デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

2部 社会公共事業

6章 政治・自治行政
2節 自治行政
6款 深川区関係 4. 深川鴎盟会
■綱文

第28巻 p.416-423(DK280052k) ページ画像

明治25年7月8日(1892年)

是ヨリ先、明治二十二年頃、深川区民有志間ニ親話会ト云ヘル一社アリ、栄一之ニ関与セシガ、是日向島八百松ニ於テ、鷗盟会創立総会開カル。栄一、当会会員トナリテ尽力ス。


■資料

青淵先生六十年史 竜門社編 第二巻・六八二頁 明治三三年六月再版刊(DK280052k-0001)
第28巻 p.416-417 ページ画像

青淵先生六十年史 竜門社編  第二巻・六八二頁 明治三三年六月再版刊
 ○第五十八章 公益及公共事業
    第二十四節 深川区公共事業
青淵先生深川区内ニ住ス、故ニ区内公共事業ノ為メ尽力スル所多シ、而シテ連綿トシテ区会議長ノ任ニアリ、又先生区内有力者ト計リ鷗盟会ト云ヘル一社ヲ組織シ、月次会員相集リ懇親ヲ結ヒ、道路・橋梁・
 - 第28巻 p.417 -ページ画像 
教育・衛生・議員選挙、区内共同ノ利益ヲ増進スルコトニ付テ、互ニ熟談ス、而シテ其会合ハ多ク先生ノ邸宅ニ於テシ、先生間接ニ会費ヲ補助スル所少カラス、区政為メニ円滑ニ行ハル
○下略


中外物価新報 第二〇二〇号 明治二一年一二月二一日 深川有志者の集会(DK280052k-0002)
第28巻 p.417-418 ページ画像

中外物価新報  第二〇二〇号 明治二一年一二月二一日
    深川有志者の集会
深川区内に住居する渋沢栄一氏其他数十名の有志者ハ、一昨夜深川の浄心寺へ会合して相談会を開きたる由なるが、抑も同日斯く深川の縉商諸氏が集会を催したる趣意は如何と聞くに、是迄東京府下住民の習慣として隣保相扶くるの情義薄く、随て同町内に住する人々にても其名を聞くも互に其面を知らざること往々之れあり、為めに各個の頭上に繋る一般公共の事をも等閑視し来りたることなれども、地方自治の行ハれんとする今日に於ても従前の有様に安じ互に相謀りて公共の利益を進めざるハ相互の不利益なれば、夫等の為めに互に相知り相親しむことの肝要なるハ申す迄もなく、市制の実行も来年に逼迫したるに付てハ、今日に於て其自治制の如何を研究するハ最も必要なり、殊に深川区内にハ相当の所得税を納むる者百五十余名もあれば、此等の人人ハみな相会して公共の事を計り、且つ共に自治制を心得置くこと肝要なるべしと云ふにありて、一同異議なかりしかば、今後ハ月に二回位集会を開き、自治制の読会を開くことに決したるが、同夜出席なかりし者へハ更に此の趣を通知する筈なりと云ふ、又此集会に於て渋沢氏にハ一条の演説をされたる由なるが、今その大要を記載せんに、余ハ素と地方の人にて、維新頃江戸其他に往来し間もなく欧州を巡廻し帰朝の後ハ一時官途に就きしも、其後之を辞し、明治九年以後ハ遂に居を深川区に定めたり、全体地方にてハ従来町村の利害を共にするの風厚く、一村一部落に住居する者ハ互に相知りて公共の利益を謀ることなれども、東京ハ之に異り、商用か何かの関係ある外ハ、同町に住居する人と雖も往来談話すること少しく、其交際至て薄く隣保相扶くといふ義に至てハ、殆となきが如きの姿なるが、此気風果してよきかと云ふに、格別称揚すべき事にもあらず、地方にハ古来五人組抔と唱へ種々の組合ありて、隣保相扶くるの情義厚く、自然に自治の風行ハれ居たりしが、此の東京に斯る良風なしとハ残念の次第なり、余の深川区に住居して以来ハ常に公共の事に注目し、防火ポンプの事、学校の事、水道の事、路道橋梁の事等一般の利益となることに尽力せさることなきハ諸君の知らるゝ所なり、尤も其中にハ成就したることゝ、未だせざることハあれども大概ハ多少の利益ありたりと信ず、余は今度都合により日本橋区兜町へ転居するも、素と此深川に住居したれば此区の為めにハ飽く迄も尽力せんと欲するなり、殊に来年よりハ市制なる自治制度を施行さるゝの際なれば、敢て其下た稽古と云ふにハあらざるも、互に相識り相語りて一区内の公利公益を図ること肝要にて之れが為めには予じめ自治制の何物たるを研究し置くも、実に今日の急務たりと考ふるなり、斯く申さば渋沢ハ之より政治社界に出て一と腕揮ふ気込ならん抔と云ふ臆測を廻らす方もあらん歟なれど、全たく
 - 第28巻 p.418 -ページ画像 
左る考にあらず、実に必要に迫られて申す御話なり、併し若し諸君の中に渋沢ハ新成りの商人なれば、吾々の組に入れぬ方が増しなりとの説もありて拒絶せらるれば、誠に詮方もなき次第と諦らむる外なけれど、諸君にして若し公利公益を進め、深川区の自治制を実行せんとの覚悟なれば、余ハ揮て諸君と共に尽力せんと云ふにありしかば、人々ハ孰れも皆喜びて其尽力を謝し転居を惜まぬハなく、商業の都合とあらば其居を移すだけハ銓方もなき次第なれど、責て本籍丈ハいつ迄も必らず深川区に据へ置かれたしとの希望を述べられしかば、渋沢氏も遂に其望に従ひ之を承諾されたる由


執事日記 明治二二年(DK280052k-0003)
第28巻 p.418 ページ画像

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(芝崎確次郎) 日記 明治二二年(DK280052k-0004)
第28巻 p.418 ページ画像

(芝崎確次郎) 日記  明治二二年   (芝崎猪根吉氏所蔵)
(二月)廿日 晴
○上略
今夕帰途主人用ニテ名子・比田両人宅ヘ参リ、伝言致し候事、是ハ懇話会ノ件ナリ
廿一日 晴
○上略
今朝名子新七殿ヘ面会、懇話会之件言々伝言致し候テ兜町ヘ罷出、尾高氏ヘ夫々廻答上申方相頼置候事
○下略
   ○中略。
(四月)廿二日 小雨午后晴
○上略
本日ハ王子別荘ヘ深川区内重立候モノ百人余、新話会之集合有之候《(親)》


中外商業新報 第三〇五〇号 明治二五年五月一一日 鴎盟会(DK280052k-0005)
第28巻 p.418-419 ページ画像

中外商業新報  第三〇五〇号 明治二五年五月一一日
    鷗盟会
深川区に於ては、予て渋沢・奥・岩田・鹿島等の有力者発起となり、区内の公民と相謀り一の倶楽部を設置する事に尽力中なりしが、弥々
 - 第28巻 p.419 -ページ画像 
此度鷗盟会なるものを組織したり


(佐々木和亮) 備忘録 第三(DK280052k-0006)
第28巻 p.419 ページ画像

(佐々木和亮) 備忘録  第三     (佐々木哲亮氏所蔵)
△深川鷗盟会創設ノ由来
○明治廿五年六月一日佐々木和亮・伴直之助・岩沢峰松・高雄琢磨・田辺米蔵ノ五氏日本橋区薬研堀町大又ヘ会合シ、渋沢氏ト奥 ○三郎兵衛鹿島 ○岩蔵・福島 ○豊・加藤 ○名不明ノ四氏ト、第五区総選挙ニ際シ感情ノ粗〓《(齟齬)》ヲ来セルヲ以テ、調和ノ策ヲ談合シ、夫々手続ヲ為シ五氏ヘ交渉ス
○同年六月三日評議員会ヲ開ク
○同年七月八日向島枕橋八百松ニ於テ、第一回創立総会ヲ開ケリ


渋沢栄一書翰 八十島親徳宛 (明治三一年)一月三日(DK280052k-0007)
第28巻 p.419 ページ画像

渋沢栄一書翰  八十島親徳宛 (明治三一年)一月三日   (八十島親義氏所蔵)
○上略 九日頃深川区之懇親会ニハ出席仕兼候間、御断可被下候
○中略
  一月三日
                         栄一
    八十島親徳殿
 「三十一年一月三日附熱海より主人公来翰」


渋沢栄一 日記 明治三二年(DK280052k-0008)
第28巻 p.419 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治三二年     (渋沢子爵家所蔵)
九月一日 雨
○上略 五時深川邸ニテ鷗盟会常議員会ヲ開ク
   ○中略。
十月六日 晴
○上略 午後五時深川宅ニ於テ鷗盟会常議員会ヲ開ク、夜十時散会ス
   ○中略。
十二月十五日 晴
午前深川鷗盟会評議会ヲ開ク ○下略


渋沢栄一 日記 明治三三年(DK280052k-0009)
第28巻 p.419-420 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治三三年     (渋沢子爵家所蔵)
三月二十九日 晴
○上略 深川宅ニ於テ鷗盟会常議員会ヲ開ク、夜十時散会ス
   ○中略。
七月廿三日 曇
○上略 七時深川宅ニ於テ鷗盟会常議員会ヲ開ク ○下略
   ○中略。
十月十一日 曇
○上略 深川宅ニ抵リ鷗盟会常議員会ヲ開キ、秋季総会ノ事ヲ談ス ○下略
   ○中略。
十月廿一日 雨
○上略 深川鷗盟会秋季総会ニ出席ノ約アリシモ、微恙ノ為メ之ヲ辞ス
 - 第28巻 p.420 -ページ画像 
   ○中略。
十二月廿三日 晴
○上略 十時深川区役所ニ抵リ会員慰労会ニ列ス、一場ノ演説ヲ為ス、平尾佐官来会ス、鷗盟会員数十人及区長書代等来会ス ○下略


渋沢栄一 日記 明治三四年(DK280052k-0010)
第28巻 p.420 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治三四年     (渋沢子爵家所蔵)
三月七日 雨
○上略 午後五時深川宅ニ抵リ鷗盟会常議員会ヲ開ク ○下略
   ○中略。
四月七日 曇
○上略 午餐後向島八百松楼ニ抵リ、深川鷗盟会春季総会ニ出席ス、宴散テ午後八時兜町ニ帰宿ス
   ○中略。
九月十九日 曇
○上略 此日ハ深川鷗盟会常議員会ヲ開ク筈ナリシモ風邪気ナルヲ以テ篤二ニ託シテ代理セシム


渋沢栄一書翰 八十島親徳宛 (明治三四年)九月二一日(DK280052k-0011)
第28巻 p.420 ページ画像

渋沢栄一書翰  八十島親徳宛 (明治三四年)九月二一日  (八十島親義氏所蔵)
○上略
九月廿一日
                         栄一
    八十島殿
  尚々鷗盟会常議員之評議ハ承知仕候也


渋沢栄一 日記 明治三五年(DK280052k-0012)
第28巻 p.420 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治三五年     (渋沢子爵家所蔵)
二月十七日 晴
○上略 六時深川宅ニ抵リ鷗盟会常議員会ヲ開ク ○下略
   ○中略。
四月七日 雨
○上略 午後四時向島八百松楼ニ抵リ、深川鷗盟会総会ニ列ス、会スル者百名余、共ニ相献酬シテ興ヲ尽ス ○下略
   ○中略。
十二月十八日 晴
○上略 深川宅ニ抵リ鷗盟会常議員会ヲ開ク ○下略


渋沢栄一 日記 明治三六年(DK280052k-0013)
第28巻 p.420-421 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治三六年     (渋沢子爵家所蔵)
三月十七日 曇
○上略 午後五時深川宅ニ於テ鷗盟会常議員会ヲ開ク ○下略
   ○中略。
四月五日 曇
○上略 三時向島八百松楼ニ抵リ、深川鷗盟会総会ニ出席ス ○下略
   ○中略。
十月廿一日 曇
○上略 五時過深川宅ニ抵リ鷗盟会常議員会ヲ開ク ○下略
 - 第28巻 p.421 -ページ画像 
   ○中略。
十一月八日 朝雨午後晴
○上略
午後二時深川鷗盟会総会ヲ園内 ○王子別荘ニ開ク、会スル者百余名、種々ノ余興アリ、各歓ヲ尽シテ午後六時散会ス


渋沢栄一 日記 明治三九年(DK280052k-0014)
第28巻 p.421 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治三九年     (渋沢子爵家所蔵)
四月十五日 曇 軽暖            起床七時 就蓐十一時三十分
○上略 午後三時半王子ニ帰リ、深川区鷗盟会春季総会ヲ庭園中ニ開ク、会スル者約百名許リ、田中端氏モ来会ス、食卓上一場ノ演説ヲ為ス、鷗盟会ノ継続ヲ祝スル為メナリ、一同歓ヲ尽シ六時散会ス
○下略


渋沢栄一 日記 明治四〇年(DK280052k-0015)
第28巻 p.421 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治四〇年     (渋沢子爵家所蔵)
十月二十七日 晴 冷            起床七時 就蓐十一時三十分
○上略 午後三時枕橋八百松ニ抵リ、鷗盟会秋期総会ニ出席ス、一場ノ演説ヲ為ス、宴会前後ニ於テ常議員諸氏ト種々ノ談話ヲ為シ、夜九時過帰宿 ○下略


渋沢栄一 日記 明治四一年(DK280052k-0016)
第28巻 p.421 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治四一年     (渋沢子爵家所蔵)
四月十八日 晴 暖
○上略 午後四時王子ニ帰宿ス、此日深川鷗盟会春季総会ヲ庭園ニ開キタレハ、会食場ニ於テ会員一同ニ対シ一場ノ挨拶ヲ為シ、夕五時散会ス ○下略


竜門雑誌 第五三〇号・第一四七―一四九頁 昭和七年一一月 昔日あさり(十条住吉)(DK280052k-0017)
第28巻 p.421-422 ページ画像

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大岡顕三談話筆記(DK280052k-0018)
第28巻 p.422-423 ページ画像

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