デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

2部 社会公共事業

4章 教育
2節 女子教育
2款 日本女子大学校
■綱文

第26巻 p.901-904(DK260162k) ページ画像

明治39年3月9日(1906年)

是日栄一、当校ニ於テ大学部学生ノ為ニ講話ス。


■資料

家庭週報 第五三号 明治三九年三月一〇日 日本女子大学校記事(DK260162k-0001)
第26巻 p.902 ページ画像

家庭週報  第五三号 明治三九年三月一〇日
    日本女子大学校記事
○渋沢男爵の講話 昨廿九日評議員渋沢男爵は御多忙中を特に来校せられ、三年生の為に、卒業後の心得につき一場の職員生徒講話ありたり。
   ○右ニ「昨廿九日」トアルハ後掲「渋沢栄一日記」ヨリ考フルニ三月九日ノ誤リナラン。


渋沢栄一 日記 明治三九年(DK260162k-0002)
第26巻 p.902 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治三九年     (渋沢子爵家所蔵)
三月一日 晴 風              起床七時 就蓐十二時
起床後直ニ朝飧ヲ喫ス、成瀬仁蔵氏来リ、女子大学ノ事ヲ談ス、午前九時半麻布井上伯ヲ訪ヒ ○下略
   ○中略。
三月九日 雪 寒甚シ            起床六時三十分
○上略
此日午前十時女子大学校ニ抵リ、本年ノ卒業生徒ニ一場ノ訓示演説ヲ為ス
   ○中略。
三月二十八日 晴 軽暖           起床七時 就蓐十二時
○上略 朝飧後成瀬・麻生二氏ノ来訪ニ接シ、麻生氏欧米女子教育視察ニ関スル意見ヲ聴ク ○下略


家庭週報 第五四号 明治三九年三月一七日 ○渋沢男爵談話大意(DK260162k-0003)
第26巻 p.902-904 ページ画像

家庭週報  第五四号 明治三九年三月一七日
    ○渋沢男爵談話大意
 左に掲ぐるは、本校評議員渋沢男爵が、三年生以下大学部生徒のため講話せられたる大意なり。(文責記者にあり)
 私の一言が、皆さんの御参考にどれだけなるかは疑問でありますが御話した事が幸に、生い先き長き皆さんの将来に紀念されるならば、私の言葉は金玉ならずとも、すべて物事はそれを聞く場合の観念によりて、これを充分に利用すれば、土瓦の如きをも化して金玉とする事が出来るのである、それであるから、皆さんがこの後いつまでも、何月何日、渋沢がこれこれの話をしたと記憶されたならば、私の喜びのみならず、更らにこれを金玉たらしむる様勉めて頂きたい。
 学業終りて、丁度鳥が屡々習ふて空中に飛揚するが如く、社会に出らるゝに当りては、凡て一の思案を備へなければならぬ。それで私は二ツ三ツの注意をして置きたいと思ふ。人は学問をする間或は全く父母先輩の命令の下にのみ働かざるを得ない時代には、先づ自らの思案を出す時は少ないのであるが、一家をなすに至りては、自身といふ考を出す、即ち自分は如何にしたならばよきかといふ考が生ぜざるべからざる時代である。此の場合には先づ時をよく知るといふ事か必要である。此の意味は世の中の時代が如何なる有様であるかを知る事であります。海上に舟を出したる時に己れは何処に居るかと云ふ事を知るのであります。日本は如何なる国体なるか、如何なる習慣を有するか
 - 第26巻 p.903 -ページ画像 
如何に経過し来り、将来如何に進むべき時代なるか、婦人が将来受くる待遇は、重ぜらるべきか、はた又軽しめらるべきか。学問は望むままに与へらるゝべきか否か。又世界に対して、日本は如何なる位置にあるかといふ事を考へねばならぬ。而して三十年前の我が国の、文明は列強に劣るのみならす、二・三等国に位せられて居つたのであります。併し陛下 精励治を図らせらるにより、今日にては列強の伍班に入るを得て、一等国と他の国人まで云ふ様になつた、即ちかゝる位置にある事を考へねばならぬ。同時に日本国民の責任は、如何なるかといふ事、殊に婦人としての責任を考へねばならぬ、其の割出しがつかぬと、自身を働きかくるに度合を誤る。船を動すに自身は何処にあるといふ事を知らざれば、船を向くる事が出来ないのと同じである。而して其の位置は、各方の為め、最も名誉あると同時に、最も責任のある位置と云はねばなりません。
 之れ迄の女子にして、相当の教育を受け、文明的の過程をふみたる人もあれど、今日に比するに一般の教育の度合は霄壌も啻ならず、女子は貞節・従順にして、内を治むる、即ち裁縫をし、沢庵を漬けさへすれば職分は足るといふ考でありました、私共も順序だつた学問は致しませんが、男子であるにより、少しく面倒な事も致ましたが、欧羅巴の学問などはせず、教育の区域は跛で、狭くありました。今日は緻密・該博に、すべての事につき一家をなすに足る丈の事も学び得たのであります、これを充分学問の理想通りにする事を得て、始めて学問の価が定るのでありますから、責任重い所以であります。
 今一は学問を修めた各々方が、世に処するに当りては、我より古をなすといふ覚悟が大切であります。即ち自分から基礎をたてなければならぬといふ位置なのであります。
 維新以前に於て商業者の教育が卑められたる如く、女子の教育も卑められたので、貝原氏の如き女子教育熱心者の書物でさへ其の通りであります、既に商人には学問の必要が生じましたけれども、俄にする事が出来ないので、三十年を経たる今日、なほ充分なる人が出来ないで、或は行き過き、或は方向を誤る等の人があります。
 これと同じく皆様が一家をなすにつきては、今迄の婦人の例に做ふ事は出来ないので、教育の度合異り、家庭の振合異るにより、すべての事己れが先祖として、以後の家庭を作るといふ覚悟をしなければなりません。況や類例のない家庭にありて、行き過ぎれば人に嫌はれ、行き足らねば満足が出来ず、丁度今の商業者と同じ境遇にあるのであります。得たる学問はどこまでも応用せねばならぬ。併し家をなすに就て、直に行はんとするには、果して舅姑はこれを歓迎しませうか。よしするとしても、単純なる理想を実行するは、非常にむづかしい事であります。無暗に遠慮すれば、肝要の理想は下積になつて黴が生え利用が出来なくなります。人の手本によらず、自分が組織するといふ考を以て、学問を鼻にかけず、利用するに汲々とするのでなくては、受けたる教育の効をあらはす事が出来ません。それのみならず、一歩進でよき児童を育て、国家の充分なる元素となる人を作るの希望は、此の順序によらねば成立つ事が出来ないのであります。故に其の困難
 - 第26巻 p.904 -ページ画像 
を自覚して、世の中に乗り出さねばなりません。
 今一は社会に出で、世事に従事するに至ると、位置が変り、模様が異る、そこで学問の方に疎くなる。忘れないにしても、常に心を用ひてゆく事が出来なくなるのは人間の常であります。然しながら世の進歩は、教育に由らなければなりません。教育を怠れば進歩は止りますこれは男女共に同じく、如何なる屈托の時にも、繁忙の時にも、常に震動しなければ、世の中は停滞します。此の観念を忘れないと同時に此の品性は女子大学に於て作られたる事を忘れぬ様にし、此の精神を続くれば、学校も進み、更らに他に此の精神が注入されて、よき人を作り、国家に大なる貢献をなし得るものと信じます。
 此の三つを希望するのでありますが、これがもしもよく利用せらるれば、前に申した通り金玉となるといふ事を憚らぬのであります。