デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2022.3.15

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

2部 社会公共事業

4章 教育
2節 女子教育
2款 日本女子大学校
■綱文

第26巻 p.890-892(DK260158k) ページ画像

明治36年3月28日(1903年)

是日栄一、当校卒業式ニ臨ミ演説ス。


■資料

渋沢栄一 日記 明治三六年(DK260158k-0001)
第26巻 p.890 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治三六年     (渋沢子爵家所蔵)
三月二十八日 晴
○上略 二時女子大学校ニ抵リ卒業証書授与式ニ参列ス、一場ノ演説ヲ為ス ○下略


竜門雑誌 第一八二号・第一―三頁 明治三六年七月 ○学問と常識との関係談(DK260158k-0002)
第26巻 p.890-891 ページ画像

竜門雑誌  第一八二号・第一―三頁 明治三六年七月
    ○学問と常識との関係談
 本編は青淵先生が本年三月女子大学卒業式に臨まれて卒業生及学生に向て述べられたる演説の速記なり
淑女・紳士・学生諸氏、斯く御目出度い御席に参列いたして、玆に一言を申上ぐる光栄を荷ひますのは誠に私の喜ぶ所でございます、既に大隈伯の御演説は在りまして、所謂真打の出た跡で、又前座が現はれるのは余程可笑しうございますから、私は今日は御免を被らうと考へましたが、此学校には俗事上の関係の最深い私であるから、斯かる御目出度い席には一言を申述べるやうにといふ校長よりタツテの依頼でございますので、玆に暫時の清聴を煩はしますのでございます、モウ此学生諸氏の卒業を祝し、且其未来の御心掛に就ては、第一に校長から余程熱心なる御訓誨があり、又東京府知事の祝辞、最終に大隈伯の御懇篤御周到なる御戒めも在りました跡で、似たことを申上げるのは旨くも無い御料理を又進られと申すやうに相成るでございませう、けれ共学問と世の中との関係に就きまして学生諸氏の為め、少しく未来の御注意を申上げたいと思ひます、既に伯は懇々女性に対しての特色を御述べになりましたが、私も同業のことしか申されませぬが、実に此温順とか優美とか、忍耐とか緻密とか貞潔とか申す様な事柄は、皆女性に於て最貴ぶべきものでありまして、支那の教育でも欧羅巴の教育でも文字こそ違へ、皆此様な性質を珍重して居ることは決して私の疑はぬ所でございます、併し或は欧米などでは、今の柔順とか優美とかいふことは悪くすると、実際欠けて居ることは無いとは言はれぬかと私は思ひます、これはちと東洋流かも知れぬけれ共、そこで動々もすると女子の本性を進めて行く為めの学問が、其本性を破壊することが往々こさいますが、勿論此学校に学んた人々は決してさうでは無く又之を教育なさる教職員諸君にも頗る御注意下さつて、女の本性は成るべく丈け多く発揮さす様に務めて居らつしやるに相違ないが、動々
 - 第26巻 p.891 -ページ画像 
もすると事志と違ひ、進歩せしめんとするものを却て破壊すると云ふことに成り行く嫌ひがあります、去ながら今の五六の美徳が、唯々単に低い程度に於て具はつて居るはかりでは一向発揚しない、此発揚を助ける為に学ぶのであるから其学ぶのが却て本性を阻害することになつたらは、寧ろ学ばぬ方が程度は低くても本性其儘で行く訳になるから宜ろしく思はれます、此処は能く考へて見ねはならぬことてこさいます、即ち学問は今申した女性の本色を好い位地に段々進めて行くのであるといふことは、何処までも失せないやうにしなけれはならぬと存じます
校長の云はれた通り学問がどうも常識と密着しない、即ち家庭と学校が隔たるといふことは私も全く御同感で、学問と平生の事とは丸るで別物の様に兎角考へられる、今現にさうである、故に丁度今伯が懇々御示しになつた通り、学生諸氏がこれから先き世の中に出で、一の家庭を作らうとするに夫を持てばイキナリ家庭が出来るものではない、両親の関係もあれは親戚の関係もあり、又相識の関係もある、旁々そこへ持つて行つて唯単に自分の満腔の理想をすぐ行はうとすれば、或は意外な衝突を惹起します、即ち是が学問と常識とを密着させねはいけないといふ所であるです、現に今の家庭も悪く学問に甚だ遠いやうになつて居る、此学問と常識とは別物の如くに成つておることが今日の通弊と思ひますから、此常識を働かせて応用するといふことは、能く考へねばならぬことゝ思ひます、今から世の中へ出る御方は尚更のこと、又是から引続いて大学へ御入学なさる方も、不断に此考を失はぬやうになされたいと希望致すのでございます
最後にモウ一つ申したいのは、従来の日本流の教育では師弟間の関係が大変厚かつたが、世の中が段々進んで開明に赴くにつれ、此関係は寧ろ薄くなつたやうな感じがこさいます、併し是は教育の制度が変つたからです、即ち制度が変つたから、師弟双方間の関係が自然と変ると云ふことも、亦已むを得ぬことゝ思ひます、それで兼ても申上げたことがありますか、本校の如きは成るべく此学校の学風を作つて即ち日本女子大学校の校風はかくかくである、日本女子大学校の多数の生徒の気風はしかしかであると云ふ様に、良風美習を此の学校の内に養ひ立てゝ、此学校に居る中は勿論、此学校を離れた後も此学校に於て得たるところの精神を始終に失はぬように致したいと希望して已まぬのであります
終りに臨んで今一言、至つて卑近な言葉を以て学生諸氏に御注意を申置く、モウ高尚なことは皆さんか御申尽しであるから申上ける必要もありませぬか、世の中に極く短い言葉で「ブルナ」「ラシク」といふことがあります、可笑しな言葉て一寸分り兼ねますが、仲々妙味のある言葉であります、「ブルナ」とは書生ぶるな、役人ぶるな、教師ぶるなであつて、反対の「ラシク」は役人らしく、教師らしく、書生らしくせよと云ふことであります、即ち貴女方はとうぞ女学生らしく、婦人らしくして頂きたい、此事はくれくれ御忘れないやうに願ひます
                           (完)

 - 第26巻 p.892 -ページ画像 

渋沢栄一 日記 明治三六年(DK260158k-0003)
第26巻 p.892 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治三六年     (渋沢子爵家所蔵)
六月十五日 曇
○上略 二時女子大学ニ抵リ、教育上ニ関スル主義方法ニ関スル談話ヲ為ス、大隈・西園寺・岡部・高田等ノ諸氏来会ス ○下略