デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

  詳細検索へ

公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

2部 社会公共事業

4章 教育
2節 女子教育
1款 東京女学館
■綱文

第26巻 p.864-867(DK260148k) ページ画像

明治21年9月11日(1888年)

是ヨリ先七月、女子教育奨励会ノ計画セル当館設立認可ヲ受ケタリシガ、是日開校ス。栄一当館ノ会計監督ニ選任セラル。


■資料

青淵先生公私履歴台帳(DK260148k-0001)
第26巻 p.864 ページ画像

青淵先生公私履歴台帳          (渋沢子爵家所蔵)
    民間略歴(明治二十五年迄)
      慈善其他公益ニ関スル社団及財団
 一日本女子教育奨励会評議員(会計監督)《(朱書)》
  以上明治三十三年五月十日調


新聞集成明治編年史 同史編纂会編 第七巻・第二九頁 昭和一〇年一一月刊(DK260148k-0002)
第26巻 p.864-865 ページ画像

新聞集成明治編年史 同史編纂会編  第七巻・第二九頁 昭和一〇年一一月刊
 - 第26巻 p.865 -ページ画像 
  女教育奨励会の
    ▽……女学校設立
 〔二・二一 ○明治二一年郵便報知〕 伊藤伯・土方子並に岩崎・渋沢等の諸氏、其他朝野内外紳士の計画に係る女子教育奨励会の女学校は、今度愈々赤坂門内旧雲州屋敷の中に設けることとなり、同校の教師となるべき婦人六名は既に英国を出発し、三月中旬には来着の筈なれば、右教師等来着の上は、早々生徒を募集して授業を始むる都合なりと、右の婦人は、此まで英国に於ても高等なる女学校の校長又は教授たりし人々にて、中にはケムブリツヂ大学校の卒業生も有りと云ふ、同校にては通常の学科は申す迄もなく、就中家内衛生・家事経済並に礼式・修身等の事には最も注意する由、又た同会に於ては学校と聯続して貴婦人の倶楽部を起し、生徒たらざる婦人と雖も西洋風の生活・礼式・交際・家事等の模様を知り得るの道を開くべき計画ありと。


新聞集成明治編年史 同史編纂会編 第七巻・第七九―八〇頁 昭和一〇年一一月刊(DK260148k-0003)
第26巻 p.865 ページ画像

新聞集成明治編年史 同史編纂会編  第七巻・第七九―八〇頁 昭和一〇年一一月刊
  朝野貴顕紳士の肝煎で
    東京女学館
      紀尾井町に創立さる
 〔六・二 ○明治二一年朝野〕 伊藤伯・土方子等を始め、在野在朝の貴顕紳士が申合せ、女子教育奨励会なるものを設け、女子の教育を奨励し居りしが、益す其の目的を拡張する為め、一の女学校を設立せんと、先般、府下各銀行の頭取及び紳商を銀行集会所に招き、土方宮内大臣及び渋沢栄一・外山正一等の人々より、資本金のことに付き段々の協議ありしことは予ねて記せしが、右学校は東京女学館と名づけ、麹町区紀尾井町九番地に設置することに決し、其建物地坪は三千坪と取りきめたる由、又資本金十万円(一株二百五十円)の内、五万円は官途の人々にて負担せるが、余の五万円は民間の紳商より募集する筈に付き一昨日改正規則書に株金払込書を添へ、各銀行頭取等へ通知ありし由又株金払込の法は、本年七月より来る二十六年一月まで、七月・一月の両度に払ひ込み、十回にて終る筈なるが、一時に株金の払込みをなす者には、一株に付一割五分、即ち三十七円五十銭の割引をなすとのことなり。


新聞集成明治編年史 同史編纂会編 第七巻・第三六三頁 昭和一〇年一一月刊(DK260148k-0004)
第26巻 p.865 ページ画像

新聞集成明治編年史 同史編纂会編  第七巻・第三六三頁 昭和一〇年一一月刊
  東京女学館
    一般的に門戸開放
 〔一・九 ○明治二三年朝野〕 土方子爵委員長となり、渋沢栄一・外山正一増島六一郎、其他内外の紳士淑女数名が創立委員となりて、二十年中に設立したる女子教育奨励会は、東京女学館を設立して生徒の教育に従事したるが、教師たる外国婦人は何れも十数年の経験ある人々にて女子の教養上にも裨益多く、昨今校舎並に書籍・器械等充分整頓し、漸次隆盛に赴く由なるが、同館は当分何時にても入学を許し、且つ是れまでは英学の素習あるものゝみ入学を許せしも、自今は初学にても入学せしむると云ふ。
 - 第26巻 p.866 -ページ画像 



〔参考〕女子教育奨励会東京女学館の沿革概略(DK260148k-0005)
第26巻 p.866 ページ画像

女子教育奨励会東京女学館の沿革概略
    沿革
明治十八年秋ノ頃ヨリ時ノ内閣総理大臣兼宮内大臣タリシ伊藤伯ハ、本邦貴婦人ニ欧米先進国ノ貴婦人ト同等ナル教育ヲ授クルノ必要アルコトヲ主唱シ、内閣諸大臣ヲ始メ内外ノ貴顕紳士ニ賛同ヲ求メテ女子教育奨励会ノ組織ニ着手セリ、後内閣更迭ニ際シ伯ハ宮内大臣ヲ罷ムルニ及ヒ、次ノ宮内大臣タリシ土方子 ○久元ニ事業ノ継続ヲ一任シタリ土方子ハ伊藤伯ノ志ヲ継キ周旋怠ラサリシ結果、明治二十年ノ末ニ至リ会ノ組織略完成シ、会員ヲ得ルコト一百八十余名、会員ヨリ醵出セル資金七万円ニ達シタリ、会ハ此ノ資本金ヲ以テ其ノ趣旨目的ヲ達センカ為ニ、一ノ高等普通教育ヲ施スヘキ女学校ヲ設立セリ、是即チ我カ東京女学館ナリ
女子教育奨励会ハ最初東京女学館ノ校舎ヲ新築シ、然ル後開校ノ予定ナリシガ、当時ノ事情開校ヲ急クノ要アリ、新築ヲ見合セ宮内省所管ノ麹町区永田町一丁目廿一番地ナル日本造建家ヲ校舎ニ充ツルコトヽシ、明治二十一年七月子爵土方久元ノ名義ヲ以テ設立認可ヲ得、同九月十一日開校セリ
開校当時ノ学科ハ国語漢文・英語・地理・歴史・数学・理科等ニシテ其ノ程度ハ高等小学科修了以上トシ、三ケ年修了ノ規定ナリシカ、後明治二十七年四月ニ至リ学則ヲ改メテ五ケ年ノ高等女学校ト其ノ学科程度ヲ同シクシテ、之ヲ普通科ト称シ、更ニ二ケ年ノ高等科ヲ置キテ修身・国語漢文・英語・家事等ノ数科目ヲ補習セシムルコトヽセリ、其ノ後学則中多少ノ変更アリト雖モ、大体ニ於テハ此ノ学則ヲ踏襲シ以テ今日ニ至レリ
校舎ハ明治二十三年ニ至リ、永田町ナル宮内省所管ノ建家ヨリ、麹町区三年町一番地ニ於ケル帝室博物館ノ所管ニ属スル煉瓦造建家一棟及ヒ其ノ附属建物ヲ貸与セラレタルヲ以テ之ニ移転シ、爾来三十余年大正十二年九月一日ノ大震災ニ至ルマデ変更セシコトナシ
○下略



〔参考〕私立女子教育奨励会東京女学館一覧 同・会館編 第一七―一八頁 刊(DK260148k-0006)
第26巻 p.866-867 ページ画像

私立女子教育奨励会東京女学館一覧 同・会館編  第一七―一八頁 刊
    東京女学館規則(明治三十三年四月改正)
      第一章 総則
第一条 本館は女子教育奨励会の設立に係る
第二条 本館は女子教育奨励会の趣旨に基きて、女子の徳性を涵養し併せて必須の学術を授くる所とす
第三条 本館の教師は殊に教育に経験あり、且熱心なる内外人を撰択して其の任に当らしむ
      第二章 教則
第四条 本館に普通科・高等科・特別科の三科を置く
第五条 普通科の学科課程は高等女学校令に準拠し、修業年限を五箇年とす(別表第一号)
第六条 高等科は普通科を卒へたる後、猶進て高等の学科を修めんと
 - 第26巻 p.867 -ページ画像 
欲するものゝ為に設くるものにして、修業年限を二箇年とす(別表第二号)
第七条 特別科は既に人に嫁し、又は其の他の事情の為に、一般生徒と同しく出席すること能はざる者に、特別の時間を設けて其の希望の学科を教授するものとす、但し修業年限を定めず
第八条 普通科の学科目中、生徒の希望により二・三の科目を選修することを許す
第九条 本館の学年は四月十一日に始り、翌年三月三十一日に終る
   ○第十条ヨリ第四十三条マデ略ス。



〔参考〕青淵先生六十年史 第二巻・第六五〇―六五一頁 明治三三年六月再版刊(DK260148k-0007)
第26巻 p.867 ページ画像

青淵先生六十年史  第二巻・第六五〇―六五一頁 明治三三年六月再版刊
 ○第五十八章 公益及公共事業
    第十節 女子教育奨励会
○上略
      女子教育奨励会東京女学館通則
本館ハ、日本婦人ヲシテ欧米ノ婦人ノ享有スル所ト同等ノ教育及ヒ家庭ノ訓練ヲ受ケシムルヲ以テ目的トス、是則チ女子教育奨励会ノ旨趣トスル所ナリ、而シテ本館ハ此ノ目的ヲ達センカ為メ、高等教育ヲ主トスルノ講義ヲ開キテ生徒ヲ教育シ、又社会交際ノ増進ヲ主トスル一ノ倶楽部ヲ設ク、但シ学科ノ程度ハ固ヨリ高尚ヲ期スト雖モ、当分ノ内ハ生徒ノ実況ヲ斟酌シテ之ヲ施シ、漸次ニ之ヲ高メテ以テ其期スル所ニ達セントス
○下略



〔参考〕渋沢栄一 日記 明治三二年(DK260148k-0008)
第26巻 p.867 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治三二年     (渋沢子爵家所蔵)
八月一日 曇
○上略 午後四時、日本倶楽部ニ於テ、女学館ノ将来ニ付テ協議ス、土方伯・外山正一・増島六一郎・富田鉄之助・神田乃武及西田敬止来会ス
○下略