デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

3部 身辺

6章 旅行
■綱文

第29巻 p.445-448(DK290129k) ページ画像

明治19年12月8日(1886年)

是日栄一、東京ヲ発シ京阪地方ヲ巡回シ、二十九日帰京ス。


■資料

渋沢栄一 日記 明治一九年(DK290129k-0001)
第29巻 p.445-448 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治一九年     (渋沢子爵家所蔵)
    京坂巡回紀行
明治十九年十二月八日
午前六時四十分深川邸ヲ発シ、七時新橋駐車場ニ抵リテ汽車ニ搭ス
渋沢喜作・西園寺公成・佐々木勇之助・梅浦精一・大沢・藤井・大井其他銀行員数名、石川島造船所役員等来テ送別ス、家眷数名亦来テ行ヲ送ル
浅野宗一郎氏《(浅野総一郎氏)》ハ、殊ニ車中談話ノ為メ横浜マテ同行ス
行員小林外一名、石川県金沢ヘ送金ノ為メ同行ス
八時横浜着支店ニ抵リテ小憩ス、原六郎氏汽車場ニ来迎ス、第二国立銀行下田氏支店ニ来話ス、同行増株ノ時払込実況ヲ検スル為メ、下田氏ト共ニ同行ニ抵リテ帳簿ス《(ヲ)》検ス
正金銀行ニ抵リ原六郎氏ニ面晤シ、蚕糸中央部ノ事及演劇改良会社ノ事ヲ話ス、再ヒ支店ニ抵リテ本山氏ニ行務ヲ話シ、新築ニ関シ留守宅尾高ヘ一書ヲ裁ス、高山豊治来テ生糸売込ノ景況ヲ話ス
 - 第29巻 p.446 -ページ画像 
十時半横浜ヲ発シ、十二時藤沢若松屋ニ於テ午餐シ、午後六時湯本福住ヘ投宿
此日朝来快晴無風、小春ノ候アリ、午後西南ノ風強ク、薄暮西風トナリテ寒威頗ル凛冽ナリ
此夜湯本ニ於テ陸奥宗光氏・原善三郎氏ニ書状ヲ裁ス、蓋シ曾テ嘱托セラレタル第二銀行増株ニ関スル紛議調停ノ意見ヲ書送セシナリ
佐々木勇之助ヘ古河銅ノ事、梅浦精一氏ヘ横浜倉庫会社家屋ノ事、益田孝氏ヘ仏書反訳ノ事等ニ付郵書ヲ発ス
九日 晴 午後西風夕方ニ至リ寒威甚強シ
午前七時湯本ヲ発シ、山轎ヲ僦テ函嶺ヲ登攀ス、十一時箱根宿石打ニ於テ午餐シ、三時三島ニ抵リ腕車ヲ僦フ、午後六時半吉原駅山口屋ニ投宿ス
十日 晴
午前六時客舎ヲ発シ倉沢ニテ小憩ス、時ニ朝嵐已ニ収テ、旭光波ニ映シ、海面金漣ヲ漾ス、而シテ富峰銀ノ如ク亦細雲ナシ、眺望甚佳、十二時静岡ニ抵リ大万屋ニ午餐ス、食後紺屋町ニ於テ正二位公ニ謁ス、款話数時辞シ去テ静岡ヲ発シ、午後六時半藤枝ニ抵リ銭屋ニ投宿ス
此夕驟雨来リ頃刻ニシテ歇ム
十一日 晴
午前五時半藤枝ヲ発ス、掛川見付ニテ小憩、浜松花屋ニ於テ午餐、午後六時過豊橋小島屋ニ投宿ス
此夕四日市支店八巻道成ニ電報シテ、明日宮駅ニ来迎ノ事ヲ促ス
金沢出張所青山利恭ニ一書ヲ裁ス、蓋シ小林藤太郎送金ヲ護シテ同地ニ赴クニ托スル為メナリ
十二日 晴
午前六時豊橋ヲ発シ、岡崎ヲ経テ午後一時熱田ニ抵ル、四日市店八巻道成及地方商估下里・伊藤・水谷等来迎ス、相伴フテ名古屋ニ抵リ魚半楼ニ投宿ス
三重紡績会社ニ関スル事務及水谷工場ノ事ヲ議ス、夜船本竜之助氏来ル、宴ヲ設ケテ芸妓ノ歌舞ヲ見ル
三重紡績会社器械代ノ事ニ付テ、本店佐々木氏ヘ書状ヲ送ル、東京・西京ヘ電報ヲ発ス
   ○本資料第十巻所収「三重紡績株式会社」明治十九年六月三日ノ条参照。
十三日 晴
午前七時半客舎ヲ発シテ汽車場ニ到ル、船本・下里・伊藤・水谷、其他地方ノ人々来テ行ヲ送ル、八時発軔、九時木曾川南畔北方村ニテ車ヲ下リ、腕車大垣ニ抵ル、道路狭隘頗ル不快ヲ覚フ、午後大垣汽車場ノ京丸屋ニ於テ午餐シ、長浜ヘ達スル汽車ニ搭ス、一時発車、二時半長浜ニ抵ル、直ニ大津ニ発スル汽船ニ搭ス、三時前船長浜ヲ解纜ス
小林藤太郎・小使一人ハ、敦賀ヲ経テ金沢ニ赴クカ為メ、長浜ニテ分手ス
此日朝来美晴亦微風ナシ、恰モ小春ノ候アリ、湖上風ナク航行快駃、四望淡靄山ヲ籠メテ、而シテ北方諸山ハ皆積雪夕陽ニ映ス、湖面油ノ如ク、軽帆細漣ノ間ニ漾泳ス、真ニ佳景ト云フヘシ
 - 第29巻 p.447 -ページ画像 
午後七時船大津ニ着ス、神戸店田中元三郎来迎フ、西京店三木安三郎ハ親戚ニ婚儀アルカ為メニ来ラス、大津小林楼ニ於テ小憩シ、腕車西京ニ赴ク、夜九時過木屋町松力楼ニ安着ス、西京支店ノ人交来テ安着ヲ祝ス
大倉氏西京ニ在テ来訪ス
十四日 雨
朝三井銀行浅井氏・中井三郎兵衛・山岸嘉蔵等来テ、織物会社創立ノ事ヲ談ス、荒川新一郎氏来ル、織物会社ニ関スル書類調査ノ事ヲ托シ且来ル十六日午後地方発起者ト会合談話ノ事ヲ約ス、高木斎造来ル、同シク織物会社ノ事ヲ談ス、稲畑勝太郎来ル、大坂店熊谷来訪ス、神戸店田中ハ、来ル十七・八日頃同地ヘ巡回ノ事ヲ約シテ帰店ス、四日市支店営業ノ見込ヲ八巻ニ細説ス
東京佐々木ヘ郵書ヲ発シテ、稲畑氏ヨリ借リ置キタル染物ノ見本逓送ノ事ヲ書通ス
陸奥宗光氏ヘ一書ヲ送リテ、第二銀行増株ノ事ニ付、原善三郎氏ニ於テ仲裁ヲ諾セサルニ付、此取扱ヲ謝絶ノ旨ヲ通知ス
午後五時一力楼ノ宴会ニ赴シ、蓋シ大倉氏疏水工事ヲ引受ケタルニ付京都府知事及其吏員ヲ招請開宴スルモノナリ、坐間北垣府知事ト織物会社創立ノ事ヲ話ス
○下略
十五日 晴
三井高朗氏来訪、中井三平氏来ル、十時三木安三郎ヲ伴ヒ北垣府知事ヲ訪フ、尾越書記官・荒川新一郎・浜岡光哲・板原等来会ス、午餐中織物会社創立ノ事ヲ談話ス、午後三時三井氏ノ招ニ応シテ、四条橋ノ劇ヲ観ル、後井筒楼ニ夜餐ス、劇場大倉氏・磯野氏ニ会話ス、夜大倉氏ヲ万東楼ニ訪フ
十六日 晴
朝中井三平来テ井口新三郎ノ事ヲ話ス、中井三郎兵衛・山岸嘉蔵来テ織物会社ノ事ヲ話ス、近藤徳太郎氏来話ス、大倉喜八郎氏来ル、午後二時支店ニ抵リ行務ヲ視ル、午後三時半木屋町池亀楼ニ抵ル、蓋シ織物会社創立ノ為地方同志者ト集会ノ約アルニ依ル、此日会同スル者三十三人、会社創設ノ要領ヲ議定ス
午後七時去テ河東大嘉楼ニ小酌ス、大坂紡績会社山辺・蒲田二氏来ル熊谷・三木二氏モ織物会社創設ノ集会ヲ散シテ来会ス、夜十二時帰寓寝ニ就ク
   ○本資料第十巻所収「京都織物株式会社」明治十九年十二月十六日ノ条参照。
十七日 晴
朝七時半北垣府知事ヲ訪ヒ、織物会社ニ関スル集会ノ顛末ヲ話ス、九時三井高朗氏ヲ木屋町ニ訪フ、帰寓後浜岡光哲・荒川新一郎・高木斎造・内貴甚三郎・中井三郎兵衛・渡辺伊之助等来テ織物会社ノ事ヲ談話ス、蓋此五人ハ昨夜創立委員ノ当撰者タルニ付、定款ノ草案其他創立着手ノ順序ヲ議スル為メニ来レルナリ
第百十一銀行辻氏来話ス
朝山辺・蒲田ハ大坂ヘ帰ル
 - 第29巻 p.448 -ページ画像 
伊集院兼常氏来ル
午後一時半支店ニ抵リテ行務ヲ点検ス
佐々木勇之助・益田孝ノ書状ヲ落手ス
陸奥宗光氏ヨリ、第二銀行増株ノ件ニ付テ電報アリタルニ付、即時回電ス
午後六時半帰寓、佐々木勇之助氏及留守宅尾高ヘ郵書ヲ発ス
   ○以下記事ヲ欠ク。


(芝崎確次郎) 日記 明治一九年(DK290129k-0002)
第29巻 p.448 ページ画像

(芝崎確次郎) 日記  明治一九年   (芝崎猪根吉氏所蔵)
八日 ○一二月 晴
今朝主君御立ニ付、六時人力乗車荷物ヲ才領いたし、ステーシヨンヘ罷出居候、追々諸人見送リニ罷越し、六時五十五分御着ニ彼是いたし候、七時直ニ発車相成候
夫より中等待合所ニ待合、蠣殻町御越し、八時十五分発車、甚平ヲ以程ケ谷宿迄送らセ、主君ニハ横浜より別仕立馬車ニテ十一時程ケ谷宿ヘ御着ニ相成、直ニ御出発相成候よしニテ甚平帰店 ○下略
   ○中略。
廿九日 晴
例刻出頭、本日君公御帰京之電報ニ付、横浜迄小遣甚平御迎ひニ差遣候事
例刻出頭、年末多忙、併無事決算相済、六時退社、帰途蠣殻町ヘ立寄候処、未タ帰宅不相成候ニ付、直ニ帰宅、御邸之方ヘも御帰リ無之ニ付食事致し居候処ヘ電報、六時五分着船報《(マヽ)》ニ付、直ニ新橋ステーシヨンヘ罷出候処、最早御帰リ途中行違ひ相成残念、跡より荷物才領いたし帰邸、御安着御歓ひ上申仕候