デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2017.12.19

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

2部 社会公共事業

8章 其他ノ公共事業
2節 祝賀会・歓迎会・送別会
5款 東宮御慶事奉祝会
■綱文

第28巻 p.701-709(DK280110k) ページ画像

明治33年11月29日(1900年)

是日、美術館献納ニツキ会長男爵千家尊福ヨリ宮内大臣子爵田中光顕ニ建築位置認可願ヲ提出、十二月二十日ソノ場所ハ東京帝室博物館構内トシテ聴許サル。栄一副会長トシテ尽力ス。


■資料

東宮御慶事奉祝会報告 同会残務事務所編 第三三八―三四七頁 明治四二年四月刊(DK280110k-0001)
第28巻 p.701-703 ページ画像

東宮御慶事奉祝会報告 同会残務事務所編
                    第三三八―三四七頁 明治四二年四月刊
  第八 美術館
    一 献納願
○中略
    二 建築位置認可願
 - 第28巻 p.702 -ページ画像 
○中略
(御指令)
第一三九八号
              東宮御慶事奉祝会長
                   男爵 千家尊福
一明治三十三年十一月二十九日付
 皇太子殿下御慶事奉祝ノ為メ、奉献ノ美術館建設位置上野公園内ト致度旨出願ノ件
右聴許ス
 但建設場所ノ義ハ、東京帝室博物館構内トシ、其区域ハ帝室博物館総長ト協議スヘシ
  明治三十三年十二月二十日
               宮内大臣 子爵 田中光顕印
    三 工事設計及嘱託
○中略
    四 建築実施方法
明治三十四年三月一日股野琢・片山東熊二氏及正副会長相会し協議の末、本会事業の措置概要を定めたり、左の如し
 一建築ニ関スル一切ノ費額ハ金四拾万円ヲ以テ目途トシ、残金ハ予備金ニ充ツル事
 一建築ハ実際著手ヨリ凡四ケ年ヲ以テ竣成スル事
 一設計ハ会長・副会長ノ承認ヲ経テ定ムル事
   但予算内ニ於テ大体ニ関セサル多少ノ変更ハ、本文ノ承認ヲ要セス
 一建築ニ関スル予算及年割支出ノ概計ヲ立テ、会長・副会長ノ承認ヲ得、総長ノ伝票ヲ以テ之ヲ支出スル事
 一設計並建築ニ関スル嘱託技術者及雇員ハ、技監ニ於テ選用スル事
 一設計並建築ニ関スル嘱託事務員及雇員ハ、総長ニ於テ選用スル事
 一総長又ハ技監ニ於テ重要ト認メタル事項ハ、随時会長・副会長ニ協議ヲ為ス事
 一物品買入其他諸会計ハ適宜ノ方法ヲ以テシ、必シモ政府及宮内省ノ会計法ニ拠ラサル事
 一設計並建築ニ関スル嘱託・技術者・事務員及雇員ノ報酬手当ハ、勤務ノ繁閑ニヨリ総長・技監協議ノ上其金額ヲ定メ、会長・副会長ノ承認ヲ得テ之ヲ給与スル事
 一諸会計ハ帳簿ニ明記シ置キ、何時ニテモ会長・副会長ノ検閲ニ供スル事
    五 建築所印章
○中略
    六 建築所職員
○中略
    七 建築起工
明治三十四年八月五日上野公園内美術館敷地に於て地鎮祭を行ふ、先つ其地に祭壇を結構らひ、壇上神霊を奉安し種々の神饌を供し、斎主
 - 第28巻 p.703 -ページ画像 
五条神社神職瀬川雅亮恭しく祝詞を捧読し、諸氏敬礼荘厳其式を畢れり、而して諸員に酒饌を給しぬ、乃ち是日を以て起工に著手せり ○下略


渋沢栄一 日記 明治三三年(DK280110k-0002)
第28巻 p.703-704 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治三三年     (渋沢子爵家所蔵)
五月十六日 雨
○上略 十一時宮内省ニ出頭シ、千家・松田二氏ト共ニ大臣ニ面シ、美術館建築位置ノ事ヲ談ス○下略
   ○中略。
五月二十九日 雨
○上略 午前十時宮内省ニ抵リ、田中大臣ニ面会シテ美術館建築位地ノ事ヲ内話ス、東京府庁ニ抵リ知事及市長ニ面会シテ田中大臣トノ談話ヲ伝ヘ、且明後三十一日ヲ以テ片山技師会話ノ事ヲ約ス ○下略
   ○中略。
五月三十一日 曇
○上略 午後三時 ○中略 畢テ東京府庁ニ抵リ知事・市長ト共ニ片山技師ニ面会シテ、美術館設計ノ事ヲ協議ス ○下略
   ○中略。
七月四日 曇
○上略 東京市役所ニ出席シテ市長・浦田氏等ニ ○中略 美術館建築地ノ事ヲ談話ス ○下略
   ○中略。
七月九日 曇
○上略 此日東京市ニ於テ美術館建築ノ事ニ関シ常議員会ヲ開ク ○下略
   ○中略。
七月十二日 雨
○上略 午前十時東京市役所ニ抵リ、美術館建築ノ事ヲ談ス、片山技師来会ス ○下略
七月十三日 曇
○上略 十時東京市役所ニ抵リ、府知事・市長ト共ニ片山技師ニ面会シテ美術館ノ事ヲ談話ス ○下略
   ○中略。
七月十七日 雨
○上略 十時赤坂東宮御所ニ抵リ、美術館建築地ノ事ニ関シ股野内事課長片山技師ト会談ス ○下略
   ○中略。
九月八日 雨
○上略 十二時頃東京市役所ニ抵リ、市長ニ面会シテ美術館建築地ノ事ヲ談話ス ○下略
   ○中略。
十月廿九日 晴
○上略 十一時赤坂御所ニ抵リ、片山博士ニ面会シテ美術館建築ノ事ヲ依頼ス、去テ宮内省ニ抵リ、田中大臣ニ面会シテ同シク美術館建築地決定ノ事 ○中略 ヲ依頼ス ○中略 東京市役所ニ抵リ、美術館ノ事 ○中略 等ヲ市長ニ談話ス ○下略
 - 第28巻 p.704 -ページ画像 
   ○中略。
十二月廿八日 晴
○上略 午後第一銀行ニ出勤ス、浦田治平氏来リ奉祝会ノ事ヲ話ス ○下略


中外商業新報 第五六二六号 明治三三年一〇月二八日 ○御慶事奉祝会評議員会(DK280110k-0003)
第28巻 p.704 ページ画像

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〔参考〕渋沢栄一 日記 明治三四年(DK280110k-0004)
第28巻 p.704 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治三四年     (渋沢子爵家所蔵)
二月廿五日 雪
午前十時東京市役所ニ抵リ、府知事千家氏・市長松田氏ト共ニ、博物館総長股野琢氏及技師片山東熊氏ト美術館建築事務取扱ノ手続ヲ協議シ、醵金利殖ノ予算ヲ為ス ○下略
   ○中略。
六月一日 曇
午前九時赤坂御所ニ抵リ、奉献美術館建築ノ事ニ付東京府知事及市長股野博物館長・片山技師等ト其方法ヲ協議ス ○下略
   ○中略。
七月十一日 曇
○上略 片山東熊氏来リ ○午前中美術館建築ニ関スル事ヲ談ス ○下略



〔参考〕渋沢栄一 日記 明治三五年(DK280110k-0005)
第28巻 p.704 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治三五年     (渋沢子爵家所蔵)
五月三日 晴
○上略 十二時博物館ニ抵リ、美術館建築ノ事ヲ談ス、股野・片山・新家浦田ノ諸氏来会ス ○下略
   ○中略。
五月十二日 雨
○上略 十一時東京市役所ニ抵リ送別会ニ出席ス、千家知事・松田市長、其他市参事会員等悉ク来会ス、食卓上 ○中略 美術館建築費ノ事ニ関シ一場ノ企望ヲ述フ ○下略
   ○右ノ送別会ハ栄一ノ欧米行ノタメノモノナリ。
○中略
十二月二日 晴
此日モ上野ニ於テ、美術館建築ノ事ニ関シ東京府知事・東京市長ト会合ノ約アリシモ、病ヲ以テ謝絶ス ○下略



〔参考〕東宮御慶事奉祝会報告 同会残務事務所編 第三五五―三六九頁 明治四二年四月刊(DK280110k-0006)
第28巻 p.704-709 ページ画像

東宮御慶事奉祝会報告 同会残務事務所編
                    第三五五―三六九頁 明治四二年四月刊
 ○第八 美術館
   十 建築工事概要
 - 第28巻 p.705 -ページ画像 
奉献美術館建築起工以来、落成に至るの間其建築工程を記述するの必要あるを信す、抑も本館建築の設計は明治三十三年十一月、工学博士片山東熊氏に嘱託せしに起因し、爾来敷地の選定に、地質の調査に、夫々時日を要し、又設計上幾多の変更を重ね、加之地盤の構造最も堅固を主とするを以て地中の工事に尠からさる烏兎を費し、尚便殿増設に関しては種々の手数を要し、又三十七八年の戦役に際しては石材運輸の便頓に梗塞し、兵事に関する物件の外殆んと搬運の途を杜絶するの姿にて、工事進捗上に甚たしき支障を見るの状況に陥りたり、依て一面日本鉄道株式会社に交渉を重ね、一面石材産出地たる茨城県下に職員を派遣し運輸の方法を講せしめたり、又本館所用の木材は宮内省御料林の御払下を請ひ、石材其他の諸物件は一々技師の検査を経、苟くも合格せされはこれを採用せす、諸般の用意周到にして一小部分の設計と雖も忽にせず、落成延て今日に及ひしもの蓋し以上記する所の事実に職由せすんはあらす、今其工事の概要を叙記すること左の如し
 一起工 明治三十四年八月五日ヲ以テ地鎮祭ヲ執行シ、基礎工事ニ著手セリ
 二位置 上野公園東京帝室博物館ノ右側ニ在リテ、東南ニ面シ、前面ノ長サ中真線ニテ弐百八拾尺・側面ノ長サ百六拾五尺アリ
 三建坪 参百九拾五坪、内弐階建参百五拾四坪・平家建四拾壱坪ナリ
 四軒高 地盤線ヨリ弐階建軒パラペツト迄五拾五尺、平家建同弐拾八尺、中央高楼尖頭迄ハ約百拾尺ナリ
 五様式 本建築ハ希臘・羅馬・古代ノ様式ヲ参酌シ立案セルモノニシテ、平面ノ形状十字形ヲ為シ、中央ニ円形ノ広堂アリ、両端ニ小円塔アリ、之レヲ接続スルニ丁字形ノ室ヲ以テセリ、後部ニ突出シタル別室アリ、之レニ附スルニ平家ヲ以テス、是レ即チ便殿トス
   前面突出部ハ正面入口ニシテ、階上ニ濡椽ヲ設ク、両小円塔ハ階段室ニシテ、両接続家ハ陳列室ナリ、而シテ中央高楼階上ニハ廻廊ヲ設ケ、後部突出ノ室内ニ参階昇降ノ螺旋形階段ヲ設ク而シテ外部前面ニハ大階段アリ、左右高欄上ニ青銅ライオンヲ設置シ、両端及ヒ背面ニ各入口階段ヲ設ケ、建物周囲ヲ繞ラスニ石敷ヲ以テス、又入口左右建柱上ニ青銅製鼎ヲ据ヘ、美観ヲ添フ
    十一 構造の概要
基礎其他構造の概要を挙くれは左の如し
 一基礎 基礎ノ深サ地盤線ヨリ拾弐尺ニシテ、土層ノ上ニ精密ナル地質試験ヲ遂ケ、地質硬軟ノ調査ヲ為シ、建物各部ノ重量ヲ計算シ、基礎ノ幅ヲ定ム、其狭キ部分ハ拾六尺、広キハ弐拾八尺ニシテ、最初ニ砂利ヲ布平均シ、均一床突ヲ為シ、而シテ厚五尺ノセメントコンクリートヲ以テ築造セリ、之ニ用ヒシ所ノ材料ハ玉川砂利・同砂及ヒ浅野セメントナリ、而シテ同上ニ各部壁厚ニ応シ壁脚ヲ築造セリ、又内部ノ床ヲ支持セシムル為メニ相当ノ基礎ヲ築造シ、架スルニ総迫持ヲ以テセリ、其材料ハ壱
 - 第28巻 p.706 -ページ画像 
等焼過煉瓦ニシテ、モルタルハ(浅野セメント壱玉川砂参)ナリ
 二壁 壁厚ハ薄キ処幅弐尺七寸、厚キ処ハ六尺弐寸ナリ、外部ニハ悉ク稲田産花崗石ヲ用ヒ、四拾七層ヨリ五十五層ニ達ス、各石毎ニ四個ノ丁字形錬鉄ヲ以テ煉瓦ト密着セシメ、突出柱ニ於テハ別製ノ引鉄物ヲ用ヒ、窓・入口及ヒ石柱等ノ上部ニアリテハ各其力ニ応ジ、郢ォキ鉄物ト工形、又ハ形等ノ軟鋼鉄梁ヲ架セリ、中央広堂内廻廊ヲ支持セシムル為メト、大理石柱ノ真トヲ兼テ、錬鉄径八吋ノ鉄管ヲ用ヰテ、基礎コンクリート上ヨリ建設シ、廻廊二階床及ヒ同参階床鉄梁ト相締結セシム、中央広堂内壁腰羽目・同窓・入口・ニツチ廻廊高欄、並ニ両小円塔階段室ノ幅木・階段側板等ニハ福島県産ノ大理石ヲ用ヒ、之ヲ装飾セリ、又周囲壁腰積ニ於テ石盤ヲ布設シ、湿気ノ上騰ヲ遮断セシメ、又床下ヲ乾燥セシメンカ為メ、各窓下ニ於テ通風窓ヲ設ク、屋上ニ排水用ノ為メ、短距離ニ於テ壁中ニ径四吋半ノ鋳鉄管ヲ積込ミ、雨水ノ漏洩ヲ防ク為メ充分ナル接合法ヲ施セリ、内部壁ハ漆喰塗ト石膏トヲ以テシ、乾燥ノ上ハ上等ペイント三遍塗仕上ヲナスヘキ事、外部石壁ノ要所ニ絵様彫刻ヲ施シ之レヲ装飾ス、用石ハ大滝産花崗石ナリ
 三床 階下ニアリテハ、煉瓦総迫持上ニ石炭殻セメントコンクリートヲ敷平均シ、花崗石又ハ人造石ノ敷石ヲ布設シ、中央広堂及ヒ両小円塔階段室ノ部分ニハ、大理石ト仏国産七色ノ大理石モゼーツクヲ以テ之ヲ飾リ、後部平家床ト広堂階上廻廊床トハ寄木張ヲ以テ仕上ケ、弐階床・参階床構造ニハカーネギー会社製ノ軟鋼鉄梁ト米松梁トヲ以テス、正面突出部濡椽ト階段室ニハ独逸国カメリツヒ会社製ノ波状形鉄板ヲ用ヒ、コンクリート及アスフハルトヲ布キ、同上ニ石敷又ハモゼーツク敷ヲナス、両小円階段室ニ於ケル石階段ハ悉ク大滝産花崗石ヲ水磨キニシテ同高欄ハ錬鉄ニ真鍮ヲ交ヘ、彎曲形ニ之ヲ造リ、壁付ニハ真鍮手摺鉄物ヲ設ク、正面階段石ハ各壱本石ニシテ稲田産花崗石ナリ、同所プラツトホームハ稲田産花崗石ノ四半石敷トス
 四天井 中央高楼ノ天井構造ハ鉄骨ニシテ、其漆喰下地ハ普通ノ木製ナリ、其絵様彫刻ノ部分ハ石膏ヲ以テ各模型ニ傚ヒ之レヲ作レリ、両小円塔天井ニ於ケル絵様彫刻ノ部分モ亦同様ノ製作ナリト雖モ、鉄骨ヲ用ヒスシテ之レヲ構造セリ、漆喰充分乾燥ノ上淡色ペイントヲ塗リ、彫刻ノ要部ニハ金箔ヲ置キテ至当ノ装飾ヲ施スヘキコト、中央高楼階上大理石柱ノ柱冠及双盤ヲ飾ルニモ金箔及金粉ヲ以テス、階上下一般ノ天井ハ漆喰塗仕上ニシテ其下地ハ悉ク木製ノ構造ナリ、只両接続家階上ニ於テ採光ヲ要スヘキ部分ハ木製格天井トナシ、半透明ノ厚キ硝子板ヲ用ヒ内部ニ弐重ノ白幕ヲ張リ、光線ノ調和ヲ自在ナラシムル装置ヲモ為シ、又要所ニハ排気孔ヲ設ク、中央広堂・天井中真ニハ絵様ヲ附シタル厚硝子ヲ置キ、其輪環格組ニモ亦至当ノ装置ヲ施セリ
 五屋根 中央高楼及両小円塔屋根構造ハ鉄骨ニシテ、其他ハ悉ク木
 - 第28巻 p.707 -ページ画像 
造ナリ、屋上ハ一般銅板ヲ以テ葺上ケ、其下地ハ絵板張ニシテ覆フニアスフアルトフエルトヲ以テス、軒廻内樋ハ下地絵板製ニシテ、アスフアルトヲ塗抹シ、加フルニ同フエルトヲ布キ、銅板ヲ用ヒテ弐重樋ノ構造ヲ施セリ、両接続家採光用硝子屋根ノ部分ハ特種ノ耐水法ヲ施シ、悉ク銅板ヲ以テ之レヲ被覆セリ樋内排水管ノ部分ニハ弐重銅網ヲ設ケ、木葉其他ノ流込ミヲ防禦スヘキモノトス
 六避雷針 中央高楼両小円塔ニ各壱ケ所、両接続家ニ各弐ケ所宛、都合七ケ所ノ避雷針ニハ充分純金ヲ焼付、銅縄及地中銅板布設ニ関シ亦充分ノ接合ヲナサシメ、試験ヲ遂ケ之レヲ建設セリ
 七彫刻 外部軒下周囲花崗石額面ニ彫刻ヲ施セリ、本館正面ノ右ニ当リ楽器・織物機器・絵画道具・木彫道具・規矩準縄具・建築用具、左リニハ楽器・陶器・印刷器・武器・測量器・機械、又背面ノ右ニハ天文器械、左リハ園芸道具、其中央ニハ写真器械等ナリ、而シテ正面入口内部階下ニハ月桂環、階上正面ニハ椰子葉、其左右ニハ獅身女面ノ像及其周囲ニ月桂樹ヲ刻シ、又正面ノ右ニ当リ鏡・兜等ニシテ、高楼内部廻廊ニ於テ入口及窓上壁面ニハ高凸彫古代動物模様ヲ施シタリ、而シテ正面入口扉面装飾ニハ、金色椰子ノ葉及月桂樹ヲ以テセリ
 八建具 各入口・各窓及硝子天井格椽等一般上等檜材ニシテ、四五年間乾燥セシメタルモノヲ使用セリ、硝子ハ精選ノモノヲ用ヒ殊ニ入口ニハ上等厚硝子ヲ使用シ、絵用透シ金物ヲ嵌込ミ、唐戸・障子等ニ使用セシ金物ハ皆特製金属物ニシテ、ニツケル鍍ヲ施セリ、而シテ木部ハ最上等ノペイントヲ用ヒ、五遍乃至七遍塗ニシテ一々摩擦仕上ケヲナシ、最終ニ緻密ナル砥石ヲ以テ磨上ケ艶消仕上トス
 九敷地排水 屋上ヨリ壁中積込ノ鋳鉄管ヲ下リ、排出スル雨水ハ、建物周囲地中布設ノ土管ヲ通シテ建物前後ニ布設セル幹線ニ連絡セシメ、而シテ構外ニ排出セシムルモノトス、使用ノ土管ハ支線ニハ径五寸ヨリ径八寸ヲ用ヒ、幹線ニハ径尺ヨリ径壱尺五寸ヲ使用シ、幹線ノ各要所ニ煉瓦造ノ溜桝ヲ造リ流水ノ勾配ヲ変換セシメ、且土砂沈澱ノ用ニ供ス、而シテ上部ニハ花崗石枠ト鋳鉄格子ノ蓋ヲ設クルモノトス
    十二 残工事
本館建築工事の内、左の工事は未了に属せしも、これか竣成を待つは尚数月の後に在り、徒らに失費を重ぬるの虞なしとせす、且取締上亦手数尠なからさるものあり、即ち大体に於て落成を告けしを以て、これか奉献の手続を完了し、未済の工事に関しては其費用を添付して帝室博物館総長股野琢氏に依託したり
 一金八千参百七円七拾銭壱厘   未了工事費
      内
  金四百九拾参円         獅子運送及据付費
  金壱千八百円          鼎鋳造及据付費
  金壱千六百円          大小円塔窓及入口上彫刻飾費
 - 第28巻 p.708 -ページ画像 
  金参千百弐拾参円七拾七銭    壁ペンキ塗及金箔置
  金壱千弐百九拾円九拾参銭壱厘  臨時小工事及職工人夫賃等
帝室博物総長への依頼状左の如し
第二八七号
 拝啓、奉献美術館建設等ニ関シテハ種々御配慮ニ預リ奉深謝候、随テ今般工事モ略ホ竣成ヲ告ケ受納方宮内大臣ヘ出願仕置候処、尚館内壁上塗其他一小部分ノ工事ニシテ未了ノモノ有之候得共、本会成立ノ都合上此際奉献ニ関スル手続完了致シ度候間、甚タ乍恐縮右未済部分ノ処理一切ヲ貴下ニ御一任致シ度、何卒宜敷御取計ノ程偏ニ懇願仕候、右得貴意度如此ニ御座候 敬具
  明治四十一年十月十日
              東宮御慶事奉祝会
                会長 男爵 千家尊福
    東京帝室博物館総長 股野琢殿
 追テ本件ニ関シ必要ノ費用金八千参百七円七拾銭壱厘相添申候
  (回答)
第一三七〇号
 拝啓、奉献美術館建築略ホ竣成ニ付、今般宮内大臣ヘ受納方御出願相成候処、尚館内壁上塗其他一小部分ノ工事未了ニ付、其残工事一切ヲ小官ニ御一任相成度旨第二八七号ヲ以来示之趣、致承知候、従来ノ続ヲ以監督処理可致候、此段及拝答候 敬具
  明治四十一年十月三十日
              帝室博物館総長 股野琢
    東宮御慶事奉祝会
     会長 男爵 千家尊福殿
 追テ本文工事費別紙(前ニ在リ)内訳ノ通正ニ請取申候也
    十三 献納の手続
明治四十一年十月に至り美術館落成を告くるを以て、会長男爵千家尊福宮内省に出頭し、恭しく奉献願書を進達す、左の如し
      其一
 去ル明治三十三年五月
 東宮殿下御慶事ニ際シ、本会ハ奉祝ノ誠意ヲ表スル為メ、美術館ヲ建築シ奉献仕度旨出願候処、御聴許ニ依リ位置ヲ上野公園内ニ定メ工事ニ著手シ、漸ク竣成ノ運ニ立至リ候間、御受納被成下度、更ニ此段相願候也
  明治四十一年十月一日
             東宮御慶事奉祝会
              会長 男爵 千家尊福印
    宮内大臣 伯爵 田中光顕殿
      其二
 奉献美術館御受納方別紙(前ニ載ス)ノ通リ相願候処、尚館内飾戸棚取付及附属廊下建設費用ノ内ヘ金参万参千五百円及本会会員名簿六冊併セテ献納仕度候間、宜敷御取計被成下度、此段相願候也
  明治四十一年十月一日
 - 第28巻 p.709 -ページ画像 
             東宮御慶事奉祝会
               会長 男爵 千家尊福印
     宮内大臣 伯爵 田中光顕殿
      其三
    追納願
 東宮殿下御慶事記念トシテ奉献仕候美術館ニ関シ、館内飾戸棚取付及附属廊下建設費用ノ内ヘ曩ニ金参万参千五百円献納仕候処、尚金四千円追納致度候間、宜敷御取計被成下度、此段相願候也
  明治四十二年四月
              元東宮御慶事奉祝会会長
                   男爵 千家尊福
    宮内大臣 伯爵 田中光顕殿



〔参考〕東宮御慶事奉祝会報告 同会残務事務所編 第四四―四五頁 明治四二年四月刊(DK280110k-0007)
第28巻 p.709 ページ画像

東宮御慶事奉祝会報告 同会残務事務所編  第四四―四五頁 明治四二年四月刊
  第四 本会々務の引継
評議員の決議に依り、本会の事務一切を三十四年二月二十八日を以て東京市役所へ委託引継を完了せり、左の如し
    一 東京市役所ヘ照会
 拝啓、陳ハ過般本会評議員会ニ於テ後来ノ事務ハ之ヲ貴役所ヘ御委嘱致度協議一決仕候ニ付テハ、特ニ御允諾被下度、別紙(略之)事務概要並規程相添、此段領貴意度如斯御座候 敬具
  明治三十三年十二月三十一日
          東宮御慶事奉祝会長 男爵 千家尊福
    東京市参事会
     東京市長 松田秀雄殿
    二 東京市役所より回答
 内乙第三五号ノ二
 貴会事務御委嘱ノ件領承致候条、此段及回答候也
  明治三十四年二月二十八日
                  東京市長 松田秀雄
    東宮御慶事奉祝会長 男爵 千家尊福殿
 追テ本件ニ要スル費用ハ、貴会ニ属スル資金ヨリ支出可致候、為念申添候也