デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2017.6.14

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

3部 身辺

6章 旅行
■綱文

第29巻 p.435-436(DK290122k) ページ画像

明治9年9月1日(1876年)

是日栄一、東京ヲ発シ前橋ニ赴キ、伊香保ヲ経テ九日帰京ス。


■資料

会議所伺 第四号 自明治九年至明治十年(DK290122k-0001)
第29巻 p.435 ページ画像

会議所伺  第四号 自明治九年至明治十年     (東京府文庫所蔵)
私儀第一国立銀行商用ニ付上州前橋表江本日出立仕候、尤四・五日間ニ者帰京仕候積リ御座候、此段御届申上候也
               会議所会頭
               養育院
  明治九年九月一日         事務長
               瓦斯局
                    渋沢栄一(印)
    東京府権知事 楠本正隆殿


会議所伺 第四号 自明治九年至明治十年(DK290122k-0002)
第29巻 p.435 ページ画像

会議所伺  第四号 自明治九年至明治十年     (東京府文庫所蔵)
私儀第一国立銀行商用ニ付上州前橋表江罷越候処、一昨九日帰京仕候此段御届申上候也
               会議所会頭
               養育院
                   事務長
               瓦斯局
  明治九年九月十一日
                    渋沢栄一(印)
    東京府権知事 楠本正隆殿


(渋沢喜作) 書翰 渋沢栄一宛 (明治九年)九月一日(DK290122k-0003)
第29巻 p.435-436 ページ画像

(渋沢喜作) 書翰  渋沢栄一宛 (明治九年)九月一日
                     (渋沢子爵家所蔵)
拝啓仕候、本日者愈御発車深谷駅御着車之由、山本三四郎帰崎承知奉敬賀候、明日者御順路前橋江御安着之事と奉存候、先書申上置候通御宿元次ニ案内之者等夫是申付置候得共、兎角不行届多と奉存候、宜敷御海容仰候、次ニ野生も是非差操拝姿御待受可申上之処、両三日以前より猶又横浜糸気配一層相進之趣ニ付、地方商人も東西ニ奔駆買出し方出精候故、殊之外出荷多々と相成不相替金融切迫仕候ニ付、何分浜表集算之都合送金之手筈も差図而已ニテ者行届兼候故、乍失敬折角当地方御順廻も御待受も不仕、明二日朝馬車ニテ帰府仕候、此段平ニ御仁恕之程奉仰候、勿論伊香保表より御帰路五日前橋市御巡視之義者、丁寧御案内仕候様一同江申付置候間、可然出張之者共江御示命実地御探訪之程奉祈候、右等伺旁々僕斎藤永蔵前橋御旅泊迄差出し候間、相応之御用向被仰付度願候、同人者当地方ハ聊様子も相馴居候得共、万緒御賢慮御伺申上候様申付置候、扠又御案内ニ差出し候松と者者先書申上候通《(申脱カ)》、聊ニても御弁理候義ニ候ハヽ温泉場江も御召連夫是御手元御用も被仰付度奉願候
右御伺迄寸楮捧呈仕候               匆々頓首
  九月一日夜認
 - 第29巻 p.436 -ページ画像 
                    渋沢喜作拝
    青淵老閣
   尚々御令閨君御一同方江宜敷御鳳声奉祈候、今日小子も一寸富岡市江出向、尾高君ニも御尋申上候、御同家も御一同無異罷在申候