デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

3部 身辺

5章 交遊
節 [--]
款 [--] 11. 岩崎家
■綱文

第29巻 p.385-387(DK290112k) ページ画像

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■資料

雨夜譚会談話筆記 上・第八四―八六頁 大正一五年一〇月―昭和二年一一月(DK290112k-0001)
第29巻 p.385-386 ページ画像

雨夜譚会談話筆記  上・第八四―八六頁 大正一五年一〇月―昭和二年一一月
                     (渋沢子爵家所蔵)
  第四回 大正十五年十二月十一日 於飛鳥山邸
    (三) 第一銀行経営の端緒に就て
○上略
先生「 ○中略 三菱の方は岩崎弥太郎氏が、私の主張する会社組織は駄目だぞと云ひ、自分と二人でやれば、日本の実業の事は何事でもやれると共同を申込んで来た。或る時岩崎氏からお目にかゝり度い、舟遊びの用意がしてあるから、と云つて来た。私は増田屋へ行つて居り、早速行かずに居ると、度々使を寄すので、岩崎の居る柏屋へ行くと、芸者を十四・五人も呼んで居る。二人で舟を出して網打などした処、岩崎氏は「実は少し話し度いことがあるのだが、これからの実業はどう
 - 第29巻 p.386 -ページ画像 
たらよいだらうか」と云ふので、私は「当然合本法でやらねばならしぬ、今のやうではいけない」と云つた。それに対し岩崎は「合本法は成立せぬ。も少し専制主義で個人がやる必要がある」と唱へ、大体論として「合本法がよい」「いや合本法は悪い」と論じ合ひ、はては、結末がつかぬので、私は芸者を伴れて引上げた」 ○下略
   ○本資料第八巻所収「東京風帆船会社」ノ条参照。
   ○此回ノ出席者ハ、栄一・渋沢敬三・白石喜太郎・高田利吉・岡田純夫。


渋沢栄一 日記 明治三二年(DK290112k-0002)
第29巻 p.386 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治三二年     (渋沢子爵家所蔵)
一月五日 晴 強風
○上略 此夕岩崎氏別業ニ招宴セラル、大隈伯・佐藤医師・末延道成・志村工学士等来会ス、松永和風ノ長歌、尾上菊五郎ノ舞技ヲ見ル ○下略
   ○中略。
一月七日 少曇 西風強ク寒気甚シ
○上略 午前十時岩崎氏ヲ其別業ニ訪ヒ、閑談数刻ニシテ帰寓 ○下略
   ○中略。
四月廿九日 晴
朝岩崎弥之助氏来ル ○下略


渋沢栄一 日記 明治三三年(DK290112k-0003)
第29巻 p.386 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治三三年     (渋沢子爵家所蔵)
三月十八日 細雨
○上略 午後二時岩崎久弥氏祖母ノ葬儀ニ会スル為メ染井墓地ヘ赴ク ○下略


渋沢栄一 日記 明治三五年(DK290112k-0004)
第29巻 p.386 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治三五年     (渋沢子爵家所蔵)
三月六日 晴
○上略 十時駿河台ニ於テ岩崎弥之助氏ヲ訪ヒ送別ス ○中略 午飧後新橋停車場ニ抵リ岩崎氏ノ発途ヲ送別ス ○下略


渋沢栄一 日記 明治三八年(DK290112k-0005)
第29巻 p.386 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治三八年     (渋沢子爵家所蔵)
十一月二十九日 晴 風寒シ
○上略 十一時過品川ニ岩崎氏ノ邸ヲ訪ヒ談話ス ○下略


渋沢栄一 日記 明治四〇年(DK290112k-0006)
第29巻 p.386 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治四〇年     (渋沢子爵家所蔵)
四月四日 晴 暖              起床九時 就蓐十一時三十分
○上略 午後二時兼子ト共ニ深川岩崎邸ノ園遊会ニ出席ス、弥之助氏ノ男新婚披露ノ宴ナリキ、庭園壮麗ニシテ粧飾亦美ヲ尽シ、頗ル目ヲ悞《(娯)》マシムルニ足ル、庭中余興トシテ俳優ノ踊アリ ○下略


渋沢栄一 日記 明治四一年(DK290112k-0007)
第29巻 p.386-387 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治四一年     (渋沢子爵家所蔵)
三月二十二日 晴 暖
○上略 二時過岩崎男爵ヲ高輪邸ニ訪ヒ、豊川・志原・幣原・末延諸氏ト会見ス ○下略
   ○中略。
三月三十日 曇 軽暖
 - 第29巻 p.387 -ページ画像 
○上略 二時青松寺ニ抵リ、岩崎男爵ノ葬儀ニ列席ス、儀式荘厳ニシテ来会者頗ル多シ ○下略
   ○中略。
六月二十日 曇夕雷雨 暑
○上略 午後六時築地瓢屋ニ抵リ、岩崎久弥氏ノ招宴ニ出席ス、曾禰子爵松尾・高橋男爵、其他十数名来会ス ○下略
   ○中略。
十二月二十六日 曇 寒
○上略 午前十時本郷岩崎久弥氏ヲ訪ヒ、明石照男氏ノ事ヲ談ス ○下略
   ○中略。
十二月二十九日 雨 寒
○上略 午飧後岩崎久弥氏ヲ三菱会社ニ訪ヒ、明石照男身上ニ関シ種々ノ談話ヲ為ス ○下略


渋沢栄一 日記 明治四二年(DK290112k-0008)
第29巻 p.387 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治四二年     (渋沢子爵家所蔵)
一月三日 晴 寒
○上略 午後三時茅町《(場脱カ)》ニ岩崎男爵ヲ訪ヒ、昨年来明石照男身上ニ関スル厚意ヲ陳謝シ、且他日婚儀ノ式ニ際シテ媒酌人タルコトヲ依頼セシニ、快ク承諾セラル ○下略


中外商業新報 第八二六三号 明治四二年五月一日 ○岩崎男園遊会(DK290112k-0009)
第29巻 p.387 ページ画像

中外商業新報  第八二六三号 明治四二年五月一日
○岩崎男園遊会 岩崎男爵は三十日品川の自邸に園遊会を催ふせるが当日は生憎く雨天なりしも、来会者は松方侯、田中・大隈諸伯、三井松尾・渋沢・高橋諸男、早川・鮫島・益田・大倉・豊川・安田・添田柳生・池田・有賀等各実業家一千余名に上り、手踊・奏楽・演劇等数種の余興もありて、非常の盛会なりき
   ○是日ノ栄一ノ日記ヲ欠ク。