デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

2部 社会公共事業

5章 学術及ビ其他ノ文化事業
1節 学術
4款 専修学校理財学会
■綱文

第27巻 p.354-357(DK270104k) ページ画像

明治40年3月24日(1907年)

是日栄一、当学会大会ニ臨ミ「大国民ノ襟度」ト題シ、一場ノ演説ヲナス。


■資料

渋沢栄一 日記 明治四〇年(DK270104k-0001)
第27巻 p.354 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治四〇年     (渋沢子爵家所蔵)
三月二十四日 曇 寒            起床七時三十分 就蓐二時
○上略 午後二時過ヨリ神田ニ抵リ、専収学校生徒大会《(専修学校)》ニ出席シテ一場ノ演説ヲ為ス ○下略


竜門雑誌 第二二八号・第二五頁 明治四〇年五月 理財学会大会(DK270104k-0002)
第27巻 p.354 ページ画像

竜門雑誌  第二二八号・第二五頁 明治四〇年五月
○理財学会大会 青淵先生の商議員たる専修学校の理財学会大会は去三月二十四日神田一ツ橋帝国教育会に於て開会せられたるが、先生には之に臨席して、一場の演説を為されたり


竜門雑誌 第二二九号・第二〇―二五頁 明治四〇年六月 ○専修学校理財学会大会に於ける演説(三月二十四日)(青淵先生)(DK270104k-0003)
第27巻 p.354-357 ページ画像

竜門雑誌  第二二九号・第二〇―二五頁 明治四〇年六月
    ○専修学校理財学会大会に於ける演説 (三月二十四日)
                      (青淵先生)
私が御紹介を戴きました渋沢でございます、松崎君から当学校の評議員の一人であると云ふ御披露がありましたが、昨年校長より御嘱託を被りまして以来、まだ機会がございませぬで、諸君と相会することが出来ませなんだのでございます、今日の大会に出席して皆さんに御目に懸かりますのは、私の光栄且つ欣喜に堪へぬ次第でございます、実業界にも居りますし、教育上のことも二・三の学校から御相談を被つて居りますからして、心得居らなければならぬ身柄ではございますけれども、学問として課程を履んだ修め方をした者でもございませぬし
 - 第27巻 p.355 -ページ画像 
又平日勤務に多忙に暮し居ります為めに、何等調査したこともないやうな次第で御座いますからして、此処に出席致しましても諸君を裨益するやうな事柄は申上げられぬけれども、既に今御披露を頂戴した如く評議員たる資格ある私が斯様に罷出でました以上は、只御機嫌宜しうといつてそれで御免を蒙る訳にも参りませぬ、多少愚説を陳上して諸君の御批評を請ひたいと思ふのでございます
私の此に申上げたいと思ひますのは、則ち御出席の学生諸君に斯くありたいと希望する、一つの御注意若くは忠告とか云ふものに過ぎませぬ、それも所謂学科的のことではなくて、只学生としては斯くありたいと希望するのであります、此処に御集会の諸君が皆私と同じやうなる境涯を以て世にお立ちなさるか、若くは総理大臣を希望するか、博士を望むか、大金持にならうと云ふお考をお持ちなさるか、夫等の御希望は皆様の御自由でございます、併ながら私が此に申すことは、仮令大金持にならうとも、天下の大宰相にならうとも、やはり必要と申上げて宜からうと思ふ点に説及ぼしたいのでございます、所謂人道として、斯くあつたら宜からうと思ふことを申上げたいのでございます殊に現在の我が日本は、数度の国難にも遭遇しましたが、総て満足なる大捷を得て、今や駸々として進むと云ふ時期に向つて居る、地図を披いて見ましたならば蕞爾たる一小国の如き有様ではございますが、所謂海の西からも東からも始終注目されたる国柄に相成つたと云ふことは、私が申上げるまでもなく諸君が十分御承知でありませう、即ち大国民たる吾々である、大国民たる吾々は、其大国民たる襟度を是から備へなければならぬのでございます、況や私の如き天保時代の人は此処に一人もある筈はない、所謂文明の空気を吸ひ文明の思想を備へて居る諸君である、殊に順序ある学科を履んで進みつゝある諸君である、この諸君が未来の大国民たる襟度として如何になされたら宜からうか、と云ふことは業に已に多少の御考はありませうが、自分の希望を申上げるのも決して無用の弁ではなからうと思ふのであります
世は駸々と進んでは参りますけれども、併し其進む間に於て凡ての事柄に多少の障礙を惹起すと云ふことは、所謂浮世の免れぬ所でありまして、例へば政治界であつても、経済界であつても、進みつゝある有様の中に種々なる嫌ふべき事柄を生ずると云ふことは、現に目前にも多々あるやうでございます、左様な事柄は是から後進の諸君に於ては常に其宜きを撰んで、其悪るいことを矯正して行くと云ふことに努めなければ、即ち大国民たる襟度を保つことが出来ぬ訳であると思ひます、斯かる公会に於て忌まはしいことを申上げるやうでありますけれども、チラチラと新聞紙などの報道する所に依りますと、政治界でも経済界でも、甚だ好ましからぬことが聞こへるのでございます、議会には甚だ陋醜が多いとか、商売人は権利株を売つてそれで満足して、事業其者には一向注意をせぬとか、現にさう云ふことは此東京の中央即ち吾々の眼の前に数々あればこそ、さう云ふ言葉が世間にも生じ、新聞にも書かれる、然らば最早世は澆季になつて、志ある者は只嘆息より外ないと云ふ如き末世であるか、私は決して左様な悲観は持ちませぬ、いかにも進みつゝある場合にも尚且つさう云ふことがある故、
 - 第27巻 p.356 -ページ画像 
お互に注意せなければならぬと、斯う考へるのでございます
先づ私は学生諸君か世に立つ要訣として、此に二・三の点を申上げて御考慮を請ひたいと思ひます、第一に申して見たいのは、人として世に立つには、政治家にならうとも学者にならうとも、或は実業家にならうとも、凡て斯くありたいと希望しますのは、どうぞ此人格を高めると云ふことが、今日大国民の襟度として最も必要ではないかと思ひます、其思想を勉めて高尚に致したい、凡そ物事は、一方に希望することがあると、其利に付いて弊害を生ずる、例へば起業熱が盛になりて事業を起したいと云ふ人が多く生ずると、其起された事業に就て利益を得たいと云ふ心より、終に権利株の売買と云ふ如き弊害を生ずる斯様に利に弊が伴ふものであります、其利弊を全くに切分けて、単に利のみを行ふと云ふことは出来ぬものである、人の世に処するに就ても尚然りでありまして、前に申した通り、人格を高めたい、思想を高尚にしたい、斯う心掛けると直様其弊は、ゑらい気位を高くして、少しも愛敬といふものがない、見識ばかりが大層になつて、人に対すると鼻であしらつて後ろにお辞儀をすると云ふやうになる、さう云ふ有様で世に処したならば、或は傲慢とも云はれ、不遜とも誹られて、決して人から十分な尊敬を受けることは出来ぬのでございます、故に私は其思想は勉て高尚にすることを望みますけれども、其言行は勉めて篤敬たることを要すると思ひます、蓋し人たるものは思想を成るべく高尚にして、言語・行為は成べく篤敬たることを勉めなければならぬものである、孔子の言葉にも「言忠信、行篤敬、雖蛮貊之邦行矣、言不忠信、行不篤敬、雖州里行乎哉」といふことがあります、多分是は子張といふ人が「問行」と云ふ答に申されたことであつたと思ひます一方に偏すると云ふことを慎むには、是非気性を高尚にすると同時に言行を成べく卑近にして、己の志を高める為めに人に対して倨傲、驕慢といふやうな誹を来たさぬやうにせなければなるまいと思ふのでございます
次に申上げたいのは、人としては成るべく愉快に、活溌に其身を世に処して行きたいと思ふのであります、殊に青年若くは壮年の中などは勢ひさうなるべきであるべきものでございます、さりながら此愉快に活溌にといふ問に就て注意をせねばならぬものは、事に依ると軽躁矯激といふ方に行趨る、軽はづみに、又無理な考へをする、元来日本人の性質は、比較的感動力が強いと言はなければならぬかと思ふ、冷静な頭脳がどつちかと云ふたら少いかと私は想像いたします、多数から評論するのですから、此お席に在る御方が、僕は始終頭脳は冷静であると仰つしやる方もありませうが、併し凡べて日本人の気性として、兎角に矯激の言行に行趨る方が多いと思ひます、即ち模倣性質が強いのです、些細なことでも何か一事が生ずると直ぐ模倣して行く、是は甚だ若い方の将来に宜くないことで、余程御注意をなさらねばならぬことゝ思ひます、特に今一つ申上げて見たいと思ひますのは、人の才能と道徳です、智恵の働きを進めて行くと、どうしても徳操を損じて来る、又徳義に余り抱泥して行くと智能が鈍くなる、と云ふことが押しなべての通弊と云はなければならぬやうに考へるのです、故に此才
 - 第27巻 p.357 -ページ画像 
徳は力めて兼備たることを要するものと、私は此に申上げるのでございます、教育勅語に、「学を修め業を習ひ、以て智能を啓発し、徳器を成就し」とございますけれども、智能を啓発すると徳器が成就しないで、不徳器が成就して、只智恵に任せて勝手に行ふ、己の益に係かることは道理とか徳義とか云ふことを措いて顧みぬと云ふ弊害が、兎角に生じ易いやうに思ひます、其弊を深く御注意なされて、智能を啓発すると同時に徳器を成就せよと云ふことを仰せられたので、勅語の御趣意は実に感佩して余りあることゝ考へます、前にも申上ましたる、人は其思想を高尚にして行くときには、必ず道徳を履み誤まることはありませぬが、併し唯徳義さへ失はねば宜いと云ふ一天張りで、其事柄に処する智恵を図らず、其事柄を識別する学問がなければ、凡ての事物に対して是非善悪を分別して、宜しきを制することは出来ぬ筈でございます、故に才能の進むと共に道徳の観念が進んで行き、道徳の観念のみに偏せずして智識を奨励する、即ち才徳兼備で果して善人たることを得ると申上げるのでございます
要するに、人たるものゝ世に処するには、職業なり身分なりに拘らず事物に当るには忠誠之に当り、智能之を処し、強力之を満す、即ち勉強が其事を成就せしむるのである、斯の如くんば私は大国民たることを得ると申し、又善人たることを得ると申上げることが出来るのでございます、今日の時代は前に申上げます通り、お互に甚だ責任が重く相成りましたで、名誉に伴ふ責任は是から先、段々世の中に出る諸君の最も重く負はなければならぬのでありまして、明治の初から四十年の間に是程までに進んだる我国の位地・国力は、若し吾々を先輩とするなら、諸君は之を承継すべき後輩である、この後輩が先輩に十分勝ると云ふことになるは、勿論期して待つ訳ではございますけれども、若しも一方に偏して、智恵は大分進んだけれども道徳は甚だ衰へたとか、若くは頗る変屈な人間になつて、智恵はサツパリ進まぬとか、或は兎角物に偏して些細なことにも感動力が強いとか、耐忍が乏しいとか云ふやうなことになりましたならば、未来の我が日本は甚だ憂ふべきものではないかと、斯う申さなければならぬのでございます、強ち左様な杞憂を私が持つ訳ではないが、お互が斯く名誉を担ひ来つた日本をして、将来いやましに継続せしめやうと云ふには、其国民たる位地に立つべき、学問を修めたお人々が、力めて其覚悟をお持ち下さらなければならぬものと考へるのであります、私は斯く多数の後任者を得て、聊かながら自分等が三・四十年の間に経営したことが、更に一層も二層も拡張して継承せらるゝと考へますると、甚だ心嬉しい次第でございます、願くは私の婆心に属する希望でございますけれども、満堂の諸君、この希望を御失念なく将来の御計画を願ひたいのでございます、初めて御目に懸りまして只自分の意見の二・三を申上げたのでございますが、若しも諸君の御胸裡に御記臆下されましたならば、誠に幸慶此上もございませぬ(拍手)