デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

3部 身辺

1章 家庭生活
2節 健康
■綱文

第29巻 p.163-168(DK290049k) ページ画像

明治40年(1907年)

渋沢栄一日記及ビ八十島親徳日録ニ記載セラレタル、栄一是年ニ於ケル健康ニ関スル事項。


■資料

渋沢栄一 日記 明治四〇年(DK290049k-0001)
第29巻 p.163-168 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治四〇年     (渋沢子爵家所蔵)
一月二十六日 曇 寒            起床七時三十分 就蓐十一時三十分
○上略
此日少シク感冒ノ気味ナリキ
 - 第29巻 p.164 -ページ画像 
一月二十七日 曇 寒            起床八時 就蓐十一時三十分
風邪気ニテ起床例刻ヨリ遅シ、病ヲ努メテ褥中来人ニ接ス ○下略
   ○中略。
一月二十九日 雨 寒            起床七時 就蓐十一時
○上略 夕方ヨリ風邪気ニテ帰宿、直ニ医師ヲ招キ種々ノ手当ヲ為ス、夜ニ入リテ少シク快方ヲ覚フ
一月三十日 曇 寒             起床九時 就蓐十二時
昨夜ヨリ風邪気ニテ晏起、褥中ニ在テ朝飧ヲ為シ、畢テ新聞紙ヲ一覧シ、且来人ニ接シ又ハ書類ヲ整理ス
○下略
一月三十一日 曇 寒            起床八時 就蓐十二時
起床後朝飧ヲ為ス、風邪全愈セサルヲ以テ、褥中ニ在テ書類ヲ検閲シ且諸方ヘ書状ヲ認ム ○中略 午後堀井医師来診ス
終日褥中ニテ来人ニ接シ、且書類ヲ整理ス
   ○中略。
二月十八日 雪 寒             起床七時三十分 就蓐一時三十分
○上略 此日ハ午前十時ヨリ精錬会社発起人会ノ為メ、出席ノ約アリシモ風邪ノ為メ断リ遣ス
○中略
午後一時ヨリ政友会調査会ニ出席ノ約アリシモ、病ノ為メ之ヲ謝絶ス
二月十九日 曇 寒             起床七時三十分 就蓐十二時三十分
○上略
午前十一時萩原源太郎氏来リ、瓦斯会社ノ事ヲ談ス、此日ハ小栗氏ト兜町ニテ会見ノ約アリシモ、風邪気ナルヲ以テ断リ遣ス、外国人モ同シク謝絶ス、終日家ニ在テ事務ヲ処理ス
○下略
二月二十日 半晴 軽暖           起床八時 就蓐十一時三十分
起床後先ツ日記ヲ編成ス、風邪気ノ全愈セルヲ以テ、朝飧後二・三ノ来人ニ接シ、午前十一時兜町事務所ニ抵リ来人ニ接ス ○下略
   ○中略。
三月十日 晴 軽暖             起床七時三十分 就蓐一時三十分
起床後入浴畢テ来人ニ接ス、八時朝飧ヲ為シ再ヒ種々ノ来客ト談話ス
○中略
此日曾禰氏ヨリ招宴セラレシモ、腹部ヲ損セシヲ以テ断リ遣ス
   ○中略。
四月三日 曇 暖              起床七時 就蓐二時
○上略
午後庭園ヲ運動シ畢テ書類ヲ調査ス、此日ハ添田寿一氏海外行ノ首途ナリシモ、腹部ニ障リアルヲ以テ送別スルヲ得ス、夜モ万国青年大会ヨリノ案内アリシモ、出席ヲ見合ハス
竹田政智来話ス
   ○中略。
五月十七日 曇 暖             起床七時 就蓐十一時三十分
朝来不快ニテ一旦起床スルモ別ニ病褥ヲ設ケ褥中ニ於テ書類ヲ一覧ス
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午前堀井医師来診ス
東京ヨリ書類数多送リ来ル
終日安静ニ読書又ハ遊戯ニ消閑ス
五月十八日 晴 暖             起床七時 就蓐十一時三十分
昨日来不快尚未タ愈ヘス、朝来起床シテ更ニ病褥ヲ設ケ、褥中ニ在テ読書ス、皆川四郎夫妻来訪ス
午後掘井医師来診ス
諸方ヨリ電話又ハ来人アリタレトモ、病ヲ以テ之ヲ辞ス、終日安静ニ摂養ス
   ○中略。
五月二十一日 晴 暑            起床七時 就蓐十一時三十分
昨夜ヨリ胃痛アリ、且下痢強クシテ、起床後病褥ヲ設ケテ摂養ス
堀井医師来診ス、終日飲食ヲ節シテ褥中読書ス
五月二十二日 曇 暑            起床七時 就蓐十二時
昨日ト同シク下痢愈ヘサルヲ以テ褥中ニ在テ読書ス、堀井医師来診ス山室軍平氏来話ス、病中フース氏来書ノ事ヲ談ス
五月二十三日 曇 涼            起床七時 就蓐十一時三十分
病稍快方スルヲ以テ、起床病褥ヲ離レテ庭園ヲ散歩ス ○下略
   ○中略。
六月二日 晴 涼              起床七時三十分 就蓐十二時
起床後入浴シ畢テ庭園ヲ散歩ス、帰後二・三ノ来人ニ接シ、九時頃朝飧ヲ為ス、昨夜ヨリ少シク腹部下痢ヲ覚ヘ、為メニ外出スルヲ得ス、家ニ在テ読書ス
韓人韓相竜氏帰国告別ノ為来訪セラル
六月三日 半晴 涼             起床七時 就蓐十二時
起床直ニ入浴シ、畢テ来人ニ接シ、八時朝飧ヲ喫ス、食後庭園ヲ散歩ス、此日ハ腹部少シク下痢スルヲ以テ出勤ヲ見合ハセ、家ニ在テ書類ヲ整理ス
   ○中略。
六月五日 雨 冷              起床七時 就蓐十一時三十分
起床後腹部悪シキヲ以テ、病褥ニ在リテ書類ヲ調査ス、午前堀井医師来診ス
終日家ニ在テ書類ヲ整理ス
六月六日 曇 冷              起床七時 就蓐十一時三十分
腹部尚全愈セサルヲ以テ、褥中ニ於テ書類ヲ整理ス、午前永浜氏韓国行ニ付告別トシテ来訪セラル、終日家ニ在テ書類調査ニ勉ム
   ○中略。
六月十五日 晴 涼             起床八時 就蓐十二時
○上略 此日ハ午前宮内大臣ヲ訪問ノ約アリシモ、所労ヲ以テ之ヲ謝絶ス午後劇場会社重役会ヲ開ク筈ナリシモ、同シク電話ニテ断リ遣ス ○下略
   ○中略。
七月二十八日 曇 暑            起床七時 就蓐十二時
起床後風邪気ナルヲ以テ、褥中ニ在テ書類ヲ整理ス ○中略
此日大日本麦酒会社株主総会ヲ本社ニ開キ、午後五時ヨリ花月楼ニ懇
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親会開催アリシモ、病ヲ以テ出席ヲ謝絶ス
七月二十九日 晴 暑            起床八時 就蓐十一時三十分
起床後再ヒ病褥ニ於テ書類ヲ調査シ、又ハ新聞紙其他ノ書籍ヲ読ム、此日ハ人造肥料会社株主会及東京市役所ノ会同、石川島造船所ノ株主総会アリシモ、病ノ為メ電話ヲ以テ之ヲ謝絶ス、午後堀井医師来診セラル、夕方横山徳次郎来話ス
七月三十日 晴 暑             起床六時三十分 就蓐十一時三十分
起床後又病褥ニ在テ、新聞紙其他ノ書類ヲ一覧ス、午前佐々木慎思郎来リ、浦賀船渠会社ノ事ヲ談ス、穂積ノ児孫来訪ス
午後堀井医師来診セラル
終日褥中ニ在テ書類ヲ整理シ、又ハ読書ス
○下略
七月三十一日 晴 暑            起床七時 就蓐十二時
起床後更ニ病褥ヲ設ケ、褥中ニテ新聞紙其他ノ書類ヲ閲覧ス、鹿児島高等ノ学校々長以下四氏ヘ書状ヲ裁ス
○下略
八月一日 晴 暑              起床七時 就蓐十一時三十分
起床後更ニ褥ヲ設ケ床上新聞紙又ハ雑書ヲ一覧ス、午前八時朝飧ヲ畢ル ○下略
八月二日 晴 暑              起床六時三十分 就蓐十一時三十分
起床後新聞紙ヲ一覧ス、病稍愈タリト覚ユレトモ、尚入浴ヲ見合ハス ○中略 夕七時王子ニ帰宿ス、此夜少シク発熱シテ夜中煩悶ス、堀井医師来診ス
○下略
八月三日
熱気ハ減スレトモ、疲労強キヲ以テ起床後病褥ヲ設ケテ摂養ス、朝志岐信太郎来話ス、又大川平三郎・大沢某来リ、木曾御料森林ノ事ヲ談ス、朝飧後褥中ニ在テ此等来客ト談話ス
午飧後高木博士・堀井医師来診セラル、高木博士トハ慈恵会ノ要務ヲ談ス、夕方ニ至リ夜飧ヲ共ニス ○中略
此日帝国劇場会社ノ重役会・自働車会社創立委員会アリシモ、病ノ為メ之ヲ謝絶ス
八月四日 曇夕晴 暑            起床六時三十分 就蓐十一時三十分
昨夜モ中宵発熱アリシヲ以テ、起床後同シク病褥ニ在テ安静ニ摂養ス午前八時朝飧ヲ喫ス、九時高木博士・堀井医師来診セラル、高木氏ハ今日発途北海道行ノ筈ナリシモ、余ノ為メニ特ニ来診セラレシナリキ午後一時午飧、江間政発来話ス
夕方堀井医師再ヒ来診ス、夜正雄小説《(ノ脱カ)》ヲ読ムヲ聴ク
朝来熱気ハナキモ、身体疲労ヲ覚ユ、午後ヨリ漸次ニ回復ス
八月五日 雨又晴 暑            起床七時 就蓐十一時三十分
起床後病褥ヲ設ケ、其中ニ在テ新聞紙ヲ一覧ス、小野金六氏来訪アリシモ、病ヲ以テ面会ヲ謝絶ス、八時半児輩ト共ニ朝飧ヲ畢リ、服薬・吸入等病ヲ療スルニ忙シ、十時八十島親徳来ル、是ヨリ先篤二来話ス其帰ルニ臨ンテ第一銀行佐々木氏ニ伝言シ遣ス、午飧後揮毫ヲ試ム
 - 第29巻 p.167 -ページ画像 
午後三時過堀井医師来診ス ○中略
此日人造肥料会社紀念祭ノ為出席スヘキ筈ナリシモ、病ノ為謝絶ス
八月六日 晴 暑              起床六時三十分
病未タ全ク愈ヘサルニヨリ、起床後更ニ病褥ヲ設ケテ摂養ス、朝来褥中ニ於テ日記ヲ編成シ、新聞紙ヲ一覧ス、午前八時朝飧ヲ畢リ、新聞紙ヲ一覧ス
午前ヨリ古墨帖ノ臨書ヲ試ム、終日勉強シテ折本数冊ヲ揮毫ス
此日ハ人造肥料会社二十年紀念ノ夜会ヲ催セシモ、病ノ為メ出席ヲ得ス、又米国大使送別会ヲ開キシモ同ク欠席セリ
夕方堀井医師来診ス
○下略
八月七日 晴 暑              起床六時三十分 就蓐十一時三十分
病稍愈ヘタルモ、未タ入浴スルヲ得ス、起床後温湯ヲ以テ身体ヲ摩擦ス、八時朝飧ヲ為シ、畢テ揮毫ヲ試ム、午前大川平三郎来話ス、午後渡辺莱渚来話ス、終日趙子昂墨帖ノ臨書ヲ為ス、夕方医師来診ス
○下略
八月八日 雨 冷              起床七時 就蓐十一時三十分
起床後温湯ヲ以テ身体ヲ摩擦ス、畢テ新聞紙ヲ一覧ス、八時朝飧ヲ食ス、食後墨帖ヲ臨ス、午飧後児等ト庭園ヲ散歩シ、帰来又揮毫ヲ試ム此日ヨリ病褥ヲ離レテ、机上適意ニ読書又ハ臨書ヲ為ス、夜ニ入リテ正雄ノ金色夜叉ヲ読ムヲ聞ク
   ○中略。
八月十四日 晴 暑             起床六時
○上略 六時 ○午後堀井医師ヲ訪ヒ診察ヲ請ヒ、七時過帰宿ス
   ○中略。
八月二十二日 雨 冷            起床六時三十分
○上略
午後ヨリ腹部ニ痛ヲ覚フ、夜ニ入ルモ未タ全愈セス
   ○中略。
   ○八月二十日ヨリ九月一日マデ箱根小涌谷ニ滞在。
八月二十五日 雨 冷            起床七時 就蓐十二時
起床直ニ入浴シ、畢テ日記ヲ編成ス、此日モ雨尚ホ歇マス、只昨日ニ比スレハ風少シク静ナリ、午後ニモナラハ或ハ晴ヲ得ンカト思ハル、頃日来ノ腹部ノ病尚未タ愈ヘス、頻ニ手当ヲ為スニ勉ム
○下略
八月二十六日 雨 冷            起床七時 就蓐十二時三十分
○上略
夜ニ入リテ宮ノ下ナル医師岡島氏ニ腹部ノ診察ヲナサシム、下剤ヲ服シタル為メ夜中数回下痢アリ、頗ル苦悶ヲ覚フ
八月二十七日 曇 冷            起床七時 就蓐一時
起床後腰部ニ温浴ヲ為ス、昨夜来数回ノ下痢アリシモ、腹部尚愈ヘス且少シク痛ヲ覚フルニヨリ、更ニ岡島ノ来診ヲ請フ
○下略
八月二十八日 晴 暑            起床六時三十分 就蓐十一時三十分
 - 第29巻 p.168 -ページ画像 
○上略
此日ハ腹部稍平愈セシヲ覚フ、然レトモ食事ハ尚注意ヲ怠タラサリキ
八月二十九日 晴 暑            起床七時 就蓐十一時三十分
○上略
腹部ノ病未タ全ク愈ヘス、時々下痢ノ気味アリテ、快然タルヲ得ス、故ニ日々粥ヲ食シテ僅ニ飢ヲ凌クノミ
八月三十日 晴 暑             起床六時三十分 就蓐十二時三十分
○上略
此日兼子及児童等ハ大涌谷ニ遊歩セルモ、予ハ腹部全愈セサリシ為メ家ニ在テ読書ト揮毫ニ閑ヲ消ス、穂積歌子ヨリ書状到来シ和歌数首ヲ寄セ来ル


(八十島親徳) 日録 明治四〇年(DK290049k-0002)
第29巻 p.168 ページ画像

(八十島親徳) 日録  明治四〇年    (八十島親義氏所蔵)
五月十八日 晴
例刻出勤、男爵微恙ニテ昨今御出勤なし ○下略
   ○中略。
五月廿二日 晴
○上略 青淵先生微恙ノ為出勤無シ
○下略
   ○中略。
六月三日 晴
○上略 男爵ハ今日出動《(勤)》ナシ ○下略
六月五日 曇 寒
例刻出勤、男爵ハ今日ハ下痢出勤無シ ○下略
六月七日 雨
例刻出勤、男爵ハ引ツヽキ出勤無シ ○下略
六月八日 曇
朝例刻出勤、男爵今日ハ出勤セラル ○下略
   ○中略。
八月五日 晴 暑シ 時々驟雨
○上略 男爵ニハ去二十七日以来風邪引籠ナリシモ、二日第一銀行総会ニ出頭ノ処サハリシト見ヘ、同夜及昨夜発熱気管支カタルノ気味モアルトノ事ニテ、障子〆切臥床セラル、但今日ハ快方ノ様也 ○下略
   ○中略。
八月十日 時々雨 アツシ
○上略 今日ハ男爵初メテ出勤アリ、最早無熱気管支カタルモ、全癒セラレシトイヘリ
○下略