デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2022.3.15

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

2部 社会公共事業

6章 政治・自治行政
2節 自治行政
4款 東京市参事会
■綱文

第28巻 p.378-392(DK280041k) ページ画像

明治28年11月12日(1895年)

是日栄一等、水道用鉄管事件ニ関シ監督上ノ責ヲ負ヒ、東京市名誉職参事会員ヲ辞ス。同月二十日栄一再ビ選挙セラル。


■資料

青淵先生六十年史 竜門社編 第二巻・第六七一―六七二頁 明治三三年二月刊(DK280041k-0001)
第28巻 p.378-379 ページ画像

青淵先生六十年史 竜門社編  第二巻・第六七一―六七二頁 明治三三年二月刊
 ○第五十八章 公益及公共事業
    第十九節 東京市水道鉄管
○上略
鉄管問題ノ東京市会ノ議ニ上ルヤ、市会亦容易ニ決スル能ハス、終ニ水道改良工事長タル内務省土木局長工学博士古市公威ノ意見ヲ聞キタルニ、古市ハ内国ニテモ製出シ得ヘシトノ意見ナリシカハ、内国製ヲ
 - 第28巻 p.379 -ページ画像 
使用スルノ説ハ勝ヲ制シタリ
明治二十六年一月東京鋳鉄合資会社ハ成立シ、遠武秀行ハ社長トナレリ、工学博士野呂景義顧問技師タリ、後チ組織ヲ変シ株式会社トナリ雨宮敬二郎・浜野茂等社長トナレリ、会社ノ資本ハ三拾万円ニシテ、工場ハ築島ニ新築セリ、然ルニ青淵先生予言ノ如ク鉄管ニ鋳損シ多ク工費不廉ニシテ収支償ハス、且出来上リノ期限契約ノ如ク履行スルコト能ハス、屡々延期ヲ乞フノ止ムヲ得サルニ至レリ、明治二十八年十一月驚クヘキ報ハ伝ヘラレタリ、鋳鉄会社ノ役員ハ試験不合格ノ鉄管ヲ夜中窃ニ合格ノ鉄管ト取替ヘ符号ヲ附替タリ、又水圧試験機械ヲ故意ニ違ハセ試験官ヲ欺キタリ、是等ノ不合格ノ鉄管ハ数多既ニ地中ニ埋没セラレタリ、若シ水ヲ通スルニ至レハ諸方ヨリ破裂スヘシト、此ノ報ノ伝ハルヤ世論囂然トシテ会社ヲ攻撃シ、雨宮敬二郎・浜野茂・野呂景義其他幾多ノ役員拘留トナリ、又市会議員等ノ内ニモ此ノ事件ニ関係シテ拘留セラレタルモノアリ、久キ審問ノ後チ雨宮・浜野・野呂等ハ無罪トシテ放免トナリタルモ、会社役員等ノ内ニハ処刑トナリタルモノアリ、又東京市ト雨宮等ノ間ニ損害賠償九拾余万円ノ訴訟起リタリ、又弁護士増島六一郎及元田肇ト東京市トノ間ニ弁護料ノ訴訟トナリ、「バルトン」ト東京市トノ間ニハ水道設計料ノ訴訟トナリ、一旦埋没シタル鉄管ハ再ヒ掘起シ、新ニ外国ニ注文ノ上其到着品ヲ試験シテ埋没スルコトヽナリ、其費用、其手数、其時日ノ遷延、其一般ノ不経済、其全市ノ混雑ト損害実ニ名状スヘカラス、此ニ於テ前ニ青淵先生ヲ攻撃シタル者異口同音ニ先生ノ識見ヲ嘆称シ、先生ノ意見ノ用ヒラレサリシヲ頗ル後悔セリ
○下略


東京市会議事録(附録) 第四三号・第六―七頁 明治二八年刊(DK280041k-0002)
第28巻 p.379 ページ画像

東京市会議事録(附録)  第四三号・第六―七頁 明治二八年刊
市参事会員渋沢栄一外一名ヨリ退職之義、別紙写之通申出候条、此段及報告候也
  明治二十八年十一月十三日
                      東京府知事
    東京市会議長宛
(別紙)
日本鋳鉄株式会社鋳造鉄管事件ニ付監督上其責ヲ引キ辞職致候也
  明治二十八年十一月十二日
                      渋沢栄一
   東京市参事会
    東京府知事 三浦安殿


東京市会議事録 第四四号・第一―四頁 明治二八年刊(DK280041k-0003)
第28巻 p.379-380 ページ画像

東京市会議事録  第四四号・第一―四頁 明治二八年刊
  明治二十八年十一月二十日午前十一時開議
    出席十九番・三十一番・四十八番闕員
○上略
  七番楠本正隆議長席ニ着ク
○中略
 - 第28巻 p.380 -ページ画像 
一市参事会員ノ補闕選挙ヲ要セシニ、五十五番峰尾勝春ハ市参事会員ノ補闕選挙ヲ行フニ当リテハ、其候補者ノ選択等ニ関シ大ニ熟慮ヲ要スヘキ所アルカ故、之カ補闕選挙ハ今日ヨリ二日間猶予セラレタシト望ミ、二十四番関幸太郎・二十三番浦田治平等ハ、補闕選挙会ヲ延期スルノ不可ナル主旨ヲ陳ヘ、討議ノ末表決セシニ三十二人ニ対スル十四人ノ起立ニテ五十五番ノ延期説ハ消滅ニ属シ、議長ハ名誉職市参事会員十二名ヲ二部ニ分チ、明治三十二年六月任期満了トナルヘキ六名ヲ甲トシ、同三十年六月任期満了トナルヘキ六名ヲ乙ト定メ、先ツ甲ノ部ヨリ選挙ヲ行フヘキ旨ヲ告ケ、市制第四十四条ニ拠リ一名ツヽ投票セシメタルニ、左ノ十二氏当選シ、補闕選挙会ノ結了ヲ告ケ散会ス
      明治三十二年六月任期満了ノ分(甲ノ部)
              二十九点  芳野世経
              二十八点  松田秀雄
              二十七点  須藤時一郎
              三十点   仁杉英
              三十点   長岡護美
              三十点   富田鉄之助
      明治三十年六月任期満了ノ分(乙ノ部)
              二十四点  渋沢栄一
              三十点   谷干城
              二十四点  奥三郎兵衛
              三十三点  銀林綱男
              三十点   辻新次
              二十六点  白石剛
   于時午後一時
   十二月九日左ノ三名署名ス
             議長代理者  芳野世経
             三十八番   石垣元七
             二十二番   星松三郎


東京市会議事録(附録) 第四四号・第九―一〇頁 明治二八年刊(DK280041k-0004)
第28巻 p.380-381 ページ画像

東京市会議事録(附録)  第四四号・第九―一〇頁 明治二八年刊
名誉職市参事会員ノ補闕選挙ヲ行ヒシ処、左ノ通当選相成候条、此段及報告候也
  明治二十八年十一月二十日
                    東京市会議長
    東京市参事会東京府知事宛
      明治三十二年六月任期満了ノ者
                    芳野世経
                    松田秀雄
                    須藤時一郎
                    仁杉英
                    長岡護美
                    富田鉄之助
 - 第28巻 p.381 -ページ画像 
      明治三十年六月任期満了ノ者
                    渋沢栄一
                    谷干城
                    奥三郎兵衛
                    銀林綱男
                    辻新次
                    白石剛


東京市会議事録(附録) 第四五号・第九―二六頁 明治二八年刊(DK280041k-0005)
第28巻 p.381-387 ページ画像

東京市会議事録(附録)  第四五号・第九―二六頁 明治二八年刊
    偽造鉄管調査委員報告
委員は依托せられたる事件に就き調査の上報告すること左の如し
十一月五日午前九時委員集会の上、芳野世経氏を委員長となし、左の三部に分ち調査を担任す
      一 責任部分の調査
                    佐久間貞一
                    鈴木信仁
                    長谷川泰
                    肥塚竜
      二 訴訟部分の調査
                    小川三千三
                    白石剛
             中途より欠席 中島又五郎
      三 工事進行部分の調査
                    佐久間貞一
                    石垣元七
                    小島官吾
第一 責任部分
本件は概括して云はゞ、市の行政・議政二局共に其責を免れさるの事実あり、只其間大小軽重の差あることを見認む、委員は事実を見るに便ならしむる為め、左の数項に分ち責任の所在を明にす
  一 市長助役の責任
  二 市参事会員の責任
  三 常設委員の責任
  四 市会議員の責任
特別市制の下にありて、市長・助役は特種の地位を占む、故に本書は市長・助役の一項を設けて其責を明にす
偽造鉄管の発見者は実に市参事会に於ける東京府知事三浦安氏とす、本年十月二十七日某氏あり知事に告くるに偽造鉄管の真確なる事実を以てす、知事直ちに人を派し真偽を実験せしむ、偽造の事実此に於て始めて覚はる、此一事は市参事会員常設委員に比して知事の効没了すへからさる者とす、然れとも知事は自分の坐榻の側に此不正不義なる会社を幇助する者あるを知らさりし、其幇助者とは旧参事会員風間信吉なり、又知事は市吏員の一部に会社を幇助する者あるを知らさりし其幇助者とは誰ぞ、常設委員是なり、常設委員の責任は別項に於て之
 - 第28巻 p.382 -ページ画像 
を挙くへし、風間の非行にして事実に顕はれたる者を挙ん、彼には本年九月八日の夜(会社処分案議事に上る前夜)種々周旋尽力して会社に利益ある水改第百四十六号議案を通過せしめん為め、名を@親会に托して議員十余名を芝浦海水浴に集めたり、其集会者は
  風間信吉   末吉忠晴   山中隣之助
  星松三郎   高尾琢磨   外数名
此集会者の中には欺かれて出席したる者もあらん、然れとも風間等の目的は会社の為めに水改第百四十六号議案を通過せしめん為め、其出席者に勧諭せしは、出席者の言ふ所に依りて明なり、又彼か非行此に止らす、彼は会社に依頼を受け刑事の被告たるへき非行あること一・二に止らす、其事実は刑事に関するが為め此に明言するを得す、市参事会員中斯る醜行者ありて知事之を知らす、会社をして奸悪此に至らしむ、況んや常設委員の醜行も知事たる市長は監督の責を免れさるに於てをや、以上の理由を以て知事は其の責任を免れす、而して其助役たる書記官の如きは知事の責任に伴随する者とす
    二 市参事会員の責任
市制第六十四条に曰く、市参事会は其市を統轄し、其行政事務を担任す、其第五項に曰く、市吏員及使丁を監督し、市長を除くの外其他に対し懲戒処分を行ふこと云云、第七十三条に曰く委員は市参事会の監督に属し、市行政事務の一部を分掌し云云、法文分明に各種の委員は市参事会の監督に属することを明記す、旧市参事会は能く此権限を守り、常設委員を監督せしや否やと云ふに、当委員会は市参事会か監督の事務を怠りたる事実あるを認む、即ち市参事会自から地位を貶し、其管理に属する常設委員と交渉会を開きしこと、殊に鋳鉄会社処分案(水改第百四十六号)議決の結果に就き、監督部局なる市参事会か其部下なる常設委員に接するに交渉委員三名を挙けて交渉したる如き、自から其権域を破りて部下の委員と同等互格の交渉を開きたる者なり今回水道常設委員より生したる醜事の如き、監督の怠慢より生したる結果なりと認定す
    三 水道常設委員の責任
水道常設委員設置以来、水道布設事業の直接監督の任は常設委員の担当に属す、第一常設委員の職務権限を明にし、第二此委員の責任を明にすへし
常設委員の職務権限は第一本年一月十日東京市告示第一号を以て定め(参照ニノ17)、第二本年三月十八日市訓第八号を以て定められたる者とす(参照ニノ18)、市訓第八号は当時常設委員説主張者に満足を与へさりし、此に於て本年六月廿四日発布東京市条例第一号を以て権威を明にすることとなる(参照ニノ21)条例第六条に曰く
 第六条 左の事項は常設委員に於て施行するものとす、但し契約を要するものは第七条の例に依る
  一 工事請負又は材料購入に関する事
  二 工事の着手順序を定むる事
  三 工事又は物品納付の日数を定むる事
  四 材料の保管に関する事
 - 第28巻 p.383 -ページ画像 
  五 工事並に材料の検査に関する事
  六 用度品の購入に関する事
  七 一覧に止る請書又は領収証を検閲する事
 第七条 左の事項は常設委員に於て評決の上其施行を市参事会に具申することを得
  一 事務所員の進退に関する事
  二 他に対する契約の締結に関する事(以下略之)
常設委員は五人の中三人迄已に収賄事件の被告となる故に、今日之を論責するは不必要なるか如し、然とも我々委員は市会の議決を以て此事件の調査を付托せらる故に、上文に常設委員会の権域を明にし、下文に責を明にすへし
我々委員を責むるに左の件を以てす
一 今日迄調査の成績に依るに、会社か鉄管の偽造に着手したるは、雨宮敬次郎の社長就職後にある者の如し(偽造管製造着手の時日は司法裁判結了後ならされは明了せす)敬次郎公然の社長就職は昨年六月一日とす(参照ニノ8)本年五月以来偽造鉄管の密告書は前後三回とす、第一は五月廿七日、第二は八月廿七日、第三は九月四日の日附とす(参照イノ1以下)此三回の投書は市条例第六条常設委員の責務上緊要の者とす、而して委員は第一密告書を空々看過し、第二密告書は差や注意を引き技師に命し検査を行はしめしも、技師・技手の正不正を監査するの明なきより、検査其功を全ふするを得さりき、第三密告書は其書中偽造鉄管の置き場迄之を指定したるに係はらす、又其宛名は東京市会御中と記載したるに係はらす、議長楠本正隆氏と常設委員末吉忠晴氏のみ之を見閲し、他の議員に片言隻語も之を示さす、又為之製管の真偽に少しも注意を起さゝりしは怠慢の責を免れす、其密告書の末文に曰く
 此頃既に番号及ひ東京市の徽章を偽造せし分は、既に工場裏手にあり諸君実現見せよ
第三密告書の日附は九月四日にして、楠本氏か之を披見し末吉氏に示せしは九月九日(参照イノ8・9)なりと云ふ、九月九日は水改第百四十六号即ち会社処分案の議題となりし日にて、此密告書は東京市の為めに一字万金の価直あるの当日とす、而して会社監督に至大至切の責ある常設委員之を耳外に置き、議長亦末吉氏の説を信し、之れに一顧の価を置かさりしは、当委員会か甚た不満足とする所とす
二 本年十月の末、水改第百五十何号を以て将に議場に出んとしたる議案は、奇怪に堪へさる者とす、其案に曰く
 水改第百五十号(参照ヘノ6)
  日本鋳鉄株式会社ヨリ徴スヘキ没収金年賦延納ニ関スル件
 日本鋳鉄株式会社ニ対スル鉄管請負契約解除ノ件(水改第百四十六号修正)ハ、嚮ニ議決ノ主旨相達シタル処、同社ハ当庁ノ指示ニ遵ヒ、本契約書第七条第七期ニ対スル遅延賠償金ハ即時上納可致(第一)納付済ノ鉄管六千二百噸ノ外既ニ鋳造ノ千百ミリメートル鉄管六百余噸異型管並ニ各種直営ノ本年十一月中ニ納付シ得ヘキ分ハ、従前ノ通領収相成度(第二)没収金額ハ未納噸数ニ割合ヒ計算ノ事
 - 第28巻 p.384 -ページ画像 
(第三)没収金納付ノ儀ハ明治二十八年ヨリ向フ二十八ケ年日本鋳鉄株式会社営業年限ニ割合賦トシテ徴収相成度(第四)年賦延納金ニ対シテハ会社ノ現重役浜野茂・阿部彦太郎・雨宮敬次郎ノ三名ハ各自一己ノ資格ヲ以テ其保証ノ責ニ任シ可申(第五)旨ヲ以テ別紙ノ通申請有之審査ヲ遂クル処、会社財政上頗ル困難ノ趣ニ有之、工場維持ノ方法難相立、随テ此際一時ニ没収金ヲ徴スルニ於テハ忽チ倒産ヲ免レサルノ惨況ニ陥ルヘキ場合ニシテ、事情酌量スヘキモノアリ、而シテ阿部彦太郎外二名ハ身元確実ノ者ト思料スルニ依リ、三名連署保証ノ契約ヲ為サシメ、申請ヲ採用スルモノトス
  明治二十八年十月 日提出
                    市参事会府知事
鋳鉄会社か数回歎願の末、一万噸の請負高を六千二百噸に減したるは水改第百四十六号(参照リノ12)の議案に依りて確定せられたる者とす、又此噸数の鉄管完成届は十四日浜野茂の届書(参照トノ4)に依りて確実の事実たるを知る、自余に一管たりとも(不合格擯斥せられたる者の外は)会社か市用の鉄管を鋳造すへき道理なし、而るに上文草案を見るに六千二百噸の外既に鋳造の千百ミリメートル鉄管六百余噸云々とあり、是れ最も疑ふへしと当委員会は認め、十一月八日事務員福島・技師中島の両名を委員室に呼ひ来り、不審の廉を右両名に質し、両名をして手続書(参照ヘノ2)を当委員会に迄出さしめたり、其手続書の要旨を摘示すれは
 鋳造会社は九月三十日後(即ち市か会社と鉄管鋳造を解約したる後)も引続き当市水道用の鉄管を鋳造し、之れか試験を請求したり
 中島・楳川両員は常設委員末吉氏に問ふに、此請求は市会の決議に触るゝの嫌なきや否やを以てしたり
 末吉氏は福島事務員に対し、主任は此事如何に思ふやと尋ねたり
 主任は之れに答へ、価の高低に係はらす買上け可然との意を以てしたり
 常設委員会は口頭にて中島・福島両員に対し、委員会は市の派出工手が右の検査を為すを黙許すへしと指揮したり
右は福島・中島両員か当委員会に出したる手続書の要旨とす、抑々東京市の鉄管は悉く市の徽章を鋳入する者、殊に千百ミリメートル大管の如き他に使用の道なき者なり、而るに会社は契約消滅後尚引続き市の徽章を入れたる大管を鋳造し(其一疑)其管の試験を市の所属工手に請求し(其二疑)常設委員は其請求を拒絶せさるのみならす、却て掛員に其検査を黙許する旨を通したりと云ふ(其三疑)検査の黙許は取も直さす鋳造の黙許なり、鋳造の黙許は取も直さす市会の決議を侮蔑する者なり、而して他に使用の道なき鉄管を会社は契約外に製造し得へき者にあらす、彼会社か斯る条理外の挙を為せし者は会社をして之を為さしめたる者ありと当委員会は推断す、其契約外の管には不合格品多数なるやも知るへからす、常設委員は鋳鉄会社に契約外の鉄管を鋳造せしむるも、市に利益ありと推定して検査を黙許したりと云はんか、当委員会は此の説を為すを許さす、常設委員末吉氏は水改第百四十六号議案を議する議場にありて今鋳造会社と解約するは市に損害
 - 第28巻 p.385 -ページ画像 
なきのみならす、尚ほ当市に利益ありとの説を為したるは昭々たる事実とす(又会社第三回解約願書に対する常設委員の意見も之れと同なり)此会社と解約するは当市に寧ろ利益ありと云はゝ、此会社と続約するは当市の不利益と論断せさるへからす、而して常設委員か契約外の鋳造を黙許せしは当委員会か不当と認定する所とす
三 市条例第七条は常設委員に命するに事務所員直接監督の任を以てせり、而して収賄の嫌疑を以て今日迄技手及ひ事務員にして拘留せらるゝ者既に五人、又契約書第五条に曰
 日本鋳鉄株式会社は市参事会に申出てたる冶金専門の学士及機械専門の学士をして之れに従事せしむへし、之れを変更せんと欲するときは予め市参事会の承諾を経へきものとす
此約文に依れは、冶金学士は一日も会社に欠くへからさる者とす、而るに調査の結果に依るに会社より市参事会へ届出の冶金専門の博士野呂景義氏は本年一月会社へ辞表を提出したりと言ふ、然らは本年一月以来契約書第五条は会社の為めに破壊せられ、而して常設委員之れを知らす、此事知事・参事会其責を免れさるも、常設委員は最も直接の責に当るへき者とす
四 常設委員会書記の筆記に依るに、鉄管請負契約解除に関し、本年五月十七日より同十月四日迄前後五ケ月間に、鋳鉄会社より請負契約解除に関し願書を出せしこと実に十九回、或時は請負高の減少、或時は請負高の増加、或は十ケ月の延期を出すかと見れは、日ならずして二十ケ月の延期(参照トノ13以下)を請ふあり、外国鉄管を代納せんと請ふことあり、其云ふ所前後背反、一ケ月平均幾んと四回の願書を出し、常設委員一々之れに接して敢て難詰せし所あるを見す、此十数回の出願中当委員会か最も不可とする所は、第三回の願書に対する常設委員の挙動とす(参照トノ9)
  第三回願書の大意(五月三十一日出願)
 一請負高一万噸の中六千噸を上納し余は解除の事
 一一万噸に対する身元保証金は右六千噸皆納の時(九月三十日)迄全部を差出し置く事
右願書に対し、常設委員は事務所員に命し九月三十日迄に要する鉄管の数量・本数等を調査せしめたり、事務所員の之れに対する答申左の如し
 大鉄管及異形管の請負高を減する時は、工事施行上支障を生する虞なしとせす(中略)依て一万噸の請負額を凡そ七千六十三噸と改め解約を請ふたる者を二千九百三十六噸と定め、之れに比例する所の保証金壱万七千弐百九拾弐円七拾七銭六厘は此際之を没収し、解約の処分を為す者とす(参照トノ11)
上文の如く事務所員は一万噸の請負高を六千噸に減するは支障の虞ありとなし、且つ保証金一万七千余円を没収する説を為し、市参事会は七月二十三日を以て会社に対し「願之趣難聞届」との指令を為したれとも、常設委員独り願意採用の説を為したり、当時常設委員か事務所員(福島)に命し、常設委員会の意見を起草せしめし案は左の如し
 水改第  号
 - 第28巻 p.386 -ページ画像 
  日本鋳鉄株式会社ニ対スル鉄管請負契約解除ノ件
 日本鋳鉄株式会社ニ本市水道用鉄管一万噸ノ鋳造請負ヲ命シタル所客歳征清事件ノ為メ職工ノ徴発セラレタル者尠カラス、加フルニ石炭・コークス等ノ原料卒カニ騰貴シタルカ如キ種々困難ノ事情有之損失頗ル多ク、会社維持難相成境遇ニ陥リタルニ依、請負鉄管ヲ六千噸ニ減少シ、残額四千噸ハ解約相成タキ旨ヲ以テ該社長ヨリ別紙ノ通申請有之、調査ヲ遂ケタル所、事情無余儀相聞ヘ、且請負鉄管ヲ六千噸ニ止ムルモ敷設工事上支障ナキノミナラス、寧ロ該社ノ申請ヲ容レテ解約ニ係ル四千噸ハ此際之ヲ外国ヨリ購入スル方本市ノ為メ利益アリト認ムルニ依リ、本社違約ニ係ル損害ノ賠償ヲ要セス鉄管請負高ヲ六千噸ト更正スル者トス
  明治二十八年七月  日提出
               東京市参事会
                東京府知事 三浦安
常設委員は事務所員に鉄管の数量・本数等の調査を命し、其命せられたる事務所員は大管異形管の請負高を六千噸に減するは工事施行上支障の虞ありとなし、七千余噸は九月三十日迄会社に請負はしめ、尚ほ解約噸数二千九百余噸に割合保証金没収を為すへき説を為し、市参事会員は願意を拒絶せしに、常設委員のみ四千噸を減したる上に賠償を要せす解約すへきの説を為せしは、会社に取りて便利なるも工事上支障の虞あるへき者とす、当委員会か今日迄の調査に依る常設委員か斯く会社の義務軽減説を為せしは、一種云ふへからさる者文字以外に伏在するかと疑ふ、其疑ふ所は刑事被告事件に関係するを以て、此に報告するを得す、此事件落着後当委員会の疑ふ所の者自から釈然たる者あらん
    四 市会議員の責任
当委員会は市会議員も此事件に対し責を免かれすと思考す、市会議員各自に就て云はゝ、最初より鋳鉄会社に鉄管を請負はしむるを危険なりとの説を為せし人もあらん、又当初の契約に関係なき人もあらん、然れとも市会と云へる団体を組織したる以上は、其団体の行為は団体自から其責に当るへき条理あり、嚮きに監督不行届の故を以て辞職せし市参事会員は当市会か選挙したるなり、収賄被告事件を以て拘留せられし者も当市会か之を選挙し、先きに辞職したる常設委員も其四人は当市会か之を選挙したるなり、本年五月半数改選の新選議員は実に当初の契約に与らす、然れとも市会と云へる一機関の中に混入したる以上は、市会以外に立て責任を免るゝを得す、況んや先きに辞職せし市参事会員及常設委員は、本年市会議員半数改選後の選挙なるに於てをや

    訴訟の部
東京市参事会東京府知事より、日本鋳鉄株式会社々長浜野茂に対し、明治廿八年十月三十日、詐欺取財の告訴提起より現今に至る概況、左の如し
      氏名件名及員数
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   被告の氏名   身分               件名    逮捕日附
 一浜野茂   日本鋳鉄株式会社々長        詐欺取財犯 十月卅一日逮捕
 一浜野万助  前同会社々員            詐欺取財犯 十月卅一日逮捕
 一山本潤太郎 前同会社々員            詐欺取財犯 十月卅一日逮捕
 一布施栄次  前同会社機械職           詐欺取財犯 十月卅一日逮捕
 一三上栄太郎 前同会社技手            詐欺取財犯 十月卅一日逮捕
 一大越弘毅  前同会社々員            詐欺取財犯 十月卅一日逮捕
 一服部松太郎 前同会社機械職           詐欺取財犯 十月卅一日逮捕
 一中原清一郎 前同会社技手            詐欺取財犯 十月卅一日逮捕
 一山田作蔵  前同会社機械職           詐欺取財犯 十月卅一日逮捕
 一茂野菊二郎 前同会社機械職           詐欺取財犯 十月卅一日逮捕
 一高田和太郎 水道改良事務所月島出張所鉄管検査係 詐欺取財犯 十一月一日逮捕
 一佐野喜三郎 前同上               詐欺取財犯 十一月一日逮捕
 一美川出生土 前同上               詐欺取財犯 十一月一日逮捕
 一雨宮敬次郎 日本鋳鉄株式会社取締役       詐欺取財犯 十一月八日逮捕
 一夏原仲次郎 日本鋳鉄株式会社技手補       詐欺取財犯 十一月八日逮捕
 一牛島之春  日本鋳鉄株式会社倉庫課長      罪証湮滅  十一月九日逮捕
 一寺久保貞孝 前同会社用度課長          罪証湮滅  十一月九日逮捕
 一野挽幸太郎 前同会社事務員           罪証湮滅  十一月九日逮捕
 一三上信次郎 前同会社事務員           罪証湮滅  十一月九日逮捕
 一岡部胤三  前同上               罪証湮滅  十一月九日逮捕
 一平尾儀作  前同上               罪証湮滅  十一月九日逮捕
 一三木徹三郎 前同上               罪証湮滅  十一月九日逮捕
 一関沢岩次郎 前同上               罪証湮滅  十一月九日逮捕
 一小島吉五郎 前同会社雇技手           罪証湮滅  十一月九日逮捕
 一黒川喜三郎 前同会社器械室道具番        罪証湮滅  十一月九日逮捕
 一本多貞二郎 前同会社々員            罪証湮滅  十一月九日逮捕
 一楠原斉助  前同会社職工(九月上旬辞職)    詐欺取財犯 十一月九日逮捕
 一風間信吉  東京市参事会員水道改良常設委員   賄賂収受  十一月十六日逮捕
 一山中隣之助 水道改良常設委員          賄賂収受  十一月十六日逮捕
 一高尾琢磨  前同上               賄賂収受  十一月十六日逮捕
 一堀田正@  水道改良事務所員          賄賂収受  十一月十六日逮捕
 一巌真保寿  前同上               賄賂収受  十一月十六日逮捕
   総数三十二人

右は何れも目今東京地方裁判所に於て予審判事の訊問中なり



〔参考〕新聞集成明治編年史 同史編纂会編 第九巻・第三一七―三一八頁 昭和一一年一月刊(DK280041k-0006)
第28巻 p.387-389 ページ画像

新聞集成明治編年史 同史編纂会編  第九巻・第三一七―三一八頁 昭和一一年一月刊
    東京市水道の不正鉄管事件
〔一一・六 ○明治二八年東京日日〕 一昨日の東京市会は、世人の耳目の聳動したる詐欺鉄管事件に対し、市会の意向を発表するとの事にて、傍聴者も近来無比の大入にて、議員も一人の欠席者なきに至り、開会前より楠本議長は楼上の食堂に於て議員と協議する所あり、軈て午後四時五十分開会、楠本正隆氏議長席に、三浦府知事・山県書記官番外席に在り、一・二の報告に次で中島又五郎氏は鋳鉄会社不正事件に関し詳
 - 第28巻 p.388 -ページ画像 
細の顛末を番外より報告あらんことを望み、又市の水道常設委員の報告を求めたり、三浦府知事は、或者の密告により去月廿七日之を発見し、直に技師に検査せしめ、其不正の事実を得たれば、三十日に至り水道常設委員に之を謀りて後急訴に及びたり、是れ今日第百五十二号案を提出するに至りたる所以なりと答へ、書記をして左の告訴状を朗読せしめたり。
      告訴状
   東京市参事会
           告訴人 東京府知事 三浦安
   京橋区月島日本鋳鉄株式会社々長 南豊島郡内藤
   新宿元番衆町卅五番地平民
    被告人              浜野茂
 被告会社は明治二十七年六月四日東京市改良水道用鋳鉄管製造供給の請負を為し、而して其の製品は各様の検査を経、合格したるものを指定の場所に運搬して納付するの契約にして、検査に合格せず擯却するものは直に破壊し、若くは鋳出しある本市の徽章を削除するの定めに有之、爾来其製出鉄管に就き示方書の各項に従ひ検査を為し、合格したるものを運搬せしめて之を収受し、不合格の為に本市徽章を削除し擯斥したるもの亦尠しとせず、然る処頃日収受済の鉄管中不合格品として徽章を削除したるものに更に徽章を嵌入したるものある由を伝聞したるに付、埋敷の為め牛込区市ケ谷田町三丁目十四番地先に差置きある千百ミリメートル鉄管二個に就き取調べたるに、全く徽章を嵌入したるものと認めたるのみならず、其一個に就ては打試の手に応じ剥脱して其跡歴然たるを以て、直に被告会社の職工山田作蔵・布施栄治、及び元同社職工にして当時本市雇たる守田又七に就き尋問したるに、別紙の如く被告の命令に従ひ、技師三上英太郎の指揮に拠り、会社の倉庫内に於て明治二十八年三月以来、擯却管に徽章嵌入の業を為したることを申立たり、右は擯却管に徽章を嵌入し、及び鋳出の番号数字を合格管の番号に変換し(擯却品と同一番号の鉄管を製造す可からざる示方なるを以て)合格品と交換運搬し、其交換したる合格品は亦番号数字を変換して新製品とし、更に検査を経て納附したるものなるべしと推考致候、即ち被告は不合格品に手工を施し以て合格を装ひ本市を欺罔して代価を騙入したるものと思料致候に付、相当の御処分相成度請求致候。
  証拠品
 一、牛込区市ケ谷田町三丁目十番地先所在第二五三三号千百ミリメートル鉄管より剥脱したる徽章形。
 一、守田又七及び山田作蔵・布施栄治の書面。
 一、請負契約書及び付属書類の謄本。
右及告訴候也
  明治廿八年十月三十日   東京市参事会
                東京府知事 三浦安
    東京地方裁判所検事正
      検事 工藤則勝殿
 - 第28巻 p.389 -ページ画像 
 終りて三浦府知事、佐久間・小島・末吉等の各議員の間に、不正・賄賂・秘密及東京市公民の投書等に付て論難あり、質疑応答等ありて議場少しく騒擾す、時に六時十五分、一応休憩、同三十分再び開議、水改第百五十二号私訴提起の件に就て市参事会は秘密会を請求し、肥塚竜氏之を駁し、討論終結、大多数を以て公開に決し、問答を経て東京市は義務者に対し至急私訴を提起するに決したり。〔下略〕



〔参考〕東京経済雑誌 第三二巻第八〇一号・第八〇八―八一〇頁 明治二八年一一月二三日 ○東京市鉄管問題の善後策如何(DK280041k-0007)
第28巻 p.389-390 ページ画像

東京経済雑誌  第三二巻第八〇一号・第八〇八―八一〇頁 明治二八年一一月二三日
    ○東京市鉄管問題の善後策如何
東京は帝国の首府にして、海内万民の出入輻輳する所なり、故に東京市の水道改良事業は自治体たる東京市の一事業に過ぎずと雖も、亦実に国家全体に関係を有せずんばあらず、是に於て乎政府は国資を支出して之を補助せり、然るに此の大事業は其の主要工事たる鋳鉄管に詐欺の行為ありて端なくも一大挫折を招けり、嗚呼之が衝に当れる東京府知事び東京市会は如何に之を処分して、以て之を小にしては東京市民、之を大にしては我が国民に答へんとする乎
余輩熟々鉄管詐欺事件に対する東京市会の言動を査案するに、去月三十日三浦東京府知事の本件を東京地方裁判所に告訴するや、東京市会は翌十一月四日を以て集会し、日本鋳鉄株式会社に係る附帯私訴提起の件、同会社に対する保証金没収の件及び敷設済の鉄管掘改に関する件を議決し、又善後委員十名を選挙せり、而して委員は第一責任に関する件、第二工事進行に関する件、第三訴訟に関する件に分ちて調査に着手し、委員肥塚竜氏は本月十三日の市会に於て責任に関する件を報告し、本件に関する責任を以て、知事・書記官・名誉職市参事会員水道常設委員及び市会議長に帰せり、抑々東京市に於ては市長の職務は知事の掌る所なれば、施政の責任を有する知事が本件の責任を免かるべからざるや論を俟たず、名誉職市参事会員及び水道常設委員の責任を負はざるべからざるも亦明かなりと雖も、書記官は助役の職務を取るに過ぎざれば責任を負はざるも可なり、而して委員は重きを置かずと云へり、又市会議長は責任を負ふべきの理由なしと雖も、委員は九月四日附の鉄管詐欺密告書を、楠本議長は同月九日開封し、其の宛名は市会なりしにも拘らず、之を懐中して市会に報告せざりし為に責任ありと云へり、而して此の報告に先ちて名誉職市参事会員及び水道常設委員は辞職を申出で、市会は十一月八日を以て常設委員の辞職を同月十三日を以て参事会員の辞職を聴許したりと雖も、善後委員の調査未だ完結せざればとて、未だ後任者をば選挙せざるなり、又山県書記官は辞表を捧呈せんとしたれども、三浦知事に於て之を抑留せる程なれば、知事自身に於て辞職の志なきは論を俟たざるべし、是に於て市会議員等は去る十六日協議会を開き、議員一同打揃ふて知事に面会し、其の辞職を勧告することに決したるに、知事は之を聴きて少数委員に面会せんことを請求せしかば、更に翌十七日協議会を開き、委員十五名を選挙し、之をして三浦知事に辞職を勧告せしめたり、其の趣旨及び知事の答弁は左の如し
    勧告の趣旨
 - 第28巻 p.390 -ページ画像 
 今回水道鉄管不始末事件は、本市に取り実に遺憾千万なる出来事にて、此事に関しては夫々責任の帰する処を明にし、一日も早く善後の策を講ぜざるべからず、行政府たる参事会は既に総辞職をなして其の責任を明かにせり、府知事・市会亦共に責任を明かにし、端を改めて事業の進捗を計らざるべからず、今日此事なくして水道事業を犠牲となすが如きは、我々の尤も不可とする所なり、市会の責任に就ては目下夫々評議中なり、玆に市会の決議を以て敢て知事に辞職を勧告せんとす、知事も亦之を容るゝに吝ならずと信ず、此の際に当り知事たるもの潔く其職を退き、新任者に譲りて事業の進捗を計るは政治家の徳義なりと信ず云々
    知事の答弁
 今回の事件に就て遺憾千万なりとするは、自分も諸君と同様なり、然れども府知事たる行政官吏の職務は、他の名誉職と大に異なるものなり、自分一己の考を以て処決すべきものにあらず、又今日の場合に処しては只だ善後の策を講じて事業の進捗を計るこそ府知事たるものの職責なりと信ず、故に諸君が折角の厚意を以て引退の事を勧告せらると雖、自分は此等の善後処置未だ決せざる以前に於て職を退くが如きは、断じて為す能はず云々
抑々市会は東京市の議政機関にして、参事会は其の施政機関なり、而して今回の事件は専ら施政機関の不行届に坐せずんばあらず、故に其の責任を負ふべきものは専ら知事及び参事会員にして、市会議員等の関する所にあらず、市会議員等は辞職すべからざるのみならず、速に参事会員及び水道常設委員を選挙して、一方に於ては鉄管詐欺の損害をして成るべく少からしめ、一方に於ては水道事業をして成るべく速に進行せしむることを謀らざるべからざることなり、知事に辞職を勧告するは可なりと雖も、知事にして之を聴かざれば致方なきことなり況や知事の辞職を拒むもの亦其理由なきにあらざるをや、余輩本論を草するまでには、知事の辞職勧告拒絶に対する市会の言動を知るを得ざりしと雖も、市会にして知事の不信任を決せん乎、市会の解散は殆ど疑ふべからざるべし、鉄管詐欺の善後策は掛けて市会に在り、而かも最も急施を要する今日に於て、若し市会が解散を賭して知事排斥の素志を貫かんとする如きことあらば、余輩は知事の交迭を政府に勧告するに先ちて、市会の軽挙を責めざるべからず、何となれば是れ実に他の責任を正さんとして、自己の責任を忘れたるものなればなり。



〔参考〕東京経済雑誌 第三二巻第八〇二号・第八五一―八五二頁 明治二八年一一月三〇日 ○東京市鉄管詐欺事件の責任を明にす(DK280041k-0008)
第28巻 p.390-392 ページ画像

東京経済雑誌  第三二巻第八〇二号・第八五一―八五二頁 明治二八年一一月三〇日
    ○東京市鉄管詐欺事件の責任を明にす
東京市鉄管詐欺事件の責任論は、去る二十日の市会に於て市参事会員の補欠選挙を為し、玆に一段落を告げたるが如しと雖、市会の解散を賭しても府知事の責任を問はんとする説は炎々として衰へず、而して差懸り決せざるべからざるは、市会議員須藤・松田二氏の辞職是なり其の文に曰く、鉄管事件に付き市会に於ても其の責を免かれ難しと思料致候に付、此に其の責を重んじ辞職致候也と、故に市会若し之を聴許せば、各議員亦悉く責を引きて辞職せざるべからざるに至るべし、
 - 第28巻 p.391 -ページ画像 
市会果して責任ある乎
抑々市制の趣旨は、町村制と同じく自治及び分権の主義を行はんとするに在り、分権とは行政権を政府より自治体に分つの謂にして、自治とは自治区内即ち市内の政治を自から行ふことなり、故に完全に自治主義を行はんと欲せば、老幼男女の別なく、苟も市民たる者は悉く市政に参与せざるべからずと雖も、斯の如きは実際に於て行はるべからざるを以て、市民を公民と住民とに分ち、公民をして市会議員を選挙せしむることなり、而して市会議員の数は、帝国の首府たる東京市に於ても六十名に過ぎずと雖、尚以て実際市政を行ふには多きに失すと謂はざる可らず、何となれば政治を議するには多数の人を以てし、政治を施すには一人又は数人を以てすべきは行政上の原則なれば也、是れ更に市長・助役・市参事会員及び常設委員等を選任し、市会にて議せし市政を実際に施さしむる所以なり、故に市参事会は施政機関(或は行政機関とも云ふ)にして、市会は議政機関(或は代議機関とも言ふ)なり、而して市参事会は政府の行政機関と比すれば、国と市との別あるのみにて、其の性質上敢て異なる所なしと雖も、市会と国会とは全く其の性質を異にせり、即ち国会は国家の立法に参与し、兼ねて大政を監視するの権利を有するに止まると雖とも、市会は市条例及び規則を立つるの余に兼ねて市政を議決し、市政を監査し、兼ねて市の公益に関する事件に付監督官庁に対して意見を開陳するの権利を有するものなれば也
市会と市参事会との性質は前陳の如くなるを以て、東京市鉄管詐欺事件の責任は市会に帰すべき乎、市参事会に帰すべき乎、将た両者共に之を負ふべき乎は、専ら事件の関係に依りて決せらるべきものなり、論者曰く、昨年市参事会より爾後鋳鉄会社との鉄管請負は解約すべしとの議を提出したる当時、市会は少々ながらも多数を以て之を否決し依然鋳鉄会社をして鋳造を継続せしめたり、即ち市会は市参事会に命じて鋳鉄会社に鉄管を請負はしめたるものなり、去れば今回の事件に対し市会議員の責を免かれざるは無論也、故に市会議員一同は連帯の責を引て総辞職をなすべしと、蓋し日本鋳鉄株式会社をして鉄管を請負はしめたるは、市会の議決に出でたるや論なし、而して之を外国に注文せずして、日本鋳鉄株式会社に請負はしめたるは失策たるを免かれずと雖も、同社は試験に合格すべき鉄管を鋳造すること能はざるにはあらず、而して試験を厳にし、監督を密にして、会社をして詐欺を逞うすることを得せしめざるは、専ら施政機関たる市参事会の責任にして市会の責任にはあらざるなり、若し論者の如く、市参事会をして鉄管を日本鋳鉄株式会社に請負はしめたるが為に市会にも責任ありとせば、市公民も亦責任を免かる可らざるに至るべし、何となれば斯る議決を為すが如き議員を選挙したればなり、然りと雖も是れ豈に正当なる見解ならんや、但し鋳鉄会社の為に周旋したる議員の如きは、仮令賄賂を受けざるも此際辞職して市民の意向を問ふを穏当なる挙動と見る也、東京市鉄管詐欺事件の責任は、専ら市政の実施に任ずる市長助役・市参事会員及び水道常設委員に在りとせば、如何に之を処分すべき乎、今や市参事会員及び水道常設委員は辞職を市会に申出で、其
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の聴許を得て解除せしものと思惟するが如しと雖も、余輩は之を以て責任を解除せられたるものと信ずること能はざるなり、夫れ市参事会が日本鋳鉄株式会社の詐欺に心附ざりしは行政上の過失なり、落度なり、而して市政を監督するは市会の外、第一次に於て府知事、第二次に於て内務大臣あり、市会は既に善後委員を選任して鉄管詐欺事件の調査に従事せしめ、其の一部の報告を得て府知事に辞職を勧告したりと雖も、政府は未だ何等の処分をも為さず、却て知事をして市会議員の勧告を排斥して其の職に在らしむることを勉むるが如しと云ふ、余輩は政府の速に市長以下に対して懲戒処分を行はんことを希望に堪へざるものなり