デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

2部 社会公共事業

4章 教育
3節 其他ノ教育
11款 財団法人高千穂学校
■綱文

第27巻 p.153-154(DK270061k) ページ画像

明治42年6月6日(1909年)

是年栄一、古稀ニ渉ルヲ以テ第一銀行他少数ノ関係ヲ除キ、諸事業ヨリノ引退ヲ決意シ、是日当校資金保管主任ヲ辞ス。


■資料

竜門雑誌 第二五三号・第四七―五〇頁 明治四二年六月 青淵先生の各種関係事業引退(DK270061k-0001)
第27巻 p.153-154 ページ画像

竜門雑誌  第二五三号・第四七―五〇頁 明治四二年六月
    ○青淵先生の各種関係事業引退
我青淵先生 ○中略 本月六日 ○中略 同日附を以て左記の如き辞任書及書状を発送せられたり
○中略
    辞任書
 拙者儀、頽齢に及び事務節約致度と存候間、貴社「何何役」辞任仕候、此段申上候也
  明治四十二年六月六日          渋沢栄一
    書状
 拝啓、時下向暑の候益々御清泰奉賀候、陳は小生儀追々老年に及ひ候に付ては、関係事務を減省致度と存し、今回愈々第一銀行及東京貯蓄銀行を除くの外、一切の職任を辞退致候事に取極候に付、別紙辞任書差出候間、事情御了察の上可然御取計被下度候、尤も右様役名は相辞し候へ共、向後とて従来の御交誼上、必要に臨み御相談に与り候事は敢て辞する処に無之候間其辺御承知置被下度候、此段申添候 敬具
  明治四十二年六月六日          渋沢栄一
辞任せられたる各種事業の名称及ひ職任は左の如し
○中略
 - 第27巻 p.154 -ページ画像 
  高千穂学校資金保管主任
○下略



〔参考〕渋沢栄一書翰 川田鉄弥宛 (明治三八年)六月九日(DK270061k-0002)
第27巻 p.154 ページ画像

渋沢栄一書翰  川田鉄弥宛 (明治三八年)六月九日   (川田鉄弥氏所蔵)
華翰拝読仕候、然者今般日本海ニ於る我海軍之大勝利ハ、真ニ国民之相共ニ抃舞欣躍すへき次第ニて、世界ニ対する我国之声価ニ亦幾許之増加を見候義ニ御坐候、而して其名誉相増候と共ニ、吾々実業者ハ戦後之経営上弥増責任相加り候様相感し候ニ付、頃日来諸方ノ祝捷会ニ於ても其意見申述候義ニ御坐候、幸ニ賢台ニハ微意之在る処御諒察被下、教育家として他方面より御応援可被下云々来示之趣拝承感謝之至ニ候、実ニ将来之我国ハ誰彼之差別なく共々苦配尽力いたし、呉々も是迄海陸数回之戦勝名誉をして、いつ迄も持続候様致度義ニ候間、最早職業之区別等ハ無之、所謂全国共担之任務と相心得申度奉存候
右来書ニ対し一書拝答仕候 匆々敬具
  六月九日
                      渋沢栄一
    川田鉄弥様
          拝復