもならうと云ふフラフラした考を以て学問に従事すると云ふことは、即ち将来を誤るの基である、左様な考を持つと云ふことは諸君に致させたくないと思ひます、又学生諸子にして之れから先きの心掛けはドウありたいと望むかと申しますと、兎角前にも申す通り商売と云ふものを古来の習慣からして位置の低いと云ふ考を持つて、何やらむ法律とか政治とかの稽古よりハ、一級下がつた稽古をするやうに思ふ嫌があります、私は夫れは甚だ不同意であります、学問を修めるに於て少しも変つたことは無い、成る程昔時の商業は前にも申した通り糶呉服か小間
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物を商売する稽古であつたれば、天下を治める政治の学問より階級が低かつたかも知りませぬが、今日は決して左様なものでは無い、そこで商人と云ふものは飽くまでも気高いものであると云ふ気位を持ち、勇壮に活溌に豪邁の気象を存してもらひたいと私は思ふ、商売は成るたけ恭順が宜しい、孝悌忠信を守らなければならぬ、併し唯無暗に恭順が宜しいと云つて誤て卑屈に陥らぬやうにせねばならぬ、又た商人は懸引が必要てある、嘘は商人の資本だ抔といふ俚言は、商売人をして段々気風を卑下せしむると申すもので、私は甚だ不同意である、決して左様なものでは無いと考へる、欧羅巴の教では何と申しますか、私は詳しく存じませぬが、支那の教で申すと、凡そ人ハ何職業に従事するに拘らす、第一に孝悌忠信と云ふことを土台にして守らなければならぬ、而して其気象、今も申す通り豪邁活溌に持たなければならぬ試に欧羅巴の商業に工業にエライ名を為した人を御覧なさい、勇壮・豪邁・活溌の気象が無くして非常の功名を成した人がありましたか、コロンブスが亜米利加を何の為めに発見しましたか、又ニユートンであれワツトであれ、千歳不朽の名を留める人は必す豪邁の気象、剛毅撓まぬ胆力を持て居つたればこそ、後に其成効をも見ると云ふものである、商売は卑しいもの、工業は拙ないもの、徳義を以てやらんでも宜しい抔と云ふことは最も忌むべきことゝ考へる、拠るべき所は孝悌忠信、守るべきものは徳義にて、其気象は剛毅に活溌に、ソコデ学業に飽くまでも勉励し、学成つて事業に従事し、今まで知らざる所の教を受け、未だ従事せざることを務めるに於ては、固より子供・丁稚も同様の考へを以て従順に恭謙に其事に従つて行かなければならぬ、唯平生其気象を卑屈にし志も卑下すると云ふ考へハ、甚だ学生諸子の為めに好まない所である
之を要するに、学校の教育は前にも申す通り何処までも事実を貫くやうに、又目的を専にするやうにと云ふことを方針として教へ、学ぶ人も平生修める課程の外に猶、孝悌忠信と云ふ道徳の修行と、百折撓まぬと云ふ剛毅の気象を以て之を修めて行きましたならば、果して十分の御人が出来るに相違ござりますまい、さう云ふ諸君が追々に出て、サウして前にも申した此商業社会の位地も進み、区域も広まつたが未だ其働は十分で無い商業社会を裨補し、又此学問と実業との関係も益益密着して、此進むことを図つて行かなければならぬ、既に唯今文部大臣・総理大臣の御祝詞中にも、商売は国の重もなる要務であると云ふことを鄭寧に示されてあつたやうでござりまするが、私はモウ一歩強く言ふて、例へば大きな軍艦があるとか、若くは大砲があるとか云ふても、此大きな船・大きな大砲の音のみで国は強いとは申されませぬ、詰り其音に代るも一つ内に実力が無ければならぬ、其実力は誰に依て生じますか、御互ひ商人で無ければ出来ますまい、果して然らば我々は国家富強の要素である、此要素たる我々人間は、今申す気象を備へすにドウなりませうか、平生自ら信じ居りますることを以て、諸君将来の御心得を厚からしめむことを希望します、祝辞にあらずして教誡の言葉に相成つて甚だ失礼に当りますけれども、平生忠実の心已むを得ず一言申上げました