デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

  詳細検索へ

公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

3部 身辺

6章 旅行
■綱文

第29巻 p.437-440(DK290126k) ページ画像

明治17年5月28日(1884年)

是日栄一、東京ヲ発シ四日市・敦賀・京都ヲ視察シ、六月十五日大阪紡績会社ノ開業式ニ出席シ、七月一日帰京ス。


■資料

渋沢栄一 日記 明治一七年(DK290126k-0001)
第29巻 p.437-440 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治一七年     (渋沢子爵家所蔵)
    西遊日記
大坂・西京及四日市・敦賀等ノ各地ヲ巡回シ、各支店営業ノ実況ヲ査察スル為、東京本店ヲ発セシハ五月廿八日朝七時三十分ナリ
此日晴、汽車場ニテ送別ノ諸友ニ別ヲ告ケ、八時ノ汽車ニ搭シ同四十五分神奈川ニ抵ル、益田・矢野二氏ハ殊ニ談話スヘキ事ノアルヲ以テ送テ神奈川ニ抵リ、款談数刻ニシテ別袂ス
横浜支店本山及商店書上二氏送別ノ為メ此ニ来ル
午前十時神奈川ヲ発シ、馬車ニテ藤沢ニ抵リテ午餐シ、午後五時湯本金泉楼ニ投宿ス
廿九日 曇
此日入浴ノ為メ此家ニ掩滞《(掩)》ス
三十日 雨
此日モ滞留昨日ノ如シ
三十一日 曇
午前八時金泉楼ヲ発シ、竹輿ヲ買テ仙石原ニ抵ル、須永・松村原頭ニ来迎フ、牧場ノ馬車ニテ十二時頃牧舎ニ抵ル、途上牛馬ノ緑野ニ遊嘶スルヲ見ル、意快然タリ
午後四時扁舟ヲ買テ湖水ヲ航シ、箱根駅ニ抵リ、更ニ竹輿ヲ買ヒ夜ニ入テ三島ニ抵リ、世古六太夫ニ投宿ス
六月一日 朝雨
七時三島ヲ発シ、人車ニテ倉沢ニ抵リテ午餐シ、午後三時静岡ニ達ス宿ヲ大万屋ニ投ス
此夜紺屋町邸ニ於テ
正二位公ニ謁ス
森理七・武沢・大久保数氏来訪ス
益田氏及柴崎《(芝崎)》ヘ書ヲ発ス
四日市八巻氏ヘ、明後三日熱田着ノ事ヲ電報ス
六月二日 晴
六時静岡ヲ発シ、見付駅ニテ午餐シ、午後七時豊橋駅ニ抵リ、小島屋源四郎ニ投宿ス
六月三日 晴
五時豊橋ヲ発シ十二時熱田ニ抵ル、八巻氏来リ迎フ、午後二時汽船ニ搭シ、五時四日市ニ達シ、浜田屋某ノ海岸新居ニ投宿ス
着後四日市支店ヲ訪ヒ、市街ヲ遊歩ス
夜古谷竜蔵共同会社須藤甫三井銀行及八巻・中島・田原ノ諸氏来話ス
六月四日 晴
四日市滞留《東京本店其外ニ郵書ヲ発ス》、朝田中武兵衛・伊藤伝七・九鬼文之助・古谷竜蔵・田中
 - 第29巻 p.438 -ページ画像 
店支配人等数名来話ス、午後一時支店ニ出テ事務取扱方ヲ視ル、山中伝四郎支配人後藤伊兵衛来ル、二時過浜田屋本宅ニテ、地方取引先諸氏ト懇親ノ為宴会ヲ開ク、来会スル者凡三十人、各歓ヲ尽シテ去ル、此夜地方諸氏ノ招ニ応シテ、松茂楼ニ到リ更ニ宴ヲ開ク、夜十一時帰寓
横浜商店書上順四郎来着ス
六月五日 晴
朝地方諸氏送別ノ為メ旅寓ニ来会ス、七時旅宿ヲ発シ腕車桑名ニ抵ル八巻・伊藤・水谷等同行送別シ、桑名ニ於テ別ヲ告ク
九時桑名ヲ発シ、川蒸気船ニテ揖斐川ヲ遡ル
書上ハ美濃地方ヘ赴ク為メ、便路ナルヲ以テ同行ス
午後五時過大垣ニ抵リ安田屋ニ小憩シ、六時四十五分ノ汽車ニテ長浜ニ赴ク、垂井・関ケ原・春照ヲ経テ、八時四十五分長浜ニ達ス、増田充績・沢木安二郎来リ迎フ、相携テ宿ヲ米屋ニ投ス
六月六日 晴
午前六時ノ汽車ニ搭シ八時敦賀ニ抵ル、増田・沢木同行ス、旅亭某ニ投宿ス、三井銀行支店石田某・中村宗七・山上某等来訪シ、相誘引シテ市街ノ勝地ヲ歴覧シ、港内倉庫及汽車駐車場ニ沿フタル波止場ヲ一覧ス
午後松原ニ抵リ小酌ス、松原ハ海浜ニ接シテ眺望佳絶ナリ、網ヲ下シテ魚ヲ得薪ヲ拾フテ之レヲ炙リ、以テ酒ヲ侑ス、頗ル清興ヲ添フ、蓋シ地方諸子余《(ノ)》ヲ来遊ヲ慰ムルカ為ナリ、午後七時過帰宿、此夜地方諸子来訪、商事ヲ話ス
六月七日 晴
午前六時敦賀ヲ発シ、駐車場ニテ地方諸子ニ分袂シ、八時長浜ニ抵ル時ニ鉄道局官吏白木某ニ邂逅ス、午前九時湖上ノ汽船ニ搭シ、午後二時過大津ニ達ス、堀口嘉右衛門・森弥三郎来リ、迎フテ一楼ニ誘引シテ小酌ス
午後六時両氏ニ辞シテ汽車西京ニ達ス、三木安三郎其他諸子来リ迎フ宿ヲ木屋町松力楼ニ投ス
六月八日 晴
午前西京支店ニ至リ、終日営業ノ順序、計算ノ各項ヲ点検ス、午後六時頃大坂店熊谷辰太郎《東京・四日市ニ書状ヲ発ス》、紡績会社山辺・蒲田両氏来訪ス
七時過支店ノ事務ヲ了シテ八新楼ニ小酌ス、十時過松力楼ニ帰宿ス
六月九日
朝熊谷・山辺・蒲田来ル《東京本店ニ出状ス》、談話数刻去テ大坂ニ帰ル、依テ来ル十三日ヲ以テ大坂ニ抵リ、紡績会社ノ開業式ハ十五日ヲ以テスル事ヲ約ス
午後一時増田充績ト共ニ東本願寺ニ抵リ、堂宇再建ノ工事ヲ一覧シ、執務阿部其他ノ諸氏ニ面接シ、取引上ノ事ヲ談ス、午後七時池田・穂積等誘引シテ、東山中村楼ニ於テ小酌シ、夜十時頃帰宿ス
六月十日 雨
午前九時三木安三郎ト共ニ伏見出張所ニ抵リ、営業ノ実況ヲ点検シ、又同地ニ新設スル倉庫会社ニ至リテ、其支配人及重立タル株主等ニ面会シ、営業ノ実況ヲ問合セ、執務ノ模様ヲ一覧ス
 - 第29巻 p.439 -ページ画像 
右畢テ伏見商人等ノ請ニ応シテ、依水園ニ至リテ其饗応ヲ受ク、午後四時過帰寓ス
此夜京都府庁ヨリノ招請ニ応シテ洛東万東楼ニ抵ル、大少書記官其他ノ官員来会シテ盛宴ヲ開ク、酒間西陣買継所ノ事及倉庫会社設立ノ意見ヲ述フ
夜十一時帰寓ス
十一日 曇
朝渥美・池田等来ル、蓋シ東本願寺トノ取引ニ関スル談話アリテナリ八幡西川貞次郎来ル、敦賀倉庫会社設立ノ事ヲ談話ス、堀口嘉右衛門森弥三郎来ル、同シク敦賀地方ノ商事ヲ話ス
三井銀行能勢其他ノ諸子来ル、西陣買継所ノ事及敦賀地方ノ商事ヲ談話ス
午後四日三井高福老人《(時)》ノ招請ニ応シテ、木屋町ノ楼上ニ飲ム、夜十時帰寓
十二日 晴
朝池田銺次郎来ル、午前十時増田充績ト共ニ府庁勧業場ニ至リ、織物ノ工事及画学教授ノ手続ヲ一覧ス
三本木ニ抵リテ安藤静軒ヲ訪ヒ、荒神口ノ一亭ニ於テ午餐ス、蓋シ木原銀行・第百十一銀行等ノ請ニ応セシナリ、両行役員二名来リテ周旋ス、午後二時西陣ニ抵リ、羽野・佐々木、其他数名ノ家ニ就テ織物ノ工業ヲ見ル、午後四時帰寓
此夜円山牡丹畑ニ於テ、府庁官員及同業者取引先其他懇親ノ人々ヲ招飲ス、夜十一時帰寓ス
十三日 晴
朝渥美・池田・海野・山田貞右衛門等来ル、森・堀口・能勢ノ数子前後来訪ス
製茶組合取締数名来ル、蓋シ府庁勧業課ヨリ荷為替取組ノ事ヲ依頼セラルヽニ付、其手続ヲ協議スル為ナリ、談話ノ後其方法適当ナラサルヲ以テ、説諭シテ其議ヲ止メシム
午後三時四十五分京都ヲ発シ、汽車ニテ大坂ニ赴ク、五時過大坂着、井口・熊谷・神戸・長谷川其他数子来リ迎フ、西京三木安三郎モ送リテ大坂ニ抵ル、宿ヲ北浜灘万楼ニ投ス
着後西郷農商務卿ヲ其旅寓自由亭ニ訪フ
十四日 曇
早朝三条公ノ旅寓ヲ訪ヒ、明日紡績会社開業式ニ臨席アラン事ヲ請ヒシカ、公ニハ箕面行ノ約アルヲ以テ、其請ニ応《(ス)》サル能ハサル旨ヲ其執事ヨリ謝セラル、午前八時三軒屋紡績会社ニ抵リ、社員一同ニ面会シ工場ノ体裁其他一切ノ実務ヲ見ル、且明日開業式ニ関スル順序ヲ商議ス、午後二時支店ニ来リ事務ノ各項ヲ点検ス、朝鮮店大橋ニ書状ヲ発ス、夜八時帰寓ス
十五日 晴午後雨
朝三十八銀行頭取伊藤長次郎・堀江猪輔来ル、午前九時山県内務卿ノ旅寓ヲ訪ヒ、本日紡績会社開業式ニ臨場セラレン事ヲ乞フ、十時紡績会社ニ抵リ開業式場ノ順序ヲ定ム、十一時過内務卿来臨セラルヽヲ以
 - 第29巻 p.440 -ページ画像 
テ、請テ来会諸氏ト共ニ工場内ニ誘引シテ、運転ヲ為サシメテ以テ開業ノ式ニ充ツ、畢テ工場外ノ仮屋ニ於テ来会諸子ヲ饗応シ、祝辞演説等アリテ午後二時頃退散ス、帰宿後微痾ノ為メ平臥ス、夕医師中路某来胗《(診)》ス、夜医師高橋某来胗ス
十六日 雨
病ノ為メニ平臥シテ来訪人ヲ謝ス、午後医師交来ル
十七日 雨 ○以下記事ノ記載ヲ欠ク
   ○本資料第十巻所収「大阪紡績株式会社」明治十七年六月十五日ノ条、第十四巻所収「敦賀・伏見・四日市ニ於ケル倉庫業」参照。


(芝崎確次郎) 日記簿 明治一七年(DK290126k-0002)
第29巻 p.440 ページ画像

(芝崎確次郎) 日記簿  明治一七年   (芝崎猪根吉氏所蔵)
廿八日 ○五月 晴
○上略 本日午前八時之汽車ニテ主君大坂江御出張御立ニ付、銀行より直ニ新橋停止場《(車)》ヘ罷出、同時御乗込、御手荷物過分ニ付、小生神奈川迄御送リ ○下略
   ○中略。
七月一日 天気雲
○上略 二時四十五分之汽車ニテ、横浜表江主人御着之御迎ひニ参リ、五時着船、直ニはしけ五時半支店ヘ着御、一応夫々之者共面語、直ニ六時ノ汽車ニテ御帰館相成候 ○下略