デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

3部 身辺

5章 交遊
節 [--]
款 [--] 10. 浅野総一郎
■綱文

第29巻 p.383-385(DK290111k) ページ画像

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■資料

浅野総一郎 浅野泰治郎 浅野良三著 第二九五-三〇〇頁 大正一四年二月(改訂版)(DK290111k-0001)
第29巻 p.383 ページ画像

浅野総一郎 浅野泰治郎浅野良三著  第二九五―三〇〇頁 大正一四年二月(改訂版)
 ○第七章
    二 渋沢翁
 コークスと磐城炭との、惣々交換から、王子製紙会社では、若い商人の惣一郎《ちゝ》を徳として、これを縁故に、其後も引続いて、石炭を買つて呉れた。
 石炭積の船が着く毎に、大塚屋の惣一郎は人足等と共に、真黒くなつて水揚げに従事した。大塚屋の勤勉は社内の評判であつた、事務所の窓越しに、惣一郎の労働を、讃嘆して眺むる一人の紳士がある、支配人の谷敬三氏を時折麾き、又窓外を指差して、感嘆久しう私語する事も度々あつた、此の紳士こそ誰れあろう、時の抄紙部総理渋沢栄一氏である。
○中略
 「大塚屋に一度会つて見たい。」といふ渋沢総理の好意を、谷支配人が折を見て、大塚屋の惣一郎に取次いだ時
 「暇人らしふ、大将等の話相手はしてゐられません、昼の間は私は一分二分を争ふ商売人ですから、夜分ならば兎も角も、折角ですが宜敷お断りを―。」
 と味気なく謝《ことわ》つた。その言葉に無量の妙味があると言つて、渋沢さんは非常に喜ばれた。
 「暇人話が嫌なら、仕事の上に相談事でも出来たら、夜分にでもお越しなさい。」
 といふ渋沢さんの、後進者を遇する先輩らしい親切に、甘んじた訳ではないが、其夜遅く、ドンドン門戸を叩いて、浜町の別宅に渋沢さんを訪づれた。渋沢さんは寝所に入られた後であつたので
 「旦那様は御寝みになられました。」
 と女中が、面会を避けると、惣一郎は威猛高に怒号した。
 「夜分来いとおツ仰るから夜分伺つたのに、それでは御約束が違ひます、浅野の夜分は毎夜十時過ぎからなのです。十時前は宵の内ですと旦那様に御伝へ下さい。」
 其時分から要路の人達に向つては、ボツボツ本名の浅野を名乗り初めてゐた。
 何時かな去りそうも無い惣一郎の気配を見て取つた女中が、仕方なげに寝所に取次ぐと、渋沢さんは
 「どうも済みませんでした。君は噂に勝る活動家ですね。結構々々」
 と快げに引見された。「お汝の様な人は、腕で飯を食ふ心掛が肝心ぢや」と訓へられた。
 惣一郎は此一言を、処世上の金科玉条として、恰も守護本尊の如く五十年間念頭を離さない。初対面の第一印象からして、渋沢さんは既に惣一郎の一大恩師であつた。 ○下略

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(芝崎確次郎) 日記 明治二五年(DK290111k-0002)
第29巻 p.384 ページ画像

(芝崎確次郎) 日記  明治二五年    (芝崎猪根吉氏所蔵)
(二月)十二日 小雨降
○上略
本日ハ穂積八束殿江
浅野惣一郎殿令娘 ○松子と結婚之祝日ナリ
渋沢御主人ノ媒妁ナリ、諸事尾高幸五郎殿周旋方尽力被致候事


渋沢栄一 日記 明治三三年(DK290111k-0003)
第29巻 p.384 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治三三年     (渋沢子爵家所蔵)
四月廿七日 曇
○上略 夕四時兜町ニ帰宿ス、此夜浅野氏夫妻及幸子・穂積八束・白石元次郎夫妻《(白石元治郎)》・西園寺亀次郎・清水泰吉諸氏ヲ会シテ夜飧ス、賓主得意ノ雑談ヲ尽シ、夜十二時散会ス
   ○中略。
四月八日《(五月)》 曇
○上略 此夜浅野氏三女縁談ニ付キ、浅野夫人ニ要旨ヲ内話ス
   ○中略。
五月十七日 曇
○上略 浜町常盤屋ニ抵リ浅野総一郎氏ノ招宴ニ列ス、家族一同相会シテ各歓ヲ尽シテ去ル ○下略
   ○中略。
五月三十日 雨
○上略 午後五時田町浅野氏ヲ訪ヘ《(ヒ)》清水氏ト結婚ニ付結納ノ儀ヲ収ム、主人夫妻及縁女幸子ト会話シテ夜八時過深川宅ニ帰宿ス
   ○中略。
七月八日 雨
○上略 午後二時永田町清水泰吉宅ニ抵リ、結婚ノ媒妁ヲ為ス、蓋シ浅野総一郎三女幸子ト婚儀ヲ行フナリ、浅野・清水両家ノ親戚相会シ、儀畢テ夜十時兜町ヘ帰宿ス
   ○「清水家」ノ項参照。
   ○中略。
七月十日 曇
○上略 午後四時帰宅、五時田町浅野氏ノ招宴ニ抵ル、蓋シ婚儀結了ノ後ニ開ク処ノ小宴ナリ、浅野・清水両家ノ親戚相会ス、夜十時帰宿ス
   ○中略。
九月廿九日 曇
○上略 午後一時浜町常盤屋ニ抵リ、浅野氏ノ招宴ニ出席シテ平賀義美氏ト会話ス ○下略
   ○中略。
十二月十七日 晴
○上略 六時常盤屋ニ抵リ、浅野総一郎氏ノ招宴ニ応ス ○下略


渋沢栄一 日記 明治三八年(DK290111k-0004)
第29巻 p.384 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治三八年     (渋沢子爵家所蔵)
八月四日 雨 冷気
○上略 六時田町浅野氏ノ饗宴ニ出席ス、英人サミユールノ長男及横浜支店主任デビス氏来会ス、夜飧後余興アリテ ○下略
 - 第29巻 p.385 -ページ画像 


渋沢栄一 日記 明治四〇年(DK290111k-0005)
第29巻 p.385 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治四〇年     (渋沢子爵家所蔵)
四月十一日 雷雨 暖             起床七時三十分 就蓐十二時
○上略 午後三時半帝国ホテルニ抵リ、鈴木恒吉氏ノ催シタル結婚披露会ニ出席ス ○中略 七時再ヒ帝国ホテルニ抵リ、結婚披露ノ晩餐ニ列ス、食卓上一場ノ演説ヲ為シ、夜十一時帰宿ス
此日ハ終日兼子同伴ス


(八十島親徳) 日録 明治四〇年(DK290111k-0006)
第29巻 p.385 ページ画像

(八十島親徳) 日録  明治四〇年   (八十島親義氏所蔵)
四月十一日 雷雨夜晴
○上略 午後三時ヨリ ○中略 帝国ホテルニ於ケル鈴木恒吉氏養子鈴木紋次郎氏結婚(浅野総一郎氏四女タカ子ト)披露ノ宴ニ招カレテ到ル、杵屋及泉祐三郎ノ余興ノ後、食堂ニ導カル、桜花造リ花ヲ以テ室ノ四囲ヲ飾リ、之ニ灯火ヲ点シ花下ノ宴ヲ為ス、近来珍ラシキ壮大ノ飾リツケナリ、主客百名計リ、青淵先生ハ主人代ト媒妁人トノ資格ヲ兼ネテ披露ノ辞アリ、大倉喜八郎氏来賓惣代トシテ答辞ヲ陳ヘラル、中々ノ盛宴ナリキ


渋沢栄一 日記 明治四二年(DK290111k-0007)
第29巻 p.385 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治四二年     (渋沢子爵家所蔵)
一月四日 雨 寒
○上略 六時 ○午後浅野総一郎氏ヲ訪ヒ、仏人カン氏ノ招宴ニ陪席ス、食後余興数番アリ、来会スル者三十人余、頗ル盛宴ナリキ ○下略
   ○中略。
五月二十九日 晴 暑
○上略
午前十一時第一銀行ニ於テ浅野・穂積・白石三氏ト会見シ、大ニ浅野家家政ノ整理ニ関シテ忠告スル所アリキ
五月三十日 晴 暑
○上略 十二時帝国ホテルニ抵リ、浅野総一郎氏ノ催ニ係ル米国人ドクトルグリン氏饗宴ノ午飧会ニ出席シ、種々ノ談話ヲ為ス ○下略