デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

2部 社会公共事業

6章 政治・自治行政
2節 自治行政
4款 東京市参事会
■綱文

第28巻 p.399-401(DK280044k) ページ画像

明治34年6月7日(1901年)

是日栄一、東京市名誉職参事会員ノ任期満了ニヨリ之ヲ辞シ、再選ヲ辞退ス。右ニヨリ市会議長ヨリ感謝状ヲ贈ラル。


■資料

東京市会議事速記録 第一一号 明治三四年刊(DK280044k-0001)
第28巻 p.399-400 ページ画像

東京市会議事速記録  第一一号 明治三四年刊
  明治三十四年六月三日(月曜日)午後四時廿五分開議
    出席議員(四十五名)
    欠席議員(十五名)
○議長(星亨君)是ヨリ会議ヲ開キマス、報告ヲ致シマス
   〔山崎書記長朗読〕
 名誉職市参事会員中来ル六月七日ヲ以テ任期満了ノ者、左記ノ通ニ候条、為念此段及通牒候也
  明治三十四年六月一日    東京市参事会
                 東京市長 松田秀雄
 - 第28巻 p.400 -ページ画像 
    東京市会議長 星亨殿
             渋沢栄一   末吉忠晴
             高山権次郎  中沢彦吉
             西沢善七   加藤佐兵衛


東京市会議事速記録 第一二号 明治三四年刊(DK280044k-0002)
第28巻 p.400-401 ページ画像

東京市会議事速記録  第一二号 明治三四年刊
  明治三十四年六月十四日(金曜日)午後四時五十分開会
    出席議員(五十六名)
    欠席議員(四名)
○上略
○議長(星亨君)尚ホ私ヨリ報告致シマスカ、市参事会員ノ渋沢栄一君並ニ末吉忠晴君ハ参事会ヲ辞スルト云フコトデゴザイマス、デ今日選挙ノ場合ニハナツテ居リマスケレドモ、両人ハ辞スルト云フコトノ申出ガアリマスカラ、序ニ報告致シマス、尚渋沢君ハ市ノ為メニ尽力願ツタ、其中ニ於テモ養育院ノコトハ非常ニ御尽力願ツテ居ルノデアルカラ……尚ホ養育院ノコトニ付テハ同氏ニ於テ十分尽力スルト云フコトニナツテ居リマスカラ、ソレモ御報告致シテ置キマス
○十二番(吉田幸作君)十二番ハ諸君ニ御諮リヲ致シマシテ、只今御報告ニナリマシタ渋沢君ハ、諸君モ御承知ノ通リ、既ニ此市参事会員ニ是迄列セラレテ居リマシタカ、特ニ此養育院ノ事業ニ付イテハ最モ御熱心ニ又憐レムヘキ鰥寡孤独ニ付イテ其ノ御保護ノ点ニ付イテハ、我々カ感佩スル程御尽力テアツタト思ヒマス、又末吉君ニ付キマシテハ斯ク御高年ニモ拘ハラス、是迄市参事会員ニ居ラレテ始終御尽力下サイマシタカラ、此御両氏カ辞職セラルヽニ当ツテハ、ドウカ諸君ト共ニ是ハ議事録ニ特筆シテ、両君ノ御功労ヲ謝スト云フコトヲ、諸君ト共ニドウカ筆記ヲ致シテ長ク存シテ置キタイト思ヒマスカラ、此段ヲ一言諸君ニ御諮リヲシテ御同意ヲ得ヤウト思ヒマス
   〔「賛成」ト呼フ者多シ〕
○六十番(野々山幸吉君)今十二番カラ御発議デゴザイマシタガ、渋沢サンハ参事会員ハ御辞シニナリマシテモ、養育院ノコトハ今迄通リ熱心ニ御ヤリニナルト云フ議長カラ御報告ニナリマシタ、又参事会ヘハ能ク御勤メニナツタト云フコトデアリマスガ、漏レ聞キマス所テハ参事会ヘハ余リ御出勤ナカツタヤウデアリマスガ、サウスルト余リ感佩スルコトハナイヤウニ思ヒマスガ、私ハ参事会ヘ出マセヌカラ知リマセヌカ、若シ左様ニ致シマシタナラハ感佩スルコトハナカラウカト思ヒマス、養育院ノ方ハ是迄通リ御勤メニナルンデスカラ宜シウゴザイマスガ、余リ御出掛ニナラナイ方ニ感佩スルコトハナイト思ヒマス
○議長(星亨君)夫ハ野々山君一己ノ御説ト思ヒマス、即チ大多数ハ十二番ニ賛成ト見マス、依テ唯今ノ如ク十二番ノ説ハ可決致シタモノト認メマス、尚ホ例ニ依リマシテ参事会ヲ辞スルコトニ付イテハ異議ナイコトヽ認メテ宜シウゴザイマスカ
 - 第28巻 p.401 -ページ画像 
 〔「異議ナシ」ト呼フ者多シ〕
○議長(星亨君)然ラハ其通リニ……


東京市会史 東京市会事務局編 第二巻・第五八〇―五八一頁 昭和八年三月刊(DK280044k-0003)
第28巻 p.401 ページ画像

東京市会史 東京市会事務局編  第二巻・第五八〇―五八一頁 昭和八年三月刊
○明治年間 市制特例廃止以降ノ東京市会 第四章 明治三十四年
    第拾九節 渋沢・末吉両君功績表彰
六月三日ノ会議ニ於テ、市参事会ヨリ左ノ報告アリタリ。
 名誉職市参事会員中、来ル六月七日ヲ以テ任期満了ノ者左記ノ通ニ候条、為念此段及通牒候也。
  明治三十四年六月一日
                東京市参事会
                 東京市長 松田秀雄
    東京市会議長 星亨殿
 渋沢栄一  末吉忠晴   高山権次郎  中沢彦吉
 西沢善七  加藤佐兵衛
次イデ六月十四日ノ会議ニ於テ、市参事会員半数改選ノ際、星議長ヨリ、六月七日市参事会員ノ任期満了セル渋沢栄一・末吉忠晴両君ハ、今回再選ヲ辞退サレタルヲ以テ、此際報告シ置クベシ。尚渋沢君ハ本市ノ為メ種々尽力サレ、特ニ養育院ニ就イテハ非常ニ尽力セラレタリ今後モ同氏ハ養育院ニハ十分力ヲ致サルヽコトヽナリ居レバ、之モ同時ニ報告スト告グルヤ。吉田幸作君、渋沢君ハ数々市参事会員ニ選バレタル人ニシテ、且ツ養育院ノ事業ニ付テハ、最モ熱心ニ尽力サレ、憐ムベキ鰥寡孤独ノ保護ニ就イテハ、衷心感服ノ外ナク、又末吉君ハ高年ニモ拘ハラズ、是レ亦幾度カ市参事会員ニ選バレ、本市ノ為メニ多大ノ尽力アリタリ、因テ此際両氏ノ其功労ヲ謝スル為メ、議事録ニ其趣特筆大書サレンコトヲ望ムト。満場異議ナク之ヲ可決シタルヲ以テ、議長ハ渋沢・末吉両君ニ対シ、左ノ書状ヲ贈レリ。
      (其一)
 市制施行以来、毎ニ名誉職参事会員トナリ、多年養育院委員長トシテ其経理ニ尽心シ、克ク実績ヲ挙ケテ今日アラシメタル閣下ノ功労ヲ感謝シ、之ヲ議事録ニ特書シタリ。玆ニ本会ノ決議ヲ具シ、謹ミテ此ノ書ヲ呈ス。
  明治三十四年六月 日
               東京市会議長 星亨
    男爵 渋沢栄一殿
○下略
   ○本資料第二十四巻所収「東京市養育院」明治三十四年六月十四日ノ条参照。