デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

3部 身辺

1章 家庭生活
1節 同族・親族
2款 親族
■綱文

第29巻 p.84(DK290023k) ページ画像

明治32年2月15日(1899年)

是日、栄一姉吉岡なか逝ク。

     ○栄一ノ姉妹左ノ如シ。

      なか

      栄一

      てい

   ○なかハ栄一ノ姉ニシテ、吉岡為三郎(後、十右衛門ニ改ム)ニ嫁ス。

   ○兄、妹ノ早世セルハ略ス。


■資料

渋沢栄一 日記 明治三二年(DK290023k-0001)
第29巻 p.84 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治三二年     (渋沢子爵家所蔵)
二月十五日 晴
午前七時十五分上野発汽車ニテ旧里八基村ニ抵ル、蓋シ吉岡老夫人ノ病ヲ訪フ為ナリ、午前十一時淵上旧宅ニ於テ休憩シ、十二時新田吉田氏ヲ訪フ、病者衰弱甚シ、想フニ回復ノ望ナシ、医師堀井ヲ同伴スルヲ以テ、之ヲ診セシメ、薬餌ノ事ヲ新五郎ニ談シテ去ル、夜六時過東京ニ帰ル ○下略
   ○吉岡老夫人トハ「吉岡なか」ヲサス。
   ○中略。
二月十八日 曇
此日ハ旧里吉岡老夫人病没シテ其葬儀執行ノ日ナルニ付、会葬ノ心算ナリシモ、朝来風邪気ナルニヨリ、其行ヲ止メ臥褥療養ス
二月十九日 晴
昨日ノ小痾全愈ニ至ラサルヨリ、牀上ニ在テ休養ス、斎藤峯三郎来ル午後篤二夫妻旧里ヨリ帰京セシヲ以テ来訪ス
   ○吉岡義二報告(昭和三十四年五月十六日)
     冠省、先日お尋ねの件左の通り御返事申上げます。
     祖母 仲子 明治三十二年二月十五日歿
     芳蘂院梅屋妙仙大姉(亨年六十五歳)
     葬儀の日は渋沢青淵先生の御名代にて篤二様をはじめ大倉喜八郎・浅野総一郎氏など御弔問に見えし由、記録にある由です。以上。
    右ハ本資料刊行ニ際シ報告ヲ得タルモノナリ。