デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

3部 身辺

1章 家庭生活
1節 同族・親族
1款 同族
■綱文

第29巻 p.67-71(DK290013k) ページ画像

明治28年4月14日(1895年)

是日、栄一長男篤二伯爵橋本実穎妹敦子ヲ娶ル。


■資料

青淵先生子孫一覧(DK290013k-0001)
第29巻 p.67 ページ画像

青淵先生子孫一覧            (渋沢子爵家所蔵)


渋沢栄一長男
 ○実ハ《(原註)》二男ナリ
 篤二
   母ハ前配尾高氏、明治五年十月十六日生、昭和七年十月六日逝、実ハ二男ナリ、妻ハ橋本実梁女敦子
   長男
   敬三
    明治二十九年八月二十五日生、妻木内重四郎二女登喜子
   二男
   信雄
    明治三十一年六月二十一日生、分家ス
   三男
   智雄
    明治三十四年三月五日生、分家ス



竜門雑誌 第八一号・第三九頁 明治二八年二月 ○入嫁式(DK290013k-0002)
第29巻 p.67 ページ画像

竜門雑誌  第八一号・第三九頁 明治二八年二月
○入嫁式 社長渋沢篤二君は、今回宮内次官花房義質君の媒妎を以て伯爵橋本実穎君の令妹敦子君と結婚の約整ひ、已に一月二十日入嫁式を執行せられたり、華燭の式を挙らるゝは四月頃なるへしといふ、余輩は謹んて之を慶祝す


竜門雑誌 第八三号・第三八頁 明治二八年四月 ○社長の婚儀(DK290013k-0003)
第29巻 p.67 ページ画像

竜門雑誌  第八三号・第三八頁 明治二八年四月
○社長の婚儀 は昨十四日深川の本邸に於て盛大なる式典を以て挙行せられたり、右に付本社は社員一同の祝意を表するため、紅縮緬を以て大鯛弐尾を作り、去る十一日恭しく晋呈せり
 - 第29巻 p.68 -ページ画像 


竜門雑誌 第八四号・第四四頁 明治二八年五月 【渋沢社長 は、去月十四日…】(DK290013k-0004)
第29巻 p.68 ページ画像

竜門雑誌  第八四号・第四四頁 明治二八年五月
○渋沢社長 は、去月十四日新婚の後、十五・十六・十七の三日、引続き披露宴を開き、十八日午後二時三十分新橋発にて、新令夫人と共に新婚旅行の為鎌倉に向ひ、更に廿三日大磯に至り、同廿七日午後六時新橋着にて目出度帰京せられたるよし
○同新婚披露園会《(遊脱カ)》 は、本月五日王子別荘に於て開会せられ、内外の貴顕紳士貴婦人無慮千数百名を招待して、盛大に挙行せられたり


渋沢栄一 書翰 阪谷芳郎宛 (明治二八年)五月一日(DK290013k-0005)
第29巻 p.68 ページ画像

渋沢栄一 書翰  阪谷芳郎宛 (明治二八年)五月一日
                     (阪谷子爵家所蔵)
○上略
爾来益御清適、王事御勤労祝賀之至ニ候、然者篤二婚儀之事も客月十四日ニ無滞相済候処、恰好媾和談判も相調候由ニ付、披露之園遊会も本月五日と相定め、夫々準備いたし候際、廿三・四日頃より外国干渉之噂有之大ニ痛心ニ付、終ニ貴方ヘも電報御問合申上候次第ニ候、就而貴方之回答ハ暫時見合候方との事ニ候得共、去ル廿八日ニ穂積其外王子別荘ヘ会合之上、再三打合候処ニてハ、到底安心之時節と申候而も際限有之間敷、去迚此儘披露之園会《(遊脱カ)》ニても相催不申候てハ、所謂心残りと相成可申、然時ハ寧ロ新緑之好時節ニも有之候間、今日と相定候方と申事ニ相成、即再応電報せし訳ニ候、幸ニ貴答異議も無之ニ付更ニ又花房氏ヘも承合、弥以来ル五日と決定し、今日夫々案内状相発申候、就而ハもしも都合相叶候ハヽ、一寸ニても帰京御立会相成候様致度候、併私事を以て公を廃し候ハ、老生之深く憂苦致候義ニ付強而御繰合ニハ不及候、只前段再三熟考之上、五日之園遊会決定之義一応御通知旁、爾後再三之御状回答まて如此御坐候 匆々不一
  五月一日
                      渋沢栄一
    阪谷芳郎殿
阪谷芳郎殿      渋沢栄一
           御直展
(別筆)
京都市上京区烏丸通
        姉小路北ヘ入小杉方大蔵省出張処
          阪谷芳郎殿
             御直展
日本橋区兜町二番地
           渋沢栄一


竜門雑誌 第八四号・第二八―三〇頁 明治二八年五月 篤二の新婚に寄花祝といふことを(DK290013k-0006)
第29巻 p.68-69 ページ画像

竜門雑誌  第八四号・第二八―三〇頁 明治二八年五月
    篤二の新婚に寄花祝といふことを
 - 第29巻 p.69 -ページ画像 
                         渋沢栄一
立ならふ木々のみとりを力にてわか木の花はさきそめにけり
さき出るわか木の花にわか老を忘れて千代を祝ふけふかな
                        渋沢かね子
万代に栄えむはるのいろみえてわか木の桜さきそめにけり
千代やちよ春を重ねてかわりなくともにさかえむ庭の桜木
                         穂積陳重
寿賀の根の長き春日に匂ひ出て千とせをちきるはつ桜かな
さしかはす枝に八千代を契りつゝ今日咲そむるはなの二本
                         穂積歌子
よろつ代の契りをむすふいと桜なかき春日に匂ひそめけり
枝に根にそゝき土かひいく年か初花にほふけふをまちにき
                        阪谷こと子
よろつよの春を契りて色ふかく咲出てにけり初さくらはな
立そひて千とせ栄えん色も香も世にたくひなきはなの二本
    人々寄花祝といふ歌をよみて賜へるに
                         渋沢篤二
朝夕のめくみの露にうるほひて若木の花も咲きそめにけり


竜門雑誌 第八四号・第三〇―三一頁 明治二八年五月 【今茲四月長男篤二娶橋…】(DK290013k-0007)
第29巻 p.69 ページ画像

竜門雑誌  第八四号・第三〇―三一頁 明治二八年五月
今玆四月長男篤二娶橋本氏、挙新婚儀、二婿穂積陳重・阪谷芳郎、欲採古史中事跡最顕著可訓戒者三、命画伯楓湖図以贈祝、問選余、余答以仁徳帝和気朝臣加藤肥州、顧帝之慈仁節倹、朝臣之忠直大節、肥州之誠毅勤勉、共表彰千古、篤二善服膺不怠、庶幾継余報国微衷、而不墜遺業乎、図成見贈、因書其由画匣、蓋永使省視二婿之訓云
  明治廿八年四月十四日       青淵 渋沢栄一


竜門雑誌 第八四号・第二二―二八頁 明治二八年五月 四月十四日渋沢篤二君の新婚に寄花祝といふことを(DK290013k-0008)
第29巻 p.69-71 ページ画像

竜門雑誌  第八四号・第二二―二八頁 明治二八年五月
    四月十四日渋沢篤二君の新婚に寄花祝といふことを
                      伯爵 津軽承昭
さかりなる花影にのみまふ蝶のむつみ遊へる春そうれしき
                       伯爵 松浦詮
さかえ行桜のはなのいろふかくちきる千とせの春そ久しき
                         本居豊頴
えたかはす花のなかみち末遠み千とせの春の色そこもれる
睦ましく蝶も遊へり嬉しけに見ゆるは花のゑまひのみかは
                          小出粲
万代の春のさかえやちきるらんはつはな桜かけをならへて
                          鶴久子
たちならふいもせのやまの桜花はるをときはに咲匂ふらん
                         鈴木重嶺
さかりなる花にむつれて飛蝶もともに千とせの春や契れる
                         鈴木弘恭
 - 第29巻 p.70 -ページ画像 
見れと見れとめてたき花を植そへて二本さける蔭のよろしき
                         中村秋香
ときは山千代のみとりも色そえて初花さくらさき出にけり
今よりの春いかならんよし野山わか木の花も咲そへにけり
                         三田葆光
松の火に照して夜も見つるかな千世もとおもふやとの桜を
                         千葉胤明
若松にえたをかはせるいと桜さくら色して千代をへぬへし
                         阪谷恭子
さかえ行宿の千とせそしられけるけふ咲初る花のにほひに
                        津軽りき子
万代を松にちきりてたちならふ花の色香やつきせさるらん
                         穂積松子
いもとせの契もふかき色みえてはつ花さくら咲出てにけり
千代まてもいや栄えませ麗しきみそのゝ花の色をともにて
                        長谷川一彦
いく春もかはらぬそのゝ桜こそ君か八千代のかさし成けれ
                          鶴光美
立ならふわかきの桜千代かけていよいよ花の咲まさるらん
                          蒲義賢
蝶も来て舞そめにけり睦ましきふた木の花の影をしたひて
                         増田多郎
よろつよの春を契りて咲にほふ花こそやとの栄えみせけれ
                         加藤秀英
芳しきこのめも春のよろこひをさきかさねたる八重桜かな
                         清水竹子
御そのふの松に契りてさくら花ともに千とせの齢へぬらん
                        角田四三子
もろともに枝をかはして桜はなかきりしられぬ春や重ねん
                        角田千枝子
いもせ山高根のあたりさく花は千代の春まてにほひ行らん
                     津軽家侍女ます子
いく春も花に契りてさかゆらんあかて若葉のしけり行まて
                          原久子
枝かはす二本さくら千代こめてかをりも深く世に栄ゆらん
いく千代を花に契りて妹とせのいろかも深くかほりぬる哉
                        坂本えい子
さしのほるあさ日にゝほふ桜花千代の契りそ久しかりける
                        森川みね子
ことほきの今日をしりてか嬉しくも庭桜花ひらきそめけり
                        吾妻ちか子
すかの根のなかき春日を心にて花の盛りそひさしかるへき
                        館脇ます子
年ことに咲き加はりて御園生のはなの盛りそ久しかるへき
 - 第29巻 p.71 -ページ画像 
                         諸井春畦
いく千代も春に契りて御園生にいろ香もふかく花そ咲ける
                        諸井くら子
春の日も花の盛りもすかのねの長くもかなといわひぬる哉
                        内田ゆか子
家の風のとかにふけは咲そむるはなの盛りも久しかるらん
                        池谷とみ子
咲にほふ花のさかりはいく千代と春を重ねて色まさるらん
                        杉浦いと子
移しうゑし庭の桜は今としより千とせの春や咲にほふらん
                         羽田又八
いかはかり楽しき春の宿ならんことしは花も色まさりつゝ
                        桃井その子
ことしよりわか木の桜咲そめて千代へん松にならひ立らん
                        田中久尾子
よろこひのいろさへそひて桜花のとけき春に咲そめにけり
むつましき妹背の山にさき匂ふ花はちとせの色もかはらし
                         魚成親行
うえましゝみそのゝ桜咲そめて千代もふりせぬ色みゆる哉
                        織田くに子
敷島のしらぬ道をもたとるかなはつ花匂ふ今日のいわひに
                         斎藤操子
さくら花君に契りてよろつ代の春をときはの色にさくら舞
                         斎藤孝樹
今年より君かゝさしの花の枝ははるを重ねて色まさるらん


竜門雑誌 第八五号・第三三―三四頁 明治二八年六月 四月十四日渋沢篤二君の新婚に寄花祝といふことを(DK290013k-0009)
第29巻 p.71 ページ画像

竜門雑誌  第八五号・第三三―三四頁 明治二八年六月
    四月十四日渋沢篤二君の新婚に寄花祝といふことを
                     従三位 井上正直
はるの日のなかかれとこそ祝ふなれ枝さしかはすはつさくら花
                         松本操子
いくとせもあかぬ色香ににほふらんことしうゑたる庭さくら花


竜門雑誌 第八五号・第三四頁 明治二八年六月 賀渋沢篤二君新婚(DK290013k-0010)
第29巻 p.71 ページ画像

竜門雑誌  第八五号・第三四頁 明治二八年六月
    賀渋沢篤二君新婚
                    鷹洲 織田完之
満堂賓客進歓言。紅旭蟠桃白鶴翻。恰好媾和完結夕。蓬莱台下賀新婚。
    同
緑雲鬟被紫藤簪。婉娩看他氷玉心。月桂添香連理枕。鴛鴦結夢合歓衾。