デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2017.12.19

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

3部 身辺

6章 旅行
■綱文

第29巻 p.494-497(DK290166k) ページ画像

明治35年1月1日(1902年)

是日栄一、東京ヲ発シ大磯ノ長生館ニ赴キ、十五日帰京ス。


■資料

渋沢栄一 日記 明治三五年(DK290166k-0001)
第29巻 p.494-497 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治三五年     (渋沢子爵家所蔵)
一月一日 晴
○上略 十二時二十分新橋汽車《(ヨリ脱カ)》ニテ大磯ニ抵ル、汽車中相馬永胤・周布公平・大谷靖・益田孝・野中万助ノ諸氏ニ面話ス、三時大磯着、長生館
 - 第29巻 p.495 -ページ画像 
ニ投宿ス、入浴後海岸ヲ散歩シ、夜食後古文真宝ヲ読ム
一月二日 晴
午前八時朝餐ヲ為ス、食後読書又理髪ス、入浴後日記ヲ編纂ス、午後一時梅浦精一来ル、三時渡辺治右衛門来リ、石川島造船所浦賀船渠会社合併ノ事ヲ内議ス、夜ニ入《(リ)》ニ遊戯ニ消閑ス
一月三日 晴
午前八時朝餐ヲ喫ス、食後第一銀行株主総会ニ提出スヘキ本季営業報告書ノ緒言ヲ熟覧修正シ、書状ヲ添ヘテ清水泰吉ニ送付ス、又慰労金恩給金給与規則ノ草案ヲ閲覧シ、文義明亮ナラサル処及字句穏当ヲ欠キタル処ヲ修正シ、書状ヲ添ヘテ佐々木支配人ヘ送付ス、午後一時竹沢帰京ニ付、右二書状ヲ交付シ伝達セシム、午後市原盛宏氏来話ス、箱根ヨリノ帰路訪問スルモノナリ、第一銀行業務拡張ノ意見ニ関シ縷述スル処アリタリ、三時武田政智来《(竹田政智)》ル、夜東京キルビー氏ヨリ電報アリ、明日来訪ノ事ヲ報シ来ル
佐々木勇之助氏来状・石黒忠悳氏来状東京ヨリ送リ来ル
一月四日 晴
午前八時朝餐ヲ畢リ、興山公伝記ノ草案ヲ読ム、十時村井吉兵衛来訪ス、蓋シ同氏モ此館ニ滞在スルヲ以テ、久濶ヲ叙スル為メ来レルナリキルビー氏東京ヨリ来訪ス、英国公使マクドナード氏ノ内意ヲ述ヘラル、且ホーナー来状ヲ示ス、談話一時間余ニシテ去ル、午後再ヒ興山公伝記ノ草案ヲ読ム、夜ニ入テ游嬉ニ消閑ス
一月五日 晴
午前七時起テ海岸ヲ散歩ス、竹田・吉岡同伴ス、八時朝飧ヲ畢リ古文真宝ヲ読ム、十時頃ヨリ曾テ諸方ヨリノ依頼ニ係ル紙𥿻ニ揮毫ス、桃井可雄・石井健吾来訪、十二時一同午飧シ、畢テ再ヒ揮毫ヲ試ム、前後数十枚ヲ揮毫ス、午後四時東京ヨリ書状来ル、佐々木氏ヨリ明六日林駐韓公使会見ノ事ヲ報シ来ル、桂太郎氏ヨリ来ル八日葉山別荘ニ於テ小催ノ事ヲ告ケ来ル、萩原源太郎氏来状アリ、外十数通ヲ八十島ヨリ封シテ送致ス、夕方揮毫ヲ止メ、読書・遊戯ニ消閑ス
一月六日 晴
午前八時朝飧ヲ畢リ、昨日揮毫ノ未済ナルヲ果ス、午後三時大磯発ノ汽車ニ搭シテ東京ニ抵ル、竹田・吉岡同伴ス、大船ニテ竹田ハ分袂シテ鎌倉ニ赴ク、汽車中大石正巳・豊川良平・久保扶桑ノ諸氏ト会談ス五時半東京着 ○下略
一月七日 晴
○上略 午後一時四十分新橋発ノ汽車ニ搭ス ○中略 午後四時過大磯着、長生館ニ抵ル、西村勝三夫妻来話ス、此夜風雨徹宵ス
一月八日 晴
午前七時半寝ヲ離ル、昨夜ノ雨沢樹上ニ在ルモノ凍テ雪トナリ、群樹悉ク銀ノ如ク頗ル奇観ナリシ、蓋シ朝来寒気ノ厳ナル識ルヘキナリ、八時朝飧ヲ畢リ少時読書ス、十時八分発ノ汽車ニテ葉山ニ赴ク、大船ニテ汽車ヲ転シ、逗子ニ到テ汽車ヲ下リ、腕車ヲ僦テ行ク、此日強風車中帽ヲ吹飛サレン事ヲ恐レ、常ニ手ヲ以テ之ヲ護ス、逗子ヨリ壱里余ニシテ葉山ニ達ス、桂総理大臣別荘ニ抵ル、主人家ニ在リ、暫クシ
 - 第29巻 p.496 -ページ画像 
テ小村外務大臣・林駐韓公使来会シ、韓国借款ニ関スル将来ノ処置ヲ協議ス、林公使ハ頻ニ第一銀行ハ此際速ニ海関抵当ヲ以テ、三百万円ヲ貸付スルノ約ヲ締結セラレン事ヲ勧告ス、桂・小村二氏モ之ヲ賛成ス、依テ予ハ彼ノ李容翊ノ企望ニ依ル借款ニシテ、政府又ハ其他ニ於テ資金ヲ調成スルノ目的確実ナルニ於テハ、第一銀行モ亦決意スヘキ旨ヲ答フ、種々談論ノ末、来ル十一日迄ニ決答スヘキヲ約シテ去ル
此日本店佐々木氏ヨリ仁川尾高ノ来状ヲ送致ス、蓋シ今日ノ談判ニ関係大ナルコトアルヲ以テナリ、午後四時前桂氏別荘ヲ辞シ、逗子停車場ニ抵リ、途中一書ヲ裁シテ佐々木氏ニ送ル、明後十日第一銀行重役会ヲ開クヘキ事ヲ通知スル為ナリ、四時三十分逗子発ノ汽車ニテ林公使ト同乗シ、大船ニテ分袂シ六時大磯着、長生館ニ投宿ス、諸井恒平ヨリ書状来ル
一月九日 晴
午前八時朝飧ヲ畢リ、近世文鑑ヲ読ム、十時過平沢道次氏来訪、石川島造船所ノ事ヲ協議ス、井上角五郎氏来リ、新年ノ賀詞ヲ述ヘラル、午後進経太氏来訪、其身上ニ関スル談話アリ、依テ明十日帰京兜町事務所ニ於テ再会ノ事ヲ約シテ去ル、夜ニ入テ遊戯又ハ読書ニ消閑ス
一月十日 晴
午前八時朝飧ヲ畢リテ御伝記草案ヲ読ム、十時八分大磯発ノ汽車ニテ東京ニ赴ク、車中赤星弥之助・頭本元貞諸氏ト談話ス、午後一時新橋着 ○下略
一月十一日 晴
○上略 三時新橋発ノ汽車ニテ大磯ニ抵ル ○中略
夜仙石原須永伝蔵来リ、牧場ノ景況ヲ談話ス
一月十二日 晴
午前八時朝飧ヲ畢リ、須永氏ト牧場ノ将来ニ関スル談話ヲ為シ、畢テ東京ニ於テ落手セシ書類ヲ調査ス
十一時髪ヲ理シ、畢テ東京ヘ書状ヲ発ス
 一韓国政府借款ニ関スル昨日外務省ニ於テ林公使トノ談話ヲ、詳細ニ佐々木勇之助氏ヘ報知ノ一封
 一銀行法改正ニ関スル銀行集会所委員協議ノ決案ヲ、大蔵大臣ヘ意見書トシテ開申スル書案ヲ、集会所戸田宇八氏ヘ通知ノ一封
 一養育院月報材料ヲ田中太郎ヘ返却スルニ付、修正セシ理由通知ノ一封
 一八十島親徳ヨリ前川益以ノ来状送致ニ付、之ニ対スル回答書ノ一封、但此中ニ堀越商会郷隆三郎ヘノ一封ヲモ加封ス
午後西村勝三氏来ル、夜伝記草案ヲ読ム
一月十三日 晴
午前八時朝飧ヲ畢リ揮毫ヲ試ム、十一時郷隆三郎来リ、正金銀行ヘ差出ス保証状調印ノ事ヲ申シ来ル、午後前田青莎来リ、岩越鉄道会社株主総会ノ報告書ニ関ス協議アリ、且来廿四日取締役会ヲ開クヘキ事ヲ約ス、午後三時揮毫ヲ畢リ、伝記草案ヲ読ム、西村勝三氏来話ス、夜瓦斯会社福島甲子三来訪ス、会社ノ書類ヲ携帯ス、明朝面会ノ事ヲ約ス、渋沢喜作氏来話ス
 - 第29巻 p.497 -ページ画像 
一月十四日 晴
午前七時半起テ、瓦斯会社ノ書類覧閲《(ヲ脱カ)》ス、福島甲子三来リ、会社ノ事務ヲ談シ、并テ箱根湖水ニ関スル紛議調停ノ事ヲ談話ス
東京事務所ヨリ書類数通送致シ来ル、手形交換所書類・東京興信所報告書案等封入ス、大蔵省斎藤恂氏ヨリ貯蓄銀行法案寄セ来ル
養育院常設委員ノ事ニ関シ安達憲忠氏ニ書状ヲ送ル、前橋三十九銀行ヨリ請願ノ事アリテ、江原芳平・角田真平・滝川・田部井ノ諸井来《(氏カ)》ル渋沢喜作同伴ス、依テ面会ノ上一応其請求ノ趣旨ヲ聴キ、更ニ意見ヲ示シテ再度ノ来請ヲ待ツモノトス
仙石貢氏来訪ス、英国ヨリ公債募集ノ事ヲ談話シ、其手続ニ関シ、更ニ相当ノ法律家ニ托シテ調査セシムル事ヲ協議ス、渋沢作太郎氏来訪ス、共ニ午飧ヲ為ス、畢テ西村勝三氏来ル、夕方ヨリ読書又ハ遊戯ニ消閑ス
一月十五日 曇
午前八時朝餐ヲ畢リ、今日帰京ノ積ナルヲ以テ行李ヲ理メ、午前九時伊藤侯爵留守邸ヲ訪ヒ、転シテ山県侯爵ヲ訪フ、閑談一時ニシテ辞シ去テ大磯停車場ニ抵リ、十時八分発ノ汽車ニテ十一時過横浜ニ抵リ、第一銀行支店ヲ訪フ ○中略 一時三十分ノ汽車ニテ横浜ヲ発シ二時半東京着 ○下略


竜門雑誌 第一六四号・第四〇頁 明治三五年一月 ○青淵先生の帰京(DK290166k-0002)
第29巻 p.497 ページ画像

竜門雑誌  第一六四号・第四〇頁 明治三五年一月
○青淵先生の帰京 青淵先生及令夫人には既報の如く本年元旦には午前十時より正午十二時迄兜町の事務所に於て年賀の賓客に応接せられ同日午後より大磯長生館に避寒静養せられしが、去十五日帰京の上、爾来日々常の如く諸般の事務に鞅掌せられつゝあり


(八十島親徳) 日録 明治三五年(DK290166k-0003)
第29巻 p.497 ページ画像

(八十島親徳) 日録  明治三五年   (八十島親義氏所蔵)
一月一日 晴 但寒シ
○上略 青淵先生ハ十二時半大磯ヘ被為立 ○下略
   ○中略。
一月七日 曇 寒シ
○上略 男爵昨夜一寸帰京ニ付、本日昼前ヨリ出勤セラレ、午後一時四十分ノ汽車ニテ再ヒ大磯ニ被赴 ○下略
一月十日 晴
○上略 今日ハ青淵翁所用アリテ大磯ヨリ一寸帰京セラル、夕刻五時半閉業後青淵翁尚逗在ノ為居残リ階上クラブニテ玉突ヲナシ ○下略
一月十一日 晴
○上略 青淵先生今日午前出勤、午後ヨリ大磯ヘ被赴 ○下略
一月十五日 晴
○上略 本日午後、青淵翁横浜ヲ経テ帰京セラル ○下略