デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2017.12.19

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

2部 社会公共事業

6章 政治・自治行政
2節 自治行政
4款 東京市参事会
■綱文

第28巻 p.363-366(DK280037k) ページ画像

明治22年6月8日(1889年)

是日栄一、東京市名誉職参事会員ニ選挙セラル。


■資料

東京市会史 東京市会事務局編 第一巻・第一三二―一三五頁 昭和七年八月刊(DK280037k-0001)
第28巻 p.363 ページ画像

東京市会史 東京市会事務局編  第一巻・第一三二―一三五頁 昭和七年八月刊
 ○明治年間 市制特例当時ノ東京市会 第壱章 明治二十二年
    第壱節 議員ノ席次
明治二十二年六月八日午後五時、市制施行後ノ第一回市会ヲ開ク。開議ニ先ダチ、議員ノ席次ハ抽籖ヲ以テ之ヲ定メタリ。 ○中略
    第参節 名誉職市参事会員並ニ辞選問題
議長及ビ議長代理者選挙後、直チニ名誉職市参事会員ノ選挙ヲ行ヒタルガ、毎回総投票ノ過半数ヲ得タルモノ一人モ無ク、決選投票ヲ行フ事十二回ニシテ、漸ク左ノ如ク当選セリ。
 三十票   岩崎弥之助   三十八票  松南宏雅
 三十一票  渋沢栄一    三十六票  芳野世経
 二十五票  須藤時一郎   二十七票  西村虎四郎
 三十一票  田口卯吉    三十七票  福沢諭吉
 三十三票  富田鉄之助   三十五票  安田善次郎
 二十九票  宇川盛三郎   三十七票  関直彦
○下略


東京日日新聞 第五二八六号 明治二二年六月一三日 ○市参事会(DK280037k-0002)
第28巻 p.363-364 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
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青淵先生六十年史 竜門社編 第二巻・第六八一頁 明治三三年二月刊(DK280037k-0003)
第28巻 p.364 ページ画像

青淵先生六十年史 竜門社編  第二巻・第六八一頁 明治三三年二月刊
 ○第五十八章 公益及公共事業
    第二十三節 貴族院議員及市区名誉職
○上略
一明治二十二年六月東京市参事会員ニ当選ス、是ヨリ先キ明治十二年東京府会開設ノ時議員ニ当選シ、府知事其他多数ノ知人ヨリ切ニ応諾ヲ勧誘シタルモ、先生府政ニ関与スルヲ好マス、固ク之ヲ辞セリ明治二十一年四月市制発布アリ、其明文ニヨリ当選ヲ辞スルヲ許サス、此ニ至リ先生承諾ス
○下略


執事日記 明治二二年(DK280037k-0004)
第28巻 p.364 ページ画像

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冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

渋沢栄一書翰 斎藤峰三郎宛 (明治二二年)一二月三日(DK280037k-0005)
第28巻 p.364 ページ画像

渋沢栄一書翰  斎藤峰三郎宛 (明治二二年)一二月三日  (斎藤峰三郎氏所蔵)
拝啓、昨日も内務省之集会、引続き東京府参事会等《(マヽ)》ニて、銀行へ出勤不仕 ○中略
  十二月三日                  栄一
    斎藤峰三郎様



〔参考〕法令全書 明治二二年 内閣官報局編 刊 【朕市制施行ニ付、府県会議員ノ選…】(DK280037k-0006)
第28巻 p.364-365 ページ画像

法令全書 明治二二年 内閣官報局編 刊
朕市制施行ニ付、府県会議員ノ選挙及市公民ノ資格ニ関スル件ヲ裁可シ、玆ニ之ヲ公布セシム
 御名 御璽
  明治二十二年二月二十六日
             内閣総理大臣 伯爵 黒田清隆
             内務大臣   伯爵 松方正義
             大蔵大臣   伯爵 松方正義
法律第七号(官報二月二十八日)
第一条 市制ヲ施行スルモ、府県会議員ハ之ヲ改選セス
第二条 郡部ト経済ヲ異ニスル区ニ市制ヲ施行スルモ、府県会議員選挙ノ区域及区部会・郡部会ニ係ル規定並区部議員ノ数ハ総テ従前ノ通タルヘシ、但区部ハ改テ市部ト称スヘシ
 区ノ区域ヲ変更シテ市ト為スニ因リ議員ノ数ヲ増減スヘキトキハ、
 - 第28巻 p.365 -ページ画像 
府県会ノ議決ヲ以テ之ヲ増減スルコトヲ得、此場合ニ於テ其退職スヘキ議員ハ抽籤ヲ以テ定メ、其増加スヘキ議員ハ新ニ選挙スヘシ
第三条 郡内ノ市街ニ市制ヲ施行スル場合ニ於テモ、府県会議員選挙ノ区域ハ之ヲ変更セス、其選挙事務ハ郡長ニ於テ之ヲ管理シ、選挙ニ関スル費用ハ郡役所経費ヲ以テ支弁スヘシ
第四条 郡部ト経済ヲ異ニスル区ニ於テ、従来地方税ヲ以テ支弁シタル事業ニシテ市ノ事業ニ属スヘキモノハ、府県会ノ議決ヲ以テ市ニ引継クヘシ
第五条 郡部ト経済ヲ異ニセサル区ニ市制ヲ施行シ、又ハ町村ニ市制ヲ施行シ、若クハ町村ヲ区ニ合併シテ市制ヲ施行スル場合ニ於テハ其区費又ハ町村費ヲ二年以来納メタル者ヲ、市制第七条ノ市ノ負担分任者ト看做スヘシ
 郡部ト経済ヲ異ニスル区ニ市制ヲ施行スル場合ニ於テハ、府県会ノ議決ヲ以テ区部地方税中、専ラ区ノ費用ニ支出シタルモノヲ区分シ其区分シタル税金ヲ二年以来納メタル者ヲ、市制第七条ノ市ノ負担分任者ト看做スヘシ、其区分シタル税金ノ外区費ヲ納メタル者アルトキハ、其金額ヲ併算スヘシ



〔参考〕法令全書 明治二二年 内閣官報局編 刊 【朕市制中東京市・京都市・大阪市…】(DK280037k-0007)
第28巻 p.365 ページ画像

法令全書 明治二二年 内閣官報局編 刊
朕市制中東京市・京都市・大阪市ニ特例ヲ設クルノ件ヲ裁可シ、玆ニ之ヲ公布セシム
 御名 御璽
  明治二十二年三月二十二日
             内閣総理大臣 伯爵 黒田清隆
             内務大臣   伯爵 松方正義
法律第十二号(官報三月二十三日)
第一条 東京市・京都市・大阪市ニ於テハ市長及助役ヲ置カス、市長ノ職務ハ府知事之ヲ行ヒ、助役ノ職務ハ書記官之ヲ行フ
第二条 東京市・京都市・大阪市ノ市参事会ハ、府知事・書記官及名誉職参事会員ヲ以テ之ヲ組織ス
第三条 東京市・京都市・大阪市ニ於テハ、収入役・書記其他ノ附属員ヲ置カス、府庁ノ官吏其職務ヲ行フ
第四条 東京市・京都市・大阪市ニ於テハ、従来ノ区ヲ存シ、毎区ニ区長一名及書記ヲ置キ、有給吏員ト為シ、市参事会之ヲ選任ス、但書記ノ人員ハ市会ノ議決ヲ以テ之ヲ定ム
第五条 東京市・京都市・大阪市ニ於テハ区長代理者ヲ置カス、区長事故アルトキハ、上席書記之ヲ代理ス
第六条 東京市・京都市・大阪市ニ於テハ、府知事ハ区長ヲシテ其区内ニ関スル国ノ行政及府ノ行政並収入役ノ事務ヲ補助執行セシムルコトヲ得
第七条 東京市・京都市・大阪市ニ於テ区ノ廃置分合ヲ要スルトキハ勅令ヲ以テ之ヲ定ム
第八条 東京市・京都市・大阪市ニ於テハ区ヲ以テ市会議員選挙区ト為ス
 - 第28巻 p.366 -ページ画像 


〔参考〕青淵先生関係事業調 雨夜譚会編 昭和三年六月廿三日(DK280037k-0008)
第28巻 p.366 ページ画像

青淵先生関係事業調 雨夜譚会編  昭和三年六月廿三日
                    (渋沢子爵家所蔵)
 ○東京市と青淵先生
    東京市参事会 (安達憲忠氏談)
私が渋沢子爵に初めてお眼に掛つたのは、東京市参事会に於てゞあります。当時は市参事会が開設されたばかりで、私は第一回市参事会の書記を勤めて居りました。会員十四人で市会から其半数、公民から半数選出されて居りました。第一回に推選された人々は市会からの選出者として松田秀雄・吉野世経等《(芳野世経)》の人々、公民代表者としては渋沢子爵安田善次郎・渡辺洪基(当時東京帝国大学総長)・渡辺温《(渡部温)》・田口卯吉・関直彦等の諸氏でありました。公民とは民間知名の人々を指したのであります。市参事会に渋沢子爵は毎日午後御出でになり、私は毎日お目に掛つて居つた次第であります。