デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2022.3.15

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

2部 社会公共事業

7章 軍事関係事業
4節 其他
2款 帝国軍人援護会
■綱文

第28巻 p.519-522(DK280086k) ページ画像

明治37年6月7日(1904年)

是日、帝国軍人援護会発起人会開カル。栄一之ガ評議員タリ。


■資料

中外商業新報 第六六五一号 明治三七年三月一二日 軍人援護会総裁役員(DK280086k-0001)
第28巻 p.519-520 ページ画像

中外商業新報  第六六五一号 明治三七年三月一二日
    軍人援護会総裁役員
帝国軍人援護会は過般来総裁推戴のこと、並に副総裁以下各役員選定に関し之が手続中なりしが、去十日 勅裁を経て有栖川宮威仁親王殿下を同会総裁に推戴し、副総裁以下を左の如く選任し、何れも其承諾を得たりと云ふ
 総裁   有栖川宮殿下
 副総裁  伯爵 松方正義   同  伯爵 井上馨
 理事長     山本達雄
 理事   男爵 毛利五郎         村田保
         加藤正義         朝吹英二
 評議員  公爵 徳川家達         高橋新吉
      侯爵 細川護成         添田寿一
      侯爵 徳川義礼         園田孝吉
      侯爵 徳川茂承         相馬永胤
      侯爵 鍋島直大         安田善次郎
      子爵 芳川顕正         益田孝
      子爵 田中光顕         馬越恭平
      男爵 岩崎久弥         藤田伝三郎
      男爵 三井八郎右衛門      近藤廉平
      男爵 渋沢栄一         鴻池善右衛門
         大倉喜八郎        赤星弥之助
         大橋新太郎        住友吉左衛門
尚其後昨日迄の申込義捐金は左の如し
 金一万円   高田慎蔵   金三千円   岩出惣兵衛
 金二百円   筧〓忠    金四百円   村井兄弟商会在勤者有志者
 金五百円 伯 松浦詮    金五百円   有馬武
 金百円    原竜太    金百円    吉田幸作
 金五百円 男 花房義質   金三千円 伯 阿部正垣
 金千円  子 秋元興朝   金五千円 子 林友幸
 金二百円   三田佶    金五千円   本多晋
 金千円    中井新右門  金五千円 侯 尚典
 金二千円   原亮三郎   金千円    米井源次郎
 金五千円 侯 徳川国順   金二百円 男 小早川四郎
 金二千円 子 徳川武定   金二百円 子 福岡孝弟
 金千円    高橋義雄   金三百円   小幡篤次郎
 - 第28巻 p.520 -ページ画像 
 金千円    山中隣之助  金二百円   中山譲治
 金二千円 子 加藤泰秋   金百円    □田達《(欠)》
 金千円  伯 桂太郎    金千円    喜谷市郎右衛門
 金千円    岩永省一   金三千円   中沢彦吉
 金二千円   山本達雄   金五千円   村井吉兵衛
 金二千円 子 吉川経健   金百円    三浦安
 金千円    杉村甚兵衛  金千円    近藤利兵衛
 金百円    三浦泰輔   金百円    某外国人
 金百円    鈴木梅吉   金五千円   原六郎
 金百円  子 大村徳敏   金五百円 男 北垣国道
 金三千円   高橋新吉   金五百円   浅田正文
 金百円  子 平松定弘   金百円    平山成信
 金一万円   平沼専茂   金一万円   茂木保平
 金一万円   原富太郎
  累計金六十六万千九百十八円


青淵先生公私履歴台帳(DK280086k-0002)
第28巻 p.520 ページ画像

青淵先生公私履歴台帳           (渋沢子爵家所蔵)
    民間略歴(明治二十五年以後)
一帝国軍人援護会評議員 卅七年三月七日 四十年春解散


竜門雑誌 第二一七号・第三七―三八頁 明治三九年六月 ○帝国軍人援護会解散(DK280086k-0003)
第28巻 p.520-521 ページ画像

竜門雑誌  第二一七号・第三七―三八頁 明治三九年六月
○帝国軍人援護会解散 帝国軍人援護会にては、六月七日午後二時より有楽町三井集会所に於て評議員会を開きたるが、総裁有栖川宮殿下を初め奉り、副総裁松方・井上両伯、青淵先生・朝吹英二・樺山愛輔男爵毛利五郎・村田保・徳川公・岡部子・添田寿一・鍋島侯・高橋新吉・中野武営・吉原内務次官・床次地方局長・井上事務官・近藤廉平益田孝・大倉喜八郎等の各評議員出席、徳川公議長席に就き、同会現在資金処分に関する件を議題として提出し、井上伯より該議題に対する簡単なる説明あり、原案の通り内務大臣に依託して、全国出征軍人遺族家族廃疾者中生活困難なるものに支給することに可決し、次に朝吹理事より会計決算報告あり、是又異議なく満場の承認する所となり午後三時十分を報ずるや、総裁有栖川宮殿下には御馬車を駆りて御台臨遊ばされ、一同は恭しく最敬礼をなして奉迎し、井上伯の御先導にて会場に成らせられ、続て同伯は起立して同会事務の概要を説明したるが、其要領左の如し
 本会は日露開戦大詔煥発せらるゝや、我帝国軍人をして後顧の憂なからしめん事を期し、国家救恤の機関以外に立ち之を援護せんが為め、三十七年二月十一日を以て其端を開らき、爾来之れが規定を設け日夜資金の醵集に着手し、三月十五日に至り遂に財団法人たるの認許を得、次に四月一日総裁宮殿下より発起人及び役員等寄附者等に対し優渥なる令旨を賜はり、益々奮励其事に膺り忠君愛国の士より其資金を寄附するもの頗る多く、積つて百数十余万の巨額に達せり、是に於て乎規定に準拠し之れが実施を為さんとするに方り各地実際の情況を査察し、審議の末之を内務大臣に委嘱し、出征軍人家
 - 第28巻 p.521 -ページ画像 
族遺族廃疾者にして生計困難なる者に対する生業扶助の為め、逐次調査の上支出する金額は二十八万三千有余円にして、其団体の数三百十四に上れり、其間理事会を開く事十六回、評議員会を開く事四回、毎に総裁宮殿下の台旨に副ひ奉らん事に努めたり、今や平和茲に克復し、敢て本会の存立を要せざるに依り、現在有する資金百十五万二千有余円は評議員会の決議に因り内務大臣に委嘱し、以て本会規定の趣旨を貫徹せん事を期す、茲に本会の解散に際し、処務の概要を記し報告す
  明治三十九年六月七日
              帝国軍人援護会
                副総裁 伯爵 松方正義
                同   同  井上馨
次に総裁宮殿下には令旨を賜はりたるが、其全文左の如し
    令旨
 曩に本会を設立するに当り、諸子に望むに其資金を醵集し我帝国軍人をして後顧の憂なからしめん事を以てせり、諸子克其意を体し克事に任じ、遂に目的を達するを得たるは余の欣喜する所なり、今や平和克復に当り、茲に本会の終局を議するに際し、特に優渥なる勅語を賜ふ、諸子黽勉努力の結果に依る、尚其の剰余資金の如きは適良の方法を用ひて之を処分し、以て本会設立の趣旨に副はん事を期せよ
右終るや井上伯は勅語を朗読し、松方伯は右に対し左の奉答文を朗読し、午後四時散会せり
    奉答
 茲に本会評議員会を開き、其終局を議決し以て処務の大要を報告するに際し、忝なくも優渥なる勅語を賜はり、総裁宮殿下台臨の上特に令旨を辱ふし、恐懼感激の至りに堪へず、謹で奉答す
   ○「渋沢栄一日記」ノ是日ニハ右ニ出席ノ記事ヲ欠ク。



〔参考〕中外商業新報 第六六三三号 明治三七年二月二〇日 帝国救護会創設計画(DK280086k-0004)
第28巻 p.521 ページ画像

中外商業新報  第六六三三号 明治三七年二月二〇日
    帝国救護会創設計画
国民後援会の委員等は、帝国出征軍人死亡者の遺族及同上病傷者の救護を目的とし、帝国救護会なるものを創設せんと欲し、先づ之を井上松方の両伯に協議したる処、大に其挙を賛成し、奮て之が創設計画に尽力せらるゝことになりしとか、尚三井・岩崎の両男爵も亦其創設者たることを快諾したる由なり



〔参考〕新聞集成明治編年史 同史編纂会編 第一二巻・第一九四―一九五頁 昭和一一年四月刊(DK280086k-0005)
第28巻 p.521-522 ページ画像

新聞集成明治編年史 同史編纂会編  第一二巻・第一九四―一九五頁 昭和一一年四月刊
    帝国軍人後援会
〔二・二五 ○明治三七年毎日〕 軍人遺族救護の団体組織に関し、去る十五日三野村別邸に於て委託されたる委員、即ち加藤正義・高橋是清・添田寿一・益田孝・朝吹英二・島田三郎の諸氏は種々協議の上、此事たる地位名望ある諸氏の賛同を得るにあらざれば、其目的を達すること困難なるを以て、先づ井上・松方両伯に協議したるに、両伯にも大いに
 - 第28巻 p.522 -ページ画像 
賛成せられしのみか、進んで発企人となりて尽力する事をも快諾され既に去廿二日両伯より貴族諸公其他発企人となるべき諸氏を招待し、刻下の事態より将来を推して斯会を設置せざるべからざる事共協議ありしにいづれも斯挙に賛成されたれば、取敢えず同会を「帝国軍人援護会」と名け、近日財団法人として其筋の認可をうけ、着々運動を開始する筈なりと云ふ。



〔参考〕新聞集成明治編年史 同史編纂会編 第一二巻・第二〇五頁 昭和一一年四月刊(DK280086k-0006)
第28巻 p.522 ページ画像

新聞集成明治編年史 同史編纂会編  第一二巻・第二〇五頁 昭和一一年四月刊
    軍人後援会花々しく生る
〔三・九 ○明治三七年日本〕 一昨日午後二時より三井集会所に於て、軍人後援会発起人会を開き、三井男以下数名出席、寄附金の総額並に役員の相談をなし、偶々来合せたる井上・桂両伯の談話を聞き、同四時頃散会したり。尚即日寄附の申込を為したる人々左の如し。
   金一万円              侯爵 細川護成
   金一万円              侯爵 鍋島直大
   金七千円              侯爵 池田仲博
   金五千円                 加藤正義
   金五千円                 相馬永胤
   金三千円                 岩出惣兵衛
   金三千円                 千葉松兵衛
   金二千円                 添田寿一
   金一千円                 林謙吉郎
   金一千円                 福沢捨次郎
   金一千円                 飯田義一
   金一千円                 菊地長四郎
   金一千円                 波多野承五郎
   金一千円                 藤田平太郎
   金五百円                 毛利五郎
   金二百円                 村田保
          計金五万一千七百円
          累計五十五万一千四百円